私の作品

2022年12月 5日 (月)

「人事の地図」に登場

 産労総合研究所から刊行されている雑誌「人事実務」が10月号から「人事の地図」にリニューアルされました。産労総合研究所では,10年以上前に「労務事情」という雑誌に15回連載をしたことがありますし,「労働判例」には,20年以上前に,海外判例研究というコーナーで,イタリアの判例の紹介を2回ほど書いたことがありますが,最近では,ほとんど付き合いがない会社でした。今回は,労働時間の特集をするということで依頼を受けました。担当の方が,私の本を読んでおられたようです。『労働時間制度改革』(中央経済社)でしょうかね。
 タイトルは,「労働時間規制の未来を考える」です。内容は,私が最近よく書いているような内容ですが,字数は短くコンパクトになっています。また各頁に図表が入っています。図表が雑誌の「売り」のようです。確かに,堅いテーマであっても,図表を入れたら読みやすくなるでしょうね。
 労働時間については,ビジネスガイドで連載中の「キーワードからみた労働法」でも,現在出ている号で「裁量労働制」というテーマを採り上げています。厚生労働省で7月に出された「これからの労働時間制度に関する検討会報告書」を読んで,労働時間制の見直し,とくに裁量労働制の見直しの動きがありそうだと思ったからです。ただ,裁量労働制は,これまで採り上げたことがなかったので,今回は,ベーシックなことを中心に書いています。
 報告書は,厚生労働省関係のものについては珍しく,私の考えと合致する未来志向の発想がみられるところがあり,少し驚きました。労働時間制度は,抜本的な改革が必要であり,この点については,昨年の日本労働法学会の報告でも一石を投じたつもりです。もちろん私は数歩先のことを想定した議論をしているので,そこにたどり着くまでの間は,厚生労働省が漸進的に制度の見直しを進めていくということにも意味があると思っています。ただ大切なのは,近未来のデジタル社会において,どのような規制ニーズがあるかをしっかりイメージしておくことです。

2022年12月 3日 (土)

最新重要判例200労働法の電子版

 拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(弘文堂)の電子版 が出ることになりました。私も早速,Kindleに取り込みました。刊行から約1年弱のところでの電子書籍版です。もし第8版が出るのなら,最初から紙と電子版の両方を出してみて,どちらの利用者が多いか試してもらいたい気もします。
 電子版があれば,PC,タブレット,スマホで本書を読むことができるようになるので,本を持ち歩く必要はなくなります。もちろん,紙媒体ならではの使い勝手の良さもあると思いますので,著者としては二冊ご購入いただいて,時と場合に応じて使い分けてもらえればと思います。
 ところで,法令については,紙の六法を使って検索することは,ほとんどなくなりました。原稿を書くときも,横にタブレットをおいて法令のサイトを出して参照するということがほとんどです。判例についても,ネット上のデータベースの利用です。その他の資料も,多くはネット上にあるので,それにアクセスすることになります。大学の教育の場面で考えると,紙の書籍はいつまで残るでしょうかね。出版社の次の戦略は,デジタル書籍の付加価値をいかにして高めるかでしょう。たとえば私の本でいえば,『人事労働法』と『最新重要判例』のどちらも購入している人には,相互に行き来できるようにリンクを張ることができればよいですね。本から判例に飛べたり,判例から本の該当箇所に飛べたりするということですが,そうなると,それは両者が合体した一つの本ということになるのかもしれません。 

2022年10月30日 (日)

「法の支配」207号に登場

 「法の支配」207号に拙稿が掲載されました。「環境変化の中での労働法の課題」というのが特集テーマで,そこで私はDX関係のテーマを割り当てられました。すでに数多く書いているテーマなのですが,今まで寄稿したことがない雑誌であり,また執筆陣が豪華であったので,そこに加われるのは光栄なことだと思い,お引き受けしました。
 何が環境変化を引き起こしているのかというと,それはコロナではなく,デジタル技術であるというのが私の持論ですが,でもコロナはいろんな問題をあぶり出す機能もあります。その点で,この雑誌のなかで濱口桂一郎さんが執筆されていた「新型コロナウイルスと労働政策の課題」は,問題が紹介されていて参考になります。
 私が寄稿した論考のタイトルは「DXのもたら影響と労働政策の課題」というものですが,実は当面の労働政策の最も深刻な課題は,コロナ禍での雇用調整助成金などの種々の助成金の大盤振る舞いで,自立性がゆるんでしまった経営マインドをどう立て直すかです。国の助成で雇用を維持して経営するという時代ではないのです。私は雇用維持型の政策からの転換の必要性をずっと訴えていますが,濱口さんの『日本の労働法政策』(JILPT236頁以下でも詳しく説明されているように,国の政策レベルでは,実際には,労働移動促進政策への移行はされてきたようです。そういうなか,コロナ禍で緊急避難的な雇用維持型の政策が復活してしまいました。上記の経営マインドの弛緩だけでなく,雇用保険の財政面や国庫負担の増大という問題も起きています(今日も雇用調整助成金の巨額の不正受給のことが報道されていましたね)。一方で,岸田政権は,労働移動政策に力をいれるような態度だけは示していて,ジョブ型やリスキリングにも言及するのですが(そのことは評価できるとしても),いまなお残っている雇用維持型政策との折り合いというか,その出口をどうみつけるかということについては,どうするのかよく見えてきません。そこをきちんとやってもらわなければ,DXに向けた政策課題を論じるまえに,日本は沈没してしまいかねません。流動化政策(労働移動促進政策)をきちんと立て直し,一貫した体系的な政策をたて,何が本筋で,何を緊急対応でやるのか(その出口も明確にしなければなりません),ということを示してもらいたいです。そこがしっかりしてはじめて,本格的なDX時代の労働政策を論じることができるのです。岸田政権の支持率が下がっているのは,労働政策・雇用政策に明確なビジョンがないことも大きいと思います。
 ところで,「法の支配」という雑誌名ですが,個人的には,「法の支配」は,「人の支配」のアンチテーゼにすぎず,それはよいとしても,法が出しゃばって社会を「支配」することはよくないと考えています。いかにして法がそれほど前面に出ずに(国民と寄り添いながら)社会を治めていくかを考えるのが大切なのです。今回の論考では論じていませんが,デジタル時代に合った法の役割というものが重要だと考えています。私の行為規範を重視する議論も,それと関係しています。 

2022年9月 5日 (月)

朝日新聞登場

 今朝の朝刊で,「資本主義NEXT 日本型雇用を超えて:5)会社を支える「プロ人材」たち」という特集の中で,私のインタビュー記事が出ています(デジタル版では,もう少し多めに出ているようです)。朝日新聞に登場するのは,2015年2月14日に,残業代に関して澤路さんのインタビューを受けて登場したとき以来だと思います。久しぶりです。昨年の10月くらいに一度オファーがあり,その後,立ち消えになり,新たに今回の担当の平林さんという記者から依頼があって,ようやく記事になりました。
 最初はどういう切り口かと思っていたのですが,ありがちなギグワークとフリーランスというものではなく,「プロ人材」にフォーカスしたもので,これは良いところに眼をつけてくださったと思いました。フリーランスと一言で言っても,いろんなタイプがあり,そのどこに焦点をあてるかはっきりしなければ政策は的を射たものになりません。そのなかで,今後はこういうプロ人材でなければ生きていけない時代がくるので,そこに政策の焦点をあてるべきなのです。
 プロ人材の方のインタビューの内容も面白いと思いました。最後の方も言われていたように,不確実性時代において,いろんなコミュニティーに帰属することが重要だというのも同感です。正社員というのは,会社というコミュニティーに帰属し,そのメンバーとして忠誠を尽くすもので,安定性はあるものの,制約も大きいです。しかも,その安定性は徐々にゆらいできていますし,また安定性を得るために失うものが大きすぎてペイしないという問題もあります。後者は,損得を評価する基準が変わってきていることとも関係します。ある組織で出世すること,お金をたくさん稼ぐことといったものより,真にやりがいのある仕事を充実感をもってやること,仕事は生活のなかの一部にすぎず,大事なのは幸せと感じられる毎日をすごすこと,といった価値感をもった人が若い層を中心に出てきていると思います。私は,そういう価値観に強いシンパシーを感じています。プロ人材というと,何か特別な人材であるような感じもしますが,そうではありません。デジタル技術のおかげで,自分がやりたいことをやるという当たり前のことが,やりやすい時代に来ていること,一方で,そのデジタル技術が,むかしふうの会社員の仕事を奪っていくこと,という両方を考えると,会社員ではなく自律した働き方を選ぶのはごく自然なことなのです。そして,そういう働き方をして経済的に自立していくためにはプロにならざるを得ないのです。ただ,そこでいうプロというのは,プロ野球選手のようなとてつもない才能や技能をもつことを指すのではなく,自分の住んでいる(大小さまざまな)コミュニティーのなかで,他人にはできないような得意技をもって貢献するといったプロでもよいのです。今回の記事が,こういうことを考えてもらえるきっかけになればよいと思います。

2022年6月21日 (火)

読売クオータリーで紹介されました

 少し前の話になりましたが,読売クオータリー61号(2022春号)の高橋徹さん(調査研究本部主任研究員)が,「コロナ禍で深刻化 労働力不足を克服するには」という論考のなかで,拙著『会社員が消える―働き方の未来図』(文春新書)を採り上げてくださいました。この雑誌のことは,今回初めて知りました。取材はリモートで受けて,会社員が消える展望について,いろいろお話しをしましたが,ここでも最後は,教育の重要性という話になりました。高橋さんの論考では,宮本弘暁さんの「自己開発優遇税制」が興味深く,「社会保障や税制は転職に中立になるように改革すべきだ」というコメントも紹介されています。これも教育に関係しますね。
 労働法において,職業教育を正面から論じた業績は,ほとんどないと思います。職業教育を労働法の枠組みにおいて論じるときは,現在では「キャリア権」というテーマで議論するが定番となっており,日本労働法学会の『講座労働法の再生』(日本評論社)でも,「キャリア権の意義」(第4巻で,両角道代さんが執筆)という項目が採り上げられていました。諏訪康雄先生がこの概念を提唱されて以降,私も含めて,なかなかうまくこの概念を発展させることに成功できていない感じがします。いま必要なのは,企業による職業教育それ自体が,広義の職業教育の一部にすぎず,まさに憲法26条の問題として,政府が広義の職業教育にどうコミットするかを論じていくことです。そういう意味での「職業教育法」は,自営的就労者(フリーワーカー)の時代が来ることにより,いっそう重要性を高めると思います。最近の講演では,いつもそういう話で終わるのですが,問題は,これを具体的にどう政策提言に組み入れていくかです。人的資本への関心が高まっているなか,経済学者や教育学者の方たちとも共同して研究を深めていかなければならないでしょうね。

2022年5月 6日 (金)

人はなぜ働くのか

 昨日は休日の話をしましたが,やはり働かないことの価値をもっと考えたいですね。こういう問題意識は,若いときのイタリア留学体験の影響が大きいです。
 労働と失業・貧困を対置すれば,労働は良いこととなります(すくなくも収入が得られる)。山中伸弥さん流のwork hard もよくわかるのです。ただ労働の意味を,労働しないという反対の視点から再考できないかということにも,私はこだわってきました。
 実は『雇用社会の25の疑問―労働法再入門』(弘文堂)の最終話は,初版から3版まで,働くことの意味を問うテーマにしてきました。労働法の再入門というとき,最後の最後はこのテーマに行き着くのです。法律に関心のある読者にはスルーされてしまいそうなテーマですが,本人としては,単なる最後の付け足しというものではなく,真剣に採り上げてきたつもりです。
 初版(2007年)の第25話(最終話)は,「ニートは何が問題なのか。―人はどうして働かなければならないのか―」というタイトルでした。そこでは,働くことを無条件に善と考えて,働かないニートに対して批判的な目を向けることへの疑問を提起しました。しかし,働くことの意義については,結局は,読者に投げかけた形で終わっています。
 第2版(2010年)の第28話(最終話)も,タイトルは同じでしたが,終わり方は少し違っていました。「エピローグ」という小見出しをつけて,左京泰明氏の『働かないひと。』(2008年,弘文堂)にふれながら,「仕事をすることは,社会の中の役割分担である」という話を採り上げています。ここに働くことの本質があるのではないかと思ったのです。これが現在,労働とは,個人が分業して,社会課題の解決のために貢献すること,という私の労働論とつながっていきます。
 第3版(2017年)の第25話(最終話)は,第2版までのサブタイトルだけを残し,少し修正して「私たちにとって,働くとはどういうことなのか。」というタイトルにしました。もうニートという話題でもないからです。AIやロボットの出現を視野に入れながら,人間の労働とは何かということを根本的に考えなければならない,という問いかけで終わっています。そのなかには,ブッシュマンの生活にも言及しています。労働というものを,生存というものの根源的な行為に結びつける発想を,そこでは示しています。
 こうしたなかから,2020年の『デジタル変革後の「労働」と「法」~真の働き方改革とは何か?』で示した(上記のような)労働論につながっていきます。
 人が働くのは,根源的には,動物としての人間の宿命であり(食料を確保するためには動かなければならない),それが徐々に社会を形成するなかで,その一員として社会に貢献する行動へと広がっていきます。そうした貢献は社会への責務としてとらえなければなりません。労働の義務性です。しかし,どのようなことで貢献するかというところで,本人の選択の余地もあります。もちろん,適職を選択したほうがよいのですが,適職は何かは自分で見つけ出すのであり,そこに自己決定の余地があるのです。企業の事業活動も,実は労働の延長線にすぎないのですが,雇用という働き方が出てきて,個人の労働の主体性が失われてしまいました。
 私が『雇用社会の25の疑問』で初版以来ずっと問い続けてきてことの私なりの答えが,いまようやく固まりつつあります。しかし,それもまだ通過点にすぎません。さらに,拙いものであっても,自分なりの思索を深めて,世に問うことができればと思っています。

 

 

2022年4月25日 (月)

書評御礼

 島田陽一先生が『誰のためのテレワーク?―近未来社会の働き方と法』(明石書店)の書評を法学セミナー(6612118119頁)で書かれていたことを先週知って,今日,ようやくPDFファイルを入手しました。大学によく行っていたときには,教員控室に,ジュリスト,法学セミナー,法律時報などの最新号が置かれていて,それをみることによって,最新の文献を確認していたのですが,コロナ後はすっかり大学に行かなくなってしまい,そうした情報を確認することもなくなっていました。別に最新の情報を追わなくても,私の場合,とくに研究に影響することもないのでかまわないのですが,まさか書評が掲載されているとは夢にも思っていなかったので,お礼が遅くなりました。担当編集者の方も法律専門ではないので,気づかなかったようです。
 しかも,この本は,一般人向けに書いたつもりなので,研究者の方には基本的には献本しておらず,研究者の方に書評をしてもらえるとは思っていませんでした。
 ということで,長い言い訳になりましたが,こういう失礼なことをしているのに,島田先生が書かれていた内容は,ほんとうによく本書の意味を理解してくださっていて,感謝の言葉もありません。島田先生には昨年も学会のワークショップに声をかけていただくなど,いろいろお気遣いいただいており,日頃から感謝しているのですが,そのわりには,何もお返しができていないことを,申し訳なく思っております。学会の重鎮の先生に私の問題意識をしっかり受け止めてもらい,それなりの評価をいただいたことは,今後の研究活動への大きな励みになります。

2022年3月31日 (木)

『研究開発部門の新しい“働き方改革”の進め方』

 技術情報協会から今日刊行された『研究開発部門の新しい“働き方改革”の進め方』のなかに拙稿が掲載されています。執筆者は60名という大人数で,原稿が集まるのだろうかと思っていましたが,見事に集まったようですね(私は,この協会からの同種の本の執筆は2回目です)。私の原稿は,「テレワークという働き方がもたらすもの~デジタル変革のインパクトと働き方改革」というもので,既存のものに加筆修正を加えたものでよいということでしたので,昨年に学士会会報に寄稿したものが,あまり一般の人が目にすることがないであろうと思い,これに手を加えたものを寄稿しました。とはいえ,この本は高額で一般の人が目にする機会がどれだけあるかは何ともいえません。実務家の方には役立つ部分が多い盛りだくさんの内容なので,それを考えると決して高いものではないと思いますが。
 このほかにも,いま,DXやテレワーク関係の原稿を数本抱えています。読者層を考えながら,わずかでも違う角度から論じようとしていますし,新しい論点も少しずつ追加していっています。この関係のテーマで依頼が来始めてからかなり経ちますが,いつまでブームは続くでしょうかね。
 実は今日締め切りの原稿もありました。しっかり準備はしてきたのですが,ちょっと自分なりに納得できていないところがあったので,1週間締め切りを延長してもらいました。原稿の締め切り直前の追い込みのときに,何かがひらめいて,内容を追加したり,構成をがらっと変えたりしたくなることがときどき起こります。書く内容の基本はほとんど変わりないのですが,それでも全く違う趣の原稿に変わることがあります。読者にはあまり伝わらないようなことかもしれないのですが,本人には大きな変化で,それが気になり始めると,どうしても締め切りを延ばしてくださいということになってしまいます。出版社は優しく受け入れてくれますが,締め切りを守れないというのは,自身の能力のなさの証しであり,恥ずかしいことだと思っています(定期刊行の雑誌では,そういうことはしたことがないですが)。

 

2022年3月25日 (金)

SF的手法

 今朝の日本経済新聞において,「日立,SFが導く研究開発 小説から新技術を議論 メタバースの課題探る 既存の手法に限界」という長いタイトルの記事が出ていましたが,「幅広い産業で創造的破壊(ディスラプション)が起き,既存技術を積み上げる従来型の研究開発では10年以上先の予測は難しい。小説で描く未来像から必要な技術や法制度を逆算して経営の道しるべにする」ということのようです。
 SF小説とまで行かなくても,現実にはまだ空想の世界だけれど,技術が発展すれば出来そうなことを空想するのは,すでに私もやってきたことです。想像力と創造力が大切だというのは,講演でしゃべれば語呂がよすぎて軽い感じになりますが,ほんとうにそういうことが求められているのだと思います。日本企業は,日立のような会社は別なのかもしれませんが,多くは組織の上層部の頭が堅くて,想像力を少しでも働かそうものなら,もっと現実的なことを考えるべきだと叱られそうな感じです。
 私はこれからの経営者は,いかにして自分にない創造力(それは想像力を必要とする)を,他人から提供してもらえるかが勝負になるということを書いていて,逆に人材側はそういう力がなければやっていけないと主張しています。SF小説家に頼るのもよいのですが,できるだけ多くの人が,大きなことから小さなことまで,いろんな想像力を働かせるところから,ディスラプションが起きるのでしょうね。
 私はこれからの企業は,経営者は,いかにして自分にない創造性(それは想像性にもつながる)を,他人から提供してもらえるかということが勝負になるということを書いていて,逆に人材側はそういう創造性がなければやっていかないと主張しているのです。SF小説家に頼るのもよいのですが,普通の人が,大きなことから小さなことまで,いろんな想像を働かせるところから,企業においても社会においてもディスラプションが起きるのでしょうね。
 そういえば,私が5年以上前に連載していた弘文堂スクエアでの「絶望と希望の労働革命―仕事が変わる,なくなる」の 第8回「闘うのはいつだ!」と第9回(最終回)「Reconciliationの力」第9回(最終回)「Reconciliationの力」では,未来の社会の男二人の会話を書いています。想像の世界ですが,自分で読み返しても,結構面白いので,皆さんもぜひ読んでみてください。
 それと昨年上梓した『労働法で企業に革新を』(2021年,商事法務)は,最後の場面は,ワインバーをリモートで営業し(バーチャルバー),ソムリエが世界中の人にワインを提供できるという話で終わっています。これはまだSFの世界かもしれませんが,誰かビジネス化してくれたら愉快なことですね。

 

2022年3月15日 (火)

神戸新聞に登場

 共同通信の配信の「漂うリアル11 コロナ禍働くとは」に登場しました。まず312日の神戸新聞の夕刊に掲載されています。テレワークが進展するなかで,職場の仮想化といった変化についての問題意識からの取材でした。1時間くらいコメントしましたが,テレワークのもつ社会的価値とこれからの労働において知的創造性が重要という部分が採用されていました。私以外に,仮想オフィスサービスを提供する会社OPSIONの深野社長,話題の『ブルシットジョブ』の訳者の一人である大阪府立大学の酒井隆史教授のコメントが掲載されていて,短いながらも内容があるよい記事になっていると思いました。
 今回の写真は,最近マスコミ用に提供している自宅で撮影したものです。ふだんはbust-upの部分が掲載されていますが,今回は全体だったので,ラフに撮影した感じがそのまま出てしまっています。でも,テレワークっぽくて,記事の内容に合っていてよいかなと思います。神戸新聞以外の地方紙にも,そのうち掲載されるかもしれませんので,地方在住の方には,いつか見てもらえるかもしれません。

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