社会問題

2023年11月14日 (火)

宝塚歌劇団問題におもう

 宝塚歌劇団の25歳の劇団員が死亡(おそらく自殺)した事件が,大きな社会問題となっています。現時点で原因として伝わってきているのは,過重業務とパワハラです。いつも言っているように,過重業務だけでは,なかなか人間は自殺まではしません(もちろん,個人の性格などもありますし,過重性の質や程度にもよります)が,パワハラが加わると,とても危険なことになります。閉鎖的な組織で上下関係に厳しいようなところでの「いじめ」問題は,組織がしっかり責任を負うべき問題だといえます。
 NHKの朝ドラの「ブギウギ」でも,少女歌劇団のことがでてきますが,先輩の絶対性と修行時代の厳しさが(それほどではありませんが)描かれていました。そういう場で,少し行き過ぎた性格の人が出てくれば,パワハラが起きてしまうということもあるのでしょう。もっとも,かつてなら,世の中はそういうものだという程度の扱いで,そこを耐えなければいけないというような精神論がまかり通っていたのでしょう。しかし,いまはそういう時代ではありません。誰一人,いじめやパワハラで死ななくてもよい社会をつくらなければなりません。
 今回の問題で,歌劇団側は,過重労働のことは認めましたが,パワハラの存在は認めていません。パワハラ該当性は判断は難しいので見解の相違ということが起こりがちですが,今後,徐々に真相が明らかになっていくでしょう。
 ところで,宝塚歌劇団では,団員との関係は業務委託契約であったようです。労働法は契約形式に関係なく適用されるので,団員が労働者と認定される可能性もあり,もしそうなると,かなりの影響がでてきそうです。団員たちの間で労働組合の結成という話も出てくるかもしれません。また,劇団側のいう安全配慮義務は,労働契約であるかどうかに関係なく認められるものであり,もし劇団の実質的な指揮監督が強ければ,義務違反は認められやすいでしょう。さらにかりにパワハラが認められると,労働契約関係になくても,フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)により,特定業務委託事業者は,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければなりません(14条13号)。つまり,業務委託契約であっても,委託者側には,一定の責任が課されているのです。
 このように業務委託契約であっても,安全配慮義務はありますし,ハラスメントに関する責任も避けられませんが,問題はそこから先であり,労働基準法などの労働法や社会保険の適用まであるとなると,根本的にビジネスモデルが変わるかもしれませんね。
 フリーランス新法が制定された今年,ジャニーズ問題や宝塚歌劇団の問題などがあったこともきっかけとなって,芸能人の働き方改革が進んでいくかもしれません。エンタメ業界の人も,フリーランスかどうかに関係なく,働く個人として同じなのです。従属労働かどうかで労働を分断しないほうがよいという視点が重要と指摘してきた私としても,今回の問題から,労働を提供している人は誰もが等しく(広義の)人格的利益が保護されるべきだという当然のことを,再認識できた気がしますし,こうした視点を社会にいっそう強く訴えかけていく必要があると思いました(拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(2020年,日本法令)277頁では,「労働の分断」に対する疑問を述べています)。

2023年11月 8日 (水)

インフルエンザ予防接種

 本日はインフルエンザの予防接種を受けました。毎年受けています。副反応が生じたことがないので,とにかく安心のために受けていますが,接種しなくてもよいかなという気もしています。いまは大学で低料金(それでも値上がりしていますが)で,接種できていますが,定年後はそうはいかなくなるでしょう。ただ,神戸市のHPをみると,65歳以上になると,少なくとも今年は1500円で受けられるようなので,大学で受けるよりも安いですね。ありがたいことです。ただ,よく考えると,これでよいのかという気もします。
 インフルエンザの予防接種を通常の医療機関で受けると,価格はまちまちです。大人数家族で高額の予防接種費用を払っているという家庭やあまりに高いので予防接種を受けられないという家庭があるという話も聞いたことがあります。保険がきかない自由診療の世界では,こういうことになるのです。国民皆保険が実現する前は国民の約3分の1は公的な医療保険がないなかで生きていました。医者にかかることは簡単ではなく,少々の病気なら我慢していたのでしょう。公的保険に加入できている人といない人の差は大きかったと思います。国民皆保険は強制保険ということで強引なものではありましたが,チャレンジングな社会実験をし,それに成功したといえるでしょう。
 今日では,次々と開発されている高度医療が保険診療でないことが多いので,それを利用できる人とそうでない人との間の新たな格差問題が出てきています。難病の人の治療が保険対象外で高額になることは,やむを得ない面もあるのですが,やはり考えさせられます。医療機関では,必ずしも医師にかからなくてもよいのではと思われるような人が,安い費用で緊急性がそれほどない治療を保険適用で受けているのです。予防面ではとてもよいことなのでしょうが,そういうことが保険財政面での余裕をなくし,難病の人にしわ寄せが行っていないかが心配です。
 以前に日本経済新聞で,「広がる子供の医療費無料化,過剰受診も 見直しは進まず」(2023219日電子版)というタイトルで,子ども医療費の無料化が過剰な医療を引き起こしているという記事が出ていました。適度な自己負担が効果的ということです。神戸市をみると,3歳になるまでは無料で,3歳から高校生までは,自己負担は2割ですが,1日最大400円で月2回までの負担であり,3回目以降は自己負担なしです。子をもつ家庭にはとてもありがたい制度ですが,少し寛大すぎるのではないかという気もします。
 ただでさえ少子化で患者が減少するなかで,余計なことを言うなと医師の方からも叱られそうですが,医師の処遇改善は別途に政府に考えてもらうとして(いまの厚生労働大臣はそういうことをするのにぴったりの人でしょう),私たちはできるだけ病気にならない身体をつくることを考えなければならないのでしょう。
 いまの子どもは乾布摩擦とかしないかもしれませんが,医者に簡単にかかれなかった時代は,様々な民間健康法や食事で病気の予防を図っていたのだと思います。大家族であれば,まさにそうすることが生活防衛のためにも必要なのです。民間健康法などで防ぎきれないこともあるでしょうが,まずは,保険があるから医師にかかっておこうというのではなく,個人が病気の予防を図るようできるだけ努めるのが大切なのではないかと思います。とくに子どもたちは,身体を鍛錬するためにも,医療費の寛大な助成があるからといって,安易に医療機関にかからせないようにすることが親には求められているように思います(もちろん,ほんとうに必要な場合は利用すべきですが)。
 ということで,私もインフルエンザの予防接種が安くできるからといって,安易にそれに頼らずに,インフルエンザにかかりにくい身体をつくるように努めたいと思います。

2023年11月 1日 (水)

塾講師の性犯罪

 娘をもつ親としては,いろんな「先生」による性犯罪からいかにして娘を守るかはとても重要な問題です。先生は,先生というだけで優越的地位にあるので,そこから子どもを守るのは簡単なことではありません。しかし保護者としては,先生と呼ばれる人のなかには,子どもを性的な対象とみている人が少なからずいることを知っておかなければならないでしょう。四谷大塚で起きた性犯罪は,決して特異な事件ではなく,どんな子どもにも降りかかるかもしれない事件だと考えておく必要があります。社会経験が未熟な若い男性と女児との接触は,とても危険なことといえます。
 東洋経済オンラインで,中野円佳さんが「四谷大塚『女児盗撮事件』で見えた性犯罪抑止の穴―『大人2人共謀という事態にどう立ち向かうか」で書いているのは,子どもに知識をつけることの重要性です。犯罪に遭いそうになったときの対策も含む「包括的性教育」が大切だということです。性教育を「寝た子を起こす」として忌避するのではなく,むしろ子どもの学ぶ権利の保障という観点でみるべきなのでしょう。
 塾の講師というのは,とくに公的な資格があるわけではないので,親もよく考えなければなりません。英会話学校でしたら,外国人講師について,そのバックグラウンドがよくわからないことが多いので,それなりの警戒心をもっていますが,塾講師については,なんとなく頭のいい人たちというイメージで簡単に信頼してしまうところがあるのではないかと思います。
 この事件をきっかけに日本版DBSの議論を本格的に進める必要があるでしょう。 

2023年10月29日 (日)

桃色争議の結末

 NHKの朝ドラ「ブギウギ」の桃色争議は,結局,会社が折れて終結しましたが,争議の主導者(礼子)とその盟友(橘)がともに退職するという形で決着しました。橘は辞職という感じでしたが,礼子のほうは微妙です。いちおう潔く身を引いたという感じですが,会社が解雇した可能性もにおわせていました。時代としては1930年代前半で,当時の日本における労働組合の弾圧状況は必ずしもよくわかりませんが,教科書的な説明でいえば,正面から労働組合を制限する法律があったわけではないものの,刑法(旧法),治安警察法,行政執行法,警察犯処罰令など,労働組合活動家らを処罰できる規定はあり,実際上,発動されていました。礼子らの桃色争議は,一企業内の争議にとどまったことで,警察沙汰にまではしないという脚本にしたのかもしれません。現行法でいえば,正当な争議行為について,首謀者を解雇するというのは,典型的な不当労働行為となりますね。
 ところでストライキといえば,アメリカの自動車産業のUAWのストライキです。企業が次々と労働組合の要求に応じて,こちらからするとびっくりするくらいの待遇を保障する合意をしています。たとえばフォード(Ford)での25%賃上げというのは,すさまじいです。会社の経営が心配となりますが,そんなことは気にしない産業別組合の交渉力のすごさというところでしょうか。もうすぐEVの時代が来るのであり,すでにTeslaやBYDなどが躍進するなか,将来の見通しが暗い産業で,こういうことをしていて大丈夫でしょうかね。
 DXが進むと,これまでの主要産業が斜陽化しますが,労働者は従来の恵まれた状況が忘れられず,争議行為という最強の武器をつかって自身の処遇を守ろうとします。争議行為は経営が安定しているところであれば,建設的な意味もありますが,衰退産業で徹底的にやってしまうと崩壊を早めてしまいます。争議行為で大幅な譲歩をすれば,株主の目も厳しくなります。賢明なプロ経営者は,とっととその産業を見捨てて転職してしまうでしょう。アメリカの自動車産業の争議から学ぶことは,日本の労使にも少なくないと思います。

2023年10月17日 (火)

ライドシェアの解禁論義を邪魔するな

 時事通信社の記事で,自民党のタクシー・ハイヤー議員連盟が総会を開き,「ライドシェア」解禁の是非を議論したが,このなかで,盛山正仁文部科学相が「安易なライドシェアを認めるわけにはいかない」と語ったと報道されていました。こんな議連に出席する余裕があれば,文科大臣としての仕事をしてもらいたいと思いますが,盛山氏には期待していただけに,失望感が強いです。
 ライドシェアについては,もちろん安全面への懸念がまったくないわけではありません。「安易に認めるわけにはいかない」というだけなら,そのとおりかもしれません。ただ,タクシーだから安心ということなどまったくありません。私は運転免許がないので,それだけタクシーを使うことは多いです。だから,タクシーについて多少は語る資格があると思っています。これまでの経験でも,道を知らないと思われると,平気で遠回りするような運転手に,被害を受けたことが何度もあります。そこまで行かなくても運転手がほんとうに道をよく知らないために,結果として遠回りされたことなど数え切れません(Londonのプロのタクシーにはありえないことです)。ライドシェアだから,女性の一人乗りに不安があるという意見もありますが,ほんとうにそうでしょうか。私たちは,そこまでタクシー運転手を信頼しているでしょうか。海外のライドシェアでは,運転手の評価が事前にわかるので,むしろ安心度が高いのです。料金も事前に決まっていて,遠回りされる心配もありません。チップ制があるので,運転手には,サービスをよくするインセンティブがあります。これはどれも日本のタクシー会社にはないものです。日本でも,もちろん,信頼できるタクシー会社はありますし,素晴らしい運転手に遭遇したことも何度もありますが,そうでないこともあり,あたりはずれが大きいのです。そもそも,国会議員は,どれだけ自分のお金でタクシーに乗っているのでしょうか。タクシーを全面的に信頼できるという国民がどれだけいるか,一度よく確認したほうがよいでしょう。
 これはライドシェアに安心・安全面で不安があるということへの反論ですが,それよりも,根本的にはタクシー運転手が不足しているという問題をどう考えるかのほうが重要です。海外に実績のあるライドシェアサービスに頼らざるを得ないというのが,現状ではないでしょうか。ここでも,国会議員となると,タクシーを長時間待つという経験をしていないでしょうから,庶民の実感がわからないのではないかという疑念があります。
 国民の日常の移動に大きな困難が生じかけている現状を考えた場合,ライドシェアを,いかに安心できるサービスとして解禁するかという方向の議論こそ進めていくべきです。この面だけは首相に期待しています。

2023年9月 8日 (金)

ジャニーズ問題に思う

 日本は,憲法273項で,児童を酷使することを禁止し,労働基準法は,未成年者の保護規定を置いている国で,日本人は,そういう法制度をもたない国でのchild labor の利用を批判し,未開の国として下にみるというようなことをやってきました。その日本において,少年へのおぞましい性犯罪が長年にわたり,しかも多数なされていたというのは衝撃的な事実です。もちろん被害者や信じて預けていた親御さんは気の毒ですし,私たちも同じ日本人として恥ずかしいやら,情けないやら,なんとも言えない気分です。
 もちろん犯罪者はどこの国にもいますが,ジャニーズというのは,日本のエンターテインメントを牛耳っていたわけで,この事務所やその所属タレントたちは,たんにエンターテインメントだけでなく,ニュースキャスターもするなど,社会的な影響力ももっていました。しかし,日本の多くの企業は,メディアを含め,ジャニー氏の性癖や犯罪行為を知っていても知らぬふりで,この会社に頼って,その所属タレントを使って利益を追求してきたわけです(利益追求というのは少し違うかもしれませんが,NHKも同じです)。私たちも,よからぬ噂は聞いていわけですが,いつしか感覚が麻痺してしまっていました。
 ジャニーズ事務所への切り込みは,公正取引委員会が,SMAPから脱退した3名の芸能人が「干された」案件で介入したことから始まっていたと思います。公正取引委員会で「人材と競争政策に関する検討会」が始まる前の20176月ごろに,私のところに役人が説明に来ましたが,そのとき彼は芸能事務所の慣行に関心をもっていました。ここにメスを入れるのかと思った記憶があります。結局,検討会のメンバーには,労働法分野では別の先生が入りましたが,その後の検討会の報告書(2018年2月)をみると,フリーランス全般に射程が広がった感じになり,今日のフリーランス新法の源流の一つになった印象もあります。ただ,役人の当初の問題意識は,必ずしもそこまで広い狙いをもっていたわけではなかったように思いました(私の誤解かもしれませんが)。いずれにせよ,公正取引委員会は,その後,ジャニーズという巨大な権力に対して,おそるおそるとはいえ,牙を剥いたともいえるので,その功績は小さくなかったと思います。
 ところで,私は,雇用労働者であろうとなかろうと,共通に規制されるべき保護があると考えていて,今回のフリーランス新法の労働法パート(第3章)は,そういう規定が基礎になったと思っていますが,このほかにも,労働基準法にある最低就労年齢の設定(56条)は,自営的就労者に対しても(同じ年齢でなくてもよいですが)設定すべきと考えています(拙稿「従属労働者と自営業者の均衡を求めて-労働保護法の再構成のための一つの試み」『中嶋士元也先生還暦記念論集 労働関係法の現代的展開』(信山社、2004年))。人格的利益の保護というのは,雇用労働者であろうがなかろうが認められるべきで,とりわけ犯罪的な小児性愛者(pedophile)が,まさに優越的地位を濫用して性加害をしていたことがあった以上,少なくとも最低就労年齢の設定と未成年者のハラスメントからの直接的な保護というのは,早急に法的対応が必要と思われます。今度は厚生労働省が牙を剥いてほしいところです。
 さらに日本企業も,ジャニーズのタレントをコマーシャルなどにつかって利益を得ていた以上,この問題について社会的責任を果たすべきです。ジャニーズのタレントだけでなく,同種の被害を受けた人への補償のための基金を作るくらいして,国際的な評判の回復をめざしてもらいたいです。

 

2023年9月 3日 (日)

そごう・西武労組のストライキ

 バスケットは,日本が見事に勝ちました。まだまだ世界レベルでは強い国がたくさんありますが,とくに体格差で劣る日本の小柄な2人のポイントガード(富樫選手,河村選手)が,ときには大柄な選手をかいくぐってレイアップ(layup)シュートを,またときには外からの3ポイントシュートをして活躍する姿はとても頼もしいです。五輪での活躍も期待しましょう。
 話は変わり,そごう・西武の労働組合のストライキが,8月31日に実施されました。私はギリギリで回避する可能性があるかなと思っていましたが,すでにスト権を確立しているので,組合としても何の成果もないままでは,引き下がることができなかったのでしょう。従業員に同情的な世論の後押しもあったような気がしました。実は,ビジネスガイド(日本法令)に連載中の「キーワードからみた労働法」の次号(10月号)では,このそごう・西武労働組合のスト権を確立したという話を受けて,「ストライキ」をテーマとしてとりあげて,その法的解説を行っています。最後の締めのところでは,労働組合側がストライキに突入することについては,慎重な判断が求められるとしたうえで,しかし経営側は労働組合をストライキの突入という状況に追い込まないようにすることが重要だという趣旨のことを書いています。ストライキは,本格的に実施すると,相手方の企業だけでなく,取引先など関係者にも大きな影響が及ぶことがあります。製造業における工場のストライキもそうでしょうが,多くの客を抱える百貨店のストライキは,その影響はいっそう大きいものとなるでしょう。ただ今回は,要求が実現するまで徹底的にストライキをするということではなく,最初から1日と決めていたようで,ストライキとしてはパンチの小さいものになりました。百貨店のストライキの難しさは,経営側に打撃を与えるためには,客を犠牲にしなければならないということであり,やりすぎると世間の支持を受けられなくなります。とはいえ,そこを意識しすぎると,中途半端なストライキになってしまいます。争議行為の落としどころはしばしば難しいものとなりますが,今回も,これで終わったのか,まだ続くのか,外部の人間にはわかりにくい状況です。
 そもそもストライキは憲法上保障されている勤労者の権利なのですが,これまではあまり行使されてきませんでした。私はこの点に物足りなさを感じていて,拙著『雇用社会の25の疑問(第3版)』(2017年,弘文堂)の第5話「労働者には,どうしてストライキ権があるのか」で,スト先進国といえるイタリアと比較した議論などもしていたのですが,そういう立場からは,今回のストライキは前向きに評価すべきなのかもしれません。
 ところで,今回は結局,セブン&アイ・ホールディングスは,そごう・西武の株式を予定どおり売却しました。新たな株主は,雇用は保障すると言っているようです。ただ,いずれにせよ,親会社であるセブン&アイ・ホールディングスから説明を受けたいというのが,労働組合の要求であり,それ自体は,親会社に法的な義務があるかどうかはともかく,私は理解できるものだと思っています。セブン&アイ・ホールディングスのような大企業が,伝統ある有名な百貨店の株式を取得し,そしてそれを売却したというのであり,そうした経済活動自体は自由に行ってよいとしても,その百貨店には多くの従業員や取引関係者などが関わっていることも考えると,こうしたステークホルダーのことを軽視した行動をすることは,企業の社会的責任という観点からは問題となってきます。大事なことは,株式売却などの経営判断はしてよいのですが,それをきちんとステークホルダーの納得がいくように説明することであり,直接雇用関係がない,子会社の従業員を組織する労働組合への説明もその一つなのだと思います。
 もっとも売却が実行された以上,セブン&アイ・ホールディングスは,そごう・西武の従業員の雇用問題には,少なくとも形式的には決定力はないことになります。セブン&アイ・ホールディングスは,ストライキにも負けずに,初志貫徹したということで,経営者的には成功したことになるのかもしれませんが,失ったものも大きい気がします。
 なお労働法の観点から気になるのは,ストライキで閉店した日,ストライキを実行した組合員の賃金はカットされるのは当然として(労働組合のスト資金などから補填はあるでしょう),その他の従業員の賃金はどうなったのか(争議行為不参加者の賃金請求権および休業手当請求権の存否),テナントで店舗を出しているが休業せざるを得なくなった企業の補償はどうなったのか,ということも気になります。ストライキを行った労働組合や組合員が,損害賠償責任が負うかどうかは,このストライキの正当性の有無にかかってきます(労働組合法8条。いわゆる民事免責の問題)。今回のストライキの争議行為としての正当性については,執筆当時の情報(7月末時点)を前提に,多少の分析はしていますので,関心のある方は,前述したビジネスガイドの最新号を参照してください。

2023年8月 4日 (金)

ビッグモーターと雇用問題

 ビッグモーター問題は,えげつなさ(方言か?)のレベルがひどすぎて,報道によるかぎりでは,もはやまともな会社の体をなしていないような感じがします。前に今回の内部通報は,公益通報者保護法の効果ではないよね,ということを書きましたが,むしろ公益通報者保護法違反があったようです。2020年の法改正(20226月施行)で,「事業者は,……公益通報者の保護を図るとともに,公益通報の内容の活用により国民の生命,身体,財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため,……公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない」(112項)など,公益通報体制整備義務が定められており,それに違反した場合には,内閣総理大臣(消費者庁長官が受任)は事業者に対して,報告を求め,または助言,指導もしくは勧告をすることができ,勧告に従わなかった場合には,企業名公表の制裁が定められています(15条,16条)。ビッグモーターは,ここまで大きく報道されているので,企業名公表の制裁などは,いまさら意味がないように思えますが,それはともかく,早速,公益通報体制整備義務が注目されることになった点は,消費者庁は良かったと思っているかもしれませんね(もちろん被害を受けている「消費者」は気の毒なので,その点では良かったは言ってられないでしょうが)。上記の規定は,内部告発(公益通報)への対応を誤ると,たいへんなことになるぞという企業への威嚇効果としては,少し弱いところがあると思いますが,公益通報者保護法自体は,刑法や業法などによる制裁のきっかけとなる事実の通報を促進することに主眼があるので,公益通報者保護法違反に対する制裁はこの程度でよいのかもしれません。
 ところで,一般に,非上場会社で,一族だけで株式を保有していて,経営も一族でやっている場合,所有と経営が一致し,外部の株主の声を気にせず思う存分経営ができるという点ではメリットがあります。他方で,よく言われるように,外部からのガバナンスが効かずに,コンプライアンスの軽視など,会社のもつ「負」の部分が露呈してしまうおそれもあります。会社は,営利社団法人で,その営利とは,株主利益を最大化することを意味するのですが,その前提にあるのは,会社は社会の一員としてルールを守り,責任をはたすということがあるのです。もちろん,こうした前提をいちいち持ち出さなくても,社会の一員としてルールや責任の遵守をしていない会社は持続可能な成長は見込めず,(中長期的には)株主の利益を損なうことになるので,そうならないようにするという自浄作用が働くことが期待されるのですが,所有と経営とが一致していると,それがうまく機能せず,とくにオーナー一族の倫理観の欠如というようなことがあれば,何が何でも目先の営利(一族の利益)の追求をということになり,結局,破綻に向かってまっしぐらとなるのです。
 ビッグモーター社が直ちに消滅することはないでしょうが,ビッグモーターの看板のままでは事業はたちいかなくなるでしょう。もちろん,中古車の販売や修理への社会的ニーズは大きいでしょうから,この事業がなくなることはありません。オーナー一族は,いまのうちに,株式を売って経営権を譲渡して資産を確保するかもしれません(今後の損害賠償請求で,最終的にはもっていかれるかもしれませんが)。
 その一方で,従業員はたいへんでしょう。経営権の譲渡により,うまく雇用が継続すればよいですが,ここに外国の投資ファンドなどがからんでくると,雲行きが怪しくなるかもしれません。このようなことを考えると,この会社は規模も大きく,経営破綻があれば社会的影響が大きくなりそうなので,厚生労働省は早めに対策を考えておいたほうがよいでしょう(もちろん同社のパワハラ問題など,雇用関係を前提とした労働問題についても,違法なものについては,きちんと対処していく必要はあります)。

2023年7月27日 (木)

ビッグモーター問題に思う。

 最近のビッグモーター問題の報道をみていて,伝えられている情報だけからですが,同社がたいへんブラックな会社であることはうかがえます。具体的にどのような労働法規違反があるかわかりませんが,少なくとも公益通報者保護法の活用がまさに期待されるような事案であったといえるでしょうね。実際,発覚の契機は内部告発であったようですが,公益通報者保護法が機能したケースといえるかは,はっきりしません。今後,行政がどのような対応をするかは注目でしょう。もちろん保険金の不正請求や除草剤による樹木の毀損などは,刑事責任の対象となるでしょう。
 しかし,この事件でより気になるのは保険会社のほうです。保険会社は,ほんとうに不正請求を知らなかったのでしょうか。損保ジャパンは,多くの従業員をビッグモーターに出向させていたようであり,企業間の関係は深いものでした。保険金の不正請求で損をするのは,契約者であり,もし特別な配慮から査定を甘くしていたとすれば,これは損害保険制度への信頼を完全に失わせるものとなります。
 ところで,WOWOWのドラマに「一応の推定」というのがあります(https://www.wowow.co.jp/detail/060418)。広川純の同名の本が原作です(この本は第13回松本清張賞を受賞しています)。柄本明主演の良いドラマです(映画のようです)。かなり前に観たものですが,記憶を喚起させましょう。
 柄本が演じる保険調査員の村越は,定年間近の最後の仕事として,保険会社の責任者となっていた旧知の早瀬から,ある地方での老人の鉄道轢死事件についての調査依頼を受けます。状況的には自殺のようであり,早瀬はあっさり自殺として処理できるだろうと考え,これを定年を迎える村越へのはなむけのつもりとしたかったようです。
 死亡した原田は,遺書を残していませんでしたが,孫娘は重篤な心臓疾患を抱えており,海外で移植を受ける必要がありました。支援者たちは募金活動をしていました。原田は,町工場の経営をしていますが,事業はうまくいっておらず,経済的に苦しい状況にありました。生命保険には入ったばかりで,孫のために保険金を得るために自殺をする動機はありました。また,原田は夫婦で自殺をするための旅行を計画していたことがあり,それは娘が阻止していたということもありました。しかし,原田は,亡くなった当日,孫娘に会っており,彼女のために買ってあげた人形の目が壊れていたので,それを修理することを約束していました。自殺をしようと考えている原田が,最愛の孫娘に対して,できない約束をするとは考えにくいものでした。家族たちも,原田が自殺することはないと主張します。そして,この女の子のために一刻も早く調査報告書を書いて,保険金を支払うように村越らに求めます。村越は丁寧に調査した結果,プロとしての最終的な判断は,自殺と「一応の推定」ができる状況にあるとして,「無責」つまり保険会社に保険金支払義務はないとする報告書を提出します。
 一応の推定とは,「保険契約者が遺書を残さず自殺した場合,典型的な自殺の状況が説明されれば自殺だと認定されるという理論。その場合,保険会社は保険金を支払う義務を生じない」(番組HP)というものです。典型的な自殺の状況かどうかは,①自殺の動機,②自殺の意思があったと判断できる事実,③事故当時の精神状況,④死亡の状況から判断するとされ,村越は①から④のいずれからも,このケースでは自殺と推定されるとしたのです。
 早瀬は非常に満足して喜んでいました。しかし,村越は,その後,なぜ人形の目が壊れていたかが気になり調べてみたところ,原田が人形を購入した店から出たとき,子どもの運転する自転車と接触して転倒していたことがわかりました。そのとき頭を打っていた原田を診察した医師は,原田の脳に損傷が生じていたとしました。この情報から,原田は自殺ではなく,この脳の損傷が原因で意識を失って線路に転落した可能性が出てきました。村越は,報告書を改めて,原田の死は事故によるもので,保険金を支給すべきとの結論を出したのですが,早瀬は,それを受け入れずに,当初の報告書どおりに「無責」とすると決めました。「無責」で処理したほうが,保険会社の利益となり,それが彼の出世につながるからです。村越が働く保険調査会社は,依頼者である保険会社に対しては弱い立場にあり,保険会社の意向には逆らえませんでした。村越は早瀬を罵倒して,去っていきます。村越は失意のうちに引退生活に入りました。
 この調査で,村越は,保険会社の若手の竹内とコンビを組んでいました。まだ若造の竹内ですが,保険調査員の村越を見下した態度をとります。村越は,それを受け入れながらも,プロの仕事にこだわり,ときには竹内をどなりつけたりもしていました。その竹内から,手紙が届きました。実は彼は,早瀬を説得して,村越の最終報告にしたがうように働きかけたとのことでした。保険会社の顧問弁護士が,裁判になれば負けると判断したことが最後の決め手となりました。その手紙を読み終わったとき,村越の携帯に電話がかかってきました。早瀬からです。また調査を頼めないかという依頼でした。
 保険金を払いたくない保険会社とプロとして真実を追究する保険調査員との戦いに人間ドラマがからんで,とても良かったです。最後は,保険会社も悪くないなと思わせてくれる終わり方だったのですが,さて現実の保険会社はどうでしょうか。損保ジャパンが,今回の件について,しっかり説明をし,間違ったことをしていたのなら,それを認めて改善計画を出すということをしてもらいたいです。他の保険会社にとっても,損保ジャパンの今回のことは,業界の信用にかかわることであるので,業界の仲間を守るという姿勢ではなく,いっしょに事案解明と必要な場合の是正措置に取り組んでもらえればと思います。私たちは安心して損害保険を利用したいのです。
 労働法的には,ビッグモーターにしろ,損保ジャパンにしろ,不正にかかわることは,従業員にとって,とてもつらいことであり,なんとかできることがないかと思いますが,できることには限界がありそうです。公益通報者保護法はできることの一つでしょうが,この法律は労働者保護という点では不十分だと感じています。
 いずれにせよ,儲かるためには何をしてもよいという価値観をもっている法人が社会に存在していることは,社会にとって非常に危険なことなのであり,そういう法人は存続を許してはいけないのだと思います。それがたとえ大企業であっても,また短期的には失業を生むことがあっても,私たちは社会において共生するに値する法人であるかどうかを,これから見極めていきたいと思います。

2023年7月11日 (火)

マイナンバーカード問題

 数日前に,個人情報保護委員会がデジタル庁に立入検査する予定であるという報道がありました。マイナンバーは,行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(通称は,マイナンバー法)でいう「個人番号」であり,「個人番号」に含まれる個人情報は「特定個人情報」と呼ばれ,個人情報保護法の特例が認められています。個人情報保護委員会は,個人情報保護法とマイナンバー法に関する監視・監督をする権限をもっている行政委員会です。
 ところで,マイナンバーカードをめぐるトラブルは,もちろん様々な原因があるのでしょう。ただ私の経験から,もともとマイナンバーカードの取得のときから,霞ヶ関も自治体職員も前向きではなかったのではないかということを,前に書いたことがあります。また,運転免許証がない私にとって,マイナンバーカードは身分証明の重要な書類となるはずでしたが,かなり長い間,写真があるマイナンバーカードは本人証明にならず,写真のない健康保険証の提示ならOKというようなおかしなことが続いていました。政府がちょっと号令をかければ変わることなのに,本気でマイナンバーカードを国民に普及させようとはしていないのだなと思っていました。
 これも前に書いたことがありますが,父が市役所にマイナンバーカードを取りにいくのが体力的に難しかったとき,そのことを自治体の担当職員に告げた私に,そこまでしてカードを取得する必要があるのですか,という唖然とするような言葉を投げかけられたことがありました。結局は,職員が出向いてくれて本人確認し引き渡してくれたのですが,高齢者であっても,確定申告はするのであり,E-Taxでマイナンバーカードを使うのです。
 職員たちにとっては,マイナンバーカードは,国民からの反対は強いし,政府の本気度はよくわからず,でも事務作業が多いというものですから,やる気にならないのかもしれません。それでもほとんどの人はきちんと仕事をするのですが,人為的なミスが起こりやすい土壌があるのではないでしょうか。とくに現在のトラブルは,健康保険証について,保険機関の職員が,保険者番号とマイナンバーとの紐づけにミスしたことが原因のようですが,そもそもこんな面倒なことを人の手でやらせるとミスがでないほうがおかしいような気がします。デジタル化の背景には,常に「ゴースト・ワーク」があるのですが,今回の人の手による紐付というアナログ作業も,一種の「ゴースト・ワーク」といえるかもしれません(晶文社から翻訳書が出ている同名の書も参照。同書については,近いうちに私の短評が出ます)。いずれにせよ,デジタル庁が,人による無味乾燥なアナログ作業に頼っているというのは,悪い冗談のような気もします。
 とはいえ,一部の人がやっているようなマイナンバーカード返納運動はいかがなものかと思います。政府が悪いと言いたいのでしょうが,紐付けのミスをした人の肩身がますます狭くなるかもしれません。どっちにしろマイナンバーは付与されているのであり,マイナンバーカードという「物」に当たるのではなく,もう少し違った形で建設的な抗議をしたほうがよくないでしょうかね。

 

より以前の記事一覧