経歴詐称
公職選挙法235条は,虚偽事項公表罪について定めています。「当選を得又は得させる目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の身分,職業若しくは経歴,その者の政党その他の団体への所属,その者に係る候補者届出政党の候補者の届出,その者に係る参議院名簿届出政党等の届出又はその者に対する人若しくは政党その他の団体の推薦若しくは支持に関し虚偽の事項を公にした者は,二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する」(1項)。
伊藤市の市長が,市の広報誌に記載されていた「東洋大学卒業」が虚偽であった可能性が高いと報道されています。選挙期間中にこのような虚偽の経歴を公表していた場合は,上記の罪に該当するおそれがありますが,市長は「選挙中に公表したわけではない」と説明しているようです。もしそれが事実であれば,本罪に問われない可能性もあるでしょう。東洋大学の卒業であったかどうかが市長としての職責をするうえでどの程度の意味があるかは,よくわかりませんが,日本社会では,最終学歴が社会的評価に大きな影響をもつため,市民の関心が高まるのも当然です。市の広報誌とはいえ,「卒業」と明記していたにもかかわらず,実際には「除籍」だったとすれば,厳しい批判を受けるのは避けられないでしょう。
個人的には,なぜ除籍となったのかが気になります。一般的には授業料未納や在籍年限超過などが理由として考えられます。もし,大学時代に「授業には出ず,”社会勉強”をしまくっていて,気づけば除籍になっていた」などと語っていれば,一種の武勇伝として受け取られたかもしれませんが……。
ところで,「経歴詐称」という論点は,昨日扱った日本版DBSにも関係しています。労働法の通常の解釈では,業務と密接に関連する重要な事項について経歴を詐称した場合,懲戒解雇が認められることがあります。性犯罪歴がある場合についての経歴詐称をめぐる議論は,それほどないと思いますが,少なくとも企業は従業員や顧客の安全に配慮する義務の観点から,そうした人物を採用しないようにする必要があるでしょう。とりわけ,小児に対してサービスを提供する企業においては,小児やその保護者に対する広義の安全配慮義務が問われる可能性が高いでしょう(もっとも,実際に義務違反として損害賠償責任が認められるかどうかは,事案によります)。
経歴詐称は,現在では,企業が関心をもつ従業員の個人情報の取得のあり方という観点からも議論されます。とくにそれが要配慮個人情報であれば,真実を答えなくてもよいということもありうるため,難しい論点となります。企業が,性犯罪歴の有無について調査をすることは,通常の職場であれば許容せざるをえないのですが,その調査の方法は,本人にとってきわめて高度なプライバシー情報であることを考慮し,それについて虚偽の回答をすることも含め,本人に真実告知義務を厳格に求めることは適切ではないように思います。他方で,本人のプライバシーに配慮したうえで,事業者が調査をすることは認められ,そこで得た情報は,事業者が責任をもって厳正に管理したうえで,採否の判断に利用することは認められるべきだと思います(性犯罪歴があり,それを秘匿していたことがわかった場合,採用拒否や採用後の普通解雇はできるが,懲戒解雇はできないということです)。おそらく日本版DBSを労働法の面からみていくと,このようなことになるのかなと思いますが,詳しいことはもう少し考えていきたいと思います(勉強すべきことがたくさんありすぎて,時間が足らないのですが)。
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