デジタル技術

2026年9月 7日 (月)

Issue‐based Coalitionとデジタル民主主義

 9月6日,ドイツと日本で,対照的な政治ニュースがありました。ドイツ東部のザクセン=アンハルト(Sachsen-Anhalt)州で行われた州議会選挙では,極右政党とされる「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland:AfD)が圧勝しました。これに対し,長く州政権を担ってきた中道右派のキリスト教民主同盟(Christlich Demokratische Union Deutschlands:CDU)は惨敗しました。
 ドイツでは,移民,治安,ウクライナ支援,ロシアとの関係などをめぐり,AfDと既成政党との違いがはっきりしてきています。もっとも,これは単純な右派対左派ではありません。他の主要政党はAfDとの連立を拒否する「防火壁」(Brandmauer)を維持しているため,現在の対立軸は,イデオロギーというより,むしろAfDを政権担当政党として認めるかどうかです。
 同じ日,日本では国民民主党の代表選挙が行われ,玉木雄一郎氏が3選されました。玉木氏は,高市政権に対しても「協力できるところはしていく」と述べ,「対決より解決」の路線を続ける考えを示しています。最初から結果がわかっている選挙で,あまり緊張感はありませんでした。本来は,中道改革連合が分裂しそうなので,国民民主党は野党第1党となる可能性があり,もっと盛り上がってもよいのですが,玉木氏は,野党をまとめて与党と全面対決するより,政策ごとに協力するかどうかを決める姿勢で,自民党にとってかわるという勢いはないようにみえます。
 国民民主党がやろうとしているのは,issue-based coalitionというものでしょう。日本語にすれば,「政策課題別連合」というところでしょうか。政党どうしが包括的な合意を結んで連立政権をつくるのではなく,法案ごとに多数派の組合せを変える政治です。衆議院では自民・維新が圧倒的に強い一方,参議院では,円滑に法案を成立させるために他党の協力が必要です。そのため,税制では国民民主党,社会保障や労働政策では公明党,デジタル政策ではチームみらいというように,政策によって協力相手が変わることも考えられます。
 日本では,ドイツほどイデオロギーによる政党の違いがはっきりしていません。安全保障では自民党に近いが,社会保障では公明党に近いという人もいるでしょう。有権者の考え方が入り組んでいる以上,政党の組合せも政策ごとに変わってよいのかもしれません。ただ,「政策本位」や「是々非々」となると,結果として,なぜ賛成したのか,どのような修正を求めたのかなどをきちんと説明できなければ,単なる場当たり的な取引になってしまいます。とりわけ減税と社会保障のように,本来は一体として考えるべき政策を,別々の多数派で決めることには注意が必要です。
 そもそも,政策ごとに判断するのであれば,その判断を政党や国会議員だけに委ねる必要があるのかという疑問も出てきます。国民が個々の政策について直接意思を示す方法もあるでしょう。デジタル投票などを活用すれば,従来よりも直接民主主義を実施しやすくなる面があります。もっとも,政策は一つひとつ独立しているわけではなく,互いに関連性があるものが多いです。たとえば減税をするなら,歳出を減らすのか,国債を増やすのかを考えなければなりません。社会保障を充実させるなら,その財源も必要です。個々の案件について賛否を尋ねるだけでは,政策全体の整合性が失われる可能性があります。そう考えると,政党には,さまざまな政策を一つのパッケージにまとめ,その優先順位や負担を国民に示す役割があるのでしょう。デジタル技術による直接民主主義は,政党に代わるものというより,政党による意思決定を補うものと考えるべきなのかもしれません。

2026年9月 5日 (土)

2026年度最低賃金

 厚生労働省は9月3日,47都道府県の地域別最低賃金の答申が出そろったと発表しました。答申額の全国加重平均は,現在の1121円から56円引き上げられ,1177円となります。目安制度が始まった1978年度以降で2番目に大きな引上げ幅です(厚生労働省「令和8年度最低賃金額答申」)。今後,関係労使からの異議申出に関する手続を経て,各都道府県労働局長が正式に決定します。
 兵庫県の答申額は,現在の1116円から56円引き上げられ,1172円となっています。発効予定日は10月1日です。過去10年間の推移をみると,次のようになります。2016年度の819円から,844円,871円,899円,900円,928円,960円,1001円,1052円,1116円となっていました。2016年度から2026年度までの10年で353円,率にして約43%上昇したことになります。とくに2022年度以降の上昇は急速です(厚生労働省「最低賃金に関するデータ・統計」)。
 最低賃金法は,低賃金労働者について賃金の最低額を保障し,労働条件を改善するための法律です。最低賃金を下回る賃金を定めた契約部分は無効となり,使用者が地域別最低賃金以上の賃金を支払わなければ,罰則の対象にもなります。現実の賃金の多くが最低賃金より十分に高ければ,最低賃金は,例外的な低賃金を排除する最低基準として機能します。ところが,現在の最低賃金は,そのような位置づけにとどまらなくなりつつあります。
 2025年度の地方最低賃金審議会で用いられた厚生労働省の調査によると,改定後の最低賃金を下回ることになる労働者の割合を示す「影響率」は,小規模事業所では全国平均で27.7%,兵庫県では30.7%でした。この調査の対象は,事業所規模30人未満,製造業等については100人未満の事業所です。全国の影響率は2016年には11.1%でしたから,大きく上昇しています(厚生労働省「地域別最低賃金額,未満率及び影響率」)。最低賃金が,その影響がとくに小規模事業所に集中し,そこで働く相当数の労働者について賃金の見直しを直接迫るようになっているのです。このことは,労働組合による交渉が及びにくい非正社員や小規模事業所の労働者の賃金を底上げしているという点では,重要な意味があるといえます。その一方で,最低賃金が「違法となる賃金の下限」ではなく,公的に決められる「現実の賃金」に近づいていることも意味します。そこで気になるのが,前にも書いたことがあるように,使用者に「最低賃金をきちんと支払っていればよい」,「毎年,最低賃金に合わせて賃上げしているのだから,それ以上に引き上げる必要はない」という意識が生じないかということです。本来,仕事の内容,経験,能力,責任などを評価して決めるべき賃金まで,最低賃金を起点として決められるようになれば,経験者と未経験者,責任の重い仕事と軽い仕事との賃金差が縮小し,不公平感を生むことにならないでしょうか。
 最低賃金の決定方法についても,見直す余地があります。これも毎年書いていることです。現在は,中央最低賃金審議会がランク別の目安を示し,その後,47の地方最低賃金審議会がそれぞれ審議します。2026年度は,33府県で中央の目安額を上回る答申が出されました(厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金答申状況」)。地域の人手不足などを反映した結果とも考えられますが,近隣県に負けたくないという競争が審議に影響した可能性もあります。中央最低賃金審議会の「目安制度の在り方に関する全員協議会」でも,2026年2月,近隣県等との過度な競争意識や最下位争いによって,目安を大幅に上回る引上げが行われたのではないかという点が,正式な検討事項とされました(厚生労働省「令和7年度地方最低賃金審議会の審議結果を踏まえた論点(案)」。また,同審議会では,2026年2月から目安制度のあり方に関する検討が始まっており,2027年度中をめどに全体を取りまとめる予定とされています(厚生労働省「目安制度の在り方に関する全員協議会の今後の進め方」)。今後の議論の展開に注目です。
 もっとも
,個人的には,最低賃金制度にどのような役割を担わせるのかというこそ,より重要な問題です。労働基準法28条は,賃金の最低基準について最低賃金法に委ねています。このような罰則付きの最低基準を設定する制度として位置づけるのであれば,客観的なデータに基づく算定方法をあらかじめ明確にし,現在の二段階の審議をもっと簡素化することも考えられます。ここでもデジタル優先主義があてはまります。AIを利用すれば,地域ごとの生計費,賃金,企業の支払能力などに関する資料の整理や,将来の雇用・企業経営への影響の試算を,現在より効率的に行うことはできるでしょう。もちろん,最低賃金制度にどのような役割を付与するかは人間が決めなければなりません(現行法でいえば,同法9条が掲げる生計費,賃金,通常の事業の賃金支払能力をどのような比重で考慮するかなどです)。人間とAIの分業のあり方を明確にし,そこで効率的な政策実施がなされていくべきなのです。
 ただ,人間が決めるべき最低賃金制度の役割という点では,もともと最低賃金法1条の定める目的には多様なことが書かれており,制度趣旨が不明確になっているという問題もあります。最低賃金に生存保障の中心的な役割までを期待する向きもありますが,そうするのであれば,最低賃金の適用を受けないフリーランスなどをどう考えればよいのかいうことが気になります。生存保障という点からすると,労働者かどうかは関係ないのであり,本来は,税制や社会保障制度を含む他のセーフティネットとの関係を整理しなければならないでしょう(拙著『労働政策の再創造』(弘文堂)では,雇用というステイタスにこだわらない生存保障のあり方を検討しています)。
 

2026年7月29日 (水)

災害時の生存保障

 熊本で大きな地震が起き,イオンモールや工場,住宅,インフラなどに深刻な被害が出ていると報じられています。亡くなられた方は本当にお気の毒です。ご遺族へのケアはもちろん,負傷した方や,住まい,店舗,仕事の基盤を失った方への支援が,できるだけ迅速に進むことを願っています。被害の全容はいまだ明らかではなく,現地では救助や状況把握のための懸命な活動が続いています。
 地震そのものを防ぐことは困難ですが,今回のような地震後の爆発,火災,設備の倒壊などについては,今後,本当に避けられなかったのかが検証されることになるでしょう。建物や設備をセンサーで常時監視し,異常や強い揺れを検知すれば,ガスや危険な設備を自動的に停止するなど,デジタル技術によって二次災害を減らせる余地は大きいようにも思えます。もちろん,外から考えるほど簡単なことではないのでしょうが,今後の対策につながる検証を期待したいところです。
 また,被災後の生存と生活をどう保障するかも重要です。原因究明や責任追及は必要ですが,その結論が出るまで医療や生活支援を待つことはできません。まず医療,住居,食料,当面の所得を公的に保障し,後に責任を負うべき主体が判明した場合には,必要に応じて国や自治体が求償するというように,責任の確定よりも救済を先行させる仕組みがあってよいのではないでしょうか。
 経済的支援についても,被災者に罹災証明,所得証明,口座情報などを何度も提出してもらうのではなく,行政がすでに保有している情報を活用して入力項目を最小限にし,利用可能な制度を自動的に案内することが考えられます。対象者と給付額を行政側で把握できる場合には,申請を待たずに支援する「プッシュ型」に近い仕組みも,さらに広げられないでしょうか。デジタル庁でも,被災者支援手続の案内,クラウド型の被災者支援システム,公金受取口座の利用などが進められています。
 もっとも,デジタルだけに一本化するのも危険です。スマートフォンを失った人,充電できない人,通信が途絶えた地域にいる人,デジタル操作の苦手な高齢者などもいるでしょう。原則としてデジタルで迅速に処理しながら,電話,紙,避難所での対面支援もバックアップとして残す必要があります。デジタル化の目的は,被災者に機器の操作を求めることではなく,できるだけ被災者が動かなくても,行政の側から必要な支援が届く状態を実現することにあるはずです。
 そして,どれほど優れたデジタル行政を構築しても,停電し,通信網が切断されれば動きません。人工衛星による通信経路の確保に加え,病院,避難所,自治体庁舎などでは,太陽光発電,蓄電池,電気自動車,非常用発電設備などを組み合わせた分散型の電力供給が,さらに整備されることが望まれます。大規模停電時に既存の電力網から切り離し,地域内で自立して電力を供給するマイクログリッドについても,すでに各地で取組みが進められています。
 さらに長期的には,宇宙空間で太陽光発電を行い,人工衛星から必要な地域へ電力を無線で送る宇宙太陽光発電も,将来の選択肢になり得るのかもしれません。地上の送電網の影響を受けにくく,送電先を切り替えられることは,大規模災害時には大きな利点となります。安全性,送電効率,コストなど未解決の課題は多く,すぐに使える技術ではありませんが,長期的な研究を続ける意味は十分にありそうです。
 捜索や救助の現場でも,すでにドローン,ロボット,衛星画像,AIによる被害分析などが活用されていると思います。人間が危険な場所へ入る前に機械が状況を把握し,医療機関の空き病床をリアルタイムで共有し,地域を越えた搬送を調整する。そうすることで,人間は,人間にしかできない救命やケアに集中できます。こうした役割分担が,今後さらに進んでいくことを期待したいです。
 ボランティアの活動は尊いものですが,国家の災害対応を善意だけに委ねることには限界があります。公務員,医療従事者,消防や警察の職員も,被災者である可能性があります。現場の方々の献身に過度に頼らなければ制度が動かないとすれば,持続可能な仕組みとはいえないでしょう。自動化できるところは自動化し,遠隔地から支援できる仕事を増やすことによって,現場の負担を少しでも軽減できればと思います。
 救命と生活基盤の回復については,必要な公的資源を十分に投入してもらいたいです。人々の生存を守ることが国家の基本的な役割の一つであるとすれば,大災害は,その底力が最も厳しく試される場面でしょう。
 日本は地震をなくすことのできない国です。だからこそ,災害を例外的な非常事態として扱うだけでなく,いつでも起こり得ることを前提として,行政,医療,電力,通信,給付を一体として考えていくことが大切なのだと思います。今回の地震が,現場の方々の尽力を称賛するだけで終わらず,危機が起きれば生存保障の仕組みができるだけ自動的に動き始める社会を考える契機となることを願っています。

2026年6月17日 (水)

神戸にも熊が来た

 ついに神戸市にも熊が現れたようです。近くの西宮や宝塚にも出現しています。いつかは来るかもしれないと思っていましたが,いよいよ覚悟しなければならない時期になったのでしょうか。私が両親のお墓参りに行く霊園も,少し山の中にあります。周囲の環境を考えると,熊が出てきてもまったく不思議ではありません。そう考えると,少し心配になってきます。
 熊と万が一遭遇してしまった場合,どうしなければならないのでしょうか。これまでは猪と遭遇したときにどうするかということは,リアルな危険として,私たちは常に気にしていました。しかし熊はこれとは次元が違いますよね。逃げ切れるとも思えませんし,適切な対応を知らなければ危険です。今後は,熊対策についてもきちんと勉強しておかなければならないのでしょう。
 しかも,冬になれば安心というわけでもなさそうですし,今年だけの問題でもありません。熊の生息域が広がり,人里への出没が常態化していくのであれば,来年以降も同じ問題に向き合わなければならないはずです。
  ここでもデジタル技術の活用を考えてみましょう。
 第1に,熊出没情報のリアルタイム共有です。現在も自治体がメールやウェブサイトで情報を発信していますが,もっと高度化できるでしょう。たとえば,スマホアプリで出没地点を即時共有,GPSと連動して接近時に警告,登山道や霊園などの危険度を色分け表示です。たとえば,お墓参りに行く前にアプリを見ると,「過去48時間以内に半径500mで熊の目撃情報3件」と表示されるような形です。交通渋滞情報の熊版です。
 第2に,AIカメラによる監視です。山間部や霊園にカメラを設置し,熊,猪,鹿,人をAIが自動識別します。熊を発見したら,管理事務所に通知,利用者のスマホに通知,スピーカーで警告などが可能でしょう。
 第3に,ドローンとの連携です。将来的には,AIカメラが熊を発見すると,ドローンが自動発進し,熊の位置を追跡するということも考えられます。人間が山に入って確認するより,はるかに安全です。
 第4に,熊行動予測システムの開発です。気温,降雨量,どんぐりなどの豊凶,過去の出没履歴などを学習させることで,「今週は神戸市北区で出没リスクが高い」 というような予測も可能になるでしょう。天気予報に近い発想です。
 第5に,ウェアラブル機器の活用です。墓参りや登山の際に,GPS発信機や熊接近警報を持つことも考えられます。
 第6に,「熊との共存」のためのデジタル技術です。たとえば,熊が近づくと自動で警告音が出たり,熊が嫌がる周波数の音を発する装置を設けたり,AIによる侵入検知をするなど,人間と熊の生活圏をデジタル技術で分離するということも考えられます。
 これらもデジタル優先主義の適用例です。すでにこれくらいのことは検討されているとは思いますが。

2026年6月 2日 (火)

台風到来

 台風が近づいています。神戸でも15時32分に暴風警報が発令され,大学では5限目から休講となりました。幼稚園でも保護者によるお迎えが求められていたようです。ただ,よく考えてみると,親が仕事をしている場合,そう簡単に対応できるものではありません。
 もちろん,子どもの安全を確保することは最優先です。しかし,警報のたびに休みになったり,保護者が仕事を中断して対応したりしなければならない状況は,本当に現在の社会のあり方として適切なのでしょうか。 労働法の世界では,育児や介護と仕事の両立支援が重要な課題となっています。しかし,自然災害への対応という観点からみると,まだ十分な制度設計がなされているとは言い難いように思います。企業によってはテレワークで対応できるでしょうが,すべての職種でそれが可能なわけではありません。
 近年の日本では,台風,豪雨,線状降水帯,そして猛暑が毎年のように発生しています。気象庁の統計をみても,全国の猛暑日(最高気温35度以上)の日数は長期的に増加傾向にあり,かつては例外的だった高温が日常化しつつあります。かつては「異常気象」と呼ばれていたものが,今ではもはや「異常」ではなく「通常」になりつつあります。
 夏季の熱中症による労働災害は毎年発生しており,建設業や運輸業など屋外・現場作業を伴う職種では深刻なリスクとなっています。気候の変化は単なる環境問題ではなく,労働安全や生産性の問題でもあるのです。 そのように考えると,災害時だけ例外的に対応するという発想そのものを見直す必要があるのではないでしょうか。むしろ,災害が発生することを前提として社会を設計するという考え方が求められているように思います。そこで重要になるのが,やはりデジタル技術の活用です。
 出勤しなくてもできる仕事はオンライン化する。会議はできる限りオンラインで行う。授業も必要に応じてオンデマンド配信を活用する。行政手続もデジタル化する。人間が物理的に移動しなくても済む場面を増やしていけば,台風や豪雨による社会的な混乱はかなり軽減できるはずです。
 実際,新型コロナウイルス流行期には,多くの企業や大学が短期間でオンライン対応へ移行しました。もちろん課題もありましたが,対面でなければ不可能と考えられていた業務や教育の一部が,実際には遠隔でも十分に機能することが示されたのは重要な経験だったと思います。災害時の事業継続や教育継続という観点からも,この経験を活かさない手はありません。
 そもそも気温35度を超える環境のなかで,人々が通勤し,勉強し,部活動を行うことが,本当にまともなことなのかという疑問があります。その意味では,秋入学の導入や,夏季の長期休暇の拡大といった議論も,真剣に考える余地があるのかもしれません。
 AI共生社会では,「機械が人間のために働く社会」を目指すべきだと考えています。夏のような過酷な時期には,人間は活動を少しスローダウンし,AIや自動化システムにできることは任せる。その間,人間は休養し,学び,家族と過ごし,創造的な活動に時間を使う。そんな社会のほうが,自然にも人間にも優しいのではないでしょうか。
 すぐに実現できる話ではありませんが,気候変動が進み,自然災害が常態化しつつある現在,私たちは従来の働き方や学び方を当然の前提として考えるのではなく,根本から見直してみる必要があるように思います。

2026年4月 5日 (日)

運転手不足問題を,労働時間規制の緩和で解決してはならない

  私たちの日常生活でお世話になっている神戸市バスですが,ダイヤ改正により大幅に減便となったようで,神戸大学につながる36系統も若干の減便となっているとのことです。その他の地区では,さらに大きな減便もあるようです。赤字と人材不足が理由とのことで,これは困った問題です。料金も徐々に上がってきており,私はできるだけ歩くようにしているため,あまり影響はありませんが,困っている人も少なくないでしょう。
 運転手不足は深刻です。大型自動車の運転手は,こうした公共交通機関に限らず,幼稚園,病院,高齢者施設などの送迎でも需要がある一方で,なり手が減ってきているようです。官民を挙げて,自動運転に向けた投資に思い切って取り組まなければ,今後さらに状況は悪化するおそれがあります。
 運転手不足については,「2024年問題」と言われたように,労働時間規制が原因とされることもありますが,運転手にも労働者として適切な保護が及ぶべきであるという点は大原則であり,これまでの適用猶予がそもそも例外的なものであったといえるのです。労働者としての保護はきちんと守ったうえで,いかにして運送サービスを維持するかを考えていかなければなりません。価格を引き上げて人件費の原資を確保するという方法も考えられますが,人々の移動手段をどのように確保するかという観点からは,デジタル化への思い切った転換が必要です。
 その点で,トヨタのWoven構想は興味深いと思っていましたが,これは私が考えているようなデジタルによる移動確保の手段として,どこまで期待できるのでしょうか。いずれにせよ,機械が運転することによって人の移動を確保し,人材不足と交通事故の問題を同時に解決することが,これからの重要な政策課題となるはずです。労働時間規制を緩和して人間の労働力に依存し続けようとする発想は,方向として誤っていると言わざるを得ないのです。

2026年1月19日 (月)

LS期末試験

 今日はLSの期末試験で,久しぶりに大学に行きました。郵便物がたくさん届いており,少しずつ整理することにしました。
 今回は初めてのCBT方式で,しかも私の試験が期末試験初日のトップバッターとなり,不安でいっぱいでした。幸い,事務の方と教務主任の先生に立ち会っていただき,いろいろと助けてもらいながら,無事に終えることができました。学生は今日に備えて,何度も試験のやり方を練習していたようです。
 これまでは紙の試験で,学生が必死に解答を書き込むという形でしたが,今日は,ひたすらキーボードに打ち込むという感じでした。試験問題と解答用紙を画面上で分割表示しつつ,手元では紙媒体の下書用紙にメモを取りながら試験に臨んでいました。
 試験が終わると,これまでは答案用紙を回収し,枚数をチェックする作業が必要でしたが,今回はその手間もなく,パソコン上で答案提出が完了しているかを確認するだけで済みました。紙の答案用紙を持ち帰ってもらい,事務で確認し,さらにコピーを事務助手に取ってもらうという一連の作業も不要になりました。
 採点は,パソコンからダウンロードしたPDFファイルに対して行いますが,これまでは,学生が必死に書いた手書き文字を解読するという,老眼の教員にはなかなか厳しい作業がありました。それがなくなったのも,大きな変化です。
 革命的というほどではありませんが,これもまたデジタル化の効用ということでしょう。技術的にはもっと前から可能だったはずですが,さまざまなコストの問題もあり,司法試験改革のおかげで,ようやくその恩恵が及んできたという印象です。学生にとっても,決して悪いことではないでしょう。
 もちろん,不正対策などについては,今後もいろいろと考えていかなければなりませんが,まずは,私の職場でも,ささやかながら,それでも大学にとっては大きな一歩を踏み出したと言ってよいのではないでしょうか。これを機に,さらに試験のデジタル化が進むことを期待したいと思います。学生のほうはすぐに慣れるはずですから,学生の利便性を考えるのであれば,大学側が早くその気になって対応すべきでしょう。導入

2025年12月25日 (木)

次はDLPFか

 スマホアプリ競争促進法, 正式にはスマートフォンにおける特定ソフトウェアの競争促進に関する法律が2025年12月18日に施行されました。デジタルプラットフォーム(DPF)の規制については, いよいよこれから,労働がその対象となるかが一つの重要な論点になってきそうだと感じています。
 DPFについては, すでに上記の法律以外にも,デジタルプラットフォーム取引透明化法などがあり, 取引条件の開示義務や取引停止時の説明義務など, 注目すべき規制が設けられています。ただし, この透明化法は, そもそも労働プラットフォームへの適用を予定していません。基本的には事業者間取引, すなわちBtoB関係を前提とした制度であり, プラットフォーム上で働く個人との関係を直接に規律するものではありません。仮に今後, 透明化法の考え方や制度設計を労働の分野に応用していくとしても, BtoB関係を想定した規制をそのまま延長するだけでは不十分でしょう。というのも, 労働プラットフォームにおいて問題となるのは, 単なる取引条件の不透明性にとどまらず, 報酬決定の仕組みや評価システム, アルゴリズムによる仕事配分やアカウント停止など,労働・就労に固有の論点もあるからです。これらは, 事業者間取引における「取引の公正さ」とは異なる次元の問題を含んでいます。
 労働に関するデジタルプラットフォーム(DLPF)をめぐっては, これまでも, 使用者に当たるかどうか, あるいは優越的地位の濫用の危険性を有する事業者と評価できるかといった点を, 既存の法体系になぞらえて検討する議論が行われてきました。こうした議論は, 解釈論としても立法論としても重要であり, その意義を否定するものではありません。
 ただ, プラットフォームを媒介とする労働という新しい現象に対して, 従来の枠組みへの当てはめだけで十分なのかという疑問もあります。むしろ, 新しい現象には, それに即した新たな規制手法を構想する必要があるのではないか,というのが私がこれまで主張してきたことです。そこで浮上してくるのが, 「共同規制」という考え方です。私自身, この点については,2年前に「労働法の規制手法はどうあるべきか―政府規制の限界と非政府規制の可能性」季刊労働法280号2-11頁という論稿を発表していますが, 急速に変化するデジタル分野においては, 国家による一方的な規制だけでも, 市場への全面的な委任だけでも,限界があるのです。行政や事業者,場合によっては就労者の代表者が関与しながら, ルール形成と運用を行っていく共同規制は, DLPFの規制のような新たな分野に有効な選択肢になりうると考えています。
 新しい規制というと,まずはEUではどうか, という議論になるのですが, EUのアプローチがそのまま日本にとって参考になるとは限りません。制度的背景や労使関係の前提が大きく異なる以上, EUの議論を参照しつつも, それを相対化して検討する視点が不可欠です。 EUの議論も含め, 今後どのような点を考えていくべきかについては, 私たちが今年の夏に刊行した『フリーランス法制を考える―デジタル時代の働き方と法』(弘文堂)の中で論じています。冬休みの機会に, ぜひ手に取っていただければと思います。

2025年3月25日 (火)

交通事故回避のためにブレインテックを

 静岡での交通事故は,ほんとうに悲しいです。小学生の姉妹がはねられ,妹は死亡し,姉は重体だそうです。軽ワゴンを運転していた78歳の男性は事故のことは覚えていないとのこと。ブレーキ痕がないので,眠っていたのでしょうか。親御さんの心痛をお察しします。数日前には,三重の観光バスで交通事故が起きています。こちらは,運転手本人は死亡で,乗客に多数のけが人でました。やはりブレーキ痕はなかったそうです。
 いつも言っていることですが,自動車は,運転手がきちんと制御能力のなければ,走る凶器と化します。観光バスでは,会社がきちんと安全を確保しなければなりません。これは前にもふれたブレインテックの利用を必須とすべきでしょう。こうしたテックを使って,運転手の注意力などをリモートでチェックしていないかぎり,事故があったときに,会社は,客との運送契約上の債務不履行責任ないし不法行為責任を負うとすべきです。ヘッドギアなどのデバイスを着用して運転するよう義務付けることは,労務管理の強化であるという反論もあるかもしれませんが,人間の生命・身体の安全性が優先します。
 個人の運転の場合は,免許更新や健康診断などで一定の運転障害の危険性が確認できれば,乗車禁止にしてほしいですが,そこまでは無理だとしても,医師はデバイスの着用を指示し,その脳波をAIによって分析して,注意力が低下したときには脳を刺激する電気信号を送るなどの対応ができる仕組みを作ってほしいです。もし不着用で運転した場合には,厳罰に処すべきです。
 すでに睡眠改善などでブレインテックは使われていますが,こういうことだけでなく,事故対応こそ優先性が高いです。自動車会社も,自動車が凶器になるかならないかは,この技術にかかっているというくらいの気持ちをもって臨んでもらいたいです。少しでも事故の危険性があるような運転手には,車が運転できないようにできれば,自動車会社も事故防止のためのブレインテックの開発にお金を出すでしょう。
 少し接触しただけで,人間の命など簡単に吹き飛んでしまうものが,自分のすぐ横を走っているというのは,おそろしくてたまらないです。怖がりすぎているのかもしれませんが,ただ,せっかくテクノロジーが実用可能な状況に来ているわけですから,それをぜひ活用してもらいたいのです。ブレインテックの倫理的な問題については,先日の研究会でも少し議論しましたが,たとえば脳という人間の内心を外部からチェックすることは人間の尊厳に対する重大な侵害といえなくはないとしても,生命・身体の安全には劣後すると考えています。
 ブレインテックは,交通事故の被害で高次脳機能障害を負ってしまった人にも助けになります。事故が起きないようにするのが何より大切ですが,起きてしまったときのサポートは,自動車を運転した人だけでなく,こういう機械を生み出した会社やそれを利用している社会全体で担うべきでしょう。

2024年12月 4日 (水)

マイナ保険証

 12月2日から健康保険証の新規発行がなくなりました。マイナンバーカードに保険証の機能を載せた「マイナ保険証」に一本化するそうです。そのようななか,厚生労働省の省令(療養担当規則)によって,医療機関に対してマイナ保険証による「オンライン資格確認」を義務付けられたことについて,その義務がないことの確認を求めて国を訴えた裁判で,先月28日,東京地方裁判所は,医師たちの訴えを退けたようです。法律論としては,省令でそのような措置を定めることは憲法41条(国会が国の唯一の立法機関であるとする規定)に違反するという主張であったようです(弁護士JPの記事を参照しました)。
 マイナ保険証は,医療機関にも負担をかけているということで,困ったものではあります。ただ,デジタル推進派の立場からは,マイナ保険証はもっと活用すべきで,できればマイナンバーカードを持ち歩かずに,スマホを提示すればOKというようにしてほしいですし,政府もその方向で進めているようです。上記裁判での原告たちも,マイナ保険証一本というのが困るということにすぎず,マイナ保険証それ自体がダメと言っているわけではなさそうです。
 ところで,マイナンバーカード反対派(返納者ら)は,その主たる根拠として,情報漏洩への不安と監視社会になることへの不安を挙げていたと思います。情報漏洩については,国の安全対策への信用ができていないことが理由でしょうし,マイナンバーを活用した国家の監視の強化のおそれについても,政府への信用の問題です。とくに後者については,国家権力は権力を濫用するものだから,マイナンバーカードだって目的外利用をするにちがいないと考えて,自分たちはマイナンバーカードを使わず,できるだけ私的領域を守りたいというのは一つの考え方でしょう。ただ私は,マイナンバーカードの利用については,現時点では,リスクと利便性の天秤の問題と考えており,利便性を活かし,リスクをできるかぎり抑えるという方向で対応してもらえればと思っています。
 いずれにせよ,マイナンバーカード一般の問題とマイナ保険証は,ひとまず切り離して考えてよいでしょう。マイナンバーカードは良しとしても健康保険証は使えるようにしてほしいという意見はありえますし,その具体的な現れが,医療機関側の声(の一部)が上記の裁判ですし,利用者側にも,そのような声があるでしょう。
 ところで,健康保険証とは何のためのものなのでしょうか。私たちは医療機関で診療サービス(療養の給付)を受ければ,その対価として医療費を支払わなければならないのですが,皆保険ということで,原則として,国民健康保険か健康保険に加入して保険料を支払っており,その保険でカバーされる保険診療については,保険機関から医療費(診療報酬)が支払われ,私たちは一部負担金として原則3割だけ支払うことになっています。健康保険証は,どの保険機関から残額を支払われるかを確認するための書類ですので,医療機関からすると医療費を確実に受領できるように,保険証の確認は重要な意味をもっているわけです。逆にいうと,この書類がなければ,私たちは医療費を全額支払わなければなりません。健康保険証が新規発行されないとなれば,それに代わる保険証がなければ困ります。それがマイナ保険証(あるいは資格確認書)です。マイナ保険証は,マイナンバーカードを取得して,それに健康保険証の登録をすればよいものです。この登録作業はスマホ(あるいはPC)でやるのですが,上述のように,近い将来,スマホのマイナポータルをつかってマイナ保険証を提示できるようになりそうです。マイナンバーカードの携行率が低いことが問題であると言われますが,私のようにスマホ一つしか持ち歩かない人間にとっては,マイナンバーカードだけ携行しなければならないのは面倒です(紛失の危険大です)。同じように思っている人も多いでしょう。スマホ化ができなければ,マイナンバーカードは所有している人は増えても,利用者はそれほど増えないでしょう。
 ただ,こうしたことを高齢者にやらせるのは大変かもしれません。今後,行政サービスのデジタル化を一挙に進めることにし,必要なスマホなどでの手続ができていない家庭のサポートのために,自治体がこういうことに精通しているアルバイト職員を雇って,各家庭に訪問させて設定などをすべて代行し,そこでマイナ保険証の登録なども一緒にやってしまうということができればよいと思います(医療機関のオンライン資格確認についても,コスト面に不安のある中小の機関には補助金で支援したり,技術的な問題があるとすれば,サポート員を派遣するなどをしてもよいでしょう)。
 というように思うのですが,現実には,そう簡単にはいかないのでしょうね。ただ,結局のところは,マイナ保険証などのようなデジタル化は,どこまで政府が本気でデジタル化を進めるつもりなのか(デジタル化がなぜ必要なのかを理解することが,まずは出発点です),そして,そのために政府全体が緊張感をもって国民にデジタル化の意義や必要性を理解してもらうために努力をするのか,にかかっています。役人のなかには,なんでマイナンバーカードなんて導入するのだろうか,マイナ保険証なんてなくてもいいだろう,と思っている人が必ずいるはず。そういう人がいるかぎり,国民への対応もいい加減になり,説得力も下がります。このあたりも含めて,政府の姿勢が問われることになります。

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