鉄の女2.0
BSフジの「プライムニュース」は,かつては反町理さんの番組という印象が強かったですが,彼が過去の不祥事で退いてからは日替わりキャスター体制が続いていました。ところが10月からは長野美郷さんが見事に後継者に任命されました。最初は「お飾り」かと思っていたのですが,よく勉強していて鋭い質問もするし,政治家や著名人に対しても堂々としており,見事なキャスターぶりです。フジのイメージチェンジ戦略の一環と見る向きもあるかもしれませんが,私は実力で勝ち取ったものだと思います。
昨日の番組では,「“東洋のサッチャー”になるか」というテーマで高市早苗首相が取り上げられていました。1979年にイギリスで初の女性首相となったマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)。保守党の党首でしたが,当初は,女性に首相が務まるのか,と懐疑的な声が多かったそうです。しかし,彼女はその偏見を力強く打ち破りました。その強い信念と指導力から,「鉄の女(Iron Lady)」と呼ばれるようになりました。この呼称は,首相になる前にソ連(Soviet Union)を厳しく批判した演説を行った際,ソ連の国防省機関紙が揶揄的に「鉄の女」と呼んだことに由来します。ところがサッチャー氏はこの表現を逆手に取り,自らの信念と強さを象徴する言葉に変えました。まさに見事なイメージ戦略でした。
そしてこのイメージを現実のものとしたのが,1982年のフォークランド紛争(Falklands War)です。アルゼンチン(Argentina)との短期戦を制し,軍事や外交は「女性には向かない」と見られていた時代に,その固定観念を鮮やかに覆したのです。 一方で,労働組合への強硬姿勢や国営企業の民営化など,新自由主義的な改革を次々と打ち出したことでも知られています。これにより,「英国病(British disease)」と呼ばれた経済の停滞を立て直しました(労働法の観点からすれば,サッチャー時代のイギリスは苦難の時代だったともいえます)。
いずれにせよ,女性だから弱者に優しい政治をするだろうというような期待は裏切り,国家の再生を目指したリーダーでした。ドイツのアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)さんもそうですが,個人の政治信念において性別は関係ありません。もちろん,ふたりとも世論の支持を得るために身だしなみには気を配っていたようですが,それもつまらないことで足を引っ張られないようにするための周到な準備だったといえるでしょう。
さて,高市首相はどうでしょうか。彼女は保守派に属し,政治的には右の立場にあります。女性だからリベラルな政策をとるだろうという期待は,もとよりありません。高市首相の選択的夫婦別姓への慎重な姿勢や女性天皇に対する消極的な見解には,彼女の保守的信条がよく表れています。女性だからといって女性が望む政策をとるとは限らない,というです。もっとも,政権を担う以上は一定の妥協も必要でしょう。それは以前にイタリアのジョルジャ・メローニ(Giorgia Meloni)首相についてコメントしたときにも述べたとおりです。
高市首相は,その尊敬するサッチャーがフォークランド紛争の勝利で政治的成功を収めたことを十分に意識しているかもしれません。もし北朝鮮による拉致問題の解決において,目に見える成果を上げることができれば,「鉄の女2.0」として長期政権の可能性も見えてきます。
彼女が外交や安全保障の分野で,Trumpにみられるようなマッチョな手法とは異なる,どのような手法を使ってくれるか期待しています(労働政策のほうはあまり期待していませんが)。

