労働・雇用政策

2024年1月11日 (木)

賃上げについて

 労働法や社会保障法における貧困対策の制度として最低賃金や生活保護などがあります。政府は最低賃金の大幅な引上げを目標に掲げています。民間でも,アトキンソンという方が最低賃金引上げを強く主張されています。
 アトキンソン氏のあるHPでのインタビュー記事をみましたが,生産性の低い中小企業で働く労働者が多すぎることを問題視されています。最低賃金を上げると,その支払いができない中小企業が淘汰されていて,高い賃金を支払える中小企業が増えていくということでしょう。そうなると,平均的に日本の賃金も高まるでしょう。生産性の低い中小企業が生き残るのは,補助金などによる中小企業延命政策が機能しているからでしょう。コロナ下の政策でも,多くの資金が中小企業救済に投入されています。
 デジタル変革は,大企業の組織に変革をもたらし,企業は,プロ人材の結集によるプロジェクトを遂行する場というように変容していくでしょう。中小企業は,そうしたプロ人材の特定のプロジェクトを,比較的少人数で継続的に行うようなものになっていくのです。プロ人材は独立して個人で仕事を請け負うこともあるでしょう。フリーランスが増加することが予想されるのは,そのためです。いずれにせよ基本となるのは個人のプロ人材です。職業教育の目標も,そうしたプロ人材の育成であり,そのためには,まず何についてプロになるかを,子どものころから意識させる必要があるし,しかも将来の技術環境もふまえて,つぶしが利くような能力やスキルの習得をさせておく必要があります。そのためには基礎的な素養を身につけることも重要であり,それが現代の教養教育であるべきです。
 現在の政策課題として,エッセンシャル・サービスの人手不足も指摘されています。20244月から時間外労働規制の適用猶予がなくなる業界に,この種のサービスを担うところが多いので,2024年問題などとも言われています。人材不足に対しては,デジタル化で対応するしかないというのが,私の答えです。また,もしほんとうに必要なサービスであれば,市場(価格)メカニズムが機能さえすれば,賃金が上がり,それにともない労働供給が増えるはずですが,そうならないのは,どこかで市場メカニズムが機能していないことが考えられます(介護労働者の賃金などは,まさにそういうものでしょう)。そうすると対策は,市場メカニズムを機能させることにあるのですが,それが難しいとすると,国が税金を使って人を雇ってサービスを提供するしかないことになります。
 いずれにせよ,賃上げは,労働者の生活保障だけでなく,企業の淘汰による全体的な生産性の底上げ,人材不足の業種・職種における労働供給の増加などの多面的な政策課題にかかわっています。いずれの課題も簡単に解決できるものではなく,賃上げ以外の方法(たとえば貧困問題であれば,給付付き税額控除といった方法)でも解決できる可能性があります。あるいは,賃上げは手段ではなく,それ自体が目標であり,その手段こそ重要ともいえます。教育は,まさにそういう手段なのです。

2024年1月 5日 (金)

自助と公的支援のバランス

 14日に,NHKのBSで「AI×専門家による“6つの未来”」という番組を観ました。ゲストは,いま最も勢いのある学者といえる「人新世の『資本論』の斎藤幸平氏,経済再生大臣の新藤義孝氏,若者代表で政府の少子化関係の会議のメンバーでもある櫻井彩乃氏,サッポロビールの取締役常務執行役員の福原真弓氏です。とても良い番組だと思いました。2054年の日本について,AIに分析させると6つのシナリオがあり,番組では,そのうちゲストの2人が良いと言った2つのシナリオ(未来1「地方分散,マイペース社会」と未来5「多様性イノベーション社会」) を中心に話が進行しました。2つのシナリオの実現のためには,いくつかの分岐点があり,そこでは賃金・働き方(テレワーク,労働時間短縮など),少子化対策,イノベーションがポイントとなるとされ,最終的には,未来5のグローバルイノベーションと未来1のローカルイノベーションがうまく実現していく社会をめざすべき,というようなまとめになっていたと思います。
 私は,企業とは本来,社会課題の解決というパーパスのために存在するものであり,個人はデジタル技術を使いながら,自分なりの知的創造性を発揮して貢献していくことが求められるという主張からすると,未来1がこれに沿うものだと思います。番組のなかでも,未来1に肯定的な意見が多かったように思いました(とくに福原氏のご意見には賛同できるものが多く,こういう方が役員にいるサッポロビールは良い会社だなと思ってしまいました)が,若干気になるところもありました。それは,イノベーションのところで,アメリカにおけるスタートアップについて公的支援がうまく機能して,それが社会実装にまでつながっていることの紹介に関してです。このアメリカの例自体は素晴らしいのですが,この話の前提には,個人が新たな企業を立ち上げているという点があります。個人の企業家精神があってはじめて,公的支援も機能するというところを忘れてはなりません。ゲストの発言のなかには,国の政策が悪いから日本はダメという論調のものもあったのですが,根本的には,自分たちにサポートができなければ,国を出てしまうよ,というくらいの気概のある若者が出てくる必要があるのです。もちろん,企業家精神をもてるような独創的な人材を育てる公教育が必要なのは言うまでもありません。独創的というのは,大発明をするというようなことにかぎらず,自分の日常生活のなかにある細かいニーズを拾い上げて,そこに自分なりの解決方法を見つけ出すということを含むのであり,これこそローカルイノベーションの基盤となるものです。福原氏が言われていたように,企業であれば,現場にいてわかる課題の解決が大切なのです。そうした課題をみつけだし,その解決を模索するためのスキルこそが日本社会の未来を輝かせるための鍵なのだと思います。
 世間では,新自由主義を批判し,自己責任を強調する見解に疑問を投げかける動きが強いと思います。そのことは間違っていないのですが,自助の精神がなく,何でも国が悪いといっている国民ばかりになるとダメです。繰り返しますが,国が,「それは自助でお願いします」とばかり言うのは責任放棄だと思いますが,国民が,自分たちが希望を持てないのは政治が悪いとばかり言うのであれば,それも甘えのように思います。大切なのは,自助を基礎としたうえで,政府が何をどう支援すべきかを議論することです。
 ゲストの一人の櫻井氏はフリーランスだと言っておられました。フリーランス的な働き方こそ,実は大切なのです。政府に守られてはいないけれど,自主独立でやっていこうとする働き方です。そのうえで,自助と公的支援とのバランスをとることが必要なのです。このあたりの政策研究が,私が2024年に取り組みたい第一の課題です。

2023年12月14日 (木)

無期転換ルール

 小嶌典明先生が文部科学教育通信という,ちょっとマニアック(?)な雑誌に連載されている「新・現場から見た労働法 第7回 カレント・ケース 大学編(2)」(535号,2022年)15頁で,厚生労働省が,無期転換ルールに基づき,無期転換した労働者が約118万人いると推計していることについて,その数字に疑問を提起されています。推計の基礎となるサンプル回答数が少なすぎることと,総務省の労働力調査における無期契約の増加数との整合性がないことが理由として挙げられています。
 私は統計の専門家ではありませんし,役所では専門家が推計をしているのでしょうから,間違いはないと信じたいところですが,ほんとうに100万人も労働契約法18条により無期転換したのかというのは,正直なところにわかには信じられません。直感で議論をしたらダメで,エビデンスが大切と言われていますし,エビデンスの重要性を否定するつもりはまったくありませんが,統計不正ということもあったのであり(今回がそうだと言うわけではありません),出された数字を鵜呑みにせず,少しでも疑問を感じればそれをぶつけて,疑問を解消することができれば,安心して議論ができると思っています。
 もちろん,正直にいつと,それは,私が無期転換ルールに批判的であることとも関係しています。いずれにせよ実証面は専門家に任せながら,私は理論的な面で,ほんとうに無期転換ルールは正当化できるのかということについて,もう少しこだわっていきたいです。
 ところで,無期転換ルールの見直しについては,118万人もの無期転換が生じたのだから,そのルール自体は見直す必要がないとされ,むしろ労働条件明示に関して無期転換に関するものを追加するなどの強化策をとる結果になってしまったようです。
 しかし,私が知るかぎりでも,無期転換ルールがあるがゆえに,これがなければ長期的に有期労働契約で働けただろうにもかかわらず,5年以内で雇止めされることになったという人がいます。ただ,全国で,実際にどれくらい,こうしたケースがあったかは,よくわかりません(やむなくクーリング期間をつかって,無意味に休ませることにしたケースもあったかもしれません)。
 どうせ調査をするのならば,雇止めをした企業に,無期転換がなければ有期労働契約で雇い続けたか,という質問事項を入れてもらいたいです。無期転換ルールに不利なデータも集めてきて,そうした情報をふまえながら政策論義をしてもらいたいですね。
 なお無期転換ルールができる前から,3年で雇止めをする慣行が広がっていたという指摘もありますが,無期転換の威力が軽視されているのではないかと思います。無期転換は労働条件が同一でよいとしても,解雇規制がかかる雇用に変わるという点で雇用が質的に違ってくる(と企業は考える)ので,よりいっそう雇止めを誘発する効果をもつことが見落とされていたのではないかと思います。もちろんこうした効果も仮説にすぎないので,この点も調査に含めてもらいたいですね。
 まあ,こういろいろ書いても,私のような無期転換反対論は,労契法旧20条や短時間有期雇用法8条の訓示規定説などと同様,学説としては存在しないような扱いであり,政府もまともに相手にしなくてよいと考えているのかもしれません。もちろん,相手にしてもらわなくてもよいのですが,ただ,国民のためにならない政府の独善的な政策になっていないかを自己点検をしてもらえればと思います。

2023年12月 5日 (火)

選ばれる企業

 昨日書いた「プロの力」というのは,最近,政府が力を入れている「人への投資」にもつながる話です。日本では企業の「人への投資」が遅れていると言われてきましたが,たとえば企業に入るまでの基礎能力の平均は,日本人の労働者は外国人より高いので,企業が基礎的な能力に投資する必要性は小さかったという理由は考えられないでしょうか。一方で,職業スキルについては,専門学校などを除くと,学校では教えていないので,OJTで鍛えるというのが日本的なやり方です。これも本来は「人への投資」にカウントできるとすると,おそらく日本企業の「人への投資」は過小評価されていた可能性もあるように思えます。日本では,こうした人的資本投資が,正社員と非正社員との間で格差があるから,法律は教育訓練の均等や均衡ということを求めてきたのです(現在の短時間有期雇用労働法11条。もっとも,同条でいう教育訓練にOJTまで含まれるのかは,よくわかりません)。
 とはいえ,今日求められている教育訓練は,デジタル対応のためのリスキリングです。これは企業内のOJTでは難しいので,これからはOff-JTがいっそう重要となるでしょう。企業が社員のデジタル教育に投資するのは,事業のDXを進めるうえで不可欠のように思いますが,外部人材の活用とどちらが効率的かということの比較はされるでしょう。大企業では,転職可能性が低いと考えれば,思い切って教育費用を投入しても,回収できるという判断ができるかもしれません。長期雇用を保障する人材である以上,長期的な活用のためのメンテナンス費用という見方もできるかもしれません。しかし,労働者には退職の自由があり,今後転職を推進する政策が進められていくと(たとえば退職所得課税の変更),大企業の正社員の間でも転職が広がっていき,そうなると,どこまで企業がデジタル教育に費用を投入できるかは,はっきりしなくなります。とはいえ,働く側からすると,教育に力を入れてくれる企業は魅力的です。そうすると,企業は転職されることは覚悟のうえで,良い人材を集めるために教育に力を入れるかもしれません。教育をして,そこから次々と巣立っていく優秀な社員が多いという評判が立つこと自体が,優秀な人材を集めることにつながり,企業の成長を支えることになります。こういう形の流動化が,労働市場の理想的な状況だとも思えます。
 状況は全然違うのですが,法学者の世界でも,すごろくの「あがり」のような大学があり,そこに行くまでのステップになる大学もあります。後者のタイプの大学は,「あがり」やそれに近い大学に移籍することを折り込みずみで,受け入れるのです。結果として,よい研究者を集めることができ,大学間での競争力を高めることができます。
 一般の労働者にとっては,なにが「あがり」の職場かは個人の判断によりますが,自分のキャリア計画において,ステップアップしていくために,よい教育や経験をつませてくれる企業を選び,次につながるようにすることが大切です。そういう教育を施してくれて,自社に縛らないという意味の流動性とを兼ね備えている企業が,これから選択されることになると考えています。 

2023年11月15日 (水)

介護離職問題

 今朝の日本経済新聞の社説は,「介護との両立支援は重要な経営課題だ」というタイトルで,介護離職対策の重要性が論じられていました。安倍政権のときから「介護離職ゼロ」は政策課題に掲げられていましたが,なかなか状況は改善していないようです。国民は,まずは育児介護休業法の内容を知り,どのような権利があるかを理解して,必要な人は,この制度を十分に活用するところからスタートしなければなりません。
 今年の第46回労働問題優秀図書賞には,介護離職の問題について正面から取り組んだ池田心豪氏の労作「介護離職の構造―育児・介護休業法と両立支援ニーズ」が選ばれました(もう一冊の受賞作は,市原博氏の『近代日本の技術者と人材形成・人事管理』です)。JILPTのHPでは,次のように,同書の概要が紹介されています。
 「本書は,現行法が想定する仕事と介護の生活時間配分の問題から守備範囲を広げて,介護者の健康や人間関係の問題など,介護離職につながりうる多様な問題にも着目し,対応可能な両立支援制度の考え方を示しています。多様な両立支援ニーズに対応することによって『介護離職ゼロ』にも貢献しうる政策研究であるといえます。」
 私も審査委員として熟読しましたが,まさに概要に書かれているような内容の研究です。具体的な政策提言まではされていませんが,今日の大きな社会問題である介護離職について,きちんとした調査をして法制度の問題や両立支援に向けた課題を,当事者のニーズに焦点をあててあぶりだした点は,労働政策研究として高く評価されるべきでしょう。
 ところで,介護離職ゼロのためには,もっとテレワークを増やすことが重要だというのが私の主張です(拙著『誰のためのテレワーク?―近未来社会のための働き方と法』(明石書店)93頁を参照)が,コロナ後の対面回帰のなかで,やや逆風が吹いています。しかし,いまいちど,介護問題にしろ,育児問題にしろ,その抜本的な解決に大きく寄与するテレワークをどのように政策的に推進するかについても,政府には考えてもらいたいです。

 

 

2023年10月30日 (月)

無人タクシーに思う

  少し前のことになりますが,1020日の日本経済新聞で,「無人タクシーホンダ先陣 GMと,26年に都内で開始 人手不足解消に期待」というタイトルで,「ホンダが日本の無人タクシーの実用化で先陣を切る。19日,米ゼネラル・モーターズ(GM)と2024年前半に共同出資会社を立ち上げ,26年から東京都内中心に運行すると発表した。無人タクシーは人手不足解消の切り札として期待される。」という記事がでていました。ライドシェアへの期待をたびたび書いてきましたが,もちろんAI時代のモビリティは無人タクシーということになります。
 そうなるとタクシー運転手の仕事はなくなるはずです。ただ,それがいつ到来するかは未知数でした。私はもっと早く到来するかと思っていましたが,そう簡単ではないようです。技術的な理由よりも,規制面のハードルが高いのかもしれません。安全性に関する懸念はいつものことですが,すでに人間の運転よりもはるかに安全なレベルには到達しているようです。最近,California州の当局は,GM傘下のクルーズ社のタクシーの無人走行を停止する措置を出したようです。他の車にはねられて道路に放りだされた人を轢いてしまったり,緊急走行の消防車と衝突したりする事故があったことが理由ですが,人間であったら避けられた事故かどうか,こうした事故がAI運転に内在する危険の顕在化とみることができるのかなど慎重な検討が必要と思われます。
 ホンダにはぜひ頑張ってほしいですが,気になるのは雇用への影響です。生成AIで再び関心が高まったかと思われたAIによる雇用代替の可能性について,いま政策面でどれくらい真剣に議論されているかよくわかりません。タクシードライバーの仕事がなくなるという事例を皮切りに,いったいどのようにして雇用危機が起こらないようにするかについて検討してもらいたいです。生成AIに対する政策課題は,産業への活用や倫理面からのルール作りなどに目が向きがちですが,そこから先のこともまた想像しなければなりません。これは私が『AI時代の働き方と法』(2017年,弘文堂)や『会社員が消える』(2019年,文春新書)で力説してきたことです。はやく対応を始めなければ,手遅れになります。
 日本企業のデジタル技術開発には期待していますが,これをサポートする雇用政策が脆弱であれば大変なことになるでしょう。

2023年9月11日 (月)

東京新聞に登場

 朝夕は,かなり涼しくなってきましたが,まだ昼間は暑いですね。先週の金曜,関東は台風が直撃したそうですが,その日は東京で開催されている会場での講演がありました。私はリモート参加でしたが,会場の方は大変だったと思います。講演はいまはそれほどやっていませんが,これまでの経験では,トラブルはほとんどなく(あるのはTeamsとWebEXの場合だけで,Zoomは事故なしです),会場からの質疑応答もスムーズで,通信環境さえ整えば問題はありません。聴衆の状況がわからないのは,最初は気になっていましたが,いまはまったく気にならなくなりました。自分の世界に入って集中する鍛錬が知らぬうちにできていたのでしょう。おそらく今後も講演は,原則として,リモート以外はしないでしょう。
 この点で気になっているのは,コロナがジワリと増えているということです(インフルエンザも増えつつあります)。ただ軽症の人が多いという噂です(この種のことについての私の情報源は,ご多分に漏れず散髪屋,ではなく美容院です)。とはいえ,呼吸器が弱い私は用心モードを少し高めなければなりませんが,予防用のマスクを忘れて外出して冷やっとすることもときどきあります。
 話は変わり,日曜日の東京新聞に,労働組合による賃上げに関する私のコメントが出ています。他にも,多くの人のコメントが出ていました。アメリカで労働組合の結成・活動により賃金が上昇するという報告書が出ているので,日本でも政府が何か同じようなことができないのだろうかというのが記者の方の問題意識です。これについて,すでに日本でも,たとえば最低賃金引き上げというのは,労働組合も関与しているし,その他の非正社員の賃上げなどについても,労働組合の代表者も入っている労政審という議論の場があるということを知っておく必要があるという説明しました。さらに春闘・春季労使交渉というメカニズムで大幅な賃上げが実現していた時代があったのであり,かつてとは違ってきているものの,いまでも春闘は存在しているということも話しました。そうみると,賃上げに大切なのは労働組合へのテコ入れではなく,むしろ産業政策によって,まずは中心となる大企業が収益を上げるようにして賃上げ機運を高め,それが中小などのいろんなところに広がっていくということかもしれない,というようなことを述べました。もちろん賃上げのメカニズムは,このほかにもいろいろあり,労働組合の役割の重要性に変わりはないのですが,記者の方がもっておられた,現状は組織率の低下などにより労働組合の機能が不十分で,だから政府が労働組合にてこ入れしたほうがよいのではないかということについては,私は消極的な意見を述べました。うまく伝わっていればよいのですが。

2023年8月19日 (土)

観光産業の未来と最低賃金

 観光産業の人手不足というのは,旅行客にとってみれば困ったことですが,マクロ的な視点でみると,この業界が将来の発展に向けて生産性を高めるための絶好の機会だともいえます。観光産業の生産性の低さが,賃金を押し下げ,人材が集まらない原因の一つになっています。客商売ですし,小規模なところが多いので,繁閑の差の影響を受けやすいのが泣き所です(中国からの旅行客期待でよいのでしょうか)。生産性を高めるうえではDXが決め手となるわけで,政府はそのための投資を後押しすることが必要です。現在の最低賃金の引上げ(+中小企業への助成金)というのは,経済の今後のビジョンという点からみると,どうかと思います。最低賃金の影響を受けるのは,もともと低スキルのために賃金が低い人材であることが多く,そうした人材の賃金を強制的に引き上げれば,雇用機会の減少という影響が出るのは確実でしょう。政府がめざす労働市場改革でいうジョブ型とか職務給とかリスキリングとか,そういうものは実際にはミドル・ハイスキルの人材を対象としたもので,こうした人たちに対する雇用政策も必要ですが(ただし,それをどのような手法でやるかについては,政府の方針が必ずしも適切とは思わないことは,すでに何度も書いていることです),ロースキルの人たちへの最低賃金政策は,これとはまったく異なる政策です。政府が考えたほうがよいのは,最低賃金やその水準に影響を受けるロースキルの人たちのスキルをいかにして向上させるかです。
 これまで最低賃金で給与をもらっていたパート労働者は,たとえば兵庫県であれば,時給960円から1001円に上がります。社会保険の106万円の壁を意識して,だいたい週20時間働いていた人からすると,週に(41円×20=)820円くらいの増加です。 これは106万円の壁がなくなることが前提ですが,106万円の壁があれば,それを意識する人は,どんなに最低賃金が上がっても,それに合わせて就労調整するので年収は変わらないことになります(そして人手不足が悪化します)。106万円の壁が何らかの形で取り除かれると,労働時間をもっと増やそうとする人は出てくるでしょうが,ロースキルの人ができる仕事は,やはり最低賃金近辺の仕事となるでしょう。たとえば週40時間(法定労働時間)まで働くことにすると,週に2084円の増加となり,それなりに大きいともいえますが,びっくりするような額ではありません。これくらいの上昇だと,中小企業のほうには痛いが,個人にはあまり響かないということになるかもしれません。
 観光産業は,DXで人手不足に対応すること,一方,働く側は,観光産業でのロースキルでもこなせる仕事にいつまでもこだわらず,より高いスキルを習得して,それをとおして賃金アップを目指すことが大切です。そう考えると,政府は,最低賃金引上げのためにエネルギーをあまり使うのではなく(あるいは最低賃金が上がったから満足するのではなく),職業訓練政策の充実化(DX時代に対応できる将来性のあるスキルを習得できる訓練機会を提供し,その間の生活保障を十分に行うこと)にこそ知恵と時間と費用を傾注してもらいたいものです。

2023年8月 2日 (水)

最低賃金

 中央最低賃金審議会で,地域別最低賃金改定の目安が決まりました。全国平均でみると1002円で,これは過去最大の41円の引上げだそうです。JILPTの理事長となられた藤村博之さんが会長で,明治大学の小西康之さんが横に座っていて,二人はテレビで何度も映っていました。この審議会は大詰めのときは,とくにたいへんです。全国の経営者や労働者の注目の視線を浴びながらのもので,ほんとうにご苦労様でした。
 最低賃金で重要なのは,「目安に関する小委員会」の報告書です。小委員会は,本委員会も含め公労使三者構成ですが,今回の目安についても,例年どおり,労働者委員,使用者委員のどちらも公益委員見解に反対をしました。
 報告書には,「公益委員としては,今年度の目安審議については令和5年全員協議会報告の1⑵で『最低賃金法第9条第2項の3要素のデータに基づき労使で丁寧に議論を積み重ねて目安を導くことが非常に重要であり,今後の目安審議においても徹底すべきである』と合意されたことを踏まえ,加えて,『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023 改訂版』及び『経済財政運営と改革の基本方針2023』に配意しつつ,各種指標を総合的に勘案し,下記1のとおり公益委員の見解を取りまとめた」とされ,それが今回の報道されている最低賃金の目安であり,「目安小委員会としては、地方最低賃金審議会における円滑な審議に資するため、これを公益委員見解として地方最低賃金審議会に示すよう総会に報告することとした」と記載されていました。
 例の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023 改訂版」と「経済財政運営と改革の基本方針2023」に「配意」したということで,政治の圧力が相当強いなかで,研究者の公益委員はかなりつらいこともあったのではないかと思われますが,よく委員を引き受けて頑張っておられると思います。
 労使の合意が得られなくても議論をすることに意味があるということかもしれませんが,それは昭和時代のノリかもしれません。労使のトップが徹夜も辞さずに徹底的に団体交渉をし,決裂したのち,公益委員が仲裁裁定するというようなイメージを想起させる最低賃金の決定方法を変えていくべきなのかもしれません。この分野もAIを活用して効率的に決めていくことも考えてよいのではないでしょうか(毎年,同じようなコメントをしているかもしれません)。働き方改革は,ここにも適用してよいでしょう。さもなくば,そのうち公益委員のなり手がいなくならないか心配です(余計なお世話かもしれませんが)。

2023年7月24日 (月)

外国人労働問題

 先日の神戸労働法研究会では,外国人労働者についての文献研究を報告してもらいました。外国人労働については,つい先日も授業で扱ったばかりだったので,興味をもって勉強させてもらいました。外国人労働は,労働法学の立場から研究するのは,かなり難しいテーマであり,あまり取り組んでいる研究者もいないようです。最近では,精力的に研究成果を発表されている早川智津子さんの独壇場でしょう。
 外国人労働(者)の問題については,私はかなり質の異なるテーマが混在していて,それぞれ分けて議論する必要があると思っています。第1は,国内の労働市場への影響に関するもので,外国人労働者の受入を制限するか,とくに単純労働者は受け入れないとするのか,ということです。従来の政府の立場は単純労働受入れ制限論ですが,特定技能制度の創設やその2号の大幅な規制緩和で,政府の立場は大きく変わったようにみえます。労働市場テストの問題なども,この論点と関係します。当面は,建設業の2024年問題(時間外労働の規制猶予の終了)などもあり,人手不足の深刻化が予想されるなか,外国人労働の活用圧力は高まるでしょう。
 第2は,建前と本音のずれに関するものです。実際には単純労働者は技能実習制度を利用して日本に入り込んでいるわけです。技能実習制度の問題は,2017年施行の外国人技能実習法の制定後もなお解決されていないようです。利用する日本企業の問題だけでなく,本国の悪質なブローカー,日本側の監理団体の不十分さなどもあいまって,外国人労働者の人権問題というのは,国際的にも日本の恥部として知られており,早急な是正が必要です。
 第3は,技能実習制度の本来の目的である,途上国への技術支援というのは,そのニーズがあるかぎりは,きちんとやるべきだということです。日本に憧れて学ぼうという気持ちで来てくれる外国人の期待に応えることは,日本の将来にとっても重要なことです。情けは人の為ならずです。
 第4は,高度外国人材と呼ばれるような優秀なハイスキルの人材にいかにして日本に来てもらうかです。受け入れるかどうかという「上から目線」の立場はここではあてはまらず,いかにして来ていただけるかという問題です。ジャパン・パッシングは,すでに起きているのであり,これは日本型雇用システムの問題ともいえます。閉鎖的な企業文化は,優秀な外国人には嫌われるでしょう。雇用流動化政策やジョブ型は,高度外国人材を広く受け入れるための最低限の条件にすぎません。
 ここまでは普通に考えればすぐに出てくることです(これ以外に,第1の論点と付随して,定着型外国人への対応という点で移民政策問題というものがあります)が,しかしDX時代には,外国人労働という問題設定のあり方自体が大きく変わってくるかもしれません。外国人労働問題は,入管政策と関連して,外国人が日本に来て働くということが前提でしたが,外国人は外国にいたまま,日本の企業で働く例が今後はどんどん増えていくでしょう。それは要するに現地法人で現地の人を雇っているのと同じではないかとも言えそうですが,オンラインであったり,将来的にはメタバースの活用など,国境という概念が意味をもたなくなっていく点に違いがあります。人が移動して入国したり在留したりするということと,労働することが切り離されていくことになるのです。日本人が外国企業で働く場合も同じようなことがあてはまります。そうなると,重要なのは,どこの国の法律が適用されるかであり,国際私法的な問題だけでなく,納税,社会保障などの問題も出てくるでしょう。現行法でも対応できるでしょうが,人々が移動せずに,サイバー空間を利用しながら自由に世界中で働くようになったとき,従来の法制度には限界がみえてくるかもしれません。
 一方で,外国人労働者の人権問題は,外国人が国内に来なくてもなくなるわけではありません。たとえばAmazon Mechanical Turk(AMT)のようにグローバルなアウトソーシングをするサービスがあります。このようなサービスを利用すると,途上国の労働力を活用して,AIの学習データの作成という超単純労働の仕事を低コストで発注することもできます。ICTの発達は,ハイスキルの人材の頭脳労働の活用だけでなく,ロースキルの労働力でさえもリモートで活用できるのです。前に紹介した『ゴースト・ワーク』では,インドでのAMTの実態が紹介されていました。もちろん低報酬で働かせた成果をつかって,アメリカのIT企業が大儲けしているというのは,イヤな話なのですが,こういう形での外国人労働の活用もあるのです。これが必ずしも悪と決めつけられないのは,この種の単純労働であっても,途上国の人に収入を得る方法を与えて,その限りでは国際貢献になっている面があるのです(一方で,国内のロースキルの人の仕事がオフショアリングしている面もあります)。問題は複雑です。
 いずれにせよ,デジタル社会は,真にグローバルであり,現実社会の人種や国籍の対立がなくなる社会といえます。そういうなかで外国人労働問題というものを,どう定義し,何が解決すべき課題であり,それについてどのような方法で解決すべきなのかは,新たな視点で取り組む必要があるのかもしれません。規制手法の点では,外国の取引先企業の人権にまで配慮を広げる「ビジネスと人権」をめぐる議論やそこでの人権Due Diligenceの議論なども参考になります(拙稿「キーワードからみた労働法 第182回 企業の社会的責任」ビジネスガイド20229月号も参照)。これも広義の外国人労働問題と言えなくもないのです。

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