西谷敏著作集第1巻『労働法における法理念と法政策』(旬報社)をお送りいただきました。どうもありがとうございました。著作集というと,私には,末弘厳太郎,沼田稲次郎,蓼沼謙一,外尾健一といった大先生のものが,まずは思い浮かぶのですが,これから西谷先生の著作集が続々と刊行されることになるということで,とても楽しみです。
第1巻では,拙著の『AI時代の働き方と法』(弘文堂),『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)で,私が「労働法の終焉」論を唱えていることを批判し,ばっさり斬られています。個人的には,きちんと採り上げてくださることは光栄なことであり,自虐でも何でもなく,ほんとうに有り難いことです。もっとも,私からすれば,「労働法の終焉」という表現はともかく,従属労働論の限界ということについては確信をもっています。従属労働者を保護する労働法というものは,特定の歴史のなかで生み出されてきたものであり,社会における新たな支配従属関係というものへの警戒感をもつことは必要ですが,それは時代とともに変わるので,新しい時代には新しいツールを用意しなければならないのです。規制手法論が重要なのは,その点と関係しており,西谷先生は,ソフトローや手続規制論などに反対されていますが,規制手法の多様化・柔軟化は避けられないものであり,そこには実は従属労働論のもつ限界がすでに現れているのです。
ところで,本巻の第1章「労働法の理念と政策」の冒頭にあるのは「問題の所在―法学と経済学の論争―」です。この部分は,先生が本書に向けて書き下ろされたものですが,どうも内容が古いと思わざるを得ません。なんとなく20年前の議論状況を前提とした労働経済学批判がなされているような感じなのですが,現在では状況がかなり異なっています。現在の労働経済学は,実証研究が中心ですし,理論研究についても,法学の議論について何が「地雷」であるかを十分に察知して,あまり踏み込んでこない人が多いと思います。つまり,当初の「異文化交流」時期にあった異文化への好奇心と無思慮な介入という段階は終わっており,労働法学に関心のある人は一段階上の協働の作業に入っているし,関心があまりない人は,法学とはあまりかかわらず,ひたすら実証を中心とした労働市場の分析に向かっているような気がします。いずれにせよ,労働法学が危険と感じたような状況はないというのが私の認識です(これが甘いのかもしれませんが)。かつて民法学者のほうが労働法学者よりも労働者寄りであると思ったことがあるのと同じような感じが,最近,労働経済学者にも感じることがあります。労働市場をより効率的にしたほうがよいというのは,確かに変わっていないかもしれませんが,そのためには,むしろ規制をしたほうがよいという考え方もあり,たとえば同一労働同一賃金のための介入は,経済学者のほうがより積極的に主張する傾向にあると思っています。いずれにせよ,「経済学者=規制緩和論=労働法の敵」という図式は,とっくの昔のことではないかと思います(もちろん経済学者にも,いろいろな方がいるのですが)。
というような感想をもちましたが,だからといって本巻の内容が時代遅れと言いたいわけではありません。デジタル,AI,フリーランス,テレワークなどの最新の動きもフォローされていて,文献も豊富に参照されています。第1巻から読み応え十分です。第2巻以降も,しっかり読み込んでいきたいと思います。