つぶやき

2022年8月 7日 (日)

ワクチン接種と政府の信用

 ワクチンというのは,たしかに健康な人に(弱毒化や無毒化されているとはいえ)病原体を注入するものなので,おそろしいと考えて反対する人の気持ちもわからないわけではありません。赤ん坊には大量にワクチンを打ちますが,まだ生まれたばかりの子に次々と病原体が注入されると考えると,親は複雑な気分になるでしょう。予防接種法は,「A類疾病」(22項)であっても,努力義務であり,16歳未満の子に対して接種させるのも,保護者である親の努力義務にとどまります(9条)が,赤ちゃんの予防接種の忌避は,子の命を危険にさらすことになるので,合理的な選択とはいえません。
 政府は,弱い立場にある赤ちゃんについては,ワクチン接種を推奨するために,定期健康診査のときにチェックしたり,無料にしたりするなど,親をワクチン接種に誘導していくことが必要でしょう(市町村長や都道府県知事は,予防接種の勧奨をするものと定められています[8条])。
 新型コロナウイルスについてもワクチン反対派はいますが,それはワクチンを打っても感染することはあるとか,ワクチンの副作用が大きいのに対して,ワクチンを打たなくて感染しても重症化しないという理由からのようです。ただ,後者は,ワクチンを打たなかったら感染時に重症化するリスクが高まるということを見落としています。前者は,ワクチンの副作用は,実際に感染したときの副作用と同じか,それより若干軽いと言われていますし,加えて,ワクチン接種により,他人に感染させにくくなるというメリットがあると言われています。
 ワクチン反対派のなかには,インフルエンザなどについて,感染した人がいたら,その人を招いて感染パーティを開いて,自然に感染しようとする人もいるそうです。水疱瘡などは,感染した子を招いて自分たちの子と遊ばせるというようなことをする人もいるそうです。早くに感染したほうが軽症ですむという親心よるものなのでしょう。そこにあるのは,自然感染のほうが,ワクチンよりも良いという判断ですが,毒を抑えたワクチンの接種よりも,子を危険にさらすリスクが大きいことを見落としているでしょう。
 ワクチンについて,政府が推奨することに批判が出てくるのは,結局のところは,政府が信用されていないからです。その隙をついてSNSなどで,ワクチン推奨は政府の陰謀というような怪しい情報を信じ込まされてしまうのです。ワクチンにもリスクがありますので,そのメリット・デメリットを冷静に考えたうえで,ワクチンを避けることはありえるでしょう。ただ,私は個人的には,赤ちゃんの予防接種やコロナワクチンなどにおいて,ワクチンの接種を政府が推奨することは間違っていないと思っています。むしろワクチン不足のほうが心配です。
 政府が国民の命を守るために大切なのは,ワクチンの接種を強制することではなく,国民が政府の言うことだからその推奨に従ってワクチンを接種しようとする気持ちになれるくらい,国民から信頼される存在となることです。

2022年7月28日 (木)

暑さ対策

クールな生活

 近年の暑さは,私たちが子どものころの暑さとは質が異なっているように思えます。外に出ると,命の危険があるような気がします。ましてやコロナです。ただ,自宅にこもりっきりの弊害もあるので,できるだけ室内で運動をしようとは思っていますが,なかなかできていません。無駄な買い物にならないか悩んだ末に数年前に購入したSIXPADのお世話にもなっています。
 テレワークの導入の壁となるものの一つに住宅問題があるでしょう。自宅で仕事部屋をもっている人は,それほど多くないかもしれません。リビングを使ったり,子どもの勉強部屋を借りたりしているというようなことを聞いたこともあります。研究者の場合,研究場所について自宅派と職場の研究室派に分かれると思います。私は,かつては研究室派でしたが,いまは完全に自宅派です。自宅派の場合には,自宅に仕事部屋をキープしている人が少なくないでしょう。しかし,自宅に仕事部屋をもつことができるのは,労働者一般からすると例外でしょうし,自宅派の研究者であっても,自宅で十分な研究環境が実現できているかは別問題です。
 ちなみに私の場合は,仕事部屋はもっていますが,狭い部屋なので,エアコンを設置していません。エアコンを設置すると効きすぎるのが心配です。暑がりであった私は,10年くらい前まではガンガン冷やさなければ暑くて耐えられなかったのですが,いまは効きすぎると体調が悪くなることもあり,エアコンがやや苦手になってしまいました。ただ私の部屋は,北西向きなので,夏は午後の遅い時間になるとすさまじく暑くなります。35度くらいまで上がってしまうこともあります。ということで,扇風機をつけながら,となりますが,それに加えて,クールリンクとかアイスリンクとか呼ばれるもの(商品の一般的な名称はわかりません)を活用しています。冷蔵庫に入れておくと凍って,それを首に巻くと冷やっとします。1時間半くらいはもちます。外出時も着用しています。もう一つは,クールベストです。こちらは冷凍庫に入れた保冷剤を入れたベストです。これは3時間くらいもちます。クールリンクとクールベスト,それに保冷剤のようなものをタオルにくるんで腰に当てるというようなことをして,この酷暑に立ち向かっています。エアコンを使わないエコなやり方ですので,政府から誉めてもらいたいですね。今日の労働委員会のWeb参加でも,これで乗り切りました。
 もっとも,こうした古典的な氷や保冷剤を使った暑さ対策が効いているというよりは,私が暑さに鈍感になった部分も大きいような気がします。そういえば,外出しても昔ほど汗をかかなくなりました。楽な反面,着実に老化は進んでいるということでしょうから,少し寂しい気もします。

2022年7月20日 (水)

経営者の言葉

 日本経済新聞に掲載されている「決算トーク」で,ある有名企業の社長が,買い物客が目的以外の商品のついで買いが少ないとし,商品開発や広告宣伝を強化して,この状況を打破していきたいと語っていました。
 株主向けのコメントであり,そうみると普通の内容なのかもしれませんが,顧客としては,いかにして目的外の商品を買わないようにするかが大切だと思っていますので,あまり良い気分はしません。
 これは「クロスセル」と呼ばれるマーケティング手法の一つなのでしょう。私たち消費者は,店舗に行くと,ついで買いを誘う仕掛けがなされていることを自覚して,賢い消費をするように心がけなければならないでしょう。個人的には,本命の商品のついでに別の商品も買ってしまうと,あとで後悔することが多いです。店舗で,消費者がその価値に気付いていない商品を推奨することはあってよいと思いますし,ナッジでつつかれる程度であれば良い気もしますが,いずれにせよ,ほんとうに必要なもの(そして,食料品以外では,長く使えるもの)を,適正な価格で,厳選して買いたいものです。消費の喚起は経済にとっては重要かもしれませんが,経営の王道は,社会にとって必要な商品を生産し,その情報がその商品を必要としている個人に到達したうえで消費されていくようにすることでしょう。上記の社長の「商品開発や広告宣伝」という発言が,そのような意味であればよいのですが,「ついで買い」に言及した流れで言われると,ちょっと違和感をおぼえてしまいました。どんな安価な商品でも,「ついで買い」ではなく,十分に吟味して納得して買ってもらいたいと,経営者には言って欲しいです。
 テレ東のWBSで早稲田大学の入山章栄教授が,関西の万博が盛り上がっていないのは,企業経営者が「思想」を語っていないからだと言っていました。そうだなと納得してしまいました。経営者は,自社のビジネスが,どのような考え方に基づき,どのような方法で,社会課題の解決のためにビジネスをやっているかを語る必要があると思います。

2022年7月19日 (火)

ブルシット・ジョブ

 大学教授の仕事には,教員として授業を行うなどの大学の用務以外に,研究者として行う原稿執筆依頼,講演依頼,取材やインタビュー依頼などがあります。後者については,メールの返事は,即断即決で即時にしています(一方,研究関係以外については,すぐには返事しないことや,できないことはよくあります)。
 先方からは,こちらがすぐに返事をすると驚かれることもあります。でも,研究関係では,実質的には,個人事業者のようなもので,自分ですべて決定できるため,時間はかかりません。講演などは,かつては出張となる場合がほとんどで,日程調整が大変であったので,簡単に返事できないこともありましたが,いまはオンラインでのものしかやりませんので,引き受けると決めれば,Google Calendar を空きをみて,すぐに決めることができます。空いている日程があれば教えてほしいという依頼はやや面倒ですが,調整相手が一人であれば,「アイテマス」が,Google Calendarと連動したすぐれもので,たいへん役立ちます。
 もっとも,こちらがスピード感をもってやっても,相手が大きな組織になると,私への返事が遅いことは多いです。忘れたころに返事が来て,何の用件だったか記憶を戻すのに困るようなことも,ときたまあります。上司がいて,その承諾を得るなどの手順が必要となるのでしょうが,私に依頼する程度の仕事であれば,現場に権限を降ろして,てきぱきと決めてくれれば助かりますね。
 そういえば,かつてある人から,その上司が私と話したいので,時間をとってもらえないか,というメールを受けたことがあります。さらに挨拶をしたいというので,メールで十分かと思うのですが,Zoomでミーティングを設定しました。そのときには,その上司が出てくるのかと思っていると,その部下の方がでてきただけでした。用件もあまり具体的ではなく,どうも私とのアポをとにかく取ってこいということだったのかもしれませんが,本人ではないので要領の得ない話となり,最後はお断りしました。「時間泥棒」の匂いがしたからですが,こちらとしては,決定権限のある人と直接やりとりをしたいのです。そういうことを言うのは,私が組織人ではないからですかね。
 少し前に流行った「ブルシット・ジョブ」というのは,無意味で,つまらないもので,しかも相手方からも嫌がられるようなジョブのことであり,組織のなかでは,上司からこういうジョブが命じられることが数多くありそうです。ブルシットって,bullshit (牛の糞)のことで,酷い名称ですね。上司のみなさん,部下にそんな仕事をさせないようにしましょう。自分がかつてやらされていたからといって,それを繰り返してはいけません。
 個人の良さは,身軽で,意思決定が速いだけでなく,ブルシット・ジョブからも解放されていることかもしれません。もちろん私も教員としての面では,組織の一員であり,ブルシット・ジョブとまでは言いませんが,納得できないような仕事をせざるを得ないこともあります。そんな仕事であっても,定年までの辛抱だと思うと,むしろ楽しんでしまおうという気分ではありますが。

 

2022年7月16日 (土)

人間ドック

 先日の水曜日に,人間ドックに行ってきました。速報での結果は例年とそれほど変わっていませんでした。感覚的にも,無理した生活をしておらず,ただ在宅が多いので体重が少し増加していることは毎日の測定からわかっており,実際そのとおりでした。ショックであったのは,身長が縮んだことです。毎年少しずつ減っていて,どこまで減るのか心配です。でも,こればかりは老化現象なので,どうしようもないのでしょうね。
 胃の検査は,今回はないと言われて驚きました。これまでは,何も選択しなければバリウム検査だったと思うのですが,どうも胃の検査をするかどうかがオプションであったようで,何も選択しなかったので,検査はありませんでした(昨年は胃カメラを選択したので,このことに気づいていなかったのかもしれません)。まあ,ピロリ菌は陰性なので,2年に1回でよいかなと思っています。
 腸の検査はとくにしていませんが,腸はとても重要ということを, NHKプラスでみたヒューマニエンス「“腸” 脳さえも支配する?」でも採り上げていました。脳のない腸だけの動物の存在など,私たちの進化のなかでの腸の優位性がよくわかりました。脳の神経細胞は,もとは腸から生まれたのだそうです。たしかに,腸の健康が,精神的な健康に決定的な影響をもっていることは知っていました。ということで,私はゴボウ茶など腸環境によいものを好んで飲んでいます。
 健康診断の結果でメタボとされれば,特定保健指導を受けることが義務づけられ,その実施率が低ければ医療保険(共済)の保険料が引き上げられるそうです。しかし,この指導は専門職がやっているといいながら,私の経験ではとてもプロの仕事とは思えませんでした(前にも書いたことがあると思います)。国が健康に配慮してくれるのは有り難いと言うべきなのでしょうが,保険料の引上げといったムチの政策ではなく,いかにしたら個人が自ら健康管理ができるかを考えた誘導的な施策を採用すべきでしょう。たとえば,行動経済学の知見をとりいれて,AIを活用した自己健康管理を促すアプリを活用するなどです(厚労省は,デジタルは苦手かもしれませんが)。意味のなさそうな特定保険指導を受けなければならないと思うこと自体が,フラストレーションになって,精神的な健康によくないです。かりに特定保健指導を受けるとしても,せめて人間ドックにおいて受診機関を選択できるのと同様,実施機関を選択できるようにすべきでしょう。

2022年7月 9日 (土)

増税の条件

 7月6日の日本経済新聞における中外時評で,「増税認める社会の条件は」というタイトルの斉藤徹弥論説委員の記事が出ていました。「増税が受け入れられるには,負担増になる人が恩恵を受ける人に共感を抱き,情けは人のためならずと感じる想像力が要る。こうした社会は公共意識が高く,地域でも,国家でも,分断を避けられる余地があると感じる。」と書かれていて,国民の公共意識の重要性を説き,日本はこういうものが足りないのではないかという論調のように思えます。
 公共意識の重要性は言うまでもありませんし,高校の必修科目に「公共」が加わったことは,その内容がどういうものかということにもよりますが,基本的には妥当と思います。
 ただ増税を認めるための条件については,もう一つ重要な視点があります。記事のなかにも出てくる五百旗頭眞先生は,東日本大震災のあと,阪神大震災のときの経験もふまえて,震災復興税を唱えたという点について,もう一つ重要なことをおっしゃっています。先生は復興税の提言をされたあとに,「全額国費負担」となることを聞かされたそうです(https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/54486.html)。そのため,「結果として『国が負担するならやれることは全部やろう』ということが起きたと思う」とし,「日本全体が人口減少の局面にあるなかよりいいものを作ることと,より大きいものを作ることは別のことだ」という指摘をされています。つまり,税金の無駄遣いが起きてしまったということです。
 国民の不満は,復興税それ自体ではなく,それが無駄遣いされてしまったのではないかという疑念にあるのです。国民は,税金をどのように使うのかということについて,政府を信用して託したのに,その信用が裏切られたのではないかという不満があるのです。この点こそが,増税の前提条件に関係するのであり,その不満や懸念が解消されれば,おのずから国民は増税に応じるのです。
 持続化給付金の詐欺はひどいです。一般国民だけではなく,役人まで手を染めました。これは詐欺をしたほうが悪いのですが,でもこれほど多くの詐欺が起こるとなると,制度に欠陥があったといわざるをえないでしょう。これも税金の使い途に対する緊張感のなさにあるのではないか(いつものようにデジタル化の後れということなのですが)と思われてもしかたがないと思います。
 震災復興のときに財務省で財源確保の中心になったのが,今回,次官になった茶谷栄治さんと言われています。財務省の大エースで,満を持しての登板となった茶谷次官には,歳入面だけでなく,歳出面についても,しっかり役所の立場からコントロールしてもらいたいです。
 ところで,日経の記事のメインは,滋賀県の知事選で現職知事が「交通税」をかかげて戦っている点でした。たしかに,これなら使途も明確であり,その内容も正当なものと思われます。こういう増税はあってよいのです。もちろん無駄な支出を切り込んだうえでのことですが。
 一方,国政では,月100万円とはいえ,文書交通費についての杜撰な取扱いがやはり政治不信を生んでいます。ここで法改正をして,全額使途公開くらいやっていればよかったのですが,今回の法改正は,日割り支給を認めるだけで根本的な改正になっていません(名称も「調査研究広報滞在費 」に変わっていますが,これまでの目的外利用をただ正当化しただけとみえなくもありません)。これでは,余計に政治不信を生んでしまうでしょう。そんなことは十分に予想されるのに,でも改正できない国会議員をみると,やっぱり税金を託すことは難しいなという気持ちになってしまいます。国民が公共意識をもちたくても,もちづらくしているのは,政治の責任ではないでしょうか。

2022年7月 7日 (木)

サラダ記念日

 7月7日は「七夕」といっても,旧暦のものですから,今日じゃないよねと思いながらも,そんなことを言ったら,季節行事のほとんどは,日を変えなければならなくなるので,そこはこだわらないことにしましょう。
 7月6日は,俵万智の「サラダ記念日」の日でした。
  「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日。
 この歌しか知らなかったのですが,35周年ということで盛り上がっているようなので,Kindleで買ってみました。この本が出た1987年というのは,どんな年だったでしょうか。Wikipedia でみると,あまり私の記憶に残っていることはなかった感じがします。そのなかでも印象に残っているのが,自宅のあった西宮市で起きた赤報隊の事件です。35年前の憲法記念日でした。この事件は風化させてはいけません。また,ちょっと驚いたのが,巨人の江川卓が引退したのも,この年だったことです。もっと後だったような気がしていました(江川が引退を決めるきっかけとなった広島の小早川のホームランは,下宿のテレビで観ていました)。ということですが,いまから思えば,1987年といえば,やはり「サラダ記念日」の年だったということかもしれません。
 俵万智さんは,私より年齢が一つ上の同世代ですが,彼女はこの本で24歳で一気に大スターになったわけで,いわば同世代の出世頭という感じです。ちなみに先ごろ十七世名人になった谷川浩司さんも,私より1歳上ですが,彼は1983年に21歳で史上最年少の名人になっているので,これこそ同世代の大出世頭ですね。二人とも現役バリバリで,張り合うのはおこがましいですが,私も負けないように頑張りたいです。

 

2022年7月 4日 (月)

KDDIの通信障害

 IoT社会の恐さを感じましたね。スマホは,携帯電話としてはほとんど使っていませんが,いちおうKDDI系の格安の登録をしていて,これをメインとしているので,親族からの緊急連絡などで,つながらなければどうしようという恐怖を感じました。短時間で復旧するのかと思っていたら,全然そういうことではなく,私のスマホに携帯電話のアンテナが立ったのは,今日の夕方近い時間帯でした。自宅にいると複数の通信手段があるので,それほど心配はないのですが,外出時にこういうトラブルがあると困ります。通信手段を複数もって行動することの重要性を改めて感じました(最近はスマホで支払はすべて済ませることができるので財布を持ち歩かないことも多いのですが,公衆電話を使えるように小銭をもっておくことも大切ですね)。
 今回のことで一番困ったのは,KDDIの回線が使えないというニュースがあったとき,それによって何ができなくなるのかがわからなかったことです。例えば,近所のコンビニに行って,スマホで支払うことが可能であるのか,電車に乗るときにスマホのタッチ(私はSuicaを使っていますが)で大丈夫なのか,という情報は入ってきていませんでした。今回は外出していないので別に問題はありませんでしたが,こういうことについて迅速に情報を提供して欲しいですね。情報があれば,トラブルを回避する方法もあるので。
 こうした大きなトラブルが起こることを完全に避けることは難しいのかもしれません。もちろん,KDDIをはじめ通信会社は真剣に事故防止に努めてもらいたいですが,それと同時に,こうしたトラブルが起きたときのために,私たちはどのような予防策をとっておくべきなのかについてレクチャーしてもらいたいです。

2022年7月 2日 (土)

「育業」への違和感

 東京都が,育児休業の愛称(略称?)を,「育休」から「育業」にするそうです。小池百合子知事お得意のパフォーマンスという感じで,賛否両論があるようです。
 そもそも「育児休業」を「休む」ととらえているのは,これを「育児休暇」と間違って呼んでいる人が多いからではないかという気もします。法律上は,「休暇」ではなく,「休業」なのです。たしかに休業も「休む」ことではあるのですが,休業には,会社の都合による休業というものも含まれる概念(労働基準法26条を参照)で,年次有給休暇とは違うのです。実は,育休は,「休業」であるという本来の名称を徹底するだけでも,社会の意識は少し変わるのではないかと思っています。
 ちょうど10月から育児介護休業法が改正されて,男性の育児休業のいっそうの促進が図られるタイミングでもあります。何か仕掛けたいということかもしれませんが,どうせなら,言葉よりも行動であり,幹部職員がみんな率先して育休をとればどうでしょうか(最近では年の差婚もあるので可能性がないわけではありません。育児をしていない人は,年休を完全取得するのでもいいでしょう)。そうすると雰囲気が変わって,若い人も育休を取得しやすくなります。もっとやるなら,子どもが生まれたら,必ず夫婦やカップルはともに育休を取得することを義務づけてしまう方法もありえます(前にも,このようなことを書いたことがあります)。
 ただ,「育業」への根本的な違和感は,実はそういうことではないのです。育児を「業」務とすることに違和感があるのです。小池知事は,業には,仕事という意味だけでなく,「努力して成し遂げる」という意味があると言いますが,普通の人にとっての語感はやはり「仕事」でしょう。「育業」と言われると,なんだか仕事としてやることという感じがしてしまうのは,私だけでしょうか。育児というのは,人間にとっての基本的な営みです。ある意味で本能的なことです。どうしたら,もっと本能に回帰できる状況をつくれるかも,どうせなら考えてもらいたいです。ワーク・ライフ・バランスというのは,最近,あまり強調されなくなった気がしますが,それだけ浸透してきたのかもしれません。ワーク・ライフ・バランスの精神は,ワーク偏重の生き方を変えて,ライフにもっと目を向けることです。ライフは,生活だけでなく,生命という意味もありますし,人生という意味もあります。人間という「生物」として,「生命」に関わる場としての家族のことを考え,「生活」を充実させていくことが「人生」の価値であるとすれば,育児や介護が中心に据えられるのは当然のことです。仕事は,そうした人生の中の一部にすぎないのです。現実は,なかなかそうはいかないのかもしれませんが,「育業」は,ワーク・ライフ・バランスとは逆の,ライフもまたワークの論理に組み込んでしまおうという感じに思えて,昭和的なものだなと思いました。育児は大変なことであり,そのことにかんがみて,仕事と同格にしようとする発想はわからないではありませんが,それもやはり昭和的なのです。そもそもキャチフレーズ的な言葉で,こういうことをやるのには限界があるということでしょう。ほおっておいても,育児や介護のために休んだり,少なくともテレワークもとれないような職場には優秀な人材は集まってこないでしょう。育休は「育休」のままでよいです。

2022年6月18日 (土)

日本労働研究雑誌

 昔はこうだったとか言いだすと,若い人から嫌がられるのでしょうが……。
 日本労働研究雑誌で,いつ頃からか,労働法関連の論文がまったく掲載されない号がときどきあるような気がします(しっかり調べたわけではありませんが)。元編集委員としては,ちょっと残念です。論文を割り当てて依頼していたが,結局,原稿が出なかったということはあるのかもしれませんが,それはきわめてレアでしょう。例えば今年の4月号の「労働統計の現在とこれから」では,労働法に関する執筆者はいませんでした。この特集テーマであれば,「労働法は,労働統計とどう向き合ってきたか」とか,「労働法研究では,なぜ労働統計をつかった議論をしないのか」くらいの論考があってもよかったような気がします(執筆者は必ず見つけられますし,どうしても見つからなければ自分で書くのです)。
 とはいえ,私が編集委員から離れて,もう10年以上が経ち,その間にすっかりメンバーも入れ替わり,雑誌の編集の仕方も変わってしまったのかもしれません。編集委員長なるものがいるのも,昔と違っていますね。私がいたころは,あえて委員長なるものをおかず,編集委員がみんな対等に,異分野間での研究会をやるように議論していて,それがたいへん勉強になりました。まあ,委員長がいても,そういう議論ができないわけではないでしょうが。いすれにせよ,この雑誌において最も重要な投稿論文の審査では,他の分野のものでも,積極的に意見を述べ,専門外の者にも価値がわかるような論文でなければ通さないというくらいの緊迫した議論をする伝統は変わらないで残っていてくれればと思います。