社会問題

2024年5月17日 (金)

レジ係の働き方改革

 日本経済新聞の電子版(515日)で,「座ってレジ接客,人手不足解決に スーパーのベルクなど」という記事が出ていました。これが記事になるのは,日本ならです。
 私がかつて住んでいたイタリア・Milanoの近所のスーパーマーケットでは,レジの店員は当然座っていて,カゴに入れた商品は,客が自らベルトコンベアの上に並べて,それを店員はピックアップしてレジに打ち込み,横に滑らせていき,そこでたまっていった商品を客が自分で回収して袋に詰めます(他の欧州諸国も私の知る限りはほぼ同じ)。ぐずぐずしていたら,次の人の商品がやってくるので,急がなければなります。商品は棒で区切られるので混ざりませんが,焦らされます。
 これが近所のいかりスーパーになると,高齢者の客が多いためかもしれませんが,商品カゴを置くだけで,レジの店員(もちろん立っています)がそれを一つひとつ取り出してスキャンして,それをもう一人の店員(英語ではsacker[袋係])が受け取って,丁寧に袋に詰めてくれます。しかも持ち運ぶときに傾いたりしないように,よく考えて丁寧に詰めてくれます。ときどき研修生がいますが,横でベテランがいて,しっかり指導しています。ベテランは,卵,いちご,ワインなどが混在していても,上手に商品が壊れないように安全に詰めてくれて,まさに名人芸です。楽ちんですが,おそらくイタリア人がこれをみたら驚くでしょうし,(質的に)過重労働だとして労働組合が文句を言ってくるかもしれません。ちなみに,いかりスーパーでは,お客がいなくても,レジ係の人はずっと立っています。余計なお世話ですが,椅子に座らせてあげたいですね。
 客としても,そこまでやってくれなくてもよいです。過剰サービスであり,むしろ労働者が楽に働けるようにしなければ,いずれは働き手がいなくなってしまわないかが心配です。ただその前に,レジ係(英語ではchecker)は,人間がやらなくてもよくなるでしょうが。

2024年5月16日 (木)

日本郵政に未来はあるか

 今朝の日本経済新聞で,日本郵政グループが,金融事業への依存を強めていると書かれていました。もともと郵政は3事業(郵便・貯金・簡易生命保険)で出来ているビジネスで,郵便は赤字で,それを郵貯(金融)とかんぽ(保険)で補うという構造であったのですが,郵貯銀行とかんぽ生命保険は将来的には日本郵政の持ち株を完全売却するということが予定されていて,郵便事業をどう立て直すのかが,日本郵政・日本郵便にとって重要な課題となっています。
 とはいえ,電子メールやSNSの時代において,封書・葉書・切手のようなアナログ媒体はなくなっていくでしょう。役所は簡易書留が大好きですが,ほんとうは必ずしも必要でないものまで書留にしていると思いますし,いずれにせよデジタル化の進行により,残念ながら郵便ビジネスは絶滅に向かいつつあるように思います。宅配などのニーズはありますが,専門の民間業者との競争に勝てるでしょうか。ヤマトや佐川はアプリで荷物配送の事前連絡があるのですが,日本郵便はLINE登録しているものの,事前通知が来ることはあまりないのです(私の設定の問題でしょうかね)。 
 郵便事業の危機は,日本郵便の雇用問題などにも影響するでしょう。同社のHPをみると,臨時従業員を除いても従業員数が171,804名(2024年3月31日現在)という日本有数の大企業です。経営危機になったときの影響は甚大です。
 今日の問題は,森永卓郎氏に言わせれば,アメリカの言いなりになって,小泉純一郎が郵政民営化をやったからだということになりそうです(『書いてはいけない』)が,郵政民営化の功罪についての評価は難しいところです。郵政民営化の経緯において,アメリカが,日本人がこつこつ貯めてきた膨大な郵便貯金に狙いを定め,なんとかそこに自国の金融機関が参入できるようにするためにかけたプレッシャーに負けたということがあるのですが,かりにそうでも,郵政民営化が国民のためになっていたらよいのですが,ほんとうのところはどうなのでしょうか。
 現在,自民党は,郵政民営化法の改正の検討を進めているようです。日本郵政と日本郵便を合併し,郵貯銀行とかんぽ生命保険の完全民営化をやめて日本郵政が3分の1の株を保有し続けることとし,日本郵政への外資規制を導入することなどが内容です。振り返れば,2005年の嵐のような郵政民営化選挙は,刺客の小池百合子の東京進出を可能としたり,自民党の重鎮を落選させたり,その後の政治に大きな影響を与えましたが,あれは何だったのかということを,きちんと総括してもらいたい気もします。あのとき小泉首相と同じ清和会に属しながら一人毅然と反対票を投じた城内実氏(静岡7区)は,その後の総選挙で刺客として送り込まれた片山さつきに惜敗しましたが,その後リベンジをはたし,現在は自民党に復党しています。城内氏が,あのときのことをどのように語っているか聞いてみたいですね。

 

2024年5月15日 (水)

誰のための環境行政か

 日本経済新聞の社説「環境省は真摯な水俣病対応を」(電子版59日)から引用すると,「熊本県水俣市で1日に開かれた伊藤信太郎環境相と水俣病患者らの懇談で,被害者側の発言時間が予定の3分間を超えたとして,同省の担当者がマイクの音を切って発言を遮った」そうです。
 「51日は水俣病の公式確認日である。環境相は毎年この日に水俣市での慰霊式典に出席し,患者団体などと懇談する。担当閣僚が被害者の声に耳を傾ける趣旨の会合なのだ。にもかかわらず,悲痛な思いを述べる発言を一方的に妨げるなど言語道断である。強い抗議が出たのは当然だ。」というように,強い論調で非難されています。
 大臣の帰京のスケジュールを優先したことによるようですが,そもそも役人は「段取りがすべて」みたいところがあり,分刻みでいろんなことを決めているので,3分と決めたら,何が何でも3分でいくということであったのかもしれません。その3分という時間制限も,先例踏襲のようですが,そのときも,次のスケジュールとの関係などから逆算してはじき出すという,より大きな段取りの下で決められていたのかもしれませんね。
 もちろん,段取りどおりに物事を進めることは日本では大事なことであり,たとえば役所関係の会議の司会(座長など)のようなポストにつくと,段取りだけは守ってくれというようなことが言われます。アドリブは厳禁です。タイムキーピングがうまく行かなければ,「司会の不手際で,時間が押してしまい申し訳ありませんでした」と謝罪をしなければなりません。これが,発言の時間が減ってしまった人への謝罪であれば理解できますが,むしろ秩序を維持できなかったことへの謝罪という感じがあり,それは単なる形だけの白々しいものです。
 一方で,偉い人の遅刻は,問題ありません。偉い人が進行を乱しても,役人は何も言いません。また,大臣の発言時間は,(仕事としての)文章を読むだけですから,そもそも時間は厳守しやすいでしょう。最初から不公平にできているのです。もちろん役人の立場からすると,段取りを守り,偉い人に迷惑をかけないことこそ,その中心的な仕事なので,そこは譲れません。
 こう考えると,今回の件では,担当の役人からすると3分でマイクを切るのは当然のことでしょう。3分の時間制限は,さすがに事前に通告していたのでしょうが,だからといって3分というのは厳しすぎるものです。大臣の前で話すなど滅多にないことでしょうし,独特の雰囲気のなかで,お堅い感じの役員の応接を受けたうえで,「はい,お話しください」と言われても,場の雰囲気に慣れるだけで制限時間が終わってしまうことでしょう。どのような話をするかによるとはいえ,私たちのように話すのに慣れている人間でも,事前に準備していても,3分で話をまとめろというのは難しいことです。ましてや素人には無理です。
 もちろん,わざわざ大臣が来てくれているのだから,時間くらいはこちらの言うことを聞けということかもしれません。しかし,むしろ大臣というのは,実際には「顔」にすぎないということを考えると,被害者たちの話を聞くことは「本務」として,たっぷり時間をとってもよいのでないでしょうか。政治家こそ,そういう仕事に向いているのです。しかも,この会合は,水俣病という,環境行政を整備するうえでのターニングポイントとなった公害にかかわるもので,環境省という役所としても最も重視すべきものであったはずなのです。
 ついでに言うと,リモート時代なので,もし大臣が不在であれば困る仕事が東京などであったとしても,それは大きな問題ではないでしょう。よほどのことがないかぎり,画面に顔を見せて,文章を読ませれば済むことなので,リモートで十分です。それよりも,被害者たちの生の話を直に聞くということこそ,対面型でやる仕事なのです。

2024年5月 3日 (金)

小池都知事の学歴詐称問題

 小池百合子都知事の学歴詐称がまた話題になっていますね。以前に石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋)をこのblogで採り上げたことがありますが,この問題が再燃しています。世間の常識はすでに「カイロ大学卒業」は眉唾で,それを前提に,それでもこの人に都政を任せてよいかというところに関心が移っているような気もします。

 民間企業であれば,最終学歴に詐称があれば,懲戒解雇となることが多いのですが,ただ学説には,経歴詐称があっても,その後の勤務状況や仕事のperformanceに問題がなければ,当初の詐称だけを理由に懲戒解雇をするのは重すぎるという議論はあります(普通解雇はありうるということですが)。同じ理屈でいえば,小池氏の場合は政治家生活が長いし,都知事だけをみても2期やっているので,学歴詐称だけを問うのは妥当でないという意見が出てくるかもしれません。しかし,民間企業の会社員と議員や知事を同列にはおけないでしょうし,政治家特有の選挙で禊を済ませたという言い分については,本人が詐称を否定しているので,禊になっていないでしょう。そもそも詐称は,公職選挙法に違反するので(同法2351項の虚偽事項の公表罪),その点からも最終学歴を問題とせざるをえないのだと思います。実際,外国の大学での卒業が虚偽であったとして辞めた議員は少なからずいたと思います(きちんと数えたことはありませんが。国内の大学の卒業を詐称するのは,すぐにバレるので難しいでしょうが,以前に東京六大学のある大学の中退を詐称したことがバレて辞めた議員はいましたね)。

 先日の衆議院の東京15区の補選では,さすがの小池氏もその神通力が衰えたとされています。彼女の応援した乙武氏の不人気に加えて,小池氏の学歴詐称問題が影響したことは確かでしょう。本来はこの選挙区は,もうすぐ知事の任期が切れる小池氏が国政復帰をめざして出馬すると言われていたところで,出れば当選は確実で,そこで一挙に,岸田後継に名乗りをあげるというシナリオがあったようですが,学歴詐称問題を抱えたままでは首相になることは難しく,それなら都知事3期を目指したほうがよいと考えたのかもしれません。しかし,その都知事選も,よい対抗馬がいるか不明とはいえ,小池氏の再選はあやしくなっているのではないでしょうか。そもそも公職選挙法違反の疑惑を抱えながら,出馬できるのでしょうかね。

 学歴詐称は,アンフェアなことであり,これだけ話題になっているのですから,明確な解決をしてもらわなければ,社会的にも大きな影響があるでしょう。将来的には,(希望的観測も含め)学歴社会ではなくなるのでしょうが,これまで学歴詐称で議員辞職になった人もいれば,民間でも懲戒解雇になった人もいたわけであり,有名人であり権力があるから許される,ということになれば,国民は納得できないでしょう。マスメディアも知っていることがあるなら,もっとしっかり報道すべきで,ジャニーズ問題の教訓も活かすべきです。

 卒業の有無は,海外の大学にはいろいろあるとはいえ,比較的簡単に証明できると思う(外国の大学は日本とは違うとはいえ,卒業の証明ができないような大学は,そもそも卒業したといっても価値がないといえるでしょう)ので,それをきちんとやり,もし卒業が虚偽であるなら(あるいは,なんらかの見解の相違があり誤解を招いたのなら),そのことを謝罪して,そのうえで遅くとも来年10月にはある次の衆議院選挙に出れば,状況は変わるのではないかと思います。反小池派は,小池氏が開き直って乾坤一擲の大勝負に出ることを一番恐れているのではないでしょうか。

 

 

2024年4月21日 (日)

自治体でのパワハラ問題に思う

 昨日に続いてハラスメントの話です。昨年あたりから,ジャニーズのセクハラ問題,宝塚歌劇団のパワハラ問題などのような,世間の大きな注目をひく事件がでてきて,ハラスメントは,労働法の問題にとどまらず広く社会問題として関心を集めているように思います。パワハラとは,労働施策総合推進法でいうものがすべではありません。同法は,職場のパワハラを対象としたものですが,職場以外でのパワハラというものもあるのです。具体的な法律の規制対象となっていなくても,その組織や集団において,個人の尊厳がふみにじられているようなことがあれば,広くパワハラとみるべきなのです。

 そうしたなか,また一ついやなパワハラ問題が報道されています。北海道の参議院議員のパワハラ問題です(ある意味では,カスハラ問題といえなくもありません)。もし報道どおりであれば,議員と自治体職員との間で,わかりやすい権力濫用問題があったように思います。それは当然のことながら,自治体で働く職員のパフォーマンスに影響を及ぼすものであり,住民に迷惑をかけるものです。
 前に静岡県の川勝知事の新入職員への訓示に関してコメントしたときに,ほんとうに職員が誇りをもって働けるような環境であることが大切という趣旨のことを書きましたが,まさに北海道庁や札幌市の職員は,この議員によって尊厳をくじかれ,時間も奪われていた可能性があります。知事や市長の管理責任も問われることになるかもしれません。
 自治体職員にとっては,国会議員だけでなく,地元の地方議員との関係もあるでしょう。議員だから,職員より上の関係にあるということではないはずなのですが,それを勘違いしている議員もいるようです(これは霞が関の国会議員と官僚との関係にもあてはまると思います)。

 私も労働委員会の公益委員をしているときは,特別職の地方公務員であり,任期途中に一方的に報酬が変更されるといった理不尽な扱いを受けている弱い立場ですが(いやなら辞任すればよいだけなのですが,報酬だけの理由でこの仕事を放り出すことは当面はできません),サポートしてくださっている職員との関係では,今度はこちらが権力的な関係になりかねず,自覚して注意をしておかなければなりません。プロとしての仕事はしっかりしなければダメなので,そのためには,場合によっては厳しい要求をしなければならないこともあるでしょうが(幸い,私のいるところでは,そういう必要性はありませんが),それ以上に人格的な尊厳を損なうようなことはしてはならないのは当然です。

 いずれにせよ,今回の北海道の問題を契機に,自治体において,ILOのいう「decent work」ができる環境かどうかを,知事や市長が中心になって総点検してもらいたいものです。対議員もそうですし,悪質なクレーマー住民との関係もあるでしょう。もちろん知事や市長がパワハラの源泉になっていないかの自己点検も必要でしょう。職員からの内部告発には真剣に対応するということも含めて,しっかり取り組んでもらう必要があります。

 

 

2024年4月12日 (金)

川勝発言に思う

 職業差別として批判されて,川勝平太静岡県知事が辞職しました。県の新入職員への訓示として,彼ら・彼女らを鼓舞するためにした発言が批判されました。これが職業差別かと言われると,やや疑問もあります。今回の発言は,NHKニュース「静岡川勝知事 発言撤回“職業差別と捉えられるの本意でない”」によると,「県庁というのは別の言葉で言うとシンクタンクです。毎日野菜を売ったり,牛の世話をしたり物を作ったりとかと違って,基本的に皆さんは頭脳・知性の高い方たちです」というもので,「毎日野菜を売ったり,牛の世話をしたり物を作ったり」している人を差別するというより,県庁職員を鼓舞するような話なので,差別があるというのは,「反射的効果」にすぎません。ただ結論としては,知事発言は不用意であったことは否めないわけで,結局,撤回と謝罪に追い込まれたのはやむを得ないのかもしれません。
 労働には,知的なものと肉体的なものとがあるという区別は,アカデミックな場では普通にやります。ホワイトカラーとブルーカラーの区別もあります。こうした区別をせずに労働を一般的に論じても,適切な議論ができません。上記のような区別があることは,常識として誰もが知っていて,また感じていることでしょう。これは,労働者概念が,法律の世界では,職業に関係なく統一的かつ包括的であるということとは別の話です。
 川勝発言の失敗は,「頭脳・知性の高い方」という表現にあったともいえます。「高い」という表現が,職員を鼓舞するには適切なのでしょうが,その場にいない人たちを「低い」と呼んだと誤解され,差別的な印象を与えてしまったのです。高低ではなく,「頭脳・知性を使う人」という表現であれば,ここまで問題とならなかったと思います。
 ただ実は,ほんとうの問題は,県庁の職員の仕事が,「頭脳・知性」を使うものばかりではないということにあるようにも思います。実際には,議員や県民にどなられたり,デジタル化の遅れからくる非効率な仕事をさせられたりすることが少なくないのではないでしょうか(静岡県がどうかはよく知りませんが)。ほんとうに職員が「頭脳・知性の高い方」というプライドをもって働けるような環境があるのかが真の問題なのです。
 もう一つは,農業は決して知的な仕事でないことはないということです。アグリテックという言葉もあるように,既存の産業とAIとの融合は,全産業的に起こっており,農業も例外ではありません。元知事のもっているイメージは,一時代前のものかもしれません。他方で,デジタル化が遅れているホワイトカラーの仕事こそ,非効率であり,むしろ肉体労働に近いものとなっている面があります。
 さらに視点を変えると,これからの社会において,「毎日野菜を売ったり,牛の世話をしたり物を作ったり」する肉体を使った仕事こそ,人間のやるべき仕事として評価が復活してきているともいえます。知的労働はAIで代替されていくからです。
 県民,国民としては,県庁職員や霞が関の役人たちに,しっかり仕事をしてもらいたいです。こういう人たちに,「あなたたちは頭脳・知性の高い方」ですと,モチベーションを高めるような訓示をすることは,ほんとうはやってもよいように思えます。でも,そのためには,そうしたプライドをもって働ける環境が用意されていなければなりません。これこそ問題の本質です。これを知事の職業差別問題といったものに矮小化して論じるべきではないように思えます。

2024年3月11日 (月)

震災後の支援

 震災からもう13年ですね。日本労働研究雑誌の編集会議のときに体験した東日本大震災。奇跡的に,その日の夜の東海道新幹線に乗って,なんとか帰ることができましたが,あの日のことは今でもよく覚えています。東京駅で帰宅難民になりかけていたのですが,じたばたせず,いつか新幹線が動き出すかもしれないと思って,じっと待っていたのが良かったのでしょう。
 その後も熊本や,今年の石川のように,あちこちで大きな地震が起きていますが,やはり東日本大震災は原発事故がかさなっているだけ,とりわけ影響の大きいものといえるでしょう。
 処理水問題は,いまでもなお日本の水産業者に被害をもたらしているのでしょう。中国による日本の水産物の全面禁輸の撤回を岸田首相は求めるようですが,現在の日本の水産業はどのような状況なのでしょうか。まずは中国以外の販路拡大を目指していくべきなのでしょうね。これは日本の水産業がいっそう強くなるための試練なのかもしれません。中国頼みは危険であるのは,他の産業でも同じです。
 ホタテについては,昨年,在日米軍が日本産を購入してくれるという報道がされていました(米政府がホタテなど日本の水産物買い取り,米軍基地で販売へ…「トモダチ作戦の精神」)。有り難いことですが,その費用はまさか,日本政府の在日米軍駐留経費で支払われるものではないでしょうね。
 石川の地震についても同じですが,被災地の産品を購入することが,少しでも支援につながるのであれば,できればそのようにしたいと思っています。ただ政府の支援がどの程度入っているのか,ホタテのような米軍の支援があるのかなど,そのような情報もあったほうが有り難いです。私たちも,限られたお金のなかで,私たちの判断で支援先や支援方法を決めたいのであり,そのための情報がやや不足しているのかなという気もしています。

 

2024年3月 9日 (土)

日産自動車問題に思う

 日産自動車の下請事業者“いじめ”は,非常に嫌な話ですね。日産だけの問題ではなく,この業界全般のことなのかもしれません。テレ東のWBSで報道されていたのは,代金を事前に決めないまま発注をし,下請側は商品を納めたあとに,代金を請求するというものですが,その額が買い叩かれるとのことでした。下請側は受注を拒否することは事実上できないので,代金を事前に決めなくてもよいということでしょう。もしこのとおりなら,そもそも代金が決まっていないので減額という概念も成立しなさそうですが,代金を決めないで取引を進めようこと自体が,よりひどい優越的地位の濫用といえなくもありません。ほんとうのところはよくわかりませんが,いずれにせよ,公正取引委員会は,下請代金支払遅延等防止法(下請法)が禁止する「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに,下請代金の額を減ずること」(4条1項3号)に該当するとして,同法7条2項(「公正取引委員会は,親事業者が第4条第1項第3号から第6号までに掲げる行為をしたと認めるときは,その親事業者に対し,速やかにその減じた額を支払い,その下請事業者の給付に係る物を再び引き取り,その下請代金の額を引き上げ,又はその購入させた物を引き取るべきことその他必要な措置をとるべきことを勧告するものとする。)」に基づき勧告を発しました((令和6年3月7日)日産自動車株式会社に対する勧告について)。
 報道されているとおりだと,ひどい取引です。中小企業の賃上げが求められているなか,取引先に適正な代金を請求できるようにすることで,賃上げ原資を生み出す必要性が言われていましたが,公正取引委員会がしっかり仕事をしたという感じです。
 報酬についてきっちり書面で約定してくれないとか,約定したとおりの報酬が支払われないとかは,フリーランスの取引でも起きていると言われていました。昨年成立し,今年施行が予定されているフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は,業務委託事業者に対して,給付の内容,報酬の額,支払期日その他の事項を,書面または電磁的方法により明示しなければならないと定め(3条1項),特定業務委託事業者(法人である発注者など)は,「特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに,報酬の額を減ずること」が禁止されています(5条1項2号)。ただし,後者は,継続的な業務委託の場合にだけ適用されるもので,昨年出された「特定受託事業者に係る取引の適正化に関する検討会報告書」では,継続性は1ヶ月以上とする方向性が示されています。
 今回の日産自動車問題での公正取引委員会の勧告は,フリーランスにとっても勇気づけられるものでしょうが,フリーランス法では継続性要件が付けられていることで,この規定の実効性が損なわれてしまわないか心配ではあります(3条については継続性の要件はありません)。5条の継続性の要件の当否については,引き続き検討されるべきでしょうね。

2024年2月24日 (土)

北青鵬問題に思う

 北青鵬が,凄惨な暴行・傷害をしていたことが発覚して引退となりました。引退勧告処分ではなく,事前に引退届を提出し受理されたので,形式的には懲戒処分はされなかったようです。懲戒処分がされなかったことで,具体的にどのような影響があるのかよくわかりませんが,通常の民間の事例では,懲戒解雇相当事由があった場合には,自発的に辞職により,企業が懲戒解雇をできなかった場合でも,就業規則に規定があれば,退職金は不支給となります。
 いずれにせよ,今回の北青鵬の場合は,おそらく本人がまだ若く,将来のことを考えたうえでの温情措置なのでしょう(引退勧告処分でも,懲戒解雇ではないので,民間でいえば,一段軽い諭旨退職のようなものでしょう)。そうなると,むしろ親方の管理責任が厳しく問われるはずです。元白鵬の宮城野親方への2階級降格と報酬減額という処分がどれだけ厳しいかはよくわかりませんが,師匠の地位の剥奪はされるようであり(宮城野部屋は一門預かり),実質的には相撲界追放に近い処分であるとすると,それは妥当なものといえるのでしょう。
 将来有望な幕内力士による,相撲部屋内での継続的な暴力事件は,現在の日本社会における「いじめ」への厳しい視線への感度が鈍すぎた宮城野部屋の問題であるような気もしますが,相撲界全体として,まだそういうものを許容するものがあるのではないかとの疑惑も捨てきれません。これを宮城野部屋だけの問題にしてよいのか,ということです。
 この力士は長身の大型力士で,体力もあり,荒々しい取り口は,この力士の個性としてみることもできました。ただ,この力士だけではないのですが,相撲の取り口における荒々しい内容は,ときには見苦しいこともあります。とくに,かち上げや張り手などは,やり方によっては,子どもにはみせられないように思えます。相手の顎を狙って,あわよくば失神させようとするかのようなエルボーのかち上げは危険なもので,白鵬は多用していましたが,横綱のやるようなことではないと思っていました。ルールで禁止されていないからといって何でもやってよいということではないでしょう。こういうことも含め,もう少し相撲がきれいになってほしいです。そのためには日頃からの部屋での教育が重要です。親方になるというのは,それだけの責任があるということであり,現役時代の実績というものとはいったん切り離して,よい親方が部屋を仕切るようになってほしいです。北青鵬問題の根底には,こうしたことが関係していると思います。

2024年2月22日 (木)

カスハラについて

 「キーワードからみた労働法」の930号(20232月号)でも取り上げた「カスタマーハラスメント」(カスハラ)ですが,東京都の小池百合子知事が,220日の施政方針演説で,東京でのカスハラの被害が深刻化しているとして,条例でルールづくりに乗り出すと発言しました。罰則は設けないようですが,構成要件を明確にするのが難しいでしょうから,当然でしょう。
 カスハラからの保護は,労働法上の問題でもあり,労働施策総合推進法に基づき策定されたパワハラ指針のなかにも,カスハラへの言及があります。ただカスハラは,職場の問題とはいえ,従業員が行うセクシュアル・ハラスメントなどの他のハラスメント(これらについては,民法上も,企業が民法715条の使用者責任を負うことがありうる)とは違い,企業の客や取引先からの行為であるため,企業の責任の程度はやや弱そうな感じです。それでも,企業には,労働者が安全で快適な職場環境で働くことができるよう配慮する義務はありますので,やはりカスハラから従業員を守ることは必要だといえるのですが,労働法学ではやや関心が薄いテーマであったと思います。しかし,労働者のことを思うと,企業が取り組むだけではなく,社会的な関心事として,国や自治体もカスハラ対策に取り組むべきでしょう。またそれは,日本は未批准ですが,ILO190号条約「暴力及びハラスメント条約」の趣旨に則したものでもあります。
 カスハラは,40代から50代の高所得者の会社役員,自営業者などによるものが多いと言われています。こういう人は,自分が厳しい環境で仕事をしているため,他人にも厳しく,少しでも問題があると感じられる従業員の態度に,激しく反応してしまうのかもしれません。それに日頃から仕事上の心理的プレッシャーを受けているので,何かあればすぐに爆発(暴発?)するのかもしれません。従業員のほうに非がある場合もあるかもしれませんが,やはり見苦しいです。
 欧州にいくと,お客様第一主義などはありません。店員の対応の悪さに腹が立つこともありますが,むこうの人は,店員なんてそんなものと最初から思っているので,別に気にしないでしょう。笑顔の一つでもみせてくれればラッキーという感じです。店員は,労働契約上の義務に含まれていないサービスはしないのです。そう考えると,日本でときおりみられる過剰な接客サービスは,労働契約上の義務に(黙示的に)含まれているのかもしれません。もしそうなら,これはやはり労働法の問題(契約解釈の問題)になりえますし,労働組合が労働者の業務内容の改善という形で要求していくべきことかもしれません。
 日本でも過剰サービスのない欧州型のスタイルが広がると,客のほうも良いサービスを期待しなくなり(良いサービスを期待したいなら,それを売りにしている高額の店に行くべき),カスハラも起こりにくくなるという好循環が生まれるでしょう。とはいえ,そのためには,サービスはタダではないということを理解し,無愛想でも最低限のやるべきことをやっていればそれでよしとするという意識が,日本人のなかに根付く必要がありますが,可能でしょうかね。

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