国際政治

2022年11月12日 (土)

アメリカの中間選挙に思う

 共和党と民主党の二つの政党だけの戦いであれば,どちらが多数かはすぐにわかりそうなものですが,例えばGeorgia州では,第3の党であるリバタリアン党の候補者がたった2%ほどの票を得ただけで,民主・共和のどちらの政党の候補者も50%を超えることができず,約1ヶ月後における両党候補者の決選投票となりました。これが実は上院の多数派(民主党が50をとるかどうか)を決める意味をもっているのです。
 しかし,これだけ民意が分断され,まさに50%すれすれのところで争われ,そこを少しでも超えた政党が勝つというのでは,政治がとても不安定なものとなるでしょう。もちろん欧州のように多数の政党が分立して,どことどこが組むかによって政権が変わるというのも不安定です。どちらがよいのかはよくわかりません。しかし,何と言ってもアメリカは,世界の大国です。この国の政治の混迷は,憂うべきことです。
 他の先進国をみても,イギリスは,初のアジア系で,しかも若く,かつ超エリートの首相が誕生しましたが,保守党自体が次の選挙で労働党に負けそうです。フランスもMacron大統領の支持基盤は脆弱ですし,ドイツのScholz首相は,G7の外相会議を国内で開催している途中に,中国を訪問して経済面で頭を下げに言っている(?)という無節操な行動で,世界中にその弱腰ぶりさらしたように思います。もちろん日本の首相も,国内でのリーダーシップに問題があり,その能力に大きな疑問がでています。そのなかで中国の習近平の安定ぶりが際立ってしまいます。
 ちょうどエジプトでCOP27が開催されていましたが,環境問題は世界中の国が考えて取り組まなければならないことです。とくに環境汚染をしてきた先進国では,エゴを捨てて世界のこと,将来世代のことを考えるリーダーが出てこなければなりません。しかし,どの民主主義国もリーダー選びでは環境問題が主要な争点になっていません。民主主義は,各国の正統なリーダーを選びますが,地球規模でみると望ましいリーダーを選ぶことができないシステムなのかもしれません。だからといって,中国のようになればよいとも言えません。世界を良い方向に導く独裁者がいればよいのですが,そういうものを望むことがとても危険であるというのが歴史の教えなのでしょう。

2022年10月16日 (日)

イタリア政治は実験場

 1014日の日本経済新聞の経済教室において,Giuliano da Empoli氏の「イタリアにみる欧州政治の変遷」というタイトルの論考が掲載されていました。先般の国政選挙のFdI(イタリアの同胞)Meloniの勝利をどうとらえるかは,単にイタリアウォッチャーだけでなく,世界の政治の動きに関心のある人たちにとっても注目でしょう。この論考で書かれていたように,イタリアの政治というのは,欧州の政治思想の実験場のようなところがあるのです。
 そこで紹介されていた「テクノ型国家主権主義者」というのも興味深いです。このような勢力が誕生してきて,記事では,「FDIを率いるメローニ氏の総選挙での勝利は,その最初の表れだ。これは,EUのテクノクラート的な論理と北大西洋条約機構(NATO)の地政学的な枠組みを容認する一方で,ナショナリズム型ポピュリストである指導者たちが旗印とする極めて保守的な価値観や「伝統的かつキリスト教徒的な欧州」の保護を訴えるという新たな政治形態だ」と説明されています。国家主義者イコール反EUではないのは新しい現象なのでしょうね。
 イタリアにとってEUはこれまで少し鬱陶しい存在ではありましたが,EUの存在の恩恵も大きいのであり,純粋に国益を考えると,EUシンパでなくてはおかしいはずです。実際には多くのイタリア人は,EUあってのイタリアとわかっていると思います。私ぐらいの世代から上のイタリア人は, EUによる統合に複雑な思いをしている人も少なくないと思いますが,徐々にそういう人の割合は減少してきているでしょう。それに30年くらい前のイタリアでは,国家主義的な動きは,ファシズムを想起させ,インテリを中心に嫌悪の対象そのものでしたが,戦後80年近く経って,そのような感覚をもたない人が増えてきているはずです。
 そのようななかで,既存の政治に対する不満の受け皿として,MeloniFdIのような極右政党が支持を増やすことになるのは理解できないではありません。しかし前に(919日),同じ経済教室で網谷龍介さんが書いていたように,伝統的な政党の存在意義を軽視してはならないでしょう。網谷さんは「異論の出ない腐敗根絶などの争点や指導者の魅力のみを訴えるようになれば,自分の選好に近い政党の選択も難しくなる」と書いており,ポピュリズム政党の登場は,民主主義にとって有害であることを示唆しています。身近なテーマは,誰でも提示することができ, 弁舌さえ巧みにできればある程度の支持を得ることができます。しかしこうした新党が本格的な国の政策を体系的に展開できるかというと,それは期待薄です。やはり経験のある人材の豊富な旧来型の政党でなければ信用できないという面もあります。FdIがこれからどのようになっていくのか。イタリアはEUの主要国であるだけでなく,G7の一員でもあります。国際的な舞台に,イタリアの首相は出ていかなければなりません。狭量な国家主義ではなく,国際舞台にも通用する普遍的な政治信念や価値観をもつ必要があります(岸田首相にこれがあるかわかりませんが)。ただ,現在は新たな「テクノ型国家主権主義者」的な価値観が普遍性をもとうとしている可能性もあります。FdIの今後はイタリアや欧州の政治にとどまらず,日本の政治の今後を占ううえでも参考になることがあるでしょう。

2022年9月27日 (火)

イタリアで女性首相誕生へ

 イタリアでは925日に国政選挙(Elezioni politiche)が行われ, Giorgia Meloni率いるFdI(イタリアの同胞),Salvini率いるLega(同盟),Berlusconi率いるFiForza Italia)ら中道右派(Centrodestra)が地滑り的大勝利となりました。イタリアの国会議員は,定数削減で上下院あわせて,以前の950から600になっています。上院(Senato)は200議席,下院(Camera dei deputati)は400議席です。中道右派は上院で115議席,下院で237議席,中道左派は上院で44議席,下院で85議席でした。ここまで中道右派が大勝するとは予想外でした。政党別では,FdIが,上院で66議席,下院で119議席で,どちらも第一党。Legaが上院で29議席,下院で67議席,Fiが上院で18議席,下院で44議席です。中道左派(Centrosinistra)のPd(民主党)は,上院40議席,下院69議席です。どちらにも属さないM5SMovimento 5 Stelle:五つ星運動)は,上院28議席,下院58議席です。
 第1党のFdIMeloniが首相に指名される可能性が高そうです。Draghi政権は挙国一致内閣でしたが,そこに主要政党で唯一参加していなかったFdIは,Draghi政権への批判を受け止めたという感じです。批判というのは,基本的には物価高ということでしょう。親欧州はイタリアにとってよくないという主張も,人々にかなり浸透しました。もちろん,FdIは,4分の1の支持を得たにすぎませんが,もともとは5%くらいであったので,飛躍的な上昇です。Meloniは,わかりやすくイタリア・ファーストを唱えました。既存政党への批判も訴えました。イタリアでは,いまでも「左(sinistra)」という言葉が政治家の間で使われています。日本では,たとえば保守系の政治家が,あの政党は「左」だからダメだというような言い方はあまりしないと思いますが,イタリアでは「左」「右」という言葉がまだよく使われています。とはいえ,政策において,もはや右と左の区別はよくわからなくなってきています。右のMeloniですが,よくある財政バラマキ的な政策を訴えています。一方,欧州との関係をどうするかはわかりませんが,連立を組むことになるLegaFiの親ロシア的な立場は,欧州との関係を難しくするでしょう。その他の経済政策も未知数ですが,イタリア経済がメチャクチャになる可能性は十分にあります。それでも,現状に不満がある人たちは,新しい可能性に賭けたのでしょう。女性であり,スピーチはわかりやすく,人を引きつける魅力は十分にあります。Mussolini支持者である(あった)ことなど,若い層にはあまり関係ないのでしょう。もちろんインテリたちは頭を抱えているでしょう。それが目に浮かぶようです。それでもコロナにおいて多くの死者を出し,人口構成が変わるほどの深刻な打撃を受けたイタリアでは,国民は解体的な出直しを求めているのかもしれません。現在の経済的苦境を乗り越えるには,左であるPdには無理であるというのがイタリア国民の評価なのでしょう。イタリアでも,コアなは左派支持者はいますが,それは20%くらいで,そこからなかなか増えそうにありません。
 前回の選挙で第一党であったM5Sは,今回でも第3党の地位をキープしています。M5Sになお一定の支持が集まり,いまや古い政党になりつつあるLegaが大きく得票率を減らしたのも,新しいものを求めるイタリア国民の気持ちを示しているような気がします。
 もちろん今回のMeloni人気も,あっという間に冷めてしまう可能性はあります。イタリアの政治情勢は,不透明だと言うべきでしょう。いずれにせよ,Trumpのときのアメリカと同様,イタリアでも自国民ファーストという政治家が出てきて,移民に厳しい政策を唱え,反民主主義的な勢力とも,実利で手を組むようなことになりそうなので,当分はイタリアの政治も困った状況が続くかもしれません。ただ彼女は左派政党は批判しますが,国民には分断ではなく,団結を求めているところは,まだ救いがある気もします。ひょっとしたら,より危険なのは,彼女が頼りにするはずのBerlusconiやSalvini らが,何かしでかすのではないか,ということです(Berlusconiの手がMeloniの肩や腕をやたらと触っているようにみえるのは,私の気のせいでしょうか)。

2022年8月 8日 (月)

五百旗頭先生のご高説拝聴

 昨日のテレ東の日曜サロンには,五百旗頭先生が出ておられました。テレ東BIZで,後からみました。いつものことですが,先生の話は為になります。
 負け戦はしてはならず,軍事力では勝てない中国と戦争してはならないのですが,もし中国が攻めてきたときにはスッポンのように噛みつけるようにしておく必要はあるとし,その一方で,中国はリアリストなので,経済面でしっかり交流をしておくこともが重要だとおっしゃっています。「日米同盟,日中協商」が,先生の持論です。軍事力に頼るという点については,必ずしも賛成ではないのですが,しっかり防衛戦略を立てることが必要というのはそのとおりでしょう。防衛大臣はそのことに専念したうえで,首相や外務大臣は,それとは切り離して外交により高い視点から日中関係をしっかり築けるようにする必要があるというのは説得力があります。リアルな国際政治のなかで,どうやって生き延びていくかについて,五百旗頭先生には,ぜひ政権にアドバイスをする存在でいてもらいたいですね(すでに,そうなのかもしれませんが)。
 一方,先生の安倍元首相評も面白かったです。まず,外交・安全保障面での貢献はきわめて大きかったという評価です。米欧関係をズタズタにしたTrump氏をなだめながら(ときにはゴルフでわざと負けながら?),アメリカが離脱したTPPTPP11としてまとめたり,RCEPなどを実現したり,「自由で開かれたインド太平洋」という概念で,アメリカも巻き込んでこの地域の安全保障の枠組みをつくった手腕などを高く評価されていました。一方で,安倍元首相は「貴族」であり,庶民の気持ちがわからないところがあり,森友・加計問題は,その何が悪いかはわからないままだったのではないかと指摘されていました。たしかに赤木さんの問題などに,もう少し丁寧に対応していれば,ずいぶん印象も変わっていたかもしれません。
 外交・安全保障面は,なるほどそのように評価するものなのかと思いましたが,個人的にはロシアとの関係は改善せず,北朝鮮の拉致問題も前進せず,アメリカに寄りすぎて,中国とはうまくいかず,いまから思えばあれほど旧統一教会と仲が良かったのに,韓国ともうまくいかなかった(むこうの政権のほうにも問題があるのですが)のであり,こういう点をみていると,あまり高く評価できないのではないかという気もします。もちろん100点満点の外交や安全保障というのは無理なのですが。いずれにせよ,安倍外交の残したものが今後どのように影響してくるのか,また岸田首相が,これからどう取り組んでいくのかが注目です。

2022年6月22日 (水)

核問題をきちんと議論してほしい

 NHKプラスでみた再放送番組のなかで,道傳愛子さんがJacques Attali氏やIan Bremmer氏らにインタビューをしているものがありました。それを観ていて感じたのは,ウクライナがロシアに攻撃されたのは,核兵器を放棄しながら,NATOに加盟しなかったからで,アメリカもいざというときには頼りにならないということを教訓として,日本が核兵器をもとうとするのではないかという懸念がもたれていることです。日本は, NATOに加盟しておらず,同盟国のアメリカも頼りにならないとわかれば,ウクライナの二の舞にならないように,核兵器をもつことが必要だと考えるかもしれないと思われているのかもしれません。そして,それは世界にとって最悪のシナリオであるというのが,世界の識者の意見なのでしょう。
 日本は,歴史上,唯一の戦争被爆国です。しかも2回も民間人相手に核爆弾を落とされた国なのです。この日本が,核兵器をもとうとするかもしれないと疑われていること自体,世界の平和におそろしく危険なメッセージを与えることになります。日本が原因で,泥沼の核競争の歯止めがなくなるということは避けなければなりません。唯一の被爆国である日本人が声をあげなければ,いったい誰が声をあげるのでしょうか。その意味で,核兵器禁止条約の会合にオブザーバーとしても参加しない行動は,誤解をいっそう強めてしまわないか不安です。「聴く力」ではなく,「伝える力」が必要です。
 広島出身(東京生まれだそうですが)の岸田首相には責任があります。本気で平和を実現したいと考えるならば,広島らしい,原爆の問題と向き合った解決策を打ち出す必要があるでしょう。アメリカの「核の傘」に入る選択肢を,最初から放棄せよと言いたいわけではありません。しかし,「核の傘」について日本内の少なからぬ国民が不安に感じていることも知っておいてもらえばと思います。そもそも地球上の人々はみな頭上に爆弾がぶらさがっている状況下で生きているのです。その爆弾のスイッチボタンは,どこかの独裁者も握っています。その爆弾を一つひとつ取り除いていくしか,ほんとうの平和は実現できないのです。岸田首相には,日本だからこそ,また広島出身の首相だからこそできることがあるはずです。核の問題をうまく解決して世界平和に貢献できるような,スケールの大きな平和構想を語って欲しいです。
 今回の参議院選挙でも,平和は重要なテーマです。安全保障という言い方よりも,端的に世界平和の実現というテーマで議論してもらいたいです。経済が再生しても,平和がなければ,意味がありません。この面では,共産党は良いことを言っていると思いますが,ただ,かりに共産党が政権をとっても,Japanese Communist Party という名称であるかぎり,まともな国が近づいてこず,うまく国際協調ができないであろうという点が残念です。党名変更(せめて英語表記について)を真剣に考えるべきではないかと思いますが,余計なお世話でしょうね。

2022年6月 5日 (日)

シビリアン・コントロールの重要性

 NHKプラスで2009年に放映されたロシアとグルジア(ジョージア)との戦争を扱った番組を観ました。旧ソ連の構成国であったジョージア(グルジア)との紛争は,同じような立場にあるウクライナとの今日の紛争を考えるうえで参考になるものでした。まさに同じことが繰り返されているのですね。ジョージア内におけるロシア人の独立派(南オセチアの人)が弾圧されているので,それを救うために軍を出すという大義名分があり,その背景には,ジョージアが西側寄りとなりNATO加盟の可能性があるという点などは,ウクライナの状況とよく似ています。すでに旧ソ連からの独立国ではバルト3国がNATOに加盟していますが,これら小国と異なり,ウクライナは大国であり,その影響ははるかに大きいものです。ロシアは,国内の独立派と戦ったチェチェン紛争では制圧に時間がかかり軍の弱体ぶりを示してしまいましたが,Putinは軍の強化を図ってきました。その成果をウクライナ侵攻でみせようとしたのかもしれませんが,思わぬ長期戦になってしまったようです。ただPutinにしてみれば,ロシアを守るためには,ロシアと国境を接するところにNATO加盟国が次々と登場することは避けなければならず,とりわけウクライナは兄弟国として特別な関係がありましたから,もはや撤退できないのでしょう。
 Putinは愛国教育をし,すぐれた軍人を育成することに力を注いだようです。軍隊の立て直しをし,クリミア半島の占領などの成果(?)もあげてきました。今回も精鋭部隊を投入すればあっというまにウクライナを降伏させることができると考えていたのかもしれませんが,そうは行きませんでした。この戦争のこれまでの戦争との違いは,戦争状況が動画付きで逐一世界でながされていることです。ロシアは国内ではマインドコートロールに成功したかもしれませんが,国外ではそれは通用しません。ウクライナに次々と最新の武器が供与され,またエネルギーや食糧に影響が出ても,できるだけ耐えようというムードが世界中に広がるなか,ロシアの勝機はどんどん小さくなっている感じがします。それに中国問題もあります。アメリカは,ロシアの行動が,中国の今後の行動に影響するとみているので,ロシアが破滅的な行動をとらず,しかし勝利を収めることもないように,この戦争を収束させたいと思っていることでしょう。もっともアメリカに,そうした戦争の終結のシナリオを実現できるだけの力があるかは疑問符も付きますが。Trump時代のつけで,ロシアだけでなく,アメリカも信用できないと考えている国は世界でも少なくないでしょうから。
 軍事力の強化を進めてきたロシアにとって,何か紛争の種があれば軍事力で解決しようとする発想になるのは避けられないことであったのかもしれません。不幸にもそれに連動して世界は,平和維持という名の下に,軍拡競争の流れに飲み込まれようとしています。フィンランドやスウェーデンのような国まで巻き込み,そしてついに日本も同じ流れに乗ろうとしています。冷戦時代,ソ連が北海道や九州に上陸してくるという声が自衛隊関係者からさかんに出されたことがありました。最近再び,中国,ロシア脅威論から,同様の声が上がってきています。自衛隊関係者には,彼らなりの論理があるのでしょうが,それが暴走すれば危険であるということは,過去の教訓から私たちは学んでいるはずです。シビリアン・コントロール(civilian control:文民による軍隊統制)の重要性は,どんなに強調してもしすぎることはないでしょう。ロシアのような実質的にシビリアン・コントロールのない国になれば,独裁者の意向で,優秀な若者が(自身の希望によるとはいえ)軍人に仕立て上げられ,戦地に送られて殺されたり,生き残っても,戦争犯罪人の汚名を着せられながら処罰されたりするのです。愛国の名の下に,大事な子どもを差し出さなければならない悲劇を繰り返してはなりません。国防をどう考えるかは国民的な議論が必要です。国防を強化するのなら,シビリアン・コントロールの砦となる防衛大臣には,棒読み大臣ではない,きちんとした人をつけることは必須でしょう。自衛隊に対して,是々非々で臨み,ときにはイヤなことも言えるような人がトップにいることが保障されなければ,自衛隊強化論には危なくて乗れません。

2022年4月27日 (水)

感謝されない日本

 日本経済新聞の電子版で「ウクライナ政府がツイッターに投稿した各国の支援に感謝を示す動画に日本への言及がなかったことがわかった。」という記事が出ていました。武器支援をしていない国は,感謝対象から除外されたようです。後から追加で「感謝」されたようですが,武器を提供しない支援など,やっている国の自己満足程度のもので,やられたほうはさほどは感謝していないのでしょう。命が危険にさらされ,祖国滅亡危機にあるともいえるわけですから,武器支援国こそ感謝の対象となるのは,わからないではありません。日本のほうも,他人に感謝してもらうためにやっているわけではないから,別に感謝されるかどうかは関係ないと格好つけたいところでもあります。ただ,国民の税金を使ってウクライナ支援をしているのですから,感謝されていないとなると,あまり意味のない支援にお金を無駄に使っているのではないかという疑問が出てきます。なぜ感謝されないような支援をしているのか。ウクライナは,そもそもアメリカの議会で真珠湾攻撃発言をしたり,昭和天皇とヒトラーと同列にしてみたり,日本に十分に配慮をしているとは思えません。基本的には利害関係がないので,うまく支援をもらえれば有り難いという程度の国に思われている可能性もあります。近くにいない外国というのは,その程度のものかもしれず,それがとくに問題とは思えません。日本も,ウクライナ支援は,ウクライナへの同情もありますが,国益にかなうからやっているという冷徹な計算があると思います。それでもいいのですが,感謝対象国から外されてしまうのは,世界に日本のプレゼンスの小ささを露呈してしまったことにはなっていないでしょうか。これではかえって国益を損ないます。もっとお金を有効に使う必要があります。
 ところで日本に来たウクライナ人の不満として,英語が通じないことがある,ということが報道されていました。これはウクライナ人にかぎらず,日本に来た外国人が共通して言うことです。私たちが,昔タイに行ったときに不安に感じたのは,英語が通じないことでした。外国に行って通じる言葉がないというのは不安なものです。現在,日本人のなかにウクライナ語を学ぼうという人が出てきているようで,やりたい人はやってもらってよいのですが,ウクライナ人の支援にはつながらないでしょう。ウクライナの人が求めているのは,おそらくサバイバルするのに必要なコミュニケーションであり,現在なら,ポケトークなどの翻訳機械を提供するほうが,よほど意味があるのではないかと思います。デジタル技術がここでも課題解決のために最優先されるべきなのです。
 意味のある支援,感謝される支援とは何か。自分たちの自己満足で行動していると,善意の押し売りになってしまいます。国民の善意の行動は止められませんが,政府レベルは,よく考えて行動してもらいたいです。とりあえず何かやればよいというのは,安倍政権で終わりにしてもらいたいです。

2022年4月10日 (日)

食糧確保―貿易と平和の重要性

 人類には性欲があり,セックスをすることを止められないが,それにより増える人口を支えるほどの食糧の生産性の向上は期待できず,貧困は不可避となる。
 近代経済学の父であるアダム・スミス(Adam Smith)とほぼ同時期に活躍したマルサス(Malthus)は,1798年に刊行された『人口論( An Essay on the Principle of Population)』で,このように唱えました。今日では,食糧生産性の向上により,マルサスの予想を克服できたといえるのですが,日本など先進国の一部で人口減少が進んでいるのは,人口増が人類の存続に脅威となることを直感した若者が,性欲という本能さえも抑制しつつあるのかもしれません。
 ところで,食糧生産に適した国もそうでない国もありますが,後者の国も貿易を通じて食糧を輸入することができます。そうして,世界中のどこにでも食糧を行き渡らせることができています。また,食糧を生産できても,他国より生産性の高い商品の生産に特化したほうがよいというのが,リカード(Ricardo)の比較優位論です。このためには国家間での自由な貿易が保障されなければなりません。
 ところが,今回,ウクライナの戦争で,世界有数の穀物輸出国であるウクライナからの輸入が滞って困っている国があるようです。世界では小麦を主食とする国が多いので,これは大きな問題でしょう。日本でもロシアとの貿易を止めようとする動きのなかで,食糧以外にもいろいろな輸入品が来なくなり,日本経済に大きな影響が出てきそうです。こういうこともあるので,自給率を上げたほうがよいという意見もあるのですが,これは非効率な面もあります。ほんとうは貿易によって,各国が比較優位となる商品の生産に特化したほうがよいのです。自給率の引上げはある程度は必要でしょうが,どのようにして日本が比較劣位だけれど必要という商品の輸入を確保できるかが大切です。確かにロシアや中国に頼るのは危険でしょう。とくに食糧品は生存に直結するので,食糧確保体制をどうするかというのは,とても重要です。
 サバンナの弱者であったホモ・サピエンスは,いかにして食料を確保するかということを考えて,知恵を絞って生き延びてきました。マルサスが悲観した貧困は,技術革新と並んで,リカードが唱えた自由貿易による国際分業によって回避できたかもしれません。しかし,戦争は,これを崩壊させてしまうのです。第2次世界大戦以降,世界中の人が忘れかけていた平和の有り難さを,いまいちど思い直す必要があります。経済安全保障というと,秘密漏えいやサイバーテロのような話が出てくるのですが,食糧やエネルギーをどこまで自給し,どこまで他国に頼るか,頼るとすればどこの国か,そしてリスクをどう分散するか,というようなこともまた,国民の経済的な面での安全保障という点で重要ではないかと思います。
 おそらく,このことは,これから食糧問題やエネルギー問題が国内で本格的に起きたときに,もっと注目されるようになるでしょう。

2022年3月 9日 (水)

Putin の夢を実現させてはならない

 ウクライナの大統領ゼレンスキー(Zelenskyy)を,以前に頼りないと書いてしまいした。プロの政治家としてどうなのかという見方もあったものの,国家存亡の危機の際にみせた胆力はさすがで,さしものPutinも手こずっている感じです。
 Putinの武力侵攻は,私たちの観点からすると狂っているとしか言えないのですが,彼を単に異常者とみているだけでは,この戦争の本質を見誤るかもしれません。彼には彼の論理があるのでしょう。それを考えるうえで参考となるのが,前にプロスペクト理論を紹介したときにふれた「参照点」の議論です。彼にとって,領土としての「参照点」は,ウクライナも含まれているのです。というか,彼は30年前のソ連崩壊の屈辱を雪ぐということを考えているとも言われており,そうなると旧ソ連こそ,彼の考える領土の「参照点」となるわけです。ウクライナはむろん,バルト三国なども含まれます(カリーニングラードを飛び地にしない)。とりわけウクライナは,NATO諸国との間の緩衝地であったわけで,その地がNATO寄りになるとすれば,Putinはロシアの安全保障にきわめて深刻な脅威となると受けとめても不思議ではありません。もちろん,だからといって軍事侵攻が許されるわけではなく,国際常識からすると彼は「狂っている」のですが,彼は決して精神に異常をきたして戦争をしているのではなく,ある意味ではゼレンスキーと同じような気持ちで国家の危機を守っているつもりでいるのかもしれません。もちろん,そうした夢や野心は,絶対にこうした武力によって実現させてはなりません。
 こうした領土へのこだわりは,中国にもあてはまるようです。中国は,清朝時代に列強にずたずたにされた屈辱を忘れていないでしょう。中国の領土の「参照点」は,清朝の最盛期の領土だとも言われています。そうすると,台湾はもちろん,モンゴル,ウイグル,チベットも領土となるし,冊封国まで含めれば琉球(沖縄)や朝鮮なども含まれることになります。もし,中国がこうした独自の「領土」の論理に基づき,その奪還という夢を実現しようと考えているのだとすると,日本はそれがおかしいと批判するだけでは武力侵攻を止められないかもしれません。中国の論理を理解し,中国の次の一手を読み間違えないようにしっかりとした対策をとることが必要となります。その際,日本には,武力ではなく,平和的な外交で勝負してほしいです。ウクライナの現状をみると,こうした主張の説得力が乏しいのはわかるのですが……

2022年2月28日 (月)

Black February

 20222月は今日で終わりです。2月は28日しかないので(閏年でも29日),例年であれば,入試などもあってバタバタしてすぐに終わるという感じですが,今年は濃密な1カ月だったように思います。後世に,「ブラック・フェブラリー(Black February)」と呼ばれるかもしれません。まず北京オリンピックがありました。日本や欧米の外交ボイコットに始まり,スポーツの政治利用が露骨に示された大会でした。個々の競技では楽しめたものの,審判の不公平感のあるジャッジなどで,選手のせっかくの活躍に水を差してしまうこともありました。一方で,カーリングの透明感のあるルールが,選手たちの個人的な魅力とも相俟って,スポーツとしての品の高さを感じました。
 女子フィギアスケートはドーピング問題が残念でしたが,神戸出身の坂本花織さんの銅メダルは,ほんとうに良かったと思っています。ドーピング疑惑のワリエワ選手の失速は,坂本選手にとってはとてもラッキーでしたが,彼女は結果に胸を張ってよいと思います。むしろ坂本さんは,すごいジャンプがないなかで,着実に自分のできる技をパーフェクトにこなすという地道なことに徹した結果,幸運がめぐりこんできたのです。彼女の成功は,自分のもてる力をしっかり出し切ることが大切というとても重要なことを教えてくれたと思います。小林陵侑選手の活躍,カーリング女子の銀メダル,平野歩夢選手の「怒り」の金メダルも印象的です。
 そうは言いながら,最も印象に残ったのは,やはり純粋にスポーツを楽しみきれない,スポーツ外の話題であり,それはIOCのもついかがわしさに起因しているのでしょうね。オリンピックへの関心を失った人も多いのではないでしょうか。
 もう一つのBlackは,もちろんロシアのウクライナ侵攻です。いつも書いているように,ロシアは信用できない国ですが,今回はひどいことになりました。ロシアの暴走は,Putinだけの問題かどうかよくわかりませんが,誰も止められず,いまのところ国際社会も,なかなか効果的な対応ができていません。中国がロシアの味方であるかぎり,経済制裁の効果にも限界があるでしょう。国連の安全保障理事会は,常任理事国であっても,当事国が採決に加わるのはおかしいと思うのですが,そういう常識的な感覚が通用しないところなのでしょう。これだと拒否権のある常任理事国は国連を無視して何でもできることになってしまいます。この点で,国連はすでに根本的な矛盾をかかえているのでしょう。アメリカにしろ,ロシアにしろ,中国にしろ,狂った指導者が出てくる可能性は否定的でないのであり,そういうことも考慮した安全保障体制の構築が重要であることが,今回の教訓だと思います。核兵器をもつ国が,他国には核兵器をもたせないのに,自らは核兵器の脅威をちらつかせて屈服を迫るという異常性にも目をむけなければなりません。核保有国の狂ったリーダーが血迷って核兵器を使うかもしれないという危険が,リアリティをもって示されました。核兵器の抑止力というような甘いものではないのです。
 ウクライナへの攻撃は,NHKの普通の時間帯のニュースでも流れていますが,小さい子どもには見せられないような映像だと思います。でも子どもたちに現実を知らせなければならないのかもしれません。Putinの犯した罪は,あまりにも大きいものです。台湾有事に絡めて議論する人もいますが,人類がこの危機をどうやって乗り越えていくのかという,もっと大きな視点で考えいく必要があります。日本の政府にも,しっかりした役割を果たしてもらいたいですが,期待できるでしょうか。

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