公益通報者保護法の精神
全国ニュースでも報じられているように,兵庫県の斎藤元彦知事に関する問題が大きく取り上げられています。前回の選挙で知事を支援した日本維新の会も,辞職勧告を行う方針のようであり,政治的には知事はかなり危機的な状況にあると思われます。しかし,不信任決議までは至っていないため,県議会が本気で知事を追い詰める意図があるのか,単に抗議のポーズを取っているだけなのかは明確ではありません。いずれにせよ,来年には知事選が控えているため,県民の関心は次の知事が誰になるかという点に移っていることでしょう。斉藤知事も候補に挙がるでしょうが,現在の県民の大多数は新たな知事の誕生を求めているのではないかと思います。名前が挙がっている人物としては,前明石市長の泉房穂氏,加古川市長の岡田康裕氏,芦屋市長の高島崚輔氏,西宮市長の石井登志郎氏などがいます。さらに,神戸市長の久元喜造氏や,前回の選挙に出馬した元副知事の金沢和夫氏も候補になるかもしれませんが,斎藤知事誕生の背景には井戸県政への批判があったため,井戸氏に近かった久元氏や金沢氏はやや厳しいかもしれません(本人たちも,その気はないでしょう)。
斎藤知事に関する問題では,最近,公益通報に焦点が当たっているようです。実はちょうど1カ月前,某国営放送の取材で公益通報者保護法についてテレビカメラの前でインタビューを受けましたが,まだ放映はされていません。もしかしたらお蔵入りになるかもしれませんので,その際に私が話した内容を少しだけ共有したいと思います(以前に,このテーマでは,公務員の公益通報という観点から,少し書いたことがあります)。
公益通報者保護法は,世間ではあまり理解されていない法律の一つです。マスコミもこの法律について十分な知識がないまま報道しているように見えますし,県の関係者や百条委員会で追求している議員たちも当初はあまり理解していなかったように思えます。この法律は内閣府(消費者庁)の所管ですが,消費者行政に限定されないコンプライアンス全般に関わるものであり,かつその内容は,労働者保護が中心となっています。そのため,どの分野の研究者が,この法律の専門家であるのかわかりにくく,マスコミも誰に話を聞けばよいのか,よくわかっていなかったようです。
公益通報者保護法は,労働者等が公益通報をしたことによる報復的な不利益扱いを禁止する法律です。もちろん解雇や懲戒などの人事上の不利益があれば,通常の労働法の法理が適用されるので,それによって通報者は保護されます。公益通報者保護法の存在意義は,通報者に対して,どのように通報すれば確実に保護される(されやすい)かを明確に示す点にあります。企業内の就業規則(秘密保持義務など)に違反するリスクがあっても,保護の要件が明確になっていることで,通報者が安心して通報できるよう背中を押す効果が期待されているのです。
この法律の最も重要な点は,通報先に応じて保護要件が異なるということです。組織内への通報(内部通報)は要件が緩く,組織外への通報(外部通報)は厳格になります。これにより,労働者が内部通報を選ぶよう誘導されているのですが,組織が適切に対応しない場合には,外部通報も保護される仕組みになっています。このように,組織がその違法行為に対して自浄作用を発揮し,自分たちでコンプライアンスを実現できる態勢を整備するよう促すのが,公益通報者保護法の最も重要な目的なのです。
そのことを踏まえると,通報を受けた組織は,まず通報内容を精査し,コンプライアンス向上に生かすべきです。外部通報した通報者を処分するかどうかは,公益通報が法の保護要件に該当せず,一般の解雇法理や懲戒法理などの要件にも合致しないことを確認して,最後に考慮すべき事項です。少なくとも図利加害目的がなく,組織の改善につながるような通報であれば,公益通報者保護法の要件に充足するかどうかに関係なく,一定の保護はされるべきでしょう(懲戒処分をするにしても,軽い処分にとどめるなど)。
今回の事件については,インタビュー時点では事実確認が不十分であり,私自身の発言はあくまで一般論として断って語っていますが,県の対応に疑問の余地はありうるということは語っています。少なくとも真実相当性(外部通報の場合の保護の要件の一つ)は,組織側のことではなく,通報者側のことであり,うわさ話を集めたというのは,発言の所在をぼかすために述べたものにすぎず,それだけで通報者に真実相当性がなかったと即断するのは不適切です。
そもそも,公益通報者保護法については,通報者が保護要件に満たされる通報をしたかどうかが問題なのでありませんし,保護要件を満たさない通報者を処分するための法律でもありません。条文だけみるとそうみえなくもないのですが,法の趣旨はそういうことではなく,通報を受けた組織がコンプライアンスのために対応をすることにこそ主眼がある法律なのです(直近の法改正で,公益通報対応業務従事者の設置を義務づけているのも,このような趣旨です)。インタビューでは,このような公益通報者保護法の「精神」を強調しました。