濱口桂一郎『外国人労働政策』
濱口桂一郎『外国人労働政策』(中央公論新社)を読みました。刊行後すぐに,いただいたときに一読していたのですが,あらためて落ち着いて味わいながら読みたいと思っていました。面白い企画の本です。外国人労働政策の歴史を扱ったものですが,日本の外国人労働政策が30年も停滞してしまったのはなぜなのかという謎解きの書でもあります。サブタイトルの「霞が関の権限争いと日本型雇用観が招いた混迷の30年史」が,本書の内容を非常によく表しています。
もちろん,一般国民からみれば,いつもの役所間の権限争いかというように思えますが,法務省と労働省の必死の戦いが見事に描かれており,ぐいぐいと引き込まれていきます。しかも,そこにとどまらないところが秀逸でした。日本型雇用システムと結びつけるところがなるほどと思わされました。両省では,「研修」というものの捉え方が違っていたのです。日本型雇用システムでは,言ってみれば労働と研修は渾然一体であり,OJTがその典型です。スキルは現場で形成されていくものであり,それはジョブ型ではない日本型雇用の特徴です。ところが,法務省はジョブ型を考えていたわけです。ジョブ型は,ジョブに人を割り当てるものであり,割り当てられる前に「研修」をしていることが前提です。研修という名で労働をさせるのは,搾取そのものなので許されないというのが,法務官僚の考えたことです。もっとも,理念としては理解できるものの,制度設計を誤れば,善意や正義感がかえって望ましくない結果を招くこともあります。結局は,搾取の対象となったのは,法務省が死守した,労働ではないという建前のもとに労働者性が否定されることにより十分な労働法保護を受けられなかった「研修」のほうであったという皮肉な結果が起きたのです。
その労働省のほうも,かつては法務官僚のようなジョブ型の世界を考えていたというのは,濱口さんが明らかにしていることです。雇用対策法の制定は,日本の労働市場の近代化を目指していたのであり,それはジョブ型志向です。しかし,その後,しかし,その後,労働省は,日本型雇用システムを前提とした労働政策へと軸足を移していきます。そして,労働省がいったんは放棄した(?)ジョブ型思想に基づいて外国人労働政策を扱おうとする法務省に困惑していた,ということでしょうか。
とはいえ法務省の牙城は徐々に崩され,濱口さんのいう,バックドアに近いサイドドアからの受入政策から,ようやくフロントドアからの受入政策に移行してきたわけですが,これは労働省・厚生労働省の勝利というよりも,役所の権限争いを超越して,実態を直視し「研修生は労働者である」と言い切った規制改革会議の正論が,後押しになっていたのです。
実は,制度・規制制度改革学会の雇用分科会(分科会の名称は不確定)で,毎月,オンラインで顔を合わせている八代尚宏先生から,1月のミーティングのとき,濱口さんのこの本を読みましたか,と早速聞かれました。役所が,いろんな業界のしがらみから本来の政策を展開できないときに,正論を述べて政策を論じるというのが,この学会の主たる役割だと思いますが,濱口さんのこの本は,八代先生たちが,この学会の精神をはるか昔に実現していた会議の意義を再確認させられたような気がします。
外国人労働政策そのものに関心がある人はもちろんですが,政策はどのように形成され,なぜ歪み,ときに長い時間をかけて迷走するのかという問題に関心がある人にも,ぜひ読んでもらいたい一冊です。私のような労働法屋の立場からも楽しめますし,同時に,優れた政策史・行政史としても読むことができます。
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