映画・テレビ

2026年7月13日 (月)

信長ロス

 大河ドラマ『豊臣兄弟!』も,ついに本能寺の変の回を迎え,小栗旬演じる織田信長がその生涯を閉じました。明智光秀の謀反の原因については,古くからさまざまな説が唱えられており,私もこのブログで何度か取り上げてきました。しかし,今回の大河ドラマでは,信長を討った首謀者は,信長の弟・信勝の子である織田信澄であったという大胆なストーリーが描かれました。
 今回のドラマでは,秀吉・秀長兄弟との対比として,信長と信勝兄弟の関係が何度も描かれています。まさに「兄弟」が物語全体のテーマなのでしょう。
 信長は嫡男でありながら,母・土田御前にはあまり愛されず,むしろ弟の信勝こそ織田家の後継者にふさわしいと考えられていたと伝えられています。信長が「大うつけ」と呼ばれるような破天荒な振る舞いをしていた背景には,本来なら弟と比較されることへの反発もあったのかもしれません。
 もっとも,ドラマでは,信勝は兄・信長を心から慕っていた人物として描かれています。それにもかかわらず,信長は最終的に信勝を討つ決断をしました。そのことに深い後悔を抱いた信長は,その息子である信澄を我が子のように遇していきます。しかし,信澄は父を失った恨みを決して忘れてはいなかったというのが,今回の脚本の大胆な解釈でした。
 ところで,信長の家臣団というのは,父・信秀からそのまま受け継いだものではありません。多くは信長自身が登用し,育て上げた人材です。これは戦国大名のなかでは比較的珍しいことでした。秀吉が出世できたのも,こうした信長の人材登用のあり方があったからでしょう。
 つまり信長は,織田家の棟梁でありながら,肉親との激しい権力闘争を経て,自らの力で新しい家臣団を築き上げ,勢力を拡大していった人物だったのです。そのエネルギーは驚異的でした。しかし,同時に,どこか生き急いでいた人物でもあったように思います。
 信長の嫡男・信忠は,武将としても非常に優秀で,将来の当主として十分な資質を備えていたと評価されています。しかし,本能寺の変では,父とともに命を落としてしまいました。信長にとっても,自分と後継者が同時に討たれるという事態は,まったく想定していなかったのでしょう。信長だけでなく,後継者であった信忠も京都にいて,しかも本能寺の近くに宿泊していたことが,織田政権にとって決定的な不運となりました。現代でも,国家元首とその後継者が同じ飛行機に乗らないという慣行があると聞きますが,信長らも,まさかここで襲われると思っていなかったのでしょうね。
 もし信忠が京都に戻らず,徳川家康への対応のため堺方面にとどまっていたなら,日本の歴史は大きく変わっていたかもしれません。秀吉の天下も実現しなかった可能性があります。歴史に「もしも」はありません。ただ,一般には信長の死のことが言われますが,むしろ信忠が死ななかったらどうなっていたかという「もしも」のほうに興味があります。

2026年5月22日 (金)

三成登場(豊臣兄弟)

 NHKの大河ドラマ『豊臣兄弟』は,毎回楽しく観ています。かなり「暴走」しているドラマだという評価もできるのかもしれませんが,それがこの作品の魅力にもなっているのでしょう。そもそも主人公である豊臣秀長については,史料がそれほど多く残っておらず,若い頃の詳細な生い立ちもよくわかっていません。そのため,作家がかなり自由に物語を展開できる余地があるのでしょう。実際,今回のドラマでは,大胆な設定変更や脚色が次々と登場しているように思います。
 秀長の子で夭折した与一郎は,史実では実子であったとされているようですが,ドラマでは養子の扱いになっています。また,秀長の妻も,史実では慈雲院として知られている重要人物ですが,ドラマでは慶(ちか)という形でかなり大胆に脚色されています。もちろん,大河ドラマなのですから,ある程度の暴走は許されるでしょう。
 武田信玄が餅を詰まらせて死んだとか,お市が浅井長政の介錯をしたとかいう描写については,「たぶん違うだろう」と思いながらも,「絶対に違うと言い切れるわけでもない」という余地があります。その意味では,ドラマとしての大胆な解釈として楽しめますが,与一郎の件については,史実とのズレが比較的はっきりしているだけに,少しやりすぎではという印象を受ける人がいるのもわかる気がします。また,ちょっとした有名エピソードについては,かなり自由に処理されています。たとえば,秀吉の草履取りの話はありませんでしたし,石田三成の「三献茶」の逸話は採用されませんでした。代わりに,なんと家臣選考レースで勝ち残って秀吉に仕えるという,かなり大胆な設定になっていました(とはいえ,三献茶も実話ではないでしょう)。もちろん,これも完全な嘘と断言できるわけではありません。しかし,よくこんな設定を思いついたなと感心するくらい大胆であり,「まあ,面白いから許しましょう」ということになるのでしょうね。さすがに本能寺の変のような超重要事件については,そこまで大胆な解釈はできないでしょうが。

2025年7月24日 (木)

地震

 NHKの朝ドラ「あんぱん」をみていたら,昭和南海地震のシーンが登場しました。高知ではとくに大きな被害が出た地震であり,画面から伝わってくる緊迫感に,改めて自然災害の恐ろしさを感じさせられました。私の父方の祖母も,生前「前の地震が怖かった」と話していたことがありました。それはこの昭和南海地震のことだったはずです。祖母は兵庫県の加古川に住んでいたはずですが,その地域もかなり揺れたのでしょう。私たちの世代であれば「前の地震が怖かった」と言うときにあてはまるのは,1995年の阪神・淡路大震災になるでしょう。ただ,この地域の地震の過去の周期に照らせば,昭和南海地震からすでに80年近くが経過しているので,再び大地震が起こってもおかしくありません。「前の地震」が,阪神・淡路大震災ではなくなるときが来ないか心配です。
 最近では鹿児島南部でも地震が続き,カムチャツカ(Kamchatka)半島でも地震活動が報告されています。さらに気になるのは,アイスランドのレイキャネス(Reykjanes)半島での火山噴火です。この地域は,18世紀に大規模な噴火を起こしたことで知られており,とりわけ1783年のラキ(Laki)火山の噴火は,地球規模の気候異変をもたらし,日本でも天明の飢饉の一因になったといわれています。この年,浅間山も噴火しており,大河ドラマ『べらぼう』でも描かれています。
 ところで,食料問題は,気候の影響を受けるのは当然のことです。今回の日米合意では,関税がかからないミニマム・アクセスの枠をアメリカ側に大きく振り分けることで,実質的に輸入量を増やす内容になっています。政府は,輸入米は主に飼料用や加工用に用いられるため,米価には影響しないと説明しているようですが,農家の側からは信用できないとの声も聞かれます。結局のところ,国民としてほんとうに知りたいのは,国内の米は足りているのか,という根本的な問いです。もしほんとうに足りていないのであれば,ミニマム・アクセスの枠自体の拡大もやむを得ないという判断になっていくかもしれません。ただ,米が流通経路のどこかに残っているのであれば,話は違います。ほんとうのことはよくわからないのですが。
 今回の日米の合意が日本にとってプラスだったのでしょうか。株価は肯定的に反応しています。ただ,15%もの高い関税をかけられるということには違いがないのであり,最初に非常に高い税率が提示されていたからこそ,まだましと感じているだけで,これは心理学でいう「参照点」のマジックかもしれません。

2025年7月10日 (木)

べらぼうと米騒動

 NHKの大河ドラマの「べらぼう」での米騒動が,現在の米騒動に酷似していると話題になっているようですね。私もそう思いました。ドラマでは,流通での滞りが米不足の原因であることから,株仲間の解散という提案が出てきますし,また囲い米(備蓄米)の放出,札差(仲介業者)との裏ルートでの交渉など,現在でも通用するような話が出てきます。ドラマでは浅間山の噴火の甚大な影響も描かれていました。災害や飢饉はまとまってやってくるかもしれないということを感じさせられます。
 幕府で権力を握る田沼意次と息子の意知ですが,ドラマでは明らかに危険が差し迫っています。佐野政言が田沼親子を恨んでいること,松前藩の密猟関係のことでも意知が恨まれていること(意知が花魁をつかって松前藩藩主の弟の廣年にしかけたハニートラップをめぐるトラブル)などがあります。歴史上,佐野政言が田沼意知を襲ったことは知られていて,それが原因で意知は死に,佐野政言は切腹となりますし,田沼意次も頼りにしていた息子を失い,さらに重用してくれていた将軍家治の死により,まもなく失脚します。佐野政言が意知を襲った原因については,いろいろな説があるようですが,どうもこのドラマでは,意知に家系図を渡して一族の登用を願い出た佐野政言が,その願いをきいてもらえなかったことに恨みをもっていたことが原因と思われます (家系図は田沼意次が池に投げ入れていましたが,そこには田沼家が足軽上がりということで家系などへの反感があったことも関係しているようです)。ただ,このほかに,上記のハニートラップ問題や幕府の蝦夷貿易への介入に対する松前藩側の反発などもあり,これが佐野政言の事件とどう関係してくるのか,しないのか。ドラマでどう描かれるのかが楽しみです。

 

 

2023年10月21日 (土)

桃色争議

 NHKの朝ドラの「ブギウギ」を観ています。笠置シヅ子の自伝的な内容のドラマです。朝ドラは,「ちむちむどんどん」以来ですね。主人公の福来スズ子は,小学校を出て自分の将来の道を探すときに,自分は歌と踊りが好きということで,花咲少女歌劇団(モデルは宝塚少女歌劇団)の試験を受け,それに落ちたのですが,梅丸歌劇団の試験を受け(試験日を間違えて,その翌日の受験となりましたが),みごとに特別に合格をもらって,修行を始めました。そして,なんとかプロになれたというのが先週までの話(スズ子は子役が演じています)で,今週からは,そこから6年が過ぎた時代に飛び,スズ子役として,主役の趣里(水谷豊と伊藤蘭の娘)が登場しました。
 ドラマでは,会社は大恐慌の影響で経営が苦しくなり,人員カットと賃金カットを進めてきました。そのようななか,劇団を引っ張ってきた梅丸トップで演出にも取り組んでいた大和礼子(蒼井優)が,ストライキをすることに決め,スズ子たちも加わります。新聞では「桃色争議」として採り上げられ,世間の注目を集めたというところまで話が進みました。
 ストライキに至るまでのシーンが面白かったです。礼子たちは労働組合を結成したというわけではなさそうで,外部からのオルグがあったわけでもありませんが,労働者のごく当然の行動のように,嘆願書を会社に出し,要求が受け入れられなければストライキをすると通告し,会社からのゼロ回答を受けてストライキに突入しました。礼子は,団員たちには,ストライキに参加するかどうかは自由であると告げますが,大半は彼女に従ってストに参加しているようです(いずれにせよ礼子らがいない以上,公演は中止です)。さらに,会社の関係者が,スズ子らの家にやってきて,争議を中止すれば一時金を払うという,わかりやすい争議つぶしのシーンも出てきます。お金をもらってしまって,会社側についた者もいました。この争議がどう決着するのかわかりませんが,今後の展開が楽しみです。
 ストライキをすると観客に迷惑をかけるから止めるべきという盟友の橘アオイ(翼和希)の反対もあるなかで,礼子は自分を大切にするためにもストライキをするのだと言います。なんとなくストライキを人格権とみるイタリア労働法を想起させるようなセリフで,これもよかったです。
 今年は西武・そごうの労働組合のストライキもありました。ストライキに,近年ないくらい関心が高まっているような気がします。ストライキについて,根本的に考えてみたい方は,拙著『雇用社会の25の疑問(第3版)』(2017年,弘文堂)の第5話「労働者には,どうしてストライキ権があるのか」も読んでみてください。

2023年5月15日 (月)

何を報道するか

  数日前まで,学校の教諭の事後強盗殺人事件について,NHKのニュース番組は,連日,かなり詳しく報道をしていました。本人は黙秘しているそうなので,警察の見立てについてリークを受けて流しているということでしょう。事件の凶悪性や衝撃の大きさから世間の関心は高いものの,まだ犯人と決まったわけではない段階(推定無罪)で,少し過剰に一方的な報道をしているような気がします。この容疑者が犯人である可能性は高いのかもしれませんが,ワイドショーではなく,NHKのニュースなので,もう少し冷静中立的な報道姿勢をとったほうがよいと思います。そう思う理由は,Yahooニュースでみた日刊GENDAIデジタルの記事が,東京オリンピックの汚職事件の公判で,検察が事件の背後に森元首相がいることを示す供述調書を読み上げたことなどから,森元首相を不問に付してよいのか,という問題提起をしていたからです(「森喜朗元首相の「接待漬け」が五輪汚職公判で明るみに…検察の不問は許されるのか」)。私が見落としていただけかもしれませんが,NHKのニュースでは,この汚職事件について,青木会長らの裁判の結果は簡単に報道されていましたが,公判で出てきた供述などをきちんと追った報道はされていなかったように思います。公判前の容疑者に関する警察側の一方的な情報がどんどん報道されているのに対して,国民にとってより重要な公共性が高い元首相の汚職への関与という問題についての扱いの小ささはバランスを欠いていると思います。
 真実はよくわからないのですが,少なくとも報道の姿勢としては,ワイドショー的な関心で番組を選ぶのではなく,公共性の高い政治家の問題には,積極的に多くの情報を提供するということであるべきでしょう。権力に弱いということでは困ります。国民の間には,NHKの報道するニュースが公正かつ適切に選択されていないのではないかという疑問が渦巻いていることでしょう。
 このほか,ウクライナの戦局についても,重要なことではありますが,軍事的なことについて必要以上に細かい情報を出したり,また爆撃シーンの映像を次々と出したりするなど,子どもが観ている時間帯であることに配慮がないことが気になります(ケガをしている映像などがなければよいということではありません)。
 報道するニュースの取捨選択などについて,根本的な検討が必要だと思います。ニュース以外は良い番組が多いのに,どうもニュースの質が気になるのです。NHKの番組審議会は,こういうところにも,しっかり目配りしてもらいたいです。

2022年12月24日 (土)

「鎌倉殿の13人」のラスト

 「鎌倉殿の13人」は,衝撃のラストと予告されていましたが,最後にとどめを刺したのが姉の政子であったというところが,たしかに衝撃的でしたね。その前の回で,後鳥羽上皇から義時追討の院宣を個別に受けた御家人が動揺するなか,義時は自分の首を差し出して戦いを回避しようとするのですが,そのとき政子は有名な演説をして御家人に鎌倉を守るために上皇と戦うよう説得します。こうして承久の乱が起こるのですが,泰時らの活躍で上皇側は敗れ上皇は隠岐に島流しとなります。政子は義時の命を救ったのです。しかし,その後,義時の妻のえが,義時の後を継ぐのが先妻の子である泰時であり,自分の子の政村が執権の座を継げないことに恨みをもって,義時に毒を飲ませます。毒を渡したのは,盟友の三浦義村であり,義時は義村にも裏切られたことを知ります(でも義時が義村に最も怒ったのは,女はキノコが好きだという義村の言葉が嘘だということです。このキノコが伏線となって,最後は毒キノコを食べて義時が死ぬのでは,という予想もあったようですが,三谷さんは,そんな単純なストーリーにはしなかったですね)。
 義時は衰弱しますが,泰時の治政を盤石なものとするために,もう一人,皇族(おそらく4歳の仲恭天皇)を殺そうとしていました。政子は,泰時はもう立派にやっていけるのに,義時は,それを理解できず,息子かわいさに,この世の地獄を全部引き受けるつもりでいました。政子は,もうこれ以上,義時に殺人をさせないようにするためでしょうか,義時が政子に取ってきて欲しいと頼んだ薬をわざとこぼし,義時が飲めないようにします。こうして義時は,政子の手によって,死ぬのです。しかし,これは義時が,頼朝と政子の子である頼家までを殺していたことを知った政子による,息子のための処刑であったようにも思います。
 頼朝がつくった鎌倉を,縁者としての地位を最大限に利用し,またライバルを次々とたおして執権家としての地位を得た北条氏。その刃は源氏の嫡流にも及んでいたのです。政子は自分の手で,北条氏のために義時が犯してきた罪を裁き,過去を清算して,泰時以降の北条家の繁栄を願ったのでしょう。

2022年12月11日 (日)

映画「罪の声」

  Amazon Primeで「罪の声」という映画を観ました。小栗旬と星野源が主演で,監督は土井裕泰です。塩田武士の原作は読んでいませんでしたが,原作も面白そうです。あのグリコ・森永事件を基にした作品です。実際の事件でも,子どもの声が犯人からの指示として使われていたのですが,その文章を読まされた子どものその後の運命がどうなったのかが,本作の主題となっています。私は,あまり根拠なく,機械で合成された声が使われていたのかなと思っていたのですが,実際の子どもの声が使われていたとすると,その子たちがその事実を知れば,たいへんなショックを受けるでしょう。
 映画では,父親が開業したオーダーメードの洋服屋を継いでいる曽根俊也(星野源)が,家に残されていたカセットテープの自分の声を聴いたところから話が始まります。彼は自分の幼いときの声が,あの犯罪(映画では,「ギンマン事件」となっています)で使われていたことを知り,ショックを受けます。同じように声を使われた他の2人の子どものことが気になります。一方,新聞記者の阿久津(小栗旬)も,上司の命令で,すでに時効になっているこの未解決事件を追っていて,曽根のところにいきつきます。二人は協力して,残りの2名を探し,さらに曽根家で見つかった,父親の兄の達雄(宇崎竜童)の手帳のことを阿久津に話します。手帳では英語で,事件に関係しそうなことが書かれていました。阿久津は,達雄がイギリスに住んでいたことをつきとめ,事件の真相を聞き出します。実は俊也の母も,事件に関係していました。
 曽根俊也は,妻と娘と幸せな人生を送っていますが,残りの2人(姉弟)は,壮絶な人生を歩んでいたことがわかります。大人たちの身勝手な理由から,巻き込まれてしまった子どもたち。その理不尽さに怒りを覚えますが,日本にはある時期,反権力や反資本主義といった大義のためなら,暴力も家族の犠牲も,そして反社会的集団と手を組むことも許されるという考え方があったのでしょう。一方,達雄が手を組んだ相手はお金が目的でした。企業脅迫をすることによって株が下がることを見込んで空売りで大もうけし,そのお金が政治家に流れたという事件の真相に迫る部分もありますが,映画では深追いをしていません。
 35年前に起きたあの事件は,いったい何だったのか。この映画は,一つの推理を示していますが,現実において確かなことは,グリコ・森永事件は未解決であり,犯人も,犯行動機もわからず,そして,あの声の子どもたちのその後もわかっていないということです。いつか真相が明らかになるときが来るのでしょうか。

2022年11月29日 (火)

『鎌倉殿の13人』も,いよいよ大詰め

 日本史では,公暁は「くぎょう」と習いました,大河ドラマでは「こうぎょう」と呼ばれていました。実朝を暗殺した公暁は,三浦義村に殺され,ついに北条義時の天下となりました。最後の難敵は京の朝廷です。後鳥羽上皇との決戦である承久の乱が,今回の大河ドラマのフィナーレとなるのでしょうかね。
 日本史の授業では,なぜ公暁が実朝を暗殺したのか,詳しく習いませんが。そのあと,あっさり公暁も殺されており,印象としては,公暁はたんなる向こう見ずな行動をとった男ということになっています。大河ドラマでは,三浦義村が背中を押したということのようです(最後には裏切ります)。実朝の太刀持ちとして行列に参加していたはずの義時は同行せず,代わりに太刀持ちの地位を義時から奪った源仲章が公暁に殺されてしまったのですが,義時が同行せずに難を免れたことから,公暁の犯行の背後には義時がいたという説もあるようですが,三谷さんはその説はとらなかったようですね。義時が暗殺対象となっていたことを,義村は知っていたものの,それを止めはせず,しかし義時が生きていたことを知って,義時側に寝返ったというシナリオです。義村がすれすれの「ゲーム」をしているというストーリーですね。
 実朝の後継者は,朝廷から受け入れるという話がどうなるかも問題で,歴史の教科書では,朝廷からではなく,摂関家から受け入れることで妥協して藤原将軍が誕生することになったということは知られていますが,なぜそうなったのかということは教わっていません。大河ドラマでは,後鳥羽上皇の親王を鎌倉殿の後継者にするという実朝と後鳥羽上皇との約束を,実朝死去後も,鎌倉側からは断らずに,朝廷から断るように仕向けようという義時の策略が示されたところで,前回の番組は終わりました。上皇も親王を危険な鎌倉に送りたくないと思っているでしょうし,鎌倉側も朝廷の支配を受けたくないわけで,ただ言い出したほうが負けというなかで,義時は朝廷をたたく口実をみつけていこうとする大胆な発想をもっていたのでしょう。武士が朝廷と一戦をかまえるという発想は,田舎サムライだからもてたものかもしれませんが,これが歴史に残る承久の乱につながったのです。私たちは結果を知っています。鎌倉が朝廷を破り,上皇は島流しになり,これにより北条家の支配が確立し,のちに有名な北条時宗などがでてくることになるのですが,日本史のよくわからない部分に光をあてて,ドラマであるとはいえ,楽しませてくれています。残りの回が楽しみです。

2022年11月15日 (火)

「ウォーデン 消えた死刑囚」

 昨日に続いて,もう一本,映画を紹介します。今度はイラン映画です。「ウォーデン 消えた死刑囚」という邦語タイトルです(ペルシャ語の原語が読めないのですが,alphabetでは Wardenとなっています。Redskin という意味だそうで,これはタイトルにある消えた死刑囚のあだ名です)。以下,ネタバレあり。

 空港建設のため移設が決まった刑務所。刑務所の所長は,無事,新刑務所への移転ができれば,出世が約束されていました。ところが,囚人を無事移転させたと思ったところ,一人足りないことが発覚しました。死刑囚アフマドです。所長は刑務所内にいることは確実であるとして,必死に探しますが見つかりません。この死刑囚を担当していた社会福祉士の女性カリミ(これが超美人)にも協力を求めて,何とか見つけ出そうとします。所長は,カリミに恋心をもっていましたが,カリミは,実はアフマドをなんとか脱走させたいと思い,所長の周りにいました。カリミがそう思うのは,アフマドが無実である可能性がきわめて高いからです。所長も徐々に無実ではないかと疑い始めます。死刑囚の家族からの嘆願,アフマドの蛙を大事にする心優しさ,死刑囚に不利な証言をした証人が実は偽証していたことの告白などがあったからです。とはいえ,アフマドが見つからなければ,どうしようもありません。建物を閉鎖してガスを充満させますが成功しません。アフマドは靴墨を顔に塗って隠れていたのですが,この映画ではシルエットは一瞬出てきますが,最後まで顔は明らかになりません。
 刑務所の解体が始まったとき,所長は絞首台の設計図をみて気づきました。絞首台のなかに隠れ場所があったのです。ちょうど絞首台は,刑務所からトラックで外に運び出されていました。所長は,新しい刑務所には,新しい絞首台の製作を囚人に依頼していました。古い絞首台は不要となったから廃棄されようとしていたのでしょう。
 所長はアフマドの家族と一緒に,絞首台を乗せたトラックを追いかけます。そして追いついてトラックを止めて,絞首台の基礎部分の扉を開きます。彼は何かを確認したようで(アフマドがいるのに気づいたのでしょう),そのままトラックを行かせます。この最後のシーンで,実はアフマドは登場することになります。なぜかというと,そのシーンは,アフマドの視線でみた情景が描かれているからです。所長の顔を確認し,その後,家族(妻と娘)の顔を確認します。車が立ち去るなか,所長が彼を捕まえなかった安堵感に包まれて映画は終わります。
 所長の任務に忠実であろうとすること,しかも自身の昇進がかかっていることがある一方で,無実の者を絞首刑にすることへのためらい,カリミへの恋心などが交錯する人間ドラマです。とくに劇的な展開があるわけではありませんが,落ち着いた感じの良い映画だと思いました。

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