一昨日の話の続きですが,出産後の女性の復職の問題を考える上で,やはりデジタル技術の活用と経営者の意識改革が重要だと思います。一昨日紹介した 『仕事と子育ての両立』(中央経済社) の第5章「子育て社員が働く環境」が,これに関係するところだと思いますが,この点には,ほとんどふれられていなかったのは(わずかにテレワークやICTという文言は出てきますが),おそらく日本の企業の現状では,テレワークやそれに適合した職場のデジタル化は,現実の課題として取り組むにはまだハードルが高いのかもしれません。
私の周辺でも,法学研究科の授業について,意外に若い先生でも,リモート授業に前向きではないという印象を受けています。若いから体力があるということではなく,むしろリモート授業は,授業のパフォーマンスを下げると真剣に心配しているようです。それは理解できないわけではありません。同僚の教員は,高学歴で優秀な人材であり,自分たちがこれまで受けてきた教育は,対面型であったわけです。彼ら・彼女らにとっては,リモート授業は,自分の成功体験をあえて捨てて,あらたなリスクの多い授業方法に取り組むことに思えるのでしょう。また,就職後に授業をするようになって,対面型のスキルをようやく身につけて,それなりに成果をあげてきたという自信もあるでしょう。そのスキルを捨てて,新たなリモート学習のスキルを習得するというのは,それが面倒であるということよりも,当初はおそらくパフォーマンスが下がるので,真面目に良い授業をしようと考えている教員にとっては望ましいことには思えないのです。自分が自信をもってできる対面型の授業を継続したいというのは,教育としての責任感からくるものであり,そうなると,なかなか変化は望めないことになります。
シニアの先生にも,同様の考え方の人は少なくないと思いますが,そうでない先生は若い先生よりも多いかもしれません(きちんとアンケートをとったわけではありませんが)。自分が学生時代に教育を受けたときから年数が経るにつれ,客観的に自分がやってきた教育方法を振り返り,その反省もふまえて新たなことにチャレンジする意欲をもちやすく,また,おそらくリモートでもやりこなせるという余裕と自信がでてきているからではないかと推察しています。
対面型にこだわる教員の気持ちもわからないわけではありませんが,だからといって変化をしないというのは,やはり間違いだと思っています。学生にとっての教育の質も,リモート学習で教員がスキルを高めれば,対面型よりはるかに高いものになる可能性があるのです。最初の2~3年は質が下がっても,たとえば5年後には質が上がるということであれば,全面的にリモート学習に踏み切って,そのためのスキル形成に取り組むべきであると思います。まずはリモート教育・学習のメリットをしっかり検証して,デメリットとの比較をし,そのうえで,前者に舵をきるべきとなれば,学長や理事のリーダーシップが必要です。同様のことは,企業や自治体にも,あてはまるでしょう。
現在,国会で審議中の育児介護休業法の改正案には,「住居その他これに準ずるものとして労働契約又は労働協約,就業規則その他これらに準ずるもので定める場所における勤務」という文言があり,これが「在宅勤務等」と略称されます。役所の文書では,これがテレワークと呼ばれています。改正案では,3歳未満の子を養育する労働者に対して,事業主が講じる措置(努力義務)のなかにテレワークが追加され,要介護状態にある対象家族を介護する労働者にも同様の定めが置かれています(24条の改正)。まずは第1歩を踏み出したというところでしょうが,今後はテレワークの位置づけをもう少し高めてもらいたいです。政府は「働き方改革の実行計画」のなかの「柔軟な働き方がしやすい環境整備」で挙げられていた「副業」の推奨にあれだけ熱心に取り組んできたのですから,今度はもう一つの柱である「テレワーク」の推奨にもっと取り組んでもらいたいです。
テレワークの効用については,ぜひ拙著『誰のためのテレワーク?―近未来社会の働き方と法』(2021年,明石書店) を読んでみてください。