読書ノート

2023年5月 1日 (月)

武石恵美子『キャリア開発論(第2版)』

 武石恵美子さんから,『キャリア開発論(第2版)』(中央経済社)をお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。武石さんには,以前に,広島中央保健生活協同組合事件・最高裁判決が出たときに,神戸大学で開催したシンポジウムでご参加くださり,たいへん有益なコメントをいただいたことがあります。その後も,佐藤博樹さんとの共著などを始め,多くの本をいただいており,いつも勉強させてもらっています。先日の経済教室(日本経済新聞)でも書いたように,キャリア権の重要性がますます高まるなか,本書のキャリア開発論こそ最も重要な領域といえます。帯に書かれている「DXや働き方改革など変革期におけるキャリアについて,個人,企業,社会の役割を考える!」ことこそ,いま求められているのです。
 労働法の領域でも,従来の日本型雇用システムが変容し,既存の法理が徐々に時代遅れになりつつるあるなか,漫然と従来型の授業を続けるのではなく,たとえば武石さんの本を教材として,それをベースに法律や判例の話をしていくほうがよいのではないかというような気もしています。社会人を相手にした大学院レベルでは,こうした授業のほうが効果的であると思いますし,いまや学部でもそうした授業が学生に求められているのかもしれません。私は,労働法と人事管理論とを融合した『人事労働法』(弘文堂から刊行した拙著のタイトル)を提唱しているのですが,拙著自身は法解釈の本であり,誰も近寄れないような体系になってしまっています。もう少し経営学や人事管理論のウエートを強めて人事労働法を勉強してもらおうとするならば,法学の授業であっても,武石さんの本書を副教材として使うことは検討していければと思っています。

2023年4月20日 (木)

櫻田謙悟『失った30年を越えて,挑戦の時』

 櫻田謙悟『失った30年を越えて,挑戦の時~生活者(SEIKATSUSHA)共創社会』(中央公論新社)をお送りいただきました。どうもありがとうございます。面識はありませんが,櫻田氏は,言うまでもなく,経済同友会代表幹事(新聞報道では4月末に退任)で,メディアにもよく登場される方です。経団連とは違い,同友会のほうが,私の感覚に合う提言がなされることが多いと思っています。今回の提言は,「生活者(SEIKATSUSHA)共創社会」というものですが,ネーミングがわかりにくいのが,ちょっと難点ですね。
 本書の第1章の「課題解決を先送りしてきた『課題先進国』」の部分は重要な指摘で,GDPの伸び悩み,賃金水準の停滞,低い労働分配率や労働移動の低調,高齢化にともなう社会保障危機,国家財政の危機的状況,深刻な少子化・人口減少,子どもの相対的貧困,エネルギー危機などについて,読者と問題意識を共有することができます。第2章の「日本の強み」は,武士道の話とか,ちょっとどうかなという気もしますが,日本は生活するうえで,世界にも稀な素晴らしい国であることは間違いありません。具体的な提言を論じる第3章については,企業中心社会から個人中心社会へという私の立場からは,企業中心という視点を感じるところはどうかと思います(経営者の団体の提言ですから仕方ないのですが)が,「生活者共創社会」のための提言として,⑴個を尊重し将来を生き抜く力を育てる教育を,⑵人材とデジタルへの長期的投資で価値創造基盤を構築・強化,⑶利他の精神・パーパスに基づく付加価値の創造,⑷「挑戦の総量」がカギを握る,が挙げられているところは,そのとおりだと思います(152頁以下)。本書の提言は,これからの政策議論において,十分に考慮に入れなければならないでしょう。

2023年4月16日 (日)

献本御礼

 川口美貴さんから,『労働法(第7版)』(信山社)をお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。前に第6版をいただいたばかりと思っていましたが,すごいスピードでの改訂ですね。単著だからこそのスピード感かもしれません。しかも,新しい理論的な課題も取り入れられているとのことで,その学問的エネルギーには感服します。今後の改訂版も楽しみにしています。
 もう1冊,小畑史子,緒方桂子,竹内(奥野)寿著の『労働法(第4版)』(有斐閣)も,ご著者からお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。定評あるストゥディア・シリーズです。タイプの違った執筆者を一緒にして教科書を書かせるというのは有斐閣流で,そこから生まれる「化学反応」でオリジナリティを出すという企画だと思いますが,この本では内容は単著かと思うほど非常に手堅いもので,初心者の教科書としてすぐれています。
 川口さんの本は体系書で独自のスタイルで走っておられ,他の競合者はいないように思います(ただし,ファンがどこまで増えるかは未知数)が,一方,小畑さんたちの初心者向けの教科書市場は競争が激しいようにみえますが,そのなかでも本書は第4版と版を重ねていることからもわかるように,競争を十分に勝ち抜けるクオリティをもっているのだと思います。
 それにしても労働法の本は売れるのですね。それだけ世間の労働問題への関心が高いということなのでしょう。教科書が出ることにより,いっそう関心が広がり,それにより教科書もいっそう刊行されるという循環効果が起きているのかもしれません。市場規模はまだ拡大の余地があるかもしれませんね。でも,初心者向けの教科書の新規参入はもういいでしょう。すでに小畑さんたちの本のように十分にすぐれたものが出ていますから。

 

 

 

2023年3月14日 (火)

献本御礼

 アメリカの銀行破綻の影響は心配ですね。日本でも日経平均は大幅に下がり,インフレが予想されるなか,株式に投資をしようとしていた人にとっては,ちょっと出鼻をくじかれた感じですね。
 ところで話は変わり,久しぶりに大学に行くと,本が何冊か届いていました。今日は,そのうちの2冊を紹介します。一つは,有斐閣ストゥディアのシリーズの『社会保障法(第2版)』です。共著者のなかの島村暁代さんと永野仁美さんからお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。社会保障法の超初心者向けの本だと思います。島村暁代さんの弘文堂の『プレップ社会保障法』と比べると,個人的には,プレップのほうがお薦めかなという気がします。やはり単著のほうがいいですね。でも,これは個人の好みですので,ぜひ読んでご判断ください。
 もう1冊は,前川孝雄『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』( 株式会社FeelWorks)です。たくさんの本を書かれている前川さんですが,いつもお送りいただきありがとうございます。今回は,「人的資本経営の現場マネジメント教科書」の決定版と表紙に書かれています。5つのステップとは,「相互理解」を深める⇒「動機形成」を図る⇒「協働意識」を醸成する⇒「切磋琢磨」を促す⇒「評価納得」を得る,というものです。いつものように,すっきりわかりやすいです。納得規範を重視する私の考えともつながるものであり,上司の方たちは,ぜひ参考にしてください。

2023年2月19日 (日)

山川隆一『労働紛争処理法(第2版)』

 山川隆一先生から『労働紛争処理法(第2版)』(弘文堂)をお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。この分野で研究者が書いた体系的な本としては,本書が唯一のものであり,実務家にとっても,研究者にとっても,このテーマにおける必携書となっています。
 私は,労働紛争は顕在化させないためには,どうすればよいかということに関心をもっていますが,もちろん「雨降って地固まる」ということもあります。労働紛争には,労使のそれぞれの本音を明らかにしあう機能もあるので,うまく紛争処理ができれば,その後の労使関係の円滑化に大きく貢献することになります。そのためには,労働紛争処理について,どのような手続があるかを知り,その手続に関与する当事者や実務家が,それをよく理解したうえで,適切な処理をする必要があるでしょう。本書は,そのためにも役立ちます。
 また本書の第3部の「労働法における要件事実」は,タイトルをひっくり返して,「要件事実からみた労働法」といえる内容になっています。ところで,短時間有期雇用法8条における格差の「不合理性」というような曖昧な規範は,私なら訓示規定であると解釈してしまうのですが,効力規定(判例・通説)であっても,山川先生のされているように,要件事実をとおして再構成すると,practicable な規定に思えてきます。というか,要件事実論は,法規範を,それが解釈の余地が大きい規範的な概念が使われていても,裁判において当事者が何を主張・立証すべきかを明確にする機能をもっているものですから,当然のことなのでしょう。
 ところで,上記の規定については,効力規定であっても,最終的には不法行為による損害賠償請求の話になるので,そうなると,故意・過失があることが要件事実となりますが,実際の裁判では,この要件事実について十分に判断されていないケースもあるように思います。とくに法改正が施行されてから,それほど時間が経過していない時期には,使用者に違法性の認識可能性があるのか,という疑問は以前からもっていました。裁判例が蓄積されるなかでも,判断が分かれることが多いという事情も気になります。この点について,山川先生の本では,「特に微妙な事案では,違法性の意識を欠いたこともやむをえなかったとされる事案も生じえないとはいえないと考えらえれる(この点は,故意・過失に関する使用者側の評価障害事実となろう)」と書かれています(332頁。季刊労働法278号のご論考も拝見していました)。不法行為一般における判例の傾向はよくわかりませんが,これまで合法とされていた行為が,非常に曖昧な規範で違法とされたような状況において,どこまで使用者に帰責性があるのかはよくわからないところがあります。
 もちろん,ここで故意・過失がないとなれば,労働契約法旧20条や短時間有期雇用法8条の意味はないことになるのですが,直律的効力を否定して,最後は不法行為で処理することにすればよいという通説的な解釈でよいのかという根本的な疑問があります。その意味でも,山川先生の言われる「違法性の意識を欠いたこともやむをえなかったとされる事案」が,具体的にどういう場合を指すのかが気になるところです。
 本書の本質と関係ないところで,つまらないことを書いてしまいましたが,とにかく本書は,山川先生の数多い業績なかでも,最も先生らしいものといえるでしょう。多様な労働紛争処理手続が併存する状況のなかで,労働紛争処理法というタイトルの一冊の体系書ができるなど,誰も本書の初版が出るまでは想像だにしていなかったでしょう。独自の領域を開拓して,すぐれた研究業績をあげられている先生には,憧憬の念を抱かざるをえません。

2023年2月14日 (火)

朴孝淑『賃金の不利益変更』

 神奈川大学の朴孝淑さんから『賃金の不利益変更―日韓の比較法的研究』(信山社)をお送りいただきました。私もかつて労働条件の不利益変更について研究していたことがあり,本書でも,私の論考が参照されている部分があり,自分が過去に書いたものを振り返りながら懐かしい気分になりました。
 本書は,賃金についての労働協約,就業規則による不利益変更,個別的不利益変更について日韓を比較したものです。賃金にしぼったのは,労働条件のなかでも,とくに重要なものであることや,欧米では賃金については労働者の同意がなければ変更できないとしている国が多いなか,日韓は合意原則に反する取扱いがなされているという違いがある点で,比較法的に興味深いところがあるからでしょう。
 日本では,就業規則による不利益変更の場合,労働者の同意がなくても,周知と合理性を要件に一方的変更が可能です(労働契約法10条)が,判例上,賃金などの重要な労働条件の実質的な不利益変更については,「高度の必要性」が求められて要件が加重されています。日本法は,雇用の維持を優先して,合意原則はこれに劣後させているものの,一方的変更の要件を加重することでバランスをとっており,これは合意原則を貫徹することを,雇用の維持の要請より重視する欧米の法理との違いを示しているといえます。
 すでにこうした研究は,彼女の先生の荒木尚志先生の比較法分析の大作があります(『雇用システムと労働条件変更法理』(2001年,有斐閣)が,彼女の研究はこの業績に韓国法を追加し,さらに最近の議論も採り入れて進化させた点に意義があるといえるでしょう。
 なお私は,合意原則を貫徹する立場から合理的変更法理に反対する立場であり(朴さんの本では155頁以下),自説としては集団的変更解約告知説を提示し(拙著は『労働条件変更法理の再構成』(1999年,有斐閣)),また合理的変更法理が成文化された現在でも,合意原則との整合性をできるだけ意識した解釈をとるべきであるとしています。韓国法の集団的同意説は,私の段階的正当性の議論では民主的正当性に関する議論に相当し,私はそれに加えて私的自治的正当性を必要とする立場から,現在では納得規範による労働契約への編入を必要としています(拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)41頁以下)。

 本書は,多くの研究者が議論しているわりには,理論的にも解明すべき点が多く残され,かつ実務上も難問である賃金の不利益変更について,日本における錯綜する議論を丁寧に整理し,韓国との比較から興味深い示唆を与えてくれている点で,重要な業績といえるでしょう。

 

 

2023年2月 3日 (金)

ミヒャエル・キットナー(橋本陽子訳)『ドイツ労働法判例50選』

 橋本陽子(学習院大学)さんから,彼女が翻訳した,ミヒャエル・キットナー『ドイツ労働法判例50選―裁判官が描く労働法の歴史』(信山社)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。橋本さんは,近年,ドイツ法研究を中心に最も精力的に活動している労働法研究者の一人です。じっくり蓄えてきたものを成果としてどんどん発表している感じです。先の労働者概念に関する大作『労働者の基本概念』(弘文堂)も重厚で労働法学に貢献しています。水町さんの次の世代の橋本さんが,小西康之さん(明治大学)や川田琢之さん(筑波大学)らと並び,活躍されていて頼もしいです。
 今回の本は,Michael Kittner教授の本の翻訳です。判例を中心としてドイツ労働法の歴史をみるというものです。サブタイトルにあるように,「裁判官が描く労働法の歴史」ですが,もう少し言うと,それを「Kittner教授が描いた」ということでしょう。有斐閣の労働判例百選や拙著『最新重要判例200労働法』(弘文堂)とは異なり,法解釈に関することよりも,50の判例をそれぞれ,それが出された当時の時代背景のなかに位置づけ,そこから何が問題となって,裁判官がどのような解決をして,それが社会や法理論にどのようなインパクトを与えたかをみていくというもので,読み物としてもたいへん面白いものとなっています。
 全部を詳細に読んだわけではありませんが,興味深いと思ったのは,3番目の「労働協約」についてのライヒ裁判所の判決です。事件は,労働協約違反の争議行為をした組合委員長の損害賠償責任が問題となったものです。1910年当時,まだ労働協約が「契約」としての拘束力をもつかどうかがはっきりしておらず,それゆえ平和義務が法的な義務かどうかも確定していなかった時代に,労働協約にはじめて「契約」としての拘束力を認めた判決でした。おそらく,これがアングロサクソン(angloーsaxon)系の紳士協定としての労働協約と,法的な拘束力のある大陸法的な労働協約との分岐点となったのでしょう。面白いのは,組合の委員長は,自身の損害賠償責任を免れるために,労働協約の締結要求を処罰可能である(刑事上の違法性がある)と弁護士に主張させていたこと(これでは団結権の法的保障を自ら否定することになります)や,これを著者が「馬鹿げたこと」と評しているところです。こういう思わずニヤッとしてしまう箇所のある本が,ドイツで版を重ねている(第3版)のは,ドイツ国民の労働法水準が高いということを意味しているのかもしれませんね。
 この裁判は,債務的効力に関する部分が問題となったのですが,本書では,そこから規範的効力についての話に移り,ロットマー(Lotmar)とジンツハイマー(Sinzheimer)との論争も紹介されています。市民法的アプローチで委任代理説をとるLotmar,それでは不十分として規範的効力(不可変的効力[Unabdingbarkeit]と呼んだほうがよいでしょう)を主張するSinzheimer との対立です。講義で労働協約を扱うときに,最初にふれる話です。本書では,規範的効力を,Sinzheimerの「発明」とし,これが労働協約論に「コペルニクス的転換」をもたらしたと書かれています。
 今日,日本において,労働協約に規範的効力が付与されて,労働法上の独自の契約として規律されているのは,Sinzheimerが,労働協約を,民法の議論から切り離し,新たに法律と同様の効力を認めるアイデアを提示したおかげで,これにより労働法は,民法からの独立を果たすことができたから……。こんなことを考えながら本書を味わうこともできるのであり,一般にイメージする判例の本とはひと味もふた味も違います。本書を繙く日本人が増えて,国民の労働法水準が上がればと思います。

2023年1月29日 (日)

島田先生古稀記念論集

 島田陽一先生の古稀記念論集『働く社会の変容と生活保障の法』(旬報社)に拙稿を寄稿しました。普通の古稀記念論集とは違い,執筆テーマが与えられていました。私の場合は,「雇用社会の新たな展望と労働法」というテーマでしたが,「変化する労働と法の役割ーデジタル技術の影響と社会課題の解決という視座」というタイトルにしました。内容は,労働とは,共同体において生じる社会課題の解決のための営みであるという認識を基礎に,その内容が時代とともに変遷し,とくに19世紀以降の産業資本主義社会の時代には,企業が社会課題の解決をにない,労働者はそのために単に労働力を提供するだけの存在になってしまい,しかも企業のほうは社会課題の解決というミッションを忘れがちで,逆に社会課題をつくりだすほうに回ってしまった感があったなか,デジタル技術の発展のなかで,個人が企業を介さずに直接,社会課題の解決に貢献できるようになってきたというのが基本的なストーリーです。もともとは,拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(2020年,日本法令)のなかでも,同じようなことを書いていますが,とくに労働の意義ということにフォーカスをあてて,そのエッセンスをまとめたのが今回の論文です。この原稿を提出したのは昨年の4月初旬(ほぼ締切期日どおり)で,その後,同様のことを書いたり,言ったりしているので,新鮮味はないかもしれませんが,論文としては最初に書いていたものでした(もう少し早く刊行されると思っていました)。
 拙稿についてはともかく,この本の執筆にこれだけ多くの人が参加していることからも,島田先生の偉大さや人望の大きさがよくわかります。早稲田大学という名門を率いて,労働法学会でも重鎮であるにもかかわらず,フランクなお人柄で,一昨年も先生が司会をされる学会のワークショップに声をかけてくださるなどのお付き合いがありました。今回の記念論集では,こうした企画には珍しく,ご自身も「生活保障法の理論課題」という先生の年来の主張を総括した論文を掲載されており,それだけでも,この本が単なる古稀記念論集とは違うことがわかります。
 昨年はお弟子さんの林健太郎さんの『所得保障法制成立史論―イギリスにおける「生活保障システム」の形成と法の役割』(信山社)をじっくり読む機会がありました。荒削りなところもありますが,大きな可能性を感じる大作であり,立派な後進の育成をされておられるなと思っていました。私自身,労働法と社会保障法の専門分化が進むなか,実はこれを統合する議論をすべきであり,とくにそれはフリーランス問題が出てくるなかで痛感しているところです。被用者保険が中心にある社会保険を見直さないかぎり,社会保障の未来は厳しいと考えているのですが,これも先生の生活保障という大きな枠でみれば,新たな発想が生まれてきそうです。
 島田先生はこの3月で定年を迎えられるそうですが,研究者としてはまだまだ現役で活躍されるでしょう。引き続き,ご指導をたまわればと願っています。

 

2023年1月25日 (水)

野田進『フランス労働法概説』

 野田進先生から,『フランス労働法概説』(信山社)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。前に『規範の逆転―フランス労働法改革と日本』(日本評論社)もいただいておきながら,しっかり読んだうえで紹介しなければと思いつつ,果たせないままになっていました。申し訳ありませんでした。本書においても「規範の逆転」のことが書かれています(労働法規の中心的地位が後退して,労働協約規制がない場合の補充規範になっているということを,規範の逆転と呼んでいます)。規範の逆転は,私の考える労働法体系とフィットするものなので,いずれしっかり野田先生の本でフランス法の勉強をしたうえで,きちんと咀嚼して分析しなければならないと思っています。
 ところで,今回の『フランス労働法概説』は,文字どおり,待望の1冊です。誰がフランス労働法の本格的な概説書を書くのかということは気になっていました。何人か候補はいたのですが,やはり野田先生でしたね。フランス労働法は,比較法の対象国として重視される割には,その情報にアクセスするのが大変でした。フランス労働法を調べるためには,どうしても自分で原文にあたって勉強せざるを得ず,ドイツ労働法と違って情報を得るのが著しく大変です。そして,自分で調べると言っても,語学的にはわかったとしても,体系的に捉えていなければ,誤った理解をしてしまうことにもなるので,困っていました。どうしようもないのかなと半ば諦めていたのですが,フランス労働法の重要性に鑑みると,これは大きな問題でした。それがようやく解決されました。
 今回の野田先生の本は,フランス労働法の全体像がわかるだけでなく,日本人が日本人のために書いたというところに大きな意味があります。外国法の概説書は,翻訳ではダメなのです。私自身,レベルは違いますが,イタリア労働法の概説書を書いたことがありますが,まずイタリア労働法を正確に理解することは当然として,それをそのまま日本語にしても,日本人にうまく伝わりません。そこをどう日本人向けに説明し直すか。ここが一番の難しいところです。
 しかし本書は,さらにその上を行っています。なんといっても文章としても読みやすいし,味わいがあります。一例を挙げると,「労働争議のフランス的特性」というところがあります(433頁)。フランスに行くと,ストライキは社会で重要な意味をもっていることがわかります。イタリアも同じですが,フランスのストライキは,かつての日本のストライキとは違い,個人的な性格が強いものです。そういうことを,わかりやすく説明してくれたあとに,法的な説明に入っているので,あまり団体法に関心のない人でもとっつきやすいでしょう。
 本書により,フランス労働法がぐっと身近になりました。日本の労働法学への貢献度は計り知れないものがあります。ただ,どうしても外国法は,時間が経つと古くなります。フランス労働法も,「規範の逆転」のように,近年に大きな変化があったようです。今後,デジタル化のいっそう大きな影響がフランスにも及び,労働法も大きく変わっていくでしょう。野田先生の偉大な業績が,次の世代にも継承され,アクチュアルなフランス労働法の情報に接し続けることができることを楽しみにしています。もちろん,当分の間は,野田先生ご自身がアップデートされていくでしょうが。

2023年1月21日 (土)

よくわかる!労働判例ポイント解説集(第2版)

 山田省三・春田吉備彦・河合塁編『よくわかる!労働判例ポイント解説集(第2版)』(労働開発研究会)を,出版部の末永さんからお送りいただきました。どうもありがとうございました。収録されているのが,近年の裁判例ばかりで,最近の動向を知ることができます(拙著『最新重要判例200労働法』の改訂の際にも参考にさせてもらいたいと思います)。過去の重要判例は解説のなかに組み入れるというスタイルになっています。このほうが本書のターゲットとされている実務家は読みやすいでしょうね。
 判例はコンパクトにまとめられています。フォントも読みやすく,「ですます調」なので親しみやすいでしょう。さらにテーマごとに「解題」がついていますし,判決ごとに「実務へのポイント」が末尾に付けられているなどの配慮もされています。読者フレンドリーにしようという姿勢が,よく伝わってくる本だと思いました。

 

より以前の記事一覧