政策

2024年2月26日 (月)

社会保障の再構築

 今朝の日本経済新聞の「核心」で大林尚編集委員が,「年金の主婦優遇は女性差別」というタイトルの記事を掲載していました。国民年金の3号被保険者問題です。「夫への依存を前提にした昭和の年金をいつまでも引きずるのは,みっともない。女性が真に自立するカギは,令和の年金改革である。」というのが,彼の主張です。連合も昨年,3号被保険者廃止論を唱えています。専業主婦を優遇しているというより,専業主婦を家庭に閉じ込めているという構図でみるべきだということでしょう。記事の中では,連合は,「所得比例と最低保障の機能を組み合わせた新しい年金制度への衣替えを提唱している」と書かれていました。私は不勉強で,連合がこういう主張をしていたのは,知らなかったのですが,個人的にはフリーランスの社会保障という問題を考えるうえで,現在の年金制度には問題があると考えていました。働く人のセーフティネット問題を根本から考え直そうということをいまやっていて,そこでは,これは労働法の問題,あちらは社会保障の問題といったことは言ってられなくなっています。自営的就労者(フリーランス)は,企業に頼らずに働くわけで,そうした人の保障のあり方を考える際には,政府が直接関与する社会保障のあり方を考えざるを得ず,そうした視点から現在の社会保障のことをみると,いろいろ改善すべき点がみえてくるのです。3号被保険者問題はその一つですが,より大きな問題は,最低保障+所得比例保障という仕組みを,いかにして現行の枠組みにとらわれずに(つまり働き方に中立的に),国民に公平な形で再構築できるかということになります。
 この点を考えるため,315日に神戸大学でミニシンポジウム(オンライン)を開きますので,関心のある方はご参加ください。制度を変えると誰が得をするか損をするかという話とはいったん切り離し,また移行にともなうコストもいったん忘れ,タブラ・ラサ(白地)から制度を作ると,どういうことになるかという思考実験ができればよいと思っています。法学と経済学と実際のフリーランスの立場から論客に参加してもらいます。このシンポの詳細は,近いうちに神戸大学の社会システムイノベーションセンターのHPに掲載されると思います。

 

2023年10月25日 (水)

岸田減税に思う

 岸田首相が,昨日,WBSに登場して,経済の成長を阻害しないようにすることが重要だと強調していて,減税はそのための手段ということでした。減税は税収が予想を上回ったため,物価高に苦しむ国民に還元するということのようです。実は所得税を最もきちんと納めているのは源泉徴収のある会社員です。とくに重い税負担を感じているのは,ある程度の収入があり,所得水準が税率20%に上がっていくくらいの層ではないでしょうか。この層の人たちは,富裕層とまでは言えなくても,かなりの税金を支払っており,還元政策には歓迎の声が上がるかもしれません。ただ,低所得者向けの給付金も同時に提供される予定です。ここが問題です。税金を支払っていないか,わずかしか支払っていない層にまで,金をばらまくのとセットの政策では,釈然としないものが残るでしょう。
 もちろん,税制のあり方として,課税所得未満の人々に給付金(一種の負の所得税)を支給する「給付付き税額控除」というものはあります。そのような制度を設計しようというのなら,検討の余地がありますが,今回は選挙目当てに場当たり的にやっている感じです。国民は金をばらまけば喜ぶだろうというようにみえる政策は,おとなしく税金を払ってきた会社員からは反発を生むことになるでしょう。会社員は納税により国のために貢献していると考えて,税負担にも納得しているのです。しかし,ときの政権の選挙対策として税金が使われるとなると話は違います。
 減税は,これまで(いわば受け身で)源泉徴収されてきた会社員の税意識を目覚めさせるかもしれません。まじめに働いて,ある程度稼げるようになって,でも所得税や住民税でかなり持っていかれるけれど,それも国民の義務だと自分に言い聞かせてきたサイレント・マジョリティの多くは,決して自民党の支持層ではありません。その層が本気で動くと,自民党政権はたちまち崩壊することになるでしょう。減税は経済政策として問題があるだけでなく,多くの会社員の感情としても逆効果であり,しかもそれが低所得者の給付とセットとなっていて,その財源も自分たちの支払った税金であるとなると,次の選挙では反与党に結集するかもしれません。この前の日曜の選挙結果には,その兆候が現れています。首相は,簡単には衆議院を解散できないでしょうね。

2023年10月16日 (月)

日本版(型)◯◯

 1012日の日本経済新聞のDeep Insightで,中村直文編集委員が,「日本版VSガラパゴスの行方」というタイトルの記事を書いていました。最近,日本版という言葉を聞く頻度が増えており,それは日本が,海外モデルにならおうとする姿を示しているものではあるが,「自立性が低下している日本の現実を象徴しているようだ」と述べています。実は日本には,独自の発想の良い文化がありながら,それが「国際競争の場で生かせていない」という問題も指摘されています。そして「日本版で満足せず,日本発のプレミアム・ガラパゴスを伸ばしていく時期だ」と提言しています。
 私が日本版ないし日本型という言葉を耳にしたときに,気にいらないのは,それが本質を隠蔽するごまかしの言葉になっていることがあるからです。代表例は,日本型同一労働同一賃金です。外国では同一労働同一賃金があり,日本も同様にすべきだということを言ってきた人は,でも日本ではそのままは導入できないので,日本型とつけてごまかしているのです。職務給ベースの海外での同一労働同一賃金を,そのまま職能給ベースの日本に導入できるわけがありません。結果,「日本型」同一労働同一賃金は,本家の同一労働同一賃金とはまったく異なるものとなっています。海外の先例を学ぶということでもありません。おそろしいことに,働き方改革で,日本も「同一労働同一賃金」を導入したと思っている人がいることです。いったいどこをとらえて「同一労働同一賃金」なのか。日本型とつけているので,本家の「同一労働同一賃金」と違うという説明はつくのでしょうが,説明がつくかどうかは官僚だけに関係する話で,説明がつこうがつくまいが,実態は異質のものです。日本型ジョブ型という言葉にも同様の問題があります。
 労働の分野では,海外でやっていることを取り入れるので新しい改革だというニュアンスを出しながら,同じことはできないから日本型とつけてごまかしているような気がします。ほんとうに改革をするなら,「日本型」という言葉を除かなければならないのです。「日本型」とつけているかぎり,改革は進まず,新しいことをやっている「雰囲気」だけでごまかされてしまいます。
 日本型雇用システム(この「日本型」は,ほんとうの意味の「日本型」です)は,独自の進化を遂げた「ガラパゴス(Galapagos)」です。かつては海外でも参考にされましたが,いまでは見向きもされません。それでも日本型で行くというなら,それはそれで一つの選択です。しかし,改革でもなんでもないものを,ただ海外にあるから日本向けに適当にアレンジして導入し,それを「日本型」と呼ぶのは,混乱をもたらすだけなので,やめてもらいたいですね。

2023年10月 3日 (火)

ライドシェア解禁の議論の加速化を

 八代尚宏先生から,プレジデントに投稿したという情報をいただいたので,拝読しました(「80代運転手をコキ使ってまでタクシー業界を死守…世界で普及の「ライドシェア」断固阻止する抵抗勢力の言い分」)。私も会員になっている制度・規制改革学会の提言です。
 過激なタイトルですが,書かれている内容は,私がこのブログでも訴えてきたことと方向性は同じです。タクシー業界の人手不足対応で,国土交通省は個人タクシーのドライバーの更新の上限年齢を80歳にまで引き上げました(法人のドライバーは,これまでも年齢制限はなかったそうです)が,高年齢者の免許返納が推奨されているなかで,それと逆行する動きのような気がします。これで国民の安全が守られるのでしょうか。タクシードライバーはプロだから大丈夫ということかもしれませんが,運転技術において,平均的にみて,プロと素人との間に,どれほど大きな差があるかは疑問です。私は免許をもっていないので,乗せてもらう立場からの意見ですが,プロのドライバーでも下手な人はいるし,素人でも上手な人はいます。
 そうなると,そこまでして「プロ」の世界を守って,ライドシェアという形で「素人」が参入することを阻止するのかが妥当なのかという話になります。「プロ」に80歳まで認めるならば,「プロ」も「素人」も70歳以下に限定するという規制のほうが,国民にとっては望ましいのではないでしょうか。そのほうが,安全に運転できるドライバーの裾野が広がり,モビリティの人手不足の解決に貢献するでしょう。
 運転技術には個人差があるのであり,プロであれ,素人であれ,下手なドライバーから被害を受けないようにするためには,いつものように,テクノロジーに期待するところは大きいです。シェアリング・エコノミーの時代において,どのようにライドシェアサービスを育成していくかという視点が大切です。問題もありますが,それは解決可能であることは,八代先生の原稿でも詳しく論じられています。私のような安全重視派からしても,車はどっちにしても危険なものであり,ことさらライドシェアのほうが危険とは思えません(高齢のタクシードライバーのほうが怖いです)。素人ドライバーのかかえる危険性も,それはタクシードライバーとどこまで違うのか疑問でありますし,それについては対策もあるのです。
 「神奈川版ライドシェア」案というのは,タクシー業界にだけライドシェアを認めるというものであり,現実的な選択肢のような気もしますが,そもそもタクシー業界にそこまで忖度する必要があるのかという八代先生の意見にも耳を傾けてもらいたいです。
 ゆくゆくは自動運転にしてもらえれば,人手不足の問題は解消します。でも,あまりゆっくりしていられないと思います。気づけば,タクシーは数時間待ち,バスは計画運休で,私たちの日常生活はストップということが起こりかねません。想像力をもって,早めに対応することが必要です。走りながら,(でも質の高い)議論をするというスピード感覚が必要です。

2023年8月 7日 (月)

サラリーマン増税?

 増税は困りますが,通勤手当への課税や退職所得の税額控除の見直しについて「サラリーマン増税」だと言って批判するのは,どうかと思います。もちろん,個人的には,こういう改悪は困ります。しかし,もし歳出改革をしっかりして,それでもなお増税しなければならないとすれば,通勤手当は賃金の一種なので,それへの課税は筋が通るものと思っていますし,退職所得控除についても,これが伝統的な日本型雇用システムと整合性のあるものなので,日本型雇用システムの変容にともない見直すのは,理解できるところです。
 通勤手当について言うと,これは,そもそも,企業が支払う義務があるものではありません。民法485条は,「弁済の費用について別段の意思表示がないときは,その費用は,債務者の負担とする」と定めているので,労働契約でいえば,労働義務の履行のための費用は労働者が負担すべきものなのです。もちろん,これを企業が負担するという合意はできるのですが,それは業務費用ではなく,労働の対償として,賃金に該当すると解されています(労働基準法11条の賃金に該当し,24条の定める賃金支払に関する諸原則が適用されます)。社会保険における報酬月額にも含まれます。もっとも,税法上は,通勤手当は,実費補填的なものであるので,所得税法上は,1ヶ月15万円までは非課税とされてきました。ところで,今回,問題となっている政府税制調査会の答申「わが国税制の現状と課題令和時代の構造変化と税制のあり方」(20236月)では,「非課税所得等については,それぞれ制度の設けられた趣旨がありますが,本来,所得は漏れなく、包括的に捉えられるべきであることを踏まえ,経済社会の構造変化の中で非課税等とされる意義が薄れてきていると見られるものがある場合には,そのあり方について検討を加えることが必要です」と書かれているだけであり,私が見落としていなければ,積極的に通勤手当の非課税限度額を引き下げたり非課税所得扱いを撤廃したりするようなことは書かれていません。これは「火のないところの煙」であったようです。通勤手当の税法上の取扱いに変更が加えられることは,いまのところまったく改革の俎上に載せられていないと言ってよいでしょう。
 誤解が発生したのは,退職所得控除についての議論も併行してなされていたからです。現行の退職所得控除については,上記の政府税調の文書では,「退職金は,一般に,長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに,退職後の生活の原資に充てられる性格を有しています。このような退職金の性格から,一時に相当額を受給するため,他の所得に比べて累進緩和の配慮が必要と考えられることを踏まえ,退職所得については,他の所得と分離して,退職金の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1を所得金額として,累進税率により課税されます(2分の1総合課税)(個人住民税は比例税率)。退職所得控除は,勤続年数 20 年までは1年につき40万円,勤続年数20年超の部分については1年につき70万円となっています」が,「現行の課税の仕組みは,勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態を反映したものとなっていますが,近年は,支給形態や労働市場における様々な動向に応じて,税制上も対応を検討する必要が生じてきています」と書かれています。これについては,「三位一体の労働市場改革」では,「退職所得課税については,勤続 20年を境に,勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ,これが自らの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある。制度変更に伴う影響に留意しつつ,本税制の見直しを行う」と明確に改革の姿勢を示し,また骨太の方針でも,「自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた『モデル就業規則』の改正や退職所得課税制度の見直しを行う」としており,実際「モデル就業規則」の改正はすでに前月実施されているので,退職所得控除についても,勤続20年超の部分の控除額の引上げをなくすことが,近いうちに実行されるのではないかという不安が出てきているのでしょう。こちらは「火のない所の煙」ではありません。
 野党は,退職金税制の話に,通勤手当の話を無理矢理くっつけて,「サラリーマン増税」といったネーミングをつけて,政府批判をしようとしている印象があり,かつてホワイトカラー・エグゼンプションを「残業代ゼロ法案」というネーミングで攻撃したことを想起させます。
 個人的には退職所得税制の改正(改悪)はとても困るし,大衆迎合の岸田政権によって実施されたら嫌だなと思うところもありますが,政策としては,いつかは退職所得について,現在の分離課税であることも含め,徹底的に見直すことが必要であると思っています。退職金のあり方が今後激変することが予想されるなか,それをふまえた政策論議をしなければなりません。退職金のことについては,ビジネスガイド(日本法令)で連載している「キーワードからみた労働法」の最新号でも論じているので,関心のある人は読んでみてください。

2023年8月 5日 (土)

環境政策について思う

 今日は用事があって外に出なければならなかったのですが,あまりの暑さに,このままだと倒れるのではないかと感じるほどでした。これまでの人生で感じたことがないような暑さによるダメージを受けた気がします。
 これが地球温暖化の影響なのかは,よくわかりません。地球温暖化はフェイクだという議論もあるようで,私はそうした議論には反対ですが,肝心の科学者の意見も分かれているようです。そうなると,政府がGXの実現ということで,特定の対策に予算をどんどん使うことは危険です。ほんとうに環境問題の解決につながるかよくわからないものもあるからです。再生エネルギーも,そうです。
 少し前のことになりますが,テレ東のWBSで,ある不動産会社が,建造物の屋上に太陽光パネルを設置することに力を入れていることが紹介されていました。再生エネルギーの推進に協力し,CO2削減に貢献する取組をしている企業として,十分にアピールできると考えているようですが,個人的には,太陽光パネルについては,その廃棄方法が十分に確立していないのではないかという疑念があり,その点が説明されていなかったので,簡単には評価できないところがあります。
 また,洋上風力発電については,国会議員の贈収賄問題も起きてしまいました。検察が捜査中ということなので,まだ真相はわかりませんが,報道によると,国会議員が,企業から金をもらい,国会で,その企業に有利になるような質問をしていたそうです。こういう場合,所属する自民党は,国会議員の出処進退は個人で決めるものと言って,党の責任を曖昧にしがちですが,自民党の議員として国会で業者に有利になるような質問をしていて,その行為が贈収賄に関わっているとすると,自民党の党としての責任を免れることはできないでしょう。収賄を本気で重い事柄と考えるならば,党幹部の誰かが責任をとらなければ,おさまらないはずです。
 さらにこの議員は,自民党の再生可能エネルギー普及拡大議員連盟の事務局長もしていました。議連にはいろんなタイプのものがあり,Wikipediaの「議員連盟の一覧」をみると,その多さに驚きます。そこにはたんなる同好会的なものから,政策立案に関するなど政治的な色彩が強いものもあり,後者については,やや要注意かもしれません。こういう議連は,政治家が,業界団体などを呼びつけてヒアリングをし,業界団体に対して政治家の影響力を示す絶好の機会となっているようにもみえます。業界団体も,その業界に関連する議連ができることを歓迎することがあるでしょう(どの政党に属する議員かにもよるでしょうか)。そのようななかから,政治家と業界団体との癒着が生まれ,立法過程を金で歪めることも起こりえて,今回の事件は,そういうものである可能性もあります。政策形成にかかわる議連には,その分野を主管する関連省庁もくっついていることが多いでしょう。役所が背後できちんとコントロールして対応している場合もあるでしょうが,役人は議員には頭が上がらないので,議員が暴走すれば止められないですよね。
 いずれにせよ,環境政策が,ビジネスや利権といった思惑から,金で歪められるのは不幸なことです。地球温暖化フェイク論にも勢いを与えてしまいそうです。政府はGXに取り組むのは結構ですが,いたずらに予算をつけるのではなく,(見解が分かれているとしても,できるだけ)科学的な根拠に基づいて,環境問題対策に必要なことは何か,そのために具体的にどのように税金を使うのかということを,ごまかしなしに,わかりやすく説明して,私たち国民を納得させてもらいたいです。

2023年6月13日 (火)

育児とテレワーク

 育児とテレワークの相性の良さは,ずっと指摘してきたことですが,ようやく政府もその方向に動こうとしているのかもしれません。今日の日本経済新聞は,「育児期,働き方柔軟に」というタイトルで,厚生労働省の会議で,育児と仕事の両立が一段とやりやすくなるよう制度を盛り込んだ報告書案が出されたと報じていました。おそらく,この会議とは「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」であり,報告書案をみると,「子が3歳になるまでの両立支援の拡充」として,「現在,努力義務となっている出社・退社時間の調整などに加えて,テレワークを企業の努力義務として位置付けることが必要である。」とし,また「短時間勤務が困難な場合の代替措置の一つに,テレワークも追加することが必要である。」と書かれています。前者は,育児介護休業法2412号で,子が1歳から3歳に達するまでの子を養育する労働者について,育児休業に関する制度か始業終業時刻変更等の措置に準じるものを講じることなどが努力義務として定められているので,これにテレワークも追加するということだと思われます。後者は,3歳に満たない子を養育する労働者について認められている,所定労働時間の短縮措置について,例外的にその適用対象外となる場合に,フレックスタイム制,始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ,事業所内保育施設の設置運営などの便宜供与のいずれかを講じなければならないとされています(育児介護休業法232項,同法施行規則742項)が,その選択肢にテレワークを追加することだと思われます。
 また報告書案では,「子が3歳以降小学校就学前までの両立支援の拡充」として,「業種・職種などにより,職場で導入できる制度も様々であることから」として,短時間勤務制度,テレワーク(所定労働時間を短縮しないもの),始業時刻の変更等の措置(所定労働時間を短縮しないもの。フレックスタイム 制を含む。),新たな休暇の付与(子の看護休暇や年次有給休暇など法定の休暇とは別に一定の期間ごとに付与され,時間単位で取得できるもの) などの柔軟な働き方を措置する制度の中から,事業主が各職場の事情に応じて,2以上の制度を選択して措置を講じる義務を設けることが必要である」とされていて,これは育児介護休業法2413号の強化をめざすものと思われます。
 ということで,テレワークが,育児期の労働者に対するサポートの手段として認められるのは望ましいと思いますが,「異次元の対策」というなら,もっとテレワークの地位を高めてもいいでしょうね。少子化の直接的な対策となるかはさておき,育児期の労働者にとって在宅勤務のテレワークは最も助かるものと思われるので,育児期の労働者にテレワークを認めた事業者への補助金(同僚の負担増に対する手当として使えるようにするなど)を認めたり(もしかしたら,そういうのはすでにあるのかもしれませんが),所定労働時間の短縮かテレワークの請求を選択的に認めたりすることもあってよいように思いますが,どうでしょうね。

2023年6月 4日 (日)

少子化対策と時間主権

 出生率が1.26という数字は少子化という点では危機的な数字ですが,その原因を十分に分析しないまま,財源の議論もせず,ただなんとなく金をばらまくという政治は許してはなりません(63日の日本経済新聞の社説の「少子化を克服する道筋も財源も見えない」も参照)。現在の子育て世代にお金をばらまくのは,もらうほうとしては嬉しいかもしれませんが,これで少子化の対策になるとは思えません。これから子どもをもつかもしれない世代からすれば,こんな財源無視の政策が長続きするわけがなく,強行すれば,その負担は自分のほうに返ってくるので,結局,子どもを育てる余裕をもてなくなると思うでしょう。しかし,よく財源を後回しにしたような無責任な政策を堂々と公表できるものですね。あきれてしまいます。
 日経の同日の記事「少子化,見えぬ反転 働き方改革は官民進まず 若者の不安払拭急務」も重要で,そのなかで,小峰隆夫氏は,「本当の病気は古い雇用慣行などにあり,少子化は副作用だ」と指摘しています。若者世代における時間と金銭の余裕のなさが少子化に影響していることは否定できないでしょう。ただ,これが非正社員の正社員化や賃上げという対策に安易に結びつきやすい点は要注意です。
 少子化対策のことは,これまでもいろいろ書いてきましたが,結局のところ,いかにして国民が時間主権を回復するかが最も大切ではないかと思っています。私生活にかける時間が増えることは,それだけで少子化対策として十分というわけではありませんが,それなしでは少子化は実現しにくいでしょう。では,人々はどうしたら時間主権を回復できるのでしょうか。すぐに思いつくのは労働時間の短縮ですが,それだけでは,時間主権の回復に直結するわけではありません。自分の時間を労働に多く使いたいという人もいて,これも本人の時間主権として認められるべきだからです。
 ただ,私生活に時間をかけたいと思う人にとって,公的な面からその実現について制約がかけられているとすれば時間主権に関係します。労働時間数で社会保険や雇用保険の加入資格が決まるというのは,時間主権への制約機能があるかもしれませんし,不可欠な行政手続が役所の非効率性のために国民の時間を奪っていたり,公的な医療サービスの非効率性から,病院などでの長時間の待ち時間があったりすることもまた,時間主権を制約しているといえます(霞が関の役人が国会議員へのレクのために時間をとられるというのもまた,役人たちの時間主権の制約といえます)。このように考えると,人々が時間主権を自由に行使することを奪っている可能性がある種々の制度的要因を洗い出すことが必要であり,それが実は一見遠回りであるようですが,少子化対策にもつながりうると思っています。人々が,「この時間は無駄だよね」というのがどんどん減っていくと,もっと余裕のある生活ができるようになり,子どもが増えやすい状況が生まれるような気がします。

2023年5月18日 (木)

人口推計への疑問

 国立社会保障・人口問題研究所が発表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」に対する疑問を取り上げた,制度・規制改革学会の「年金分科会」の動画(2023年 人口推計の問題点)を視聴しました。426日に公表されたこの人口推計について,まずこの時期が統一地方選挙後であり,政府が公表時期を操作したのではないかということが複数の参加者から指摘されました。本来1月に公表すべきものを,4月に遅らせる理由はとくになかったわけで,ここに政府の意図が感じられるというのです。たしかに統計の信用性という点でも,できるだけ公表時期は決まった時期にしておくべきであり,それが政府の都合で左右されるということがあれば,そのこと自体,統計の信用性を揺るがすことになります。
 統計の内容については,外国人が増えることを想定した人口推計をしていることについて疑問が出されました。外国人が増えるというのは,外国人労働政策と密接に関係しますが,その分野の専門家がいないまま,適当な希望的観測が入ってしまっているのではないか,ということです。一時的に外国人が増えるとかそういうことではなく,政策として外国人労働者や移民問題についての対応を明確に決めなければ,将来の人口推計に外国人のことを取り入れることなどできっこないということでしょう。
 また,出生率の改善の見込みについても疑問が提起されていました。2070年に1.36とされていますが,2021年の1.30より増えるという見込みです。しかし,未婚化がどんどん進むと予想されることをどう考えるのか(これは日本では少子化に直接影響します),また外国人がかりに増えるとしても,ほんとうに少子化の改善となるほど定着してくれるのか,ということも問題となるでしょう。
 人口がどうなるかという単なる予測だけであれば話のネタ程度でいいのですが,重要なのは,これが年金制度における政策決定の資料に利用されるということです。人口減少を甘くみると,つけを払うのは,将来世代です。これまでもほとんど出生率の予想ははずれていたのであり(高すぎる予想であった),その反省もないままやっていることを八代尚宏先生は強烈に批判されています。この動画は,ぜひ多くの人に視聴してもらいたいです。
 今後,未婚世代は増え,少子化は著しく進行し,外国人も日本の少子化を改善するほどは定着せず,ましてや年金保険料を支払ってくれるほどの定着は期待できないと考えておくのが,現実的なシナリオであり,それをベースにすれば,どのような年金制度にする必要があるのかということこそ,国民がほんとうに知りたいことでしょう。この動画をみて,政府サイドも反論があれば,ぜひやってもらって,私たちの子や孫の社会保障制度に対して責任をもった議論をできるようにしてもらいたいです。
 なお,未婚化については,荒川和久・中野信子『「一人で生きる」が当たり前になる』(2020年,ディスカヴァー・トゥエンティワン)が,おそろしい内容ですが,勉強になります。

2023年5月17日 (水)

東京新聞登場

 5月13日の東京新聞にAI関係の記事(「AIに仕事が奪われる? 働く者たちの未来はどこへ 創作活動もデータ合成で…その対価は」)のなかで,私のコメントも出ています。前日に電話取材を受け,すぐに記事になりました。AIと雇用のことですから,私としてもいろいろ考えることはあり,授業の合間の30分間でしたが,質問にお答えしました(そのうちのごく一部分が記事になりました)。
 ChatGPTやBardの登場によりAIと雇用という問題は,新たな段階に入ったかもしれません。当分は,このテーマについて,エッセイ的なものの執筆が続くでしょうが,そのうち『AI時代の働き方と法』(2017年,弘文堂)のその後,というようなものを書く必要が出てくるかもしれませんね。基本的には,当時から予想されていたことが起こっているのですが,自然言語処理の社会実装は,少し予想より早かったです。これまでは,AIの雇用への影響については,少し悲観的な予測をもって臨むべきだと述べていましたが,悲観の程度を少し高めなければいけないでしょう。
 教育も雇用も,もはや生成AIを無視して議論をしていくことはできません。いろんな人がリスクを指摘していますし,もちろんリスクは大きいのですが,それに対応することはできるはずです。ビジネス界からの声は,競争に出遅れた人が追いつくために,先頭集団のスピードを弱めようとする狙いもあるので,ここはできるだけビジネスとの利害関係がない人(研究者など)に客観的な議論をしてもらえればと思います。また研究者であってもビジネス親和的な人とそうでない人もいるので,できればそうでない人も入って公平な議論をしてもらいたいです。規制される側のOpenAIのCEOであるAltman氏からはライセンス制の導入提案がされていますし,AIにより生成されたものである場合は一種の「原産地証明」を義務づけるなどのアイデアもありますが,そういうものを含めて建設的な議論を期待したいですね。
 雇用政策に関心をもっている私たちは,AIの開発が止まらず,社会実装もどんどん進むという前提で議論をする必要があります。記事では,雇用面への考慮が,AIの議論において少ないのではないかという私のコメントが使われていました。実際,少し前まではSFの話であったことが現実化していく社会の到来が間近に迫っているなか,人はどのように生き,働くのか,ということを真剣に考えなければなりません。教育の現場でも,やることを根本から変えなければなりません。政府も,危機意識をもって動いてもらいたいところです。これは何度も繰り返して訴え続けたいと思っています。

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