映画「タリーと私の秘密の時間」
2018年の映画で,原題は「Tully」です。監督は,Jason Reitman,主演は,Charlize Theronです。育児における母親の孤独や辛さを教えてくれる映画です。ファンタジー的な要素もあるのですが,でも実はファンタジーではないというところに,この映画のうまさがあります。
予期せず3人目を妊娠したMarloは,すでに小学校に通う女の子と男の子がいます。しかし男の子は,他人との協調性などに問題があり,癇癪を起こすこともあり,学校が手に負えなくなり,Marloに転校させるよう求めてきます。そんなような育児で大変なところに,新たに3人目の赤ちゃんがやってきました。彼女の兄はベビーシッターを夜だけでも雇うように勧めますが,彼女は乗り気ではありません。しかし,ある晩,Tullyという若い女性がやってきます。彼女は完璧なベビーシッターでした。おかげでMarloは夜の睡眠も取れるようになり,元気が出てきます。子供に冷凍食品以外のものを食べさせたり,性的欲求不満を晴らすために夫好みのコスプレをして誘ったりするなどの積極性が出てきます。しかし,あるときTullyは気晴らしのために,赤ちゃんをおいて二人で飲みにいうよう誘い,その場でベビーシッターはもうできないと言いはじめます。帰りの運転中に極度の疲労で寝込んでしまったMarloは,車ごと川に転落します。彼女を助けたのは,人魚のようなTullyでした。彼女はそれまでも夢の中で人魚をみていました。そして,彼女が入院している病院に,Tullyがやってきて最後の別れを告げます。
夫は,実はTullyをみたことがないと言います。しかし,映画のなかでは,Tullyがメイドの格好で夫のベッドのところに行くシーンが出てきます。実はTullyは実在の人物ではなく,Marloの若いころの姿だったのです。出生したばかりの子に母乳を与え,おむつ替えをすることにひたすら追われ,息子の問題もあり,極度の睡眠不足とそれによる疲労のなかで,彼女は幻覚をみていたのです。TullyはMarloのもう一人の人格でした。若くて自由な人生を送っていた自分と現実の人物が同居してしまっていました。しかしMarloに対して,Tullyは語りかけるのです。この繰り返しが続く毎日こそが幸せであるということを。これはMarloが自分自身に言い聞かせていたことなのです。でもTullyであるときの彼女は頑張りすぎて,ついに燃え尽きてしまいました。
この映画では,夫がものすごく非協力的なわけではなく,妻も夫を非常に愛しています。たしかに夫は仕事をしっかりこなしていて,家族のために頑張ってくれています。とはいえ,母乳を与える作業は妻にしかできません。それがあるから,夜眠れなくなります(ミルクを使えばという意見もありそうですが,彼女は母乳を与えたいのです)。そして精神が限界を越えてしまったのです。育児のたいへんさを教えてくれる映画です。ワンオペでなんとかやりきろうとする妻。そして,すぐそばにいるにもかかわらず,あまりにも無力な夫(寝る前にベッドでやっているゲームがそれを象徴しています)。
日本でも,夫の育児休業の促進という話はありますが,もちろん,それもよいのですが,ただ休業をとればよいということではありません。夫にできることは限られていても,妻の実情や苦悩を理解し,寄り添うことが大切なのでしょう。最後に,iPod(?) につないだイヤホンを二人がそれぞれの片耳で音楽を聞きながら,炊事をしている後ろ姿のシーンが出てきます。育児の問題で,何が大切かを考えさせる映画でしょう。