つぶやき

2023年3月23日 (木)

研究者の仕事

 佐藤博樹さんから,中央大学のビジネススクール(CBS)の定年退職に合わせた「最終報告」のパンフレットをお送りいただきました。私と比較的近い世代の先輩の研究者に,そろそろ定年の人が増えてきていて,少し寂しい感じがします。佐藤さんとは,日本労働法研究雑誌に同時期に編集委員をさせてもらったことがあります。編集委員時代の10年少しの経験は,私の研究人生に大きな影響を与えたと思います。JILPTにはたいへん感謝しています。私が編集委員となったのは,2000年か2001年くらいだったでしょうか。たしか山川隆一さんの後任で,荒木尚志さんと一緒にやったような記憶があります(荒木さんのあとは,中窪裕也さん,水町勇一郎さんと一緒でした)。労働法以外の分野では,佐藤博樹さん以外に,中村圭介さん,佐藤厚さん 大竹文雄さん,玄田有史さん,守島基博さん,藤村博之さんたちがいたと思います。錚々たるメンバーですね。これで刺激を受けないはずがありません。
 佐藤さんからは,編集委員を辞めたあとも,直接,あるいはご著書から,いろいろ教えていただきましたし,昨年の9月には一緒にセミナーをやるなど,これまでも役所関係の仕事や講演などで一緒になることがありました。
 今回いただいた「最終報告」の冒頭に,日本労務学会誌に特別寄稿された「問題の解決の『鍵』は現場に―実証的な労働研究」という論考が掲載されていました。そこでは,佐藤さんがこれまでの研究を振り返っていますが,若いころから,現場を重視した研究を一貫してやってきたことがよくわかります。企業の人材活用のあり方を現場の情報を収集しながら分析し,さらにある頃からは政府の場でも主導権を発揮してこられました。労働組合研究,正社員以外の多様な働き方,人材サービス,両立支援・ワーク・ライフ・バランスなど,研究テーマは,労働政策の主要課題を先取りしたものでした。研究者として理想的な仕事をされてきたのだなと思いました。
 現在の研究テーマとしては,柔軟性・知的好奇心・学習意欲の3つを具備した社員の育成,および,仕事をする時間と仕事をしない時間のバウンダリー・マネジメントを挙げておられます。どちらも重要なテーマです。社員育成の3つの要素は,佐藤さん自身がまさにもっているものでしょう。バウンダリー・マネジメントの鍵は,DXであると思っていますが,佐藤さんたちが,どのような研究成果を出されるか楽しみにしています。

2023年3月16日 (木)

 別に油断していたわけではないのですが,風邪をひいたみたいです。熱はないのですが,鼻がムズムズして,頭が重く,ときどき咳も出て,肩も腰も痛くなり,つらいです。コロナかインフルかという不安もありますが,熱がないので,たぶん違うでしょう。五十肩も完治しておらず,ちょっとボロボロですが,少し休むようにということなのかもしれません。すぐに締め切りのある仕事もなかったので,助かりました。
 
熱がないので,花粉症である可能性もあります。花粉症という自覚はないのですが,花粉の多い時期に,頭痛が出たりするので,花粉が何か 悪さをしているのかもしれません。
 日頃,鼻呼吸をしようと心がけているのですが,花粉を抑えるためにも,鼻には頑張ってもらいたいです。鼻の機能は,空気をとりいれる,匂いをかぐというだけでなく,呼吸をするときの際のフィルター,湿度調整,温度調整もしてくれています。鼻はとても大切であり,いたわらなければならないのでしょうが,いたわり方がよくわかりませんね。鼻にしばらく休んでもらうというのは難しいです。

 

 

2023年3月11日 (土)

いまは震災前?

 阪神・淡路大震災が起きたときは,ちょうど東京にいたので,私自身は少し東京で揺れを感じた程度ですみましたが,東日本大震災のときは,ちょうど東京にいたので,おそろしかったです。日本労働研究雑誌の編集会議の真っ最中でしたが,たしか壁か窓にひびが入ったので,あわてて外に脱出し,新橋駅の北口に避難して,そこで互いの無事を祈りながら,解散したことを覚えています(このことは,何度も書いていますね)。あれから12年です。しかし,現在は,震災後ではなく,むしろ震災前という状況です。南海トラフ地震発生のXデーは着実に近づいているはずです。テレワークはBCP(事業継続計画)のためというのは,繰り返し言われていますが,どこまで経営者は本気になって考えているでしょうか。何とかなるというレベルではない規模の地震がくる可能性があるのです。通信や電気が切断されたらテレワークは無理ですが,それが復旧したあと,事業再開をいち早くするためにはテレワークが効果的であることは明らかです。せっかく(?)コロナ禍を機にテレワークが推奨され,その経験も積んだはずなのに,テレワークからもとの対面型に戻す動きが広がっているのは心配です。大学を含めた学校でも,リモート体制が整っていれば,震災後の早期に授業が再開できるでしょう。中央官庁の地方移転が進んでいないのも気がかりです。地震は明日にでも来るということを想定して,そのための準備をすることが,日本に住んでいる以上,避けられないことなのだと思います(別に和歌山県や高知県や宮崎県だけの話ではありません。この地震がくると,おそらく日本全土に大きな影響が及ぶことが予想されているからです)。 

2023年3月 6日 (月)

レジオネラ菌問題に思う

 福岡の老舗の温泉で,標準値の3700倍のレジオネラ菌が発見されたという報道が出ていました。3700倍というのが,どれくらいの危険性を意味するのか,よくわかりませんが,年に2回しか湯を変えていないということを知り,ゾッとしました。この温泉が特殊なのか,他の温泉も同じようなものなのか,よくわかりませんが,業界の評判を著しく下げる行為です。私は温泉大好きとはいえ,日本の温泉旅館は高くて,なかなか宿泊することはできませんが,衛生管理が不十分となると,いっそう行く気が失せます。大丸別荘が特殊なことかもしれないので過剰反応するのはどうかという気もしますが,温泉は日本の大事な文化なので,とにかく業界あげて信頼回復に努めてほしいです。
 ところでレジオネラ菌の怖さを知ったのは,以前に紹介したことがある安部二『日本怪死人列伝』(扶桑社文庫)のなかで,元高鉄山の大鳴戸親方とそのタニマチの橋本という方が,同じ日に同じ病院で死亡したという事件(?)で,安部氏が二人の死因をレジオネラ菌によるものと推理していたのを読んだときです。二人は大相撲の八百長の告発をしようとしており,口封じのために何者かに殺害されたという噂があったのです(いまでも,その噂はあります)が,安部氏は,二人が一緒にソープランドに行って,そこでレジオネラ菌に感染したことが原因だと述べています。安部氏の推理が当たっているかどうかはともかく,どうも基礎疾患があれば危ないということは確かなようです。実際,レジオネラ菌の事故は,温泉や公衆浴場などでときどき起きていますし,死亡事故もあるようです。ソープランドに行って感染して死んだというような例では,本人は誰にもそんなところに行っていたとは言わないでしょうから,感染源が不明のままであることも多いかもしれませんね。
 今回の事件は,体調不良になった人が医療機関にかかり,レジオネラ菌が出てきたので,保健所が乗り出してきたのですが,「旅館側は湯の交換頻度や塩素注入は適正だと説明した。さらにこの後,10月の自主検査でも菌は基準値以下だったと県に届け出た」ということのようです(https://www.tokyo-np.co.jp/article/232952)。これは悪質であり,今日のニュースでは,刑事告発がなされる方向のようです(https://news.yahoo.co.jp/articles/dcc568a2ed36ed022bf42930a4a28e54bbf36aa9)。やむを得ないでしょう。
 本来,こういうことは,温泉の従業員の内部告発に期待したいところです。そうなると公益通報者保護法の出番となるのですが,通報対象事実になるかが,すぐにはわかりません。虚偽報告は,温泉法281項違反となって,416号による罰則がかかり,温泉法は公益通報者保護法の別表に記載されている法律に該当するため,通報対象事実となるといえそうですが,これが正しいかはよくわかりません(虚偽報告がどの法律との関係で出てくるのかがネットで検索しても出てこなかったので,自信はありません)。これから通報しようとする行為を入力すれば,通報対象事実かどうかを答えてくれるチャットボットがあれば助かりますね(弁護士への相談は,普通の人には心理的にハードルが高いです)。私のような呼吸器が弱い人間が安心して,温泉につかれるようになるためにも,従業員のみなさんの勇気ある行動が必要です。そのためにも公益通報者保護法が,使い勝手のよいものになってもらう必要があるように思います。このことは,前にも書いたことがですが,温泉の湯の交換頻度など内部告発ががなければ,被害者がでるまでは明らかにならないでしょうから,改めて強調しておきたいと思いました。

(* その後,報道によると,今回のケースは,温泉法違反ではなく,公衆浴場法違反が問題となったようで,同法6条1項に基づく虚偽の報告があったことについての刑事訴追であるようです(同法9条)。なお,公衆浴場法も,公益通報者保護法の通報対象事実に関係する法律に含まれています)。

2023年2月25日 (土)

健康グッズ

 60歳を前にして五十(?)肩かという感じで,左肩が上がりにくくなったので,しばらく湿布で様子をみていましたが,よくならなかったので,久しぶりに鍼に行きました。昔は身体に無理をすることが多く不調となることもよくあったので,鍼にはよく通っていましたが,最近はほとんどありませんでした。しかし,こういうときこそ鍼だということで,もちろんすぐに治るわけではないのですが,信頼できる鍼灸師がいるので,そこを頼ることにしました。今回は,姿勢が悪いことなどを指摘してもらってよかったです。勧められたのがバランスボールでした。ちょうど,Yahooニュースで,どこかの自治体でバランスボールが導入されて,職員に好評であったという記事をみたばかりでした。とはいえ,新しいモノはできるだけ買わないようにするという生活をしているので,バランスボールはどうしても必要というものでもないし,どうしようかとかなり悩みましたが,思い切って購入してみました。腰や肩を伸ばすのに良さそうで,テレワーク中心の生活の中でちょっとした運動やストレッチに取り入れることができて,無駄な買い物にならなかったといえそうなので,ほっとしています。
 長年の悩みであった腰痛をなくすことができたtempurのクッションとともに,私にとっては大切な健康グッズとなりそうです。一方,かなり前に買ってしまっていたSixpadは不要物化していますが,もったいないので,なんとか活用しようと思っています。

2023年2月20日 (月)

デジタルユニバーシティ

 今日は,神戸大学の数理・データサイエンスセンターと日本総合研究所が提携(?)して行っている,SMBCグループの職員に向けた「デジタルユニバーシティ」という企画で講義をしました。社員へのリスキリングの一環ということで,産学連携で行っている企画のようです。テーマは,「デジタル時代の働き方はどうなるのか~ジョブ型雇用がもたらす新たな動き~」というもので,よくありそうなものですが,これまで安定雇用で来た人たちには気になるテーマかもしれません。神戸大学の,日頃行ったこともない工学部の研究棟のある会議室に行ってパソコンに向かって話すというリモート講義でした。勤務時間中でも聴講できるということで,かなり聴講者はいたようです。このテーマに関心のある人が多いということでしょう。
 私のメッセージはいつものように,DXにより人間に求められる仕事が変わるので,雇用という奴隷的だけれど(こういう表現は使いませんでしたが),安定的な働き方というのは,企業は求めなくなるし,個人としても企業に頼れなくなる可能性がある以上,自分でキャリアを展開していくしかないというものです。ジョブ型というのは,こういう話をするときに,聴衆の関心をつかみやすい言葉ですが,とにかく日本の正社員に重要なのは,会社に正社員として入社すれば安心という意識を捨てることです。若い人には,言うまでもないことでしょうが,正社員経験が長くなった中堅以上の社員にこそ聞いてもらう必要があるのでしょう。
 キャリアは,いまでは,職業キャリアだけでなく,人生設計と言い換えるべきです。仕事,家庭,地域生活など,自身の人生にかかわることをバランスよく,自らの選択で組み立てていくことが必要なのです。日本社会は,これまで仕事が,有無を言わさず最優先であったのですが,それを変えていかなければならないのです。これが人生100年時代の生き方です。というようなことを,自分の所属する大学で,産学連携の企画のなかで講義をしたのですが,日頃,法学研究科や法科大学院で学生向けに行っている講義では,まったく違う法解釈論の話をしているのです。私が神戸大学で教えるべきなのは,いったいどちらなのでしょうか。

2023年2月13日 (月)

幸福論

 少し前の日本経済新聞の春秋(130日朝刊)が,ちまたにあふれる「幸せ」のことをとりあげていて,「もっと幸せを,と追い立てられる様子は、あまり幸福とはいえない」と結んでいました。同感です。
 同紙では,年初から,「やさしい経済学」で,京都大学の柴田悠准教授が,「幸せに生きるために」という連載をしていて(1月4日から16日まで,土日を除く9回連載),楽しみにして読んでいました。幸福は,それ自体価値があるが,それだけでなく,収入が高くなり,人間関係も豊かとなり,長生きもするというメリットがあるとしていました。そして,簡単に幸福になる手法として,「味わって食べる」「経験を味わう」「自然と触れ合う」が推奨されていました。その一方で,幸せを求めるとかえって不幸になるという落とし穴もあるとされていました。その理由は,「幸福感を得たい意識が高まると,孤独感がより大きくなりやすいこと」です。幸福は自分のことにとどまっていると,他人とのつながりを感じにくくなり、孤独感が高まるようなのです。その解決方法は,他人の幸福も考えることです。「社会的な広がり」が大切ということです。さらに短期的な幸福の追求は,抑うつやネガティブな感情を生みやすく,他方,長期的な視点で幸福を求めると,こういう問題は起きにくいとされます。つまり「時間的な広がり」が大切ということです。柴田さんは,この二つの広がりを兼ね備えたものが「生きがい」であるとします。ここから他国との比較分析に入りますが,北欧の人々は日本人より幸せを感じていて,その理由は、私生活を守る両立支援が充実しているからであるとします。さらに,02歳児保育は,子どもの将来の幸福やウェルビーイングにも貢献する可能性を指摘しています。これは,「不利家庭」の場合において,2歳児半の子どもが保育に通っていれば,子の言語発達遅延が防止されたり,親の育児の幸福感が高まったりするということでした。社会学者の分析なので,以上のことが客観的なデータに基づいて述べられています。
 私は,この論考のなかの「生きがい」というところに着目したいです。私も,かつて光文社新書で『勤勉は美徳か?―幸福に働き,生きるヒント』(2016年)という本を書いています。いまとなれば,私が問いかけたような仕事と幸福の両立方法が,徐々に広がりつつあるのではないかと思っています。幸福について迷っている労働者の人たちは,ぜひ拙著を手に取ってみてください(Kindleでは,Unlimited のなかに入っていますので,契約している人は無料で読めます)。同書の最後で,私は,幸福は創造のなかにあると書いています。創造は,柴田さんの書かれている「生きがい」にもつながると思います。そして,創造こそ,AI時代において人間らしさを発揮するためのキーワードでもあります。
 こうみると,幸福は,他人が推奨するようなものでは得られないことがわかります。そしてそれは,春秋が書いているように,追い立てられるものではないですし,柴田さんが書いているように,求めすぎてもだめなのです。じっくりと自分なりの幸福を,自分のペースで追求すればよいのです。0~2歳の乳幼児時代も含めた子ども時代は,一人ひとりが幸福を追求するための基盤を形成するうえできわめて重要な意味をもっているのでしょう。

2023年2月10日 (金)

子どもたちは,ほんとうにマスクなしを望んでいるのか

 新型コロナウイルス感染症が,2類相当から,季節性インフルエンザ並みの5類に変更されるそうです。インフルエンザ流行期でも,咳エチケットはあるとしても,マスク着用の(事実上の)強要まではなかったわけで,コロナもそれと同様の扱いになるのでしょう。ただ不安もあります。私の身近でも,コロナに家族6人全員かかったという例もあり,その感染力はおそるべきですし,彼らは重症化はしなかったものの,やはり症状が出ている間は咳や高熱に苦しんだようです。これが,よく効く薬のあるインフルエンザとの違いです。
  私は,父への感染の不安をずっと気にしていたのですが,父が亡くなったことにより,それは取り除かれました。だからといって,コロナ前のように戻るというわけにはいきません。これまでオンラインでやってこれたのに,いまさら対面型に戻す必要があるのかという気持ちです。ましてや対面型にするけれど,引き続きマスク着用はお願いしますというのは,困ったものです(マスクは,できるだけしたくないです)。そこまでして対面型でする必要があるのか,ということです。どうしても対面でしなければならないものが,どれくらいあるかを精査すべきでしょう(いつも言っていることです)。地方議会のオンライン化も徐々に進んでいるようで,これは良い傾向です(ただし,採決などは対面型のようですが,これも早晩オンライン化すべきでしょう)。季刊労働法179号に執筆した論文で,団体交渉は,まだ対面型が原則であるだろうから,使用者がオンラインにこだわるのならば,それなりの説明をしっかりしなければ誠実交渉義務違反となるという考え方を示しました。ただし,社会通念が変われば話は変わるということも書いており,個人的には,株主総会,国や地方自治体の議会,様々な政府系の会議,裁判手続などでオンラインが一般的になり,2025年くらいには,オンラインが社会全般に広がって社会通念は変わり,団体交渉の交渉方式も,少なくとも対面型が原則(デフォルト)という状況は解消しているのではないかと予想しています。そして2030年くらいまでに,原則は逆転して,オンラインが原則になっているかもしれません。
 ところで,岸田首相は,今年の学校の卒業式に出る子どもと教職員は原則マスクの着用を不要にすると表明したそうです。着用したい人には不着用を強制したりはしないということのようなので,これはマスク着用を推奨することを止めるということなのでしょう。ただ,感染リスクなどと関係なく,いまさら友だちの前でマスクをつけない顔をさらしたくないという人も少なくないようです。子どもだけでなく,大人もそうです。マスク前の顔を知っている人ならともかく,コロナ生活が3年も続くと,その間に新たに人間関係に入った人もいて,そういう人にはずっとマスク顔のままで通したいという気持ちもわからないではありません。マスクを外せないのは,さぞ不自由だろうというのは,勝手な推測をしているだけともいえます。「君たち,マスクをとって笑顔を見せ合いたいですよね。私が総理として,そういうことを実現してあげます」とアピールしたいのかもしれませんが,いつものように,ポイントがずれているかもしれません。

2023年2月 1日 (水)

戸籍のデジタル化

 21日になって,朝のテレビ体操の内容が少し変わりました。
 今日は比較的暖かくなると予報が出ていましたので,午後のリモート会議の前の時間帯に,いそいでJR芦屋駅近くにある芦屋市役所の出張所に行ってきました。
 父の戸籍集めの作業は,遠方は郵送で,近場は直接役所に赴いてということにしています。郵送でやると定額小為替が必要で,いちいち郵便局に行かなければならず,200円の手数料が取られます(前は100円でした)。また戸籍は一つとって,初めてその前の戸籍がわかるので,一度に作業が進まないのが困りものです。しかも普通郵便は,前より時間がかかるようになっていて,なかなか作業が進みません。速達もつかいますが,郵便代は馬鹿になりません。政府は,2024年から相続登記を義務づけるそうですが,岸田首相は自分で手続を試してみてください。どれだけ面倒かよくわかると思います。少なくとも,戸籍は,市町村をまたがっても,オンライン取得できるようにしてもらいたいです。この部分のデジタル化が進むだけで,ずいぶんと作業が楽になります。今回は返信用切手をつかうことで,家に残っていた切手を多く消化できたことだけは,よかったです。
 私が知らなかっただけですが,登記情報がオンラインでみることができたのは,意外でした。法定相続情報一覧図の交付は,オンライン申請できませんが,相続登記の申請だけならオンラインでできます。住民票や印鑑登録証明書は,近所のコンビニで取得できるので助かります。まだやっていませんが,準確定申告(被相続人の確定申告を,相続人が行うもの)も,オンライン申請(e-Tax)ができるようです。このようにオンライン化が進んでいることをみると,やっぱり戸籍の対応の遅れが気になります。自治体内でしかオンライン対応ができていません。マイナンバーを利用した戸籍事務の処理を,国主導で進めてもらいたいです。戸籍は,本来,国の事務ですよね。
 戸籍がどうかというと,とたんに保守的な議論が出てくるのですが,戸籍だけ特別なものというように考えないでほしいです。戸籍が変わると,日本社会も変わるかもしれません。保守派はそれがいやなのでしょう。私は保守的な価値観にも一定の理解は示す気持ちはありますが,戸籍については,技術的にデジタル化が可能であるかぎり,それを進めていくべきだという立場です。

 

2023年1月26日 (木)

外の力を借りる

 小学校のPTAのアウトソーシング事業に,近畿日本ツーリストが乗り出しているようです。子どものために親(多くは母親)が,PTAの仕事をするのは当然とされてきたのですが,共働きが一般化するなか,徐々にPAT業務が負担となり,引き受け手がなくなりつつあるということが背景にあるようです。どうしても必要な業務であれば,外注することもありだと思います。無理をしないことが,業務の質を上げ,かつ持続可能となります。
 社会保障の4経費と呼ばれる「医療,年金,介護,子育て」は,家庭からアウトソーシングすることが認められた分野といえます。病気になった人,高齢者,子どもの世話はプロに任せるということです(年金も,貯金を国の専門家に委ねて運用してもらうということです)。国の補助があるのは有り難いのですが,その費用はずしりと国民にのしかかっています。でも,やはりこれはアウトソーシングしてよかったと考えるべき分野なのでしょうね。
 大学の入試の試験監督も外注すべきことです。私はあと6年で定年になりますし,シルバー世代が試験監督を引き受けるのは構わないですが,若い人がこういう業務にエネルギーと時間をとられるのは可哀想です。外注しても問題はありません。大学入学共通テストも同じです。研究者である大学教員に,しっかりした試験監督をするよう求めるのは,無理なことです。時間があれば,頭のなかで論文の構想を練るのが研究者の性なので,それをおさえて監督に集中せよというのは,無茶な要求なのです(だから車の運転もしないほうがよいのです)。
 企業の外注は,労働法的には,いろいろ問題となりますが,経営戦略としては,なんでもかんでも社内に抱え込まずに,うまくアウトソーシングすることが大切です。もちろん,システム関係のように,今日の企業の戦略のコアとなる部分は,むしろこれまで外注しすぎていたので,内製化することも必要かもしれません。この点は,企業だけでなく,自治体もよく考えるべきです。しかし,企業内にはアウトソーシングしたほうが,より本業に集中できるものもあるのであり,そういうものはむしろ積極的に進めるべきなのです。もちろん,外部に業務を出すだけでは成功しません。外部にだしながらも,うまく内部の本業につなげるという視点が大切です。
 さて,大学の話に戻ると,清掃や守衛はすでにアウトシーングしているようですが,より企業戦略に近い部分についてのアウトソーシングを考えていくことが必要です。実際,実務家教員の活用は,それに近いところがあります。入試業務なども含め,「外の力を借りる」ことに,もっと取り組んでもらいたいものです。

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