映画・テレビ

2022年7月12日 (火)

最強の女性判事

 RBG(Ruth Bader Ginsburg)が,もし生きていたら,アメリカの連邦最高裁の現状をどう言っていたでしょうか。Trump政権になって,最高裁判事が,次々と保守系に入れ替えられるなか,自分は死ねないとして,ガンを患いながらも必死に頑張ったGinsburg。前にも書いたことがありますが,最後は執念だったのでしょう。しかし,20209月に力尽きました。そして,Trumpはすぐさま,保守系の女性判事を選びました。リベラル派は,いまは少数派です。人工中絶反対派が多数となったあとの,最高裁の判例変更は,アメリカ社会のこれまでの亀裂を決定的なものにしたようにみえます。法制度を含め,民主主義国の先生として,アメリカから多くのことを学んできた日本にとって,今後はアメリカは反面教師であり,私たちは,自分たちのことは自分たちで考えていかなければなりません。
 NHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」は,いつも楽しみにしていますが,最近配信された「RBG 最強と呼ばれた女性判事 女性たち百年のリレー」は,感動的でした。数日前に選挙のことを書きましたが,性差別問題においても,女性の選挙権の獲得は大きな課題でした。女性の参政権が認められたあと,女性たちが求めたのは,偏見による機会剥奪との闘いでした。RBGの印象的な言葉は,女性は優遇を求めているのではない,男性が踏みつけている足をどけてほしいのだ,というものでした。
 この番組で描かれたアメリカ社会における男女の不平等の根強さは驚くべきものでした。アメリカの人種差別はよく言われてきましたが,男女差別はそれほど遠くない過去まであったのです。私は男女の役割分担というのはあってよいと考えていますが,そのことと,男女の同権とは別の問題です。男女は同権で,そのうえで男女が,社会からの抑圧や偏見を受けることなく,自由に自分の生き方を選択できて,機会が与えられる社会がつくられるべきだと思っています。
 この番組は,イギリスで100年以上前に,女性参政権を訴えるために,国王の馬のまえに飛び出して,蹴り殺されてしまった女性Emily Davisonの話から始まります(この映像は不鮮明であってよかったと思うほど,とてもショッキングです)。多くの男性よりも優秀であったにもかかわらず,女性であるというだけで差別され,政治運動の際には何度も投獄され,そこで拷問を受けてもめげず,最後は命をなげうって抗議したということが,そんなに遠くない昔にイギリスで起きていたのです。
 そんなDavisonに影響を受けたというRBGを最高裁判事に選んだClinton大統領は賢明な選択をしました。政治的にリベラルかどうかというような次元を超えて,知性があり,公正で,そして実行力もある人材を,連邦最高裁判事というアメリカでの最高の要職につけたのです。人事とはこういうものでなければなりませんね。RBGは,法の力で,社会改革を進めました。
 Clinton 元大統領の妻であるHillaryは,女性にとって最も厚そうなglass ceiling(見えない天井)を突き破る一歩手前まで行きましたが,最後に力尽きました。しかもロシアも選挙戦に関与していたというのですから,すさまじい壁にぶつかったといえます。ただHillaryの敗戦の弁は潔く,女性たちに多くの希望を与えるものでした(Trumpの見苦しさとは対照的です)。
 日本でもおりしも男女賃金格差の開示が義務付けられるなど,女性活躍推進への動きは進みつつあります。重要なのは,まだ組織の上層部にいる守旧派であり(そこには,女性であっても男性社会の論理に適合して成功した人も含まれます),こういう人たちは女性に対する偏見があるだけでなく,デジタル化などの新しい動きへの変化の壁になっています。必要なのは組織風土の変化です。
 政府与党にもまだ保守的な人たちがたくさんいます。それが変化するかどうかの試金石は,選択的夫婦別姓制ではないでしょうか。日本の最高裁は,夫婦同姓(同氏)制を合憲としましたが,4人の違憲判断がありました。最高裁は,決して,選択的夫婦別姓制に後向きなわけではありません(ちょうど1年程前に,このテーマでブログを書いています)。RBGのようなインパクトのある判決は,現在の日本の最高裁に期待できないかもしれませんが,それでも最高裁はメッセージを送ったと思います。立法府は自ら動く必要があります。安倍氏は反対派の代表でしたが,安倍氏亡きあと,自民党内の空気はどう変わっていくでしょうか。

2022年6月 8日 (水)

ボクシングはPPVでの観戦でよい

 世界バンタム級の3団体統一王座をかけた井上尚弥・ドネア戦をAmazon Prime で観ました。Liveでは見逃しましたが,井上選手の圧勝という結果はわかっていたので,安心して観ることができました。モンスターはどこまで強くなるか。3団体の統一チャンピオンとなり,次は4団体の統一戦のようですね。
 と書きながら,ボクシングという殴り合いのスポーツを好むという私たちのなかには,残虐なものが潜んでいるのかなと思ってしまいました。今日,私たちが生き延びてきたのは,敵を倒して勝ってきたからなのでしょうか。そういう遺伝子が,ボクシング観戦をわくわくさせているのでしょうか。そして,ロシアとウクライナとの戦いも,そうした遺伝子のなせることなのでしょうか。せっかくの井上チャンピオンの快勝に,興ざめなことを書いて申し訳ない気もするのですが,自分のなかに,ボクシングや格闘技を観て面白いという気持ちが,前ほどはなくなってきたことも事実です。殴り合いという行為自体に,どこか違和感を感じてきているからかもしれません。
 子どものころ,テレビでボクシングやプロレスを観ていた私に,母があまり良い顔をしていなかったことを思い出します。自分を鍛えるためや護身などのためにボクシングや格闘技の練習をすることは良いと思いますが,こういう競技に対して,母のように抵抗感を示すのも,すごく健全な感覚のような気がします。
 最近,格闘技の有名な試合について,フジテレビが放映をキャンセルしたことが話題となりました。キャンセルの理由はよくわかりませんが,結果として,それで良かったと思います。格闘家たちはプライドをもって競技に挑んでおり,「子どもたちにも観てもらいたい」という気持ちをもつことは理解できますし,そのためには,地上波で無料観戦ができるほうがよいのでしょう。私も子どものときから観ていたので悩ましいところですが,この年齢になって冷静に考えれば,やはり子どもには観戦させないほうがよいなと思っています。格闘技は,それを観たい大人が,この前の村田選手の試合や今回の井上選手の試合のようにネットで有料(見放題への組入れか,PPV(Pay-Per-View))で観るということでよいのではないでしょうか(フジテレビが放映しなかった試合も,Abemaで,PPVで観戦できるようです)。
 このことと,ロシアとウクライナの戦争の話とを絡めるのは強引すぎると言われるかもしれませんが,でもこの世から暴力をなくしたいという気持ちをもつ者が増えている現状を考えると,少なくともテレビで,無料で簡単に,スポーツとはいえ,殴り合いを放送する番組はないほうがよいのでは,と思います。そして,そのほうがこのスポーツが末永く支持されやすくなり,競技者たちにも利益となると思うのです。もちろん,そういう私も,なんだかんだ言いながら,井上選手の次の試合は観戦すると思います(おそらくPPVとなるでしょう)。

2022年6月 4日 (土)

「再会のマルゲリータ」

  「ちむどんどん」は第8週目が終わりました。主人公の暢子がイタリアンレストランのコックになるというストーリーで,イタリア料理の話がたくさん出てきて楽しめています。原田美枝子(最初は藤真利子と思い込んでいました)が演じるイタリアン・レストラン「Alla Fontana」のオーナーがイタリア語を上手に話しているところもびっくりしました。もし1から学んだのであれば非常に良いトレーニングを受けたのでしょうね(そういえば,三線も,子役の子も含め,出演者が上手に弾いていました。特訓したのでしょうね)。
 あのGirolamoも出てきてびっくりしました。イタリア人というと彼しかいないのか,とツッコミを入れたくもなりましたが,シリアスな演技を頑張っていました。彼が演じるAlessandro Tardelli が,新聞で連載されている「最後の晩餐」に登場して,最後に食べたい食事としてPizza Margherita を選んだところも,非常によいです。Pizza Margherita は,Pizzaの鉄板で最も基本的なものなのです。ドラマでは,Milano出身のTardelliが,なぜNapoli名物のPizzaかという疑問を提起し,Tardelliが,戦後,日本で抑留されて帰国できず,アメリカ軍のために働いていたという話にしました。Pizza Napoliからアメリカに行って,アメリカ風のPizzaが世界に広がっていくわけです。TardelliがなぜPizzaかという説明も納得でき,そこに日本人とのラブストーリもくっつけています。ベタな話で,ストーリーも見え見えの強引さはありますが,朝ドラはこれくらいのほうが安心できて良いです。
 子どものときに沖縄に来ていた和彦が新聞記者になって暢子と再会するのですが(これもちょっと強引な話です),沖縄から彼女を追ってやってきた智(→修正しました)と三角関係になるのか,暢子たちのお父さんと鶴見という場所の関係はどうなのか,ろくでなしのお兄ちゃんは,最後は成功してほしいですが,どうやってそれが実現するか。おそらく今後も強引な話が展開されていくと思いますが,それでも十分に楽しめている私は,たぶん非常に単純な人間なのでしょうね。

2022年5月24日 (火)

義経伝説

 源義経は,平泉では亡くならず生き延びて,ジンキスカンになったという伝説はよく耳にします。奥州では,義経伝説はいくつもあるそうで,Wikipediaでも詳しく紹介されています。しかし,これはフェイクでしょう。
 今回の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では,義経が死亡したシーンは出てこず,義経の首桶が頼朝のところに送られてきて,頼朝が号泣するシーンだけでした。ただ,義経の死亡の直前,主人公の北条義時が義経と最後の会話をし,鎌倉攻略の戦法を記した手紙を梶原景時に渡すよう義時に頼むというシーンがありました。すでに藤原泰衡の軍勢がせまっていて,弁慶が仁王立ちで支えているという状況なのですが,義時は弁慶に案内されて義経のもとに連れてこられ,義経は義時に,いま来た道を通って帰れと指示します。そのあと義時が鎌倉に戻れたのですから,義経も脱出することは可能であったと考えるのが普通でしょう。ということは,三谷さんは,義経逃亡説も完全には捨てていなかったとみるべきなのでしょうね。判官贔屓の国民の一人である私も,義経は生き延びて,大陸で活躍したという話には,たとえ作り話であったとしても,ロマンを感じます。
 ところで,北条義時を演じる小栗旬が,頼朝や景時に反発しながらも,徐々に冷徹な武士の顔に変わりつつあるところが興味深いです。俳優としても,力の見せどころでしょう。義経を演じる菅田将暉も良かったです。悲劇のヒーローである義経ですが,その奔放さがうまく演じられていたのではないでしょうか。「麒麟がくる」のときの,信長を演じる染谷将太もそうでしたが,多くの俳優が演じてきた歴史上の有名人物を,少しイメージが違う若手俳優が演じるのは,新たな発見があって面白いです。
 義経亡きあと,いよいよ,頼朝と政子の子どもたちの悲劇の話になっていくはずです。頼家や実朝がどのように描かれていくかも,また楽しみです。

2022年5月13日 (金)

『コリーニ事件』

 ロシアは,ウクライナ侵攻の大義名分として,ウクライナのネオナチをやっつけるということを挙げています。もちろん,これはこじつけなのでしょうが,ネオナチやナチスという言葉が,ここで使われるのは,なおこの言葉が強い意味をもっているからでしょう。ナチスへの恐怖や憎悪が,ロシア人の中から消え去っていないからかもしれません。
 Prime Videoで,「コリーニ事件」(原題は,「Der Fall Collini」)というドイツ映画をみました。映画の内容はフィクションですが,史実に基づいたものだそうです。以下,ネタばれあり。
 ドイツのホテルのスイートで,大物実業家で富豪であるMayerが拳銃で射殺されます。犯人は,イタリア出身でドイツ在住の老人Colliniでした。Colliniは逃げもせずに逮捕されますが,その動機を語りません。弁護を引き受けたのは,母親がトルコ人で,弁護士になったばかりのLeinenでした。Leinenは,Mayerに息子のように大事にされて育っていたため,そのMayerを殺した男の弁護をすることに最初は躊躇していましたが,弁護士としての責任から引き受けます。黙秘を続けるColliniに手を焼くLeinenでしたが,彼が殺人で使った拳銃が,Mayer家で見覚えのあったのと似ていたことから,彼は事件の手がかりをつかもうとします。Leinenは,Colliniの出身地であるToscana 地方のMontecatiniに行きます。そこで知ったのは,Colliniの父親が,ナチスの親衛隊であった若き日のMayerに無残に銃殺されていたことでした。しかも,Colliniの父親は,まだ子どもであったColliniの目の前で殺されたのです(このシーンが何度も出てきて,つらいものでした)。Colliniは,Mayerに復讐したのでした。ただColliniは,実は,姉と一緒に,Mayerを戦争犯罪者として告発していました。ところが,刑事事件にはなりませんでした。その理由は,Dreher(ドレーアー)法にありました。この法律により,ナチス親衛隊の犯罪は時効によって救われたのです。そこではちょっと難しい議論が出てくるのですが(私もよく理解できているわけではありませんが,詳しくはドイツ刑法の専門家にお聞きください),ドイツにおいて殺人は謀殺と故殺とに分けられ,ナチス幹部の殺人は謀殺(快楽殺人など)として重罪であるが,その共犯である幇助者は謀殺にあたらず,故殺にとどまることになりました。故殺となると,時効期間は謀殺よりも短くなり,ナチスの親衛隊たちは,これにより刑を免れることができたのです。Leinenは,この裁判にMayer側の弁護士として参加していたMattinger(刑事法の大学教授で,Leinenも教わったことがありました)から,あまり真相を暴かないようにという圧力を受けるのですが,Leinenはそれに屈しません。Mattingerは,法廷では,Mayerが戦争犯罪としては無罪とされていたことを強調して,Colliniの情状酌量を認めないような主張をしていたのですが,Leinenは,Mattingerを法廷で証言に立たせ,Dreher法の不当性を認めさせました。こうして,戦時時に行われた合法的な行為をした者に私的制裁を加えたという検察側の主張は崩れ,実は違法な行為をしていた者が不当な法律により救われていたことが浮かび上がり,どのような判決になるかが注目されていたのですが,裁判は最後の段階で,Colliniの自殺で終わります。家族のいない彼は,父の復讐を遂げて,人生の目的を達成したと考えたのかもしれません。
 ナチス親衛隊が,それを救う法律によって守られていたことに驚きました。身分なき幇助犯への必要的減刑(謀殺から故殺へ)という一般人にとってはおそらく理解できないような議論で,ナチスの犯罪が合法的に闇に葬られようとしていたことの恐ろしさと,それをあえて明るみにだして断罪しようとした本映画や原作者の良心に,ドイツ人の二面性が感じられます。私的制裁が許されないのは当然としても,法が制裁を与えないとき,被害者の遺族はどうしたらよいのでしょうか。私的制裁や自救行為を禁止した国家が代わりにそれを行うという責任を放棄したとき,個人の私的制裁はおよそ禁止されるべきでしょうか。映画では,Colliniは自決したことから,自分にも制裁を与えたのです。こうした私的制裁の連鎖を防ぐためにも,刑事法というものの果たす役割がきわめて大きいことを,改めて認識させる映画です。
 ところで,ナチスの問題は,いまなおドイツ人の若い世代においては,重くのしかかっているのかもしれませんが,その一方で,ナチス親衛隊の子孫もいます。子孫には,何も罪がないのです。この映画でも,Leinenは,かつての恋人であったMayerの孫娘のJohannaに,そう語りかけます。誰もが,あの時代に生まれていれば,親衛隊になりかねなかったのです。だから独裁者を生まないようにすることこそが,何よりも重要だというのが歴史の教訓です。そういう点からは,元の話に戻ると,ナチスの亡霊はなおさまよっています。ナチスの脅威を語りながら,自身が一番ナチス的な行動をとる者がいるのです。欧米諸国や日本は,Putinに対して甘すぎたのではないかという反省が必要でしょう。そして,二度とこうした独裁者が現れないようにするためにどうすればよいかを,日本人も真剣に考えていく必要があります。独裁者の及ぼす災厄は,私たちのすぐ近くに迫ってきているかもしれないのです。

2022年4月26日 (火)

パラサイト―半地下の家族

 アカデミー賞もカンヌのパルム・ドール(Palme d'Or)もとった作品ということで前から関心を持っていましたが,Prime Videoで無料配信しているのに気づいたので,観てみました。坂の上の豪邸に住む富裕なパク一家と貧民窟にある半地下の家に住むキム一家。凄まじい社会的格差があり,とても接点などなさそうなのですが,キム家の息子ギウが,留学する友人から,パク家の娘の家庭教師を引き継ぐよう頼まれたことから接点が生まれ,ギウはパク家の幼い息子ダノンの美術の家庭教師に妹のギジョンを推薦し,さらにパク家のお抱え運転手をギジョンの策略で追い出し,キム家の父をその後任に据えることに成功し,さらにパク家の家政婦が桃アレルギーであることを利用して,咳き込む彼女が結核の疑いがあるとして追い出して,キム家の母をその後任に送り込み,結局,キム家は家族全員がパク家にパラサイトすることに成功しました。もちろんパク家の人たちは,彼らが家族であるとは知りません。ただしダノンだけは,4人のにおいが同じであることに気づいていました。
 パク家がダノンの誕生日に泊まりがけのキャンプに出かけたため,その留守中にキム家の4人が酒盛りをしていたのですが,ここから話が急展開します。まず家政婦の前任者がやってくるのですが,恐ろしい告白をします。さらに大雨となり,キャンプを切り上げてパク家が突然帰宅することになります。
 実はこの家の地下には人が住んでいたのです。半地下どころではなく,日の当たらない地下に住んでいるという究極の下層民がいたのです。でもパク家はそのことを知りません。前家政婦は,借金取りから逃れて地下に隠れていた夫にこっそり食料を与えていました。パク家の不在を知った前家政婦は,何とか夫に食料を与え続けてほしいと懇願に来たのです。最後は,ダノンの誕生パーティのときに悲劇が起こり,ギジョンは殺され,父親はパク家の主人を殺してしまいます。細かいところは映画を観ての楽しみ,ということにしておきます。
 この映画が韓国の格差社会の現実を示しているかどうかわかりませんが,おそらくそれほど乖離したものではないのでしょう。徹底的に下品だが,たくましく生きているキム家,上品で嫌みもないパク家ですが,でも両者が接してしまうと,どうしても相容れないものが出てきてしまいます。キム家がいくら取りつくろっても,パク家はキム家の悪臭に耐えられないのです。しかし,この悪臭はキム家の人たちは自覚していないので,指摘されてもどうしようもないのです。これは単に体臭だけではなく,どうしても隠すことができない貧民としての臭いというものを象徴しているのでしょう。そこに格差の絶望的なところがあるような気がしました(ただ,パク家の長女がギウに恋してしまうところは,恋はこういう格差を簡単に超えてしまうことを示しています。もっとも,こういう恋は,いっときの情熱にかられた「熱病」であり,それが覚めたときには,たいていはうまくいかなくなるのですが)。
 どことなくコミカルな感じのする前半とサスペンス風の後半の落差が見事で,うまく作られていると思いました。また半地下の風景,地下室の中の様子,豪邸からみた窓の風景のコントラストもうまいと思いました。最後は,ギウがいつか金持ちになって,あの豪邸を買い取って,地下に逃げ込んだ父親を救い出したいと考えているというところで終わっているのですが,それはどうみても無理そうであり,このままこの父親は一生,地下で生きていくのかということを連想させて,なんとも後味が悪い終わり方になりました。しかし,ここで安易に,ギウが成功してハッピーエンドということにしなかったところが,映画の成功につながったのかもしれませんね。

2022年4月21日 (木)

バンデラス ウクライナの英雄

 こんなご時世でなければ観ることがない映画だったでしょう。Prime Videoで「バンデラス ウクライナの英雄」というウクライナ映画を観ました。
 いまロシアの攻撃を受けて大変な状況に陥っているウクライナ東部の村において,乗り合いバスが襲撃されて,乗客が射殺されるという事件が起こります。バスにロケット弾を撃ち込んだのは,実はウクライナ人ですが,彼はロシア側の武装勢力に民兵として加わっていました。しかし,バスには自分の叔母が乗っており,それを殺してしまった罪の意識から,その場から逃げ出してしまいます。彼は襲撃した仲間から狙撃されますが,なんとか逃げおおせたことが後からわかります。襲撃したのは親ロシア派の武装勢力で,彼らはこの襲撃をウクライナ政府軍の仕業であると吹聴して,住民のウクライナ政府への反感を高めようともくろんでいました。そうしたなか,主人公のアントン(別名バンデラス)が,ウクライナ政府からこの襲撃の調査をするために特殊部隊員として送り込まれてきました。彼は,この村の出身でした。
 村の住民は親ロシア派のプロパガンダを信じて,ウクライナ政府は自分たちの敵で,ロシアがそれを助けてくれると信じています。アントンの説明に対しても,容易にはそれを信じようとしません。しかし最後に,村がロシア側から銃弾を撃ち込まれて焼かれてしまい,自分たちは騙されていたことを知るのです。
 政府軍にはロシア側のスパイがいて,彼が殺人を繰り返します。そしてアントンを心配して前線にやってきたアントンの恋人にまで魔の手を伸ばします。スパイ捜しと,恋人の救出劇でハラハラさせるというサスペンスの要素も,本映画にはあります。
 戦争の描写は,テレビなどでみる都会への激しい攻撃とは違いますが,でも実際の戦争は,こういう感じなのだろうと想像することができました。またウクライナ東部に親ロシア派の住民が多いと言われていますが,この映画をみると,それはロシアのプロパガンダで洗脳されているからではないか,という気もしてしまいます。現在の戦争のことを知るためにも,この映画は一見の価値があると思いました。もちろん,映画自体は,あくまで反ロシアのウクライナ視点なので,そのことは注意をしておく必要があるでしょうが。

2022年4月14日 (木)

ちむどんどん

 NHKの朝ドラの「ちむどんどん」を毎日観ています(観る時間帯は朝ではありませんが)。朝ドラを観るのは久しぶりです。「あぐり」以来でしょうか。最初は戦後20年くらいのまだアメリカ占領下の沖縄の話で,戦争の傷跡がまだ残っています。沖縄は,アメリカ軍が上陸して大変な被害を受けました。本土は空襲や原爆でやられて,これはこれで悲劇なのですが,沖縄は,いまのウクライナと同様,敵が上陸してきたのです。日本の最前線になってくれた沖縄に降りかかった悲劇を,私たちは真剣に受け止める必要があるでしょう。本土復帰から50年の今年。515日は大切な日となります。ただ,沖縄の人(うちなんちゅう)は日本に復帰したかったのでしょうか。アメリカの統治下はいやだとしても,日本でよかったのか聞いてみたいところです。沖縄の人たちに対する私たちの複雑な気持ちは,琉球王国を薩摩藩が支配しようとしたところから始まり,いまなお米軍基地により苦しめられていることへの申し訳なさから来ているのです。2019年に焼失した首里城は,第2次世界大戦のときにも焼失していました。沖縄の人の魂ともいえる首里城は,戦火でいったん奪われていて,再びまた被害に見舞われたのです。早く再建してもらいたいです。「ちむどんどん」でも,戦火のことが,第2話で出てきていました。
 沖縄の悲劇的な歴史とそれとあまりにも不似合いな島の美しさと人々の優しさ,貧しいなかでも人としての心の豊かさを失っていないところなど,この朝ドラは,ちょうどロシアの侵攻によるウクライナ人の悲劇で心を痛めている私たちの心に何かを訴えかけるものになっている感じがします。もちろん,ドラマの本筋は,もっと明るいものでしょう。暢子役の女の子をはじめ俳優陣がとてもよいです(仲間由紀恵もお母さん役が似合う年齢になりました)。グルメの話も興味深いです。ラフテーも,沖縄そばも大好きです。今日は「いただきます」の由来もきちんと説明してくれていて,子どもたちの教育にもよいです。今後の展開が楽しみです。

2022年4月 1日 (金)

亀の前事件

 NHK大河ドラマの「鎌倉殿の13人」は毎回欠かさず観ています。前回はあの「亀の前事件」でした。源義経は,日本史のなかでも悲劇のヒーローとして最も人気のある武士でしょうが,今回は彼が悪役で,兄の頼朝が肉親である義経を殺すに至る「必然性」を根拠づけるエピソードをいくつもそろえて伏線を張っているようです。亀の前事件にも義経が関係しているというのが,三谷さんが採用したストーリーです(びっくり仰天の珍説でしょうが)。
 政子が頼家出産のために留守にしている間に,亀との浮気を続ける頼朝に対して,父の後妻のりくが政子に対して「後妻(うわなり)打ち」なるものを提案します。頼朝は政子と離婚したわけではありませんから,亀は後妻ではなく,政子も前妻ではないのですが,愛人への嫉妬から愛人の家を打ち壊すことも,このように呼んだようです。
 りくは,政子(いちおう義理の娘)の地位が上がっていくことに嫉妬しており,わざと亀の存在を政子の耳に入れて,政子をいきり立たせるのですが,それは政子に対する嫌がらせでもありました。政子が「後妻打ち」で頼朝との関係が悪くなると,自分の夫である北条時政がトップにいる北条家にチャンスが来ると思っていたのかもしれません。しかし,りくも「後妻打ち」を面白がっていた程度で,これが大事になることは望んでいませんでした。政子も亀と頼朝を威嚇すれば十分なので,りくの提案のように亀が囲われていた館を少し壊すだけでよいと考えていました。そして,その役目をりくの兄である牧宗親に託します。政子の弟の義時は,政子が亀を襲わせるのではないかと心配して,義経に亀が隠れている館の見張りをするよう頼みます。ところが,あろうことか義経は,この館に火をつけてしまうのです。政子びいきの義経が,政子の心中を忖度して勝手な行動をしたということでしょうが,政子もそこまでになるとは予想していませんでしたし,望んでもいませんでした。頼朝に呼び出された牧宗親と義経ですが,原因をつくったのが頼朝の浮気であったわけですから,厳しいことは言えなさそうです。頼朝は,義経には謹慎を命じるにとどめたのですが,牧宗親は髻を切られてしまいます。この髻を切るというのが,どれだけのことなのかよくわからないのですが,これは武士にとっては最大の恥辱であり,死罪に次ぐような重罰のようです(大河では,その説明はありませんでした)。兄が辱めを受けたりくは,この仕打ちに黙っていませんでした。頼朝のところに乗り込んできて,さらに政子も加勢して,関東の最高権力者である頼朝の非を責めます。このあたりが近年の大河におけるフェミニズム的な要素が現れていて面白いところで,私は好感をもって観ていました。
 亀の前事件は,原因を作ったのは頼朝。でも事を大きくするきっかけをつくったのは,りくであり,政子はそれに乗せられ,さらに義経はそれに輪をかけて乗ってしまい,その途中で義時の誤算があったというストーリーでした。
 まだドラマは始まって3カ月ですが,ここまでのところでも,典型的な弟キャラで軟弱な感じの義時,権力者に上り詰めるが,どこか憎めない頼朝,北条家の頭領ながらどこか頼りない時政,そして血気盛んでぶっとんでいる義経という男性陣と,政子,りく,八重(頼朝の元愛人),実衣(阿波局。政子の妹で義時の姉)という女性陣のしっかりぶりが対照的で,史実には基づいているのでしょうが,わからないことも多いであろう鎌倉時代の話を,うまいキャラ設定をして補っているので,現代劇のドラマと同じような感覚で観ることができます(俳優が頑張っています)。歴史好きがどう評価するかわかりませんが,面白ければよいという観点からは,成功しているでしょう。主役は義時なので,今後,彼がどのように大出世を遂げていくかが楽しみです。

2022年3月 5日 (土)

「わが名はキケロ ナチス最悪のスパイ」

 実話に基づく映画だそうです。トルコ映画です。文字も言葉もトルコ語の部分はまったくわかりませんが,面白かったです。アルバニア出身のイリアス・バズナは,コソボでの虐殺で,両親も弟も殺されてしまいました。弟は知的障害者でした。彼は何とか生き残り,虐殺者たち(セルビア人)の小間使いとして働かされていました。あるとき,彼が手引きをして,仲間に虐殺者たちを襲撃させ,復讐をとげます。彼の幼少時代です。それから画面が変わって,彼はアンカラのユーゴスラヴィアの大使館の職員として働いていますが,あるパーティで彼は得意の美声でカンツォーネを歌っていました(イタリアのオペラです)。その声に惹かれたイギリス大使館から執事になるよう誘われます。大使の厚い信頼を得た彼は,大使に睡眠薬を飲ませることができ,極秘情報を奪ってドイツ大使館のモイズイッシュに流します。当初は,そこから流される情報に懐疑的であったヒトラーも,連合軍のブルガリア爆撃の事前情報が正しかったことを知り,イリアスをドイツの正式なスパイとして活用することにします。イリアスは「キケロ」というコードネームで呼ばれました。イリアスは,モイズイッシュの秘書として働くコルネリアと偶然(?)出会います。彼女は知的障害者である長男アグストを育てるシングルマザーでした。イリアスは自分の弟を思い出したのでしょう。アグストに優しく接し,息子を溺愛するコルネリアとも親密になります。
 ドイツは悪名高い「T4作戦」を実行しようとしているところであり,モイズイッシュは,コルネリアにも家族情報を出すよう求めましたが,コルネリアは隠そうとしていました。しかし,それがバレてしまい,このままではアグストはブルガリアに送られて殺されてしまいます。モイズイッシュは,息子を守ることと引き換えに,コルネリアと強引に関係を結びます。しかしモイズイッシュに嫌悪感をいだくコルネリアは,息子を守るためにスイスに脱出しようと考え,イギリス大使館にパスポートの発給を求めます。その条件として,偶然耳にしたキケロという名のスパイから,イギリスの情報がドイツに漏れていることを伝えます。しかしコルネリアは,キケロがイリアスであるということは知りませんでした。
 コルネリアの机をみて,イリアスとの関係を知ったモイズイッシュは,コルネリアとアグストをとらえて人質にし,イリアスに連合国軍の上陸に関するオーバーロード作戦の情報を盗むよう求めます。イリアスはその情報と引き換えに,コルネリアを奪還しますが,アグストはすでに収容所に送られていました。イリアスとコルネリアは収容所になんとかかけつけ,ガス室での間一髪のところで,アグストは助け出されました。このシーンは泣けてきますし,ドイツの「T4作戦」の狂気に背筋が寒くなります。
 ところがイリアスは,実は偽情報を伝えていました。ナチスにとって致命的なことでした。モイズイッシュは処刑されました。
 映画の最後に真相が明かされました。イリアスは,建国されたばかりのトルコ共和国が戦争に巻き込まれないように,建国の父であるアタチュルク(?)から諜報活動に従事する任務を与えられていました(オスマントルコは,第1次世界大戦にドイツ側に参戦して敗北して滅亡していました)。当初からヒトラーを危険視していました。結局,トルコは,イギリスからも,ドイツからも,戦争への参加を求められるなかで中立を守りとおします。イリアスのスパイ活動が,大きく寄与したのです。トルコの現代史を考えるうえで,中立を守ったことは,大きな意味をもったのではないかと思います。
 とても面白い映画でした。登場人物は実在の者ですが,どこまで史実に忠実であったかはわからないものの,第2次世界大戦をトルコ側からみるというのも,世界史を知るうえでは大切だなと思いました。一見の価値はある映画です(イリアス役の俳優は,最初は冴えない感じなのですが,徐々に魅力的になっていきますし,コルネリアは文句なしの美女であり,この二人のロマンスも映画の魅力を引き立てています)。

より以前の記事一覧