労働判例

2024年7月 5日 (金)

あんしん財団事件・最高裁判決

 昨日の7月4日,最高裁の第1小法廷で,あんしん財団事件の判決が出ました。労災保険の不支給決定の取消訴訟について,原告適格を認めた控訴審判決を破棄する判決です。第1審の請求却下判決が結論として正当とされました。「違法性の承継」という行政法上の論点も関係する判決です。判決の分析は,今後しますが,ざっとみておくと,要するに,労災保険の支給決定がなされるとメリット制の適用により保険料が増額する可能性のある特定事業主は,保険料の決定の基礎となる労災保険の支給決定についての取消訴訟の原告適格があるかという問題で,最高裁はこれを否定したのです。
 条文上は,行政事件訴訟法9条1項の「法律上の利益を有する者」の解釈問題となり,その定義については,最高裁は「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者」として従来の判例を踏襲しています。そのうえで,本件では,「特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定に影響を及ぼすこととなるか否かが問題となる」とし,結論としては,労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に労働保険料の決定に影響を及ぼすものではないから、「特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない」として,原告適格を否定しました。
 なぜ労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に労働保険料の決定に影響を及ぼすものではないかというと,「特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は,当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならない」からだとします。
 最高裁は,労災支給処分によって労働保険料まで確定されるとすれば,事業主にこれを争う機会が与えられるべきであるが,それでは,労災保険給付にかかる法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれるとします。たしかに労災保険法は,被災労働者等の「迅速かつ公正な保護」を目的に掲げているのです(1条)が,それは「特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない」と述べています。
 また,「労災保険率は,労災保険法の規定による保険給付及び社会復帰促進等事業に要する費用の予想額に照らし,将来にわたつて,労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならない」とする労働保険料徴収法の規定(12条2項)との関係でも,「客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額を特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とすることは,上記趣旨に反するし,客観的に支給要件を満たすものの額のみを基礎としたからといって,上記財政の均衡を欠く事態に至るとは考えられない」ので,「労働保険料の額は,申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り,労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い」とします。
 ということで,労災保険の支給決定の手続は,労働保険料に影響をしないのであるから,事業主は,支給決定処分についての原告適格が認められる「法律上の利益を有する者」ではないとしたのです。そして,最高裁は,念のために,「事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において,当該保険料認定処分自体の違法事由として,客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから,上記事業主の手続保障に欠けるところはない」と述べています。これは現在の国の運用を認めたものです(以前は事業主には争う方法がありませんでした)。
 労働者の救済は迅速に行ったほうがよいが,事業主の保険料の確定は急いで決めなくてもよいので,そこはあとでじっくり(?)争えばよいということでしょう。ただ,事後の保険料の決定手続で,客観的に支給要件を満たさないことが確定すると,労働者側は根拠のない労災保険給付をもらっていたことになります。それは手続が別であるから構わないということでしょうが,常識的には違和感があるものではないでしょうか。また,労災保険の支給決定は,安全配慮義務違反による損害賠償請求の民事事件に実際上は影響するので,労働保険料だけの問題ではないという面もあります。事業主に取消訴訟の原告適格を認めるかどうかはさておき,労災保険の支給決定手続に,事業主にも何らかの形で手続的関与を認めるとしたうえで,被災労働者等の「迅速な」救済を図る工夫をすることこそ,「公正な」保護につながると思いますが,いかがでしょうか。手続の迅速化では,ここでもデジタル技術の活用をはじめ,いろんなアイデアがありそうです。以上が,まずは判決をみたときの雑駁な感想であり,このあと大学院の授業でみっちり検討したいと思います。

2024年6月11日 (火)

季刊労働法284号

 季刊労働法284は,前に土岐将仁さんの評釈を紹介しましたが,その他にも,いろいろ読み応えがある論稿が掲載されていました。なかでも,石田眞先生の,豊川義明『現代労働法論―開かれた法との対話』(日本評論社)の書評では,率直に批判的なことが書かれていて興味深かったです。
 石田先生は,豊川弁護士の「法解釈方法論」について,豊川弁護士の主張する「事実と法の相互媒介」の意味が必ずしも明確ではないと指摘しています。法的三段論法を重視すると,法規範どうしの比較や法律の違憲性の評価などのプロセスが判断外となる危険性があるとする豊川弁護士に対して,石田先生は,裁判の恣意を抑えるための法的三段論法の形式論理の重要性を指摘します。
 末弘厳太郎の「三つ巴」論にもあるように,事実認定,法律解釈,結論は,相互に独立した段階的なプロセスではなく,一体的なプロセスといえますが,ただ裁判として示されるときには,外形的には法的三段論法は維持される必要があり,このことにはあまり異論がないと思います。裁判では,結論を出すことを避けることはできません。どのような結論であれ,そこに至るまでの法的な形式論理がきちんとあるからこそ,裁判が恣意的な感情的な判断によるものでないことを,少なくとも外形的に示すことができ,裁判の信用性を担保することになります。
 一方で,裁判での事実認定は,純然たる客観的な事実の発見ではなく,裁判官による法的なフィルターにかけたうえでの「法的事実」の創出という面があります。そうした「法的事実」は,当然,適用すべき法律についての裁判所の解釈の影響を受けているわけで,純然たる客観的なものではないのです。「三つ巴論」のプロセスは,客観的な作業ではなく,裁判官の価値観に基づく事実認定や法解釈がなされています。判例評釈では,事実認定についての論評はしないものの,法解釈への論評は,事実認定への論評も包摂していることになります。
 ところで,話は少し変わりますが,季刊労働法の同じ号に掲載されている,新屋敷恵美子さんは「イギリスにおける労働者(Worker)概念と経済的従属性・コントロール・事業統合性」という論文のなかで,集団的労使関係法上の労働者概念について,イギリスの最高裁が,条文の文言の法解釈を重視しているのに対して,日本の労働組合法3条について,「どこか法から離れたものとなっている印象である」と書かれています(132頁)。イギリスでも,Uber判決にあるように, 法の規制目的は,法解釈で考慮はされるのですが,判決文のなかではそれをストレートに押し出すということはないということでしょう。これは先の議論でいうと,イギリスでは,形式的な法的三段論法を意識し,裁判所は,文言に忠実に解釈した法律を適用して事実にあてはめて結論を出すという形を厳格に維持しているといえるのかもしれません。この点で,日本の労組法3条のINAXメンテナンス事件などで,最高裁はもちろん法律を事実にあてはめて結論を出すという形はとってはいるのですが,適用すべき法律についての解釈が示されていないため,裁判所がピックアップした事実(あるいは判断要素)から,裁判所がしたであろう法解釈を推測するしかないということになっています。
 ところで,先般の事業場外労働のみなし労働時間制に関する協同組合グローブ事件の最高裁判決(2024416日)では,労働基準法38条の2の「労働時間を算定し難いとき」 について,従来の判例と同様,それをどのように解釈すべきかは示さないまま,たんに業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情の検討不足を指摘して原審に差し戻しています。この事件については,ビジネスガイドで連載中の「キーワードからみた労働法」の最新号でも採り上げていて,実務的にこの事件をどうみるかという観点から論評していますが,判決自体が「労働時間を算定し難いとき」をどう解釈すべきかを示していないので,その点の理論的論評は今回はしませんでした(同連載の以前の号ではやったことがあります)。
 ここであえて書くと,事業場外の労働であっても,GPS(Global Positioning System)機能を使えば技術的には移動履歴の把握は可能ですし,そのようにしてリモート監視下に置き,かつスマホなどで常時連絡が可能な状況にすることにより,具体的な指揮監督下に置くことができるので,労働時間の算定はできると考えられます。そうだとすると,技術的には労働時間の算定が困難な場合はほとんどなくなり,あとはそうした(情報通信)技術の導入についての費用面からの困難性をどう考えるか,そして在宅勤務の場合,リモート監視下に置くことがプライバシーとの関係でどうなるかというような,いわば規範的困難性をどう考えるかが論点となってくると思います。そして,こういう技術的,経済的,規範的な困難性についてどう解す
べきかこそ,本来,裁判所に判断を示してもらいたいところです。協同組合グローブ事件でいうと,GPSの導入可能性について経済的困難性がどれくらいあったか,また業務でGPSを活用することによる本人ないし訪問先(外国人研修生や研修実施企業)のプライバシー保護などの法的な問題による制約がどの程度あるのかなどのような,まったく異なる争点が出てくることになります。セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件(季刊労働法では,この事件の高裁判決の評釈も掲載されています)のようなMRに勤怠管理システムが導入されている事案で上告されれば,最高裁も何らかの法解釈の判断をすると思うのですが。

 

 

2024年6月 7日 (金)

非正社員労働法

 前にも同じようなことを書いたことがありますが,本日の法科大学院(LS)の授業のテーマが非正社員の処遇であったので,今日も書きます。
 労働法の授業における非正社員の比重が増大して久しくなります。とくに労働契約法の旧20条,短時間有期雇用法8条に関係する判例は,近年急激に増えたので,残念ながら2014年の『ケースブック労働法(第8版)』(弘文堂)では対応できません(丸子警報器事件しか掲載されていませんので)。 
 法科大学院の授業では,足らない部分は拙著『最新重要判例200労働法(第8版)』(弘文堂)(最重判)を指示しながら,判決文は自分でダウンロードするように頼んでいます。同書でも,ハマキョウレックス事件,長澤運輸事件,メトロコマース事件,日本郵便〔東京〕事件の最高裁判決を掲載し,さらに下級審ですが,九州惣菜事件も掲載しています。最低限これらの判決の学習は必要でしょう。今後も,不合理性をめぐって新たな判例が登場する可能性もありますが,さすがにこれ以上は事件の「数」を増やさずに,入れ替えをしていくことになるでしょう(将来的には,名古屋自動車学校事件の昨年の最高裁判決の差戻審が出て,それが上告されて新たな判断が出れば,入れ換えられる可能性は大きいと思っています)。
 拙著『労働法実務講義(第4版)』(日本法令)でも,「不合理な格差の禁止」は,それだけで15頁(936951頁)を割いており,かなりの分量です。多くの教科書でも,この部分の叙述は拡大傾向にあると思います。法科大学院生にとっても,学習の必要は高く,なかでも定年後の有期労働契約での再雇用時の労働条件の設定は重要な論点であり,日本郵便事件の雇止めのほうの最高裁判決(最重判65事件)も含め,しっかり広く勉強しておく必要があるでしょう。
 一方,政策的な観点からも,高年齢者雇用政策は重要です。これからは高年齢者雇用確保措置と高年齢者就業確保措置の対象年齢が5歳ずつ引き上がる可能性もあり,来たるべき75歳現役世代の到来に備えた政策や人事対応を考えていく必要があるでしょう。この点は,昨年,日本法令から出したDVD『企業における高年齢者雇用の論点整理』も参考にしてください。

2024年5月22日 (水)

社会福祉法人A事件

 神戸労働法研究会で土岐将仁さん(4月以降,所属は東京大学)に報告してもらったときにも,少し紹介した事件です(千葉地判2023年6月9日)。今回,季刊労働法の最新号(284号)で,土岐さんの評釈が掲載されたので,じっくり読ませてもらいました。労働密度が薄い夜間勤務の時間帯において,その時間帯が労働時間とされたことにより,深夜労働や時間外労働が発生することになったとき,割増賃金の算定基礎はどうなるのかが問題となっています。この問題は,有名な大星ビル管理事件・最高裁判決で,労働時間性の判断枠組みと並び,ほぼ決着がついている論点だと思っていましたが,この判決は,従来の判例に反する判断をしています。

 この事件では,雇い主は夜勤手当を支払っていますが,その額を時間数で割った額(この事件では750円)と原告主張の所定労働時間ベースの額とでは大きく差がありました。法文上は,算定基礎は「通常の労働時間の賃金」ですが,それが何なのかをめぐり争いがあります。最高裁は「当該法定時間外労働ないし深夜労働が,深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金」が算定基礎であると述べていますが,労働密度が異なる場合も同じように考えてよいのかは,理論的には問題となりうるところです。本判決は,労働密度が違う以上,所定労働時間の賃金を基礎にはできないとし,夜勤手当を算定基礎としました。
 この論点については,かつて研究会で梶川敦子さんが何度もとりあげて,精緻な分析をしてくださり(季刊労働法221号にも掲載されています),その度に勉強させてもらいました。今回,土岐さんが久しぶりにこの論点を取り上げ,裁判例や学説の状況をきれいに整理してくださって,また勉強になりました。土岐さんは,さらに自説として,労働密度が異なる(薄い)時間の労働について,算定基礎を変動させることは認められるとしたうえで,ただ,そのことが労働者に認識できるようにしておく必要があるとしています(本件では,この点について事業主側に問題がありました)。「通常の労働時間の賃金」は契約で決めることができますが,脱法を防ぐ必要はあるということです。なお算定基礎の下限としては,土岐さんは,所定労働時間の賃金の3分の1という基準もあげています(労働時間規制の適用除外が認められる断続的な宿日直労働に関する許可基準で挙げられている,同種の労働者の所定内賃金の平均の3分の1以上という基準を参照したものです[労働基準法413号,労基則23条]。なお,算定基礎賃金の下限については,最低賃金の規制のあり方とも絡んで難しい理論的課題を含んでいます)。

 このほか,もう一つ興味深い論点があります。時間外労働とは,法律の文言によると,「労働時間を延長」することです(労働基準法36条,37条など)。「延長」を規制しているので,延長の前提となる元の労働時間が何かが重要になります。普通に考えれば,所定労働時間となるのですが,本件のように所定労働時間帯が2つに分割しており(午後3時から9時と午前6時から10時。変形労働時間制が導入されていて,所定労働時間=法定労働時間が10時間),その間に夜間勤務がはさまっている(それが時間外労働であり,かつ一部が深夜労働)という場合,土岐さんが書かれているとおり,午後3時から10時間+休憩1時間が経過した午前2時からが時間外労働となるとする考え方もありえると思います。もしこう考えて,さらに土岐説のように,算定基礎が時間帯によって変わりうるとすると,夜勤手当の対象外である午前6時以降は,所定賃金を算定基礎とすることになりそうです(199頁)。算定基礎の変動を認めるかどうかはさておき,「延長」はどこを起点とするかは興味深い問題です。もし勤務間インターバルの規制が入ると,インターバル後の8時間+休憩時間を経過したところが起点となると考えてよさそうですが,現状ではどう解すべきかは,土岐評釈に刺激されてもう少し検討してみたくなりました。

 そもそも割増賃金の算定基礎という論点は,割増賃金制度における判例が前提とする趣旨(時間外労働の抑制と労働者への補償)からすると,どう解するのが制度趣旨に最も適合的かということをシンプルに議論していくことも必要なような気がしており,今後の課題です。

 ところで『人事労働法』(弘文堂)の発想でいけば,算定基礎の問題は,どうなるでしょうか。拙著では,この論点を扱っていませんが,追記するとすれば,次のようになると思っています。「標準就業規則」では,所定労働時間外の時間帯について,その性質の違い(労働密度の薄さなど)から,特別の手当(夜間勤務手当など)を支払うことにしている場合,割増賃金の算定基礎のデフォルトは,所定労働時間の賃金とすべきですが,納得規範に基づく「就業規則の不利益変更」の手続をふめば(過半数の納得同意を得ることと,少数派には納得同意を得るべく誠実説明すること),特別の手当を算定基礎とすることはできるということになるでしょう(37頁等を参照)。デフォルトは,やはり所定労働時間の賃金となるのです(判例と同旨)。

 なお,私の考えている労働法は,①「おこなわれている労働法」,②「あるべき労働法」,③「デジタル労働法」の3段階があり,労働法実務講義は,①が中心で,ときどき②を,人事労働法は,②が中心で,第10章は③を扱っています。今回の問題は,もし③のレベルで議論をすれば,あまり重要な論点ではなく(契約で自由に決めてよい),自己健康管理をしっかりサポートしようという話になっていきます。

 

 

2024年4月30日 (火)

女性管理職の妊娠・出産とキャリア

 アメックス事件の東京高裁判決(2023427日)は,女性労働者の妊娠・出産によるキャリアの中断という問題について考えさせる事件です。チームリーダーとして活躍していた女性従業員が,妊娠による悪阻などによる傷病休暇,その後の産前産後休業,育児休業を経て復帰したときには,企業の組織再編で,女性のチームは消滅しており,復職後は,部下のいない部署での業務に配置換えとなりました。ただし賃金は下がりませんでした。チームリーダーとしてバリバリ働いていた女性が,復職すると,部下はなく,やりがいのない仕事に配属となったということです。第1審は,経済的不利益がないことを重視して,均等法93項や育児介護休業法10条で禁止されている不利益取扱いではないと判断しました。しかし,高裁は,この判断を覆しました。有名な広島中央保健生活共同組合事件の最高裁判決(拙著『最新重要判例200労働法(第8版)』(弘文堂)の136事件)を参照しながら,これらの条文で禁止されている不利益取扱いについて,「基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても,業務の内容面において質が著しく低下し,将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては,労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」とする一般論を述べ,当該事案では,禁止されている不利益取扱いに該当することを認めました(結論として,会社の損害賠償責任を肯定していますが,債務不履行としているところは,どのような債務であるかは明記されていません。職場環境配慮義務違反というのが労働者側の主張ですが)。
 高裁判決も,女性をリーダーとしていた部署の廃止自体は不利益な取扱いではないとしていますが,その後の配置の仕方に問題があったということです。会社としては出産後の女性の負担を考えて,賃金を下げないまま,軽いポストにつけたということなのかもしれません(妊娠中の軽易業務への変更については,女性労働者が請求した場合における使用者の義務となっている[労働基準法653項])が,本判決は,上記のようにキャリアへの不利益も,法の禁止する「不利益取扱い」に該当するという解釈を示し,あとは判例が示していた不利益取扱いに該当しないと判断される2つの場合(自由な意思に基づいて当該措置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,業務上の必要性による場合で,法の趣旨・目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき)に該当するかをチェックするというものです(なお,不利益な取扱いが,休業取得などを理由としたものであるかも問題となります)。
 会社としては困った判決といえそうですが,不利益取扱いにならないようにするためには,労働者の同意を得るという方法はあり,判例の言葉を使えば,「自由な意思に基づいて当該措置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」であれば,不利益取扱い性は消失するのです。本件では,不承不承の同意であったということですが,逆にいうと,しっかり説明して,本人の納得した同意を得ていれば結論は違っていたのです。私は,この問題については,判例よりは少し労働者に厳しく,当該人事措置が就業規則や労働契約によって根拠づけられている人事権の範囲での措置であれば,あとは納得同意を得るように誠実説明をしていれば(かりに同意がなくても)有効となるという解釈をとっています(拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)201頁。納得同意や誠実説明の概念については,18頁以下を参照)。ただこの解釈であっても,本件の認定事実からすると,誠実説明が不十分であるので,結論は判決と同じになっていたでしょう。
 いずれにせよ,この判決は,キャリア権の労働契約論への影響についての一適用事例と位置づけることができるでしょう。これまでも,キャリア権の観点から,配置転換における労働者の不利益においてキャリア面での不利益が考慮されるべきという解釈や,就労請求権との関係で,たとえ賃金を支払っていても,キャリア面を考慮すると同請求権を肯定すべきという解釈がありましたが,今回の事件は,この両面にかかわるものとして,キャリア権論をさらに豊かにする意味があると思います。
 なお,『労働法実務講義(第4版)』(日本法令)ではアメックス事件は地裁判決の紹介にとどまっているので(863頁),この判決は補遺に追加しておきます。また,上告審で取り消されなければ,「最新重要判例200労働法」の次版において,稲門会事件(137事件)との入れ替え候補になりそうです。

2024年4月18日 (木)

協同組合グローブ事件

 416日に協同組合グローブ事件の最高裁判決が出ました。日本経済新聞に私のコメントが掲載されました。時事通信社からの取材も受けてコメントをしたのですが,それは私のみるかぎりアップされていませんね。詳細な分析は,そのうちビジネスガイド(日本法令)の「キーワードからみた労働法」でとりあげる予定ですが,とりあえず言えることは,本判決は新たな法解釈を提示したわけではなく,事例判決の積み重ねをしたにすぎないことです。また高裁判決において,ややずさんな業務日報の「正確性の担保」の認定がされていたところが突かれたものであり,それがこの事件のポイントでした。もっとも,業務日報による管理ということにどれだけの意味をもたせるのがよいかは難問です。正確な業務日報であればあるほど,みなしは適用されにくくなるとすれば,企業側はそうした業務日報を作成しなくなるかもしれません(もちろん,きちんとした労務管理をするためには,業務日報は必要なので,その意味では労働時間のみなし制に関係なく,正確な業務日報を作成するインセンティブはあるのでしょうが)。また,そもそも「労働時間を算定し難い」かどうかを技術的な困難性という観点からとらえると,実は現代社会では,GPSその他のICTの活用により,本人の行動を完全に把握することは可能で,それはテレワークの場合も同じです(監視カメラとAIによる分析などを組み合わせれば,業務状況の把握はできます)。となると,事業場外労働のみなし制が適用される場面はほとんどなくなるのです。これでよいのか,ということです。林補足意見は,テレワークにも言及しながら,裁判所としては,事業場外労働のあり方が多様化しているなか,「個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で」,「労働時間を算定し難いとき」の判断をすべきとしていますが,結局それは,明確な基準がないなかでカズイスティックな(casuistic)判断をするよう求めるものであり,技術的困難性をどう考えかも含め,裁判所にかなり負担のかかることを求めているように思います(もちろん,裁判所は求められれば判断はするでしょうが,結論の予測可能性は低くなります)。
 しかし翻って考えると,労働時間の把握をしようとすること自体,そもそもおかしいというのが私の主張ですので,みなし制などはやめて,健康管理にシフトすればよいということになります。この点については,ジュリストの最新号の「労働時間規制を超えて」を参照してください。

 

 

2024年3月27日 (水)

早稲田大学事件を素材に「採用の自由」を考える

 先日の神戸労働法研究会では,早稲田大学事件(東京地判2022年5月12日)も採り上げました。公募の教員募集の選考から落ちた大学教授が訴訟を起こした事案です。明治大学商学部教授と所属する労働組合東京ユニオンが原告です。原告が提訴に至った経緯は,ネット上でもみることができます。
 原告Aは,被告であるB大学の大学院アジア太平洋研究科の専任教員の公募に応募しましたが,書類審査で不合格となりました。そこで,Aは大学側が採⽤選考過程や評価基準について情報を開⽰し説明をする義務に違反し,Aの採⽤選考に対する期待権や社会的名誉を侵害したと主張して,不法⾏為に基づく損害賠償⾦等の⽀払を求め,またAの加⼊する労働組合が,大学側が採⽤選考過程等に関する情報開⽰や説明を交渉事項とする団体交渉を正当な理由なく拒否したと主張して,団体交渉を求める地位にあることの確認と,不法⾏為に基づく損害賠償の⽀払を求めました。すべての請求が棄却されました(Aからの未払賃金の請求は認容されました)。
 個人情報保護法上の個人情報の開示は,現行法の条文でいえば33条1項に基づき請求できますが,その対象となる個人情報は,「保有個人データ」であり,「個人データ」は,「個人情報データベース等を構成する個人情報」であるので,本件では,選考過程での個人の評価などが,データベース化して管理されているかが,まずポイントとなります。このような「個人データ」が存在していないとなれば,開示請求を受けた個人情報取扱事業者は,遅滞なくその旨の通知をしなければならず(同条3項),その際には,本人にその理由を説明する努力義務があります(同法36条)。
 本判決は,個人保有データ該当性を否定したので,この論点はそこで話が終わっています。ただ,判旨は,かりにAの個人情報がデータベース化されている場合であればどうだったかについても判断しています。個人情報保護法33条は,「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」には,個人情報取扱事業者は開示を拒否できると定めています(2項2号)。この点について,本判決は,「B大学は,採⽤の⾃由を有しており,どのような者を雇い⼊れるか,どのような条件でこれを雇⽤するかについて,法律その他による特別の制限がない限り,原則として⾃由にこれを決定することができるところ,⼤学教員の採⽤選考に係る審査⽅法や審査内容を後に開⽰しなければならないとなると,選考過程における⾃由な議論を委縮させ,B大学の採⽤の⾃由を損ない,B大学の業務の適正な実施に著しい⽀障を及ぼすおそれがあるからである。したがって,B大学は,個⼈情報保護法28条[現在は33条]2項2号により,これらの情報を開⽰しないことができる」としています。ここでは「業務の適正な実施に著しい⽀障を及ぼすおそれ」の解釈において,三菱樹脂事件・最高裁判決の影響が及んでいることがわかります。ただ,同判決のいう「法律その他による特別の制限」に,個人情報保護法33条があてはまるとする解釈もありえるでしょう。ここでは,開示の例外となる開示拒否事由の判断のところで採用の自由を重視した解釈をとるのか,あるいは保有個人データの開示規定は,「法律その他による特別の制限」と解して,「業務の適正な実施に著しい⽀障を及ぼすおそれ」の該当性は,きわめて限定する解釈をとるのかによって結論が違ってくるでしょう(なお,個人情報保護法のガイドライン(通則編)3-8-2では,「個人情報取扱事業者の業務の実施に単なる支障ではなく,より重い支障を及ぼすおそれが存在するような例外的なときに限定され,単に開示すべき保有個人データの量が多いという理由のみでは,一般には,これに該当しない」とされていますが,具体性に乏しいので,あまり参考になりません)。三菱樹脂事件・最高裁判決の伝統的な解釈であれば,前者となりそうですが,同判決の妥当性が揺らいできているともいえるので,後者の解釈も可能かもしれません。
 なお,Q&Aでは,「個人情報取扱事業者は,雇用管理情報の開示の請求に応じる手続について,あらかじめ,労働組合等と必要に応じ協議した上で,本人から開示の請求を受けた保有個人データについて,その全部又は一部を開示することによりその業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合に該当するとして非開示とすることが想定される保有個人データの開示に関する事項を定め,従業者に周知するための措置を講ずることが望ましいと考えられます」と書かれています。これは「望ましい」というレベルの話ですが,ある種の「共同規制」を認めたといえるかもしれません(33条2項2号の内容の具体化は,労使の合意で決めてよいということ)。もっとも,本件との関係では,採用の自由論をあてはめると,「雇用管理情報」に採用選考に関する情報は含まれないということになるかもしれません。
 以上のような個人情報保護法の議論とは別に,採用の自由との関係では,そもそも本件で問題となっているような不採用に関する情報の開示を認めることの適否という論点もあります。実はこの論点は,かつて守島基博さんと『人事と法の対話―新たな融合を目指して』(有斐閣)のなかで議論したことがあります(8~9頁)。そこでは,新卒採用の場合を中心に論じていますが,中途採用であっても,正社員採用の不採用理由開示は難しいという話が出てきています。
 もちろん教員のような専門職となると話は違うともいえそうです。ただ,大学の教員といっても,実情をみると,完全に専門職として扱われているとは言い難いところもあるのであり,そうしたなかでは,社風(学風)にあうなどの非言語的な要素(組織のために膨大な雑用に忠実に専念できる姿勢など)を重視することは避けられないのです。そうなると,やはり理由開示は難しいという議論があてはまりそうです。
 では,これでよいかということですが,私は『人事労働法―いかにして法の理念を企業に浸透させるか』(弘文堂)において,「企業は求職者の能力や適性のみを基準として採用選考を実施するよう求められていると解すべき」とし(63頁。93頁も同旨),「今後は,……ジョブ型雇用が増えていくことが予想されるので,従来の採用の自由論は修正を余儀なくされるだろう」(63頁)と書いています。こうした考え方からは,開示についても積極的に求められることになるでしょう。研究会で私が意見として述べたのは,企業は,少なくとも採用基準を開示した場合には,その基準にどのような理由で合致しなかったかの説明をする必要があるのではないか,ということです。採用基準の開示は,適切な人材を獲得するために必要なことであり,とりわけ中途採用の場合には必要なことでしょう。しかし,開示した以上は,そのあとの選考理由についてもきちんと開示すべきということです。これは企業にとって負担の重いことですが,抽象的な基準を開示したければ,そうする自由はありり,その場合は不採用の事由の説明も抽象的なものでたります。あとは求職者が,企業の採用基準の開示に関する姿勢を判断するということです(採用基準が抽象的であれば,優秀な人材が集まりにくいでしょう)。いずれにせよ,これは手続的なルールであり,実体上は,前述のように,能力と適性のみを採用基準とするのが,労働法の理念に適した採用となると考えています(もちろん,その能力の意味は,ある程度広くとらえるべきでしょう)。
 本件で,B大学側が示していた採用条件は,「〔1〕原則として博⼠学位を有すること,〔2〕博⼠学位取得後,B⼤学⼤学院アジア太平洋研究科の修⼠課程及び博⼠後期課程の研究指導,講義科⽬を担当できるに⼗分な期間の研究教育上の経験及び実績を有すること,〔3〕博⼠後期課程で研究指導を担当できるに⼗分な質及び量の研究実績を有すること(具体的には,邦⽂⼜は英⽂による既刊研究論⽂7本以上の研究業績を有し,うち少なくとも3本は評価の⾼い学術誌に掲載された査読付き論⽂であること),〔4〕⽇本語及び英語の両⽅で授業を担当できること,〔5〕科学研究費補助⾦など競争的外部研究資⾦を代表者として獲得した実績,⼜は同等の優れた職務経験を有すること,〔6〕B⼤学⼤学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターなどの業務運営の諸役職・委員等を,責任をもって遂⾏できること,〔7〕B⼤学⼤学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターの研究・教育活動に貢献できること」とされていました。これらの条件を開示している以上,これらの条件との関係で,Aがどう評価されて不採用となったかの理由や過程を開示することは必要ではないかと思われます。大学側としては困るかもしれませんが,公募をする以上は,やむを得ないのです。ただし,こうした意見には,研究会のなかでも,当然のことながら反対論がありました。いずれにせよ個人情報保護法の解釈とは別に,採用にどこまで法的な介入ができるのか,あるいはそうすべきかということをゼロから再検討し,どんな形であれ,三菱樹脂事件・最高裁判決の束縛から解き放たれていく必要があるように思います。
 もう一つ,団体交渉のところの論点では,判決は,「Aは,B大学から⾮常勤講師として雇⽤されていたものであり,また,B大学にはAに対する本件情報開⽰・説明義務が認められないことは前……⽰したとおりであるから,専任教員に係る本件公募の選考過程は,AとB大学との間の労働契約上の労働条件その他の待遇には当たらない」としています。義務的団交事項は,現存する労働契約の労働条件その他の待遇に限定されるのかは疑問があります。組合員であることを理由とする採用拒否を不当労働行為とみる通説の立場からすると(判例も例外的にではありますが不当労働行為の成立可能性を認めています),そうした場合には労働契約成立前の選考過程のことについても団交事項とすることは当然のことといえるので,義務的団交事項としてよいと思われます[追加:。これは使用者性の問題とも関係しています]。ましてや本件のように純然たる新規採用とはいえず,すでに非常勤講師としては契約関係があった場合には,判決の結論には疑問があるところです。 ただし,私見では,個別的事項は義務的団交事項には含まないと解しますので,結果として不当労働行為は成立しない[追記:し,本件では損害賠償請求も認められない]ことになります(前掲『人事労働法』245頁。なお,当然のことですが,私は,労働委員会の委員として仕事をする場合には,私見ではなく,判例・通説にしたがっています)。

 

2024年3月25日 (月)

ファーストシンク事件の示唆するもの

 先日の神戸労働法研究会では,ファーストシンク事件・大阪地判(2023421日)が採り上げられました。アイドルグループのメンバーの労働者性が争点となっていますが,事件は芸能事務所が,辞めたタレントに対して,契約違反があったことなどを理由に,契約書に基づき,1200万円×5回分の違約金1000万の請求をしたというものです(元タレント側からは未払賃金請求の反訴)。

 判決は,このタレントは労働者性があるので,違約金の約定は労働基準法16条に違反するとして,請求を棄却しました。労働者性が認められるかどうかは微妙なところです(後述)が,かりに労働者でないとしても,公序良俗違反であること(民法90条)は言えそうな事案であったと思います。ということで,結論は妥当ですが,それは労働者性があるからではなく,契約内容が不当だったからです。
 この事件は,労働者性をめぐる議論が,いかに争点を誤誘導するかを示していると思います。労働基準法の労働者性というのは,労働基準法の適用範囲を画定する概念です。労働者性概念が実際に意味をもつのは,労働基準法の規制内容が,労働基準法に固有の内容を含んでいる場合です。そこでいう固有の内容にも,実体面と制裁面とがあり,労働基準法が,民法の公序良俗違反の範囲を拡大して定めているとすれば,そこには実体面に固有の内容があることになり,また,公序良俗違反ではあるが,強行的・直律的効力を認めたり(一部無効の法理の特別規定),罰則や行政指導などの公法的なサンクションが付着したりする場合には,そこに制裁面における固有の内容があることになります。ただ後者の制裁面の固有の内容については,脱刑罰化論などもあり,立法論としては,規定によっては労働基準法から外してもよい(民法の公序良俗違反にゆだねる)ものがあると思います。これは労働者概念の多様化とも関係しており,多様な労働者を一律に強い制裁内容をもつ労働基準法の適用下に置くべきではないということです。

 実は私が労働者概念を自身の研究テーマから外したのは,労働者かどうかよりも,個々の就労者や個々の契約に対してどのような法的ルールを適用すべきかという議論をすることこそ重要ではないかと思ったからです。こうした発想で最初に書いたのが,1999年に発表した日本労働研究雑誌「労働保護法の展望-その規制の正当性に関する基礎的考察」(日本労働研究雑誌47032-42頁)です(その内容は,現在の「労働基準関係法制研究会」の問題関心と重なる部分がかなりあるように思います)。2004年に発表した「従属労働者と自営業者の均衡を求めて-労働保護法の再構成のための一つの試み」『中嶋士元也先生還暦記念論集 労働関係法の現代的展開』(信山社)47頁以下は,それをさらに展開したものです。また,その間に発表している「労働法と消費者契約」ジュリスト120090-98頁(2001年)のなかでは,労働基準法16条を正面からとりあげて,違約金について労働者性の問題で処理することの疑問を明確にしています(91-92頁)。

 このような問題意識を四半世紀前からすでにもっていた私としては,本件のような違約金の問題を労働者性の問題として処理しようとすると,やはりおかしくなるな,ということを再確認できたような気がしました。労働者性の判断基準としてみると,指揮監督がどうかとか,諾否の自由がどうかとか,出口のない議論に陥りがちで,あげくは,アイドルや芸能人は独自の基準でやらざるを得ないというようなところに落ち着いてしまいかねないのです。

 本判決は,結論はこれでよいと思いますが,それは当該タレントが労働者であるからではなく,契約内容が単にひどいからです。だから労働者性が否定されても仕方がないような芸能人でも,多額の違約金の約定がある場合であれば,あきらめてはいけないのです。なお,今後は,これはフリーランス法の問題となるかもしれませんが,高額の違約金だけではフリーランス法には直接抵触しないと思われるので,そうなると独禁法の優越的地位の濫用の問題として扱われ,いずれにせよ公正取引委員会マターとなるでしょう。ただ私法上の問題であれば,公序良俗違反で裁判で戦うことになります。

 ところで,こういう裁判は,芸能事務所がいかにひどいことをやっているかを示すことになりかねず,どうしてこんな訴訟を事務所側から起こしたのか理解に苦しむところです。労働者性が肯定されると,すでに退職しているとはいえ,労災保険や雇用保険,社会保険の未加入問題も出てくるのであり,司法手続とは別の手続とはいえ,実務上はどう処理されるのでしょうかね。私が弁護士なら,こういう裁判は,あぶなくてできないですね。

 ただもう少し考えると,芸能事務所は,タレントの育成などいろいろ経費がかかっているし,本人も自分の夢のために,契約内容を理解して署名しているので,そうみると当然にはこの違約金が不当とはいえないかもしれません。本件では,弁護士がそういう事情をふまえて提訴していたのであれば,そのことについて理解できないわけではありません。また1200万円なんて違約金は,普通の労働者なら署名しないので,そうした額について署名すること自体,労働者性を否定する要素といえなくもありません。高額の違約金があるから労働者としての拘束性が生じるのではなく,そうした違約金に署名すること自体,労働者性を否定する徴表であるともいえるのです。ということで,労働者性を認めることについては,かなり疑問があるのですが,ぞれでも社会通念上は,個人への1000万円の違約金の請求は無茶苦茶であり,結論は動かせないところでしょう。

 

 

2024年1月30日 (火)

若い医師の過労死・過労自殺を防げ

 研究者コースの大学院の授業で,長崎市民病院事件・長崎地裁判決(2019527日)を扱いました。医師の過労死について病院側の安全配慮義務違反が問題となった事件です。昨年は,近所にある甲南医療センターの医師の自殺が問題となりました。若くて優秀で真面目な人ほどリスクが高くなるという印象があり,それでなくても医療人材の不足が言われているなか,社会的に医師の過労問題には真剣に取り組まなければなりません。2024年問題もあります。
 裁判では遺族に対する事後的な補償しかありません。これにより病院側が経営体制を刷新して,働きやすい環境になればよいといえるのですが,問題はそう簡単にはいきそうにない点にあります。
 医師には,まず患者への対応という本来の業務があります。救急の患者もあり,患者の受け入れ態勢いかんでは,休息を十分にとれないことがあります。宿日直当番もあります。労働時間はもちろん適切に算定され,時間外労働に対しては割増賃金が支払われるのが大前提なのですが,それが医師の業務を軽減するわけではありません。
 患者への対応ということに限れば,病院が業務量を減らすためには,患者の受け入れを減らすしかありませんが,これでは住民の医療ニーズに応えられなくなる懸念があります。病院ができることとしては,医師の増員,業務の効率化(DXなど)によって医師に雑用をさせないことなどが挙げられますが,これには相応の費用がかかります。その費用については,税金を用いる価値があると思いますが,コロナ禍での補助金不正申請などもあり,簡単にはやりにくい状況があるかもしれません。
 医師の増員については、まずは医学部に入ろうとする若者の数を増やす必要があります。ただし,質の低い医師が増えることは避けなければなりません。これらをふまえると,教育体制をしっかり整備し,優秀な人材が長く安定的に働けるようにすることこそ,国が積極的に取り組むべき課題と言えるでしょう。授業の中では,宇沢弘文の「社会的共通資本」の話もしました。医療は社会的共通資本であるということを前提に,その公的目的から,市場メカニズムには不適合で,倫理性の高い専門家による自主的な管理が望ましいといえそうですが,
 ところで判決にもどると,自主的な研鑽は病院内で行われていても,労働時間に該当しないとしています。学会への参加やその準備に要した時間も自主研鑽の範疇に入るとして,やはり労働時間該当性が否定されました。「自主的」である以上,使用者の指揮命令下に置かれていた活動とはいえないということでしょうが,「自主的」という名の強制のおそれもあります。これは,あたかも大学受験する学生が,試験前に受けるプレッシャーと同じようなものなの(大学受験も自主的なものです)か,職場の上下関係において暗黙のプレッシャーがあるのかといったことは,よくわかりません。でもこの種の「自主研鑽」が,若い医師を時間的にも精神的にも追い詰めているという話はよく耳にするので,せめて労働裁判では,このあたりの自主性はしっかりチェックしてほしいですし,行政は,自主研鑽とされているものでも,ある種の活動に過労につながるリスクがあるのであれば,それについて枠をはめるような介入(ガイドライン策定など)をしてもよいかもしれません。
 昔はみんなやっていたから,お前たちも従え,というような昭和的な価値観は,令和の時代には通用しません。若い世代は,上司世代とは,まったく違った環境で育ち,違った感覚で働いているという意味で,外国人に接するのと同じようなつもりで臨んだほうがよいのです。
 判例研究のつもりの授業が,いつのまにか医師が過労に追い込まれないようにするにはどうしたらよいか,ということを考える授業になっていました。

 

2024年1月23日 (火)

労災保険のメリット制

 大学院の授業で,あんしん財団事件の東京高裁判決(2022年11月29日)を素材に議論をしました。労災保険の支給決定について,事業主に取消訴訟の原告適格を認めた判決に対して,疑問はあるとしながら,メリット制の対象となる特定事業主の手続保障はどうなるのかが議論の焦点となりました。
 行政の通達(2023131日基発01312号)は,特定事業主は,保険料の決定を争う取消訴訟で,支給要件の非該当性の主張はできるとし,ただ,そこで勝訴しても,支給決定が取り消されることはないという立場です。この内容は妥当といえますが,実は,あまり知られていないようです。それでは特定事業主の手続保障につながりませんが,通達とは異なる内容の上記の高裁判決が出ており,それは上告されているので,最高裁が,高裁判決を支持する可能性がある以上,最高裁が決着をつけるまでは,積極的に周知しづらいのかもしれません。
 ところで,この問題はメリット制とは何かというところから考えていかなければなりません。メリット制が,労災予防へのインセンティブという意味をもっているとするならば,この事件でも問題となったような精神疾患の事案で,メリット制がどれだけ予防に効果的かということを,よく検討する必要があると思います。精神疾患の認定基準は変更されて,業務起因性が認められる範囲が広がってきて,それ自体は理解できることですが,その分だけ予防という点では,事業主にすると結果論ではないのかと考えたくなるケースが増えるおそれがあります。そう考えると,労災保険法の目的にもある「迅速かつ公正な保護」(1条)という要請が,誤った支給決定を争う機会を事業主から奪うほどの強い正当理由になるかは,慎重な検討が必要でしょう。
 このほか,メリット制を適用するとしても,少なくとも事業主に過失がある場合に限定すべきではないか,というような議論も,授業の中では出てきました。
 思うに,工場労働のように,労災のパターンが比較的予測されやすく,それゆえ事業主の予防策もある程度明確である場合には,無過失責任による補償責任(労働基準法の災害補償責任)を認めることは,理解を得やすかったと思います。無過失責任といえば,報償責任や危険責任という観点から説明されるのが普通ですが,加えて,事故類型から過失を推認しやすいという点で,あえて過失を問わなくてもよいという説明も付加できるような気がします。それだけなら過失の推定をして,使用者に反証の余地を与える手続のほうがよいのでしょうが,そこに労働者の迅速な保護という理由を持ち出すことができるのだと思います。もしこうした説明ができるのならば,精神障害のような事案になってくると,そのパターンは多様であり,予防策も多様となり,「これをしていなかったから過失が推定される」とは言いにくいケースが増えてくると思います(実際,あんしん財団事件では,いったんは不支給決定となり,労働保険審査会での再審査でそれが覆ったという微妙な事案でした)。そうなると,無過失責任の正当化根拠がゆらいでくることになり,そのようななかで(労働基準法の災害補償責任の責任保険である)労災保険の支給決定がメリット制に反映してくるとなると,どこかの段階で事業主に反証を認める機会を設けるべきという意見が出てきてもおかしくないのです。それが違法性の承継を認めるというようなやり方か,事業主に支給決定についての取消訴訟の原告適格を認めるか,あるいは,昨年の行政通達のようなやり方によるのかはさておき,何らかの手続は必要となるでしょう(あんしん財団事件では,事業主側のメリット制適用の結果の差額が合計で約760万円とかなり大きいことから,こうした手続の必要性をいっそう意識しやすくなるでしょう)。
 労災補償とはそもそも無過失責任なのだからとか,支給決定の誤りは想定されているとか,そういった議論もできそうですが,やや乱暴な感じがします。もちろん精神疾患について,事業主がしっかり取り組むことは当然のことです。しかし,労災予防策は,メリット制ではなく,違った方法のほうが効果的ではないか,という問題意識をもった検討も進めるべきでしょう。
 いずれにせよ,原告適格の問題は,行政事件訴訟法9条の解釈問題ではありますが,同条2項に「当該法令の趣旨及び目的を考慮する」となっているので,労災保険法の問題にもなってくるわけです。その際は「迅速かつ公正な保護」ということの意味を深く考察していくことが必要であると思っています。

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