労働法

2022年8月 5日 (金)

令和4年度最低賃金

 近年は,最低賃金は世間で大きな関心を集めていて,テレビでも連日,藤村さんの顔がアップで出ていましたね。委員のみなさんは,たいへんだったと思います。
 中央最低賃金審議会(目安小委員会)では,労使の合意にいたらず,公益委員の見解が発表されるのです(これは毎度のお約束ごとです)が,今回の地域別最低賃金の目安は,最も高いAランクの地域と次のBランクの地域は31円(時間あたり),CランクとDランクの地域も30円(時間あたり)でした。Aランクの東京都も,Bランクの兵庫県も,31円の引上げが目安として提示されました。従来からの慣行で4ランクあるのですが,今回は実質的には,全国一律30円ほど引き上げろということですので,そういうことであれば,ランクを設ける必要はないかもしれません。
 問題は,この目安額が,これから各都道府県の地方最低賃金審議会で審議される最低賃金に,どのような影響力があるのかです。
 地域別最低賃金は,2007年の最賃法の改正で,どの都道府県でも設けることが法文で明記されました。そして,「地域別最低賃金は,地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」とされ(92項),「前項の労働者の生計費を考慮するに当たつては,労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう,生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする」(同条3項)と定められました。実質的には,3項が新たな追加規定です。生活保護との逆転現象をなくすことを目的としたものです。
 地域別最低賃金は,従来から,中央最低賃金審議会が,全国的な整合性をもたせるために目安を定める実務がなされてきましたが,2007年改正後も,それは続いて現在に至っています。
 中央最低賃金審議会では,労使のトップが賃金交渉をして,その決裂後,公益委員が,その仲裁裁定として見解を出すようなものだと言われることもあります。だから「交渉決裂」まで待たなければならないので,時間がかかるのです。もちろん「交渉妥結」すればいいですが,そういうことはまず期待できません。関与する公益委員も大変な仕事でしょう。
 公益委員見解では,地方最低賃金審議会へのメッセージもあります。令和3年度は,「目安小委員会の公益委員としては,地方最低賃金審議会においては,地域別最低賃金の審議に際し,地域の経済・雇用の実態を見極めつつ,目安を十分に参酌することを強く期待する。また,中央最低賃金審議会が地方最低賃金審議会の審議の結果を重大な関心をもって見守ることを要望する。」という簡単な付記がありました。
 今年度は「地方最低賃金審議会への期待等」という見出しをつけて,もう少し丁寧に書かれています。
「目安小委員会の公益委員としては,目安は,地方最低賃金審議会が審議を進めるに当たって,全国的なバランスを配慮するという観点から参考にされるべきものであり,地方最低賃金審議会の審議決定を拘束するものではないが,目安を十分に参酌しながら,地方最低賃金審議会において,地域別最低賃金の審議に際し,地域の経済・雇用の実態を見極めつつ,自主性を発揮することを期待する。また,中央最低賃金審議会が地方最低賃金審議会の審議の結果を重大な関心をもって見守ることを要望する。また,今後,公益委員見解の取りまとめに当たって前提とした消費者物価等の経済情勢に関する状況認識に大きな変化が生じたときは,必要に応じて対応を検討することが適当である。」
 丁寧に書いても,内容的には,地方最低賃金審議会に自主性発揮を期待すると言いながら,目安を十分に参酌するようにと言い,地方最低賃金審議会の審議結果に重大な関心をもって見守る(ことを中央最低賃金審議会に要望する)ということなので,どう自主性を発揮するのだろうと思ってしまいます。自主性というのは建前にすぎず,結局は,最低賃金引上げは,国の政策であり,地方はそれに従って決めればいいのだという感じもします。目安から逸脱できたとしても1円や2円のことでしょう。
 目安小委員会から地方最低賃金審議会へのメッセージは,いかにも役所言葉という感じがします。ネットで公開されているので,こういう統制的なやり方で最低賃金が決まっていくということを,私たちは知ることができました。もちろん,各都道府県では,何も基準がないなかで,ガチンコで審議しようとしてもおそらく困ってしまうでしょうから,目安をつくる意味は大きいと思います。ただ,それなら目安を参照してくださいくらいの言い方でよくて,目安を十分に参酌せよとか,監視しているとかは言う必要はないでしょう。厚生労働省は,官邸の意向をふまえて,言われたとおりやっていますよというポーズを示したいのかもしれません。
 いずれにせよ,いまのような決め方なら,もっと機械的に最低賃金を算出できるような方法を導入したほうがすっきりするかもしれません。そのためには,最低賃金の目的は何なのかを,まず明確にすることが必要です(同法の目的規定は抽象的です)。そうすれば何が「正解」かも特定でき,AIを活用できる可能性が出てくるかもしれません。

2022年7月21日 (木)

服装の自由と人事労働法

 コロナ前にはよく行っていたワインバーでアルバイトをしていた神戸大学の工学の大学院生が,キーエンスに就職するという話を聞いたとき,良い会社に入れてよかったねと声をかけた記憶があります。デジタル時代において,センサーの重要性が高まるなか,センサーと言えば,キーエンスというイメージだったからです。
 ところで,この会社は,接待なし,Yシャツは白という決まりだそうです。また組織内での「知の共有」を進めて,生産性と報酬を高めていると,先日,日本経済新聞で紹介されていました。接待なしで営業力を高めてプロの仕事をし,しかもそのノウハウを惜しみなく部下や同僚に提供するという形で,組織力を高めているのでしょう。Yシャツを白に統一するのも,余計なことに気を回すことがないようにというプロ精神からくるものなのかもしれません。
 白Yシャツの強制は私には無理ですが,そういう個人的な趣味の問題だけでなく,法的にはどうでしょうか。髪の色や髭については,労働判例がいくつかありますが,服装は,制服にみられるように,業務上の必要性があれば,企業は押し切ることはできそうです。ただ,私の価値観では,服装は人格的価値にかかわるので,少し気になります。
 誰も興味ないかもしれませんが,私の『人事労働法』(弘文堂,2021年)でも,服装規制のことを扱っているので,いちおう書いておきます。『人事労働法』では,就業規則による労働条件決定(内容形成)とその個人への適用(個別適用)を区別しており,まず前者については,服装はデフォルト(標準就業規則)では,人格的利益にかかわるもので,個人の自由にゆだねられるべき事項と解されますので,個々の企業の就業規則で服装規制を設ける場合には,「標準就業規則の不利益変更」の手続(過半数の納得同意と反対従業員への誠実説明。詳細は301頁)が必要となります。次に,服装規制を個々の従業員に実際に適用するときには,当該従業員に誠実説明を尽くさなければなりません(73頁を参照。本のなかでは書いていませんが,実務的には,内容形成のところで行われた誠実義務が,個別適用で求められる誠実義務を含むと解されることはあると考えています)。逆にいうと,こういう手順をふんでいれば,その企業の服装ルールにしたがうことを,従業員に強要してもよいのです。誠実説明とは納得同意を得るための手続であり,それを尽くしていれば,最終的に同意を得られなくてもかまいません。『人事労働法』では,企業には,従業員の納得同意を得なければできないことと,従業員の納得同意を得るよう誠実説明を尽くせばできることを分けていますが,服装規制は後者の範疇に入ります。
 ただこの議論の前提として,服装を人格的利益に関わる事項としていることについては,異論があるかもしれません。もしデフォルトにおいて,企業は服装規制ができるということになれば,「標準就業規則の不利益変更」は省略でき,より簡便な「標準就業規則の組入」の手続(詳細は300頁)でよいことになりますが,その場合にも,実際に従業員にその服装規制を適用する場合には誠実説明を尽くさなければなりません(ここでも,実際には,内容形成の際の誠実説明は個別適用の場合の誠実義務を含むと解されることがあるでしょう)。

2022年7月18日 (月)

海の日の授業

 海の日は休日なのですが,LSの授業カレンダー上は授業日です。私の場合,月曜日に授業が入る年が多いので,ハッピーマンデーはあまり意味がないことが多いです。うっかり授業をすっぽかさないように注意しなければなりませんね。
 LSは,今学期はリアルタイム型のリモート授業です。ちょうどコロナ感染が広がってきているなかですが,リモート授業ですので,影響を受けません。ただ感染した学生は,無理をすれば受講できるかもしれませんが,こういうことに備えて録画しているので,体調が快復してから視聴してもらえばよいでしょう。
 昨年の後期からの一連の労働法の講義も,いよいよ終わりに近づいてきました。今日は,不当労働行為の不利益取扱いと支配介入を扱いましたが,とくに第二鳩タクシー事件に時間を割きました。ケースブックでは,不利益取扱いの判例のなかに置かれていますが,これは労働委員会の救済命令の裁量にかかわる判断として,不当労働行為に関する最も基本的な判例の一つです。解雇が不利益取扱いの不当労働行為と判断されたとき,救済命令として発するバックペイ命令から,中間収入を控除できるか,あるいは控除すべきかが問題となったもので,この判決は,控除必要説にたった従来の判例を変更して,控除裁量説を採用しました。ただし,当該事案では,控除しない命令は違法としました。この判決については,このブログでも何度か取り上げたことがありますね。
 反組合的解雇の救済は,行政救済と司法救済が併存するという意味で,一種のデュアル(←修正)・エンフォースメントであると思います。行政法の視点からは,行政的手法にどこまで私法(司法)的手法を加えることができるかといった議論とか,独禁法でも私訴論とかで,デュアル(←修正)・エンフォースメントが話題になりますし,さらにダブル・トラック問題(ここでは民事裁判と準司法手続である労働委員会の行政手続の併存)もあります。デュアル(←修正)・エンフォースメントのほうは,救済の手法を増やすという点では労働者にプラスになるので労働法的観点からは肯定的に受け止められることが多いでしょうが,ダブル・トラックのほうは深刻な問題があります。私は立法論としては,シングル・エンフォースメント,シングル・トラックに賛成していますが,拙著『人事労働法』では,もう一ひねりしています。雇用差別問題一般について,就業規則をどう適用するかということに重点をあてて,納得規範を適用して処理することを提唱しており,納得同意を得るべく誠実説明をしている場合には違法な差別には該当しないとしており,組合員に対する不利益な人事上の措置についても,組合員への誠実説明を尽くしていれば民事上は有効であるが,ただ労働組合の固有の利益の侵害部分は不当労働行為救済手続で救済されると主張しています(同書66頁,237頁を参照)。

2022年7月17日 (日)

労働協約の地域的拡張適用

 季刊労働法の最新号(277号)でJILPTの山本陽大さんの「労働組合法18条の解釈について」という論文が掲載されています。茨城県で労働協約の地域的拡張適用が認められたケースを素材として,中労委の決議などを批判的に検討して,労組法18条の解釈論を丁寧に展開しています。神戸労働法研究会での報告でも聞いていたのですが,今回,論文として読んで,あらためて,たいへん勉強になりました。
 山本さんは,論文の最後で,「歴史的に振り返ってみたとき,本件が,企業別組合を中心とした日本の集団的労使関係システムにとっての転換点となっていた可能性もまた,否定できない」とし,「労働協約において一般化した規範を法律化するといった,ドイツをはじめ欧州諸国においてみられる形へとシフトさせる可能性すら秘めているように,筆者には思われるのである」と述べて論文を結んでいます。
 そういうことかもしれないのですが,私は少し気になったのが,本件での使用者側の対応です。使用者側は実質的にヤマダとケーズデンキ(もう一つのデンコードーはケーズの100%子会社のようです)で,それぞれの企業別組合と単一協約を締結していたのですが,両企業の間に何らかの合意があったのかどうかです。労働組合側は上部団体が関与していたので,統一的な行動をしていたのでしょうが,使用者側も統一的な行動をしていたのであれば,これは実質的には使用者団体と産業別組合との地域レベルの産業別協約の拡張適用の事案とみることができそうです。
 本件で問題となった労働条件は,賃金ではなく,休日でした。企業側が協約を締結したのは,他の業界からみて年間休日数が少ない家電量販店業界で,できるだけ人材を確保するためには休日の増加が必要であったという事情があったようです。今回の拡張適用の申立をしたのは,労働組合側ですが,企業側も反対はしていませんでした。このことは,今回の労働条件の改善が,労使双方にとってプラスになる面があることを示しています。拡張適用は,協約適用外の企業が,人件費を抑えるために,協約水準より低い労働条件を設定することを防止する意味があります。そのかぎりでは,協約適用外の労働者の利益は反射的なものにすぎません。
 ところで,かつて最低賃金法には,労働協約の拡張方式があったのですが,利用が低調ということもあり廃止されました。もともと労働協約の地域レベルの拡張適用には,地域の最低賃金の設定という機能があり,最低賃金法とリンクしていたのです(いまは削除されている労働組合法18条4項を参照)。また,最低賃金には,かつては業者間協定方式というものがありました。ところが,これは使用者側が設定するもので,労働組合が関与していないので,適正な最賃額が保障されないなどの理由から廃止されました(ILOの最低賃金条約の批准問題も関係していました)。
 ここからは私の妄想が入りますが,今回のケースは,労働組合の成果という見方もできそうですが,有力な事業者が同意をしていたという事情こそ決定的であったのではないでしょうか。山本論文でも紹介されているように,地域的拡張適用においては,使用者間の公正競争の確保という趣旨があります。ただ,これは法律で明記されたものではありませんが,最低賃金法では,「事業の公正な競争の確保に資するとともに,国民経済の健全な発展に寄与すること」(1条)が目的として明記されています。賃金以外の労働条件においても,ほんとうは,この公正競争の確保による国民経済の健全な発展というのは,欠かせない視点であり,地域的拡張適用の趣旨において考慮されるのも妥当だと考えられます。
 今日のような人材不足の状況下では,企業側には労働条件の引上げのメリットがあるのであり,自企業だけでやると競争上不利となるおそれがありますが,今回のように地域レベルで有力企業が同時に行えば,そのおそれを解消できるのです。また,企業側は,もし有力企業で共同歩調をとれば,その地域の家電業界は支配できるので,残りの少数の協約適用外企業で独自の労働条件が締結されてもさほど大きな影響はなく,だから企業側からはあえて拡張適用を申立てをしなかったのかもしれません。
 私がこういうことを書いたのは,「人事労働法」の議論と関係するからです。企業は,適切なインセンティブを付与されれば,労働法の理念に沿った行動をとるはずという人事労働法の企業観には批判もあると思います。ただ,私のこうした企業観の前提の一つに,現在の企業には,良い人材を集めるための努力が欠かせない状況にあるという点があります。これは景気変動による労働市場における需給状況の変動とは関係のない,人口動態の傾向的変化からくる構造的な問題です。
 家電業界がどうかはさておき,今後,単純労働は機械により省人化していきます。デジタル技術を使いこなす人材が必要となります。休日にしろ,賃金にしろ,ある程度の水準のものを提示しなければ,人材は他の企業や他の業界に流れていきます。そうであるならば,労働組合の交渉力に期待した労働条件の向上だけではなく,企業側に直接働きかけるような政策も効果的です。業者間協定方式の最低賃金など論外という見解もあって廃止されてしまったのでしょうが,業者間協定方式を行政とうまく連携して行えば,労働法の理念をよりよく実現できる可能性があります。この発想は,最低賃金だけでなく,いろんなところに応用できるのではないかという気がしています。企業や業界の自主規制(self-regulation)や共同規制(co-regulation)の議論にも関係します。
 ちょうど労働法の新たな規制手法論について再勉強しているところだったので,山本さんの論文を読みながら,以上のようなことを考えていました。

2022年7月 5日 (火)

ILO条約未批准問題

 ILOの中核的労働基準に関係する8つの条約のうち,日本は,2つの条約が未批准として残されていました。それが,強制労働禁止に関する第105号条約と雇用差別禁止に関する第111号条約です。
 ところで,国家公務員法における争議行為禁止規定(982項)は,合憲性をめぐって争いがありました(理論的には,いまなおある)が,とくに同項前段で禁止する違法な行為のあおりなどに対しては刑罰が科される点が問題とされてきました。その刑罰規定は長らく「110117号」だったのですが,第204回国会(2021年)において,同号が廃止され,111条の2が新設されました。1101項は懲役または罰金が科されるものでしたが,そこからはずして禁錮または罰金刑としたのです。懲役と禁錮の違いは,懲役では労働(所定の作業を行うこと)が含まれる点にありました(刑法122項)。公務員の政治的行為の禁止(1021項)も同様です(110119号は削除)。この改正がなされた法律は,その名も「強制労働の廃止に関する条約(第百五号)の締結のための関係法律の整備に関する法律」(議員立法)であり,政治的行為の禁止に違反する行為としての罰則や争議行為のあおり等に関する罰則としての懲役刑が,105号条約との抵触があったということで,その点を改めたということです。そして,今般の国会で,「強制労働の廃止に関する条約(第百五号)の締結について承認を求めるの件」が全会一致で承認されました。これにより,政府は,105号条約の批准手続を進めることになります。
 これはよかったのですが,今般の国会では,刑法改正がなされ,禁錮に関する刑法13条が削除され,12条の懲役が拘禁に変わり,同条2項の「所定の作業を行わせる」がなくなり,従来の禁錮と同様の「刑事施設に拘置する」だけになりました。そして,拘禁については,「拘禁刑に処せられた者には,改善更生を図るため,必要な作業を行わせ,又は必要な指導を行うことができる」となりました(同条3項の新設)。  
 これにより,国家公務員法110条で科される刑も拘禁刑となります。このため,前年になされた同法111条の2の分離をする必要がなくなったため,いったん111条の2に実質的に移されていた110117号と19号は,それぞれ16号と18号に復活することになりました(なお,地方公務員法についても,同様のことがなされています)。拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(2022年,弘文堂)の第161事件(全農林警職法事件)では,事件当時の国家公務員法の110117号のままになっていますが,現在では,111条の21項,そして,改正法が施行されれば,110116号が該当条文になります。
 ところで,もう一つの未批准条約であるILO111号条約はどうなるのでしょうか。途上国も含めて大多数の国が批准しているにもかかわらず,国内法との不整合があるとして批准しないことは,日本のイメージを悪くしているおそれがあります。国内法を整備することが大切というのは,条約の精神からすると,それ自体はまっとうなことですが,日本の現行法が批准するに値しないものかはよくわからず,むしろそこを厳格に考えて批准をしようとしないこと自体が,日本の国益を損ねている可能性がないでしょうか(日本人が,外国から,雇用差別が改善できていない遅れた国の国民とみられかねません)。
 この問題について,YouTubeで検索していたら,参議院外交防衛委員会で共産党の井上哲士議員が質問している動画をみつけました。そこで,厚労省の役人が答弁のなかで,国内法で111号条約と不適合なものの例として挙げていたのは,意外な(?)条文でした。それは,労働基準法611項の年少者の深夜業の禁止規定があるなか,交代制によって使用する満16歳以上の男性についてはこの限りでないとなっており,この男性にだけ許容している部分が差別的ということのようです。ただ,この規定については,即刻,改正を発議することでよいのではないでしょうか。また,妊産婦以外の女性に対する,坑内の有害業務の禁止(同法64条の22号)もネックになるということのようですが,これくらいの規定で,第111号条約の批准に向かうことができないというのは,国民への説明として通用するでしょうか。また前述の公務員の政治的行為の禁止が,政治的見解による差別の禁止を定めるILO111号条約と抵触するという点は,多少重い論点となりますが,これとて,国家公務員法102条1項は違憲論もあり,改正の余地がないわけではなく,そこまでいかなくても,井上議員も指摘していたように,公務員の労働基本権の制限は乗り越えて団結権保障等に関するILO87号や98号に批准していることからすると,あまり説得力がないように思います(もちろんILOからは,公務員の労働基本権の保障について何度も勧告を受けているようであり,政府はそれにこりて,簡単に批准できないということかもしれませんが)。
 ILO関係は,従来ほとんど勉強してこなかったので,特段の専門的な私見をもっているわけではありませんし(『注釈労働基準法(上巻)』では「国際労働基準」が割り当てられ,字数がきわめて限定されるなか,内容の薄い紹介だけしていますが),上記のコメントには思わぬ誤解があるかもしれませんが,ただ,普通の国民の感覚として,ILO111号条約になかなか取り組もうとしない政府の態度は問題ではなかろうか,という問題提起はしておきたいと思います。

2022年6月24日 (金)

尼崎のUSB紛失事件

 尼崎市で全住民の情報が入っているUSBメモリスティックが,これを持ち出した外部業者の社員の不注意で紛失してしまったという大変な事件が起きてしまいました。今日見つかって良かったですが,多くの人が論じているように,非常に困ったものです。
 第1に,市民の観点としては,もし神戸市で同じことが起きたらと思うとおそろしいので,これを機会に入念な点検をしてもらいたいです。政府もそのような通達を出しているようです。市民の個人情報にアクセスするような作業を外部に委託するのであれば,それはよほどセキュリティ管理をしっかりしなければ,とても許容できるものではありません。尼崎市は,「委託時に情報管理のルールを設けていたが,初歩的なミスが次々と明らかになった」(神戸新聞NEXT),ということのようです(市の担当者は,記者会見でも,PWの桁数をもらすという大きなミスをおかしています)。ルールは設けるだけではダメで,実効的な管理体制が必要です。あまりにも当然のことなのですが,「デジタルトラスト」の重要性が言われている今日,そこから大きくかけ離れている「初歩的なミス」で今回の事故が引き起こされたのだとすると,これはほんとうに情けないことです。業者の責任は当然ですが,尼崎市にも重い責任があり,市長は事態を深刻に受け止め,早急に何らかの今後に向けた対応をしなければなりませんし,その後に自分もしかるべき責任をとらなければならないでしょう。前にもフロッピーディスクを使っていた自治体の不祥事が世間の嘲笑をまねいたことがありましたが,メモリースティックで個人情報を外部へ持ち運んでいること自体,おそろしいことです。自治体のデジタル対応の遅れは悲惨なレベルですが,今回のことをきっかけに自治体のDXを本気で進めてほしいものです(内部で処理すれば安全というわけではありませんが,今回のような事故は回避できるでしょう)。
 第2は,労働法の観点です。この業者が,従業員に対して,秘密管理についてどのような義務を課していたかはわかりませんが,就業規則に違反しているのであれば,懲戒処分を受ける可能性はあるでしょう。しかも,報道によると,今回の作業は再委託していたようです。再委託先の従業員は,きわめて低い賃金で働かされていた可能性はないでしょうか。もし,この従業員が損害賠償を請求されることになると,元受託企業も再受託企業も落ち度がある可能性があるので,その場合には,過失相殺がされるでしょうし,それとは別に,損害賠償責任制限法理がかかってくるかもしれません。その際には,従業員の賃金額も考慮要素となってくるでしょう。ただし,故意による損害惹起であれば,責任は制限されませんが,重過失があっても同様と解される可能性があります。
 話は変わりますが,東大阪のセブン・イレブンの契約解除事件については,セブン・イレブン側が第1審では勝訴したようです(判決内容は,まだわかりません)。加盟店オーナーの労働者性は労組法上のものも含めて,否定される裁判が出ていますが,継続的な契約の解除については,たとえ労働契約法の適用がなくても,一般の権利濫用規定(民法13項)は適用可能で,その枠内でどのような判断がなされるのかという点は理論的に関心があるところです。契約において解除事由が具体的に列挙されていて,その事由に該当することをフランチャイザー側が立証できていれば解除は有効となると考えるべきであり,これは実は労働契約における解雇と同じだと思っています。ただ,その場合でも納得同意を得るように誠実交渉を行うべきというのが私の立場であり(拙著『人事労働法』(弘文堂)208頁以下),これは個人のフランチャイジーに対する場合にもあてはまると考えています(このことは,同書285頁では明記されていませんが,人事労働法の準用という観点から,そのようにいえると考えています)。オーナーは,損害賠償も請求されているようですが,損害賠償制限法理は,信義則が根拠なので,雇用労働者以外の個人事業主にも,理論的には適用可能性があるといえそうですが,かりにそうだとしても,今回の事件が賠償額が減額されるべき事案であったかは,よくわかりません。

2022年6月16日 (木)

EUの労働政策

  EUは長い目でみれば斜陽の地域であり,労働法の分野でも, EUから学ぼうという姿勢が強すぎる人が多いのはどうかと日頃から思っているのですが,そうは言っても,やはりまだ学ぶことはありそうだと思うこともあり,私の評価は揺れ動いています。とくにEUは戦略をたてるのが上手であり,たとえばデータ社会となることを見越して,GDPR(一般データ保護規則)でルール形成を主導して,競争上優位に立とうとする姿勢などは見事です。
  いま労働法の世界で最もホットなissueは,プラットフォーム労働でしょう。私もいま共同研究に着手しています。昨年12月のEUの指令案は,おそらく多くの労働法研究者がすでに分析を始めていると思います。プラットフォーム労働やフリーランス政策などで,なかなか突破口がみつからないなかで,EU労働法は,多くの研究者が参考にしようとしているでしょう。そうしたなか,濱口桂一郎『新・EUの労働法政策』(JILPT)は,最新の動向も入っていて,とても役に立つ貴重な文献です。いつも,お気遣いいただき,ありがとうございます。
 ところで,私がいま関心をもっているのは,プラットフォーム労働という新しい現象にどう斬り込んでいくかです。新たな発想が必要となるのですが,そういう問題関心からは,EUはやや保守的かもしれません。また,プラットフォーム労働は,雇われない働き方の一類型であり,フリーランス政策の一つとしても注目すべきものです(濱口さんからは『フリーランスの労働法政策』もいただき,これも大変参考になる本で感謝しております。超人的な仕事量ですね)。日本労働法学会誌の最新号でも「プラットフォーム・エコノミーと社会法上の課題」が扱われていますし,ジュリストの最新号でも「プラットフォームワークと法」が特集されており,当面は,デジタルプラットフォーム,フリーランス,EUが,労働法研究のキーワードとなりそうです。
 ところで,濱口さんからは,もう一冊,『ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)をいただいておりました。お礼が遅くなり申し訳ありません。先日の税制調査会でも,濱口さんのジョブ型への思いのこもった熱弁を聴いて,感銘を受けました。私の印象では,「ジョブ型」は,諏訪康雄先生の「キャリア権」と同じように,いまや「創業者」の手から離れた概念であり,各人がそれぞれ定義して使ってよいような気がします。ただいろんな人が「ジョブ型」という言葉を勝手に都合良く使って適当な議論をしていることは,「本家」としては看過できないことであり,そのいらだちは理解できないわけではありません。
 労働者の採用がジョブ限定となり,賃金も職務給になっていくという意味でのジョブ型については,政策的に誘導するかどうかではなく,DXが進むと,おのずからそうなっていきます。だからジョブ型に備えた政策を考えなければならないという点こそ重要だと思っています。ジョブ型となれば,雇用は流動化しやすいし,解雇は現行法の下でも理論的にはやりやすくなります(解雇回避の範囲が狭まるからです。もちろん,実際に解雇をどこまで自制するかは企業次第です)。この点の私見については,拙著『雇用社会の25の疑問―労働法再入門―(第3版)』(2017年,弘文堂)の第12話「ジョブ型社会が到来したら,雇用システムはどうなるか。」を参照してもらえればと思います。

 

 

 

2022年6月14日 (火)

社会的責任と法的責任

 ネット情報ですが,ファミリーマート事件とセブン-イレブン・ジャパン事件の中労委命令の取消訴訟の東京地裁の第1審で,労働者性を否定した命令を維持する判決が,66日に出たそうです。判決文をみていないので論評はできませんが,どのような判断がされたのか大注目です。社会的に重要性をもつ判決文については,中労委のサイトで,できるだけ早くアップしてほしいです。またアマゾンの配達員の労働組合の結成も話題になっていますし,ウーバーイーツの配達員のユニオンの不当労働行為紛争も東京都労働委員会にかかっているようです。
 これらの動きについての,私の考え方は,すでにいくつかの媒体で書いていますが,それは要するに,労組法上の労働者性や使用者性という法的問題とは関係なく,まず企業の社会的責任として,しかるべき協議に応じて,加盟店や配達員の働く環境の改善に取り組むことが大切ということです。社会的責任が根底にあり,そのなかで法的責任とされている部分は,もちろん法的な責任をとり(その具体的な意味は,違反に対して法的なサンクションがあるということです),でも法的責任にかからない場合でも,まったく責任をとる必要がないというわけではなく,社会的責任をはたすべきであるということです。いったん裁判や労働委員会で争われるようになっても,上記のようなところをうまく取り込んだ和解ができるのがベストだと思っています。
 個人的には,現行法では,基準が明確にされず,裁判をしてみなければわからない労働者性や使用者性の問題にこだわりすぎると,かえって時間やエネルギーを空費するのであり,むしろアクションを起こすとすれば,その対象は司法よりも,立法のほうではないかと思っています。もともと労働者性や使用者性は,明快な基準で判断されるものではない以上,どう結論が出ても,どちらかの当事者に不満が残り,最高裁まで争われることになるでしょう。法的な責任にこだわるのは,私に言わせると,時代が変わって新しいルールが必要となってきているなかで,なお旧来のルールで解決を模索しようとするものなのです。個々の当事者の抱える問題を解決するという観点からは,そういう行動に意味がないとは言いませんし,私も法科大学院では,旧来のルールの下での解釈論を教えています。しかし,その一方で新しいルールを模索することも大切であり,そのことが,ひいては働いている人にとってプラスになり,またそうした人を活用して事業を営んでいる企業の持続可能性にもプラスになるのです。そうなると司法より立法となります。医学でいえば,新しい病気が現れたときに,現在の知見に基づいて,どのようにすれば良い治療ができるかを考えることも当面は重要ですが,新たな知見で治療に臨めないかを考えたいということです。
 ところで,フランスの労働法典では,2016年以降の法改正により,プラットフォーム企業に対する「社会的責任(responsabilité sociale)」として,一定の「法的な責任」を定めています(詳細は,浜村彰・石田眞・毛塚勝利編『クラウドワークの進展と社会法の近未来』(労働開発研究会)の第6章「フランスにおけるクラウドワークについての法的状況」(鈴木俊晴・小林大祐執筆)を参照)。対象となる労働者は,「travailleur indépendant」(独立労働者,自営業者)であることが明記されており,労働法典の本来の対象である従属労働者(travailleur subordonné:salarié)ではないけれど,デジタルプラットフォーム企業は、一定の「社会的責任」(労災保険の保険料負担,職業訓練の拠出金,団体権等の承認など)を負うべきであるとしています。これが私が言っている「社会的責任」と同じ意味なのかは,はっきりしません。フランス法の原理的なところは今後の研究に託すとして,いずれにせよ,プラットフォーム労働者について,労働者性がないとしても(裁判所において従属労働者として認められる余地はありますが),立法で企業に一定の「社会的責任」として具体的な義務を定めたところは大いに注目されます。
 私は,企業の「社会的責任」は,企業(会社)のもつ本来的な公共性に起因する基底的な責任であり,法的な責任は,そのなかの一つにすぎないと考えています。プラットフォーム企業の「社会的責任」の原理的根拠は,人間の労働を使って利益を上げているという点に求められるのであり,それはその労働が従属労働であるか独立労働であるかは関係ないのです(とくにICTの進行は,こうした区別をいっそう意味のないものとしています)。フランスのように立法化された部分は法的責任となりますが,そうではない部分も,なお社会的責任はあり,それについては,いかにして企業がその責任を果たすことができるようにするかを考えていくかが重要なのです(これは,私の「人事労働法」の考え方につながります)。もちろん,立法(そこにもハードローからソフトローまで多様なアプローチが含まれます)もあれば,自主規制もあるし,そういう様々な方策を視野に入れて立法構想を立てることが重要なのです。これが,まさに私が最も力を入れて取り組んでいる研究課題です(拙稿「DX時代における労働と企業の社会的責任」労働経済判例速報2451号も参照)。

2022年6月12日 (日)

すかいらーくの新勤務時間管理方式について

 新聞報道でしか知りませんが,すかいらーくホールディングスが,アルバイトの時間管理を従来は5分単位とし5分未満を切り捨てていたのを,1分単位とすることとし,過去2年の差額分の賃金を支払うと発表したそうです。労働組合の要請を受けたものだそうですが,厚生労働省の,労働基準法上は賃金は全額払わなければならないというコメントとセットで報道されていて,すかいらーくが違法な行為を是正したというような印象を与えています。事実の詳細はよくわかりませんが,ひょっとしたら誤解があるかもしれないので,ここで,すかいらーくのケースがどうであるかとは切り離し,一般的な説明をしておきましょう。
 重要なのは,法定労働時間の枠内での通常の賃金と法定労働時間の枠を超える場合の割増賃金とで分けて考える必要があるということです。そもそも,賃金を1分単位で払わなければならないというような原則はどこにも定められていないと思います。労働者の賃金は時間給であるという誤った考え方があり,ホワイトカラー・エグゼンプションは「脱時間給」であるというミスリーディングなネーミングを付与する日本経済新聞のような立場もありますが, 法定労働時間の枠内であれば,賃金をどう定めようが,最低賃金や差別禁止規制(非正社員への均等・均衡規制なども含む)に反しないかぎり自由に決めることができます。アルバイトの時給において,5分未満を切り捨てるという合意をしておけば,それも有効となります(理論的には,民法90条により公序良俗に反すると判断されることはありえますが,結論として,そうは判断されないでしょう)。これは賃金全額払いの原則(労働基準法24条)とは無関係なのです。賃金全額払いの原則は,発生した賃金請求権を前提に,その全額を支払えというものですので,例えば3時間3分働いたのに,3時間分の時給しか支払われなかったというのは,「賃金の決め方の問題」であり,そういう契約であれば,3時間分の時給賃金しか発生しないことになる以上,3時間分の時給賃金を支払うことで,賃金を全額払ったことになるのです(ただし,きちんと1分単位で支払うかのような労働条件で契約をしている場合は,それは契約上,3時間3分に相当する賃金を支払うべきことになり,実際に契約がそのように解釈されることも多いでしょう)。「賃金の決め方の問題」は,法律マターではなく,契約・交渉マターであり,したがって,労働組合が交渉により1分単位で計算するように求めることもまた自由で,企業がこれに応じれば1分単位になるということです。そういう決め方をした以上は,今後は1分単位で計算された時間賃金を支給しなければ,全額払いの原則の違反となります。ちなみに精密に時間管理ができる場合,秒単位で支払うという合意も可能でしょう。なお,これをかりに賃金全額払いの原則とみた場合も,行政通達は独自に,1カ月単位で端数処理のルールを定めており,100円未満の端数の四捨五入を認めています。しかし,これは行政解釈にすぎず,労働基準法24条の解釈として,ほんとうに許されるかは何ともいえません。誰かが裁判で争えば,違った法解釈が示される余地もあるでしょう。通達はあくまで行政が決めた解釈にすぎず,最終的な法解釈ではありません。
 以上の話と割増賃金は話がまったく異なります。割増賃金は,その決め方について法律に縛りがあり(なお,計算方法については自由に決められるが,最終的な額は拘束されるというのが判例・行政の立場),割増賃金は時間数に連動して算定され,勝手に端数時間を切り捨てることはできません(切り上げることは,労働者に有利な扱いなので,労働基準法13条により許されます)。割増賃金にも全額払いの原則が適用されると解されているからです(この解釈には異論はないでしょう)。もっとも厳格な時間連動を求めることには無理があるということで,ここでも通達は,事務簡便のための端数処理について,ルールを定めています。ただこれはあくまで事務簡便のためのものであり,時間の端数にせよ,割増賃金の時間あたりの額を算定する際の円未満の端数にせよ,理論的には,当然に四捨五入的な扱いをしてよいというわけではありません。もっとも,どこかで区切らなければいけないわけですが,通常はコンピュータ処理がされている以上,円未満や分未満でも,できるだけ細かく計算して積み上げてほしいと考える人がでてきてもおかしくはないかもしれません(なお,以上の通達については,1988314日基発150号を参考にしてください)。
 以上のことは,法定労働時間の枠内での通常の賃金の話と枠外での割増賃金とでは,法的ルールがまったく異なるということに関係するものですが,この点について,実は厚生労働省も,疑問符がつく通達を出しています。それは,フレックスタイム制(労働基準法32条の3)の月またぎの繰り越しについて,賃金全額払いの原則違反となるというものです(198811日基発1号)。具体的には,たとえば清算期間を1カ月とするフレックスタイム制において,月の総労働時間を超過した労働をした場合,その労働時間を次期に繰り越して,次期の総労働時間を減らすという取扱いは,労働時間の貸借制としてありうることですが,法定労働時間の枠を超える場合は別として(これは法定の割増賃金の対象となる),そうでない限りは,やはり「決め方の問題」として,超過があろうがなかろうが,賃金は定額にするといった合意も有効となるのです。ところが,通達は,これが賃金全額払いの原則に反するとしています。賃金は,法定労働時間を超える時間外労働以外の部分も,時間給で計算しなければならないという法律上の根拠のないルールをもちこんでいるからです。いったい実務は,この点はどのように運用しているのでしょうか。通達には逆らえないということかもしれませんが,それなら過剰な規制となります。
 なお,ある月の総労働時間より少ない労働しかせず,次期にその分だけ余分に働いた場合,これも法定労働時間の枠内におさまっていれば,定額にする取扱いであっても「決め方の問題」として有効となるはずです。ところが通達は,これをやはり時間給の発想で,前期は過剰に支払われているとみて,翌月に定額でしか支払わなくても,前期の過払いの調整をしたという調整的相殺の考え方(これについては,拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(弘文堂)の第94事件の福島県教組事件を参照)で適法としています。前述したことからすると,通達の前提はおかしくて,前月の過払いもなければ,当月の過小払いもないと解すべきなのであり,ほんとうは調整的相殺の問題ではないのです(菅野和夫『労働法(第12版)』(2019年,弘文堂)の541頁を参照)。

2022年6月 7日 (火)

健康診断と健康診査

 法律において「健康診断」という言葉が使われることがありますが,私が不勉強なだけかもしれませんが,その定義はどうも明確ではないように思えます。 労働安全衛生法66条のように,「健康診断」の定義はされていなくても,「健康診断」として何をするかが明確になっているものであれば,そういうものを健康診断と呼ぶと考えれば済むので,「健康診断」の定義をあえてする必要はないのかもしれません。しかし,次のような場合はどうでしょうか。
 育児介護休業法は,小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者に対して,子の看護休暇というものを,原則として,年間5日認めています。この休暇は,「負傷し、若しくは疾病にかかった当該子の世話又は疾病の予防を図るために必要なものとして厚生労働省令で定める当該子の世話を行うための休暇」と定義されています(16条の2)。そこでいう「厚生労働省令で定める当該子の世話」とは,「当該子に予防接種又は健康診断を受けさせること」とされています(同法施行規則32条)。「健康診断」という言葉が出てくるので,そこでいう健康診断がどういうものであるかがはっきりしなければいけません。常識的には,健康診断とされるものの範囲は特定できるのだと思います。ただ若干気になるのは,母子保健法に基づく「健康診査」が「健康診断」に含まれるのかです。いわゆる一歳半児検診や三歳児検診については母子保健法121項では「健康診査」とされており,男女雇用機会均等法12条でも「健康診査」という言葉が使われています。もし「健康診査」と「健康診断」が別の概念であるのであれば,「健康診査」のために子の看護休暇をとることはできないことになってしまいそうです。
 ネット上は「健康診断」と「健康診査」は根拠となる法令によって言葉が違うだけで内容は同じという情報が飛びかっているようであり,おそらくそういうことなのかもしれませんが,その根拠はよくわかりません。
  同じ労働法の分野の法律なので,まぎれがないようにするためには育児介護休業法施行規則にいう「健康診断」には母子保健法上の「健康診査」も含むという括弧書きを入れておいてもらえればと思います。
 前から男女雇用機会均等法の説明をする時に,12条に軽くふれて,女性労働者の保健指導と健康診査に必要な労働時間の確保することができるようにしなければならないという規定があると説明はしていました。そのときに「健康診査」という言葉への違和感(これはどういう意味であろうという,かすかな疑問)はあったのですが,あまり突き詰めて考えていませんでした。
 

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