国際政治

2022年6月22日 (水)

核問題をきちんと議論してほしい

 NHKプラスでみた再放送番組のなかで,道傳愛子さんがJacques Attali氏やIan Bremmer氏らにインタビューをしているものがありました。それを観ていて感じたのは,ウクライナがロシアに攻撃されたのは,核兵器を放棄しながら,NATOに加盟しなかったからで,アメリカもいざというときには頼りにならないということを教訓として,日本が核兵器をもとうとするのではないかという懸念がもたれていることです。日本は, NATOに加盟しておらず,同盟国のアメリカも頼りにならないとわかれば,ウクライナの二の舞にならないように,核兵器をもつことが必要だと考えるかもしれないと思われているのかもしれません。そして,それは世界にとって最悪のシナリオであるというのが,世界の識者の意見なのでしょう。
 日本は,歴史上,唯一の戦争被爆国です。しかも2回も民間人相手に核爆弾を落とされた国なのです。この日本が,核兵器をもとうとするかもしれないと疑われていること自体,世界の平和におそろしく危険なメッセージを与えることになります。日本が原因で,泥沼の核競争の歯止めがなくなるということは避けなければなりません。唯一の被爆国である日本人が声をあげなければ,いったい誰が声をあげるのでしょうか。その意味で,核兵器禁止条約の会合にオブザーバーとしても参加しない行動は,誤解をいっそう強めてしまわないか不安です。「聴く力」ではなく,「伝える力」が必要です。
 広島出身(東京生まれだそうですが)の岸田首相には責任があります。本気で平和を実現したいと考えるならば,広島らしい,原爆の問題と向き合った解決策を打ち出す必要があるでしょう。アメリカの「核の傘」に入る選択肢を,最初から放棄せよと言いたいわけではありません。しかし,「核の傘」について日本内の少なからぬ国民が不安に感じていることも知っておいてもらえばと思います。そもそも地球上の人々はみな頭上に爆弾がぶらさがっている状況下で生きているのです。その爆弾のスイッチボタンは,どこかの独裁者も握っています。その爆弾を一つひとつ取り除いていくしか,ほんとうの平和は実現できないのです。岸田首相には,日本だからこそ,また広島出身の首相だからこそできることがあるはずです。核の問題をうまく解決して世界平和に貢献できるような,スケールの大きな平和構想を語って欲しいです。
 今回の参議院選挙でも,平和は重要なテーマです。安全保障という言い方よりも,端的に世界平和の実現というテーマで議論してもらいたいです。経済が再生しても,平和がなければ,意味がありません。この面では,共産党は良いことを言っていると思いますが,ただ,かりに共産党が政権をとっても,Japanese Communist Party という名称であるかぎり,まともな国が近づいてこず,うまく国際協調ができないであろうという点が残念です。党名変更(せめて英語表記について)を真剣に考えるべきではないかと思いますが,余計なお世話でしょうね。

2022年6月 5日 (日)

シビリアン・コントロールの重要性

 NHKプラスで2009年に放映されたロシアとグルジア(ジョージア)との戦争を扱った番組を観ました。旧ソ連の構成国であったジョージア(グルジア)との紛争は,同じような立場にあるウクライナとの今日の紛争を考えるうえで参考になるものでした。まさに同じことが繰り返されているのですね。ジョージア内におけるロシア人の独立派(南オセチアの人)が弾圧されているので,それを救うために軍を出すという大義名分があり,その背景には,ジョージアが西側寄りとなりNATO加盟の可能性があるという点などは,ウクライナの状況とよく似ています。すでに旧ソ連からの独立国ではバルト3国がNATOに加盟していますが,これら小国と異なり,ウクライナは大国であり,その影響ははるかに大きいものです。ロシアは,国内の独立派と戦ったチェチェン紛争では制圧に時間がかかり軍の弱体ぶりを示してしまいましたが,Putinは軍の強化を図ってきました。その成果をウクライナ侵攻でみせようとしたのかもしれませんが,思わぬ長期戦になってしまったようです。ただPutinにしてみれば,ロシアを守るためには,ロシアと国境を接するところにNATO加盟国が次々と登場することは避けなければならず,とりわけウクライナは兄弟国として特別な関係がありましたから,もはや撤退できないのでしょう。
 Putinは愛国教育をし,すぐれた軍人を育成することに力を注いだようです。軍隊の立て直しをし,クリミア半島の占領などの成果(?)もあげてきました。今回も精鋭部隊を投入すればあっというまにウクライナを降伏させることができると考えていたのかもしれませんが,そうは行きませんでした。この戦争のこれまでの戦争との違いは,戦争状況が動画付きで逐一世界でながされていることです。ロシアは国内ではマインドコートロールに成功したかもしれませんが,国外ではそれは通用しません。ウクライナに次々と最新の武器が供与され,またエネルギーや食糧に影響が出ても,できるだけ耐えようというムードが世界中に広がるなか,ロシアの勝機はどんどん小さくなっている感じがします。それに中国問題もあります。アメリカは,ロシアの行動が,中国の今後の行動に影響するとみているので,ロシアが破滅的な行動をとらず,しかし勝利を収めることもないように,この戦争を収束させたいと思っていることでしょう。もっともアメリカに,そうした戦争の終結のシナリオを実現できるだけの力があるかは疑問符も付きますが。Trump時代のつけで,ロシアだけでなく,アメリカも信用できないと考えている国は世界でも少なくないでしょうから。
 軍事力の強化を進めてきたロシアにとって,何か紛争の種があれば軍事力で解決しようとする発想になるのは避けられないことであったのかもしれません。不幸にもそれに連動して世界は,平和維持という名の下に,軍拡競争の流れに飲み込まれようとしています。フィンランドやスウェーデンのような国まで巻き込み,そしてついに日本も同じ流れに乗ろうとしています。冷戦時代,ソ連が北海道や九州に上陸してくるという声が自衛隊関係者からさかんに出されたことがありました。最近再び,中国,ロシア脅威論から,同様の声が上がってきています。自衛隊関係者には,彼らなりの論理があるのでしょうが,それが暴走すれば危険であるということは,過去の教訓から私たちは学んでいるはずです。シビリアン・コントロール(civilian control:文民による軍隊統制)の重要性は,どんなに強調してもしすぎることはないでしょう。ロシアのような実質的にシビリアン・コントロールのない国になれば,独裁者の意向で,優秀な若者が(自身の希望によるとはいえ)軍人に仕立て上げられ,戦地に送られて殺されたり,生き残っても,戦争犯罪人の汚名を着せられながら処罰されたりするのです。愛国の名の下に,大事な子どもを差し出さなければならない悲劇を繰り返してはなりません。国防をどう考えるかは国民的な議論が必要です。国防を強化するのなら,シビリアン・コントロールの砦となる防衛大臣には,棒読み大臣ではない,きちんとした人をつけることは必須でしょう。自衛隊に対して,是々非々で臨み,ときにはイヤなことも言えるような人がトップにいることが保障されなければ,自衛隊強化論には危なくて乗れません。

2022年4月27日 (水)

感謝されない日本

 日本経済新聞の電子版で「ウクライナ政府がツイッターに投稿した各国の支援に感謝を示す動画に日本への言及がなかったことがわかった。」という記事が出ていました。武器支援をしていない国は,感謝対象から除外されたようです。後から追加で「感謝」されたようですが,武器を提供しない支援など,やっている国の自己満足程度のもので,やられたほうはさほどは感謝していないのでしょう。命が危険にさらされ,祖国滅亡危機にあるともいえるわけですから,武器支援国こそ感謝の対象となるのは,わからないではありません。日本のほうも,他人に感謝してもらうためにやっているわけではないから,別に感謝されるかどうかは関係ないと格好つけたいところでもあります。ただ,国民の税金を使ってウクライナ支援をしているのですから,感謝されていないとなると,あまり意味のない支援にお金を無駄に使っているのではないかという疑問が出てきます。なぜ感謝されないような支援をしているのか。ウクライナは,そもそもアメリカの議会で真珠湾攻撃発言をしたり,昭和天皇とヒトラーと同列にしてみたり,日本に十分に配慮をしているとは思えません。基本的には利害関係がないので,うまく支援をもらえれば有り難いという程度の国に思われている可能性もあります。近くにいない外国というのは,その程度のものかもしれず,それがとくに問題とは思えません。日本も,ウクライナ支援は,ウクライナへの同情もありますが,国益にかなうからやっているという冷徹な計算があると思います。それでもいいのですが,感謝対象国から外されてしまうのは,世界に日本のプレゼンスの小ささを露呈してしまったことにはなっていないでしょうか。これではかえって国益を損ないます。もっとお金を有効に使う必要があります。
 ところで日本に来たウクライナ人の不満として,英語が通じないことがある,ということが報道されていました。これはウクライナ人にかぎらず,日本に来た外国人が共通して言うことです。私たちが,昔タイに行ったときに不安に感じたのは,英語が通じないことでした。外国に行って通じる言葉がないというのは不安なものです。現在,日本人のなかにウクライナ語を学ぼうという人が出てきているようで,やりたい人はやってもらってよいのですが,ウクライナ人の支援にはつながらないでしょう。ウクライナの人が求めているのは,おそらくサバイバルするのに必要なコミュニケーションであり,現在なら,ポケトークなどの翻訳機械を提供するほうが,よほど意味があるのではないかと思います。デジタル技術がここでも課題解決のために最優先されるべきなのです。
 意味のある支援,感謝される支援とは何か。自分たちの自己満足で行動していると,善意の押し売りになってしまいます。国民の善意の行動は止められませんが,政府レベルは,よく考えて行動してもらいたいです。とりあえず何かやればよいというのは,安倍政権で終わりにしてもらいたいです。

2022年4月10日 (日)

食糧確保―貿易と平和の重要性

 人類には性欲があり,セックスをすることを止められないが,それにより増える人口を支えるほどの食糧の生産性の向上は期待できず,貧困は不可避となる。
 近代経済学の父であるアダム・スミス(Adam Smith)とほぼ同時期に活躍したマルサス(Malthus)は,1798年に刊行された『人口論( An Essay on the Principle of Population)』で,このように唱えました。今日では,食糧生産性の向上により,マルサスの予想を克服できたといえるのですが,日本など先進国の一部で人口減少が進んでいるのは,人口増が人類の存続に脅威となることを直感した若者が,性欲という本能さえも抑制しつつあるのかもしれません。
 ところで,食糧生産に適した国もそうでない国もありますが,後者の国も貿易を通じて食糧を輸入することができます。そうして,世界中のどこにでも食糧を行き渡らせることができています。また,食糧を生産できても,他国より生産性の高い商品の生産に特化したほうがよいというのが,リカード(Ricardo)の比較優位論です。このためには国家間での自由な貿易が保障されなければなりません。
 ところが,今回,ウクライナの戦争で,世界有数の穀物輸出国であるウクライナからの輸入が滞って困っている国があるようです。世界では小麦を主食とする国が多いので,これは大きな問題でしょう。日本でもロシアとの貿易を止めようとする動きのなかで,食糧以外にもいろいろな輸入品が来なくなり,日本経済に大きな影響が出てきそうです。こういうこともあるので,自給率を上げたほうがよいという意見もあるのですが,これは非効率な面もあります。ほんとうは貿易によって,各国が比較優位となる商品の生産に特化したほうがよいのです。自給率の引上げはある程度は必要でしょうが,どのようにして日本が比較劣位だけれど必要という商品の輸入を確保できるかが大切です。確かにロシアや中国に頼るのは危険でしょう。とくに食糧品は生存に直結するので,食糧確保体制をどうするかというのは,とても重要です。
 サバンナの弱者であったホモ・サピエンスは,いかにして食料を確保するかということを考えて,知恵を絞って生き延びてきました。マルサスが悲観した貧困は,技術革新と並んで,リカードが唱えた自由貿易による国際分業によって回避できたかもしれません。しかし,戦争は,これを崩壊させてしまうのです。第2次世界大戦以降,世界中の人が忘れかけていた平和の有り難さを,いまいちど思い直す必要があります。経済安全保障というと,秘密漏えいやサイバーテロのような話が出てくるのですが,食糧やエネルギーをどこまで自給し,どこまで他国に頼るか,頼るとすればどこの国か,そしてリスクをどう分散するか,というようなこともまた,国民の経済的な面での安全保障という点で重要ではないかと思います。
 おそらく,このことは,これから食糧問題やエネルギー問題が国内で本格的に起きたときに,もっと注目されるようになるでしょう。

2022年3月 9日 (水)

Putin の夢を実現させてはならない

 ウクライナの大統領ゼレンスキー(Zelenskyy)を,以前に頼りないと書いてしまいした。プロの政治家としてどうなのかという見方もあったものの,国家存亡の危機の際にみせた胆力はさすがで,さしものPutinも手こずっている感じです。
 Putinの武力侵攻は,私たちの観点からすると狂っているとしか言えないのですが,彼を単に異常者とみているだけでは,この戦争の本質を見誤るかもしれません。彼には彼の論理があるのでしょう。それを考えるうえで参考となるのが,前にプロスペクト理論を紹介したときにふれた「参照点」の議論です。彼にとって,領土としての「参照点」は,ウクライナも含まれているのです。というか,彼は30年前のソ連崩壊の屈辱を雪ぐということを考えているとも言われており,そうなると旧ソ連こそ,彼の考える領土の「参照点」となるわけです。ウクライナはむろん,バルト三国なども含まれます(カリーニングラードを飛び地にしない)。とりわけウクライナは,NATO諸国との間の緩衝地であったわけで,その地がNATO寄りになるとすれば,Putinはロシアの安全保障にきわめて深刻な脅威となると受けとめても不思議ではありません。もちろん,だからといって軍事侵攻が許されるわけではなく,国際常識からすると彼は「狂っている」のですが,彼は決して精神に異常をきたして戦争をしているのではなく,ある意味ではゼレンスキーと同じような気持ちで国家の危機を守っているつもりでいるのかもしれません。もちろん,そうした夢や野心は,絶対にこうした武力によって実現させてはなりません。
 こうした領土へのこだわりは,中国にもあてはまるようです。中国は,清朝時代に列強にずたずたにされた屈辱を忘れていないでしょう。中国の領土の「参照点」は,清朝の最盛期の領土だとも言われています。そうすると,台湾はもちろん,モンゴル,ウイグル,チベットも領土となるし,冊封国まで含めれば琉球(沖縄)や朝鮮なども含まれることになります。もし,中国がこうした独自の「領土」の論理に基づき,その奪還という夢を実現しようと考えているのだとすると,日本はそれがおかしいと批判するだけでは武力侵攻を止められないかもしれません。中国の論理を理解し,中国の次の一手を読み間違えないようにしっかりとした対策をとることが必要となります。その際,日本には,武力ではなく,平和的な外交で勝負してほしいです。ウクライナの現状をみると,こうした主張の説得力が乏しいのはわかるのですが……

2022年2月28日 (月)

Black February

 20222月は今日で終わりです。2月は28日しかないので(閏年でも29日),例年であれば,入試などもあってバタバタしてすぐに終わるという感じですが,今年は濃密な1カ月だったように思います。後世に,「ブラック・フェブラリー(Black February)」と呼ばれるかもしれません。まず北京オリンピックがありました。日本や欧米の外交ボイコットに始まり,スポーツの政治利用が露骨に示された大会でした。個々の競技では楽しめたものの,審判の不公平感のあるジャッジなどで,選手のせっかくの活躍に水を差してしまうこともありました。一方で,カーリングの透明感のあるルールが,選手たちの個人的な魅力とも相俟って,スポーツとしての品の高さを感じました。
 女子フィギアスケートはドーピング問題が残念でしたが,神戸出身の坂本花織さんの銅メダルは,ほんとうに良かったと思っています。ドーピング疑惑のワリエワ選手の失速は,坂本選手にとってはとてもラッキーでしたが,彼女は結果に胸を張ってよいと思います。むしろ坂本さんは,すごいジャンプがないなかで,着実に自分のできる技をパーフェクトにこなすという地道なことに徹した結果,幸運がめぐりこんできたのです。彼女の成功は,自分のもてる力をしっかり出し切ることが大切というとても重要なことを教えてくれたと思います。小林陵侑選手の活躍,カーリング女子の銀メダル,平野歩夢選手の「怒り」の金メダルも印象的です。
 そうは言いながら,最も印象に残ったのは,やはり純粋にスポーツを楽しみきれない,スポーツ外の話題であり,それはIOCのもついかがわしさに起因しているのでしょうね。オリンピックへの関心を失った人も多いのではないでしょうか。
 もう一つのBlackは,もちろんロシアのウクライナ侵攻です。いつも書いているように,ロシアは信用できない国ですが,今回はひどいことになりました。ロシアの暴走は,Putinだけの問題かどうかよくわかりませんが,誰も止められず,いまのところ国際社会も,なかなか効果的な対応ができていません。中国がロシアの味方であるかぎり,経済制裁の効果にも限界があるでしょう。国連の安全保障理事会は,常任理事国であっても,当事国が採決に加わるのはおかしいと思うのですが,そういう常識的な感覚が通用しないところなのでしょう。これだと拒否権のある常任理事国は国連を無視して何でもできることになってしまいます。この点で,国連はすでに根本的な矛盾をかかえているのでしょう。アメリカにしろ,ロシアにしろ,中国にしろ,狂った指導者が出てくる可能性は否定的でないのであり,そういうことも考慮した安全保障体制の構築が重要であることが,今回の教訓だと思います。核兵器をもつ国が,他国には核兵器をもたせないのに,自らは核兵器の脅威をちらつかせて屈服を迫るという異常性にも目をむけなければなりません。核保有国の狂ったリーダーが血迷って核兵器を使うかもしれないという危険が,リアリティをもって示されました。核兵器の抑止力というような甘いものではないのです。
 ウクライナへの攻撃は,NHKの普通の時間帯のニュースでも流れていますが,小さい子どもには見せられないような映像だと思います。でも子どもたちに現実を知らせなければならないのかもしれません。Putinの犯した罪は,あまりにも大きいものです。台湾有事に絡めて議論する人もいますが,人類がこの危機をどうやって乗り越えていくのかという,もっと大きな視点で考えいく必要があります。日本の政府にも,しっかりした役割を果たしてもらいたいですが,期待できるでしょうか。

2022年2月15日 (火)

ロクセラーナ

 ウクライナが,きなくさくなっていますね。ロシアという国は,終戦時のソ連の行動などから信用できないと思っていますが,今回はBiden 大統領が,昨夏のアフガニスタンの轍を踏まないようにということか,積極的な介入姿勢をみせているため,かえって事態をこじらせているような印象もあります。好戦的な言葉の応酬をしている白人たちに任せていたら,世界はどんでもないことになるのではと恐怖を感じています。
 ウクライナという国は,私たちにとって,とても遠い国です。どういう国で,どういう暮らしをしている人なのかなど,ほとんど想像がつきません。地球儀でみてみると大きな国ですね。ロシアと西欧の中間に位置するので,こういうところが争いの焦点となりやすいのかもしれません。現在,ウクライナの大統領は,ドラマで大統領役をやって人気を博した勢いで当選したといわれている政治の素人のようで,だからダメと決めつけることはできないものの,この世界レベルの戦争危機をどう乗り越えられるのかという点からは,頼りない感じがしてしまいます。
 ところで,ウクライナというと,思い浮かぶのがロクセラーナという女性のことです。ロクセラーナとは,ルーシ人の女という意味で,ルーシ人は現在のウクライナに住んでいた人です(ただ,ルーシ人をウクライナ人と言ってよいのかはよくわかりません)。16世紀のオスマン帝国最盛期のスレイマン大帝の皇后の座に,奴隷の立場からのしあがってついて,その次の皇帝の母にもなった女性です。彼女は,本名はアレクサンドラで,家族も含めギリシャ正教の信者でしたが,タタール人に襲われて,家族や婚約者は殺され,彼女だけ奴隷としてオスマン帝国に売り飛ばされたのです。しかし,彼女はたくましい女性でした。スレイマンを誘惑して,自らが世界支配をしようともくろむのです。彼女の野望は実現し,スレイマンから大変な寵愛を受けます。スレイマンには,同じように奴隷から大出世した大宰相イブラヒム(Venezia共和国領であったParga出身でイタリア語も話す)もいますが,彼とも対立し,彼の死亡後,大きな権力を握ります。
 スレイマン(1世)以外は世界史の教科書には出てこない登場人物ですが,私が知っているのは,トルコのドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」を観たからです。このドラマは,アレクサンドラ(後にヒュッレムと呼ばれるようになります。ロクセラーナは西洋からの呼び名のようです)が,上述のような,奴隷の立場から,当時の文字どおり世界の最高権力者の一人にとりいって大出世し,後継皇帝の母になるというサクセス・ストーリーが,まさに大河ドラマ以上のスケールで展開されています。私はまだ全編(シーズン14)をきちんと観たわけではありませんが,ときどき寝る前に観て楽しんでいます。
 現実は,もちろんドラマのように楽しんでなどはいられません。ドラマでもタタール人の侵略で,一家皆殺しで奴隷にされるというところから始まっています。いまウクライナの人(とくにロシア系ではない人)は,ロシアからの侵攻にビクビクしている毎日でしょう。この現代社会において,隣国による自国侵略がリアルに差し迫っているという状況が欧州の真ん中で起きているのです。大国の自制が望まれるなんて呑気なことを言っている場合ではないのかもしれませんが,だからといって経済制裁の威嚇をしても,それじゃガスパイプラインを止められたらどうするのかということを考えると,欧州は本気で制裁はできないのではないでしょうか。日本はロシアにも米国にも,ガスではなく,外交のパイプがあるはずであり,制裁をちらつかすような荒っぽい方法を使わない,もっとうまい外交で仲介ができないかと思いますが,すでに日本の手に余るのかもしれません。ただ日本では,NATOを拡大するなというロシアの要求は無理難題を言っていると受け取られていますが,自国の領土の近くに敵の軍事的な同盟が及んでくることに警戒感をもつ気持ちもわからないではありません。だからといって主権国家のウクライナを侵略してよいということには絶対にならないのですが,条件を出しているかぎりは,和解の可能性があると思ってしまうのが,”労働委員会”的な発想です。国際社会の現実はそんな甘いものではないのかもしれませんが。

2021年12月30日 (木)

EUの戦略

 脱炭素化に向けた欧州の攻勢に対して日本が後手を踏んでいると言われています。COP26で,産業革命前からの世界の気温上昇を1.5度以内に抑えることは,世界の共通目標となり,日本も菅政権のときにすでに,2050年に温室効果ガスの実質排出量ゼロという野心的な政策目標を掲げました。企業経営にとっては,GX(グリーン・トランスフォーメーション)は,DXと並ぶ重要な課題であり,私も労働政策との関係で,このことに触れた論文を8月に発表しています(「DX時代における労働と企業の社会的責任」労働経済判例速報2451号)。
 脱炭素や気候変動について,どのような戦略で臨むかは,各国でそれぞれのやり方があるように思うのですが,いまは欧州が主導権を握っています。昨日(20211229日)の日本経済新聞の「真相深層」では,「EUは世界に先駆けて先進的な規制を導入し,世界標準にするルール形成で存在感を発揮してきた」と書かれていましたが,確かにそのとおりです。先進的なルールへの対応を早めに準備し,それを世界標準にして,違反に対しては貿易面でペナルティを課すという形で,加盟国の企業が活動しやすいようにすることは,きわめて有効な戦略なのでしょう。この戦略の強みは,規制の内容が誰もが文句をつけにくいもの(環境など)であることであり,さらに高いレベルの基準を遵守している国が不利となるのはおかしいという不正競争防止という大義もあり,なかなか反対しにくいところです。GDPR(一般データ保護規則)のような個人情報保護の分野でも同様です。欧州には,米中と対抗し,武器を使わないで世界でのプレゼンスを高めるというグランド・ストラテジーがあり,それに基づいて,環境などの個々の分野で戦略を立て,それを実際に進めるための戦術を練りあげているという印象です。1228日の日本経済新聞「大機小機」の「省炭素で日本の強み生かせ」にもあったように,欧州の戦略に乗せられるだけでなく,「日本産業の強みを生かせる戦略を提唱すべきだ。そのスローガンは脱炭素ではなく省炭素になるだろう」という提言は重要です。日本も,まずはどのようなスタンスで国際政治に臨むかというグランド・ステラジーを構築し,環境問題をその主要な戦略を担うものと位置づけたうえで,具体的な戦術を練ることが必要でしょう。
 環境問題とならんで,人権問題も重要となっています。この分野でも欧州は先行していますが,これまでもGATTWTOや二国間・多国間協定などで貿易と労働が結びつけられることがありました。労働法研究者はほとんどやっていませんが,一部では研究の蓄積があります(桑原昌宏先生からは,関西労働法研究会で,このテーマについて何度かお話しをうかがったことがあります)。自分たちが高い労働保護を実現しているといっても,それを他国に押しつけるのは,先進国のエゴという見方もあります(先進国だって歴史を振り返れば,決して威張れたものではありません)が,これが単なる貿易の問題ではなく,相手国の国民の人権の改善につながるという大義があるのが強みです。もっとも,貿易の制裁があると相手国の国民が困窮するおそれもあるので,その兼ね合いが難しいところです。これは従来なら,国際労働基準やILOの所管事項であったのでしょうが,むしろ企業の社会的責任(CSR),ESGSDGsといった観点から国内法の問題として論じるべきものかもしれません。例えば,新疆ウイグル自治区での綿摘みの強制労働問題で,ユニクロが批判されたように,サプライチェーンの人権保障などへの意識が高まるなか,EUやアメリカに言われるまでもなく,こうしたテーマに日本の企業は取り組んでおくべきで,それは労働法の問題としてみることもできるような気がするのです(イギリスなどにある現代奴隷法のような法律を労働法に取り込んでいくなど)。私の言う「いかにして法の理念を企業に浸透させるか」(『人事労働法』のサブタイトル)は,本のなかでは企業と従業員との関係しか扱っていませんが,本来は企業の事業活動全般にかかわるもので,グローバルに展開するサプライチェーンでの人権問題なども視野に入ってくるものです。「労働法の争点」(有斐閣)でも,今後は採り上げるべきテーマかもしれませんね。

2021年12月25日 (土)

外交問題とプロスペクト理論

 真珠湾攻撃における日本の失敗について議論をする番組を観ていたとき,『失敗の本質』(中央公論新社)の共著者でもある村井友秀氏が,ハル・ノート(Hull Note)を日本が受け入れなかったのは,プロスペクト(prospect)理論(人はなぜ宝くじを買うかという話の説明で出てくるので有名です)で説明ができると言われていました。プロスペクト理論は,行動経済学(Behavioral Economics)を勉強するときに最初に出てくる話で,人は合理的な期待値に基づいて行動を選択するのではないということなのですが,そのなかに,損失のほうに利得より大きな価値を与えるというものがあります。プロスペクト理論によると,利得場面ではリスク回避的(risk-averse)に行動する人も,損失場面ではリスク愛好的(risk-loving)に行動するのは,そのためとされています。
 番組では,詳しくは説明されませんでしたが,おそらく次のようなことなのだと思います。ハル・ノートは,真珠湾攻撃の直前の外交交渉の段階で,アメリカが日本に対して,中国とフランス領インドシナからの全面撤退をし,アジアの情勢を満州事変以前に戻すよう求めたものですが,日本は既得の領土を奪われるという「損失」の問題であったことから,その(マイナスの)価値を大きく評価していたのです。「利得」か「損失」かは,何を基準とするかという参照点(reference point)が重要です。アメリカ側は,日本側が参照点とするのは,満州事変前の領土とみて,そうなるといわば利得の確定の問題であり,リスク回避的に行動すると読んでいたのかもしれないのです。ところが,日本の参照点は,ハル・ノートをつきつけられた時点の拡大した領土であったので,そうなるとアメリカの要求を受け入れることは損失局面の話になるので,できるだけ参照点を維持しようとして,リスク愛好的な行動をとり,それが直後の真珠湾攻撃に突入したということなのでしょう。アメリカはそれほど強い要求をしたつもりはなかったが,日本にとっては,きわめて強い要求をつきつけられたと感じたのです。アメリカからすると,参照点についての読みの誤りから,損失と利得の違いが起こり,そして損失と利得に対するリスク選好の違いが,戦争を招いてしまったということです。
 このときの反省から,台湾問題にも気をつけろということになります。中国にとっての参照点は,台湾は中国の一部ということで,領土の拡張という「利得」の問題ではなく,台湾が独立に向けた動きをすることは「損失」の問題とみている可能性があるのです。損失ですから,リスク愛好的な行動がとられるおそれがあるので,そこを見誤ってはならないということでしょう。ウクライナ問題も同様です。もちろん,それは台湾,ウクライナが,中国,ロシアの領土であることを認めるべきというのではなく,外交交渉においては,相手の行動を予測しなければならないわけで,その際の相手の参照点を見誤るなということです。
 大竹文雄さんの著書に『行動経済学の使い方』(岩波新書)がありますが,行動経済学には,ほんとうにいろいろな使い方があるのだと思います。

 

 

2021年8月20日 (金)

アフガニスタン問題に思う

 アフガニスタンが大変なことになっています。米軍の撤退は計画どおりなのかもしれませんが,軍がいなくなり始め,タリバンがたちまち首都を制圧したのを想定外であるとBiden大統領が述べているのを聴くと,日本の防衛についてこの国を頼りにしていてよいのかということが不安になってきました。Bidenは,アフガニンスタン人が自分たちの国を守ろうとしないことに驚いたと言っていましたが,アフガニスタン政府や軍への影響力をもっていたアメリカの責任も大きいはずで,都合のよいときだけ乗り込んできて,確かに平和と秩序の実現にはある程度役立ったのでしょうが,20年経って自分たちにとって駐留する意味がなくなったら,とっとと撤退して,最後は自己責任として放置してしまうところは,明日の日本をみるような気がしないわけではありません。これが米軍の駐留を減らすか,費用を負担せよと言っていたTrumpであればわからないこともはないのですが,民主党のBidenも同じだったのです。要するにアメリカとはそういう国だということなのでしょう。もちろん日本人は,日本に原爆を投下したアメリカのことを,安易に信用するようなことがあってはならないのは当然です。自衛隊の増強をせよということではありませんが,少なくとも外交力を高める必要は緊急の課題でしょう。
 ところでタリバンが支配すると,女性の人権が抑圧されるということが言われています。確かに前のタリバン政権のときは,そういうことが起きていました。ただ現代において,ほんとうにそんな抑圧的統治が可能かは大いに疑問です。25年くらいしか経っていないとはいえ,世界の状況は変わっているはずです。タリバンも,ここを間違ってしまえば,世界から孤立してしまうでしょう。 
 むしろ,あまり報道されていませんが,アフガニスタンの少数民族のハザーラ人のことが心配です。20013月に世界中に衝撃を与えたバーミヤンの石仏爆破ですが,あの地域に住んでいたのがハザーラ人でした。ハザーラ人は,イランでは主流のイスラム教のシーア派の民族で,アフガニスタンでは宗教的少数派であるだけでなく,アジア系の顔をしていることなどから,社会的差別を受けてきたようです。スンニ派のタリバン(パシュトゥーン人)の復活で,いっそう過酷な状況となるのではないかという不安が出てきています。女性の人権は仮に認めることがあったとしても(イスラムの許す範囲で?),宗教対立や民族対立は止めることが困難でしょう。日本に住んでいると,こういう少数民族が武力で虐殺される危険があるという状況はなかなか想像ができないのですが,それが世界の現実というものです。
 アフガニスタン問題は,現在の国際社会が,現代人の人権感覚などに照らして受け入れられない政権の誕生に直面したとき,どれだけの力を発揮できるかの試金石となりそうです。もちろんイギリスがこの地域の問題について率先して解決に乗り出すべきなのは,かつてアフガニスタンを保護国としていた歴史からみても当然のことでしょう(パシュトゥーン人は,イギリスにより,パキスタンとアフガニンスタンに分断されました)。