イタリア

2025年12月14日 (日)

福間香奈さんの要望書について考える

 福間香奈さんは,誰もが認める女流棋士の第一人者であり,歴代最強の女流棋士と呼んでよい存在でしょう。現在,女流の八大タイトルのうち六つを保持し,男性プロ棋士を相手にした対局でもかなり高い勝率を残しています。その結果,来年1月からは,2度目の棋士編入試験に挑戦する予定です(男性棋士相手に一定以上の勝率を維持しなければ受験資格は得られません)。仮にプロ棋士になったとしても,5割以上の成績を残す可能性は十分にあると考えられます。

 そのような福間さんが,日本将棋連盟が今年4月に設けた「出産予定日を基準とした産前6週間から産後8週間までの期間と番勝負の日程が重複する場合には,対局者の変更を行う」という規定に異議を唱えたという報道が出ていました。昨年,福間さんは妊娠中にタイトル戦を戦うことになりました。女流王座戦では,対局日を出産後に延期する配慮がなされ,無事にタイトルを防衛しています。一方,白玲戦では挑戦者として2勝2敗のあと,残る2局が不戦敗となり,タイトル奪取を逃しました。王将戦でも挑戦者として初戦を勝利したものの,その後の2局が不戦敗となり,やはりタイトル獲得には至りませんでした。いずれも相手は西山朋佳女流二冠であり,敗退した二つの棋戦はいずれも,流れとしては福間さんに勢いがあっただけに,悔しさは大きかったでしょう。
 もっとも,敗退したのはいずれも挑戦者の立場でのことでした。しかし,新しいルールの下では,妊娠した場合,事実上,タイトル保持者であっても,番勝負から外れざるを得ず,タイトルを失う可能性が高くなります。また,福間さんはすでに六つのタイトルを保持し,女流棋士相手にはほとんど負けない状況にあります。そのため,西山さんの保持する白玲や王将のタイトルについても,将来的に福間さんが挑戦者となる可能性は高く,その際に妊娠していれば,挑戦そのものを断念せざるを得なくなるという問題があります。
 福間さんは,女流王座戦(RICOH主催,日本経済新聞社特別協力)のときのような,対局日程の延長といった柔軟な配慮を求めているようです。ところで,労働基準法では,産前6週間の休業は任意であり,女性労働者が請求すれば就労が可能とされています。他方,産後については,6週間は就業が原則禁止され,その後の2週間については,女性が請求し,医師の許可があれば就労可能とされています(65条1項,2項)。これは雇用労働者を前提とした規定であり,福間さんのような女流棋士は雇用契約を結んでいないと考えられるため,労働基準法の直接の適用はありません。また,契約内容の詳細は不明ですが,仮にフリーランス法の適用があるとすれば,同法にも妊娠・出産への配慮を求める規定があります(13条)。現行法の枠組みでは,妊娠・出産をする働く女性への配慮は,契約類型を問わず,仕事を依頼する側が考慮すべきものだといえるでしょう。
 もちろん,妊娠は私的な問題であり,仕事にそれを持ち込むことは甘えであるという意見もあるかもしれません。スポーツ選手が妊娠によってオリンピック出場を断念せざるを得ない場合と同様に考えるべきだという意見も理解できます。その意味で,日本将棋連盟の対応を直ちに非難することは難しい面もあります。体調不良にもかかわらず無理に対局に臨むことになれば,母子ともに危険な結果を招きかねないので,そのような事態を避けるために,休んでもらう必要があるという考え方は,雇用労働者のアナロジーからすれば,理解できるところでもあります。ただ,もう少しできることがないかという気もします。
 実は,この問題は,法的なものというよりも,スポンサーの姿勢に関係するものであるともいえます。棋戦は,スポンサーの支援によって成り立っています。最強の女流棋士が,妊娠を理由にタイトル戦に出場できず,事実上,自動的に失冠するという状況を,スポンサーはどのように受け止めるのでしょうか。興行上の都合や,相手棋士の不利益といった事情があるのは確かですが,エンターテインメントの分野において,妊娠・出産に厳しい対応をとることは,スポンサーのイメージにとっても大きなダメージになりかねません。今回,大山名人杯倉敷藤花戦の主催者である倉敷市が,日本将棋連盟に対して要望書を提出したと報じられています。福間さんの意見を,より前向きに取り入れるべきだという趣旨でしょう。私は,倉敷市の対応はきわめて自然なものだと思います。逆に日本将棋連盟の現在の方針を全面的に支持するスポンサー企業があるとすれば,個人的には,その企業にあまり好感を持つことはできないでしょう。ESGの「S(社会)」の視点は,投資家の判断にも,一般消費者の行動にも影響を及ぼし得ます。自分の娘が努力の末に頂点に立ち,なお高い実力を持ちながら,妊娠・出産という理由だけでその地位から引きずり降ろされるとしたら,親としてどう感じるでしょうか。そうした親のような視点をもつ人が多いとするならば,スポンサーも再考するのではないでしょうか。

2025年10月17日 (金)

ミラノ五輪

次の冬のオリンピックは,ミラノ・コルティナ(Milano-Cortina)五輪ですが,コルティナ,正確にはコルティナ・ダンペッツォ(Cortina d’Ampezzo)は,ミラノから遥かに離れたところにあります。ミラノは五輪のインフラの提供をし,競技はコルティナで行われるということのようです。コルティナは小さな村で多くの人を受け入れるキャパはとてもありません。選手の移動などは大変ではないでしょうか。ミラノは五輪で経済的には潤うのでしょうが,ミラノ五輪という名称はやや誤解を招きそうです。ミラノは北の方だから雪が降るのではないかと誤解する人も多いと思いますが,昔と違い,いまはミラノに雪が降るということはほとんどありません。

2025年10月16日 (木)

イタリア2位以上確定

 イタリアでも,地方に行けば別なのかもしれませんが,都市部ではキャッシュレスの進歩はすさまじく,現金を持ち歩く必要は基本的にはありません。チップにつかうくらいです。逆にスマホは必須であり,この点は7年前よりもかなり進んでいるように思えます。スリに気をつけなければならない旅行者にとっては,現金不要は助かります。スリのほうの狙いも,スマホに変わっているそうです。日本人の好きなiPhoneは狙われやすいということで,気をつけていました。印象としては,治安はかなりよくなっている気がします。たまたまかもしれませんが。
 サッカーのワールドカップの欧州予選は,イスラエル(Israel)は結局,追放されず,14日にイタリア・イスラエル戦が行われました。ホームのイタリアが3対0で快勝しました。会場があったウディネ(Udine)では,街で抗議デモがあったりして,厳戒態勢で試合が実施されたようです。選手は試合に集中しにくいなかでも,結果を出しました。イタリアは,これで2位以上は確定で,プレーオフ進出は決まりました。かりにノルウェー(Norway)に勝っても得失点差でとても追いつけないので,1位通過は無理でしょう。

2025年10月15日 (水)

イタリアの最新鉄道情報

 イタリアの鉄道の切符には,これまで旅行者泣かせのルールがありました。 紙の切符を買った場合,必ず駅の刻印機でconvalidare(コンヴァリダーレ)刻印(打刻)をしなければなりません(俗には,timbrare :ティンブラーレとも言います)。もしこれを忘れて乗車すると,たとえきちんと切符を買っていても無賃乗車扱いになってしまうという恐ろしい仕組みです。
 これは,まるでネズミ取りのような制度でした。運が良ければ検札に来る係員に見つからずに済みますが,もし見つかれば言い訳は一切通用しません。罰金はかなり高額で,支払いを拒めば警察沙汰になることもあると聞きます。イタリアを旅したことがある方なら,この「刻印し忘れ」のストレスを一度は味わったことがあるのではないでしょうか。 ところが,最近ではスマートフォンやクレジットカードのタッチ決済で乗れるようになり,こうした「刻印」の概念が不要になりつつあります。ただし,今でも紙の切符を購入した場合には,チケットに“Convalidare sul retro”と書かれているので,うっかり忘れてしまうことがあります。電車に遅れそうになって,できないこともあります。
 ミラノ中央駅からミラノ・マルペンサ空港に向かうマルペンサ・エクスプレに乗ったとき,ネット上では「空港から市内へ行く場合は刻印不要」との情報がありましたが,逆の「市内から空港へ戻る場合」については確証がなかったので,念のため途中のBovisa(ボヴィーザ)駅でいったん降り,刻印機を探すことにしました。ところが,駅には刻印機が見当たりません。駅員に聞いてみたところ,「Non è neccesario.」(必要ありません)とにこっと笑って答えられ,「Arrivederci」(さようなら)で終わりでした。どうやら本当に刻印は不要のようです。 わざわざ降りて確認しなくてもよかったのですが,それでも不安が解消されて一安心。 と思っていたら,列車の中で本当に検札がやってきました。ドキドキしながら紙のチケットを差し出すと,係員がにっこりして「Perfetto!」(問題なし)と言ってくれました。
 もしかするとマルペンサ・エクスプレスだけの特例かもしれませんが,少なくとも今のミラノでは,紙の切符でも刻印なしで乗れるようになっているようです。ご参考までに。
 なお,ほんとうはクレジットカードのタッチで乗ることができて,行くときはそうしていたのですが,試しに紙で発券して乗ってみようと思ったので,今回の出来事を経験できました。少なくともミラノでは,市内のトラム,バス,地下鉄すべてクレジットカードのタッチで乗れます。90分で2.2ユーロということになっているのか心配ですが,90分以内に乗りかえてタッチしていることもあるので,きちんと90分以内であれば2.2ユーロ以内におさまるように調整されているかどうか,まだクレジットカード会社の請求がアプリ上もなされていないので,少し不安ではあります。

2025年10月13日 (月)

「煙」のミラノ

 ミラノ(Milano)の話の続きですが,日本から来るたびにいつも感じるのは受動喫煙の被害です。タバコの煙をずっと浴びながら歩いているような感じで,これは本当にたまりません。風邪をひいているわけではないのに,喉が苦しくなり,喘息のような症状になりかけてしまいます。神戸も特に空気がきれいというわけではありませんが,ミラノの空気の悪さは桁違いです。レストランなど屋内では喫煙が禁止されていますが,その代わり路上では自由に吸えるため,通りでは,屋内では吸えない喫煙者が一斉にタバコを吸っているという感じです。その結果,通行人は煙の中を歩く羽目になり,特に私のようにタバコの煙に敏感な人間にとってはなかなかつらい環境です。
 もっとも,イタリア人も観光客も特に困っている様子はないので,こちらが少し敏感すぎるのかもしれませんが,それでも実際に呼吸器に支障が出てくるので,意識せざるを得ないのです。
 ミラノは昔から大気汚染が深刻だと言われてきました。その主な原因は自動車の交通量の多さであり,さらに地形構造上,汚染物質が溜まりやすいことも知られています。ミラノはポー平原(Pianura Padana)の中に位置し,北をアルプス(Alpi),南をアペニン(Appennini)山脈に囲まれた盆地のような地形のため,風が弱く,空気が滞留しやすいのだそうです。
 実際,ミラノの大気汚染は冬の時期に特に深刻化する問題とされています。寒い季節には気温の逆転層が発生して,スモッグなどが地表に溜まりやすくなるそうです。これこそが,かつてから文学や映画で語られてきた「霧のミラノ(la nebbia di Milano)」の正体です。 今の季節の程度の汚染であれば,地元のミラネーゼ(Milanese)にとっては,たいしたことはないと感じているのかもしれません。とはいえ,日本から来る身には,この空気の悪さはなかなか堪えるもので,困ったものです。「霧」はいいですが,「煙」は簡便してもらいたいですね。

2025年10月12日 (日)

地下鉄の増設

 今回ミラノ(Milano)に来ていちばん驚いたのは,地下鉄の路線が一つ増えていたことです(M4)。 これはLinate(リナーテ)空港にまでつながる初の路線です。ミラノには Malpensa(マルペンサ)空港 と Linate空港 の二つがあります。国際線で日本から来る場合には,通常は Malpensa空港を利用します。かつては Linate空港からも国際線が出ていましたが,今は国際線はMalpensa空港に集中させているようです。Malpensa Express(マルペンサ・エクスプレス)ができるまでは,Malpensa空港にいくのは,タクシーかバスしかありませんでした。かつてはCadorna(カドルナ)までしか来ていませんでしたが,いまではミラノの玄関である中央駅,Stazione Centrale(スタツィオーネ・チェントラーレ)までつながっています。とても便利にはなりましたが,時間的にはやはり50分から1時間程度はかかります。Linate空港まではDuomo(ドゥオーモ)近くのSan Babila(サンバービラ)から15分程度で行けるのではないでしょうか。
 かつてはLinate空港へ行く公共交通手段は,73番のバスしかありませんでした。私が以前ミラノに住んでいたころは,自宅から空港に行くたびに,いったん Duomoまで出て,そこからSan Babila発の73番のバスに乗り換えるという面倒な経路をたどっていました。当時の最寄り駅は 緑色のM2線のSant’Agostino(サンタゴスティーノ) でした。その一つ手前に Sant’Ambrogio(サンタンブロージョ) という駅があり,いまではそこからM4の地下鉄に乗り換えることができます。ちょっと早くなっただけともいえそうですが,個人的には地下鉄一本で空港まで行けるようになったという変化が,便利になったミラノを実感させるものでした。

2022年12月21日 (水)

スカラ・モビレ

 父は告別式までは,葬儀場の霊暗室にいるので,今日も顔を見に行ってきました。眠っているようでした。告別式の日は,雪の予報が出ていて心配です。
 コロナ感染者がかなり増加しています。父は幸いコロナ感染はしていなかったので,その点で葬儀に不自由なことはありませんが,もしコロナ感染をしていたら,おそらくいろいろ制約があったことでしょう。葬儀場が混雑しているのは,コロナ死が増えているからなのかもしれません。
 ところで話は変わり,インフレ手当を出す企業が増えているという記事を読みました。ヤマハは一律5万円などとなっており,気前がよいなと思いましたが,そういう企業が増えているのでしょう。インフレ手当というと,イタリアの物価調整手当(indennità di contingenza)を思い出します。従業員の臨時の必要に対応した手当というような意味ですが,戦後,インフレ期に定着化し,scala mobile(エスカレータの意味)と呼ばれて,賃金の重要な要素を占めるようになりました(『イタリアの労働と法』(2003年,日本労働研究機構)102頁)。これにより,インフレとなると,賃金も上がりますが,そのことがさらにインフレをもたらすという悪循環が起こりました。そういうこともあり,私がイタリアに留学していたとき,ちょうどこの制度の廃止にぶつかりました(1992年以降の廃止)。インフレにともなう賃金購買力低下は,自動的な上昇制度ではなく,団体交渉により行うべきということです。このころ同時に団体交渉システムも変わっていますが,詳しいことは,30年くらい前に書いた論文を参照してください(「イタリアにおける賃金決定機構の変容-その『弾力化』と『制度化』」日本労働研究雑誌413号25-32頁(1994年))。
 日本のインフレ手当は,春闘前に決定されたものです。企業が積極的にこういう手当を出すのは,賃上げに対する政府や社会の圧力があることに加え,それが基本給の引上げにつながるのではなく,臨時の賞与的なものであるからでしょう。もちろん最初は任意恩恵的給付であっても,これが反復して支給されるようになれば,事実たる慣習として契約の内容となり,権利性がでてくる可能性が,理論的にはあります。労働者には有り難いですが,企業としては困るかもしれません。また,こうした手当は,労働組合にも危険な面があります。イタリアの教訓は,交渉を経ないで,インフレ率だけにより自動的に手当額が決まるような制度は,かりに当初は労働組合が求めたものとしても,かえって労働組合の交渉力を弱める可能性があるということです。

2022年10月31日 (月)

イタリア憲法の革新性

 イタリアで,正式にGiorgia Meloni政権が誕生しました。労働・社会政策大臣は誰かとみてみると,あまり知らないMarina Calderoneという女性でした。政治家ではなく,政党に所属しないindipendente(独立系・実務家)です。 インターネット情報では,Consulente del lavoroとなっていました。仕事の内容としては,日本の社会保険労務士に近い感じでしょうか。学位は,economia aziendale となっていますので,経営学ですね。賃金政策などへの取り組みが期待されているのでしょう。いずれにせよ,民間からの抜擢という感じでしょうから,どのように手腕を発揮するか注目です。なお,イタリアでは保健省(Ministero della Salute)は,労働・社会政策省とは別にあります。憲法上も健康保護は独立して規定されています(32条)。
 ところで,季刊労働法の次号に掲載されるイタリアの解雇法制の論文を書いているなかで,イタリア憲法が今年注目すべき改正をしていることに気づきました。まず憲法9条です。日本の9条とはまったく異なり,1項で「共和国は,文化の発展及び科学技術研究を促進する」,2項で「景観並びに国の歴史的及び芸術的財産を保護する」となっていたのですが,これに3項が追加されました。
 「環境,生物多様性及び生態系を,将来の世代の利益のためにも保護する。国家の法律は,動物の保護の方法及び形態を規律する。」
 環境,生物多様性,生態系,動物の保護が,憲法のなかに書き込まれました。すごいことですね。
 次いで憲法41条2項です。憲法41条1項は「私的な経済活動(iniziativa economica)は自由である」という規定で,経済活動の自由を保障したものです。その2項で,従来は,「社会的雇用に反して,又は,安全,自由,人間の尊厳に損害をもたらすような方法で展開してはならない」と定められていたのですが,「社会的効用に反して,又は,健康,環境,安全,自由,人間の尊厳に損害をもたらすような方法で展開してはならない」と改正されました。経済活動に対する制約原理として,社会的効用(utilità sociale),安全,自由,人間の尊厳に加え,健康と環境が挙げられたのです。なんと21世紀型の内容でしょうか。日本では,憲法改正は大問題ですが,こういう内容の改正なら,誰も文句は言わないでしょうね。
 憲法41条2項は,労働法においても,企業経営の自由との関係でよく出てくる規定なのですが,企業経営の公共性(社会的効用による制約)を正面から採り入れ,そこに環境や健康も組みんだことは,今後の労働法の議論にも何らかの影響をもたらすかもしれません。私の現在の問題関心とも合致するところがあり,まさかこういう形で,再びイタリア法と邂逅できたとは,という気分です。

2022年9月18日 (日)

イタリアの政治と法

  久しぶりにイタリアの労働法(解雇法制)に関する原稿について執筆依頼がありました。もう引退したつもりだったのですが,実戦で投げるよう急遽要請されたので,老骨に鞭打つ感じで緊急登板することになりました。イタリアの解雇法制は,2015年のJobs Act で金銭解決制度がさらに進歩したのですが,憲法裁判所からいろいろな規定について「異議申立」(違憲判決)がなされる事態となっています。理論的にも面白いところがありますが,今回はイタリアの解雇法制の動きを,憲法裁判所の判決を通してしっかり追うということをもって,責めをふさぎたいと思っています。本格的な研究は,明治大学の小西康之さんや早稲田大学の大木正俊さんにお任せします。
 イタリア法の論文を書くとき,知っておいたほうがよいのは,政治的な動きです。いまはYouTubeでTelegiornale(テレビでのニュース放送)の動画を,少し時間的に遅れますが観ることができるので,現地に行かなくても情報入手はできます。直接イタリア人と話すのも,いまやオンラインで簡単にできます。とはいえ,やはり日本語で専門的な分析がされている文献があれば助かります。そういう記事が,先週金曜日の日本経済新聞の経済教室に出ていました。八十田博人さんの論考です。八十田さんは,EUの専門家で,とくにイタリアのことについて詳しい方ですが,共立女子大学で教鞭をとっておられたのは,今回初めて知りました。
 この論考を読んで,イタリアの救世主として世論の支持が高いDraghi首相が,政権を投げ出した背景がよく理解できました。25日に国政選挙があり,右派圧勝と予想されるなか,第一党に就く可能性があるGiorgia Meloni率いるFdI(Fratelli d'Italia)を中心とする右派連合の政権がどうなるのかについても言及されています。
 ところで,労働政策の面でみると,Draghiより10年前に実務家内閣を率いたMonti政権では,Montiと同様に経済学者であったForneroが労働・社会政策大臣となり,2012年の解雇改革を断行するなど大胆な労働市場改革をしました。Draghiは,大学教授歴があるものの,それよりもECB(欧州中央銀行)の総裁として世界的に有名なエコノミストでしたが,この内閣で労働・社会政策大臣に就いたのは,民主党の政治家であるOrlandoでした。彼は労働政策の点ではDraghiと距離があったようです。Draghi政権が誕生した2021年2月は,新型コロナ真っ只中であり,イタリアでは一時的に経済的解雇が禁止されている時期でした。Orlandoは,その禁止期間を年末まで延長していくことになります。同じ実務家内閣とはいえ,Monti政権が解雇規制の緩和をしたのに対して,Draghi政権は,緊急避難的とはいえ,解雇規制を強化する方向の措置を講じてきたのです。
 アフターコロナで,経済が正常な状態に戻った後,イタリアの政治状況の変化も予想されるなか,解雇法制がどうなっていくか注目です。また,日本では,今後,雇用調整助成金の活用の成果が検証されていくでしょうが,イタリアではやや類似の所得保障金庫(Cassa Integrazione di Guadagni)がコロナ禍でも活用されてきており,法学者と経済学者で,両国を比較してみるのは面白いテーマだと思います。