労働・雇用政策

2024年6月22日 (土)

ライドシェア問題

 ライドシェアについての政府の消極的な姿勢は,いろいろな角度から批判がなされています。なかでも,移動難民や(地域的ないし身体的理由などによる)移動困難者の問題の解決より,結局は,タクシー会社の既得権を守るだけではないのかという点は重要な論点です。一部解禁されているとはいえ,現状は,ドライバーは,タクシー会社に雇用されなければならないのであり,これは少なくとも,ライドシェア解禁論として待望されてきたものとはまったく違うものです。この点で,早急な制度改正が必要という制度・規制改革学会有志による「ライドシェア法制化に関する緊急提言」は重要な内容を含んでいます。そこではタクシー業界の既得権益批判が中心となっていますが,この提言には含まれていない,もう一つの規制問題として,労働法に関係するものもあります。
 もしライドシェアが全面解禁されると,その就労形態は,業務委託となると考えられます(そうなるとフリーランス法の適用対象下となるでしょう)。現状のライドシェアでは,雇用形態しかできないので,通常のアルバイトやスポットワークと同様,労働法が全面適用され,その他の問題としては,会社員が副業的にやる場合に,就業規則における副業規定との関係など,副業に関する一般的な論点が出てくるだけとなります。しかし,雇用に限定しないとなると,まさに海外で起きているドライバーの労働者性という論点が出てくることになります。
 おそらく安全性や事故時の責任といったライドシェアでしばしば指摘されている問題について,プラットフォーム事業者の責任を高めようとするならば(上記の緊急提言でも,「ライドシェア会社と乗客との直接の契約を義務付けることにより,事故の際の責任を明確化することで対応することも考えられる」と書かれています),それにより労働者性の問題は解決するかもしれません。というのはプラットフォーム事業者が責任をはたすためには,直接契約をするだけでは不十分で,雇用して指揮命令をすることが必要となるだろうからです。これはライドシェアサービスを業務委託で行ってはならないことと同義であり,これはこれで一つの解決方法ではあります。後発国の日本だからこそ,最初から労働者性の問題を(労働者性を肯定する形で)回避できるという見方もできます。海外では,プラットフォーム事業者が仲介者(契約当事者ではない)としてマッチングをするビジネスモデルから出発し,そのあとから労働者性や使用者性はどうするのか,という既存の法理との関係が問題となったのです。日本はライドシェアビジネスが封じられてきたので,労働法の問題を考えてから解禁ということができそうです。
 では,ほんとうに業務委託型ではダメなのでしょうか。ドライバーのなり手のなかには,隙間時間を使って,空いている自家用車で,困っている人を運び,報酬を多少得て生活の足しにするというような働き方を望んでいる人は少なからずいるでしょう。そういう人は,雇用されなければライドシェアのドライバーになれないというのは,硬直的な規制だと思うかもしれません。そうしてドライバーのなり手が減ると,移動困難者などの問題の解決は難しくなるでしょう。安全の問題は,デジタル技術を駆使して解決できるのではないかと思います。プラットフォーム事業者が,自動車メーカーとも協力しながら,いかにして指揮命令をしないで安全確保をするかが,ポイントではないでしょうか。そして,それは,交通事故の防止といったより一般的な問題の解決にもつながる技術革新へのインセンティブとなるかもしれません。危ないから規制しようでは,なかなか技術革新は生まれないのではないでしょうか。
 整理するとこうなります。現在の技術水準であれば,プラットフォーム事業者の安全責任を重視すると,ライドシェアは雇用形態に限定されるかもしれない(業務委託契約であっても,安全管理をしっかりすればするほど,労働者と判断される可能性が高まる)のですが,安全管理をできるだけ自動的にできるようにし,社内の状況もつねに遠隔で監視できるようにすること(遠隔監視だけであれば指揮命令があるとはいえないでしょう)などができれば,業務委託契約でも安全なライドシェアは可能となり,これはプラットフォーム事業者,ドライバー双方にメリットとなります。デジタル技術を活用して安全にライドシェアサービスを提供したり,利用したりできる社会というのが,DX社会の一つの理想像です。ライドシェア問題は,こういう切り口からも論じてもらえればと思います。

2024年6月18日 (火)

復職は4割?

 昨日の日本経済新聞において,「解雇無効で勝訴の労働者,『4割』も復職 厚労省調査」という記事が出ていました。「労務関係者には勝訴後も大半は退職するとの見方が多かったため,復職率の意外な多さが注目を集めている」と書かれていまいた。「労務関係者」は誰を指すのかはさておき,これまでは解雇裁判で労働者が勝訴しても,実際には復職が困難で解決金を得て退職する例が多いので,それであれば,法律で金銭解決制度を導入したほうがよいという主張を私もしてきました。
 では,記事で書かれているように,退職する例が少ないとなると,私の主張の前提が崩れるのでしょうか。まず,記事では,「勝訴後に復職した労働者のうち19%は退職していたことがわかった」とも書かれています。多くの「労務関係者」が退職する人が多いというときには,この復職後の退職を念頭に置いているのであり,結局,全体で3割近くしか復職していないということであれば,解雇の金銭解決の必要性を疑問視しなければならないほどのことではないでしょう。「「4割」も復職」という表現は意外感を与えて読者をミスリードするものであり,気をつけなければなりません。
 また,約3割は復職したままであるという事実についても,評価は難しいところがあります。解雇裁判で労働者が勝訴しても結果的に退職していると考えられていたのは,人的な信頼関係が重視される労働関係において,解雇という極限的なことを企業が行い,労働者が企業を訴えるというこれもまた極限的なことを行ったあと,信頼関係が復元することは困難であるという推察が前提にあり,そのことが,退職例が多いという形で実証されていると考えられてきたのです。上記の推察が正しいとなると,退職例が少ないのは,もっと悲惨なことが起きていることを示唆しています。つまり企業は辞めさせたくても,十分な解決金を払えないので辞めてもらえなかったり,労働者は辞めたくても,再就職は容易ではないなどの理由で,十分な解決金が払われなければ辞められない,ということがあったり,さらにその両方が生じているので,退職が起こらず,仕方なく労働関係が継続している可能性があるのです。そうだとすると,この点からも私たちが提唱する「完全補償ルール」による解雇の金銭解決制度の導入が必要となります。今回の調査の実物を私はみていないので,これらの点はきちんと説明がされているのかもしれませんから,最終的な論評は留保しておきます。
 なお,解雇については,大内伸哉・川口大司編著『解雇規制を問い直す―金銭解決の制度設計』(有斐閣)の冒頭で書いているように,「許されない解雇」と「許されうる解雇」があり,「許されない解雇」は,差別的解雇や報復的解雇のような文字どおりに許されてはならない違法な解雇であるので,解雇無効判決後に退職しない労働者がいても不思議ではありません(たとえば労働組合の役員に対する反組合的解雇が無効となれば退職しないのは当然です)。また,一応「許されうる解雇」の範疇に入っても,解雇事由がそもそも存在しないような解雇などは,実質的には「許されない解雇」であり,やはり退職しない労働者がいてもおかしくありません。こういう解雇も少なくないであろうと予想されることから,復職者が3割程度であれば,それほど違和感はないのです。解雇規制で最も重要なのは「許されうる解雇」をどう扱うかにあり,金銭解決のターゲットは,「許されうる解雇」にあるのです。

2024年6月 4日 (火)

「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」の評価

 厚生労働省が,「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」を発表しました。昨年10月の「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」の報告書を受けたもので,労働政策審議会安全衛生分科会の議論を経て策定されました。議論の経過は,議事録が公開されているのでフォローできます。熱心に議論をされてきたことがわかります。
 先日の大学院の授業で学生が採り上げてくれましたので,今回,報告書とガイドラインに目を通すことになりました(議事録のすべてはもちろん読めていません)が,やや疑問をもちました。たしかに,私のように雇用労働者とフリーランスとの格差をなくし,とりわけ就労者の人格的な利益にかかわるものについては共通ルールを設けるべきであるという立場からは,安全衛生問題の射程に個人事業者(労安衛法の枠内でやっているので「事業者」という言葉が使われています)を入れることは妥当という評価になります。そして,とくに就労場所に関係するリスクについては,その物理的な空間を共有するかぎり,雇用労働者であれ,フリーランスであれ,同じリスクにさらされるのですから,同じような保護が受けられるべきというのも,そのとおりであると思います。一人親方に対しても,労働安全衛生法22条や57条などによる保護の対象となるとした建設アスベスト事件・最高裁判決の考え方は,まさにそうした観点から説明がつきます。そして,場所のリスクという点では,就労者以外の人も射程に入るのであり,これは民法717条の土地工作物責任ともつながるものです。
 気になるのは,厚生労働省が基本的な考え方として示している「労働者と同じ場所で就業する者や,労働者とは異なる場所で就業する場合であっても,労働者が行う作業と類似の作業を行う者については, 労働者であるか否かにかかわらず,労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきである」についてです。最高裁でいう場所のリスクを飛び越えて,異なる場所であっても,労働者の作業との類似性があれば,労働者と同じように扱うべきということのようです。こうなってくると,企業の場所的なリスク管理責任ということでは説明がつかず,より抽象的なリスク管理責任というものを観念する必要があります。そうしたものを事業者(注文者)に求めるには,きちんとした正当化根拠が示されなければならず,さもなくば,経済活動への不当な介入となりかねません。
 私が考えているのは,労働者にも自己健康管理を導入することを政府が推進し,それを企業がサポートするという図式であり,そうした政府の推進は,(企業がサポートするところはなくても)フリーランスにもあてはまるというものです。一方,厚生労働省が考えているのは,そうではなく,労働者の現行の健康管理のあり方と同じようなものを個人事業者にも適用するというもので,そのために労働安全衛生法上の事業者に相当するような役割を「注文者等」に担わせるということのようです。これはフリーランス法の「特定業務委託事業者」と「特定受託事業者」との関係に似ています。
 個人事業者のことだけを考えて,注文者の責任根拠を考えていないと,責任を負うべき人の範囲は無限定に広がりかねません。実はガイドラインには,「注文者等が一般消費者である場合についても,その注文や干渉が個人事業者等の健康に影響を及ぼす可能性があることに変わりはないため,その旨を十分に理解した上で,注文等を行うことが重要である」と書かれています。一消費者である私が,たとえば自宅の冷蔵庫の修理を個人事業者に注文するとき,冷蔵庫のある場所の安全衛生に注意をして,事業者の健康に配慮しなければならないということでしょうかね。そういうことをやったほうがよいという気もしますが,厚生労働省に言われてやるようなことではないでしょう。ガイドラインの周知をするように委員は盛んに求めていますので,ぜひ周知してください。そして「注文者等」にあてはまる消費者にも周知してください。「あなたたち,やりすぎだ」というリアクションが起こるのではないでしょうかね。
 建設アスベスト事件の最高裁の判断は納得できるものでした。そこでいう場所のリスクでとどめればよかったのです。もちろん,個人事業者の就労にともなう人格的利益に対するリスクへの配慮は必要ですが,それは同時に,誰にどのような責任を課すことが正当かという議論をきっちりやらなければいけないのです。私は,政府が直接個人に働きかける自己管理が大切であるし,そのためのナッジの手法などを活用すべきであると考えているのですが,厚生労働省のほうは,個人事業者の自己健康管理を第一義的なものと考えているようではあるものの,なお誰かに責任を負わせようともしています。しかし,繰り返すように,責任を負わせるなら,その根拠を明確にする必要があります。
 ガイドラインであるから,そこは多少アバウトでもいいということではありません。国民に行動を求める限りは広義の規制に含まれるのであり,そのようなものとして正統性が求められるのです(参考になる文献として,興津征雄「行政機関の定める指針の行政法上の位置づけ」季刊労働法28033頁以下(2023年))。
 なお,ガイドラインのなかには,個人事業者の自己健康管理のツールとして,役所アプリ(「マルチジョブ健康管理ツール」など)の使用に言及されています。スマホをみると,いつやったか忘れましたが,このアプリをインストールしていました。でも,このアプリでは,私が推奨しているデジタル技術を活用した自己健康管理のニーズには応えられないでしょう。

 

 

2024年3月23日 (土)

規制改革推進室のヒアリング

 内閣府の規制改革推進室というところから,解雇の金銭解決制度についてのヒアリングを受けました。彼らが聞きたかったことは,外国法の動向であったようですが,私には,外国法についての最新の動向の情報はなかったので,解雇の金銭解決制度について,現在の政府の取り組みがなぜダメかということを説明させてもらいました。いつも言っていることですが,私たちが提案した完全補償ルールの金銭解決制度が,きちんと理解されずに,あたかも世に存在しないもののように扱われていることに私は不満を感じており,この機会に規制改革推進室の方にも理解してもらいたいと思ったからです。あまり期待はしていませんが,少しは動きがあればと思っています。

 日本の労働市場がこれからも機能していくためには,解雇規制改革が不可欠であり,また不可避であることは,よく考えると当然に到達しうる結論なのに,現状では,それを無視した政策論義がされています。もちろん解雇規制改革は簡単なことではありません。目先の損得勘定で議論をしていては先に進まないテーマなので,政治のリーダーシップが必要です。解雇規制改革の必要性を,これまでも何度か世に問うたことはあり,研究者向けのもの以外にも,いろんな媒体で意見を発表してきました(目立つ媒体としては,Wedge201611月号「『解雇の金銭解決』働き方改革とセットで実現を」など)。その到達点が完全補償ルールでした。そこで主張した解雇の金銭解決は,決して解雇の自由化を意味するものではありません。今後,DXにより業界の再編があるなかで,有効な整理解雇がされたような場合でも,労働者を無補償状況に置かないために(雇用保険の失業給付では不十分です),企業は完全補償(逸失利益の支払い)をしなければ解雇ができないものとし,中小企業の負担については,政府の強制的な解雇保険で対応するという構想は,そのまま受け入れることはできなくても,なぜこういう議論が必要となるかということは理解してもらいたいものです(とくに現行法における解雇要件の不明確性を解消し,労働者に明確かつ十分な補償をすることの必要性について)。

 

 

2024年3月14日 (木)

賃上げと労働市場流動化

 物価上昇の影響をめぐる経済現象は複雑すぎて,なかなか素人の私にはわかりにくいところがあります。中学生レベルの知識で考えると,こうなるでしょう。インフレになると,貨幣の価値が下がり,同じ商品を買うのにたくさんの貨幣が必要となります。マクロ的には,インフレは,総需要が増える場合と総供給が減る場合に起こるとされます。前者の場合は物価も上がり,商品も売れるので,企業の収益が高まり,賃金も上昇するということが起こるでしょう(良いインフレ)。他方,後者の総供給が減る場合には,物価は上がるものの,商品は売れなくなるので,企業の収益は悪化し,賃金も上がらないということが起こるでしょう(悪いインフレ)。賃金は下方硬直性があるので,賃金が下がりきらなければ,リストラが起こることになります。
 昨日が集中回答日であった春闘における賃上げは,総需要の上昇にともなう企業業績の改善の成果という面もありそうです。今年に入ってからの日経平均の記録的な高まりは,外国の投資家を中心に多くの資金が日本企業に流入していることが原因とみることができ,その主たる理由の一つは日本企業の今後の業績向上が見込まれているからです。他方で,ウクライナ(Ukrine)情勢やパレスチナ(Palesitn)問題などもあり,原材料価格が高騰したことなどから来る企業活動の縮小は,これも需要が超過してインフレにつながりますが,この場合は賃上げ原資が十分に集まらないことになるでしょう(悪いインフレ)。ただ,少子高齢化が進行して人手不足が起きているなかでは,賃上げをしなければ人が集まらない状況にあるのであり,経営環境が悪化するなかでも,賃上げができる余力が残っている企業とそうでない企業との差がますますついてくることが予想されます。
 円安問題もインフレと関係するでしょう。日本の貨幣の価値が下がると,ドルやユーロと交換するとき,より多くの円を払う必要があります。これが円安です。そうなると,外国からの製品の輸入の際の支払額が大きくなり,これが原材料価格の上昇⇒物価の上昇につながるという悪循環が起こります。逆に,輸出産業においては,円安は商品が増えるので企業業績を引き上げます。為替リスクを避けるために,大企業では外国での現地生産を増やすなど円安・円高の影響を受けにくいようにしているところも多いと思われますが,日本の中小企業ではそういうことは簡単ではないでしょう。
 このように,円安は輸出産業の企業の株を上昇させます。日本全体でみると輸出中心の企業と輸入中心の企業のいずれもあるのですが,一般に円安になると,日経平均は上がると言われているので,それは日本の産業(上場企業)は輸出中心であるということを意味しているのでしょう。またインフレになると,貨幣の価値が下がる以上,銀行にお金を預けたままではいけません(タンス預金は論外)が,そのときに投資に向かう資金は輸出中心の企業となるという形で,その株の価格をいっそう押し上げることもあるでしょう。なお,輸入に頼っている企業でも,今後はサプライチェーンの見直しなどで,為替リスクや地政学リスクに影響されにくい安定的な原材料調達の態勢を整えていき,国内で完結できるようにしていくかもしれません(国内雇用の増加にもつながるでしょう)。いっときの苦境は,かえって企業を「筋肉質」にして強化し,将来の発展につながる可能性があります。目利きの投資家たちは,こうした長期展望で発展可能性のある企業を物色するのだと思います。
 さて賃上げに話を戻すと,少し気になる記事がありました。3月6日の日本経済新聞に,「24年の早期退職,既に23年超え 構造改革で雇用流動化」というタイトルで,「上場企業の早期退職の募集人数が2024年2月末時点で,23年通年を1割上回り3600人に達したことが分かった。インフレで持続的な賃上げが求められる中,企業は事業収益に合わせて雇用人員を適正化している。」ということが書かれていました。
 現在の賃上げは,企業の収益が十分に改善して,それを賃上げで従業員に還元していくという場合だけでなく,人材確保のためという人事戦略に基づき行われている面も大きいと思われます。当然,企業にとって欲しい人材は優秀な人材であり,それは今後の機械との競争のなかでは,広い意味でのデジタルスキルをもった人材となっていきます。賃上げを持続的に継続していくことを収益につなげるためには,その賃上げ分がきちんと企業の業績につながるデジタル人材らに配分されていくことが必要であり,現在の従業員すべてに賃上げの恩恵が満遍なく及ぶということにはならないはずです。春闘の成果というと,全労働者の底上げにつながるという話になりそうですが,決してそうではないということを示しているのが早期退職募集の動きです。おそらく今後は,引き上げられた賃金に見合う人材とそうでない人材との選別が始まるでしょう。
 デフレ時代は,沈滞した社会で,人々は価値が相対的に高い貨幣をためこみ,安い賃金,安い商品ということで満足していました(外国人からみると夢のような価格で商品が手に入る)が,インフレ時代に変わると,人々は貨幣(それ自体は本来何も価値がないもの)をもっと有効に使おうと考えるでしょうし,それが社会課題の解決といった方向でビジネスを展開できる企業や個人に向けられることになっていきます。デフレ時代の終焉がもたらす労働政策は,労働需要の質の根本的な変化のなかで,個人がいかにして働いていくかを考えたものでなければなりません。
 先日の経済教室も含め,私の近時の論稿は,デジタル化の影響による人と機械との協働の再編成ということを中心に書いていましたが,もう一つ日本特有の問題として挙げるべきなのは,このデフレ時代の終焉からくる企業の人材選別があります。そうなると,現政権が目指している労働市場の流動化は進みますが,それは非自発的なもの,すなわち解雇や希望退職が多数含まれるようになります。これは現政権にとっては想定されていないことでしょう。そのようななかでは,昨年の経済教室で執筆したような,解雇規制の見直し(金銭解決の導入など)を論じることが不可欠であるという私の主張の意義がいっそう鮮明になると思います。

2024年1月11日 (木)

賃上げについて

 労働法や社会保障法における貧困対策の制度として最低賃金や生活保護などがあります。政府は最低賃金の大幅な引上げを目標に掲げています。民間でも,アトキンソンという方が最低賃金引上げを強く主張されています。
 アトキンソン氏のあるHPでのインタビュー記事をみましたが,生産性の低い中小企業で働く労働者が多すぎることを問題視されています。最低賃金を上げると,その支払いができない中小企業が淘汰されていて,高い賃金を支払える中小企業が増えていくということでしょう。そうなると,平均的に日本の賃金も高まるでしょう。生産性の低い中小企業が生き残るのは,補助金などによる中小企業延命政策が機能しているからでしょう。コロナ下の政策でも,多くの資金が中小企業救済に投入されています。
 デジタル変革は,大企業の組織に変革をもたらし,企業は,プロ人材の結集によるプロジェクトを遂行する場というように変容していくでしょう。中小企業は,そうしたプロ人材の特定のプロジェクトを,比較的少人数で継続的に行うようなものになっていくのです。プロ人材は独立して個人で仕事を請け負うこともあるでしょう。フリーランスが増加することが予想されるのは,そのためです。いずれにせよ基本となるのは個人のプロ人材です。職業教育の目標も,そうしたプロ人材の育成であり,そのためには,まず何についてプロになるかを,子どものころから意識させる必要があるし,しかも将来の技術環境もふまえて,つぶしが利くような能力やスキルの習得をさせておく必要があります。そのためには基礎的な素養を身につけることも重要であり,それが現代の教養教育であるべきです。
 現在の政策課題として,エッセンシャル・サービスの人手不足も指摘されています。20244月から時間外労働規制の適用猶予がなくなる業界に,この種のサービスを担うところが多いので,2024年問題などとも言われています。人材不足に対しては,デジタル化で対応するしかないというのが,私の答えです。また,もしほんとうに必要なサービスであれば,市場(価格)メカニズムが機能さえすれば,賃金が上がり,それにともない労働供給が増えるはずですが,そうならないのは,どこかで市場メカニズムが機能していないことが考えられます(介護労働者の賃金などは,まさにそういうものでしょう)。そうすると対策は,市場メカニズムを機能させることにあるのですが,それが難しいとすると,国が税金を使って人を雇ってサービスを提供するしかないことになります。
 いずれにせよ,賃上げは,労働者の生活保障だけでなく,企業の淘汰による全体的な生産性の底上げ,人材不足の業種・職種における労働供給の増加などの多面的な政策課題にかかわっています。いずれの課題も簡単に解決できるものではなく,賃上げ以外の方法(たとえば貧困問題であれば,給付付き税額控除といった方法)でも解決できる可能性があります。あるいは,賃上げは手段ではなく,それ自体が目標であり,その手段こそ重要ともいえます。教育は,まさにそういう手段なのです。

2024年1月 5日 (金)

自助と公的支援のバランス

 14日に,NHKのBSで「AI×専門家による“6つの未来”」という番組を観ました。ゲストは,いま最も勢いのある学者といえる「人新世の『資本論』の斎藤幸平氏,経済再生大臣の新藤義孝氏,若者代表で政府の少子化関係の会議のメンバーでもある櫻井彩乃氏,サッポロビールの取締役常務執行役員の福原真弓氏です。とても良い番組だと思いました。2054年の日本について,AIに分析させると6つのシナリオがあり,番組では,そのうちゲストの2人が良いと言った2つのシナリオ(未来1「地方分散,マイペース社会」と未来5「多様性イノベーション社会」) を中心に話が進行しました。2つのシナリオの実現のためには,いくつかの分岐点があり,そこでは賃金・働き方(テレワーク,労働時間短縮など),少子化対策,イノベーションがポイントとなるとされ,最終的には,未来5のグローバルイノベーションと未来1のローカルイノベーションがうまく実現していく社会をめざすべき,というようなまとめになっていたと思います。
 私は,企業とは本来,社会課題の解決というパーパスのために存在するものであり,個人はデジタル技術を使いながら,自分なりの知的創造性を発揮して貢献していくことが求められるという主張からすると,未来1がこれに沿うものだと思います。番組のなかでも,未来1に肯定的な意見が多かったように思いました(とくに福原氏のご意見には賛同できるものが多く,こういう方が役員にいるサッポロビールは良い会社だなと思ってしまいました)が,若干気になるところもありました。それは,イノベーションのところで,アメリカにおけるスタートアップについて公的支援がうまく機能して,それが社会実装にまでつながっていることの紹介に関してです。このアメリカの例自体は素晴らしいのですが,この話の前提には,個人が新たな企業を立ち上げているという点があります。個人の企業家精神があってはじめて,公的支援も機能するというところを忘れてはなりません。ゲストの発言のなかには,国の政策が悪いから日本はダメという論調のものもあったのですが,根本的には,自分たちにサポートができなければ,国を出てしまうよ,というくらいの気概のある若者が出てくる必要があるのです。もちろん,企業家精神をもてるような独創的な人材を育てる公教育が必要なのは言うまでもありません。独創的というのは,大発明をするというようなことにかぎらず,自分の日常生活のなかにある細かいニーズを拾い上げて,そこに自分なりの解決方法を見つけ出すということを含むのであり,これこそローカルイノベーションの基盤となるものです。福原氏が言われていたように,企業であれば,現場にいてわかる課題の解決が大切なのです。そうした課題をみつけだし,その解決を模索するためのスキルこそが日本社会の未来を輝かせるための鍵なのだと思います。
 世間では,新自由主義を批判し,自己責任を強調する見解に疑問を投げかける動きが強いと思います。そのことは間違っていないのですが,自助の精神がなく,何でも国が悪いといっている国民ばかりになるとダメです。繰り返しますが,国が,「それは自助でお願いします」とばかり言うのは責任放棄だと思いますが,国民が,自分たちが希望を持てないのは政治が悪いとばかり言うのであれば,それも甘えのように思います。大切なのは,自助を基礎としたうえで,政府が何をどう支援すべきかを議論することです。
 ゲストの一人の櫻井氏はフリーランスだと言っておられました。フリーランス的な働き方こそ,実は大切なのです。政府に守られてはいないけれど,自主独立でやっていこうとする働き方です。そのうえで,自助と公的支援とのバランスをとることが必要なのです。このあたりの政策研究が,私が2024年に取り組みたい第一の課題です。

2023年12月14日 (木)

無期転換ルール

 小嶌典明先生が文部科学教育通信という,ちょっとマニアック(?)な雑誌に連載されている「新・現場から見た労働法 第7回 カレント・ケース 大学編(2)」(535号,2022年)15頁で,厚生労働省が,無期転換ルールに基づき,無期転換した労働者が約118万人いると推計していることについて,その数字に疑問を提起されています。推計の基礎となるサンプル回答数が少なすぎることと,総務省の労働力調査における無期契約の増加数との整合性がないことが理由として挙げられています。
 私は統計の専門家ではありませんし,役所では専門家が推計をしているのでしょうから,間違いはないと信じたいところですが,ほんとうに100万人も労働契約法18条により無期転換したのかというのは,正直なところにわかには信じられません。直感で議論をしたらダメで,エビデンスが大切と言われていますし,エビデンスの重要性を否定するつもりはまったくありませんが,統計不正ということもあったのであり(今回がそうだと言うわけではありません),出された数字を鵜呑みにせず,少しでも疑問を感じればそれをぶつけて,疑問を解消することができれば,安心して議論ができると思っています。
 もちろん,正直にいつと,それは,私が無期転換ルールに批判的であることとも関係しています。いずれにせよ実証面は専門家に任せながら,私は理論的な面で,ほんとうに無期転換ルールは正当化できるのかということについて,もう少しこだわっていきたいです。
 ところで,無期転換ルールの見直しについては,118万人もの無期転換が生じたのだから,そのルール自体は見直す必要がないとされ,むしろ労働条件明示に関して無期転換に関するものを追加するなどの強化策をとる結果になってしまったようです。
 しかし,私が知るかぎりでも,無期転換ルールがあるがゆえに,これがなければ長期的に有期労働契約で働けただろうにもかかわらず,5年以内で雇止めされることになったという人がいます。ただ,全国で,実際にどれくらい,こうしたケースがあったかは,よくわかりません(やむなくクーリング期間をつかって,無意味に休ませることにしたケースもあったかもしれません)。
 どうせ調査をするのならば,雇止めをした企業に,無期転換がなければ有期労働契約で雇い続けたか,という質問事項を入れてもらいたいです。無期転換ルールに不利なデータも集めてきて,そうした情報をふまえながら政策論義をしてもらいたいですね。
 なお無期転換ルールができる前から,3年で雇止めをする慣行が広がっていたという指摘もありますが,無期転換の威力が軽視されているのではないかと思います。無期転換は労働条件が同一でよいとしても,解雇規制がかかる雇用に変わるという点で雇用が質的に違ってくる(と企業は考える)ので,よりいっそう雇止めを誘発する効果をもつことが見落とされていたのではないかと思います。もちろんこうした効果も仮説にすぎないので,この点も調査に含めてもらいたいですね。
 まあ,こういろいろ書いても,私のような無期転換反対論は,労契法旧20条や短時間有期雇用法8条の訓示規定説などと同様,学説としては存在しないような扱いであり,政府もまともに相手にしなくてよいと考えているのかもしれません。もちろん,相手にしてもらわなくてもよいのですが,ただ,国民のためにならない政府の独善的な政策になっていないかを自己点検をしてもらえればと思います。

2023年12月 5日 (火)

選ばれる企業

 昨日書いた「プロの力」というのは,最近,政府が力を入れている「人への投資」にもつながる話です。日本では企業の「人への投資」が遅れていると言われてきましたが,たとえば企業に入るまでの基礎能力の平均は,日本人の労働者は外国人より高いので,企業が基礎的な能力に投資する必要性は小さかったという理由は考えられないでしょうか。一方で,職業スキルについては,専門学校などを除くと,学校では教えていないので,OJTで鍛えるというのが日本的なやり方です。これも本来は「人への投資」にカウントできるとすると,おそらく日本企業の「人への投資」は過小評価されていた可能性もあるように思えます。日本では,こうした人的資本投資が,正社員と非正社員との間で格差があるから,法律は教育訓練の均等や均衡ということを求めてきたのです(現在の短時間有期雇用労働法11条。もっとも,同条でいう教育訓練にOJTまで含まれるのかは,よくわかりません)。
 とはいえ,今日求められている教育訓練は,デジタル対応のためのリスキリングです。これは企業内のOJTでは難しいので,これからはOff-JTがいっそう重要となるでしょう。企業が社員のデジタル教育に投資するのは,事業のDXを進めるうえで不可欠のように思いますが,外部人材の活用とどちらが効率的かということの比較はされるでしょう。大企業では,転職可能性が低いと考えれば,思い切って教育費用を投入しても,回収できるという判断ができるかもしれません。長期雇用を保障する人材である以上,長期的な活用のためのメンテナンス費用という見方もできるかもしれません。しかし,労働者には退職の自由があり,今後転職を推進する政策が進められていくと(たとえば退職所得課税の変更),大企業の正社員の間でも転職が広がっていき,そうなると,どこまで企業がデジタル教育に費用を投入できるかは,はっきりしなくなります。とはいえ,働く側からすると,教育に力を入れてくれる企業は魅力的です。そうすると,企業は転職されることは覚悟のうえで,良い人材を集めるために教育に力を入れるかもしれません。教育をして,そこから次々と巣立っていく優秀な社員が多いという評判が立つこと自体が,優秀な人材を集めることにつながり,企業の成長を支えることになります。こういう形の流動化が,労働市場の理想的な状況だとも思えます。
 状況は全然違うのですが,法学者の世界でも,すごろくの「あがり」のような大学があり,そこに行くまでのステップになる大学もあります。後者のタイプの大学は,「あがり」やそれに近い大学に移籍することを折り込みずみで,受け入れるのです。結果として,よい研究者を集めることができ,大学間での競争力を高めることができます。
 一般の労働者にとっては,なにが「あがり」の職場かは個人の判断によりますが,自分のキャリア計画において,ステップアップしていくために,よい教育や経験をつませてくれる企業を選び,次につながるようにすることが大切です。そういう教育を施してくれて,自社に縛らないという意味の流動性とを兼ね備えている企業が,これから選択されることになると考えています。 

2023年11月15日 (水)

介護離職問題

 今朝の日本経済新聞の社説は,「介護との両立支援は重要な経営課題だ」というタイトルで,介護離職対策の重要性が論じられていました。安倍政権のときから「介護離職ゼロ」は政策課題に掲げられていましたが,なかなか状況は改善していないようです。国民は,まずは育児介護休業法の内容を知り,どのような権利があるかを理解して,必要な人は,この制度を十分に活用するところからスタートしなければなりません。
 今年の第46回労働問題優秀図書賞には,介護離職の問題について正面から取り組んだ池田心豪氏の労作「介護離職の構造―育児・介護休業法と両立支援ニーズ」が選ばれました(もう一冊の受賞作は,市原博氏の『近代日本の技術者と人材形成・人事管理』です)。JILPTのHPでは,次のように,同書の概要が紹介されています。
 「本書は,現行法が想定する仕事と介護の生活時間配分の問題から守備範囲を広げて,介護者の健康や人間関係の問題など,介護離職につながりうる多様な問題にも着目し,対応可能な両立支援制度の考え方を示しています。多様な両立支援ニーズに対応することによって『介護離職ゼロ』にも貢献しうる政策研究であるといえます。」
 私も審査委員として熟読しましたが,まさに概要に書かれているような内容の研究です。具体的な政策提言まではされていませんが,今日の大きな社会問題である介護離職について,きちんとした調査をして法制度の問題や両立支援に向けた課題を,当事者のニーズに焦点をあててあぶりだした点は,労働政策研究として高く評価されるべきでしょう。
 ところで,介護離職ゼロのためには,もっとテレワークを増やすことが重要だというのが私の主張です(拙著『誰のためのテレワーク?―近未来社会のための働き方と法』(明石書店)93頁を参照)が,コロナ後の対面回帰のなかで,やや逆風が吹いています。しかし,いまいちど,介護問題にしろ,育児問題にしろ,その抜本的な解決に大きく寄与するテレワークをどのように政策的に推進するかについても,政府には考えてもらいたいです。