政策

2022年10月30日 (日)

「法の支配」207号に登場

 「法の支配」207号に拙稿が掲載されました。「環境変化の中での労働法の課題」というのが特集テーマで,そこで私はDX関係のテーマを割り当てられました。すでに数多く書いているテーマなのですが,今まで寄稿したことがない雑誌であり,また執筆陣が豪華であったので,そこに加われるのは光栄なことだと思い,お引き受けしました。
 何が環境変化を引き起こしているのかというと,それはコロナではなく,デジタル技術であるというのが私の持論ですが,でもコロナはいろんな問題をあぶり出す機能もあります。その点で,この雑誌のなかで濱口桂一郎さんが執筆されていた「新型コロナウイルスと労働政策の課題」は,問題が紹介されていて参考になります。
 私が寄稿した論考のタイトルは「DXのもたら影響と労働政策の課題」というものですが,実は当面の労働政策の最も深刻な課題は,コロナ禍での雇用調整助成金などの種々の助成金の大盤振る舞いで,自立性がゆるんでしまった経営マインドをどう立て直すかです。国の助成で雇用を維持して経営するという時代ではないのです。私は雇用維持型の政策からの転換の必要性をずっと訴えていますが,濱口さんの『日本の労働法政策』(JILPT236頁以下でも詳しく説明されているように,国の政策レベルでは,実際には,労働移動促進政策への移行はされてきたようです。そういうなか,コロナ禍で緊急避難的な雇用維持型の政策が復活してしまいました。上記の経営マインドの弛緩だけでなく,雇用保険の財政面や国庫負担の増大という問題も起きています(今日も雇用調整助成金の巨額の不正受給のことが報道されていましたね)。一方で,岸田政権は,労働移動政策に力をいれるような態度だけは示していて,ジョブ型やリスキリングにも言及するのですが(そのことは評価できるとしても),いまなお残っている雇用維持型政策との折り合いというか,その出口をどうみつけるかということについては,どうするのかよく見えてきません。そこをきちんとやってもらわなければ,DXに向けた政策課題を論じるまえに,日本は沈没してしまいかねません。流動化政策(労働移動促進政策)をきちんと立て直し,一貫した体系的な政策をたて,何が本筋で,何を緊急対応でやるのか(その出口も明確にしなければなりません),ということを示してもらいたいです。そこがしっかりしてはじめて,本格的なDX時代の労働政策を論じることができるのです。岸田政権の支持率が下がっているのは,労働政策・雇用政策に明確なビジョンがないことも大きいと思います。
 ところで,「法の支配」という雑誌名ですが,個人的には,「法の支配」は,「人の支配」のアンチテーゼにすぎず,それはよいとしても,法が出しゃばって社会を「支配」することはよくないと考えています。いかにして法がそれほど前面に出ずに(国民と寄り添いながら)社会を治めていくかを考えるのが大切なのです。今回の論考では論じていませんが,デジタル時代に合った法の役割というものが重要だと考えています。私の行為規範を重視する議論も,それと関係しています。 

2022年10月18日 (火)

リスキリング

 リスキリングがバズっていますね。岸田首相が「人への投資」を打ち出して多額の予算がつきそうなので,そこにビジネスチャンスをみた企業が色めき立っていることでしょう。
 リスキリングは,すでに仕事に就いていて,これまでのアナログ時代に蓄積したスキルが今後使えなくなるかもしれない人たちにとっての雇用維持策という面があります。その重要性は否定しません。デジタル時代における雇用政策は,二つの異なることをしなければならないのです。一つは,今後本格的に始まるDX時代に備えて,より創造性のある仕事に従事できるような人材の育成ということです。これが私がいつも主張する教育政策であり,職業教育の重要性というのもこの話です。もう一つは,現在の40歳代から上の,今後の急激な変化に対して雇用を失う危険性がある人たちをどうするかです。年齢が上にいけばいくほど,政府が生活の面倒をみなければならない可能性が高まりますが,それでは困るので,なんとか自立できるようにするために「人への投資」をする必要があるのでしょう。具体的には,新しい技術環境に適用できるようなスキルを身につけてもらう必要があります。政府もその重要性を感じてリスキリングに力を入れるようになったということですが,政府みずから実施するのではなく,企業に対して,現在の従業員に行って失業者が出ないようにしてもらうということが中心となるのでしょう。幸い,オンライン教育などの自学用のプログラムもあります。これは,現在のリスキリングだけでなく,個人が今後常にスキルのブラッシュアップをしていかなければならない時代がくるなかでは中核的な学習方法となるものです。
 現実にはリスキリングといっても,まずは,かつて30年前にデスクの上に置かれるようになったパソコンを使えるようになり,ワードやエクセルを活用できるようになったというのと同じようなレベルのところから始まるのかもしれません。仕事の効率化のためのデジタル活用です。現在,日本ではデジタル化は遅れているので,これでも生産性はかなりアップするでしょう。しかし問題はそこから先です。この技術を使って,いかにして新しい価値を生み出すかが勝負です。その点については,リスキリングには多くの期待ができず,次のDigital Nativeの世代に任さざるを得ないのかもしれません。小学校でも,徐々にデジタル教育が進んできているようですが,文科大臣には最重要政策課題としていっそう積極的に取り組んでもらいたいものです。

2022年10月 4日 (火)

首相の所信表明演説

 臨時国会が召集され,岸田首相が所信表明演説をしました。そのなかで,「物価高・円安への対応」,「成長のための投資と改革」と並ぶ重点分野の一つに「構造的な賃上げ」が挙げられていました。「構造的」とは何だろうと思いましたが,日本経済新聞の今朝の朝刊では,リスキリングの1兆円パッケージは就職後に改めてスキルを高めた人材が成長分野に移り,生産性を高めて賃上げにつなげる好循環を狙い,「賃上げと労働移動の円滑化,人への投資という3つの課題の一体的改革に取り組む」と説明したとされているので,これが「構造的」ということなのかもしれませんね。
 人への投資⇒リスキリング⇒スキルアップにより,高い賃金を支払ってくれる企業に移動していくという流れは理想的ではありますが,このきれいなシナリオに欠けているのは,自分でキャリアを切り拓いていこうとする自立志向の労働者の存在です。職業教育というとリスキリングのような話になるのですが,これを成功させるために一番必要なのは,労働者の意識改革です。きれいなシナリオは,もちろんまず書かなければならないのですが,それだけでは社会は動きません。私は,そういう問題にずっと前にすでにぶつかっていて,新書などを書いていろいろ訴えてきたのは,労働者や国民に意識を変えたほうがよいというメッセージを届けたかったからです。光文社から20141月に刊行した『君の働き方に未来はあるか?』は,そういうメッセージを込めたものですし(昨年,大阪のある高校の国語の入試問題に使われたのを知って驚きました),文藝春秋から20192月に刊行した『会社員が消える』も同様です。もちろん,私の本くらいではインパクトが弱く,国民の意識改革には不十分でしょう。為政者からの力強いメッセージこそ必要なのですが……。
 また,首相は,年功序列的な職能給からジョブ型の職務給への移行も含め「企業間,産業間での労働移動の円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる」と話したと記事には書かれていました。まずは官邸がスローガンをぶちあげて,6月の閣議決定までに官僚にアイデアを出させるという,いつものパターンでしょかね。ただ,こういうやり方では,スピード感はでますが,促成栽培で内容がスカスカなものになりかねません。指針をバンバンだすというのは最近の流行ですが,じっくり構想を練って熟議した立法というものも,期待しています。

 

 

2022年8月13日 (土)

スタートアップの支援

 第2次岸田政権は,スタートアップ支援に力を入れると述べています。これは「新しい資本主義」の主要テーマの一つです。日本からGAFAが生まれるにはどうすればよいか,ということを考えて,そうした心意気で事業に取り組んでいる企業者(entrepreneur)たちをどう支援するかは,とても重要な政策課題です。政府の取り組んできたフリーランス政策には,こういう側面もあります。スタートアップも最初は個人事業主かその仲間たちからのスタートで,起業し,成功を収めてIPO(新規上場)に至ることになるのです。スタート時点での様々な負担を助成することが大切ですし(失敗すれば致命的な打撃を受けるということがないようにすることも含みます。その点は,政府が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で,「初期の失敗を許容し長期に成果を求める研究開発助成制度を奨励する」としているのは高く評価できます),そのなかに人を雇用するときの負担を緩和することもあってよいのではないか,というのが,経済同友会の「規制・競争政策委員会」の提言「創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長に向けて」のなかにある発想でしょう。
 スタートアップの支援には,基本的に賛成なのですが,そのための方法として,労働法規制の緩和をするのはハードルが高いのではないかと考えています。実は,私は約15年前に中小企業の適用除外について,神戸労働法研究会で共同比較法研究をしたことがあり,その成果は季刊労働法で連載されています(季刊労働法227号で私が総括論文を書いています)。
 あのときの研究成果は,いまなお有効であると考えており,スタートアップにおいて適用除外や特区的な扱いをするときに,どのような理論的な問題があるかを検討する際の参考になるのではないかと思っています。もちろん,そうした理論的な問題に関係なく,政治的なイニアシティブによりトップダウンで政策を断行することができないわけではないでしょうが,そういうことは「聴く力」を重視する岸田政権のカラーには合わないでしょう。
 適用除外構想に対しては,労働組合側が反対するのは当然予想されます。そうした反対は,たんなるポジショントーク的なものとはかぎらず,理論的な根拠もあるのであり,そういうものをふまえて,しっかり組合側とも対話して,スタートアップの支援をどうしていくのかを考えていく必要があります。
 私は,スタートアップの支援で問題となるような労働法の課題は,先日も書きましたように,そもそもすべての企業において問題となるものではないかと考えています。労働時間にしろ,解雇にしろ,規制の見直しが必要です。また,例えば,育児休業制度のようなものは,すべての企業に同じように導入を義務づけるのは行き過ぎではないかということは,拙著『人事労働法―いかにして法の理念を企業に浸透させるか』(2021年,弘文堂)で言及しています(203204頁)。
 規制緩和は必要だが,いきなり行うのは反発が強いので,まずスタートアップから始めようというのと,規制は維持されるべきだが,スタートアップには特別な配慮が必要であるから例外扱いをしようというのは,結果は同じですが,意味合いがかなり違います。前者は労働法そのものの見直しを志向するものですが,後者は現行労働法は維持しながら中小企業政策や産業政策の観点から例外的な規制緩和をしようとするものです。もしどちらかがよいかと問われれ私は私は前者だと答えるでしょう。
 ただ,私が提唱する人事労働法の立場は,スタートアップに雇用される人であろうと,それ以外の企業に雇用される人であろうと「納得」の要素を重視する納得規範を及ぼしていくべきというものです。スタートアップであっても,納得規範から免れることはできません。スタートアップが労働法規制を窮屈に感じるとすれば,それはその規制自体が硬直的であること,そして,そうであるにもかかわらずderogationの理論が十分に発達していないことにあります。納得規範は,これをふまえて,derogation の理論をさらに一歩進めたものであり,経営側と労働側にウイン・ウインをもたらすものだと思うのですが……。

 

2022年7月24日 (日)

これからの社会保障への不安

  7月22日の日本経済新聞の経済教室で,八代尚宏先生が「参院選後の岸田政権の課題(下) 高齢化社会の不安払拭急げ」という論考を発表されていました。全世代型社会保障構築会議の中間整理において,年金や医療・介護の費用の膨張にどう対応するかという論点が欠落していることを批判されていました。年金制度は,祖父母が孫からお年玉を取り上げているようなものだとし,高齢者の定義を75歳とすべきだと主張されています。75歳現役社会を前提に,制度設計をし直すべきということで,これは雇用政策にも関係してきます。私はこうした改革は不可避だと考えており,激変緩和は必要ですが,できるだけ早く着手すべきでしょう。高年法の改正で,20214月から70歳までの高年齢者就業確保措置の努力義務が導入されましたが,こうした措置の年齢上限はさらに5歳引き上げることも必要でしょう。しかし,より根本的には,雇用も自営もふまえた75歳までの就業促進策をどう実行するかが重要で,その鍵となるのは,高齢者が持続的に能力を発揮できるようにするためのデジタル技術の活用です。
 年金については,国民年金の保険料を廃止して,年金目的消費税を導入すべきという提言もされています。かつて八田達夫先生は,日本労働研究雑誌605号(2010年)の提言「国民年金は,所得税や消費税で賄うべきか,人頭保険料で賄うべきか」 で,国民年金の保険料は,所得税でまかなうべきという提言をされています。私も消費税よりは所得税のほうがよいと思っています。ただ,八代先生も,「豊かな高齢者から貧しい高齢者への同一世代内の所得再分配を強化し,後世代の負担を減らす工夫も必要だろう」と述べておられており,そうした工夫の一つは,年齢に関係なく,豊かな人から,貧しい「高齢者」への所得再分配が可能な税制の活用ではないかと思っています。
 一方,医療・介護については,財政の問題と同時に,マンパワーの問題もあります。医療人材のことについては,宇沢弘文の社会的共通資本の考え方に賛同するということを何度も述べていますが,それとは別に,ここでもデジタル技術の活用が求められると思います。急速に医療人材や介護人材を増やすことができない以上,いかにしてデジタル技術を活用して,省力化・効率化を図るかがポイントです(これも何度も述べています)。デジタル技術の活用は,高齢化社会への対応にしろ,医療・介護人材の不足への対応にしろ必要不可欠なものであり,政策の基本は,常にここから始まるのです。

2022年6月28日 (火)

副業の促進

 625日の 日本経済新聞の朝刊の1面に「厚労省 副業兼業の促進」という記事が出ていました(今日も続報が出ていました)。副業を規制する場合には,企業はそのことを開示することが求められることになりそうです。副業は,昔ならマージナルな論点だったのですが,いまや日本型雇用システムの転換を象徴する論点といえそうです。
 そもそも日本企業が好んで副業を制限してきたことと,法律論としてみた場合,副業の制限はおかしいということの交錯が,この問題を考えるうえでのポイントとなります。企業が副業を制限したがるのは,三つの側面があります。一つは,日本の正社員の場合には,残業が付きものであり,休日労働すらもあるということからすると,副業する余裕などないはずだということです。副業をする余裕のあるような働き方は想定していないということです。また正社員はその企業の一員として忠誠を尽くすべきなのであり,別の企業にも雇用されて忠誠を尽くすという「二股をかけること」は許さないという意味もあります。さらに 企業は人材育成に費用をかけているので,そこで蓄積した技能を他の企業で使われるのは困るということもあります。副業にはいろんなパターンがありますが,蓄積した技能を生かすとすれば同業他社での副業であって,そういうものは困るということです。競業避止義務はそのために課されるのです。また同業他社でなくても 企業が副業によって新たな知見や技能を身につけると転職されやすくなります。日本の企業は,従来,教育投資からのリターンを確保するために,いかにして従業員に長く居続けてもらえるかを考えてきたのであって,そういう点でも副業は望ましくないわけです。
 ところが,この前提状況が変わってきました。日本型雇用のシステムの根幹である正社員の働き方,そして企業による人材の育成やそのための長期雇用の必要性がなくなってきていることが重要なポイントなのです。自社で教育訓練をしないから,他社での就業経験でスキルアップしてもらうことには,むしろ利益があるのです。同業他社ではなく,異業種での経験のほうがプラスになるということもあります。根本的には,副業解禁の背景には雇用の流動化があり,それは同時に日本型雇用システムの崩壊および長期雇用慣行の終焉というものを意味しています。
 もう一つの視点は,労働者にとって,勤務時間以外の時間をどのように使うかは私的自由の問題であるということです。副業制限には,職業選択の自由という憲法上の権利の制限という意味もあります。ただ,これは原理的な問題で,具体的に副業を規制する法律は存在しないので(民間企業の場合),就業規則の合理的な規定によれば副業を制限をすることはできないわけではなく,厚生労働省が作成したモデル就業規則でも,少し前までは副業の許可制をモデルとして定めていて,これが事実上の指針となり,副業制限について,厚生労働省もお墨付きを与えていたのです。そのモデル就業規則が改正され,さらに今回のような動きが出てきたのであり,厚生労働省は大きく方向転換をしたといえます。副業イコール雇用の流動化ではありませんが,上記のように副業促進は雇用の流動化と親和性の高い政策です。一方で,雇用調整助成金のダラダラとした延長をやっているようなこともあり,厚生労働省は,雇用流動化政策を,どうやって一貫したシナリオで提示できるかが,いま問われているのでしょう。

2022年6月27日 (月)

賃上げ政策

 参議院選挙の主要な争点に物価高対策があります。物価高への対応として,各党のほとんどが賃上げをあげています。年金受給者は令和2年度で4051万人もいることからすると(厚生労働省の「令和2年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」),年金受給者への対応も必要です(その意味で,N党の年金受給者らへのNHK受信料の減免という政策は,年金受給者には「刺さる」ものです)が,やはり現役生活者の収入の底上げも重要です。
 問題は,賃金を上げるための正しい政策は何かです。賃上げは結果であって,いきなり賃金だけ上げようとしても市場をゆがめることになるでしょう。もちろん,それは上げ方いかんであり,適度の賃上げであれば,かえって労働市場の効率化につながると言われています。生産性向上へのインセンティブとなり,好循環が生まれるというシナリオもあります。企業の設備投資を促す税制度とリンクさせることにより,効果的な循環が生まれるというのも理解できます。ただ,賃上げをどの程度の水準にすれば,こういう良い効果がうまれるかは,とても難しい問題でしょう。ここは経済学者に任せるしかないのですが,それに加えて,多くの党がふれている最低賃金の引上げについては,法律家からすれば,現在の最低賃金法の枠組みをどうするのかということも言ってもらいたいところです。最低賃金は審議会方式で決まるのであり,例えば地域別最低賃金を廃止して全国一律にするとか,1500円にするとか言ったとしても,それが審議会方式を維持したうえでやろうとしているのか,それともまったく新しい制度を考えているのか,よくわかりません。正直なところ,全国一律とか1500円とかは,単なる努力目標にすぎないのであり,1500円という数字で人を惹きつけようとするのは,よくないポピュリズムではないかと思います。
 当たり前のことですが,賃金は当事者間の合意で決まるのであり,最低賃金は,あくまで法律で罰則付きで強制する最低基準にすぎません。これを引き上げることに慎重であるのは当然なのです。むしろ,こういう法律上の賃金より,実際の賃金がどうやったら上がるかを考えるべきであり,正しい手法は経済政策をとおして賃上げできる状況をつくることでしょう。
 賃金の水準が実際に問題となるのは,中小企業の社員と非正社員です。中小企業はコロナ禍で種々の補助金で支えられてきたと思いますが,そこから脱却して,いかにしてDX時代の競争で生き残れるかというところが勝負となるでしょう。中小企業の中核は,スタートアップ企業などのDXに立ち向かっている企業であるべきであり,そういう企業を助成し,そこに人材が集まってくるようにするのが,じつは最も効果的で持続性のある賃上げ政策でしょう。そのためには人材育成も必要です。学校教育の改善というルートもありますが,大企業からの優秀な人材が中小企業に流れてくるというルートもありえます。雇用の流動化が,大企業から中小企業へ雇用移転という形で起これば,一時的には賃金が下がることもあるかもしれませんが,人々が自分の適職を求めて移動していくことが増える環境ができてくることは望ましいことであり,これにより生産性の高い企業が生き残っていくことになれば,全体として賃金は上がっていくことになるでしょう。私たちの提唱している解雇の金銭解決制度も,このシナリオに貢献できると考えています(本日の日経産業新聞に,先日の電子版にも掲載された水野裕司さんの記事「解雇の金銭解決,日本も動き」が掲載されています)。実は各党のなかで,この考え方に近いものを出している政党が日本維新の会でした。HPには,「労働移動時のセーフティネットを確実に構築した上で,解雇ルールを明確化するとともに,解雇紛争の金銭解決を可能にするなど労働契約の終了に関する規制改革を行い,労働市場の流動化・活性化を促進します」と書かれていて,これは私の主張に近いものであり,驚きました。また国民民主党も,「給与の引き上げ」を前面に出していますが,最低賃金などではなく,労働市場政策を重視しているなど,その政策はしっかりしたものだと思いました。もっとも両党とも,私からみれば,安全保障政策などに難があります。共産党と維新や国民民主党の中間のような政策を出す政党が出てくればよいのですが。
 なお消費税廃止は,賃上げと同様の効果はありますが,もし無制限に行うのであれば,無責任な政策だと思います。消費税は,逆進性がある部分とそうでない部分とがあります。一括して廃止や低減というのは,保護しなくてもよい人まで保護し,国の財政を危うくする愚策です。特定の生活必需品に限定して,明確に期限を切って消費税を低減するという政策でなければ,とても支持はできませんね。

2022年6月 9日 (木)

これも「人への投資」? 

 「骨太の方針」(「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え,持続可能な経済を実現~」)をみました。政策の目玉となる「新しい資本主義に向けた重点投資分野」として,(1)人への投資と分配,(2)科学技術・イノベーションへの投資,(3)スタートアップ(新規創業)への投資,(4)グリーントランスフォーメーション(GX)への投資,(5)デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資を挙げているのは,どれも重要であり文句のつけようがありません。もっとも,その内容を読んでみると,少し違った感想が出てきます。そもそも「新しい資本主義」というネーミングが失敗でしょう。「新しい」という以上,どれだけ「新しい」かと期待させます。安倍政権時代から感じることですが,自分たちの打ち出している政策について,良さそうな形容語をつけてよく見せようとするのですが,中身をともなっていなければ,羊頭狗肉だとして,失望感を大きくするリスクがあります。
 ところで,「人への投資」というところでは,最初に,次のような文章が出てきます。

 「デジタル化や脱炭素化という大きな変革の波の中,人口減少に伴う労働力不足にも直面する我が国において,創造性を発揮して付加価値を生み出していく原動力は「人」である。自律的な経済成長の実現には,民間投資を喚起して生産性を向上することで収益・所得を大きく増やすだけでなく,「人への投資」を拡大することにより,次なる成長の機会を生み出すことが不可欠である。「人への投資」は,新しい資本主義に向けて計画的な重点投資を行う科学技術・イノベーション,スタートアップ,GX,DXに共通する基盤への中核的 な投資であるとも言える。こうした考えの下,働く人への分配を強化する賃上げを推進するとともに,職業訓練,生涯教育等への投資により人的資本の蓄積を加速させる。あわせて,多様な人材の一人一人が持つ潜在力を十分に発揮できるよう,年齢や性別,正規雇用・非正規雇用といった雇用形態にかかわらず,能力開発やセーフティネットを利用でき,自分の意思で仕事を選択可能で,個々の希望に応じて多様な働き方を選択できる環境整備を進める。」 

 経済成長を軸としたものである点は,もっと社会の持続性や国民の幸福といったものを軸としたほうがよいとは思いますが,この方針自体が,「成長と分配」をめざすものなので,「成長」に言及することは仕方がないでしょう(「成長」を強調したことで,株式市場も安心したようです)。ただ「正規雇用・非正規雇用といった雇用形態にかかわらず」は,「雇用や自営などの就労形態にかかわらず」と書くべきでしょうね。このあたりが,古くさい印象を与えます。
 ただこういう細かいことより,もっと気になるのは,この投資分野のなかで,個別の投資項目として,「人的資本投資」,「多様な働き方の推進」,「質の高い教育の実現」と,ここまではよいのですが,そこから,「賃上げ・最低賃金」と来て,最後に「「貯蓄から投資」のための「資産所得倍増プラン」」となると,どうも理解できなくなります。「最低賃金」は,「人への投資」に関係するのでしょうか。唐突に,「人への投資のためにも最低賃金の引上げは重要な政策決定事項である」と書かれています。以前にも書きましたが,賃金の引上げは,かえって人への投資にマイナスになるのではないかと思うのですが。教育への投資が生産性の向上をもたらし,それが賃上げにつながるというストーリーならわかりますが,そうなると,賃上げはあくまで政策の効果となります。それとは別に需要喚起のための賃上げというのはあるのでしょうが,それは人への投資とは違った筋の議論ではないかと思います。賃金が上がると,モチベーションが高まり,人的資本の蓄積に励みやすくなるというストーリーも考えられるかもしれませんが,そういう話なのでしょうか。
 さらに「資産所得倍増プラン」となると,「投資」の意味が変わってしまっています。「人への投資」とは無関係ですよね。
 まあ,そんなことはどうでもよく,良いことは良いのだということかもしれません。ただ,こういう関連性がはっきりしない投資目標が並べられていることに不安も感じるのです。一貫した政策方針があって,それを基にして論理的に体系づけて個々の分野の政策を展開していくということではなく,各省庁からの予算要求に対応するために,いろんなものを寄せ集め,それを一見して関連性があるように見せかける作文をして,それを「新しい資本主義」という美しい包装にくるんで,国民を煙に巻くということであっては困るのです。
 冒頭の5つの重点投資分野は,私の目にはロジカルにつながっていて,もっときれいなストーリーが書けるものです。それなのに,そういうことができていないように思えます。それは,おそらく政府が,その全体像をしっかり体系的にとらえることができていないからではないでしょうか。言葉だけが踊るというのは,近年の政府の傾向ですが,これではwise spendingができず,ただ財政を痛めるだけに終わらないかが心配です。私の理解不足で,政府の深遠な構想が理解できていないだけなら,よいのですが。

2022年6月 3日 (金)

みずほの裁量労働制廃止に思う

 昨日の日本経済新聞で,みずほ銀行が,企画職に20年前から導入されていた裁量労働制を廃止するという記事が出ていました。裁量労働制が,過重労働を引き起こし,行員の働きがいを奪っていることが理由のようです。
 導入されていたのは裁量労働制のなかの企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)だと推察されますが,今回のみずほの動きが,大企業における企画職における裁量労働制の「失敗」を意味するものであれば,これは労働法的にも注目すべきものとなります。裁量労働制,とりわけ企画業務型裁量労働制はもともと評判がよくないところがあり,やっぱりこういう制度はないほうがよいという議論になっていかないかが心配です。
 注意すべきは,この銀行の企画職が,ほんとうに裁量労働制に適した業務をしていたのか,です。労働基準法上は,企画業務型裁量労働制について,「事業の運営に関する事項についての企画,立案,調査及び分析の業務であつて,当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため,当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」を対象とするとしています(同条11号)。みずほでは,もしかしたら「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしない」というような働き方になっていなかったのかもしれません。もし,そうだとすると,裁量労働制は,企業が,割増賃金(労働基準法37条)を支払わずに長時間労働をさせることが可能なシステムにすぎないものとなります。本来,そうならないように,厳格な要件(労使委員会の5分の4以上の多数で,所定の事項についての決議をして,労働基準監督署長に届け出ることなど)が導入されているのですが。
 私は裁量労働制については,こうした厳格な要件があるため,使い勝手が悪いので見直しが必要だという主張と並んで,この制度を導入しても,日本ではこれに適したプロ人材が少ないことが問題だという観点からの懸念も表明してきました。自らの裁量で業務を遂行し,賃金は成果で評価して決めてもらうという人材がもっと増えなければならないのですが,そういう人材が少ないので,日本企業の競争力は高まらないのです(類似の問題意識で,かつて現代ビジネスに寄稿したことがあります。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55457?imp=0)。
 みずほも,結局は,企画業務型裁量労働制にふさわしい人材がいなかったということなのでしょうかね。時間管理(さらに健康管理)をきちんとできるだけの裁量が与えられていない労働者が,割増賃金のない働き方をさせられるとなると,働きがいがなくなってしまうのは当然でしょう。ほんとうは,その逆に,時間管理も健康管理も自分でやるから,しばられない働き方をさせてほしいという人材を多く抱えなければダメで,そのためにも現在の法規制は厳格すぎるという声が企業のほうから出てきてほしいのですが,今回のみずほの動きは,その逆のようです。
 そう思ってしまったのは,日本経済新聞で連載されていた「みずほリセット100日」を読んだからでもあります。記事で指摘されていたのは,閉鎖的な企業風土,「言うべきことを言わない,言われたことだけしかしない」行員たち,社内のデジタル化やデジタル戦略の遅れ,取引先への上から目線,出世のモチベーションが専用車のあるポストにつくこと,情報システムという基盤技術をベンダー任せにしていること,文系出身で占める経営企画部の力が強く,ポストは年次で決まる要素が強いことといった数々の大企業病でした。もちろん,その解決に挑んではいるものの,記事をみるかぎり,なかなか結果が出そうにありません。おそらく,これはみずほだけでなく,他の業界も含めた大企業に共通する問題であり,また役所にもあてはまるものでしょう。上記のような大企業病があるかぎり,優秀な若者は逃げていくでしょう。
 裁量労働制の廃止という時代に逆行する動きのなかに,本来なら従業員のやりがいを高めるために活用可能な裁量労働制を使いこなすことができなかった企業の「未来のなさ」が現れているように思います。

2022年4月12日 (火)

ワクチン休暇

 今日から学部の授業も始まるはずでしたが,私が原因ではない事情があり,休講でした。それで補講はオンデマンドで行うことになり,あわてて動画を作り,配信しました。個人的には,オンライン授業は,対面授業とクオリティは変わらず,むしろ多数の受講生がいる大講義においては,どうせ授業はかなり一方通行にならざるをえないので,オンデマンドのほうが,意欲ある学生にはよく届き,復習もしやすいので良いと思っています。文部科学省がオンライン授業に消極的にみえるのは,理系とかをみているのかもしれませんが,少なくとも法学部の授業で,オンライン授業がダメな理由は明確ではありません。ちなみに社会人大学院生となると,仕事の都合で東京などに戻らざるを得ないというようなこともあり,そうなると単位取得に困るのですが,授業がオンラインで配信されていれば,その問題が解決するのです。こうした例からもわかるように,本気で教育機会を保障するということを考えるならば(例えば,北海道に住んでいる人で私の授業を聴講したいという(奇特な)人がいて,でも金銭的な事情で神戸に来れない人を想定せよ),むしろ大学はオンラインで授業を配信することこそ原則とすべきで,これにより台風があるから休講とか,そういうことも避けられるのです(もちろん,授業のなかには,どうしても対面でなければできないようなものは,とくに理系では多いでしょうが,それもまたARやメタバースの活用により克服できるかもしれません)。
 もう一つ気になるのは,やはりコロナですね。新規感染者は減っていません。対面型の大講義は密集を引き起こします。授業だから仕方がないという発想よりも,オンライン授業であれば避けられるという視点が必要かもしれません。それはさておき,現在のコロナ対策について,私も大竹文雄さんたちが言っているように,いまとなれば強い行動規制が必要とは思っていません。飲食店は最近ときどき行ってはいますが,そこで感染しそうな感じは全くないくらい,対策が行き届いています。もちろんいろんな飲食店があるから,一概に大丈夫とは言えませんが,国民の自主的な行動でかなりの予防ができるように思います。むしろ自主的な行動ができない子どもたちや,うまく防御態勢がとれない高齢者や病人のところこそ問題なのであり,それは経済行動の規制とは違うタイプの規制が必要だということですよね。ワクチン接種も気になります。原理主義的なワクチン反対派はさておき,副反応がいやでワクチン接種をいやがる人もいるわけで,その気持ちはわかるので(そうは言っても,私の場合,ワクチン3回目のときは,腕が腫れた程度で,結局,仕事には何も支障はありませんでしたので,副反応のつらさをほんとうにはわかっていないかもしれませんが),そこに何らかの対応をするということはあってよいと思います。ワクチン接種した人が,就業に著しく困難な場合には,休暇を保障するということをすればどうでしょうか。これは労働基準法67条の生理日の休暇にならったものですが,若者が感染源となっている事情があるのなら,機敏にピンポイントの対策をとってもらいたいです。社員に休暇をとられて困る中小企業に助成するというのとセットでもいいです(生理日の休暇は無給ですが,場合によっては政府が助成して賃金補償してもよいでしょう)。飲食店に営業規制をして,それで損失補填の補助金のようなものをつけるというコロナ対策よりも,よっぽど意味があると思いますが,どうでしょうかね。 

 

より以前の記事一覧