ドラフトと移籍の自由
昨日のドラフトの話の続きです。プロ野球球団は,ドラフトで指名した選手とは独占的な交渉権をもち,入団が決まれば,保留権をもちます。プロ野球選手会のHPをみると,次のように説明されています。「NPB[筆者注:日本野球機構]には保留制度という選手の移籍を禁止する制度があります。そのため球団が保留権を有する選手については国内国外を問わず選手が他球団に移籍するために契約交渉練習参加等を行うことはできません。ですのでNPBでは選手が自分の意思で他球団に移籍ができないのが大原則です。会社を自分で辞めて他の会社に転職するように球団を移籍することはできません」。
この移籍禁止の唯一の例外がFA制度です。同じHPによると,FAには,国内FAと海外FAがあり,1度目の国内FA権を取得するためには145日以上の1軍登録が8シーズン(2007年以降のドラフトにおいて大学社会人出身者であった場合は7シーズン)に到達することが条件とされ,2度目以降の国内FA権を取得するためには前回の国内FA権行使後145日以上の1軍登録が4シーズンに到達することが条件とされています。阪神では,現在,大山,糸原,坂本,原口がFA権をもっています。全員いなくなると痛いですが,それはファンのわがままで,選手にとっては移籍は大事な権利です。
ところで,ドラフト指名から,移籍の制限までの,こういう仕組みは,独占禁止法に違反しないのかということは,以前から議論があるようです。実は,公正取引委員会・競争政策研究センターが,2018年に,労働法研究者の間でも有名な「人材と競争政策に関する検討会」の報告書を出したとき,「複数の発注者(使用者)が共同して役務提供者の移籍・転職を制限する内容を取り決めること(それに類する行為も含む。)は,独占禁止法上問題となる場合がある」(17頁)としていました。その後,公正取引委員会は,2019年6月に,「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」を発表しています。そこでは,スポーツ事業分野において移籍制限ルールを設ける目的には,①選手の育成費用の回収可能性を確保することにより,選手育成インセンティブを向上させること,②チームの戦力を均衡させることにより,競技(スポーツリーグ,競技会等)としての魅力を維持・向上させること,というものが挙げられています。そして公正取引委員会は,移籍制限ルールによって達成しようとする①と②の目的が,「競争を促進する観点からみても合理的か,その目的を達成するための手段として相当かという観点から,様々な要素を総合的に考慮し,移籍制限ルールの合理性・必要性が個別に判断されることとなる」と述べています。
プロ野球の場合,①や②は,選手の移籍制限として,どこまで合理的かについては,かなり疑問があるところだと思います。①は移籍金のようなものでも対応できますし,②は競技としての魅力は,もっと別の方法でも高めることができると思うからです(西武ライオンズは,今シーズンの成績はボロボロでしたが,収益はアップしたそうです。顧客サービスがしっかりしていたのでしょう)。それに戦力の均衡というのなら,JリーグのJ2などのように,球団数を増やして,入れ替え戦をして,強いチームだけ生き残るようにすればよいという考え方もあるでしょう。
独占禁止法の競争政策という点からどうかということもありますが,労働法の観点からは,彼らが労働者かどうかはさておき,一人の就労者が移籍の自由を制限されていることの違和感は小さくありません。江川卓事件のようにドラフト回避的な行動を,当時は世間も私も冷ややかにみていましたが,今では彼は彼なりに,自分をルールで縛るのなら,そのルールの範囲内でやれるだけの抵抗をして,どうしても入団したい巨人に入るということを貫徹した点で,すごいことをやったなと評価したい気持ちもしています。阪神は,江川にかなりやられましたし,敵としてみると困った投手でした。でも江川は,ストレートとカーブだけで,真正面から向かってきた投手でした。いま振り返ると,その投球は江川の生き方が反映していたのかもしれません。
プロ野球ファンとしては,プロ野球選手の「働き方改革」というものも考えていってもらいたいです。フリーランス法が施行されたことで,個人の事業者の働き方に関心が高まってきていると思います。公正取引委員会は多忙だと思いますが,なんとなく年中行事となってしまっているドラフトについて,FA制度のあり方も含めて,もう一度検討の俎上に載せてもよいような気がします。そういえば,公正取引委員会は,9月に,「プロ野球組織は,構成員である球団に対し,選手契約交渉の選手代理人とする者について,弁護士法……の規定による弁護士とした上で,各球団に所属する選手が,既に他の選手の選手代理人となっている者を選任することを認めないようにさせていた」ことについて警告を発したということがHPで掲載されていました(「(令和6年9月19日)日本プロフェッショナル野球組織に対する警告について」)。
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