AI

2024年1月14日 (日)

AIと大学入試

 昨日から大学入学共通テストが実施されています。知的な作業が,生成AIにより大きく変わりつつあるなか,大学入試で問われる知識について再考していく必要があります。
 子どもを抱えている親は,いずれ自分の子供が同じ試験を受けるところを想像しているかもしれませんが,現在10歳くらいの子どもから下の世代の大学入試の予測はかなり難しいです。大学入試そのものが存在しなくなっているかもしれません。というのは,これからは,AIが個人の学習の到達度をスコア化できるようになるからです。入試をしなくても,本人の能力がわかるのです。各大学は,特定の科目のスコアが高い人を集めるといった形で,差別化を図っていくでしょう。こうしたスコア選抜は,受験に特有の一発勝負の不確実性をなくすこともできます。
 どの科目もそこそこ点数がとれる者が,偏差値の高い国立大学に合格しやすいといった状況は変わっていくでしょう。苦手科目の克服といった苦行もなくなるでしょう。もちろん本人の苦手な科目の学習に意味がないとは言いません。とくに苦手かどうかが主観的ではなく,AIによって客観的に把握できることは意味があります。AIによると苦手とされたけれど,それにあえて挑戦してみようというのは意味がある場合もあります。それにAIを疑うということもありえます。将棋の藤井聡太八冠はAIを活用して勉強していますが,実戦では,AIの評価値を上回る好手を指すこともあるのです。これは藤井八冠だからだともいえますが,AIが万能ではないことの証しでもあります。
 AIは道具であり,それをどう使うかは人間次第です。効率化が必要であれば, AIを使ったほうがよいでしょうし,効率化がそれほど重要でない場合は,あえてAIを使わなくても構いません。では,大学入試はどうか。これはおそらく効率的にすませたほうがよいタイプのことでしょう。若い時期の貴重な時間を有意義に使ったほうがよいからです。このように考える人が増えると,ますますAIの導入が進み,大学入試も廃止される方向に進んでいくでしょう。そもそもAI関連の社会実装に関する予測が,ほぼ当たってきたのは,人間がこの新しい道具への好奇心を抑えられないからだということも忘れてはなりません。

2024年1月 5日 (金)

自助と公的支援のバランス

 14日に,NHKのBSで「AI×専門家による“6つの未来”」という番組を観ました。ゲストは,いま最も勢いのある学者といえる「人新世の『資本論』の斎藤幸平氏,経済再生大臣の新藤義孝氏,若者代表で政府の少子化関係の会議のメンバーでもある櫻井彩乃氏,サッポロビールの取締役常務執行役員の福原真弓氏です。とても良い番組だと思いました。2054年の日本について,AIに分析させると6つのシナリオがあり,番組では,そのうちゲストの2人が良いと言った2つのシナリオ(未来1「地方分散,マイペース社会」と未来5「多様性イノベーション社会」) を中心に話が進行しました。2つのシナリオの実現のためには,いくつかの分岐点があり,そこでは賃金・働き方(テレワーク,労働時間短縮など),少子化対策,イノベーションがポイントとなるとされ,最終的には,未来5のグローバルイノベーションと未来1のローカルイノベーションがうまく実現していく社会をめざすべき,というようなまとめになっていたと思います。
 私は,企業とは本来,社会課題の解決というパーパスのために存在するものであり,個人はデジタル技術を使いながら,自分なりの知的創造性を発揮して貢献していくことが求められるという主張からすると,未来1がこれに沿うものだと思います。番組のなかでも,未来1に肯定的な意見が多かったように思いました(とくに福原氏のご意見には賛同できるものが多く,こういう方が役員にいるサッポロビールは良い会社だなと思ってしまいました)が,若干気になるところもありました。それは,イノベーションのところで,アメリカにおけるスタートアップについて公的支援がうまく機能して,それが社会実装にまでつながっていることの紹介に関してです。このアメリカの例自体は素晴らしいのですが,この話の前提には,個人が新たな企業を立ち上げているという点があります。個人の企業家精神があってはじめて,公的支援も機能するというところを忘れてはなりません。ゲストの発言のなかには,国の政策が悪いから日本はダメという論調のものもあったのですが,根本的には,自分たちにサポートができなければ,国を出てしまうよ,というくらいの気概のある若者が出てくる必要があるのです。もちろん,企業家精神をもてるような独創的な人材を育てる公教育が必要なのは言うまでもありません。独創的というのは,大発明をするというようなことにかぎらず,自分の日常生活のなかにある細かいニーズを拾い上げて,そこに自分なりの解決方法を見つけ出すということを含むのであり,これこそローカルイノベーションの基盤となるものです。福原氏が言われていたように,企業であれば,現場にいてわかる課題の解決が大切なのです。そうした課題をみつけだし,その解決を模索するためのスキルこそが日本社会の未来を輝かせるための鍵なのだと思います。
 世間では,新自由主義を批判し,自己責任を強調する見解に疑問を投げかける動きが強いと思います。そのことは間違っていないのですが,自助の精神がなく,何でも国が悪いといっている国民ばかりになるとダメです。繰り返しますが,国が,「それは自助でお願いします」とばかり言うのは責任放棄だと思いますが,国民が,自分たちが希望を持てないのは政治が悪いとばかり言うのであれば,それも甘えのように思います。大切なのは,自助を基礎としたうえで,政府が何をどう支援すべきかを議論することです。
 ゲストの一人の櫻井氏はフリーランスだと言っておられました。フリーランス的な働き方こそ,実は大切なのです。政府に守られてはいないけれど,自主独立でやっていこうとする働き方です。そのうえで,自助と公的支援とのバランスをとることが必要なのです。このあたりの政策研究が,私が2024年に取り組みたい第一の課題です。

2023年12月26日 (火)

経営者は社員に何を示すべきか

 昨日の日本経済新聞の2つの記事が気になりました。一つが,「テレワーク3年半減」というものです。日本生産性本部の最新調査で,テレワークが,20205月の31.5%から,15.5%になったとのことでした。上司が出社しているから在宅勤務を続けづらいとか,自宅の通信環境が悪いといった理由があげられていましたが,どちらも困ったものです。テレワークを本気でやる気のない企業が多いことはわかっていましたが,これは日本経済の未来に暗い影を落とす現象です。昔風の働き方に慣れている人はテレワークをしたくないですし,対面型のメリットを過剰に評価していますし,テレワークのメリットを感じられていないことが多いでしょう。しかし,テレワークは,まずはいろんな意味で弱者である人(育児や介護の負担をかかえている人,障がいをかかえている人など)に大きなメリットとなるのです。対面型推進は,いわば強者の論理なのです。ただ,それだけではありません。もしテレワーク率がこのまま衰退していけばどうなるでしょう。テレワークは,いわば時間的,場所的という面での自由にかぎらず,働き方そのものの自由さを象徴しているのであり,それは独創性の源なのです。テレワークを活用するというのは,そうした独創的な人材に選んでもらうために必要な経営戦略であるということなのです。
 もう一つの記事は,編集委員の太田泰彦さんが書いていた「エンジニアに点火する オープンAI騒動の含意」です。エンジニアは何のために働いているかということを論じています。社会に意味のある仕事がしたいというエンジニアたちは,自分たちにそういう仕事をさせてくれる経営者についていくのです。Altman氏は,現場が胸の踊るような世界観を語っていたので,従業員のなかで信奉者が多く,彼が会社を移籍すれば,ついていくのです。キャリア権の時代は,個人がキャリアを選択します。自身のキャリアは,自身の価値観と密接に関係していて,それに合致する企業が選ばれていくのです。もちろん個人が企業を選ぶためには,それなりのスキルがなければなりません。したがって,個人は,自身で企業の選択ができるようにするために,スキルを磨くのです。そして,企業は,そうしてスキルを磨いた人に選んでもらえるように,よい経営者をトップに据えなければならないのです。政治家との関係や財界団体の活動に熱心すぎて,従業員に向けて世界観を語れない経営者がトップにいる企業は,やがて没落していくでしょう。昨日は,企業と投資家との関係について書きましたが,今日の話は,企業と働き手との関係に関するものです。経営者は,上記のテレワークの話も含め,優秀な人材が何を求めているのかを間違えないようにしなければならないでしょう。

2023年12月12日 (火)

生成AI元年

 久しぶりにHPのリンクページをアップデートしました。自分でもあまり活用していない厚生労働省のデータは,知らぬ間に古くなっていました。職安指針も昨年改正があった令和4年版ですが,今回,新規にアップしました。
 いろんな情報がネットで入手できるのはありがたいですが,情報の洪水のような感じで,それに溺れないようにする必要があります。最新の情報はビジネスガイド(日本法令)などで次々と紹介されているので,研究者はそれをじっくり分析することが仕事となります。
 もっとも,データの単なる分析であれば,人間の専門家であっても,AIに太刀打ちしづらくなっていくかもしれません。現在は,まだ人間が優位に立っているでしょうが,それがいつまで続くかはなんとも言えません。それのみならず,生成AIの発展は,創造性の領域にまで進出しつつあります。今朝の日本経済新聞のオピニオンで,中山淳史氏が「アイデア生産性」の低下のことを紹介していました。人間のアイデアが枯渇するなか,生成AIが助けとなるということです。
 振り返ると,今年は生成AI元年でした。私も生成AIをテーマとした原稿をいくつか書きました。かねてより,DXの進展は,人間から定型的な労働を奪っていく(観点を変えれば,人間が定型的な単純労働から解放される)ので,これからの職業キャリアでは,知的創造性を発揮していくことを考えていかなければならないという主張をずっとしてきました(たとえば拙著『会社員が消える―働き方の未来図』(文春新書))。しかし,その知的創造性の領域にもデジタル化の波が及んできているのです。これは予想できたことです。DXの行き着く先は,人間が労働そのものから解放されるところになりますが,そこに至るまでのスピードが予想をはるかに上まわっているのです。これは今年,何度も書いたことです。
 拙著『AI時代の働き方と法―2035年の労働法を考える』(2017年,弘文堂)の最後のほうでは,脱労働時代のことに言及し,エピローグでは,要するに人間はどのような生き物であるのか,という問いかけで話は終わっています。これは,2016年くらいから数年間,盛んに書いたり,話したりしていたテーマで,そのときの問題意識は,その後しばらくは脳の奥に格納していましたが,そろそろ引っ張り出して,またしっかり考えなければならないと思っています。
 上記の記事では,中山氏は,「人間がAIに依存し切るのではなく,上手に管理し切る」という方向性に言及しています。人間とAIの共生が今後の重要なテーマで,それについてくらいは,人間自身で考えたいのですが,それもうまくAIを利用して模索するということになるのかもしれません。とにかく頭を柔軟に,そして変化に機敏に対応できるようなマインドセットをしておかなければいけません。これは,日本社会のエスタブリッシュ層に広がる先例踏襲主義とはまったく違うものであることは言うまでもありません。

2023年7月17日 (月)

生成AI時代の就活

 梅雨は明けたのでしょうかね。うなるような猛暑。当初は暑さに身体がなじまず調子が良くなかったですが,だんだんなじんできました。それでも,できるだけ涼しい屋内にいるようにはしています。屋外では,見るからに暑そうな格好をしているサラリーマンがいますが,気の毒です。服装はもっと自由にさせてあげたらよいのですが。就活ルックも変わるべきでしょう。個性のない服装は,これまでは,そちらの組織に染まりますという従順さのアピールで,就活生にとってマストであったと思いますが,いまや本人の平凡さを示すもので,伝統的な大企業を除くと,マイナスポイントとなりかねません。生成AIの時代,「あなたはAIを使って何ができますか」と尋ねられたときに,AIだけでできてしまえるような平凡な答えしか出せないようだと,成長性のある企業には,採用されないでしょう。いわゆる就活スーツを着ているような人は,第一印象として,平凡な人であるという印象を与えかねません。
 もちろん就活ルックは,就職活動期において,服装に悩まなくてもよいという点で効率的です。服装で競い合わないという学生間の「談合」が暗黙のうちにできあがって慣行化したという面もあるかもしれません。
 ただ,オンライン面接をしないような企業には将来性がないともいえます(オンラインでは服装もある程度自由になるでしょう)。最後の1回くらいは対面をするとしても,オンラインをできるだけ活用している企業を学生も選択したほうがよいでしょう。従業員に余計な苦労をさせるような企業は避けるべきです。
 ところで, ビジネスガイドの最新号では,「生成AIと人事労務」という特集のなかで,「キーワードからみた労働法」でも「生成AI」をとりあげてほしいというリクエストを受けました。私にとって「生成AI」関連で執筆した最初のまとまったものです。今日,労働問題において,生成AI抜きで語ることは不可能となってきています。AI時代の到来は,すでに言われていたことですが,生成AIの登場により,その発展のスピードが格段に高まりました。生成AIの登場で,人がモノを考えなくなることを懸念する声がありますが,ほんとうはその逆でしょう。社会が大きく変わるなか,これまで常識的と考えて思考停止していたことについて,一つひとつ考え直していくことが求められる時代ともいえます。社会貢献のあり方から,働き方まで,いろんなことについてAIを上手くつかいながら自分で考えていける人材が求められます。たかだ服装ですが,そこにはいろいろなものが詰まっているといえるかもしれません(もちろん,あえて黒一色にするという個性もありえます)。

2023年6月21日 (水)

藤井竜王・名人がみせるAIの可能性

 藤井聡太竜王・名人の衝撃の逆転勝利(一撃必殺で相手を倒したという感じです)の余韻から,まだ冷めていない将棋ファンも多いでしょう。
 ところで,先日,羽生善治九段が,いま話題の成田悠輔さんと対談している動画を観ましたが,藤井竜王・名人が,負けた将棋などで,自分の指した手についてAIを使って検討しているということを話していました。いまや人間よりAIは強いので,プロ棋士であっても,AIを使って勉強するのは当然のことであり,藤井竜王・名人も例外ではありません。いまはプロ棋士がAIに勝てないことは,もはや問題ではありません。全員がAIというツールを使って勉強できる状況のなかで,なぜ藤井竜王・名人だけが強いのかが問題なのです。羽生九段は,AIの判断をどう咀嚼して自分の戦術に活かしていけるかで差が出るというようなことを言っていたように思います。
 AIという巨人に乗っかると,どんな新しい景色をみることができるのか。これからは,そういう観点からAIと向き合っていく時代なのでしょう。誰もが乗れそうではありますが,やはり使い方というものがあって,その巧拙により,みることができる景色が違ってくるのでしょう。しかも,それは単にテクニカルなものにとどまらず,自身の思考経路など,人格のより深い領域に関わるものでもあるのです。
 NHKのクルーズアップ現代で,谷川浩司十七世名人が,藤井竜王・名人は終盤でもおそれを知らないようだという趣旨のことを述べていました。将棋界では「震(ふる)える」という言葉がありますが,終盤で優勢な局面でも,思い切った手を指せず,結果として緩手を指してしまうというのが,「震える」の典型です。羽生九段の場合は,勝ちが決まったと確信した場合に,指したときの手がほんとうに「震える」のは有名ですが,これは違う意味の「震える」です(でも神経が非常に高ぶった状態なのでしょうね)。いずれにせよ,藤井竜王・名人は震えないのです。強靭な精神力なのか,神経が図太いのかわかりませんが,終盤において震えないというのは,これまでは人間にないAIの強みでした。その面でもAI並みであるのが藤井竜王・名人です。
 人間の脳の回路がAIと融合したら,どんなことになるか。藤井竜王・名人の活躍は,それを将棋をとおして,人類に示してくれていくのでしょう。