国内政治

2024年6月24日 (月)

小池百合子の強み?

  7月7日投票の都知事選は,候補者乱立で大変な状況ですね。もっとも勝負は,小池知事と蓮舫氏の一騎打ちでしょうから,ある意味では単純です。むしろ問題は,この二人しかまともな候補者が出ていないという選択肢の少なさでしょう。
 私もかつて東京都に住んでいたことがありますから,都知事選に投票したことがあります。衝撃を受けたのは,青島幸男知事の誕生のときで,あのときはまだ東京にいたのですが,冗談かと思ってしまいました。でも都知事選の有権者は,当時の私も含めて地方出身者が多いと思いますので,地元のことを考えてくれるからとかそういう基準ではなく,結局は人気投票となるでしょう。「意地悪ばあさん」が都知事になっても,おかしくなかったのです。
 私の記憶にある都知事は,美濃部亮吉以降であり,鈴木俊一,青島幸男,石原慎太郎,猪瀬直樹,舛添要一,小池百合子です。猪瀬氏と舛添氏は途中で辞任ですが,1期で退いた青島氏を除くと,美濃部氏,鈴木氏,石原氏が長くやっているように現職は強いです。小池知事も現職の強みがあるでしょう。
 でも彼女の強みは,それだけではないように思います。1期目のとき,小池知事の当選に大きく貢献したのが,石原慎太郎の「大年増の厚化粧」発言と言われています。現在の日本郵政の社長の増田寛也氏(元岩手県知事)も自民党側で立候補しましたが,小池氏に完敗でした。石原発言への反発で,年配の女性票が大きく小池氏に流れたのではないかと言われました。男性中心社会のなかで,男性をうまく利用しながらも,自分の力でキャリアを切り開いてきた小池氏に,小池氏に近い世代だけでなく,広い年齢層において,憧れと共感をもつ人が少なくないのでしょう。有権者の半分は女性なのです。学歴詐称は,ほんらい大きな問題ですが,それですら小池氏にとって致命的にはならないのは,男性ほどは学歴にこだわらない女性たちにとって(自分の息子には高学歴を期待するかもしれませんが),小池氏が学歴で叩かれることに納得していないのかもしれません(公職選挙法違反などは重要ではないのでしょう)。カイロ大学卒業という肩書は,彼女がのしあがるために必要なことだったのであり,アラビア語のレベルが低すぎるといったことで叩いても,むしろ揚げ足取りのような批判と受け取られ,かえって小池氏への共感の理由になってしまうのです。この程度の嘘で塗り固めなければ,やっていけないのよ,ということへの支持なのかもしれません。「大年増であっても,厚化粧であっても,そのどこが悪い? 私たちは小池氏を何が何でも応援するわ」という人たちに支えられている限り,小池当選は揺るがないでしょう。
 これはあたかもTrumpが,どんなに無茶苦茶なことを言ったりやったりしても,不倫の口止め関係で有罪判決を受けるなどの恥ずかしい犯罪をしていたとしても,彼がアメリカの政界のエリートたちに叩かれるなかで果敢に戦っている「俺たちの英雄」というイメージがある限り,「有罪が何なんだ」というノリになってしまうのと似ている感じがします。Trumpも,叩かれば叩かれるほど,票は減らないどころか,固まる可能性があるのです。
 もちろん小池氏にしろ,Trump氏にしろ,知事や大統領に適していないと冷静に考える人も少なからずいるでしょう。しかし人気投票選挙となると,こういう冷静な票は伸びにくいのでしょうね(もちろん知事選は,蓮舫氏も著名人ですから,反自民票を集め切れれば勝機があるかもしれません)。首相公選制はやめたほうがよいですね。

2024年6月22日 (土)

ライドシェア問題

 ライドシェアについての政府の消極的な姿勢は,いろいろな角度から批判がなされています。なかでも,移動難民や(地域的ないし身体的理由などによる)移動困難者の問題の解決より,結局は,タクシー会社の既得権を守るだけではないのかという点は重要な論点です。一部解禁されているとはいえ,現状は,ドライバーは,タクシー会社に雇用されなければならないのであり,これは少なくとも,ライドシェア解禁論として待望されてきたものとはまったく違うものです。この点で,早急な制度改正が必要という制度・規制改革学会有志による「ライドシェア法制化に関する緊急提言」は重要な内容を含んでいます。そこではタクシー業界の既得権益批判が中心となっていますが,この提言には含まれていない,もう一つの規制問題として,労働法に関係するものもあります。
 もしライドシェアが全面解禁されると,その就労形態は,業務委託となると考えられます(そうなるとフリーランス法の適用対象下となるでしょう)。現状のライドシェアでは,雇用形態しかできないので,通常のアルバイトやスポットワークと同様,労働法が全面適用され,その他の問題としては,会社員が副業的にやる場合に,就業規則における副業規定との関係など,副業に関する一般的な論点が出てくるだけとなります。しかし,雇用に限定しないとなると,まさに海外で起きているドライバーの労働者性という論点が出てくることになります。
 おそらく安全性や事故時の責任といったライドシェアでしばしば指摘されている問題について,プラットフォーム事業者の責任を高めようとするならば(上記の緊急提言でも,「ライドシェア会社と乗客との直接の契約を義務付けることにより,事故の際の責任を明確化することで対応することも考えられる」と書かれています),それにより労働者性の問題は解決するかもしれません。というのはプラットフォーム事業者が責任をはたすためには,直接契約をするだけでは不十分で,雇用して指揮命令をすることが必要となるだろうからです。これはライドシェアサービスを業務委託で行ってはならないことと同義であり,これはこれで一つの解決方法ではあります。後発国の日本だからこそ,最初から労働者性の問題を(労働者性を肯定する形で)回避できるという見方もできます。海外では,プラットフォーム事業者が仲介者(契約当事者ではない)としてマッチングをするビジネスモデルから出発し,そのあとから労働者性や使用者性はどうするのか,という既存の法理との関係が問題となったのです。日本はライドシェアビジネスが封じられてきたので,労働法の問題を考えてから解禁ということができそうです。
 では,ほんとうに業務委託型ではダメなのでしょうか。ドライバーのなり手のなかには,隙間時間を使って,空いている自家用車で,困っている人を運び,報酬を多少得て生活の足しにするというような働き方を望んでいる人は少なからずいるでしょう。そういう人は,雇用されなければライドシェアのドライバーになれないというのは,硬直的な規制だと思うかもしれません。そうしてドライバーのなり手が減ると,移動困難者などの問題の解決は難しくなるでしょう。安全の問題は,デジタル技術を駆使して解決できるのではないかと思います。プラットフォーム事業者が,自動車メーカーとも協力しながら,いかにして指揮命令をしないで安全確保をするかが,ポイントではないでしょうか。そして,それは,交通事故の防止といったより一般的な問題の解決にもつながる技術革新へのインセンティブとなるかもしれません。危ないから規制しようでは,なかなか技術革新は生まれないのではないでしょうか。
 整理するとこうなります。現在の技術水準であれば,プラットフォーム事業者の安全責任を重視すると,ライドシェアは雇用形態に限定されるかもしれない(業務委託契約であっても,安全管理をしっかりすればするほど,労働者と判断される可能性が高まる)のですが,安全管理をできるだけ自動的にできるようにし,社内の状況もつねに遠隔で監視できるようにすること(遠隔監視だけであれば指揮命令があるとはいえないでしょう)などができれば,業務委託契約でも安全なライドシェアは可能となり,これはプラットフォーム事業者,ドライバー双方にメリットとなります。デジタル技術を活用して安全にライドシェアサービスを提供したり,利用したりできる社会というのが,DX社会の一つの理想像です。ライドシェア問題は,こういう切り口からも論じてもらえればと思います。

2024年5月14日 (火)

表現の自由を守れ

  足の痛みはようやく消えました。多少の違和感は残っているのですが,とりあえず普通に歩けるようになりました。(心配してくださった方へ)ご心配をかけました。とはいえ,今回,久しぶりに医療機関にかかり,病名をはじめ,いろいろ思ったことがあったので,これは後日ご報告します。

 ところで,衆議院補選東京15区でのある政党の選挙活動について,他候補の選挙活動の妨害があったとして警視庁に家宅捜索されたと報道されています。公職選挙法225条(選挙の自由妨害罪)は,「交通若しくは集会の便を妨げ,演説を妨害し,又は文書図画を毀棄し,その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき」,その行為をした者を処罰とするとしています(2号)。少なくとも演説の妨害はあったようです。「表現の自由を守れ」という私のメッセージは,決して,この政党が「表現の自由」の範囲の適法な行為をしていたとの主張を応援するものではありません。その逆です。表現の自由は,他者の表現の自由を侵害する自由までありません。表現の自由を守るためには,表現の自由の濫用は許してはならないのです。ただ表現の自由の濫用というのは,わかりにくい言い方であり,そこに問題があります。つまり何が許される表現かは,本来は市民社会においてモラルのレベルで各自が判断し,他者への攻撃的な表現は,おのずから限界があることを意識しながら自制的に行うべきであり,また,その行き過ぎは市民社会の力で抑止していくことが望ましいのです。実際,この政党からの候補者は,最下位で落選しており,投票率は低かったとはいえ,一定の市民社会の賢慮が示されたといえるでしょう。しかし,来たる都知事選などもふまえ,これだけでは不十分ということで,政府が乗り出してきて,ある表現が問題であるなどとして処罰するというようなことになってくると,これは危険なことです。「表現の自由を守れ」とは,こういうことに注意せよという意味です。
 表現の自由は誰に対して主張すべきものかというと,それはもちろん第一義的には政府です。公権力による表現の自由の侵害は,思想の自由の侵害と並ぶ最も深刻な人権侵害です。これらの自由は,私たちの自由な社会の根幹であり,これは何としても守らなければなりません。さっそく与党のみならず,一部野党も選挙妨害対策の法改正をするという話が出てきています。一方,立憲民主党や共産党は慎重な姿勢を示しています。選挙の重要性を考えると,うまいやり方があれば,法改正もありだとは思いますが,やはり危険性があり,その点では立憲や共産の慎重な姿勢のほうがよいと思っています。
 
いずれにせよ,選挙妨害をしている動画をネットにアップロードして,それを観て面白がる人たちがいて,それによっていっそう妨害行為がエスカレートするというのは,飲食店で迷惑行為をしているのと変わらないことです。こういうことを「表現の自由」と主張して,私たちの生活において最も重要な選挙の場で行うのは嘆かわしいことです。できれば公権力の手を借りるのは最小限にとどめて,うまく市民社会の手で対応できることを願いたいです。選挙妨害行為だけに目を奪われるのではなく,それに対して,公権力がどのように対応しようとするかを注視することが重要です。

 

 

2024年5月 5日 (日)

低投票率を嘆く前にやるべきこと

 1週間前の日本経済新聞の記事「衆議院3補欠選挙,投票率過去最低を記録」によると,そのタイトルどおり,「衆院3補欠選挙の投票率は,東京1540.70%,島根154.62%,長崎335.45%となり,いずれも過去最低を記録した」そうです。選挙区がなくなることになっていて,野党どうしの対決となった長崎3区はさておき,自民と立憲の一騎打ちとなった島根1区でさえも55%程度で,全国の注目を集めた江東区の東京15区は40%そこらというのは,この選挙の結果の民主的正統性が疑われそうな数字です。島根1区は県庁所在地の松江市を中心とする選挙区で,島根県民の関心の低さが嘆かわしいですし,東京都の江東区は,自民不在の乱打戦という感じで,激しい選挙妨害があったことも含め,情けない選挙であったと思います。
 ただ投票率が低いことについては,有権者の意識の低さを指摘するだけでは不十分です。今回の選挙はわかりませんが,直近の選挙で私が経験したことでいえば,投票所に行くと,紙と鉛筆を渡され,候補者の名前を手書きし,自分で投票箱に入れ,それを投票立会人がみつめているというものです。タイパ重視の若者は,よほどのことがなければ,こういうスタイルにはなじめないのではないでしょうか。わざわざ投票所にでかけたあと,紙と鉛筆を渡されるというのは,レトロな感じがするでしょう。私は選挙とはこういうものだと,何も疑問をもたずにしがってきましたが,はじめて選挙に行く若者たちにとっては,「なんでスマホを使って投票できないのか」と思うことでしょう。それに投票締め切りになった途端に,候補者の当確が出たりするのも興ざめです。仕方ないのかもしれませんが,なんとなく選挙をやる前から結果がわかっているような感じで,これだと選挙に行く気がなくなるでしょう。
 これは低投票率の原因が有権者の意識の低さではなく,選挙のやり方がまちがっていることに起因している可能性を示しています。区割りをどうするかとか,小選挙区制や比例代表制をどうするかとか,そういう問題もあるのですが,まずは投票方法から変えてみたらどうでしょうか。電子投票にはいろいろ課題があるのでしょうが,前にも書いたように,株主の議決権行使などでも,スマホでできる時代であり,工夫をして技術的に乗り越えてほしいです。選挙は大事なことだから人間のアナログ的な手法でという考え方もあるのでしょうが,もしそうならDXを推進している政府の立場と矛盾します。デジタル技術を活用できるものは原則として,デジタル技術でやるという意味の「デジタルファースト」をここでも適用して,投票方法を変えなければなりません。よく言われるデジタル化は高年齢者に不利であるという話は,少なくとも組織票をもっている政党には影響しないでしょう。自民を支持する高齢者だけでなく,公明を支持する創価学会員,立憲民主や国民民主を支持する労働組合員,共産党員にも高齢者はたくさんいるでしょうが,彼ら,彼女らは,どんな投票方法であっても投票するでしょう。むしろ遅れている日本社会のデジタル化に活を入れるためにも,これまでデジタルになじんでいなかった人にデジタル技術を浸透させるきっかけとなりそうな投票のデジタル化は効果的だと思いますが,いかがでしょうか。

2024年4月 4日 (木)

パンダと政治

 神戸市立王子動物園のパンダのタンタンが亡くなりました。人間でいえば100歳くらいの高齢でした。私はそれほどパンダに関心はありませんが,パンダ好きな人は周りに多いので,その悲しみには共感しています。王子動物園は繁殖に失敗しており,神戸にはもうパンダが来ないかもしれません。

 和歌山のアドベンチャーワールドにはパンダは4頭もいて,やっぱり和歌山は中国と縁の深い政治家がいるからかと邪推したくもなりますが,そう考えると神戸にパンダがいなくなるのが癪に障ることは事実です。でも政治力という点では,引退したとはいえ,隠然たる力を発揮しそうな二階俊博氏のいる和歌山には勝てそうにありませんね。
 神戸近辺から選出の自民党議員というと,盛山氏(兵庫県第1区)か西村氏(兵庫県第9区)となるのですが,前回比例復活の盛山氏は,これだけ叩かれてしまったので,次の選挙は危ないでしょう。西村氏は1年以内に選挙があって自民党の公認がもらえなくても,選挙は盤石かもしれません(前明石市長の泉房穂氏が出馬すればわかりませんが)が,当選しても政治的な影響力は発揮できないかもしれません。ちなみに県内でも播州勢は頑張っていて,渡海紀三朗氏(兵庫県第10区)は自民党の要職(政務調査会長),松本剛明氏(兵庫県第11区)は現役の総務大臣,山口壮氏(兵庫県第12区)は前環境大臣ですが,党内で政治力が強いという感じはしません。
 ところで,二階俊博氏の先日の引退(?)会見をみると,彼はあまりにも偉いから,細々としたことは,手下の林幹雄氏に話をさせるということなのか,それとも答弁させると怪しいから,保佐人として林氏がついているのか,よくわかりませんが,いずれにしても二階氏が党内でも屈指の権力者であることに変わりはないでしょう。二階氏は,もとはといえば田中角栄の派閥にいて,その田中角栄が中国と国交正常化をすると,パンダが送られてきました(当初は無償であったようです)。二階氏は媚中派と呼ばれることもあるくらい,中国との関係はよいと言われています。田中の地位を引き継いだというところでしょうか。

 もちろん政治力をつかってパンダを神戸につれてきてほしいと言いたいわけでありません。むしろ日本人がパンダにこだわることが,中国依存につながりかねないという懸念のほうがあります。お金の面でも,パンダのレンタル料は小さくないようなので,一神戸市民としては, 集客のためのパンダという安易な方法は捨ててもらいたいです。ましてや,中国や親中派の議員に頭を下げたりしてまで,パンダに来てほしいとは思いません。白浜にまで行って,温泉のついでに,パンダをみれば十分でしょう。

 

2024年2月29日 (木)

政倫審初日

 政治倫理審査会で,突然,首相が出席し,しかも公開を受け入れると言い出したのは驚きでした。そのため,これまで出席の意向は示していたが,公開を渋っていた政治家も,公開に応じざるを得なくなったようです。首相がリーダーシップをとって,国民の要望に応えたという印象を与えようとしたのかもしれません(首相の印象を良くするために,わざとゴネさせていたのかなと勘ぐりたくもなりますが,たぶん違うでしょうね)。

 私は80分のライブをずっと観ていました。まず15分少し,本人の弁明がありました。首相としては,ここが勝負で,これでアピールできるという勝算があったから公開を受け入れたのでしょう。自民党の鷲尾英一郎氏からの緩やかな質疑をこなしたあと,立憲民主党の野田佳彦氏からの質疑に移ると,形勢がやや悪くなりました。野田氏から,首相になった後の大変な時期もパーティを繰り返していたことについて「詰問」され,さらに,首相には総理としての「内なる規範」がないのかという質問については,「内なる規範」の意味がよくわかっていないような答弁でした。最後は,在任中の資金パーティはしないという答弁を引き出させられたところは,追い込みに屈したという印象を受けました。一方,十分準備していたと思われる首相のリーダーシップについての質問については,政倫審の出席は本人の意思を尊重するルールになっているという答えを繰り返しました。しかし,野田氏が言うように,本人の意思を尊重するとしても,本人に出席や公開を呼びかけるという形で指導力を発揮することは可能なのであり,首相の言い訳は形式論に聞こえました。もちろん,首相は,ほんとうは指導力がないので,呼びかけても無理であったのかもしれませんが,それは自民党のガバナンスの欠如を意味することになります。どっちにしても,首相には良い結果にならないので,これは野田氏の追い込み方がうまかったのかもしれません。
 続く日本維新の会の藤田文武氏からは,首相は裏金問題の調査をしっかりしたうえで出席しているはずであろうという先制パンチを受けてからの答弁とおり,結局,すでに発表されている「聴き取り調査に関する報告書」以上の内容は出てこず,裏金問題が,いつから,誰が,どのように進めてきたのかという本質的な点は何も明らかになりませんでした(この点は,共産党の穀田恵二氏からも追及されました)。これでは首相は何のために出てきたのか,という疑問をもたれても仕方がないでしょう。藤田氏からは,さらに首相自身の宏池会の問題についても追及されました。首相は当初の弁明では,清和会や志帥会とは違い,不記載額は少なく過失によるものにすぎないとして,責任が小さいかのような印象を与えようとしていましたが,藤田氏の追及で不自然さが出てきました。

 公明党からの質疑は,とくに注目すべきものはありませんでした。与党側の質疑応答からは,政治資金規正法を改正して,連座制や議員本人の責任を認めるところを落とし所にしたいという意図は確認できました。一方,野党からの裏金問題の構造の明確化という点は,内容がない答弁に終始しました。過去のことよりも,再発防止に力を入れるという態度で国民に理解を求めるという方針ですが,これは成功するでしょうかね。

 次に登場した二階派の武田良太氏の弁明は,ちょっと物足りなかったです。言い訳はしないと言いながら,経理のことはよくわからず,事務局長しか真相は知らず,その不注意によるものであったという言い訳に終始したように思えました。ただ,立憲民主党の寺田学氏の追及があまりうまくなかったなと思いました(共産党の塩川鉄也氏の追及のほうが厳しくできていた印象です)。日本維新の会の浦野靖人の最後の質問である,この裏金問題の動機は何かについて,ぜひ武田氏に語ってほしかったですが,無理なのでしょうね。ということで,これを視聴した人は,やっぱりボスの二階俊博会長を呼ばなければならないと思ったでしょうね。武田氏は二階氏を守ろうとしていたのでしょうが,自身も守らなければならないということで,その結果,二階氏からも話を聞くべきという流れができてしまったような気がします。
 それにしても,塩川氏の追及の途中で,大谷結婚の速報を流すのはいかがでしょうか。自動的な処理なのかもしれませんが,物事の重要性を考えると,緊急性が高くない大谷速報は,政倫審のあとでも良かったのではないかと思いました

 

 

2024年2月18日 (日)

民意とは

 テイラー・スウィフト(Taylor Swift)を知らないというのが,どれくらい恥ずかしいことかわからないのですが,アメリカの大統領選挙を左右するくらい影響力があると聞き,YouTube で数曲聞いてみました。聞いたことがある曲もありましたが,「ああ,アメリカ人が好きそうな曲だな」というくらいの印象で,良さはよくわかりませんでした。それはともかく,こういう人気歌手がとくに若者に影響力をもち,それが民主党や共和党のコアな支持層よりも多くの票を動かすというのは,すごいことです。

 でも,これはアメリカだけのことではないでしょう。前の参議院選挙で,ガーシー氏が当選したことを忘れてはなりません。暴露系YouTuberと言われている彼が当選してしまったことの意味をよく振り返っておく必要があるでしょう。
 参議院は,非拘束名簿式で,名簿順位ではなく,個人票で決まりますが,特定枠の人だけは優先的に当選する(順位が上位となる)という仕組みが採用されています。島根・鳥取,高知・徳島が合区になったので,どちらかの県からは立候補できない人が出てくるため,その救済策として設けられたそうです。自民党ではこの枠を使っており(もともと自民党が要求して実現したものです),実質的には無選挙で当選できる人が2人います。これは自民党の出世で考慮される当選回数に含まれるのでしょうかね(そういう当選回数主義をなくすという声もでていますが)。先回の選挙でも自民党の2名が特定枠で,その他にれいわで1名特定枠当選者がいました。特定枠では個人名で投票されても政党への投票とカウントされます。昨年は自民党の特定枠の当選者が,徳島県の知事選に立候補するために辞職して,徳島とは関係のない地域の人が繰り上げ当選したということがありました(ちなみに知事選に立候補した人は落選しました)。これでは徳島からの参議院議員がいなくなり,特定枠を設けた意味がなくなってしまいます。小さい政党であれば,知名度が高い人が個人票でかせいで,特定枠の人に議員になってもらうという戦略もあるのかもしれませんが,いずれにせよ特定枠は,有権者にはわかりにくい制度のように思えます。

 ところでガーシー氏は約29万票を獲得していました。自民党の大口支援団体のあるような人は別としても,一般個人ではきわめて高い集票力をもっていたことになります。ガーシー氏でこりた有権者も多いかもしれませんが,インフルエンサー(influencer:和製英語っぽいですが,英英辞典に掲載されています)たちが呼びかければ,それに反応する有権者は多いと思われ,第2,第3のガーシーが出てくる可能性もあります。浮動票というのは,既成政党側の言い分で,これこそがほんとうの民意なのかもしれません。コアな支持層がいる政党は,安定しているともいえますが,知らぬ間に社会の変化から取り残され,民意と乖離している可能性があります。とはいえ,政治的なメッセージを発するインフルエンサーがどれだけの見識をもって発言しているかわからないのがネット社会の怖さであり,有権者の政治リテラシーが問われるところでしょう。
 衆議院のほうは,比例代表は拘束名簿式ですので順位に縛られますが,選挙区との重複立候補が認められているので,選挙区で敗れても,比例の名簿での順位と政党の獲得した票(比例代表は政党名のみ記入する)によっては比例復活ということがあります。これは評判が悪いものです。選挙区で敗れたということは,民意としては不適格としたということなので,政党の票で,復活するというのは,同一順位の場合には惜敗率が考慮されるとしても,釈然としないものがあります。小選挙区の問題点である死票を少なくできるというメリットはありそうです(接戦で落選した人も,復活当選することは,民意の反映という点ではプラスになりうる)が,それは比例名簿の順位の決め方という政党の都合によっても左右されます(低い順位なら復活当選できないことが多いでしょう)。やはり小選挙区で立候補するのなら,比例代表では立候補しないのが政治家としての心意気でしょう。

 

 

2024年2月11日 (日)

記憶にない?

 盛山文科大臣には,このBlogでも期待することを書いていたので,その失望感は大きいです。政治家の事情はいろいろあるのでしょうが,きれいに辞職したほうがよいと思うのですがね。首相のほうも人事が好きだそうですが,辞めさせ方がきちんとできない点で,著しくリーダーシップに欠けるという印象を与えています。

 最近また「記憶にない」という政治家の言い訳をよく耳にします。不祥事があった場合の常套句です。ロッキード事件で小佐野賢治が国会での証言において偽証罪に問われないために連発したことから,この言葉が広がったと言われています。偽証罪の成立は主観説が判例の立場であり,本人が記憶している事実と異なる事実を証言したときに犯罪が成立します。「記憶にない」と言うと,本人に記憶があったかどうかの立証はきわめて難しいので,偽証罪から免れることができやすいのです。もっとも小佐野氏は,それでも偽証罪で起訴されて有罪判決も出ています(最高裁で係争中に死亡して,公訴棄却)。

 記憶にないというのは,私もこの年になると,ほんとうに記憶にないことがたくさんあるので,ありえないわけではないような気もするのですが,政治家というのは「人脈が命」みたいなところもあり,自分に協力してくれた人のことを忘れるというのは通常考えられないでしょう。そんな記憶もない人は,政治家にはなれないはずです。Biden氏が,記憶力の低下で訴追を免れたという話が出ていて,本人がやっきになって否定しているのは,それが政治生命に直結する話だからです。

 私たちも政治家たちが記憶にないということを言うならば,それだけで政治家失格とみなして,議員を辞めてもらうように投票行動をしなければならないでしょう。昭和時代のみえすいた言い訳を許してはなりません。

 

 

2024年1月31日 (水)

次の総理候補現る?

 この人がいたか,という感じです。すでに次の首相候補の調査でいい順位に名が挙がっていたようなので,世間では注目されていたのでしょうが,例の麻生太郎氏の問題発言で,次の総理・総裁候補として,上川陽子大臣に注目する人が増えてきたのではないかと思います。
  実は前回の内閣改造で,外相を林芳正氏から上川陽子氏に交代させる人事には,私は反対でした。外務大臣を簡単に代えるべきではないと思っていたからです。ただ上川大臣の就任後の行動力はみごとで,精力的に外交をこなしています。英語も堪能です。自分の考えを自分の言葉で話せる人のようでもあります。年齢が70歳というところは少し気になり,もう少し若い人に期待したいのですが,健康に問題がなければかまわないでしょう。法務大臣時代の死刑への署名も話題です。旧オーム信者からの復讐のおそれがあるので,生涯,自身も家族もSPなしでは生活できないとネットで書かれていましたが,もしそれがほんとうなら大変なことです。信念に基づき自身の職務を遂行したということでしょう。
 当選回数でみてはいけないとはいえ,7回当選は実績十分です。大臣在任期間も長いです。経済政策としてどのようなものを考えているのかはよくわかりませんが,いいブレーンをつければよいでしょう。
 ちなみに麻生氏の問題発言は,別に擁護するつもりはありませんが,上川氏をベタぼめするのは気恥ずかしいので,どこか悪口を言おうとしたけれど,悪口できそうな部分がないので,外見のことしか言えなかったのかなとも思えます。もちろん,公の場の発言としては著しく不適切なのですが,麻生氏から他派閥(現在は無派閥)の議員であるにもかかわらず,高く評価されている政治家に,はやく岸田後を任せてみたいという気もしてきました。日本にも優れた女性政治家がいると世界にアピールすることは,国益にもかないますし,日本の女性にも勇気を与えることになるでしょう。

2024年1月25日 (木)

真の政治改革とは

 自民党の派閥解散ドミノが起きていますが,派閥からの大臣ポスト等の推薦がなくなれば,どうなるのでしょうか。これまでは,大臣になってから,その担当する分野の勉強をするというようなことを平気で言う人がいました。現在の岸田政権においても,どれだけ,その担当分野の専門家が大臣,副大臣,政務官に選ばれているでしょうか。派閥の推薦というものがなくなれば,このあたりの問題は解決していくのかもしれません。一方で,首相の人事権がそれだけ強化されるのでしょう。そうなると,それだけの権力を与えてよいのかという心配もないわけではありません。とくに岸田首相であれば,心配です。ただ首相の選び方も変わるでしょう。ほんとうに国民のためになる人を総裁に選び,首相に選ぶという見識をもつ国会議員を選んでいかなければなりません。そういう国会議員が選ぶ首相であれば,きちんとした人事をしてくれるでしょう。
 大臣にはその分野の専門家をあてるべきであり,そうコロコロと変えるべきではないと思っています。内閣に多様な専門分野をもつ優秀な人材を集め,それを日本が世界に誇る優秀な官僚によって支えるというという構造が理想なのです。
 もっとも,後者の官僚が支えるという点は,安倍政権時代から官邸の権限が強まり,官僚の出番がなくなりつつあります。東大嫌い(?)の首相が続いていることの弊害もあるかもしれません。今日,東大生は官僚になりたがらず,外資系企業を含む民間企業に流れており,それは嘆かわしいことです(加速する東大生の「霞が関離れ」、その本当の問題とは?)。民間企業で働くことも大切ですが,政治家や官僚に優秀な人材が集まってこなければ,日本の将来は暗いでしょう。
 週末は地元の挨拶まわりが欠かせないというのは困ったものです。選挙に勝つためには仕方がないとはいえ,私なら,地元で応援している議員がいれば,地元に帰る時間は,中央での活動に充ててくださいと言うでしょう。現在は,地元民とは,リモートでつながることもできるのです。ときには地元でリアル辻説法をするのもいいですが,それは年に数回でよいでしょう。冠婚葬祭,町内会の行事への参加など論外です。デジタル時代にあったスマートな政治をしてもらいたいです。
 優秀な人に政治をしてもらうのは,言うまでもなく,私たちにとっての利益です。この人に政治を任せたいという人を,国政に送りこみ,存分に力を発揮してもらいたいです(そういう政治家が増えてくれば,官僚の世界にも優秀な人材が戻ってくるかもしれません)。そのためには,政治家がくだらないことに時間を使わなくてすむように,有権者の意識が変わらなければなりません。真の政治改革は私たちの意識改革なのかもしれません。