アフォーダビリティ(affordability)とオステリティ(austerity)
Trump政権の政策成果を語る際に,最近,ホワイトハウス報道官のレビット(Leavitt)がよく使っている言葉に「affordability」があります。日本語に訳すのはなかなか難しい言葉ですが,「生活に必要なものを,手ごろな価格で買える状態」といった意味でしょうか。ガソリン,食品,住宅など,日常生活に直結するものが「手の届く価格」であることを重視する発想です。
この言葉を聞いていて,少し前の日本の選挙で,国民民主党の玉木代表が繰り返し使っていた「手取りを増やす」というスローガンを思い出しました。観点は少し違いますが,どちらも,人々の日常生活の感覚に直接訴えかけるという意味で,非常にインパクトのある言葉だと思います。
多くの人にとって重要なのは,「毎日の生活が成り立つか」ということなのでしょう。アメリカでは,ガソリン価格の上昇がとりわけ強く問題視されます。車社会であるアメリカでは,ガソリンは生活必需品だからです。ある程度の富裕層になると,こうした「affordability」という言葉にはそれほど敏感に反応しないのかもしれません。むしろ「affordability」と対極にある「austerity(緊縮)」こそ望んでいるかもしれません。将来のことを考えると,そのほうが良い政策と言えるからです。しかし,一般の人々にとっては,生活に必要なものを無理なく買えるかどうかは,まさに生活そのものに直結しています。だからこそ,政権選択の際にも,非常に大きなポイントになるのでしょう。
もちろん,同じことを,「インフレを抑える」「賃金を上げる」と表現してもよいわけです。しかし,「affordability」や「手取りを増やす」という言葉には,もっと直接的で,肌感覚的にわかりやすい響きがあります。だからこそ,人々の心に刺さるのでしょう。国民民主党が一定の支持を集めたのも,まさにその点に理由があったように思います。
現在の政治では,経済政策そのものについては,各政党間でそれほど大きな違いが見えにくくなっています。そうなると,最後は,「どの言葉が人々の感覚をつかむか」という,スローガンの勝負になっていく面があります。
富裕層がどう考えるかはさておき,財政再建を考えれば,「austerity」は避けて通れないことでしょう。しかし,現在の政治家たちの辞書には,もはや「austerity」という言葉そのものが存在しなくなっているのかもしれません。この言葉には,大衆を痛めつけるというニュアンスがあるからです。でも,政治がこれを避けていて,本当によいのでしょうかね。

