ベルコ事件(労働者派遣編)
ベルコ事件は,北海道労働委員会の命令について評釈を書いたこともあり関心をもっています。ベルコとの雇用関係の存否を争った民事訴訟もいくつか提起されていますが,本件の特徴は,ベルコの代理店が雇用するFA(営業職員)と,ベルコとの間に,労働者派遣法40条の6に基づき,直接雇用関係が成立するかという論点が加わった点です(札幌地判2022年2月25日)。裁判所は,結論としては直接雇用の成立は否定しましたが,違法派遣に該当するとして,労働契約の申込みのみなしまでは認めました。
労働者派遣法40条の6関係では,ここ最近,裁判例が次々と出てきていますが,その多くは偽装請負関係の事件(5号事件)です。本件は,無許可派遣の事件(2号事件)である点で珍しいです。5号事件では法の免脱目的という要件がありますが,2号にはそれはありません。全体にかかる,善意無過失による免責はありますが,潜脱目的なしで直接雇用が認められるとすると,この規定が違法派遣へのペナルティの趣旨をもつことを考慮すると,派遣先に酷に失することにならないか,という疑問もあります(なお,本判決では,善意無過失の有無は争点となっていないようです)。
5号事件が偽装請負かどうかの判断が難しいのと同様,2号事件でも,事業許可が必要な労働者派遣事業がなされているかの判断は難しいでしょう。本判決は,代理店が労働者派遣事業の事業主に該当するかどうかについて,次のように述べています。
「労働者派遣事業に該当するか否かを判断するに当たっては,請負等の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させることを業として行う事業者であっても,当該事業主が当該業務の処理に関し,①自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること,及び,②請負等の契約により請け負うなどした業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであることのいずれにも該当する場合を除き,労働者派遣事業を行う事業主とするのが相当である」。
ここでも「直接利用」とか,「独立して処理」といった,判断が難しい概念が用いられています。
昨年末,大学院の授業でこの事件を扱ったとき,報告してくれた学生は,立法論としては,40条の6の労働契約申込みみなし制という実務上も理論上も問題がある方法ではなく,派遣先・派遣元に対して,一定の猶予期間を与えて,契約内容を是正する義務を課し(適切な契約形式への変更,労働者への金銭解決の選択権の付与など),その義務を履行しない場合にはじめて強制的な方法(派遣先との契約の擬制など)をとるようにしたらどうかという興味深いアイデアを提示してくれました。私は,行政による事前認証を提案したりもしていますが,いずれにせよ,労働者派遣法の規制下に入るかどうかが,裁判をしなくてはわからないという不安定な状況をどう回避するかが重要だと思います。
ところで,本判決の最終的な結論は,直接雇用のみなし申込みはあるものの,労働者からの「承諾」がなかったとして直接雇用は認めず,承諾を妨害したことについての不法行為の成立しか認めませんでした。そもそも申込みも「みなし」にすぎないのであり,それについての承諾も,かなり”フィクション”の要素を採り入れなければ,なかなか,直接雇用の成立は認められないでしょう。40条の6について立法論的に批判する私のような立場からは,結論はそれでよいということになりますが,この制度を内在的に検討するかぎり,承諾を厳格に解することには疑問がありえます。もちろん,もし明示的に申込みをされていれば,承諾していたであろうというような場合にまで,広く承諾を認めてしまうと,この規定の適用範囲は拡大しすぎてしまうおそれがありますが,だからといって,承諾の存否を厳格に判断するのは,労働契約申込みみなし制度を前提とする以上,一貫しないようにも思えます。むしろ派遣先がペナルティを課すにふさわしいかどうかの判断要素となり得る悪意・有過失についてこそ厳格にみていくべきではないでしょうかね。このほかにも,この判決には,ベルコが労働者に雇用関係にないことの確認書を出させていたことなどを,労働者がみなし申込みに対して承諾をする選択権を奪ったとして慰謝料を認めたことについても,やや強引な感じで,疑問があります。