国内政治

2024年8月23日 (金)

党首選

 小泉進次郎氏が総理になる可能性はあるのでしょうか。個人的には,前にも書いたように,知性と実行力を兼ね備えたリーダーを期待していますが,進次郎氏にその資質があるかはやや不安です。若い政治家であっても,国民は長い目でしっかりとした人材を支えるべきですが,そのためには,それなりの人材である必要があります。
 一方,コバホークは早々に名乗りを上げ,知名度を高めようとしています。知性は十分にあるように思えますが,実行力は未知数です。先に立候補を表明することで,批判やゴシップが飛び交うことが懸念されますが,それは覚悟のうえでしょう。とはいえ,自民党内の力学から考えると,麻生氏や菅氏からの支持がなければ,コバホークの目はないのかもしれません。しかし,もし麻生氏や菅氏のような旧来の自民党の支配者に対抗する若手議員たちが彼に集結するようなことがあれば,チャンスがあるかもしれません。
 もちろん,若さだけを理由に支持するのは危険です。某県知事の例もあるので,慎重に見極める必要がありますが,進次郎氏やコバホークに関しては,その点については安心して良いかもしれません。そういえば,河野太郎氏も立候補するそうです。前にはこの人に期待したこともありましたが,輝きを失っている気がします。要職を経験していましたし,自民党内ではそれなりの支持を得るかもしれませんが,期待されたほどの力を発揮できていないため,国民の間の期待感はしぼんできている印象もあります。
 一方,立憲民主党は現在のところ,候補者の顔ぶれがいまひとつです。都知事選の敗北で勢いを失い,岩手県の参議院補選で勝利しても,それが党全体の勢いにつながるかは疑問です。自民党以上に,立憲民主党は人材育成に課題があるように感じますが,いかがでしょうか。小川淳也氏あたりが台頭するというようなことは難しいのでしょうかね(自民党と同じ推薦人20名という要件は,立憲民主党の若手政治家にとって厳しいハードルでしょう)。

2024年8月16日 (金)

国防軍

 世論調査では,自民党総裁候補の1番手として常に名前があがっている石破茂は,党内では不人気ということで,そういうところがかえって国民の人気を高めるというところがあります。もはや総理には無理と考えられていたのに,復活の可能性が出てきました。しかし,石破氏の議論のなかで,どうしても気になるのは「国防軍」構想です。この人の近著を読んだわけではありませんが,従来からの持論であり,憲法92項を削除して,自衛隊を国防軍に改めるべきとするものです。石破氏に限らず,こうしたことをいう人は前からいたわけですが,岸田首相が,憲法への自衛隊の明記について8月中に論点整理を行うよう指示したということで,にわかにこの議論が再燃しそうな勢いです。これは,岸田政権の延命につながる可能性もあるものでしたが,退陣表明後の現在は最後の「置き土産」のようなものになった気がします。もちろん護憲派にとっては余計な土産ですが。
 日本経済新聞の78日の記事「自衛隊の新規採用、想定の半数止まり 過去最低」では,「防衛省は8日,2023年度の自衛官の採用想定人数の充足率が過去最低の51%だったと発表した。19598人を募集したところ,9959人の採用にとどまった。」とされています。自衛隊で働こうという人は減っているのです。こうなると心配になるのは,兵役の義務化でしょう。ここにも,労働力の確保という,現在の労働市場の一般的な問題が関係してきます。
 終戦記念日の昨日,戦争の悲惨さに関する多くの番組がつくられていました。大事なことです。特攻の話は涙なしにはみることができません。こういう愚かなことを,日本のためということで若者に強要させたのです。この歴史についてのきちんとした反省がないかぎり,自衛隊にしろ,国防軍にしろ,そこに入隊したいと考える若者が増えるとは考えられません。
 ただ,自衛隊が憲法上の存在ということになると,労働力不足は問題だというだけではすまず,強制的にそれを解決する動きが出てくるおそれがあります。つまり徴兵制という強制就労の悪夢がちらついてくるのです。それが憲法13条(幸福追求権)や18条(奴隷的拘束や意に反する苦役の禁止)により無理だとすると,外国人傭兵を使うということになるのでしょうか。そうなると今度は,ある種の外国人労働問題が出てきます。
 このように,自衛隊の問題も,視点を換えれば雇用問題という面があります。ただ,もし入隊者が増えず,徴兵も無理なら,政府は,教育段階から洗脳して,自発的に入隊をしたいと考える若者を増やそうとするかもしれません。ある種の愛国教育です。愛国教育を,およそやってはいけないというわけではありません。しかし,できれば子どもたちに愛国などということをあえて強調しなくてもすむように(つまり,国際協調と両立する健全な愛国心が芽生えるようにして),ここでも,徹底したデジタル化によって,国防軍の省力化を進め,労働力不足の解決に取り組んでもらいたいです。もちろん,戦争を避けるための外交努力こそが最も重要であるし,デジタル技術についても戦争回避のために活用することが最優先というのは言うまでもありません。

 

2024年8月15日 (木)

知性と実行力のある総理の登場を待望する

 昨日,岸田文雄首相が突然,自民党の次期総裁選に出馬しない意向を表明しました。これにより,10月には新しい総理大臣が誕生することが確実となりました。もちろん,その前に総選挙があり,現在の野党が勝利すれば野党から総理大臣が選ばれる可能性もありますが,それは低いでしょう。順当にいけば,議席を減らしたとしても,自公連立政権が継続し,自民党総裁が首相となる見通しです。
 岸田首相に対する不満の一つは,その言葉に力がないことでした。官僚が書いた台本をただ読むだけなら誰でもできる仕事です。もっと伝わるスピーチができるはずでしたが,それができなかったのは,岸田首相が台本の内容を十分に理解していなかったからではないかと疑いたくなります。この言葉の力の欠如が,逆に,どこにでも顔を出して「台本を読む」ことができた要因かもしれません。少しでも考えながら話そうとすれば,頭が疲れてしまうのが普通ですから。
 岸田首相は政策が理解されなかったと述べていましたが,それは理解されるような政策を打ち出していなかったからでしょう。周囲からは「岸田の政策は悪くない」という声が聞こえていたのでしょうが,国民の多くは政治家の金銭感覚の悪さに不満を感じていました。岸田首相は,政治と金の問題は基本的に安倍派や二階派の問題であり,これを機に派閥解消や政治資金規正法の改正に取り組んだと主張したかったのかもしれません。しかし,派閥解消は自身の力を拡大するための手段であり,政治と金の問題自体も自らの権力保持のために利用しているように国民には映っていたのでしょう。さらに,定額減税などのバラマキ型政策は,実はお金に対する杜撰さを示しており,それが政治資金問題につながっていたのではないかと国民には考えられていたと思います。国民が払っている税金を無造作にばらまくという金銭感覚の鈍さが,岸田政権が支持を得られなかった根本的な理由の一つではなかったでしょうか。将来の世代に負担を押し付けてまで,現在の生活を改善したいとは国民も思いません。しかも,どんなにばらまきが行われても,生活苦がそれほど改善されていないのが現実です。賃上げがあっても物価高が続く限り,実質賃金は上がりません。この点について,岸田政権は有効な政策を打ち出すことができなかったと思います。新NISAの実現も功績としたいようですが,国民を危険な投資ゲームに引き込んだ側面もあります(個人的には,貯蓄から投資への転換自体は間違っているとは思いません)。85日の記録的な株価下落は,岸田首相にとって不運だったのではなく,潜在的なリスクが表面化したものと言えるでしょう。
 一方で外交面では,対米追従が目立ち,せっかく広島に先進国を招いたにもかかわらず,核廃絶や戦争終結に向けた具体的なアクションは何もありませんでした。突然Ukraine(ウクライナ)に乗り込むなど,行動力はありましたが,日本が世界に尊敬されるような外交を展開できていたとは思えません。むしろ,ロシアや中国と正面から対立しすぎていました。日本の地政学的位置を考えると,アメリカ一辺倒の政策は危険であり,より慎重な外交が求められていたのではないかと感じます。
 雇用政策においても,「労働移動」や「ジョブ型」といったキーワードが掲げられましたが,その具体化は役人に任され,岸田首相からは明確な構想が見えてきませんでした。最低賃金の引上げへの介入は,それなりの政治的指導力さえあれば,誰でもできることですが,問題はそれを支える生産性の向上にどう取り組むかです。しかし,その点の政策は先送りされました。防衛費の増強や原発再稼働など,もっと慎重に取り組むべきとされていた政策を推し進めたことにも,少なからぬ反発があるでしょう。
 結局,岸田首相は様々なことに取り組み,やっている感を出すという,安倍政権時代からのスタイルを,実はそのまま(それを強化しながら)踏襲しただけなのかもしれません。自己満足や自己陶酔が目立ち,昨日の会見の中での「政治家としての意地」という言葉が象徴するように,目線は国民に向けられていませんでした。彼が日本に残したものは,後世の人々の厳しい評価にさらされることになるでしょう。
 次期首相に期待するのは,平凡なことですが,これからの社会についての大きなビジョンを語れる知性と,それを実現させる実行力です。知性なき実行力は危険であるというのが岸田政権の負の教訓です。知性だけで実行力がない人物は政治家には向きません。両方を兼ね備えた人物に登場してほしいと思います。知性には歴史認識や科学技術への造詣なども含まれます。すべてで及第点をとれなくても,足りない部分は信頼できるブレーンに補完してもらえるような人物に首相になってほしいのです。政治村の村長ではなく,村長に支えられるような人物でもなく,真の意味での国民のリーダーとなれる人物を待望します。素養さえあれば,40代の若手でも良いでしょう。もしこれだという人材がいれば,国民は,多少の失敗も大目にみて,その人物を育てていくという覚悟をもつことが必要でしょう。

2024年7月11日 (木)

「透き通り,曇りのない」県政を

 今朝の日本経済新聞の春秋で,兵庫県の斎藤知事が使ったとされる「嘘八百」という言葉が採り上げられていました。「兵庫県の元幹部職員が,知事のパワハラなどを告発する文書を配布した。が,知事は内容が虚偽のてんこ盛りであるという趣旨で,この言葉を用いたようだ。元幹部は停職の懲戒処分を受けた。こうしたやり方は妥当なのか。」という問題提起をしています。同じような問題意識をもつ人は多いでしょう。内部告発に対する報復と疑われてもしかたがないような反応であり,副知事が職をかけて百条委員会の開催を阻止しようとしたという報道もあります。何を守ろうとしているのでしょうか。

 記事では,羽生善治九段が好むとされる「八面玲瓏」という言葉を援用して,これは「あらゆる角度から見ても透き通り,曇りのないさまを意味する。知事も座右としたらどうか。多くの人々がその振る舞いを注視している。」という文章で締めています。

 一人の職員が命を失った事実は,とてつもなく大きいです。前に財務省の森友学園文書の改ざん問題で,赤木さんが自殺したときにも感じたことですが,どうしてまじめに働いていた公務員が命を落とさなければならないのでしょうか。ほんとうに「嘘八百」という言葉を使ったのなら,これ以上ない屈辱であり,憤死してもおかしくないほどのことです。

 事の重大さを知事やその側近たちはしっかり認識し,まずは今回の告発問題についての「透き通り,曇りのない」説明をしてもらいたいですし,また県職員労働組合からの辞任要求をはねつけるならば,ぜひ「透き通り,曇りのない」県政を実現してもらいたいというのが,県民の心からの願いです。それが一人の職員の貴重な命を無駄にしないためにも大切なことです。

 

 

2024年7月 8日 (月)

都知事選終わる

 都知事戦は小池百合子知事の3選となりました。現職は強しです。蓮舫氏は惨敗し,泡沫に近いかと思っていた石丸伸二氏の得票は,2007年の浅野史郎,2011年の東国原英夫とほぼ同じ約170万票でした。過去の二人は有名人で,それぞれ宮城県知事3期,宮崎県知事1期という知事経験者でした。石丸氏は広島の小都市の市長を途中で辞職したという経歴しかなく,知名度や実績という点では劣るものでした。ただ私も名前を知っていたようにYouTubeでは議会でのやりとりなどがよくアップされていて,一定の知名度はありましたし,都知事選に立候補を表明してからは,SNS上で急速に知名度が広がったようです。それで短期間に,浅野氏や東国原氏並の票を集めてしまいました。
 立憲民主党は,共産党と組んだのが失敗とかそういうことよりも,最近の好調さは,反自民党の人が消去法で支持していただけで,立民を積極的に支持していたわけではなく,より好ましい人が出てくれば,簡単に乗り換えられてしまうくらいの実力しかないことを示したような気がします。これまでは維新が,そうした人の受け皿だったのでしょうが,維新が失速気味で,都知事選も独自候補が出せないなか,石丸氏に票が集まったのでしょう。若い人の支持もありますが,反自民票をどう集めるかという観点から,石丸氏のように保守の改革派は,幅広い支持を得られる可能性があります。保守の改革というのはどこか矛盾を感じますが,何か変えてくれそうだが,それほどラディカルなこともしないという安心感が,ちょうどよい感じなのでしょう。まさに維新と同じようなスタンスです。
 こういう人は最終的には,自分のやりたい政策をやるには自民党に入るしかないとか言って自民党に入る可能性もありそうですが,どうなるでしょうか。あるいは,国政にいったん出たあとで,もう一回都知事に挑戦するかもしれません。さすがに小池氏の4期目はないでしょうから。
 それにしても,こういう大きな選挙に候補者を出せなかった維新は苦しいですね。自民党との「おおげんか」も見苦しいです。政党間の約束を守る,守らないという話は,もしほんとうに守ってもらえなかったとすれば,それだけ維新の存在が自民に軽くみられたということでしょう。だから維新は怒っているのでしょうが,大阪ではさておき,国政ではその程度の政党であったという印象が植え付けられてしまった気がします。兵庫県でも,維新系の知事に対する,職員(亡くなったそうですが)からの告発文書をめぐりガタガタしています。万博問題も抱えるなか,維新は正念場に来ています。維新がもう少し輝いていたら,ひょっとしたら石丸氏は維新と組んでいたかもしれません。維新の音喜多駿政調会長のブログでは,「「第三極」的な新しい政治に期待する人々がこれほど東京に大勢いて,投票行動を起こすことが可視化されたのは,決して悪いことではありません」とし,「そして,維新こそがその支持を獲得するポテンシャルがもっとも高い既存政党であると,私はなお確信しています」と述べたうえで,「結党から12年が経ち,ベンチャー政党としては老舗の存在となった維新の会が,鮮度の低下も含め極めて難しい状況に直面していることは事実です」と書かれています。
 率直で正確な自党分析をされているのだと思います。政治資金問題での対応は,はっきり言って失態だと思いますが,どう挽回するか。万博についても,うまい出口戦略をみつけなければ,次の選挙では大敗をするおそれもあります。政策的には,まだ期待できるところもあるので,今後の同党の動きにも注目です。


2024年6月24日 (月)

小池百合子の強み?

  7月7日投票の都知事選は,候補者乱立で大変な状況ですね。もっとも勝負は,小池知事と蓮舫氏の一騎打ちでしょうから,ある意味では単純です。むしろ問題は,この二人しかまともな候補者が出ていないという選択肢の少なさでしょう。
 私もかつて東京都に住んでいたことがありますから,都知事選に投票したことがあります。衝撃を受けたのは,青島幸男知事の誕生のときで,あのときはまだ東京にいたのですが,冗談かと思ってしまいました。でも都知事選の有権者は,当時の私も含めて地方出身者が多いと思いますので,地元のことを考えてくれるからとかそういう基準ではなく,結局は人気投票となるでしょう。「意地悪ばあさん」が都知事になっても,おかしくなかったのです。
 私の記憶にある都知事は,美濃部亮吉以降であり,鈴木俊一,青島幸男,石原慎太郎,猪瀬直樹,舛添要一,小池百合子です。猪瀬氏と舛添氏は途中で辞任ですが,1期で退いた青島氏を除くと,美濃部氏,鈴木氏,石原氏が長くやっているように現職は強いです。小池知事も現職の強みがあるでしょう。
 でも彼女の強みは,それだけではないように思います。1期目のとき,小池知事の当選に大きく貢献したのが,石原慎太郎の「大年増の厚化粧」発言と言われています。現在の日本郵政の社長の増田寛也氏(元岩手県知事)も自民党側で立候補しましたが,小池氏に完敗でした。石原発言への反発で,年配の女性票が大きく小池氏に流れたのではないかと言われました。男性中心社会のなかで,男性をうまく利用しながらも,自分の力でキャリアを切り開いてきた小池氏に,小池氏に近い世代だけでなく,広い年齢層において,憧れと共感をもつ人が少なくないのでしょう。有権者の半分は女性なのです。学歴詐称は,ほんらい大きな問題ですが,それですら小池氏にとって致命的にはならないのは,男性ほどは学歴にこだわらない女性たちにとって(自分の息子には高学歴を期待するかもしれませんが),小池氏が学歴で叩かれることに納得していないのかもしれません(公職選挙法違反などは重要ではないのでしょう)。カイロ大学卒業という肩書は,彼女がのしあがるために必要なことだったのであり,アラビア語のレベルが低すぎるといったことで叩いても,むしろ揚げ足取りのような批判と受け取られ,かえって小池氏への共感の理由になってしまうのです。この程度の嘘で塗り固めなければ,やっていけないのよ,ということへの支持なのかもしれません。「大年増であっても,厚化粧であっても,そのどこが悪い? 私たちは小池氏を何が何でも応援するわ」という人たちに支えられている限り,小池当選は揺るがないでしょう。
 これはあたかもTrumpが,どんなに無茶苦茶なことを言ったりやったりしても,不倫の口止め関係で有罪判決を受けるなどの恥ずかしい犯罪をしていたとしても,彼がアメリカの政界のエリートたちに叩かれるなかで果敢に戦っている「俺たちの英雄」というイメージがある限り,「有罪が何なんだ」というノリになってしまうのと似ている感じがします。Trumpも,叩かれば叩かれるほど,票は減らないどころか,固まる可能性があるのです。
 もちろん小池氏にしろ,Trump氏にしろ,知事や大統領に適していないと冷静に考える人も少なからずいるでしょう。しかし人気投票選挙となると,こういう冷静な票は伸びにくいのでしょうね(もちろん知事選は,蓮舫氏も著名人ですから,反自民票を集め切れれば勝機があるかもしれません)。首相公選制はやめたほうがよいですね。

2024年6月22日 (土)

ライドシェア問題

 ライドシェアについての政府の消極的な姿勢は,いろいろな角度から批判がなされています。なかでも,移動難民や(地域的ないし身体的理由などによる)移動困難者の問題の解決より,結局は,タクシー会社の既得権を守るだけではないのかという点は重要な論点です。一部解禁されているとはいえ,現状は,ドライバーは,タクシー会社に雇用されなければならないのであり,これは少なくとも,ライドシェア解禁論として待望されてきたものとはまったく違うものです。この点で,早急な制度改正が必要という制度・規制改革学会有志による「ライドシェア法制化に関する緊急提言」は重要な内容を含んでいます。そこではタクシー業界の既得権益批判が中心となっていますが,この提言には含まれていない,もう一つの規制問題として,労働法に関係するものもあります。
 もしライドシェアが全面解禁されると,その就労形態は,業務委託となると考えられます(そうなるとフリーランス法の適用対象下となるでしょう)。現状のライドシェアでは,雇用形態しかできないので,通常のアルバイトやスポットワークと同様,労働法が全面適用され,その他の問題としては,会社員が副業的にやる場合に,就業規則における副業規定との関係など,副業に関する一般的な論点が出てくるだけとなります。しかし,雇用に限定しないとなると,まさに海外で起きているドライバーの労働者性という論点が出てくることになります。
 おそらく安全性や事故時の責任といったライドシェアでしばしば指摘されている問題について,プラットフォーム事業者の責任を高めようとするならば(上記の緊急提言でも,「ライドシェア会社と乗客との直接の契約を義務付けることにより,事故の際の責任を明確化することで対応することも考えられる」と書かれています),それにより労働者性の問題は解決するかもしれません。というのはプラットフォーム事業者が責任をはたすためには,直接契約をするだけでは不十分で,雇用して指揮命令をすることが必要となるだろうからです。これはライドシェアサービスを業務委託で行ってはならないことと同義であり,これはこれで一つの解決方法ではあります。後発国の日本だからこそ,最初から労働者性の問題を(労働者性を肯定する形で)回避できるという見方もできます。海外では,プラットフォーム事業者が仲介者(契約当事者ではない)としてマッチングをするビジネスモデルから出発し,そのあとから労働者性や使用者性はどうするのか,という既存の法理との関係が問題となったのです。日本はライドシェアビジネスが封じられてきたので,労働法の問題を考えてから解禁ということができそうです。
 では,ほんとうに業務委託型ではダメなのでしょうか。ドライバーのなり手のなかには,隙間時間を使って,空いている自家用車で,困っている人を運び,報酬を多少得て生活の足しにするというような働き方を望んでいる人は少なからずいるでしょう。そういう人は,雇用されなければライドシェアのドライバーになれないというのは,硬直的な規制だと思うかもしれません。そうしてドライバーのなり手が減ると,移動困難者などの問題の解決は難しくなるでしょう。安全の問題は,デジタル技術を駆使して解決できるのではないかと思います。プラットフォーム事業者が,自動車メーカーとも協力しながら,いかにして指揮命令をしないで安全確保をするかが,ポイントではないでしょうか。そして,それは,交通事故の防止といったより一般的な問題の解決にもつながる技術革新へのインセンティブとなるかもしれません。危ないから規制しようでは,なかなか技術革新は生まれないのではないでしょうか。
 整理するとこうなります。現在の技術水準であれば,プラットフォーム事業者の安全責任を重視すると,ライドシェアは雇用形態に限定されるかもしれない(業務委託契約であっても,安全管理をしっかりすればするほど,労働者と判断される可能性が高まる)のですが,安全管理をできるだけ自動的にできるようにし,社内の状況もつねに遠隔で監視できるようにすること(遠隔監視だけであれば指揮命令があるとはいえないでしょう)などができれば,業務委託契約でも安全なライドシェアは可能となり,これはプラットフォーム事業者,ドライバー双方にメリットとなります。デジタル技術を活用して安全にライドシェアサービスを提供したり,利用したりできる社会というのが,DX社会の一つの理想像です。ライドシェア問題は,こういう切り口からも論じてもらえればと思います。

2024年5月14日 (火)

表現の自由を守れ

  足の痛みはようやく消えました。多少の違和感は残っているのですが,とりあえず普通に歩けるようになりました。(心配してくださった方へ)ご心配をかけました。とはいえ,今回,久しぶりに医療機関にかかり,病名をはじめ,いろいろ思ったことがあったので,これは後日ご報告します。

 ところで,衆議院補選東京15区でのある政党の選挙活動について,他候補の選挙活動の妨害があったとして警視庁に家宅捜索されたと報道されています。公職選挙法225条(選挙の自由妨害罪)は,「交通若しくは集会の便を妨げ,演説を妨害し,又は文書図画を毀棄し,その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき」,その行為をした者を処罰とするとしています(2号)。少なくとも演説の妨害はあったようです。「表現の自由を守れ」という私のメッセージは,決して,この政党が「表現の自由」の範囲の適法な行為をしていたとの主張を応援するものではありません。その逆です。表現の自由は,他者の表現の自由を侵害する自由までありません。表現の自由を守るためには,表現の自由の濫用は許してはならないのです。ただ表現の自由の濫用というのは,わかりにくい言い方であり,そこに問題があります。つまり何が許される表現かは,本来は市民社会においてモラルのレベルで各自が判断し,他者への攻撃的な表現は,おのずから限界があることを意識しながら自制的に行うべきであり,また,その行き過ぎは市民社会の力で抑止していくことが望ましいのです。実際,この政党からの候補者は,最下位で落選しており,投票率は低かったとはいえ,一定の市民社会の賢慮が示されたといえるでしょう。しかし,来たる都知事選などもふまえ,これだけでは不十分ということで,政府が乗り出してきて,ある表現が問題であるなどとして処罰するというようなことになってくると,これは危険なことです。「表現の自由を守れ」とは,こういうことに注意せよという意味です。
 表現の自由は誰に対して主張すべきものかというと,それはもちろん第一義的には政府です。公権力による表現の自由の侵害は,思想の自由の侵害と並ぶ最も深刻な人権侵害です。これらの自由は,私たちの自由な社会の根幹であり,これは何としても守らなければなりません。さっそく与党のみならず,一部野党も選挙妨害対策の法改正をするという話が出てきています。一方,立憲民主党や共産党は慎重な姿勢を示しています。選挙の重要性を考えると,うまいやり方があれば,法改正もありだとは思いますが,やはり危険性があり,その点では立憲や共産の慎重な姿勢のほうがよいと思っています。
 
いずれにせよ,選挙妨害をしている動画をネットにアップロードして,それを観て面白がる人たちがいて,それによっていっそう妨害行為がエスカレートするというのは,飲食店で迷惑行為をしているのと変わらないことです。こういうことを「表現の自由」と主張して,私たちの生活において最も重要な選挙の場で行うのは嘆かわしいことです。できれば公権力の手を借りるのは最小限にとどめて,うまく市民社会の手で対応できることを願いたいです。選挙妨害行為だけに目を奪われるのではなく,それに対して,公権力がどのように対応しようとするかを注視することが重要です。

 

 

2024年5月 5日 (日)

低投票率を嘆く前にやるべきこと

 1週間前の日本経済新聞の記事「衆議院3補欠選挙,投票率過去最低を記録」によると,そのタイトルどおり,「衆院3補欠選挙の投票率は,東京1540.70%,島根154.62%,長崎335.45%となり,いずれも過去最低を記録した」そうです。選挙区がなくなることになっていて,野党どうしの対決となった長崎3区はさておき,自民と立憲の一騎打ちとなった島根1区でさえも55%程度で,全国の注目を集めた江東区の東京15区は40%そこらというのは,この選挙の結果の民主的正統性が疑われそうな数字です。島根1区は県庁所在地の松江市を中心とする選挙区で,島根県民の関心の低さが嘆かわしいですし,東京都の江東区は,自民不在の乱打戦という感じで,激しい選挙妨害があったことも含め,情けない選挙であったと思います。
 ただ投票率が低いことについては,有権者の意識の低さを指摘するだけでは不十分です。今回の選挙はわかりませんが,直近の選挙で私が経験したことでいえば,投票所に行くと,紙と鉛筆を渡され,候補者の名前を手書きし,自分で投票箱に入れ,それを投票立会人がみつめているというものです。タイパ重視の若者は,よほどのことがなければ,こういうスタイルにはなじめないのではないでしょうか。わざわざ投票所にでかけたあと,紙と鉛筆を渡されるというのは,レトロな感じがするでしょう。私は選挙とはこういうものだと,何も疑問をもたずにしがってきましたが,はじめて選挙に行く若者たちにとっては,「なんでスマホを使って投票できないのか」と思うことでしょう。それに投票締め切りになった途端に,候補者の当確が出たりするのも興ざめです。仕方ないのかもしれませんが,なんとなく選挙をやる前から結果がわかっているような感じで,これだと選挙に行く気がなくなるでしょう。
 これは低投票率の原因が有権者の意識の低さではなく,選挙のやり方がまちがっていることに起因している可能性を示しています。区割りをどうするかとか,小選挙区制や比例代表制をどうするかとか,そういう問題もあるのですが,まずは投票方法から変えてみたらどうでしょうか。電子投票にはいろいろ課題があるのでしょうが,前にも書いたように,株主の議決権行使などでも,スマホでできる時代であり,工夫をして技術的に乗り越えてほしいです。選挙は大事なことだから人間のアナログ的な手法でという考え方もあるのでしょうが,もしそうならDXを推進している政府の立場と矛盾します。デジタル技術を活用できるものは原則として,デジタル技術でやるという意味の「デジタルファースト」をここでも適用して,投票方法を変えなければなりません。よく言われるデジタル化は高年齢者に不利であるという話は,少なくとも組織票をもっている政党には影響しないでしょう。自民を支持する高齢者だけでなく,公明を支持する創価学会員,立憲民主や国民民主を支持する労働組合員,共産党員にも高齢者はたくさんいるでしょうが,彼ら,彼女らは,どんな投票方法であっても投票するでしょう。むしろ遅れている日本社会のデジタル化に活を入れるためにも,これまでデジタルになじんでいなかった人にデジタル技術を浸透させるきっかけとなりそうな投票のデジタル化は効果的だと思いますが,いかがでしょうか。

2024年4月 4日 (木)

パンダと政治

 神戸市立王子動物園のパンダのタンタンが亡くなりました。人間でいえば100歳くらいの高齢でした。私はそれほどパンダに関心はありませんが,パンダ好きな人は周りに多いので,その悲しみには共感しています。王子動物園は繁殖に失敗しており,神戸にはもうパンダが来ないかもしれません。

 和歌山のアドベンチャーワールドにはパンダは4頭もいて,やっぱり和歌山は中国と縁の深い政治家がいるからかと邪推したくもなりますが,そう考えると神戸にパンダがいなくなるのが癪に障ることは事実です。でも政治力という点では,引退したとはいえ,隠然たる力を発揮しそうな二階俊博氏のいる和歌山には勝てそうにありませんね。
 神戸近辺から選出の自民党議員というと,盛山氏(兵庫県第1区)か西村氏(兵庫県第9区)となるのですが,前回比例復活の盛山氏は,これだけ叩かれてしまったので,次の選挙は危ないでしょう。西村氏は1年以内に選挙があって自民党の公認がもらえなくても,選挙は盤石かもしれません(前明石市長の泉房穂氏が出馬すればわかりませんが)が,当選しても政治的な影響力は発揮できないかもしれません。ちなみに県内でも播州勢は頑張っていて,渡海紀三朗氏(兵庫県第10区)は自民党の要職(政務調査会長),松本剛明氏(兵庫県第11区)は現役の総務大臣,山口壮氏(兵庫県第12区)は前環境大臣ですが,党内で政治力が強いという感じはしません。
 ところで,二階俊博氏の先日の引退(?)会見をみると,彼はあまりにも偉いから,細々としたことは,手下の林幹雄氏に話をさせるということなのか,それとも答弁させると怪しいから,保佐人として林氏がついているのか,よくわかりませんが,いずれにしても二階氏が党内でも屈指の権力者であることに変わりはないでしょう。二階氏は,もとはといえば田中角栄の派閥にいて,その田中角栄が中国と国交正常化をすると,パンダが送られてきました(当初は無償であったようです)。二階氏は媚中派と呼ばれることもあるくらい,中国との関係はよいと言われています。田中の地位を引き継いだというところでしょうか。

 もちろん政治力をつかってパンダを神戸につれてきてほしいと言いたいわけでありません。むしろ日本人がパンダにこだわることが,中国依存につながりかねないという懸念のほうがあります。お金の面でも,パンダのレンタル料は小さくないようなので,一神戸市民としては, 集客のためのパンダという安易な方法は捨ててもらいたいです。ましてや,中国や親中派の議員に頭を下げたりしてまで,パンダに来てほしいとは思いません。白浜にまで行って,温泉のついでに,パンダをみれば十分でしょう。