政策

2023年3月18日 (土)

子育てとテレワーク

 岸田首相は,子育て政策を中心に据えて支持率の回復に向けて活路を見いだそうとしているようです。子どもを大事にする政策は,昨日も書いたのですが,バラマキやイメージ戦略だけにとどまるのであれば困るのですが,そうでない本当に役立つものであれば大歓迎です。神戸市と隣の明石市とを比較して,育児世代においては,明石市の取組みが魅力的で(https://www.city.akashi.lg.jp/shise/koho/citysales/index.html ),ちょっと田舎というイメージの明石市(明石市民の方,スミマセン)にでも住みたいという人が多いように思います。収入的にまだ十分に高くない若い世代において,子どもが一人生まれたときに,急に負担が重くなるのは辛く,そこで自治体からの助成があれば助かるのは当然です。泉房穂・明石市長に対しては毀誉褒貶が激しいようですが,私は応援したいですね。財源と給付を明確にして,そのうえである程度のリーダーシップをとって実績を上げるというのは,当然やるべきことですが,簡単なことではありません。もちろん,明石市も,どこかに負担がかかっていて,その問題点がいつかは顕在化するかもしれませんので,最終的な評価がどうなるかわかりませんが,何かやってくれそうな市長という点で,私は明石市民ではありませんが,関心をもってみています。加古川市長とやりやっているようですが,それも含めて,良い意味での競争をしてもらえればと思います。泉さんは,政治家を辞めるそうですが,このままあっさり引っ込むとは思えませんね。彼のような人を必要としているところは,多いでしょう。
 ところで,今朝の日本経済新聞で「女性の力が生きる地方議会に」というタイトルの社説がありましたが,問題意識は私も共有しています。子育ての問題も含めて,女性の視点を政治や行政の場でもっと反映させたほうが,大きな改善を期待できます。そして,子育ても,女性の地方議会進出も,テレワークが重要なポイントになると考えています。
 テレワークをうまくできれば,賃金を減らさず,キャリアを中断せず,仕事を継続できます。収入不安の問題がなくなるのです。現状では,テレワークができない企業や業種や職種も多いのでしょうが,ここにもっと力を入れるべきなのです。これが子育て問題への対処として最も効果的なものだと思っています。地方議会についてもテレワークの効果は大です。テレワークにより,地方政治に関心をもつ人が増えると思われるからです。自分の家にいる時間が長くなれば,住む地域の問題への関心が高まり,そうしたところから,地方政治の活性化が生まれるのだと思います。そして,女性はもともと男性よりも家にいる時間が長かったとすれば(それが良かったかどうかはさておき),そうした女性が地方政治に参加しやすくするようにすることもまたとても大切です。女性やテレワークにより居住地に戻ってきた男性・女性が増えることが,自分たちの住んでいる地域を良くするためにも必要なことなのです。かりに女性が家事に忙しいとしても,やはりテレワークができれば,議員活動をしやすくなるでしょう。
 ということで,子育て問題の解決についても,地方議会の問題についても,テレワークの推進をぜひ政策課題に入れるべきです。しかし,政権中枢にいる人は,誰もテレワークをしていないでしょうから,そういう問題意識は出てこないかもしれませんね。

 

2023年3月17日 (金)

アベノマスクと良い政治

 一昨日の晩は,鼻が苦しくてよく眠れなかったので,昨晩はとにかく眠らなければしんどいということで,葛根湯,パブロン,喉のトローチ,ヴィックスヴェポラップ(使用期限を大幅に経過しているのですが…)を総動員し,さらにあのアベノマスクをつけて眠ることにしました。それぞれが,どの程度,効果があったのかわかりませんが,昨晩はそれほど苦しまずに眠ることができました(しかし,今日は咳が少しひどくなっています)。マスクをして寝るのは,耳が痛くなるので,これまで避けていましたが,意外に大丈夫でした。アベノマスクに,ようやく使い道がみつかってよかったです。あの小ささがちょうどよかったのですが,とはいえ,日常つけるには適さないのであり,あんなマスクを大量にばらまくという馬鹿なことをよくやったものです。
 政府は,国民は何かばらまけば喜ぶと思っているのでしょうかね。確定申告をする時期は,毎年,税金を払っている人(還付を受けている人もいるでしょうが)にとって,税金のことを改めて感じる時期となるでしょう。今朝の日本経済新聞で,育休夫婦の収入を実質全額保障するという方針を政府が打ち出すことが書かれていましたが,財源は今後詰めるということで,これは空手形のようなものです。財源を決めてから発表してほしいですね。最後はやはり雇用保険制度のなかでということになるかもしれませんが,この制度は労働者拠出もあるので,最後は労働者の負担にかえってきます(企業負担もあります)。それでもいいですよね,という問いかけをすべきでしょう。首都圏の鉄道会社が,バリアフリーの推進に使う財源のために運賃を10円値上げするということが報道されていましたが,こういうのであれば,国民の多くは負担に納得するでしょう。
 政府は,給付を寛大にする前に,納税者や保険料の負担者に了解を得ることが必要です。自分のポケットマネーではないということを,しっかり自覚してもらう必要がありますね。ほんとうは野党がチェックすべきなのでしょうが,野党もバラマキ系なので,政治家に任せていると,バラマキ合戦が起こるだけです。だからこそ,もう野党には期待せず,与党の自覚に期待したいと思っています。与党の政治家のなかにも,財源を考えたうえでの本当の意味で国民のためになる政治をしたいと考えている良心的な人はたくさんいると信じたいです。甘いかもしれませんが。

 

 

2023年2月16日 (木)

リスキリング政策

 内閣官房の新しい資本主義実現本部が出している基礎資料をみましたが,まだ「非正規労働者の賃金を上げていくためには,同一労働・同一賃金制の徹底した施行が不可欠」という間違った政府方針を掲げていますね。非正社員の賃金は外部労働市場で決まるので,政府は産業政策で対応すべきであり,同一労働同一賃金では改善しません。いつも書いていることです。
 資料で興味深いのは,雇用保険の失業給付について自己都合離職の場合にも早期に受給できるようにする議論がでてきていることです。失業給付では,モラルハザードを避けるために,自己都合離職の場合に一定の不支給期間を置いているわけですが,それを短縮ないし撤廃しようとする動きがあるようです。収入面の不安なしに,積極的な転職ができるように後押しをしようということでしょうが,雇用保険制度の枠内で自己都合離職の場合の給付の受給要件を緩和することには問題がありそうです。転職支援は,雇用保険とは別の制度で財源も別にして行うべきではないでしょうか。
 一方,労働移動の促進自体は望ましい政策ですが,解雇規制の見直しとセットにしてやるべきであり,そこにふれないのは非常に問題があります。一方でリスキリング(資料では「リ・スキリング」と書かれています)については,どういうわけかデンマークのことが採り上げられていて,それを参考にしようとしているようです(かつてのflexicurityの議論を想起させます)が,人口も経済規模も国民性も違う国の制度を参考にする際には,慎重であることが必要でしょうし,いずれにせよ,きちんとした法学者を入れておかなければ変な制度ができてしまうおそれがあります。もし学生がデンマークを比較法の対象国とする論文を書いたとすれば,なぜデンマークかについて,かなりしっかりした説明がされていなければ,まともな論文としては取り扱われないでしょう。
 在職の学び直しの支援については,企業を通じたルートと個人に直接行うルートがあり,岸田首相は後者を重視する方向を示したと報道されています。私はリスキリングは,そもそも企業にやらせることに限界があるとする立場です。東京大学の川口大司さんは,昨年63日の経済教室で,次のように書かれていました。
「企業が訓練機会を提供しようとしても,人工知能(AI)スキルのような汎用性のあるスキルについては,社員が他の企業に引き抜かれてしまうため,投資費用を回収できないと考える向きもあろう。実際に伝統的な労働経済学はそう考えてきた。だが近年の研究では,労働市場は非流動的で,そこまで激しい人材の引き抜きは行われていないとの議論がエビデンス(証拠)ととともに展開されている。」
 これは重要な指摘です。私は伝統的な労働経済学に依拠して議論してきたわけですが,ほんとうは労働市場が流動的かどうかで結論は変わるということです。実際,流動性の低い大企業でのリスキリングはかなり効果があるようです。終身雇用を期待して入社して,潜在的能力も高い人材に対して,企業が本腰を入れてリスキリングをすれば,有為な人材に生まれ変わり,さらに賃金制度の見直しもなされていけば,こうした人材の賃金上昇につながります。このシナリオは,少なくとも大企業にはあてはまりそうです。問題は,中小企業です。そこでは企業内でのリスキリングに期待することはかなり難しいでしょう。
 そういうなかでの,今回の岸田首相の流動化促進政策です。もし大企業でも流動化を進めようということになると,やはり企業内でのリスキリングは進まなくなる可能性があります。そうなると,リスキリングの支援も,企業を通じたものよりも,個人にダイレクトにするもののほうがよさそうです。
 昨年の政府税調でプレゼンをした際に感じたのは,政府は,企業にもっとリスキリングに取り組んでもらわなければ困るというスタンスで,私にもそういう趣旨の発言を期待していたようですが,私は企業のリスキリングに期待できないという逆の立場でした。しかし現在,ひょっとしたら,政府は,労働市場の流動性と企業内リスキリングの潜在的な対立に気づき,リスキリングについて政策転換をしようとしているのかもしれません。

2023年2月 6日 (月)

同一労働同一賃金では格差はなくならなかった?

 24日の日本経済新聞の朝刊で,「非正規の待遇改善を今こそ」というタイトルの社説が出ていました。春季労使交渉が始まるなか,非正社員の処遇の改善は,政府にとっても重要なテーマとなっています。賃上げによる物価高の補填,景気の浮揚などを目指して,賃上げは政府の政策の重要な柱となっています。エコノミストも賃上げに向けた大合唱です。たしかに,この時期に労働組合が賃上げを実現しなくては,どうしようもありません。いまは経団連も賃上げに理解を示す状況なので,絶好のチャンスでもあります。ただ経団連は中小企業の事情をどこまで考えているのかは,やや心配です。また賃上げは物価高をもたらすので,経営者は,継続的な賃上げへの覚悟が必要となります。
 ところで,ここで振り返っておきたいのは,あの働き方改革でやろうとした日本版の「同一労働同一賃金」は何だったのかということです。2012年の労働契約法の改正の際に導入された旧20条が出発点で,短時間労働者法を改正して2018年に制定された短時間有期雇用法8条に引き継がれています。「同一労働同一賃金」は,改正労働契約法が施行された20134月から,10年が経過しようとしています(改正短時間有期雇用法8条の施行が大企業は2020年4月,中小企業は2021年4月であったので,そこから起算している人もいるかもしれませんが,それは間違いです)が,不合理な格差を禁止して格差是正を目指すという課題は,解決できなかったということではないでしょうか。私は,中央経済社から『非正社員改革』(2019年)を上梓しましたが,そのときのサブタイトルは「同一労働同一賃金では格差はなくならない」というものでした。非正社員の労働条件の状況を放置してはならないのは当然ですが,それは,同一労働なのに賃金に格差があるといった「正義」の観点から切り込むのではなく,貧困の問題として,社会保障政策で対処すべき問題であるというのが私の年来の主張です。そして貧困の原因となる技能不足の問題の対処こそが本丸の政策であるということもまた私の主張でした(同一労働一賃金への疑問は,拙著の『雇用社会の25の疑問』(弘文堂。初版は2007年)や『雇用改革の真実』(2014年,日本経済出版社)でも書いていました)。
 現在の岸田政権が,リスキリングに着目し,また130万円の壁の撤廃に取り組もうとするのは,その点では正しいことなのです。リスキリングは,広い意味では非正社員の職業訓練も含むことであるし,また130万円の壁は,賃金を上げても就労調整するので所得は増えないということで,これは広い意味で貧困の問題なのです。貧困の問題は,賃金ではなく,所得補填の施策で対応しなければならないのです。また,正社員との格差是正という間違ったスローガンは,賃金などの労働条件の水準だけを問題とするものですが,なぜ賃金が上がらないか,労働条件が改善しないかという根本の問題に手をつけなければ,非正社員の処遇は改善しません。さらにデジタル時代ですので,それを組み入れた政策でなければなりません。デジタル技術を活用した省力化・省人化の影響を真っ先に受けるのは非正社員です。これからは,デジタル化により,単純労働は減り,高付加価値の人間の仕事が相対的に増えるので,賃金は上がるでしょう。しかし,その賃上げの恩恵に浴することができるのは,高いスキルの労働者だけです。非正規「雇用」に着目するのは間違いで,大切なのは,「労働者」個人なのです。非正社員であろうと正社員であろうと,デジタル時代に対応したスキルを習得しなければ,高い賃金は期待できません(というか非正社員や正社員という区別自体がなくなっていくのです)。130万円の壁が問題であるのは,こうしたスキルの習得へのインセンティブをそぐ面があることです。民間企業の扶養手当も,連動していることがあるので,そうなるとこの壁の影響は大きいものです。
 賃金という目先のことにこだわってきた政策では何も実現できません。個人のスキルアップをどうすればよいかを考える政策こそ求められているのです。こうした問題を考えていくうえで,いまこそ拙著を多くの人に読んでもらって問題意識を共有してもらえればと思っています。

 

2023年1月13日 (金)

少子化対策

 岸田首相は,その言葉は撤回したのかもしれませんが,多くの人が違和感を覚えたであろう「異次元の」少子化対策。岸田さんは,大言壮語が多いようです。「新しい資本主義」もそうです。とりあえず何かやっている感を出して,詳細は後付けで考えるという杜撰な政策が多いのではないでしょうか。
 それにしても,「異次元」というのは,日銀の黒田総裁の金融政策の「異次元緩和」が失敗に終わったとみられているなかで,また同じ「異次元」という言葉を使うセンスの悪さには,あきれてしまいます。
 ところで,日本経済新聞の15日の「エコノミスト360°視点」で,中空麻奈氏が,少子化対策として,①経済支援の見直し,②育児休業の柔軟性の向上,③教育の改革,④現物給付の一環としての住居費の負担(住宅の提供)を挙げていました。
 ②については,「真に必要な育休は夫婦の一方がピンチの時に,機動的に取れるものではないか。男性育休の取得率という数値だけを競うような風潮には違和感を覚えてしまう」と書かれています。通常の勤務態勢において育休を機動的にとれるようにすることは,かなり難しいような気もします。テレワークの推進が,この問題の解決にも有効でしょう。男性の育休取得率の数値争いの不毛さについては同感です。
 ③は教育費の負担のことのようです。主張内容には,よくわからないところもあったのですが,教育費を引き下げることは,この国の教育の重要性という観点から必要な政策であり,少子化とは無関係に進めるべきでしょう。
 ④の住宅提供は重要です。今後,空き家が増えていくことも予想され,住宅状況は改善する可能性もあります。「空き家をリノベーションし,子育て世帯に格安で貸し出すのはどうか」というのは面白い提案です。
 エコノミストの方の話なので,全般的にお金の話が多くなっているのですが,それに乗って言うと,不妊治療への助成が重要でしょう。不妊の人が増えていると言われていますが,不妊治療の費用はものすごく高いようです。助成金は,最近導入されていますが,それをより拡充して,子どもを欲している人が,もっと子どもを持ちやすくする施策は,少子化対策に効果的だと思います。子どもを欲しようとする方向へのインセンティブよりも,子どもをすでに欲しようとしている人が,お金の問題で不妊治療の開始や継続を断念したりしないですむようにすることのほうが,施策に無駄はなく,効率的な気がします。不妊治療は現実にはお金持ちしかできないところもあり,贅沢なことというイメージもありますが,それが誰にでもできるようにすることが大切なのです。

2023年1月 5日 (木)

小塩さんの論考に学ぼう

 昨年1221日の経済教室に,小塩隆士さんの「あるべき社会保障改革(上) 支え手増加の勢い 後押しを」が掲載されていました。社会保障財政の支え手として高齢層が貢献しているというデータを示し,少子化対策のような,時間もかかり効果も不明な政策に頼るよりも,「人々が支え手として無理なく社会に貢献できる仕組みを構築することだ」という提言は,きわめて重要だと思います。「年齢とは関係なく,負担能力に応じて負担を求め,給付も発生したリスクへの必要性に応じたものとするという方針が基本となる」のであり,「将来世代に不要な負担をかけないためには,世の中の支え手を増やし限られた財源を大事に活用するという,よく考えれば当たり前のことを意識的に進めるしかない」というのは,よくかみしめておくべきことだと思います。フリーランス政策も,支え手を増やす政策の一環として位置づけるべきであり,またフリーランスへの社会保障も,雇用や自営に関係なく,応能負担と必要性に応じた給付をするという制度設計を構築する方向のなかで,検討が進められるべきだと考えています。
 政府は,経済学者の意見をよく聞きながら政策立案をしてもらいたいものです。

2022年10月30日 (日)

「法の支配」207号に登場

 「法の支配」207号に拙稿が掲載されました。「環境変化の中での労働法の課題」というのが特集テーマで,そこで私はDX関係のテーマを割り当てられました。すでに数多く書いているテーマなのですが,今まで寄稿したことがない雑誌であり,また執筆陣が豪華であったので,そこに加われるのは光栄なことだと思い,お引き受けしました。
 何が環境変化を引き起こしているのかというと,それはコロナではなく,デジタル技術であるというのが私の持論ですが,でもコロナはいろんな問題をあぶり出す機能もあります。その点で,この雑誌のなかで濱口桂一郎さんが執筆されていた「新型コロナウイルスと労働政策の課題」は,問題が紹介されていて参考になります。
 私が寄稿した論考のタイトルは「DXのもたら影響と労働政策の課題」というものですが,実は当面の労働政策の最も深刻な課題は,コロナ禍での雇用調整助成金などの種々の助成金の大盤振る舞いで,自立性がゆるんでしまった経営マインドをどう立て直すかです。国の助成で雇用を維持して経営するという時代ではないのです。私は雇用維持型の政策からの転換の必要性をずっと訴えていますが,濱口さんの『日本の労働法政策』(JILPT236頁以下でも詳しく説明されているように,国の政策レベルでは,実際には,労働移動促進政策への移行はされてきたようです。そういうなか,コロナ禍で緊急避難的な雇用維持型の政策が復活してしまいました。上記の経営マインドの弛緩だけでなく,雇用保険の財政面や国庫負担の増大という問題も起きています(今日も雇用調整助成金の巨額の不正受給のことが報道されていましたね)。一方で,岸田政権は,労働移動政策に力をいれるような態度だけは示していて,ジョブ型やリスキリングにも言及するのですが(そのことは評価できるとしても),いまなお残っている雇用維持型政策との折り合いというか,その出口をどうみつけるかということについては,どうするのかよく見えてきません。そこをきちんとやってもらわなければ,DXに向けた政策課題を論じるまえに,日本は沈没してしまいかねません。流動化政策(労働移動促進政策)をきちんと立て直し,一貫した体系的な政策をたて,何が本筋で,何を緊急対応でやるのか(その出口も明確にしなければなりません),ということを示してもらいたいです。そこがしっかりしてはじめて,本格的なDX時代の労働政策を論じることができるのです。岸田政権の支持率が下がっているのは,労働政策・雇用政策に明確なビジョンがないことも大きいと思います。
 ところで,「法の支配」という雑誌名ですが,個人的には,「法の支配」は,「人の支配」のアンチテーゼにすぎず,それはよいとしても,法が出しゃばって社会を「支配」することはよくないと考えています。いかにして法がそれほど前面に出ずに(国民と寄り添いながら)社会を治めていくかを考えるのが大切なのです。今回の論考では論じていませんが,デジタル時代に合った法の役割というものが重要だと考えています。私の行為規範を重視する議論も,それと関係しています。 

2022年10月18日 (火)

リスキリング

 リスキリングがバズっていますね。岸田首相が「人への投資」を打ち出して多額の予算がつきそうなので,そこにビジネスチャンスをみた企業が色めき立っていることでしょう。
 リスキリングは,すでに仕事に就いていて,これまでのアナログ時代に蓄積したスキルが今後使えなくなるかもしれない人たちにとっての雇用維持策という面があります。その重要性は否定しません。デジタル時代における雇用政策は,二つの異なることをしなければならないのです。一つは,今後本格的に始まるDX時代に備えて,より創造性のある仕事に従事できるような人材の育成ということです。これが私がいつも主張する教育政策であり,職業教育の重要性というのもこの話です。もう一つは,現在の40歳代から上の,今後の急激な変化に対して雇用を失う危険性がある人たちをどうするかです。年齢が上にいけばいくほど,政府が生活の面倒をみなければならない可能性が高まりますが,それでは困るので,なんとか自立できるようにするために「人への投資」をする必要があるのでしょう。具体的には,新しい技術環境に適用できるようなスキルを身につけてもらう必要があります。政府もその重要性を感じてリスキリングに力を入れるようになったということですが,政府みずから実施するのではなく,企業に対して,現在の従業員に行って失業者が出ないようにしてもらうということが中心となるのでしょう。幸い,オンライン教育などの自学用のプログラムもあります。これは,現在のリスキリングだけでなく,個人が今後常にスキルのブラッシュアップをしていかなければならない時代がくるなかでは中核的な学習方法となるものです。
 現実にはリスキリングといっても,まずは,かつて30年前にデスクの上に置かれるようになったパソコンを使えるようになり,ワードやエクセルを活用できるようになったというのと同じようなレベルのところから始まるのかもしれません。仕事の効率化のためのデジタル活用です。現在,日本ではデジタル化は遅れているので,これでも生産性はかなりアップするでしょう。しかし問題はそこから先です。この技術を使って,いかにして新しい価値を生み出すかが勝負です。その点については,リスキリングには多くの期待ができず,次のDigital Nativeの世代に任さざるを得ないのかもしれません。小学校でも,徐々にデジタル教育が進んできているようですが,文科大臣には最重要政策課題としていっそう積極的に取り組んでもらいたいものです。

2022年10月 4日 (火)

首相の所信表明演説

 臨時国会が召集され,岸田首相が所信表明演説をしました。そのなかで,「物価高・円安への対応」,「成長のための投資と改革」と並ぶ重点分野の一つに「構造的な賃上げ」が挙げられていました。「構造的」とは何だろうと思いましたが,日本経済新聞の今朝の朝刊では,リスキリングの1兆円パッケージは就職後に改めてスキルを高めた人材が成長分野に移り,生産性を高めて賃上げにつなげる好循環を狙い,「賃上げと労働移動の円滑化,人への投資という3つの課題の一体的改革に取り組む」と説明したとされているので,これが「構造的」ということなのかもしれませんね。
 人への投資⇒リスキリング⇒スキルアップにより,高い賃金を支払ってくれる企業に移動していくという流れは理想的ではありますが,このきれいなシナリオに欠けているのは,自分でキャリアを切り拓いていこうとする自立志向の労働者の存在です。職業教育というとリスキリングのような話になるのですが,これを成功させるために一番必要なのは,労働者の意識改革です。きれいなシナリオは,もちろんまず書かなければならないのですが,それだけでは社会は動きません。私は,そういう問題にずっと前にすでにぶつかっていて,新書などを書いていろいろ訴えてきたのは,労働者や国民に意識を変えたほうがよいというメッセージを届けたかったからです。光文社から20141月に刊行した『君の働き方に未来はあるか?』は,そういうメッセージを込めたものですし(昨年,大阪のある高校の国語の入試問題に使われたのを知って驚きました),文藝春秋から20192月に刊行した『会社員が消える』も同様です。もちろん,私の本くらいではインパクトが弱く,国民の意識改革には不十分でしょう。為政者からの力強いメッセージこそ必要なのですが……。
 また,首相は,年功序列的な職能給からジョブ型の職務給への移行も含め「企業間,産業間での労働移動の円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる」と話したと記事には書かれていました。まずは官邸がスローガンをぶちあげて,6月の閣議決定までに官僚にアイデアを出させるという,いつものパターンでしょかね。ただ,こういうやり方では,スピード感はでますが,促成栽培で内容がスカスカなものになりかねません。指針をバンバンだすというのは最近の流行ですが,じっくり構想を練って熟議した立法というものも,期待しています。

 

 

2022年8月13日 (土)

スタートアップの支援

 第2次岸田政権は,スタートアップ支援に力を入れると述べています。これは「新しい資本主義」の主要テーマの一つです。日本からGAFAが生まれるにはどうすればよいか,ということを考えて,そうした心意気で事業に取り組んでいる企業者(entrepreneur)たちをどう支援するかは,とても重要な政策課題です。政府の取り組んできたフリーランス政策には,こういう側面もあります。スタートアップも最初は個人事業主かその仲間たちからのスタートで,起業し,成功を収めてIPO(新規上場)に至ることになるのです。スタート時点での様々な負担を助成することが大切ですし(失敗すれば致命的な打撃を受けるということがないようにすることも含みます。その点は,政府が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で,「初期の失敗を許容し長期に成果を求める研究開発助成制度を奨励する」としているのは高く評価できます),そのなかに人を雇用するときの負担を緩和することもあってよいのではないか,というのが,経済同友会の「規制・競争政策委員会」の提言「創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長に向けて」のなかにある発想でしょう。
 スタートアップの支援には,基本的に賛成なのですが,そのための方法として,労働法規制の緩和をするのはハードルが高いのではないかと考えています。実は,私は約15年前に中小企業の適用除外について,神戸労働法研究会で共同比較法研究をしたことがあり,その成果は季刊労働法で連載されています(季刊労働法227号で私が総括論文を書いています)。
 あのときの研究成果は,いまなお有効であると考えており,スタートアップにおいて適用除外や特区的な扱いをするときに,どのような理論的な問題があるかを検討する際の参考になるのではないかと思っています。もちろん,そうした理論的な問題に関係なく,政治的なイニアシティブによりトップダウンで政策を断行することができないわけではないでしょうが,そういうことは「聴く力」を重視する岸田政権のカラーには合わないでしょう。
 適用除外構想に対しては,労働組合側が反対するのは当然予想されます。そうした反対は,たんなるポジショントーク的なものとはかぎらず,理論的な根拠もあるのであり,そういうものをふまえて,しっかり組合側とも対話して,スタートアップの支援をどうしていくのかを考えていく必要があります。
 私は,スタートアップの支援で問題となるような労働法の課題は,先日も書きましたように,そもそもすべての企業において問題となるものではないかと考えています。労働時間にしろ,解雇にしろ,規制の見直しが必要です。また,例えば,育児休業制度のようなものは,すべての企業に同じように導入を義務づけるのは行き過ぎではないかということは,拙著『人事労働法―いかにして法の理念を企業に浸透させるか』(2021年,弘文堂)で言及しています(203204頁)。
 規制緩和は必要だが,いきなり行うのは反発が強いので,まずスタートアップから始めようというのと,規制は維持されるべきだが,スタートアップには特別な配慮が必要であるから例外扱いをしようというのは,結果は同じですが,意味合いがかなり違います。前者は労働法そのものの見直しを志向するものですが,後者は現行労働法は維持しながら中小企業政策や産業政策の観点から例外的な規制緩和をしようとするものです。もしどちらかがよいかと問われれ私は私は前者だと答えるでしょう。
 ただ,私が提唱する人事労働法の立場は,スタートアップに雇用される人であろうと,それ以外の企業に雇用される人であろうと「納得」の要素を重視する納得規範を及ぼしていくべきというものです。スタートアップであっても,納得規範から免れることはできません。スタートアップが労働法規制を窮屈に感じるとすれば,それはその規制自体が硬直的であること,そして,そうであるにもかかわらずderogationの理論が十分に発達していないことにあります。納得規範は,これをふまえて,derogation の理論をさらに一歩進めたものであり,経営側と労働側にウイン・ウインをもたらすものだと思うのですが……。

 

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