労働判例

2023年2月 2日 (木)

ベルコ事件(労働者派遣編)

 ベルコ事件は,北海道労働委員会の命令について評釈を書いたこともあり関心をもっています。ベルコとの雇用関係の存否を争った民事訴訟もいくつか提起されていますが,本件の特徴は,ベルコの代理店が雇用するFA(営業職員)と,ベルコとの間に,労働者派遣法40条の6に基づき,直接雇用関係が成立するかという論点が加わった点です(札幌地判2022225日)。裁判所は,結論としては直接雇用の成立は否定しましたが,違法派遣に該当するとして,労働契約の申込みのみなしまでは認めました。
 労働者派遣法40条の6関係では,ここ最近,裁判例が次々と出てきていますが,その多くは偽装請負関係の事件(5号事件)です。本件は,無許可派遣の事件(2号事件)である点で珍しいです。5号事件では法の免脱目的という要件がありますが,2号にはそれはありません。全体にかかる,善意無過失による免責はありますが,潜脱目的なしで直接雇用が認められるとすると,この規定が違法派遣へのペナルティの趣旨をもつことを考慮すると,派遣先に酷に失することにならないか,という疑問もあります(なお,本判決では,善意無過失の有無は争点となっていないようです)。
 5号事件が偽装請負かどうかの判断が難しいのと同様,2号事件でも,事業許可が必要な労働者派遣事業がなされているかの判断は難しいでしょう。本判決は,代理店が労働者派遣事業の事業主に該当するかどうかについて,次のように述べています。
 「労働者派遣事業に該当するか否かを判断するに当たっては,請負等の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させることを業として行う事業者であっても,当該事業主が当該業務の処理に関し,①自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること,及び,②請負等の契約により請け負うなどした業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであることのいずれにも該当する場合を除き,労働者派遣事業を行う事業主とするのが相当である」。
 ここでも「直接利用」とか,「独立して処理」といった,判断が難しい概念が用いられています。
 昨年末,大学院の授業でこの事件を扱ったとき,報告してくれた学生は,立法論としては,40条の6の労働契約申込みみなし制という実務上も理論上も問題がある方法ではなく,派遣先・派遣元に対して,一定の猶予期間を与えて,契約内容を是正する義務を課し(適切な契約形式への変更,労働者への金銭解決の選択権の付与など),その義務を履行しない場合にはじめて強制的な方法(派遣先との契約の擬制など)をとるようにしたらどうかという興味深いアイデアを提示してくれました。私は,行政による事前認証を提案したりもしていますが,いずれにせよ,労働者派遣法の規制下に入るかどうかが,裁判をしなくてはわからないという不安定な状況をどう回避するかが重要だと思います。
 ところで,本判決の最終的な結論は,直接雇用のみなし申込みはあるものの,労働者からの「承諾」がなかったとして直接雇用は認めず,承諾を妨害したことについての不法行為の成立しか認めませんでした。そもそも申込みも「みなし」にすぎないのであり,それについての承諾も,かなり”フィクション”の要素を採り入れなければ,なかなか,直接雇用の成立は認められないでしょう。40条の6について立法論的に批判する私のような立場からは,結論はそれでよいということになりますが,この制度を内在的に検討するかぎり,承諾を厳格に解することには疑問がありえます。もちろん,もし明示的に申込みをされていれば,承諾していたであろうというような場合にまで,広く承諾を認めてしまうと,この規定の適用範囲は拡大しすぎてしまうおそれがありますが,だからといって,承諾の存否を厳格に判断するのは,労働契約申込みみなし制度を前提とする以上,一貫しないようにも思えます。むしろ派遣先がペナルティを課すにふさわしいかどうかの判断要素となり得る悪意・有過失についてこそ厳格にみていくべきではないでしょうかね。このほかにも,この判決には,ベルコが労働者に雇用関係にないことの確認書を出させていたことなどを,労働者がみなし申込みに対して承諾をする選択権を奪ったとして慰謝料を認めたことについても,やや強引な感じで,疑問があります。

2023年1月28日 (土)

神戸労働法研究会

 今日の神戸労働法研究会では,オランゲレルさんが,ジェンダーの観点から東亜ペイント事件と明治図書出版事件を検討する報告をしてくれました。いまさら東亜ペイント事件か,という気もしますが,転勤問題を考えるうえでの基本となる判例で,いつもながらこの問題については,いろんな角度から議論がでてきて盛り上がります。みんな転勤については一家言あるような気がします。
 共働きが当たり前の時代に,配偶者の仕事の継続に影響があるような転勤なんて論外じゃないか,いや家庭負担がある従業員だけ転勤について配慮してもらえるのは不公平ではないか,というような議論もありうるところですが,そもそもテレワーク時代に転勤なんてどうなのという気もします。私は,『人事労働法』(弘文堂)では,転勤は人事異動と切り離して,ワーク・ライフ・バランスを扱った第7章に入れていますが,そこでは住居の移転をともなう転勤については命令できないことをデフォルトとし,こうした命令をする条項を就業規則に採り入れるためには,私のいう「標準就業規則の不利益変更」の手続をふむ必要があり(37頁),そのうえで実際に転勤を命じるときには「誠実説明」(その内容は18頁)が必要という見解をとっています。これは個別的同意説ではありませんが,それに近いようなかなりハードルの高い要件を設定しています。
 もう一人は経営学研究科の社会人院生の方に,神社本庁事件・東京高判2021916日について報告してもらいました。公益通報者保護法関係の事件ですが,懲戒事由該当性の判断に,公益通報者保護法の趣旨を組み入れた判断枠組みを示したもので,結論として労働者が勝訴しています。この事件は,『最新重要判例200労働法』の次の改訂があれば,大阪いずみ市民生活協同組合事件(31事件)と置き換えたいなと思っています。ところで,公益通報者保護法は,本来,労働者の公益通報の背中を押し,公益通報の可能性が高まることにより,企業に内部通報の態勢を整備するインセンティブを与え,結果として,企業の不祥事などについて自浄作用が働くようにするというシナリオが想定されていたと思います。公益通報者が不利益な取扱を受けたあとでは,裁判において,「公益通報をしたことを理由として」という要件の立証は難しいので,保護のハードルが高くなります。立法論としては,男女雇用機会均等法94項のような規定を置くことはありえますし,実際に,そのような議論もあったようですが,企業側からすると,それはやり過ぎと言いたくなるでしょうね。
 神社本庁事件では,おそらく労働者側は,法律を意識せずに内部告発をし,使用者側も公益通報したかどうかを意識せず,たんに就業規則に該当するので処分したと思われ,そうだとすると,この事件の当事者には,公益通報者保護法が行為規範として機能していなかったことになります。もちろん,そのような場合でも,公益通報者保護法の趣旨に照らして,懲戒事由の該当性阻却事由ないし権利濫用性(違法性阻却事由のようなもの)の判断をするということは,解釈論としてはありえるところです。ただ本来は,公益通報者保護法の仕組みを理解して,労働者が安心して公益通報することが想定されているのです。そのためには,公益通報について通報者側にどのような方法で通報するかということを,ガイドラインなどできちんと示すことも必要でしょう。労働者が所定のフォーマットに乗って通報すれば確実に保護され,企業は,そうした内部通報に備えてきちんと対応する制度を整備し(11条も参照),企業もそうした整備をして,それに則して対応すれば基本的には免責されるという形でインセンティブを付与し,結果として,自浄作用が機能するようにするというのが,この制度を活かすために必要な仕組みであるように思います。

2022年11月22日 (火)

カスタマーハラスメントの背景

 大学院の授業で扱ったNHKセンター事件(横浜地裁川崎支部20211130日判決)は,NHKの放送普及などを行う一般社団法人においてコールセンターのコミュニケーターに従事している労働者で,約17年間,有期労働契約を更新したあと,20198月に無期転換した者が,60歳定年を理由に同年末に継続雇用の拒否が通知されたというケースです。判決は,この拒否を適法としました。本来は高年法9条の私法上の効力という論点が関係しており,これについては,たとえ私法上の効力を否定したとしても,就業規則や再雇用規程を根拠とするなど,いろいろな解釈的手法をもちいて,定年後の雇用継続を認めようとする議論が展開されてきました。かりに高年法9条に私法上の効力がないとしても,それは,同条を直接の根拠として継続雇用が認められるわけではないというだけで,別の法的可能性は否定されていないわけです。実は,本判決は,継続雇用拒否が妥当性を欠くわけではないと述べているのですが,その「妥当性」が何についての判断なのかが明確ではありません。もし「妥当性」が欠けていれば,いったいどのような結論になっていたのでしょうか。雇用が継続するという結論になったとしても,それは何が根拠となるのでしょうか。明確なのは,原告労働者が定年に到達していることと,高年法には私法上の効力を認めない立場であること(学説上はもちろん異論はあります)であり,そうするとなぜ雇用継続が認められるかの法的根拠が必要となるわけです。この判決は,そのような法的な判断根拠を示さず,ただ結果だけ述べた不十分なものと思われます。
 それはさておき,私は無期転換組と当初からの無期雇用組では,雇用保障の程度が異なることには合理性があると考えています。その点では,本判決の結論が「実質的にも」妥当といえる余地がありそうです。また,客からすると,客と議論してしまうようなコミュニケーターは困ったものであるという気もします。電話での対応がよければ,企業への好感度が高まることからすると,やはりコミュニケーターの接客力は重要です(個人的には,ソニー銀行のお客様対応がこれまで一番よかったので,いまでも好印象です)。とはいえ,猥褻目的のものも含め,困った問題顧客にまで丁寧に対応すべきとはいえないでしょう。
 これはカスタマーハラスメントへの対応という問題と関係します。本件は,この点も問題となっており,裁判所は,使用者側の対応に問題はなかったとしています。一般論として,困った顧客がいるとき,「お客様は神様」という姿勢での対応を従業員に求めるのは,そのこと自体が従業員にとってのハラスメントになるでしょう。また本件では,判決は委託元のNHKへの配慮という点も考慮していますが,それを言い出すと受託法人の従業員の立場はきわめて弱いものとなるでしょう。委託元もお客様で,それも神様となってしまうでしょうかね。これは業務を外注化するアウトソーシングのもたらす弊害といえそうです。
 かつて私は『雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs. 労働者の論理』(ちくま新書)という本のなかで,会社の論理と労働者の論理の対立を論じたうえで,最後に労働者の論理と生活者の論理との対立にふれています。日本では両者の論理が絶妙のバランスをとっているというのが,同書を書いた約15年前の私の見解でした。もっとも,その後は,生活者の論理,さらには消費者の論理が徐々に強まってきているような印象ももっています。労働者もまた消費者です。自分が労働者として虐げられているから,消費者になったときには同じことをするというのでは,世の中はよくなりません。そこを逆転させるのは,本来は,労働組合の役割なのかもしれません。労働者の論理を通し,自分が消費者になったときには不便を我慢するということが広がれば,カスタマーハラスメントの状況も,変わっていくかもしれません(以前にも同じようなことを書いた記憶があります)。
 カスタマーハラスメントの法的問題については,ビジネスガイド(日本法令)に連載中の「キーワードからみた労働法」の次々号のテーマで採り上げたいと思っていますので,詳細はそちらに譲ります。

2022年11月16日 (水)

一宮労基署長(ティーエヌ製作所)事件

 大学院の授業で,一宮労基署長(ティーエヌ製作所)事件の名古屋高等裁判所の判決(2021428日)を扱いました。業務上の負傷から2年経過後に発症した適応障害について業務起因性が認められるかが問題となった事件です。行政のだしている「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(2011年)によると,業務上の疾病と認められるための要件は,①対象疾病を発病していること,②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷および個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと,です。本件で問題となっているのは,②の要件であり,それによるかぎり,事故が2年前であったことから,適応障害の発症に業務起因性を認めるのは困難とも思えます。実際,労基署長は,精神障害(労働者はPTSDと主張)について,まず療養補償給付を,ついで休業補償給付を請求しましたが,いずれも不支給決定がされ,第1審もその判断を支持していましたが,控訴審はこれを覆しました。判決は,労働者の精神障害は適応障害であるとしたうえで,事故による心理的負荷と事故による左眼の負傷による心理的負荷は,負傷後の疼痛と視力の低下も含めれば,当該労働者と同程度の年齢,経験を有する平均的労働者にとっても相当強度なものであったというべきであり,「とりわけ視力の低下が本件事故から約2年後の発病当時も継続していた状況にあったことも総合的に評価すれば,……本件事故と適応障害の発病との間の相当因果関係を認めるに足りる程度の強度なものであったと判断される」としました。認定基準との関係では,「業務上の出来事(本件事故)による左眼の当初の傷病の発生自体は精神障害発症の6か月より前であるが,左眼の症状が精神障害発症当時も悪化を続けて苦痛を生じている場合も,除外するのは相当でない」として,6カ月基準はあくまで標準にすぎず,その例外を許容しない趣旨ではないと捉えているようです。おそらく本件のように,2年前の事故による負傷でも,そこから生じた症状がなお悪化を続けて苦痛を生じているという場合には,6カ月よりも前の出来事も評価の対象に入れてよいという判断を示したものといえます。
 本判決も含め,裁判例は,認定基準には合理性があるとしてその内容を参考にするといいますが,なお個別具体的な事情に応じて総合的に考慮した判断をするとも述べています。労災行政の実務では,公平性や判断の迅速性という観点から,その処理が認定基準に基づく画一的なものとなり,それがややもすれば労働者の救済の面で物足りない結論になることもあるのですが,そうした場合に,しばしば裁判所は行政の不支給決定を取り消すことをして救済を図ってきました。まさに個別具体的な事情による総合的な考慮をしてきたのです。また,脳・心臓疾患の事案のように,最高裁の判断が,認定基準の改正をもたらすこともありました。とはいえ,今回の精神障害の認定基準における6カ月基準は,業務起因性においてとても重要なポイントとなるところなので,それに従わなくてよい場合がどこまであるのかが明確にならないと実務は混乱する可能性があります。加えて,本件では,適応障害発症の原因は複合的であり(5つの原因が挙げられ,そのうち2つが本件の事故によるもの),業務以外の原因も関係していると認定されており,第1審は,そのうちの休業補償の打ち切りによる経済生活への不安が発症原因であると特定していました。高裁とは判断が異なるのです。2年も経過してしまうと,発症原因が曖昧になりがちであることも,判断が分かれる原因になった可能性があります。その点で,認定基準が,6カ月と評価期間を区切っているのには理由があるのです。
 いずれにせよ,本件では労働者に有利な結論になったから良しとするのではなく,高裁判決の結論が妥当であるとしても,どうして行政段階で労働者を救えなかったのか,また高裁判決の結論に問題があるとすれば,どうして高裁判決のような判断が出たのかを,じっくり検討することをとおして,精神障害(あるいは脳・心臓疾患)を労災保険制度で扱うことをめぐる問題点について考えを深めていく必要があると思っています。

2022年11月 7日 (月)

セブン­イレブン・ジャパン事件・東京地裁判決

 中労委で棄却命令(2019年3月15日)が出たセブン­イレブン・ジャパン事件の取消訴訟の第1審判決が,さる66日に東京地裁で出されました。加盟店オーナーの労働者性を否定して,請求棄却の結論です。
 長文の判決ですが,基本的には,判例や労使関係法研究会報告書の整理した6つの判断要素に照らして判断しており,この点は初審命令の岡山県労委や中労委とほぼ同じです。
 私は「フランチャイズ経営と労働法ー交渉力格差問題にどう取り組むべきか」という論考(ジュリスト154043-49頁)のなかで,中労委命令を論評しながら,本事件では,救済の必要性が高いものの,現在の法制度上,不当労働行為の救済手続に載せることは難しいという考え方を提示しています。問題の本質は労働者性の有無という入り口にとどまるのではなく,このような事件に対してどのように対処したらよいのかという,ある種の立法論にあります。
 中労委は,「加盟者と会社の関係をみると,加盟者と会社の間には交渉力の格差があることは否定できない」と述べていました。そのうえで顕著な事業者性があることなどから,労組法上の労働者には該当せず,不当労働行為の救済は認められないとしたのです。ところが,東京地裁判決は,当事者間の「交渉力の格差」には視点をあてず,たんに労組法上の労働者性をめぐる6要素に則して労働者性を否定しており,コンビニのビジネスモデルの内容に十分にふみこんだ判断をしているように思えません。そもそも最高裁の示した6要素は,新国立劇場運営財団事件,INAXメンテナンス事件,ビクターサービスエンジニアリング事件のように,特殊技能をもったり,業務委託で仕事を請け負ったりしている個人事業者の事案で定立されたもので,あくまで事例判断にすぎず,本件のように,ある確立したフランチャイズのビジネスモデルに参画した個人事業者の事案に当然に適用すべきものとはいえません。最高裁が事例判断にとどめたものを,労働組合法3条の解釈基準のようにして適用していくのは,解釈手法としてもおかしいでしょう。法律家のなかには,この6つの要素を事案に適合させながらブラッシュアップしていくことこそが大切である,と思い込んで突き進んでいく人もいますが,それでは批判的視点に欠けることになります。なぜ6要素が出てくるかをしっかり理解しておかなければ,今回の東京地裁判決のように,物足りないものが出てきてしまうのです。結論はどうあれ,もう少し説得力のある判決を望みたいところです。東京高裁できちんと判断してもらい,最終的には最高裁で決着をつけてもらったほうがよいと思います。最高裁には事例判断ではなくて,本格的な解釈論を展開してもらいたいですね。そして,その前にも,学説のほうも最高裁に参考となるような理論的検討を進めておく必要があるでしょう。
 もちろん,この問題は,労働組合法や不当労働行為制度だけをみるのではなく,独禁法や中小企業等協同組合法などもふまえたうえで,個人事業者や零細事業者へのサポートのあり方,その団結についてどのような助成措置をとるべきかという大きな視点で議論をしなければならないテーマであることも忘れてはなりません。

2022年10月24日 (月)

大器キャリアキャスティングほか1社事件

 今日は大学院の授業で,大器キャリアキャスティングほか1社事件(大阪地判20211028日)を扱いました。給油所施設のセルフサービスステーションの複数店舗で勤務していた労働者が,当該業務の発注企業A社(東洋石油販売)からの委託を受けたB社(大器)から再委託を受けたC社との労働契約だけでなく,空いているシフトにおいてA社との間でも直接労働契約を結ぶ二重契約を締結していた事案で,パワハラと過重労働による適応障害の発症についてC社とD社(A社を吸収合併したENEOS)の共同不法行為(予備的にそれぞれ安全配慮義務違反)による損害賠償を請求しました(その他にC社からの雇止めの有効性も争っています)。A社の業務とC社の業務の密接な関連性があるなど事案の特殊性もあります(A社もC社も,労働者の二重契約を知っていた)が,いずれにせよ,裁判所の認定によると,パワハラと主張される事実は認められず,また長時間労働は,労働者の積極的な選択の結果生じたものであり,C社としても,労働者に対してA社での副業を辞めるよう約束させたりするなどしていて,注意義務ないし安全配慮義務の違反はないと判断されました。
 授業では,この事件を素材に,副業における安全配慮義務はどのように考えるべきか,ということも議論しました。厚生労働省の副業・兼業ガイドラインでは,「副業・兼業の場合には,副業・ 兼業を行う労働者を使用する全ての使用者が安全配慮義務を負っている」とし,「副業・兼業に関して問題となり得る場合としては,使用者が,労働者の全体としての業務量・時間が過重であることを把握しながら,何らの配慮をしないまま,労働者の健康に支障が生ずるに至った場合等が考えられる」ことから,①「就業規則、労働契約等において,長時間労働等によって労務提供上の支障がある場合には,副業・ 兼業を禁止又は制限することができることとしておくこと」,②「副業・兼業の届出等の際に,副業・兼業の内容について労働者の安全や健康に支障をもたらさないか確認するとともに,副業・兼業の状況の報告等について労働者と話し合っておくこと」,③「副業・兼業の開始後に,副業・兼業の状況について労働者からの報告等により把握し,労働者の健康状態に問題が認められた場合には適切な措置を講ずること」等が考えられるとされています。ただ,この①から③のようなことをしなければ,労働者に健康障害が発生したときに,安全配慮義務違反が生じるのかは明確ではありません。一方で,労働時間の通算規定(労働基準法381項)との関係では,副業先での労働時間の把握は望ましいものとされています。結局,企業は,従業員に副業を認めるときに,どのような態度をとるべきなのでしょうか。副業促進という政策に沿って,副業を広く認めたほうがよいのか,副業をすると一定の過労は不可避なので,副業に抑制的であるべきなのか,です。こうした企業の悩みは,さらに安全配慮義務違反の責任がどのような場合にかかってくるのかが不分明なことから,いっそう深まることでしょう。
 マルチプル・ワークは,基本的には労働者の私的自由の保障の問題と考えるべきです。しかし企業が,副業の内容(労働時間や業務内容から,どれだけ過重な負担となる副業なのかなど)を把握したうえで,自企業でのパフォーマンスに支障が生じると判断する場合に,副業を制限をすることは認められるべきでしょう(拙著『人事労働法』(弘文堂)73頁も参照)。これは労働者の私的自由の保障(人格的利益に関わるもの)と企業利益との調整の観点からくるものです。一方,健康配慮というもう一つの人格的利益との関係では,むしろ労働者の私的自由の保障を優先させ,企業があまり介入すべきではないし,それゆえ安全配慮義務をあまり強く及ぼすべきでもないと考えています(労働基準法381項についても,労働時間の通算は,同一企業での範囲にとどまるという解釈をとるべきです。前掲『人事労働法』184頁)。政府は副業の促進政策を進めるうえでは,本来,労働時間の企業間通算規定の撤廃や健康配慮の問題の整理をしておくべきであったと思います(補償面で労災において複数業務要因災害が認められたことをどう考えるかという問題もあります)。過労の問題については,いつも私が述べている労働時間規制から自己健康管理へというのが解決策となります。マルチプル・ワーカーこそ,労働時間規制ではなく,自己健康管理がぴったりきます(どういう労働者が副業に向いているかについては,拙著『雇用社会の25の疑問(第3版)』(弘文堂)36頁も参照)。企業との雇用関係がないフリーランスについては自己健康管理をせざるを得ないのですが,マルチプル・ワーカーのように複数企業にまたがって働く場合にも,同じようになるのです。

 

2022年10月15日 (土)

日東電工事件

 日本法令で連載している「キーワードからみた労働法」の第184回は,「合理的配慮義務と自動退職」というテーマです。自動退職(自然退職)は,以前に扱ったことがあるテーマですが,神戸労働法研究会で,弁護士の千野博之さんに担当いただいた日東電工事件・大阪高裁判決(2021730日)の報告に触発され,いろいろ考えるところがあったので,今回取り上げてみました。千野さんの評釈は,季刊労働法の最新号の278号で掲載されています。また,ジュリストの最新号の1576号では,上智大学の富永晃一さんの評釈も掲載されています。
 事案は,プライベートな事故で大けがを負い休職していた労働者が,本人が希望していた元の職場には戻れないと判断され,休職期間満了にともない退職扱いとなったというもので,その措置の有効性が争われました(結論は有効で,会社勝訴)。
 休職期間の満了時の退職扱いの有効性については,休職制度自体が就業規則上のものなので,就業規則の規定の解釈が重要となりますが,それだけでなく裁判例上,いろいろな規範が適用されてきており,難解な論点となっています。今回の私の原稿では,「片山組事件法理」と名付けた休職中(あるいは自宅治療命令期間中)の賃金請求権に関するこの法理が,雇用終了の局面でどのように機能するかの検討をし,また障害者雇用促進法上の合理的配慮義務がこれにどう関係するかも検討しました。
 私は合理的配慮義務が公法上の義務であるという議論には疑問をもっており,私の提唱する人事労働法の観点からは,義務の根拠が公法的なものかどうかに関係なく,それにしたがった行動をとるのが良き経営のためには必要と考えます(公法上の義務といっても,結局は私法上の効力に影響する解釈になってくることが多いのです。公法上の義務論も,そのうち批判的な観点から採り上げようと思っています)。ただ,その合理的配慮義務の内容が,どういうものであるのかは問題です。合理的配慮の内容はできるだけ労使で話し合って決めるべきで,「納得規範」に照らすと,企業は,労働者の納得同意を得るよう誠実な説明をすべき義務を負うと解すことになりますが,それ以上の義務を負うものではありません。研究会では,本件で労働者は復職先を限定して希望していたとはいえ,それによって雇用の終了になるとまでは思わず,たんに第一希望を主張していただけかもしれないのではないかという議論もしました。そういうことも含めて,企業側に誠実説明が足りないところがあった可能性があるので,判決の結論の妥当性は微妙なところです。富永さんも,「本件では,過重でない配慮措置の限りでは現実的に配置可能な業務が存在しなかったものと推測されるが,その点はX[労働者]に事前に伝えることが望ましかったように思われる」と述べておられます(153頁)。このような望ましいとされる行動をとることが,人事において最も重要なところではないかと思います。

 

2022年10月13日 (木)

昭和ホールディングス外2社事件・控訴審判決

 前にこのブログで、この事件の東京地裁判決を紹介したことがありますが,その控訴審判決が今年の1月に出ています(東京高判2022127日)。今日の労働委員会の会議で採り上げられて,若干の議論をしました。
 事案の詳細は省略しますが,この事件で気になったのが,団交の申込み事項の明確性です。団交事項は,使用者は明確にされている範囲のものと理解してよく,文書化されている部分が義務的団交事項でなければ団交拒否してよいというのが高裁(および中労委)の判断で,これは地裁の判断とは異なっていました。本件事案の特殊性もあるのでしょうが,やや硬直的な印象を否めません。私は初審についてのコメントでは,微妙なところなので,労働委員会関係者としては中労委の判断を尊重してもらえれば,というようなことを書きましたが,研究者としての視点でみると,やはり東京地裁の判断のほうが妥当ではないかと思います。岡山大学の土岐将仁さんも, 1審の評釈で,「労働組合が労働条件の改善等を目的としていることからすれば,通常は労働条件の改善等を求めて団交申入れをしているはずであり,申入れ段階で義務的団交事項でないと断定するには,……団交申入書の記載だけではなく,関連文書や一連の経緯を判断せざるをえないと思われる」という適切な指摘をしています(ジュリスト1572136頁)。上告がどのようになっているのかわかりませんが,上告審で採り上げてもらいたいです。
 親子会社の使用者性,経営事項の義務的団交事項性,救済命令の裁量(中労委は団交拒否事案での救済命令を文書交付だけとした)などの興味深い論点が含まれていますし,教材としても扱いやすい事件です。そのうち,これを基にして期末試験の問題を作りたいと思います。

2022年8月31日 (水)

労働者派遣法40条の7

 少し前ですが,産経新聞に「刑務所は偽装請負でも採用義務なし 「官民矛盾」判決の波紋」という記事が出ていました。メディアは「官民」格差ネタが好きなようですね。法的には,公務員の勤務関係の特殊性は難問で,民間部門との「格差」がどこまで正当化されるのかは,よくわからないところがあります。
  労働者派遣法40条の6の定める偽装請負(その他の一定の違法派遣)の場合の「労働契約みなし申込み制」は,昨年11月の東リ事件・大阪高裁判決で,はじめて派遣先との直用を認める判決が出たのですが,この判決は今年6月に最高裁で上告不受理決定となり,確定したそうです(担当の村田浩司弁護士による。https://www.minpokyo.org/incident/2022/07/9362/)。
 今回の大阪医療刑務所事件(大阪地判2022630日)は,国の偽装請負をめぐり,40条の7の適用が問題となりました。40条の6とは異なり,40条の7は,労働者派遣の役務の提供を受ける国または地方公共団体の機関に,「採用その他の適切な措置を講じなければならない」と定めるにとどめていて,労働契約の申込みをみなすという規定にはなっていません。
 労働者派遣法40条の6は,立法論としては疑問ありと考えていますが,国や地方公共団体となるとどうかは,あまりよく考えたことがありませんでした。現行法の規定はさておき,理論的には,二つの考え方がありそうです。一つは,公法上の地位の特殊性を考慮して,強制的な採用はできないとする考え方,もう一つは,逆に,国などは民間企業のような採用の自由を主張できる立場にないので,強制的な採用は認められてよいという考え方です。また非常勤職員(公務員)の再任用拒否をめぐる議論も参考にしながら,この面での民間企業の労働者と公共部門で働く労働者(派遣労働者は公務員ではありません)との間の格差をなくしたほうがよいという考え方もありそうです。
 今回の裁判では,労働者は,国が採用をしなかった不作為の違法確認(行政事件訴訟法3条5項),採用の義務付け(行政事件訴訟法3条6項1号または2号),国家賠償法に基づく逸失賃金と慰謝料の請求をしました。
 裁判所は,次のように述べています。
 「私人間における労働契約関係が合意によって成立するのと異なり,国等の機関で勤務する公務員の地位については,国家公務員法その他の法令や条例によって規律されるものであり,国家公務員においては,能力の実証に基づく成績主義(国家公務員法331項)や公正な任用(同条21号)といった原則の下,『採用』は原則として競争試験によるものとされるなど(同法361項本文),採用及び欠員補充に当たって、様々な基準及び手続が法定されていること,常勤の職員については定員が法令等によって定められている他(国家公務員について,行政機関の職員の定員に関する法律1条等),勤務条件や職員への給与の支払につき,法令上の根拠や予算措置が必要であるといった公務員の地位の特殊性を踏まえたものと解される。」とし,また「労働者派遣法40条の71項は,このような公務員の地位の特殊性に鑑み,同法40条の61項の要件を満たす場合であっても,公務員については,派遣労働者の意思によって直ちにその地位が生ずることとなる効果をもたらすことは相当でないとして,国等の機関を同項の定める申込み擬制の対象から外すとともに,派遣労働者の雇用の安定を図るという同項の趣旨を踏まえ,これらの機関に対しては,『採用その他の適切な措置』を講ずべきこととしたものと解される。このような同法40条の71項の趣旨及び性格並びに同条が『採用その他の適切な措置』と規定し,採用は例示であると解されることに照らせば,国等の機関は,同条の要件を満たす派遣労働者からの求めがある場合であっても,直ちに当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする公務員として採用すべき義務があるものではなく,当該派遣労働者の能力,職務内容,賃金や期間(労働契約の始期及び終期)等の労働条件,派遣労働者からの求めがなされた時期及びそれまでに取られた措置の有無・内容,当該業務にかかる定員及び欠員の状況等の諸般の事情を踏まえ,『採用その他の適切な措置』を講ずべきか否か(例えば求めが行われる前に労働者派遣法40条の7第1項所定の適切な措置に相当する対応がとられていた場合や,求めがあった時点で派遣労働者と派遣元との間の労働契約関係が終了していた場合は,措置を講ずる義務を負わないことも考えられる。)や,講ずる場合にいかなる措置を講ずるかを決すべきものであり,その措置の中には,他の機関における非常勤職員募集の情報を提供することや,一定期間経過後に欠員が生ずる見込みがある場合にその情報を提供することなど,当該派遣労働者の雇用の安定に資する事実行為を含む様々な行為が含まれる(したがって,処分に当たる行為に限られない。)と解するのが相当である。」と述べました。
 このように,裁判所は,公務員の地位の特殊性と40条の7の文言などを根拠にして,国に採用義務があるとする労働者側の主張を認めませんでした。このほか,40条の615号の「法律の規定の適用を免れる目的」があったとはいえないとし,さらに国賠の要件と解されている,職務上の法的義務違反もなかったとしました。
  裁判所は手堅い解釈をしたと思います。条文上は「採用その他の適切な措置」としか書かれていないので,採用を義務づけたと解すのは,かなり難しそうです。しかし,同条の制定過程での当時の民主党政権の大臣答弁では,文言は違っても,民間と同じであると述べていたようです。そうだとすると,「採用」以外の「その他の適切な措置」は例外的なものとする解釈もできそうではあります。 労働者側からすると,40条の7がある以上,一定の期待をするのは当然であり,その面を重視すると,裁判で救われてもよいということになりそうです。
  ただ研究者の観点からは,前述のように40条の6がそもそも問題のある規定ですし,また国民目線で考えたとき,国が偽装請負をしたからといって,その事実だけで労働者が国に採用されてしまうことに疑問をもつ人もいるでしょう。
  問題は,政府がこんな法律をつくったことにあります。法律に問題があるので,労働者に期待だけもたせておきながら,裁判所がはしごをはずすようなことが起こるのです。これは40条の6についても同様で,東リ事件のような判決が続々と出てくるとは考えにくいところがあります。裁判官からすると,派遣労働者が,違法派遣をきっかけに,派遣先に直接雇用となるとするのは,ことが労働契約の設定ということであるので,そう簡単には認めるべきではないと考えるでしょう。実際,条文上も,法適用の潜脱目的,善意無過失などの要件があってハードルが高いものとなっています。そうなると,よほどの恵まれた事案でなければ,偽装請負の事例で派遣労働者が直接雇用を勝ち取ることは難しいのではないかと思います。40条の7になると,なおさらです。
 だから経済界は40条の6を受容したのかもしれませんが,それはやはり無責任なことです。紛争が起きてこじれることは容易に予想できたはずです。そして,こうした紛争が40条の7をとおして国にまで及んできているのです。自治体も訴訟に巻き込まれることがあるでしょう。法律は紛争が起きないようにつくったほうがよいのです。紛争の芽があれば,それはできるだけ摘んだうえで,法律をつくってほしいものです。

 

2022年8月28日 (日)

大学教員と無期転換

 昨日の神戸労働法研究会では,専修大学事件・東京地判令和31216日が採り上げられました(控訴審もすでに出ていて,原判決維持のようです)。大学のドイツ語の授業担当の非常勤講師について,労働契約法18条(5年で無期転換)の特例(10年で無期転換)を定める科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(イノベ法)15条の21項が適用される「研究者」に該当するかが問題となったもので,判決はこれを否定しました。大学の教員は研究業績に基づいて採用された場合でも,実際に行う業務が教育だけのとき,10年の特例の対象となる「研究者」には該当しないということです。
 判決は,次のように述べています。
 「科学技術に関する試験若しくは研究又は科学技術に関する開発(同法2条1項の定義する「研究開発」と同旨。以下「研究開発」というときこれを指す。)は,5年を超えた期間の定めのあるプロジェクトとして行われることも少なくないところ,このような有期のプロジェクトに参画し,研究開発及びこれに関連する業務に従事するため,研究開発法人又は大学等(同法2条の定義によるもの。以下「研究開発法人」,「大学等」というときこれを指す。)を設置する者と有期労働契約を締結している労働者に対し,労契法18条によって通算契約期間が5年を超えた時点で無期転換申込権が認められると,無期転換回避のために通算契約期間が5年を超える前に雇止めされるおそれがあり,これによりプロジェクトについての専門的知見が散逸し,かつ当該労働者が業績を挙げることができなくなるため,このような事態を回避することにあると解される」。このため,研究に従事しない非常勤講師は,研究者に含まれないというのが,この判決の結論です。
 非常勤講師がイノベ法の特例規定の対象か,あるいは,大学の教員等の任期に関する法律(任期法)にも同様の特例規定があるのですが(71項),その対象者(同法41項)かについては,不明確なままでした。厚生労働省のリーフレット 「大学等及び研究開発法人の研究者、教員等に対する労働契約法の特例について」では,任期法の適用対象となる「教員等」には,「教育研究の分野の分野を問わず,また,常勤・非常勤の別にかかわらず対象となります」と明記され,またイノベ法の前身である「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能⼒の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び⼤学の教員等の任期に関する法律」について,「15条の2による特例の対象者と有期労働契約を締結する場合には,相手⽅が特例の対象者となる旨等を書⾯により明⽰し,その内容を説明すること等により,相⼿⽅がその旨を予め適切に了知できるようにするなど,適切な運⽤をお願いいたします」と記載されていました。本件でも,大学は,原告労働者との間の2014年度以降の契約書には,イノベ法15条の2による特例の対象者となることが記載されていました。
 ということで,今回の判決は,大学側にとっては不意打ち感があることは否めないでしょう。判決だけをみると,理論的には,こういう判断もありえると思いますが,そうでない解釈もありえるのです。要するに,特例の対象者について,イノベ法でも,任期法でも,その範囲は必ずしも明確ではないのです。こうなると,各大学で書面明示し,説明して,内容が労働者に了知されるよう運用してほしいという厚生労働省の指示は,手続はきちんとやる必要があるが,それさえしていれば,特例制度の運用自体は各大学にゆだねる趣旨と読むこともできそうです。ましてや契約書をとおして同意を得ていたとなると,大学側はやるべきことはやっていたのではないかという気もします。
 この点は実は,私が前から指摘している規範的概念を含んだ強行規定の弊害の一パターンといえるでしょう。企業は労働者の同意を得ていても,裁判所の判断で後から同意の存在を覆すことが可能となってしまうのは,労働契約のような継続的な関係においても望ましくありません。やってはいけないことをやっていたのだから仕方がないというのが裁判法学的労働法の発想ですが,人事労働法的には,労働者の納得同意を得ていれば,やるべきことはやっていたとみるべきではないかと考えます。私は労働契約法18条の無期転換権の行使についても納得同意がある場合は,放棄は可能と解しています(拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)83頁)が,特例の適用(5年要件から10年要件への緩和)であればいっそう納得同意があれば,その内容どおりの効果をみとめてよいと考えることになります(ただし本件で「納得同意」があったかどうかは不明)。
 ところで判決によると,特例が設けられたときの法律案の国会審議で,法律案を提出した議員が,「多様な形態が存在する講師の個々のケースが「研究者」に当たるかは,最終的には個別具体的な事例に即しての判断がされるものであり確定的なことはいえないこと,大学における教育は研究と不可分のものであること,講師は,常勤,非常勤を問わず,教育研究を行う教授又は准教授に準ずる職務に従事する職と学校教育法に位置付けられていることを踏まえると,基本的には「研究者」に該当すると考えていること,講師の定義としても,教授又は准教授に準ずる職務に従事する職と学校教育法に位置付けられていることを踏まえると,講師は基本的には「研究者」に当たることなどを回答した」とされています。講師を研究者とする解釈をとることは立法者意思としても支持しうるようです(もっとも,そもそも立法者意思とは何か,これを法の解釈でどこまで重視するかは,明確でないところはあるのですが)。こうした点も,やや大学側に同情的になる理由の一つです。
 そもそも,この国会での答弁でいうような「最終的には個別具体的な事例に即しての判断がされるものであり確定的なことはいえない」というのであれば,将来的に解釈をめぐる紛争が起こることは予想できたのであり,それに対処せず,裁判所の判断に任せてしまっている点は,私に言わせれば立法府として無責任です。紛争が予想されるなら,責任をもって対処すべきでした。例えば,法令中に,行政によってどのような場合であれば講師が特例の対象となるかの判断基準を定める指針を設けることを授権する,あるいは一定の基準を法令で定めて,大学側でが過半数代表などと協定を結び(あるいは,労使委員会で決議をし),事前に対象者を確定して行政に届け出るような方式(企画業務型裁量労働制を参照)をとることもできたでしょう。個人的には,事前に特例の適用対象者適格を審査する行政手続を設けるなどの方法もありだと思っています(『人事労働法』では,労働者性や偽装請負性などについて事前審査手続を設けるべきではないかという提言をしています)。規範的な概念を使うことが避けることができない場合には,強行規定にすべきではないですし,もし強行規定にするのであれば,裁判所の解釈に丸投げしないようなやり方を考えるべきなのです。
 別に大学側の肩をもつわけではありませんが,コンプライアンスをいう場合には,コンプライすべき法令の内容が明確でなければなりません。本件の事情をふまえると,本判決の結論はあり得るものだったとしても,大学を非難するのは適切とは思えないのです(かつて,労働基準法412号の管理監督者についても同じような趣旨のことを書いたことがあります。曖昧な適用除外規定を設けて,企業を罠に誘導するようなことはやめろということです。これは,ひいては労働者のためにもなりません)。
 しかし,これとは別の意見もありえます。まず,この原告労働者のように,平成元年から長期的に有期労働契約を更新している以上,無期労働契約で雇用すべきではないかという議論は当然出てくるでしょう。大学にとっての不可欠の労働力である以上,無期雇用だろうということです。
 また,イノベ法の前身の法律の略称は,「研究開発力強化法」であり,そこでいう「研究開発」には,「人文科学のみに係るものを除く」とされていました(当時の21項)。その後の201312月の改正で,15条の2の特例が追加されたとき,「人文科学のみに係るものを除く。第15条の21項を除き……」とされ,人文科学のみにかかる研究開発も,特例の対象には含められることが明記されました。2018年に名称変更されたイノベ法でも,21項は同じでしたが,2020年改正で,「この法律において「研究開発」とは,科学技術に関する試験若しくは研究又は科学技術に関する開発をいう」となっており,人文科学の除外文言がなくなりました。つまり15条の21項の特例との関係では,2013年以降,人文科学はずっと排除されてはいないのですが,上記の法律の当初の文言からもわかるように,イノベ法自体は,2020年改正までは,理系を主たる適用対象と考えていたものではないでしょうか。文系や理系という区分は意味がなくなりつつあるとはいえ,研究スタイルなどでは理系と文系はかなり違うことが多いのであり,それが研究プロジェクトに要する期間といった点での違い(5年を超えるプロジェクトが多いかどうかなど)も生むと思います。判決の結論に賛成できるとすれば,それはイノベ法において,同法の目的の観点から設定したといえる特例を,文系のしかも語学の非常勤講師に適用することの違和感から来るのかもしれません(繰り返し述べるように,法律の文言上は,人文科学を含めているので,問題はないのですが)。
 以上のこととは別に,この問題の根っこには,院卒の就職をめぐる「均衡」が生じてしまっていることもあると思います。本件が実際にどうであったかは別として,一般に,とくに教養課程での非常勤講師の活用について,大学にとっては,優秀な人材を安価でかかえることができて,学生に良い授業を提供できるし,学生にとっては,自分が授業料を払っている大学には所属していない優秀な講師の授業が受けられてお得感があるし,講師側にとっても大学院を修了しても良い就職先がないので,とりあえず仕事をすることができる場があることは有り難いし,ということで,この状況を変えようとする動きが出てこないのです。均衡を動かすには,優秀な人材が,その能力を活かす職場で,もっと高い処遇が得られるポストに就くことができるようにすることが必要なのですが,これが日本ではなかなか難しいのでしょう。本件は文系の事件ですが,理系においては,博士課程を出ても就職状況の悪さは深刻と言われています。先日紹介したイタリア映画「Smetto quando voglio」ではありませんが,しっかり勉学をして学位をとった優秀な人材が,粗末に扱われない社会にしなければ,日本に未来はありません。ただ,これは無期転換の要件が10年か5年かというような次元のこととは違う話ではあります(無期転換しても,処遇は原則として同一でしょうし,学生不足で科目が閉鎖されれば,整理解雇となる危険はあるのです)。