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2024年11月の記事

2024年11月30日 (土)

再び公益通報者保護法について

 27日の日本経済新聞の「大機小機」は,公益通報者保護法について批判的な記事が書かれていますが,「真実相当性」の意味を取り違えているようなので,説得力のない論考となりました。同法の「真実相当性」は,通報対象者において,「通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」がある場合であり,これは告発対象の「社長」が「真実相当性」がないと判断するかどうかは関係がありません。上記の論考では,社長からみて真実相当性がないことが明白であったという設例で論じられており,それがそもそもおかしいのです。公益通報者保護法は,社長や経営陣が独断で判断して揉みけすことがないようにするための法律であり,告発者の真実相当性の有無は,通常は,事後的な調査をしなければわからないはずです。
 それでは悪意ある通報に対処できず,言われ放題で,株価はその間にどんどん下がったらどうするんだという疑問が,この論考の前提にあり,その問題意識自体はよくわかります。ただ,故意に虚偽の通報をした際の罰則を設ける」といった対応は,この法律がなんのために制定されたかということを考えると,やはり適切ではないでしょう。それに,公益通報者保護法は,「不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的」がないことが保護要件であるので,図利加害目的の通報は,同法では保護されず,就業規則に基づき懲戒解雇とすることができます。刑事罰がなくても,これで一般社員には十分に抑止効果があるでしょう。懲戒解雇くらいどうでもよいと思って悪意をもった通報する人は,刑事罰があるかどうかに関係なくやるでしょう。それに,「故意に虚偽の通報をした」ことの立証のハードルはかなり高いものです。実際にそうかはともかく,人々がそう考えるならば,罰則を設けても,あまり効果はないと思われます。
 では,どうすればよいか。従業員が会社の改善のために不祥事を外部に通報するという行為は,それだけで「社長」からすれば「悪意ある通報」に思えるものです。そうした「本能的」な反応をしてはならないというのが,公益通報者保護法の精神です(しかも同法は,不祥事のなかの犯罪行為に関係するものしか扱わないという意味で,最小限の対応しかしていません)。この法律は,企業がコンプライアンスを意識し,(理想を言えば,違法性の疑惑が生じることがないように透明性のある経営をめざして)何か問題があれば内部でうまく解決することを求める法律だということです。兵庫県知事の例を出して,「悪意ある通報」の犠牲者であるというような書きぶりは不適切であると思います。
 多くの企業内の不正行為が,企業内の自浄作用が機能せず,従業員の外部への告発などから明らかになったという事実を忘れてはなりません。しかも,それは日本を代表するような大企業においても,よく起きているのです。公益通報者保護法について文句を言う前に,コンプライアンス経営を目指し,不祥事をたとえ根絶できないとしても,これはきわめてレアなケースにすぎないと堂々と言えるような状況が出てこないかぎり,公益通報の必要性は残り,公益通報者保護法の規制強化の動きは止まらないでしょう。
 個人的には,従業員が簡単に外部に通報をすることがないよう,企業がしっかり内部通報システムを整え,そこに不祥事情報を集中させ,それへの対応を企業が自ら率先して行うという自浄作用を働かせることが大切で,公益通報者保護法は,そうした目的に合致したものだと考えています。公益通報者保護法の保護要件に照らすと,同法は内部通報前置主義を採用したといえるのです。内部通報前置主義は,企業にとって大きな意味があるのです。そして,その点からは,告発した従業員へのペナルティをまず考えるというようなことはあってはならないのです。
 以上については,公益通報者保護法の制定の直前に刊行している『コンプライアンスと内部告発』(2004年,日本労務研究会)の第6章(大内執筆)も読んでもらえればと思います。

 

 

2024年11月29日 (金)

竜王戦第5局

 竜王戦第5局は,今度は藤井聡太竜王(七冠)が,挑戦者の佐々木勇気八段に快勝しました。これで藤井竜王が32敗となり,防衛に王手をかけました。佐々木八段は,早い段階で相手陣に角を打って馬をつくることはできたのですが,結局,それがうまく働かなかったです。藤井玉は玉飛接近の悪形であり,素人は真似をしてはいけないのですが,レベルの高い技術をみせてくれているのだと思います。第6局は,佐々木八段の先手なので,第4局のような研究成果をみせてくれるか楽しみです。
 藤井王将への挑戦権を争う王将戦挑戦者決定リーグは,永瀬拓矢九段と西田拓也五段のプレーオフとなり,永瀬九段が勝って挑戦権を得ました。西田拓也五段は,最終戦で広瀬章人九段を破り,同じく近藤誠也七段を破った永瀬九段と51敗で並んだのですが,惜しくも挑戦には届きませんでした。しかし,大健闘であり,彼の名前を将棋ファンに広く知らしめることになったでしょう(前に書いたBlogで,広瀬九段にも挑戦の可能性があると書いていましたが,それは間違いでした。可能性があったのは,西田,永瀬,近藤でした)。広瀬九段は敗れて33敗で,菅井竜也九段と近藤七段と並んだのですが,順位の関係で陥落となりました。陥落は,このほか羽生善治九段と佐々木八段となりました。
 JT杯は,渡辺明九段が広瀬九段を破り,優勝しました。準決勝で藤井七冠(竜王・名人)を破った広瀬九段ですが,惜しくも準優勝でした。
 順位戦のB1組は,昨日行われ,首位を走っていた糸谷哲郎八段が石田健太郎七段に負けて72敗となりました。石田七段は44敗です。これで斎藤慎太郎八段に勝った近藤七段が71敗でトップに立ちました。斎藤八段は44敗です。二人を追うのが,今回抜け番であった佐藤康光九段の53敗です。昇級争いは3敗までではないかと思うので,実際上は,近藤,糸谷,佐藤康での争いとなりそうです。降級は,山崎隆之八段が大橋貴洸七段に敗れて17敗となり,大ピンチです。大橋七段は44敗です。三浦弘行九段も,高見泰地七段に敗れて26敗でピンチです。高見七段は54敗です。降級の危険があった広瀬九段は大石直嗣七段に勝って45敗となり,逆に大石七段は35敗で苦しくなりました。羽生九段は,順位戦で分が悪かった澤田真吾七段に勝って45敗となり盛り返してきました。澤田七段は44敗です。現在,降級圏にいるのは,山崎,三浦,大石ですが,4敗組もまだ安全とは言えないところがあります。3人目の降級者は57敗となる可能性があり,最後まで降級レースは激しいものとなりそうです。

2024年11月28日 (木)

火の怖さについて

 前に書いた火の話の続きです。ギリシャ神話では,火は,プロメテウス(Prometheus)が,神から盗んで人間に授けたものとされています。火は人間を幸福にした面もありますが,大きなリスクも与えました。神話では,プロメテウスは,ゼウスから罰を与えられますが,その含意は,火に地上のものを焼き尽くすというリスクがあることだと思います。原子力は「第二のプロメテウスの火」と呼ばれることもあるようですが,これは原子力が火と同様に,人類にとって大きな恩恵がある反面,巨大なリスクがあるからでしょう。
 神話はさておき,火のおかげで,人類は暖を取ることができ,食物を温めることにより消化しやすくなり効率的にエネルギーを蓄えれるようになりました。消化の際に使うエネルギーは少なく済み,それだけ脳に多くのエネルギーを回せるようになりました。食物に火を通すことは,有害な細菌を死滅させ,感染症のリスクを低減させることにもつながりました。動物は火をおそれるので,火には動物の襲撃から身を守る安全手段としての意味もありました。しかし火は,一瞬にして,多くのものを消失させます。完全燃焼すれば,二酸化炭素と水に化してしまいます。火事は恐ろしく,人間の命も簡単に奪ってしまいます。
 故意犯が原則の刑法でも,失火罪は,過失犯の数少ない例外です(116条)。ただ民事責任については,日本では木造家屋が多いということで,失火責任法により,民法709条を修正して,損害賠償責任は重過失の場合に限定されています(これだと軽過失なら許されるという誤ったメッセージにもなるので,立法論的には問題があります)。いずれにせよ火の扱いは注意せよということであり,不注意があると刑事責任が問われ,重過失があれば,刑事責任は加重され(刑法117条の2),さらに民事責任もかかってくるということです。
 ところで,昨日,学部時代に教わったことがある(まじめな学生ではなかったので,授業を聴いたか,別の先生の授業で先生の教科書が使われて名を知っていたのか,記憶が定かではありませんが),猪口孝先生が亡くなられたというショッキングなニュースが入ってきました。奥様の参議院議員の邦子さんも,私が大学院時代にお会いしたことがあります(ほんの少しだけでしたが,とても感じの良い方でした)。孝先生とお嬢さんを亡くされショックでしょう。心よりお悼み申し上げます。また先生と亡くなられたお嬢さんの御冥福を心よりお祈りします。
 出火の原因は不明ですが,どんなに注意をしていても火事のリスクから逃れることは難しいです。今年の正月の地震による輪島市の観光名所「朝市通り」の焼失も記憶に生々しいです。人類は,とても恐ろしく,かつ扱いの難しいものを手に入れたのです。でもホモ・サピエンスが火を手に入れてから,少なくとも10万年は経っています(はるかにもっと長いという見解もあります)。今日の科学の発達でかなりのことができるようになったとはいえ(不燃材,煙感知器,火災報知器,スピリンクラーなど),いまだに十分な対策がとられているわけではありません。もっと火事のリスクを低減させることはできないのでしょうかね(でも一番怖いのは放火といった故意の人災かもしれませんが)。消防団員が頑張っているのは心強いですが,テクノロジーによる防災こそ重要です。消防庁とデジタル庁の連携などが期待されるところです(こんな資料をみつけましたが……)。

2024年11月27日 (水)

兵庫県民として情けない

 兵庫県は知事選が終わって,結果はどうあれ,これからは落ち着いた県政に戻ってほしいと思っていたのですが,どうもそうなりそうにありません。メディアでは,今度は,公職選挙法違反問題が取りざたされ,兵庫県のことが連日話題になっています。ほんとうに情けないことです。あの異様な知事選の余波が残っています。
 名古屋市長選の結果も含め,SNSと民主主義ということが議論になってきています。民主主義の基本には,有権者が候補者を選択するために必要な情報が提供されている必要があり,それがない選挙は,いかなる選挙違反よりも根本的な民主的正統性に欠けるものとなりかねません。種々のメディアで流されている情報がどこまで正確かというのはなかなか検証しきれませんが,少なくとも兵庫県知事選との関係では,前に行われた県庁職員へのアンケートがあります。選挙は終わりましたが,アンケート調査の結果は,公表されています(文書問題調査特別委員会)ので,県民としては,まだ見ていない人はしっかり見ておく必要があるでしょう。調査結果を見ると,告発された内容について,直接見聞きした職員は少ないようですが,随所にきわめて具体的な記述があり,そこから,知事と職員の関係がどのようなものであったかは十分にうかがい知ることができると思います。選挙が終わっても,それで終わりではなく,県民は県政への監視の目を緩めてはいけません。
 知事選の投票率は55.65%で,そのうち斎藤知事は45.2%の支持を得たものです。次点の稲村氏は39.6%です(なお候補が10%程度しか取れなかった日本維新の会の兵庫県における位置づけは明確になったと思います)。選挙としては斎藤氏の文句のない勝利ですが,得票率をみると,民意は割れていたとみるのが公平な評価でしょう。知事には,そのことをふまえた謙虚な権力者であってほしいです。というような小言をおじさんから言われるのが,もしかしたら嫌な方なのかもしれませんが。

2024年11月26日 (火)

日曜スポーツ

 少し遅れましたが,大相撲九州場所が終わりました。これでいよいよ冬が来るなという気持ちになります。今場所は,期待の大の里は9勝どまりでした。押し相撲相手に土俵際でもろさがあったり,勝ち急いで逆転されたりしたという印象がありますが,これは昇進場所であることなどから稽古不足であったことが原因ではないかと思います。実力はナンバー1ですから,来場所は期待できるでしょう。優勝は他の2大関が千秋楽の1敗対決をし,琴櫻が勝ち,念願の初優勝です。来場所は綱取りとなります。負けた豊昇龍も13勝での準優勝ですので,来場所は14勝以上で優勝すれば横綱という声がかかるかもしれません。相撲内容的には,豊昇龍は,大の里戦でもそうであったように,強引な投げによる逆転が目につき,あまり強さは感じませんでした。しかし,初日から気合が入っていて動きがよく,本気を出した豊昇龍は手強いということがよくわかりました。琴桜は,お父さんの琴の若と同様,なんとなく勝ち味が遅い感じもしますが,恵まれた身体があるので,来場所は横綱をゲットする可能性はかなりあるでしょう(協会も,引退が近い照ノ富士に代わる横綱がほしいでしょうし)。好調が伝えられていた霧島は序盤の5連敗で調子に乗れず6勝止まりでした。大関復帰への道は険しそうです。若元春は小結で10勝しましたので,来場所は関脇で大勝ちすると,次の場所が大関取りになるかもしれません。さらに弟の若隆景が久しぶりに上位に戻って10勝しました。来場所は小結昇進でしょう。兄弟そろって大関への道を目指してほしいです。少し安定性がないものの,実力はある阿炎と隆の勝も,今場所はともに11勝をあげており,来場所も上位陣にとって脅威となりそうです。熱海富士はやや伸び悩みで8勝どまりでした。下位ですが,豪の山は10勝,優勝経験のある尊富士も10勝で,来番所は上位に上がってきて,わかせてくれることでしょう。十両では伯桜鵬が10勝で,再入幕はほぼ確実です。彼もかつての輝きを見せられるか。部屋を失った白鵬(宮城野)も期待していることでしょう。
 日曜のスポーとしては,もう一つ,高校駅伝の近畿大会がありました。兵庫県大会で2位になった須磨学園は全国大会の出場権がなくなったと思っていたのですが,今年から地区大会で勝てば出場できることになったようです(以前は記念大会だけでした)。近畿大会では,兵庫県大会と同じく,西脇工業と須磨学園のワーツーフィニッシュでしたが,西脇工業は兵庫県大会で優勝して,すでに全国大会への出場権を得ているので,須磨学園が近畿大会の代表として出場できることになりました。両校には兵庫県代表として,外国人留学生のいる他の有力高校(仙台育英,世羅,倉敷など)に負けずに,優勝をめざしてしのぎを削ってほしいです。

 

 

2024年11月25日 (月)

ルールと罰金

 WBSCプレミア12は,決勝戦で台湾が日本に快勝しました。打線は水もので,これまで好調だった日本打線は沈黙し,東京ドームを本拠とする巨人の戸郷が打たれて万事休しました。日本人としては残念ですが,台湾は強かったです。もっとも,先発の林昱珉投手の入れ墨はちょっと驚きました。あれは日本人としては見ていて気持ちのよいものではなかったですが,投球は見事でした。
 林投手は,前日の予告先発投手でした。台湾は,決勝進出が決まったあと,予告先発の変更をしていました。これには約3000ドルの罰金のペナルティがあるそうです。決勝進出が決まったあとの消化ゲームに,エースを投入するわけにはいきません。最初から駅伝でいうエントリー変更するくらいの感覚だったのでしょう。約45万円程度の罰金なんて大したことはないということです。しかし,予告先発を,負傷などの正当な理由なく変えることができれば,予告先発の意味はないですよね。罰金を払えば変更してよいと考えるのか,そもそも変更はできないのであり,その違反に対する罰則なのかによって,ルールや規範という観点からは意味が違ってくるのですが,実際の機能は,どっちであれ,金を払えば変更できるということです。
 これは,ちょうど債務不履行に対する損害賠償責任について,債務を実際に履行するか,金を払って履行しないかの二択であると考えるのか,債務は履行すべきである(法的にも,あるいは道徳的にも)が,それに違反した場合には損害賠償というペナルティを課すと考えるかという話と似ています。さらに広げると,Trump次期大統領が,中国に対して,台湾を侵攻するなら関税を200%引き上げるといっているが,これは台湾を侵攻するな(侵攻すれば関税のペナルティを課す)と言っているのか,関税を支払えば台湾侵攻してよいと言っているのか,という話にも似ています。これを労働法に結びつければ,解雇の金銭解決は,雇用継続をするか,金を払って解雇をするかの二択か,雇用継続が義務であり,金銭の支払いはペナルティとみるのか,という話とも似ています。金銭解決の話でいえば,個人的には,雇用継続義務はないが,解雇が簡単に行われるのは望ましいことではないので,然るべき高い賠償額を設定して,解雇が軽率に行われないように抑止し,結果として雇用継続が増えることになれば,それでよしとする発想です。金銭にはこうした種々の機能があるということでしょう。
 これは刑罰の応報機能と抑止機能に似ているかもしれません。死刑は抑止機能には効果があるかもしれませんが,だからといって軽微な犯罪に対する応報としては死刑は不当です。逆に重い犯罪に対して罰金刑では困ります。結局のところ,ペナルティはそれによって抑止しようとするものが,どの程度の非違行為であるか(非違行為をしないことが法的ないし道徳的にどの程度強く義務づけられているか)によって,どの程度のペナルティにとどめるのかが決まるということです。
 予告先発の変更は,たいした金銭的ペナルティではないので,それほど強く履行が求められているルールではないということなのかもしれません(スポーツマンシップに反するという主張はありえますが,それだったら,罰金はないほうがよいのかもしれません)。もちろん台湾側は罰金よりも,勝利により得られる報奨のほうがはるかに大きいという計算をしたうえでの予告先発交替でしょう。そういう計算ができるということ自体が,予告先発ルールとして重要性が低いことを意味するのです。そう考えると,しっかり損得を計算し,何よりも勝利に執念をもって競技に臨んで大会を盛り上げたという点で,台湾は見事であったといってよいのでしょう。

 

 

2024年11月24日 (日)

COP29とSDGs

 国連気候変動会議COP29が,アゼルバイジャン(Azerbaijan)のバク(Baku)で行われています。Bakuには行ったことはなく,一度行ってみたいところです。少し前に読んだ,古舘恒介『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』(2021年,英治出版)の最初に,この都市がいきなり登場します。古舘氏は,エネルギーの歴史をたどるなかで,まず最初のエネルギー革命は,火の利用にあったとし,その象徴といえるBAKUを訪問したところから,エネルギーの旅が始まります。そう言えば,ギリシャ哲学のHērakleitos(ヘラクレイトス)は,「万物は流転する」と述べたことで有名ですが,彼は「万物の根源は火」と考えていました。万物を変化させる根源に火があり,火こそがエネルギー(変化をもたらす能力)と捉えていたということです。
 私たちは,火を活用することにより,太陽エネルギーなど,自然界のエネルギーに依存する生活から脱却して,自分たちでエネルギーの制御ができるようになりました。しかし,燃焼は,二酸化炭素を発生させるので,これが気候温暖化をもたらします。火の国と言われるアゼルバイジャンは,何世紀にもわたって燃え続けているYanar Dag(ヤナル・ダグ)があるところとしても有名です。かつては,その名のとおり火を神聖視した拝火教(ゾロアスター教)の中心地でもありました。
 この火の国であえてCOP29が開かれたのには,何か深い理由があったのでしょうか。もはや気候変動への取組みに時間的猶予は許されないなか,火が燃え続けているこの国での会議で,対立する先進国と途上国の参加者たちは何を感じたのでしょうか。
 ところで,燃焼は,燃料と酸素(O)があり,それに熱エネルギーが加われば起こる現象なので,酸素(O)は不可欠ですが,Cを含む炭素化合物以外のものを燃料にすれば,二酸化炭素(CO2)は発生しません。水素(H)が期待されているのは,そのためです(水,すなわちH2Oができるだけです)。アンモニア(NH3)もそうです。ただし,アンモニアには窒素(N)が含まれているので,燃やすと窒素酸化物(NOx)という有害物質を発生させます。窒素を含む化学肥料は,生物の成長には役立つのですが,それが大気や土壌に流出すると環境汚染につながります。とくに一酸化二窒素・亜酸化窒素(N2O)は,CO2CH4(メタン)と並ぶ,大きい温室効果(太陽エネルギーを地表に閉じ込める効果)があり,さらに,紫外線を抑えているオゾン(O3)の層を破壊する効果もあると言われています。CO2を出さなければ,それで大丈夫というものではないのです。
 SDGsは,Marx(マルクス)が宗教について言ったのと同じような「大衆のアヘン」だと言う人もいます(斎藤幸平『人新世の「資本論」』(2020年,集英社))。その趣旨はわからないではありません。SDGsの運動に取り組んでいれば,それで十分というわけではなく,次のステップ(斎藤氏であれば資本主義にブレーキをかけること)に行かなければならないということでしょう。SDGsが資本主義の免罪符になっては困るということです。それはあたかも,Marxが,宗教が資本主義のもたらす害悪の鎮痛剤となり,共産主義への移行に向けて立ち上がる気持ちを奪うことを危惧したのと同じということです。
 ただ,まずはSDGsの意識を高め,とりわけ気候変動問題について一人ひとりが考えていくということは大きな意味があると思っています。これだけ資本主義にどっぷりつかっている私たちの生活を,暴力革命によらずに変えることは容易ではありません。だからといって暴力は容認できません。SDGsは,「アヘン」であっては困りますが,何が問題であるかを考えるためのきっかけにするため,こういうスローガンを掲げること自体は悪くないと思っています。そうした個人の意識改革の広がりの威力は軽視できないと思っています(斎藤氏の提唱する「脱成長コミュニズム」も,それを支持するかどうかはともかく,こうした意識改革に大きな影響を及ぼすものとなるでしょう)。とはいえ,時間がないことは否定できないのですが。

 

 

2024年11月23日 (土)

大山選手のこと

 昨晩から少し喉が痛むと思っていたのですが,今朝起きたとき,熱が少し高く,その後,午前中にぐんぐんと上がり378分まで行きました。平熱が低いので,私にとってかなりの高熱で,喉の痛みと頭痛でずっと寝ていました。いろいろ薬を飲みながら,夕方前には36度9分くらいになり,頭痛も喉の痛みも軽くなりました。まだ油断はできません。インフルエンザか,コロナか,ただの風邪かといろいろ考えましたが,数年に1度,突然原因不明の高熱になることがあり,それが久しぶりに起きたのかなと思っています。疲労の蓄積があるなか,急激な気候の変化についていけなかったのが発症のきっかけだったかもしれません
 ということで少し元気になったので,大山のことを書こうと思いました。阪神タイガースの主砲の大山悠輔選手です。FA宣言をしており,阪神退団の可能性が高いと言われています。おそらく藤川監督は,大山が来年はいないと考えて構想を練っているでしょう。可能性が高い移籍先は巨人です。大山は茨城出身ですし,関西にはそれほど縁があるわけではありません。阪神ファンは,地元出身のサトテルが好きであり,大山は自分が主砲と言われながら,ナンバー1
の選手と思われていないことをわかっているでしょう。一方,巨人は,多くの選手が行きたいと考えるチームであり,地方出身者はとくにそうでしょう。高待遇を提示されているはずで,選手としても惹かれるところは大きいはずです。FAはどこのチームで野球をするかを選択できるというプロ野球選手にとっては重要な権利であり,藤川監督があえて大山の残留の説得をしようとしないのも,選手ファーストという観点からは,よく理解できます。
 やや心配なのは,余計なお世話ですが,大山が巨人に行って幸福な選手生活を送ることができるかです。彼の今期のポジションは1塁です。守備は上手ですが,巨人には,大山より格上の岡本和真選手がいます。今シーズンの1塁のゴールデン・グラブ賞も岡本です。巨人はこれまでも他チームの4番打者を引っ張ってきていますが,成功したこともあれば,そうでないこともあります。飼い殺しをすることもありえます。チームの戦略としては,巨人で活躍できなくても,阪神で活躍できないようにするというだけで十分ともいえます。巨人は豊富な戦力があり,一方,阪神は貧打戦のなかでは,大山は良い成績をあげていたので,大山が抜ける影響は阪神には大きいでしょう。巨人はそう考えているかもしれません。また大山は全力プレーを欠かさず,ファンに愛される選手であり,チームメートにもよい影響を及ぼすことが期待されます。いてくれるだけでありがたい選手でもあるのです。
 大山の今期の成績は,打率は.259で,セ・リーグ20位,阪神でも4位です。ホームランもセ・リーグ10位タイの14本で,村上宗隆(ヤクルト)の33本,岡本の27本に遠く及びません。阪神のなかでも3位です。打点は68で,セ・リーグ9位で,これも村上の86,岡本83とは大きな差があり,阪神のなかでも3位です。唯一,大山がすぐれていたのは,得点圏打率で,.354で,これは首位打者をとったDeNAのオースティンに次ぐ2位です。とはいえ,森下翔太も.351で僅差の3位です。強打者の指標であるOPS(出塁率+長打率)も,大山はセ・リーグ14位で,阪神のなかで4位です。
 結局,阪神のなかでは,スラッガーとしての総合的な評価は,森下(ジャパンの4番打者),サトテルに次ぐ3番手です。大山がいなくなったら困るのですが,それでも致命的とまではいえません。外国人で埋めることができる可能性がないわけではありませんし,1塁ということであれば,守備に多少の不安があっても,来季は井上広大が大化けする可能性があります。
 巨人では,大山はどこでも守るつもりかもしれませんが,現実的には,1塁以外だと3塁か外野です。右の代打の切り札のような使われ方になるかもしれません。大山もそんなことは十分に承知しているでしょう。それでも自分が野球をやる場所は自分で選択したいというのが選手の気持ちなのでしょう。もしかしたら岡本は来季にはMLBに行くかもしれないし,ケガでリタイアすることもありえます。
 最終的に大山がどういう決断をするかわかりませんが,どうであれ阪神の功労者なので,活躍を期待したいと思います。

 

 

2024年11月22日 (金)

武石恵美子『「キャリアデザイン」って,どういうこと』

 武石恵美子さんから,岩波ブックレットの『「キャリアデザイン」って,どういうこと―過去は変えられる,正解は自分の中に』をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。キャリアデザインって言われても,どうやったらよいかわからないという若者向けに書かれたものだと思います。
 日本でキャリアのことを学ぶということは,日本型雇用システムについて学ぶということと同じです。そして,その大きな変容過程のど真ん中にいる若者は,これまでがどうであったかを知ったうえで,しかし,これからは違うということを知り,そのうえで,どういうことをすべきかを考えていく必要があるのです。本書のなかの言葉を使えば,「見通せるキャリア」の時代から,「見通せないキャリア」の時代へ,ということです。そもそも「見通せるキャリア」の時代というのは,つまらないものでもあります。安定は得られますが,大きな可能性も開けません。せいぜい企業の社長どまりです。組織のなかの出世にすぎません。「見通せないキャリア」の時代は,不安定ですが,可能性は大きく広がるともいえます。そもそも,デジタル化などのビジネス環境の激変でVUCAの時代に突入したことと,人生100年時代というような健康寿命の延伸のなかで,単一の安定したキャリアデザインは無理なことなのです。大きく羽ばたけよと,時代が若者を後押ししているのです。
 武石さんは,これからはキャリア自律が大切だとします。キャリアは自分のものであり,自分で描いていかなければなりません。そのなかで他者の助けも必要です。いつも書いていることですが,私は学生たちに,人生を幸福に過ごすためには,良い人に出会うことが大切だということを言ってきました。良い人に会うためには,自分が良いオーラを出していなければなりません。この人とだったら一緒にいたいという人がたくさんいたほうが,人生は豊かになり,何かのときの助けにもなります(友達がうまくできなくても,親や親戚,あるいは近所の人たちと良好な関係を保つということでもよいのです)。
 本書の終章では,サブタイトルにあるように,「過去は変えられる」とし,「正解は自分の中に」ということが書かれています。キャリアデザインの正解は,自分の選択したものを肯定的に受けとめていこうということだと思いますが,それならむしろ,正解などないと言ったほうがよい気もします。過去を変えられるというのは,過去の失敗があっても,それを活かすことができるという意味が含まれていると思いますが,そうすると結局,正解や失敗というのは,存在しないということでもあるのです。選択が求められたときに,自分で熟慮して決めたことが結果がどうあれ最善で,ただその選択ができるだけうまくいくように,日頃から前向きに努力していくことが大切なのだと思います。そう考えると,キャリアデザインとは,まさに日々の営みそのものともいえます。
 本書は,ときどき難しい用語がでてきますが,そこは気にせずに,ぜひ読み通してもらえればと思います。キャリアについて学びながら,実践的なキャリアデザインへの準備もできると思います。

 

 

2024年11月21日 (木)

未来予測

 福田雅樹ほか編著『AIがつなげる社会―AIネットワーク時代の法・政策』(2017年,弘文堂)のなかに,未来の労働社会を予測したシナリオを書いた私の論考「変わる雇用環境と労働法―2025年にタイムスリップしたら」(以下,「2025年」)が掲載されています。同じ弘文堂から単著AI時代の働き方と法―2035年の労働法を考える』(以下,「2035年」)を同年に出版しているので,未来予測をする気が満々であったころの執筆ですが,「2035年」のほうは,だいたいそこで想定している方向で動いているものの,「2025年」のほうでは具体的なピンポイントの予測をあえて書いているので,そのほとんどは全然実現していません。ということで,予測は外れたということです。言い訳をすると,「2025年」のほうは,かなり希望と期待を込めた部分があり,少し無理があることは調子でした。ただコロナ禍の前の論考なので,コロナ禍があったことにより,それだけ予測が実現しやすい状況にあったような気がしますが,実際にはそれほどデジタル化や技術革新は加速化しなかったということでしょう。
 では「2025年」では何を予測していたのでしょうか。2019年のラグビーワールドカップは,日本はニュージーランドに負けて準優勝と予想していました。実際には予選は4連勝で突破しましたが,優勝した南アフリカに敗れ,ベスト8でした。東京オリンピックは2020年であるはずが2021年にずれこみ,金メダル予想は32としていましたが27でした。デジタル技術をつかった活躍を期待した予測でした。外れはしましたが,大外れというほどではないでしょう。
 また,2020年に年金の支給開始年齢が70歳になるという予測は外れましたし,合計特殊出生率が2.0になるという予測も大外れです(どうして2.0になると予測したかは,ぜひ本を読んで確認してみてください)。
 2022年に日本労働法学会が解散して,科学的エビデンスに基づいて政策論を戦わす日本労働法政策学会が立ち上がるということを書いていましたが,これも外れました。ただ,2023年には,制度・規制改革学会が創設され,そのなかの雇用分科会では,これに近いことが議論されているといえます。
 一番大きな外れは,厚生労働省が,2020年にAIネットワーク社会を見越して,労働時間規制を見直し,私が提唱するような直接的な健康確保措置を検討する場を設定するという予測です。まったくそうした兆候はありません。2020年には日本型雇用システムの余韻は消え,解雇の金銭解決制度が導入されるといった予測もしていますが,これもまた見事に外れました。
 教育はMOOC(大規模公開オンライン講座)が一般化し,2023年には中学と高校は統合され,大学は専門研究機関となるという予測も外れ,若者が次々と10代で起業するという予測も当たっていません。
 しかし,私はめげていません。2025年は早かったかもしれませんが,2035年はどうでしょうか。「2025年」は大胆な予想をするということでしたので,少し尖ったことを書きましたが,荒唐無稽なことを書いたつもりはなく,多少の誤差があるだけと言いたい気分です。実際にはどうでしょうか。2035年,2040年に向けてどういう変化が起きるかをみていきたいと思います。

 

 

2024年11月20日 (水)

育児介護休業法の改正

 育児介護休業法は,20254月以降,パワーアップしていきます。「育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」は,その名称からわかるように,育児休業と介護休業がメインですが,その他の制度の拡充が著しいですね。どんどん制度が変わっていくので,それを追っていくのは大変です。今回の改正では,第1に,育児面では,子の看護休暇の改正が注目されます。第2に,介護面では,介護離職防止のための措置の強化が目につきます。第3に,在宅勤務(「住居その他これに準ずるものとして労働契約又は労働協約,就業規則その他これらに準ずるもので定める場所における勤務」),つまりテレワークについて,育児や介護のために講じることの努力義務が導入された点も,テレワーク推進派の私としては注目しています。
 個人的に最も気になっているのは,「子の看護休暇」が「子の看護等休暇」になり,看護以外のためにも休暇がとれるようになったことです。まず対象となる子の範囲が小学校3年生にまで拡大され,取得事由に,インフルエンザなどの感染症による学級閉鎖と,さらに「入園,卒園又は入学の式典その他これに準ずる式典」(改正後の施行規則33条の2)が追加されました。また,労使協定による継続雇用期間6か月未満の労働者を除外するということができなくなる点も重要です。入社してすぐの従業員も,この休暇をとれるということです(介護“休暇”も同様)。
 もっとも,取得事由の拡大については,コメントしたいところもあります。現在でも幼稚園の入園,卒園に両親が参加することは珍しくありません。今回の法改正は,フレックスタイムや裁量労働制の対象でない労働者が,年次有給休暇を取らなくても,その日に休暇をとることができるようにするということです。ただ,子の看護等休暇は,企業がとくに有給扱いとしていなければ,無給となるので,依然として年次有給休暇をとって参加する人はいると思います(年次有給休暇は多くの労働者は完全消化していませんので)。また,休暇取得に対する不利益取扱いは禁止されています(法16条の4)が,古い世代の上司がいて,子どもが病気や学級閉鎖の場合はさておき,(とくに男性従業員がこの休暇を取得しようとしたときに)入園式や卒園式で休むことに良い顔をしない人もいるような気がします。企業は,きちんと上司を教育する必要があるでしょう。
  そう書きながら,実は心のどこかで,ここまで法律で定める必要があるかという気持ちもあります。入園等に関する今回の追加事由は企業の任意の判断にゆだね,就業規則でこの事由を実際に追加した企業は,くるみん認定で考慮するといったぐらいのほうが適切な気がします。それに学級閉鎖も,本人が病気でないことが前提で考えると,テレワークの権利を与えるような規制も考えられたのではないかと思います。狙いは悪くないとしても,やり方をもっと考えたほうがよいということです。
 

2024年11月19日 (火)

ネット言論空間の健全化

 選挙におけるSNSの威力に世間の注目が集まったのが,先の都知事選での石丸候補の躍進であったと思います。今回の兵庫県知事選の斎藤知事の逆転(?)勝利もあり,今後は,SNSの活用が必須となっていくでしょう。アナログ的な選挙運動に問題を感じていた私としては,悪い話ではないのですが,もちろんフェイク情報への対策は必要です。アメリカの大統領選挙でも,ずっと問題として指摘されていたことです。
 テレビなどのマスメディアでは真実がわからないから,SNSで真実を知るというのは,わからないではないのですが,SNSでもまたマスメディアと同じように,あるいはそれ以上に真実はわからないのです。そこのところのリテラシーが不十分なまま,選挙という重要なイベントにSNSが活用され始めていることは,かなり危険なことです。SNSでは,基本的には無責任な情報が乱れ飛んでいて,偽情報を流しても,名誉毀損などとなれば別ですが,そうでない限り,表現の自由の範疇に含まれ,そのペナルティは事実上ないという状況です。
 昨日の日本経済新聞において,「複眼 生成AIと言論空間」というタイトルで,AIによる雇用代替のレポートで有名なオックスフォード(Oxford)大学のマイケル・オズボーン(Michael Osborne)氏らと並んで,江間有沙さんが登場していました。かつてAI関係の会合などで何度かご一緒したことがあります。江間さんは,記事のなかで「言論空間の健全性確保において,まず大事なのは健全性の基準を定めるプロセスだ」とし,江間さん自身,国際的な場で主導的に,基準づくりに取り組んでおられるようです。「詐欺や暴力の推奨など明確に違法と判断できるもの以外に関しては,一つの価値観を押し付け多様な意見を認めないのも不健全だ。表現の自由とのバランスが求められる。」というのは,その通りです。AIの開発や利用側の倫理的行動が求められるのは当然で,政府がその点で介入するのは,表現の自由の制限ではなく,表現の自由を守るためのルール作りとみるべきなのでしょう(Osbore氏も同様の見解だと思います)。
 そもそも,よく考えみると,ネット空間以外でも偽情報はあふれています。近所のおじさんやおばさんに聞いたことを,ついつい信じ込んでしまったが,それが真っ赤な嘘であったということは,誰しも経験があるでしょう。前にもこのBlogで書いた,米騒動のときの鈴木商店焼き討ち事件も,悪意をもって虚偽のことが書かれていた可能性がある新聞記事を真実だと思い込んだ人たちの誤信情報の拡散が発端です。いつの時代も,同じようなことは繰り返し起こるのです。
 SNSへの傾斜は,メディアが本当のことを伝えないという認識が広がったこととも関係しています。日本では,ジャニーズ問題が大きいと思っています。メディアは,あれだけの違法行為を知っていながら,それを報道せず,それどころか知らぬふりで番組などで,その事務所のタレントを使っていたのです。とくに公共放送であるNHKの責任はきわめて重いでしょう。もうメディアは信用できないと言われても,反論のしようがないでしょう。
 
 これからは,ネットの言論空間におけるルールづくり,そして利用する側のリテラシーの向上,その双方が必要です。ネットでの言説は,「見たいものだけ見る」という問題があると言われています。人間には,自分の考えや願望に沿った情報にばかり注目する「確証バイアス」があるからです。また「利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)」のような思考のショートカットは,目立つ情報など利用しやすい情報に頼って判断するものです。さらに「バックファイア(backfire)効果」のように,自分の見解と違う情報があると,それに反発して,かえって自分の見解が強化されるというものもあります。これは,たとえばマスメディアがSNSのフェイク情報を否定したりすると,かえってフェイク情報を信じる者が増えるという形で現れます。アメリカの共和党のTrump信者があれほど多いのは,「バックファイア効果」があるとわかると,理解できます。さらに,SNSは「見たいものしか見えないという情報環境」に置かれることによって,その問題点は増幅するといえるのです。対策は,メディアリテラシーやファクトチェックであり,さらに異なるつながりをもつこと(情報源の多様化)にあるようです。偽情報と認知バイアスについては,笹原和俊『フェイクニュースを科学する: 拡散するデマ,陰謀論,プロパガンダのしくみ』(2019年,化学同人)が参考になります。

2024年11月18日 (月)

兵庫県知事選終わる

 ここまで大差がつくとは思いませんでしたね。斎藤元彦氏が知事に再選されました。SNSの力が大きかったと言われています。一方,稲村氏は,兵庫県をどうしたいかというところのメッセージがあまり明確に伝わっていなかったような気がします。反斎藤でいけば楽勝という油断が大逆転をもたらしたのかもしれません。レースとしては面白かったとしても,一県民としては,知事選がこれだけ全国で話題になり,また驚くような結果になったことについて,複雑な心境です。
 いずれにせよ,斎藤氏には,再選が決まった以上,頑張ってもらうしかありません。本人が県政の混乱について反省しているということなので,これからは県庁内の重い雰囲気が解消されていくことを期待しましょう。知事には,説明力を高めてもらい,県民だけでなく,県職員にも,納得されるような業務をやっていってもらいたいです。知事は権力者ではなく,県民の下僕(servant)
という気持ちで,仕事に臨んでもらう必要があります。
 今回の選挙では,終盤になって,元県民局長の自殺の原因は何であったかとか,あまり本質に関係のないことが話題になっていたようです(私はSNSをフォローしていたわけではありませんので,ネットニュースなどによる伝聞です)。私がこだわってきたのは,こういうことではなく,通報に対する知事側の対応の適否であり,知事自身か側近の行動かわかりませんが,それが不適切なものであったかどうかなどの検証が必要だと考えています。そのうえで,大事なことは過去の行為に対する責任追及ではなく,今後への対応です。少なくとも通報に対して,犯人探しのようなことがなされないよう健全に運営されると信頼されるものにならなければいけません。公益通報制度の趣旨は,通報しようとする人の背を押すものであるからです。
 パワハラやおねだりなどは,主観的な要素が強く,あったかなかったかを論じても,あまり意味がありません。パワハラは,法制度に取り込まれたものですが,その定義は曖昧なものがあり(労働施策総合推進法30条の2を参照),裁判所や第三者機関の認定がなければ,議論が先に進みません。ただ,パワハラについては,それがあったという話が出てくるところで,すでに組織の失敗ではないかというのが,以前に「Wedge」で書いたこともある論点です(「企業の体たらくが生んだ「パワハラ法」小手先の対応で終わらせるな」)。民間企業だけでなく,県でもそれは同じです。公務員の特殊性を言うのではなく,公務員も労働者であるという観点から,労働者が安心して納得した仕事をできるような態勢を作り,県民の負託に応えてもらえればと思います。

 

 

2024年11月17日 (日)

北朝鮮兵の参戦

 北朝鮮兵もロシア側で参戦していると聞いて驚きました。戦争では,戦争当事国の国民ではなく,金で集められた外国人の傭兵が相手国を攻撃することは,古今東西,決して珍しいことではありませんが,北朝鮮の軍人は,国家の命令により派遣されているのではないでしょうか。そうなると,これは傭兵とは言えませんね。
 いずれにせよ,ロシア人はたくさんいるにもかかわらず,ロシア人以外の人がロシア人のために戦争して,ウクライナ人を殺そうとしている状況は,本当におぞましいです。ロシア人が傷ついていなければ,ロシアのなかでの厭戦感もなかなか高まらないでしょう。
 ところで,もともとロシアは正規の軍隊以外に,ワグネル(Wagner)という民間軍事会社を使っていたことは,よく知られています。20236月に,その代表のプリゴジン(
Prigozhin)の反乱が鎮圧されたとき,このブログで採り上げたことがありましたが,その後,彼は謎の事故死をとげています。そのときにも書いた西ローマ帝国を滅亡させた傭兵隊長オドアケル(Odoacer)のことが,やはり気になります。傭兵隊長は,皇帝にとっては危険なのです。オドアケルは,その後,東ローマ帝国の皇帝から送られてきたテオドリック(Theodoric)に殺されます。
 西ローマ帝国の滅亡前から,ローマ帝国は東西に分かれており,キリスト教は,西方教会(カトリック)と,東ローマ(ビザンティン[Byzantines])帝国の地域に広がった東方教会(ギリシャ正教など)に分かれていました。ウクライナ・ロシア・ベラルーシの地域にあったキエフ・ルーシも,東方正教を受け入れていました。その後,モンゴルに征服されますが,モスクワ大公国のイヴァン3世(IvanⅢ)は,モンゴルの支配から脱し,さらに東ローマ帝国がオスマントルコに滅ぼされて以降は,「ツァーリ(カエサル)」を名乗り,東ローマ(ビザンティン)帝国を引き継ぐと宣言しました。今回のウクライナ侵攻は,ロシア人の多くが信奉するロシア正教会と,その支配から脱しようとするウクライナ正教会(さらにウクライナの西部はポーランドの影響を受けてカトリックが多い)との宗教戦争としての意味もあるということが,池上彰『知らないと恥をかく世界の大問題14 大衝突の時代――加速する分断』(2024年,角川新書)に書かれています。
 ロシア正教会のトップの総主教は,Putin支持ということです。宗教は大衆のアヘンだといって毛嫌いしたMarxに忠実に,スターリン(Stalin)はロシア正教会を弾圧したそうです。しかし,Putinは,宗教は国民の支持を得るのに使えると考えて,ロシア正教会を手なづけます。ロシア人の圧倒的多数の宗教はロシア正教会であり,Putinへの根強い支持は宗教の下支えもあるということです。ウクライナとの戦争が宗教戦争の意味をもっているとすると,Trumpの得意のdeal でも解決は困難ではないでしょうか。アメリカ国外のことでTrumpに期待できる数少ないことの一つがウクライナ戦争の終結と拉致被害者の奪還ですが,少なくとも前者は(残念ながら)望み薄ではないでしょうか。

 

 

2024年11月16日 (土)

竜王戦第4局

 竜王戦第4局は,藤井聡太竜王(七冠)相手に,挑戦者の佐々木勇気八段が快勝しました。これで22敗のタイです。先手の佐々木八段は積極的に攻め続け,なんと時間を2時間以上も残して勝ってしまいました。事前の研究をぶつけたというところでしょうが,持ち時間が8時間と長い将棋ですので,藤井竜王も対応できそうなものした。しかし,本局ではなすすべがありませんでした。これで対戦成績も佐々木八段からみて46敗と近づいてきました。
 佐々木八段は,藤井王将(竜王・名人)への挑戦を争う王将戦の挑戦者決定リーグでは,5連敗で早々に陥落が決まっていますが,名人戦は41敗でトップを並走しており,藤井竜王・名人の2つのタイトルに照準を合わせているのかもしれません(連覇がかかるNHK杯では早々に負けてしまいました)。
 その名人挑戦をかける順位戦A級は,佐々木八段とともに,永瀬拓矢九段と佐藤天彦九段が41敗でトップを走っています。佐藤九段は前局で初黒星を喫しました。勝った稲葉陽八段は初白星(14敗)です。ここから挽回できるでしょうか。稲葉八段と同じく4連敗であった菅井竜也八段も,中村太地八段に勝って14敗です。菅井八段は調子をあげてきているので,ここからが楽しみです。その他は渡辺明九段が32敗,千田翔太八段・増田康宏八段という昇級組はともに22敗,中村八段は23敗,豊島将之九段は14敗です。降級争いは熾烈なものとなりそうです。
  B級1組は,糸谷哲郎八段が71敗で快調です。近藤誠也七段も61敗です。2敗はいないので,この二人が飛び出しています。この二人は最終局で顔を合わせます。一方,降級に関しては,山崎隆之八段が16敗で黄信号です。25敗の三浦弘行九段もピンチですね。さらに35敗の広瀬章人九段がまさかの苦戦です(JT杯将棋日本シリーズでは準決勝で藤井竜王・名人に勝って決勝進出を決めるなど,他棋戦では好調です)し,同じ35敗ですが,順位が下の羽生善治九段も危ない位置にいます。ただ,前局の高見泰地七段相手の執念の逆転勝利は,残留に向けて大きな1勝ではないでしょうか。
 王将戦の挑戦者決定リーグは,佐々木八段とともに,羽生九段も永瀬九段に敗れてリーグ陥落が決まりました。現在は西田拓也五段と永瀬九段が41敗でトップ,近藤七段と広瀬九段が32敗で両者を追いかけています。最終局は,西田五段は広瀬九段と,永瀬九段は近藤七段と対戦です。広瀬九段以外の3人に4人全員に挑戦のチャンスがあるので,最終局は大勝負になりそうです。なお降級はあと1人(全部で3人)で,前期の挑戦者である菅井八段はすでに33敗で全対局を終えており,順位が1位なので,広瀬九段と近藤七段がどちらかが敗れれば残留,二人とも勝てば降級というギリギリのところにいます。

 

2024年11月15日 (金)

テレワークと過労

 先日の学部の授業(法学部生以外に向けた授業)で,これからの働き方というテーマで,「ムーブレスワーク」や「テレワーク」の話をし,そのメリットとデメリットを紹介しました。ちょうど日本経済新聞(1111日電子版)で,「『在宅勤務日はフレックス』解禁 柔軟な働き方後押し」という見出しの記事が出ていたので,その内容も紹介しておきました。労働基準法制研究会でも,テレワークへの対応のため,労働時間規制について,いろいろ見直しをしようとしているようですね。やればやるほど規制が複雑になるということにならなければよいのですが。
 そのようななかで,今朝のNHKの朝のニュースで,テレワークによる過労死のことが報道されていました。テレワークであろうとなかろうと,過労になることは,十分にありえます。時間主権の回復というテレワークのメリットを活かすためには,当然のことながら,いくつかの前提があるのです。納期がきつい過重な仕事が与えられると,過労による健康障害の危険が出てくることは当然です。テレワークの場合,休息時間の確保も,実際上は自身の判断となる部分が多いでしょうから,そこでうまく自分の時間の調整ができなければ,過労に追い込まれていく危険があるのです。ただ,子どものときから,他人が決めた時間のルールに合わせることに慣れてきた人が,突然,自分で時間の調整をしろといわれてもうまくいかないでしょうし,ましてや多くの仕事が与えられ,納期が厳しいということになると,追い込まれてしまいます。
 実は研究者も,この点は似た問題があり,それが原稿の締切です。自分で納得するものを書きたいが,締切日が決まっていると,眠る時間や食事の時間などを削ってやるしかありません。もちろん知的創造性が必要となる仕事なので,時間をかければよいというものではなく,ほんとうはしっかり休んだほうが良いのですが,なかなかそういう切り替えができないこともあります。
 それでも,研究者は,文系であれば,もともと孤独な作業なので,ある程度,経験を積むと,孤立していても自己コントロールができるようになるでしょうし,そもそもきつい原稿依頼であれば,断ることができることが少なくないでしょう。しかし,多くの業種や職種では,そういうわけにはいかないでしょうから,孤立や過労を回避するために,周辺のサポートがあったほうがよいでしょう。これも,上司の仕事だということで,そのうちテレワークに特有の安全配慮義務や健康配慮義務の理論が深まっていくかもしれません。一方で,つながらない権利などの発想については,一部の労働者には,これが会社のシステムにアクセスできないという方法でされると困るという意見もあるようです。つながるかどうかは自分で判断させてもらいたいということです。つながりを拒否する権利だけを認めてくれれば十分で,つながるかどうかは自分に判断させてほしいということです。こういう自己決定を認める解釈は,労働法ではなかなか認められないのですが,そろそろ新たな発想も広がってきてほしいです(パターナリズムからの脱却)。
 「テレワークと過労」というのは,それとは対極的な「テレワークと過小労働(さぼり)」とともに,テレワークの問題点として意識されてきたものです。テレワークであっても,現行法上は,企業に労働時間管理責任や安全(健康)配慮義務があることに変わりはないのですが,これだけではちょっと足りません。必要なのは,かつての野田進先生と和田肇先生の本の名前である『休み方の知恵―休暇が変わる』(有斐閣)です。欧州に留学経験があると,日本人は休み方が下手だということを痛感します。私も2016年に『勤勉は美徳か?―幸福に働き,生きるヒント!』というタイトルの新書を光文社から出しています(Kindle Unlimited にも入っています[入れられてしまっている!?])。まじめに働きすぎなくてもよいということや,そのためにどうすればよいかということを,法制度の説明も合わせて説明しています。親の言うこと,学校の先生の言うことを聞くのはよいですが,上司の言うことをまじめに聞くことは必ずしも必要ありません。自分にとって良い上司かどうかを判断し,やりたくない仕事はやらない勇気をもつことが,過労から逃れるために必要です。これはテレワークかどうかに関係なくあてはまる話です。拙著を読んで,幸福に生きるためのヒントを得てもらえればと思っています。 

 

 

2024年11月14日 (木)

選挙

 神戸大学の学長選挙(意向投票)が終わり,その後の選考会議で,現学長の再任が決まりました。私は対立候補として出ていた,大学院経営学研究科の國部克彦教授を応援していましたが,現職は強かったということでしょう。現学長の次の任期と,私の定年までの年数はほぼ重なっていますが,残りの神戸大学での研究・教育人生を,よい学内環境のなかで終えることができればと願っています。もちろん,個人的には現在の環境に大きな不満はないのですが,大学全体をみると,改善する余地が少なくないことは明らかです。
 兵庫県知事選挙も大詰めとなってきました。今回の選挙には,あまり良い話が聞こえてきません。兵庫県民としては,静かな環境で,次の知事を選びたいです。私のもとにも,いろいろな情報が入ってきていますが,とてもここでは書けませんし,何が真実かもわからないところがあります。いずれにせよ,今回の県政の混乱は,兵庫県政の積年の問題が関係していると考えています。井戸知事時代の県政の功罪をどう評価するかはともかく,やはりちょっと長すぎました。知事選はどうしても現職が有利であるということをふまえると,やはり法律で多選禁止を定めることが必要だと思っています。3選が限界でしょう。民主主義では有権者の判断を優先させるべきであるという主張もわかるのですが,知事にはきわめて強い権限があることを考えると,それを抑制するということもまた民主主義にかなうものといえないでしょうか。

2024年11月13日 (水)

就労の壁

 しつこく社会保障のことを書きます。103万円は壁ではないという意見があります。103万円を超えればその所得分に課税されるだけで,これを「手取り」が減ると言うのは誤解を招くと言えるかもしれません。ただ,就労を抑制するということについては,どうでしょうか。壁でなければ,就労抑制もないということになるのでしょうか。
 税金を払うのと払わないのとでは,連続性があるものではなく,0から1というのは,非連続であるような気がします。複数のパートをしているような人の場合,103万円を超えるかどうかは確定申告をするかしないかの違いになります。確定申告をするのは,毎年やっている私のような人間にとっては,それほど大きな手間ではありませんが,あまり慣れていない人ややったことがない人にとっては,ハードルが高いことでしょう。納税意識が強い人ほど,合計103万円にならないように就労調整しようと思うでしょう(納税意識がない人にとっては関係ないでしょうが,脱税していることになります)。1箇所で働いている場合には,103万円を超えると,会社が源泉徴収してくれるはずなので,問題はないということになりそうですが,それでも働いて税金を取られるという経験がなかった人が,新たに税金を取られるということになると,そのことへの抵抗があるのかもしれません。この庶民感覚を重視するならば,やはり壁というものはあると言えそうです。
 さらに,16歳以上の扶養する子どもがいる場合,子どもたちのアルバイトは,親の扶養控除との関係で,明確な影響があります。こちらのほうは,子どもが103万円の壁を超えると,親に手取りの減少という影響が出ます。これは大学生の子がいる家庭の人は気になったことがあるかもしれません。子どもが知らないうちにアルバイトをしすぎて,泣く泣く扶養控除を諦めざるをえなかったという経験をした人もいるのではないでしょうか。親は,子どもには103万円以内でアルバイトをするように求め,必要な部分は親からお小遣いが支払われるとなると,親の可処分所得が減ります(手取り減少と同じ)。また,アルバイトの就労調整は人手が減るということを意味します。いっそのこと扶養控除はやめて,児童手当で対応したほうがよいのかもしれません(この12月から,児童手当の対象が高校生にまで広げられ,その一方,2026年から高校生の扶養控除は縮小するようです)。
 もちろん,手取りへの影響という点では,社会保険に関係する106万円,130万円のほうが大きな影響があります。医療については,保険ではなく,税を基盤としたユニバーサルなシステムとなれば,この問題は解決されますが,イギリスのNHS(国民保健サービス)の問題点(医療人材不足,医療サービスの質の低下,待ち時間の長さなど)が言われるなかでは,現実性は乏しいような気がします。ただ,国民健康保険の財政面の問題などがあり,かなり苦しい自治体もあることを考えると,イギリス型の医療保障制度(あるいはイタリアも同様)を,いまから検討しておいてもよいと思います。もしイギリス型に切り替えることができれば,国民健康保険と健康保険との格差問題も解決します。ちなみに傷病手当金のような所得保障については,医療サービスと切り離してよいのではないかと思っています。
 現行制度の下で,106万円の壁がなくなると,次の壁は130万円です。こちらは被扶養者となる要件との関係です。国民年金では130万円未満の配偶者は,第3号被保険者となり,保険料を支払わなくても将来の年金は減額されません。130万円を超えると第1号ないし第2号の被保険者となり,保険料を支払わなければなりません。健康保険との関係では,被扶養者は保険料を支払わなくてもよいのですが,130万円を超えると,それがなくなり自分で保険料を支払わなければなりません。この負担はかなりのものです(配偶者に企業が支払う扶養手当についても,これにならって130万円以下を要件としていることが
あります)。130万円を超えないように就労調整する気持ちはよくわかります。
 今朝の日本経済新聞で,論説委員の柳瀬和央氏は,「『年収の壁』の正体とは」という論説のなかで,130万円や106万円が就労の壁になっている主因は,「専業主婦の優遇にある」としています。共働き時代に合わない制度が残っているということでしょう。個人単位の医療保険というのは,こういう106万円や130万円の壁をなくすことに貢献できます。国民民主党の玉木氏は,「103万円の壁」の引上げで,ちょっとやりすぎて政治的な報復を受けたのかもしれませんが,彼が失脚しても,彼のやった問題提起は無駄ではなかったということにしなければなりません。
 社会保障制度改革は,難しい課題ですが,あらゆる選択肢を排除せず,思考実験を繰り返すことが必要だと思っています。

 

 

2024年11月12日 (火)

遺族補償から社会保障について考えてみた 

 昨日の話の続きですが,個人単位の社会保障というものを考えた場合,一つの論点は,遺族補償がどうなるのか,ということでしょう。渋谷労基署署長事件でも,ヘルパーの遺族が,遺族補償給付と葬祭料の支給を求めた事案でした。
 個人単位で社会保障を考えるということにすると,生計を同一にしていた配偶者が死亡した場合の所得保障をどう考えるのか,という問題にぶつかります。ただ,共働き(ツートップ型)や独身世帯が増えていくなかで,個人で生計を支えていくのが原則になると,配偶者への給付は不要ということになるかもしれません(未成年の子については,扶養する親に,その収入に応じた手当などで対応することになるでしょう)。
 現行法では,妻が先に労災で死亡した場合,夫は60歳以上でなければ遺族保障年金の受給資格はありません(労災保険法16条の211号)。一方,夫が先に死亡したときの妻にはこのような年齢要件はありません。妻は夫に経済的に支えられているので,夫が死亡した場合には年齢に関係なく保障が必要だが,夫の場合は,60歳未満であれば,自力で生計を立てることができるので,保障は不要ということでしょう。これが生活の必要性ということからくる議論であるとすると,今後は共働き化の定着により,妻も経済的に自立するようになっていくので,夫と同様,60歳未満であれば,受給資格はないという方向での平等化も考えられそうです。実際の裁判は,夫の年齢要件をなくす方向での議論をするのですが。
 ちなみに,2017321日の最高裁判決は,地方公務員のケースですが,遺族補償年金の受給資格で妻以外に年齢要件があることを,憲法14条の平等原則に反せず合憲と判断しています。その理由は,「男女間における生産年齢人口に占める労働力人口の割合の違い,平均的な賃金額の格差及び一般的な雇用形態の違い等からうかがえる妻の置かれている社会的状況に鑑み,妻について一定の年齢に達していることを受給の要件としないことは,……合理的な理由を欠くものということはできない」というものです(
平成27年(行ツ)375)。この最高裁判決には,当然,批判もあるところです。
 ところで,最近いただいた森戸英幸・長沼建一郎『ややわかりやすい社会保障(法?)』(弘文堂)で,この点について,どういうことが書いているだろうかと思って,本を開いてみました。こちらは遺族厚生年金についての箇所で,この論点に触れていました(遺族厚生年金は,やはり夫にだけ55歳以上の年齢要件があります)。
 「ちなみに遺族年金を廃止して,年金をすべて個人単位にすれば『すっきりする』との指摘も多い。確かに遺族が誰もいないケースも増えてくるだろうし,その方が今の時代にマッチしているともいえるのだが,もしそうすると,たとえば早く死んでしまい,ずっと保険料を払ってきたのに年金をあまり(さらには「まったく」)もらえなかった場合の『保険料の払い損』の問題などが正面に立ちあらわれるだろう。」(191頁)。
 私は,老後の所得保障は,現在の基礎年金に相当するものは税金ベースとし,それ以上の部分は,iDeCo(個人型確定拠出年金)のような個人の積立てに税制優遇を認めること(拠出・給付の双方での優遇を想定していて,こうした優遇は現金給付と同様の効果があるので,広義の社会保障に入ると思っています)でよいのではないかと考えていますが,途中で死亡した場合,後者については,年齢に関係なく遺族に支給されることにすればすっきりします。これだと保険料の払い損という問題も出てこないと思います。労災保険も,医療面は健康保険に吸収し,遺族補償はなくし(個人単位の年金制度に吸収し)たうえで,使用者や第三者の帰責部分については,民事で安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償を請求することでよいというのはどうでしょうかね(労災保険制度の趣旨の一つである無資力の危険への対応は難しいのですが,立証の負担については,労働者側に有利なルールを立法で定めることはありえるでしょう)。もちろん労働者から損害賠償請求するのが大変ということはよくわかるのですが,現行法の下でも,労災保険は全額の補償はしてくれないので,差額分(とくに慰謝料)は民事損害賠償請求をすることになるのです。そう考えると,裁判をする手間という点では,いまと変わらないといえるでしょう。詳細は詰めなければならない論点はたくさんありますし,現実無視の暴論かもしれませんが,徹底した個人単位の社会保障というものの理論的シミュレーションはやってみてもよいと思っています(すでにどなたかが,されているのかもしれませんが)。
 ところで,この森戸・長沼本は,プレップ労働法と同様の森戸カラーの強い本ですが,いつものように読み物として面白く,書名の「ややわかりやすい」という謙虚なタイトルは,社会保障の難しさを直視した正直なものなのでしょう。人生も60年以上になり,家族の介護なども経験し,自分の年金受給開始年齢に近づくと,社会保障の重要性は身にしみて感じます。その割には,この制度の複雑さには閉口することも多いです。私たちの生活において,とくに高齢になってくると最も重要性が高い社会保障制度の話は,社会保障法の素人もどんどん議論に参加して,良き社会の設計のために意見を言うことができてもよいと思っています。今回いただいた本をきっかけに,みんなで社会保障を論じてみることが必要だと思いました。森戸・長沼本の表紙の黄色は,社会保障に関心をもたなければ大変なことになるという警告を示す色かもしれません。もっとも,いきなりこの本だと,読者はびっくりするかもしれませんから,同じ弘文堂の島村暁代さんの『プレップ社会保障法』から(まだの人は)読み始めたほうがよいかもしれません。
 ちなみに,国民民主党の103万円の壁の引上げ論に便乗して(?),社会保険のほうの106万円の壁を撤廃しようとする厚生労働省の動きを素材に,みんなで議論をしてみてはどうでしょうか。これによりパート労働者が厚生年金に加入できれば,手取りは減りますが,保険料の事業主負担もあるし,厚生年金で老後の所得保障につながるという話を聞かされています(健康保険なら病気で休業したときの傷病手当金もあります)。でも,老後の保障については,手取りが減った部分は国に運用してもらうということで,若い人なら何十年も先にならなければもらえない給付を(政府から委託されたGPIFという専門家とはいえ)他人の運用任せにするのです。その金があれば,新NISAで,自分で投資したいという人もいるかもしれません。新NISAも政府は推奨していました。いま厚生年金に入っている人にとっては,加入者が増えたほうがありがたいかもしれません。少子高齢化で年金財政がますます厳しくなるからです。でも,これから加入する人は,加入資格が生じることが,どれだけ魅力的かは,ほんとうのところはよくわかりません。手取りが多少は減っても,老後は安心だよというように,簡単に考えてはならないと思います。もちろん厚生労働省からの反論もあるのでしょうが,それもふまえて,自分で考えて,社会保障制度に問題意識をもつことにしましょう。  

 

 

2024年11月11日 (月)

渋谷労基署長(山本サービス)事件・控訴審判決から思うこと

 研究者コースの大学院で渋谷労基署長(山本サービス)事件の控訴審判決(東京高判2024919日)について報告をしてもらい,議論しました。よくわからないところが多い事件でした。訪問介護事業と家政婦紹介あっせん紹介事業を行っている会社Aにおいて,24時間介護の必要な重度要介護者Bのところに,訪問介護ヘルパーと家政婦として送り込まれたC7日間の泊まり込みでの業務(休暇取得者の代替業務)の後に心疾患で死亡したところ,家政婦は家事使用人(労働基準法1162項。労働基準法の適用除外)であるとして,労災保険の不支給処分がなされたことに対して,取消訴訟がなされたケースです。第1審(東京地判2022929日)は,Cは,家政婦としての家事業務と訪問介護としての介護業務の双方を行っているが,前者は要介護者の家族Dとの雇用契約によるものであり,それについては家事使用人としての扱いになるので,労災保険の対象とはならないとされ,介護業務の部分(時間的には家事業務よりもかなり少なかった)は業務の加重性は認められない(複数業務要因災害が認められる前の事案)として,結果としてC側の敗訴となりました。ところが,控訴審の東京高裁は,原判決を取り消して,不支給処分を取り消しました。高裁判決は,CA会社との間で,家事業務についても雇用契約を結んでいると判断し,かつCは家事使用人には該当せず,そしてCには「短期間の加重業務」があったとして,業務起因性を肯定しました。
 
 結論は妥当であるとしても,この法律構成でよいのか,ということは議論になりました。とくにDBの子)とCの契約はどうなったのか,ということです。重度の要介護者を抱える家族としては,同じヘルパーさんに,介護業務以外に自費負担で家事業務もお願いするということは,よくあることなのでしょう。この場合,家事業務については,サービス会社にあっせんを依頼することはありますが,意識としては,あくまで自分が契約者というものでしょう(私の個人的な経験からも,契約者とならざるをえないという感じです)。もっとも,このときの契約は人を雇うというよりも,プロの人材に介護と融合しているような家事を業務委託するか,あるいは,専門会社にプロ人材の派遣を求めるという感覚であることが多く,いずれにせよ,直接,ヘルパーを「雇用」する契約を締結する意識はないような気がします。業務委託なら,今日ではフリーランス法の問題となり,プロの派遣であれば,労働者派遣の問題となるでしょう。
 家政婦が家事使用人であることはおかしいというのは,濱口桂一郎さんが,『家政婦の歴史』(文藝春秋)という本で,歴史的経緯からも,きちんと説明されています(マニアックな本だと思いますが,労働法に関心のある人が読むと,とても面白い本だと思いますし,もちろん勉強になります)。GHQによる労働者供給事業の禁止に巻き込まれ,なんとか派出婦会の事業は職業紹介として生き残ったが,家政婦は女中と同じ家事使用人にされてしまい,労働法の適用対象から除外され,労災保険から除外され,その後,かろうじて特別加入だけ許された存在になってしまったということです。そして,濱口さんは,家政婦ビジネスの正しい法的な地位は,一般家庭(非事業主)が雇い主であるとみるのではなく(つまり職業紹介ではなく),家政婦紹介所が雇い主となった労働者派遣であるとします。
 ただ,労働者派遣となると,派遣先が労働者を指揮命令することになりますが,本判決のような場合には,要介護高齢者の家族が,プロのヘルパーに指揮命令をするというのは実態に合っているのかはやや疑問があるところです(たしかに,ヘルパーにいろいろなリクエストはするでしょうし,本件のDもそのようですが)。
 
 本判決は,A会社とBさんは,家事と介護の両方について単一の雇用契約を結んでいたとし,Dの存在は契約当事者から消えていきました。DBにしていた指示は,A会社の指揮命令を代行していたということかもしれませんが,やや苦しい法律構成です。また,Dが提示していた日給16000円の趣旨は,どうみても家事業務に対する賃金のように思えるのですが,裁判所はそれを家事業務と介護業務の全体に対する賃金であると認定していました。ここは,裁判所の説明が,よく理解できませんでした(私の理解不足なだけかもしれません)。もちろん,Cさんの自宅での就労の実態からみると,家事と介護を分けることには無理があり,第1審のような結論はAさんに酷であるというのはよくわかります。ただ,そのことから契約の単一性まで認めるのは,やや強引な気がするのです。
 ここからは,私のいつもの議論となります。病気やケガなどについて,私は,雇用労働者であれ,家事使用人であれ,フリーランスであれ,そのステイタスに影響されずに,統一的な保障が認められるべきではないかとか考えています。さらに,就労しているかどうかによっても左右されるべきではないと思います。本件のCさんのような働き方をする人が救われるようにするためには,こういう個人に着目したセーフティネットの構築こそが必要なのです。もちろん,そうなると,労災保険としての優遇がなくなります。従前の収入(平均賃金に準拠する給付基礎日額)が反映しないことにもなります。しかし,私は種々の制度の狭間に落ち込み不公平な結果が生じないようにすることこそが重要で,そのためにも,(現実性はさておき)公的な保障は,個人に着目したミニマムなものを内容とする制度にすることが必要だと考えています(ただし,本件のような死亡の場合,遺族補償というものをどう考えるかは,個人単位の保障を考えるとすると,検討が必要です)。

2024年11月10日 (日)

サトテルは2番でいこう

 ワールドチャンピオンになったMLBのドジャースの大谷翔平選手は,今シーズンは主として2番か1番を打っていたと思います。アメリカは,「2番打者最強説」もあるそうです。ホームラン王を取ったような最強打者がクリーナップではなくて,1番や2番を打つというのは面白い発想だと思います。ホームラン王を取るバッターは,その前にランナーをためておいた方がよいので,1番から3番に有力な選手を置いたあとの4番というのが合理的な発想と思えます。
 ということで,これまでは1番は出塁率が高く盗塁などもできる足の速いバッター,2番は1番で出塁した選手をバントや進塁打で進めることができるような器用な選手,3番と4番はランナーをかえすことができる得点力のある選手,4番バッターは敬遠されることもあるので,5番,6番は3番ほど確実性は高くなくても,得点力のある選手を置いておくというのが合理的な発想でしょう。守備はよくできるが打撃に問題があるような選手は,その後に置いておいたほうがよいでしょう。もちろんDHDesignated Hitter)の制度がある場合は少し考え方が変わってくるかもしれません。
 ホームランバッターを1番に置くのは効率が悪いような気がしますけれども,考えようによっては1番バッターがその回の1番目に打つのは1回の表(ビジターゲーム)あるいは裏(ホームゲーム)は確実ですが,それ以外は,どうなるかわかりません。そうだとすると,打順がたくさん回ってくる1番や2番に最強打者を置いておくというのは,十分にある戦略なのでしょう。実際,今期の大谷のように,1番バッターがホームランをよく打つチームはやはり強いと思います。ペナントレースで優勝した巨人の1番打者の丸のホームランは14本で,阪神の4番の大山と同じです。
 思い返せば1985年の阪神タイガースの優勝の時の1番バッターは真弓明信選手でした。この年はバース,掛布,岡田のバックスクリーン3連発が印象的でしたが,実は真弓も34本ホームランを打って打率322厘というすごい成績を残しています(バースは,54本で35分,掛布が40本で3割,岡田が35本で342厘)。しかも真弓はシーズン途中で怪我で1ヶ月ほど欠場しています。日本シリーズでもホームランを2本打っていますし,初戦で敵地でいきなりヒットを打って勢いづけることもやっています。あの年の阪神優勝・日本一の陰の立役者は真弓選手だったかもしれません。
 阪神タイガースの藤川新監督はサトテルを1番か2番に置くということも考えてようです。とても面白い発想だと思います。大山がいなくなることを前提に,勝負強い森下と前川を4番と5番に置いておくというのは相手チームからみて脅威でしょう。近本1番,サトテル2番,3番は1塁の新外国人(?),4番森下,5番前川,6番中野(?),7番梅野,8番投手,9番小幡というのでどうでしょうかね。

 

 

2024年11月 9日 (土)

ガラスの天井?

 Harrisの敗因はいろいろあるでしょうが,彼女の責任以上に民主党の責任が大きいかもしれません。若者から圧倒的な支持を受けていた民主党の重鎮バーニー・サンダース(Bernie Sanders)は,「民主党を牛耳る大金持ちや高給取りのコンサルタントは,この悲惨な選挙戦から本当に教訓を学べるのか。何千万人もの米国人が抱える政治的疎外感を理解できるのか。おそらくできない」と指摘し,今回の選挙戦を主流派の失敗と批判しました(日本経済新聞11月7日電子版「ハリス氏大敗の裏に「消去法でトランプ氏」 経済失政響く」)。
 そもそもBiden大統領の撤退が遅すぎたことも一因でしょう。アメリカ国民の過半数は理念より経済を重視し,現状に不満があるため,現政権が勝つのは相当難しかったともいえます。そう考えると,Harrisはむしろ善戦したのかもしれません。中絶権,環境保護,移民への寛容さといった理念は批判されにくいものの,これでは「明日の自分たちの生活はどうなるのか」という不安が生まれます。対して,移民に対する不寛容,貿易の保護主義などを掲げたTrumpは,「食べていけるアメリカ人」という分かりやすいイメージを提供しました。彼自身が大金持ちで脱税疑惑があり,道徳的に問題があっても,彼しか頼れる人がいなかったということでしょう。まさに「消去法」でTrumpが選ばれたのです。
 ただ,気になるのは,アメリカでもやっぱり女性の大統領は無理だという声があったことです。多くの男性有権者が男性であるという理由だけでTrumpに票を入れたのであれば,アメリカでも,女性にとっての「ガラスの天井」があるという厳しい現実を示していることになります。もっともHarrisも,女性・黒人・若さを強調しており,これも属性によって人を見ることのあらわれといえます。
 話は変わりますが,将棋の西山朋佳女流三冠が受けている棋士編入試験の第3局では,棋士側の上野裕寿四段が勝利し,西山さんは1勝2敗となり,後がなくなりました。ただ,今回はどうか分かりませんが,いつかは女性の棋士が誕生するでしょう。そうなると,現在女流棋戦における妊娠中の福間香奈女流五冠のタイトル戦の扱いのようなことが問題になるかもしれません。福間さんは,白玲戦や女流王将戦では,本人の対局日変更の要望が通らず不戦敗となり,タイトル奪取はなりませんでした。女流王座戦は第1局だけ行われ,第2局以降は対局日が出産後の2月に変更されました。さらに,11月に開催予定であった倉敷藤花も出産後に変更されました。5つもタイトルを持ち,さらにタイトルの挑戦もしているトップ中のトップにいる福間さんには,次々とタイトル戦がやってきます。棋士も女流棋士も若い方が強い傾向にあるため,今後,妊娠した女流棋士の公式戦の扱いを検討する必要があります。実際,日本経済新聞の電子版10月30日には「日本将棋連盟は女流棋士の出産に関する規定を整備する方針を示した。出産に伴う休場期間が対局と重なり,対局日程の変更が困難になった場合,対局料の補償や次期トーナメント戦での優遇措置を検討する。地方開催が多いタイトル戦に関しては,対局日のほか対局場所の変更も柔軟に対応する」とありました。
 もし女性の棋士が誕生した場合,名人戦や竜王戦などがどうなるのかを考えておく必要があります。いまは女流棋戦だけの話で,一般の棋戦は棋士は男性だけで問題となっていませんが,いつか女性がタイトル戦に登場する日が来るかもしれません。そのとき,女性棋士が妊娠などを理由として,対局日の変更を求めた場合にどうするかを検討しておくべきでしょう。個人事業主である棋士ですが,フリーランス法でも妊娠・出産などへの配慮規定があるため(13条),同法が将棋の棋士に直接適用されるかどうかはさておき,日本将棋連盟も,社会的な責任という観点から,何らかの配慮をすることが求められるのではないかと思われます。

2024年11月 8日 (金)

司法試験

 司法試験の合格発表がありました。私のところにも,学生から合格したとのメールが来て喜びを共有できました。全体の合格者は全体で189人減っており,合格率も3.3%くらい下がっています。合格者数が減ったのは,令和5年度は,これまで法科大学院を修了した人しか受験できなかったのが,在学中で受験できる制度が導入されたために,初年度は,修了者と3年生の受験者が増えた(つまり実質的には2学年が受験した) ということの影響であったと言われています。令和6年度は,在学中合格者の分が,修了者合格者から減ることになったので,元の数字に戻ったといえます。
 神戸大学の合格者は数字だけをみると71人から51人に減少し(全国順位は8位のまま),合格率も,合格者が5人の愛知大法科大学院を除くと,3.5%の8位です(これは昨年の5位から下がりました)。ただ令和4年度と比較すると合格者は54人から51人に減っただけで,それほどの減少ではありませんが,合格率は気になるところです。
 今年度は,合格者が比較的多い法科大学院でも,昨年より合格者が減っており,例えば京都大学は81人,東京大学は65人,一橋大学は61人減っています。合格者数が1位と2位の慶応大学と早稲田大学もそれぞれ40人,35人減少しています。それは上記の理由から仕方がないとしても,一方で,同志社大学は,29人から41人へと躍進し,合格率も33.33%から36.94%に上昇して,神戸大学に迫る勢いです。立命館大学も,20人から29人に上昇しています。関西の名門私大が頑張ったという印象です。
 それと令和5年度から始まった在学中受験についてみると,興味深い結果もあります。合格者のなかで在学中受験の合格率が高いのが,慶応大学,京都大学,東京大学,早稲田大学,一橋大学などの従来の上位常連校です。優秀な学生が早期に合格していくという感じです。大学生に入って予備試験を目指して準備をはじめ,そこでうまくいかなくても法科大学院で在学中の合格をめざすというのが普通のルートになっていくのでしょうかね。
 もちろん,今回の17歳での合格者など,法科大学院を経由しないままに合格する人もいます。司法試験の受験資格を得るための予備試験を突破するのは難関ですが(合格率34%),そこを突破すると本番の司法試験の合格率は9割を超えます(令和6年度は92.84%)。社会に出たあと,いろいろな問題意識をもって法曹を目指すという人もいるでしょうが,若くて社会人未経験のまま優秀な人が予備試験を突破し,さっさと司法試験に合格してしまうということも今後は起きていくのでしょう。法科大学院の役割が徐々に曖昧になっていきます。
 予備試験制度の導入(平成23年),そして令和5年度から入った法科大学院の在学中受験制度の導入が,法曹の質に対して,どのような影響が出るのかは,実証研究の対象として興味深いところです。エビデンスを集めて,法科大学院という制度のあり方を,しっかり議論をする必要があるでしょう。

 

 

2024年11月 7日 (木)

山田喜昭『労務管理に関する法令チェック項目180(第2版)』

 静岡県の社会保険労務士の山田喜昭さんから,『労務管理に関する法令チェック項目180(第2版)』(ヤマダSRオフィス)をお送りいただきました。どうもありがとうございました。これは役立つ本だと思います。労務管理に関する18の法令をとりあげて,それぞれについて実務上チェックすべきポイントを挙げています。研究者は,手続面についてはよく知らないことが多いので,こういうようにまとめて書かれているものがあると参考になります。労働法を手続からみてみると,また新たな発見があります。おそらく,研究者と社会保険労務士の方とは,同じ労働基準法などの法令に対しても,ずいぶん違った見方をしているのではないかと思います。
 この本では,働き方改革以降の主要な法改正の動きを紹介したり,「労働者の人数別の法令上のタスク一覧」を掲載したりして,これらの情報もとても有益です。この本は,もっとメジャーなところで出版してもよいのではないかと思います。社会保険労務士の方だけでなく,労働法に関心のある人のすべてに役立つでしょう。通常の教科書の末尾に別冊として付いていても助かるような本です。Amazonでは買えないようなので,直接,ヤマダSRオフィスに申し込むのでしょうね。

 

 

2024年11月 6日 (水)

悪夢?

 4年前には,まさかTrumpが復活するとは思いませんでした。共和党の候補は彼しかいなかったということでしょう。人種差別発言を繰り返し,それでも大統領になれてしまうということで,アメリカはおぞましい国になりました。Trumpは高齢ですが,なにかあったときはVanceであり,どうしようもありません。いったい世界にどんな影響が生じるのか,想像もできません。「猛獣使い」であった安倍元首相がいない現在,アメリカの言いなりにならないようにするために,どういう手があるのか,外務省にはよく考えてもらいたいです。木村太郎氏は,BSフジのプライムニュースで,Trumpときちんと向き合えるのは茂木敏充氏しかいないと言っていました。まさかの茂木氏の復活もあるかもしれませんね。
 日本にとっては,民主党政権だからよいというわけではありません。むしろ共和党政権のほうが,親日的であることが多かったように思います。とはいえTrumpが共和党にいるのは,あくまで自己の野心の手段にすぎず,王国を作るつもりなのかもしれません。上院は共和党が多数となり,下院も優勢です。大統領と合わせて,トリプルレッド(triple red)となりそうです。議会が大統領の暴走を止めなければ困るのですが(暴走すると決めつけてはいけないのでしょうが),共和党のなかの良心的な人たちが,うまくTrumpを操縦してくれなければ困ります。連邦最高裁判事も,すでに前政権時に Trump 色になっています。アメリカに,ロシアとも,中国とも違う,新種の独裁国家が生まれることにならないか心配です。三権分立がほんとうに機能するのか,注視していきたいと思います。

2024年11月 5日 (火)

全日本大学駅伝

 113日には重要な駅伝の大会がありました。一つは全日本大学駅伝です。出雲駅伝で勝った國學院大學が2冠達成です。これで箱根で3冠達成を目指す資格を得ました。3強と言われた駒澤大学と青山学院が,出雲と同様に,2位と3位に入りました。3校の強さは揺るぎそうにありません。駒澤大学は2区の1年生の桑田がブレーキとなり,早々に優勝戦線から脱落しました。7区の篠原と8区の山川で区間賞をとり,しかも8区は区間新に近いくらいの大快走で2位に上がり底力をみせました。駒澤は3年生のエースの佐藤圭汰がケガのため,出雲も全日本も走っていないなかでの連続2位です。箱根では佐藤が走れそうです。昨年は,佐藤がブレーキとまでは行かなくても,青学に抜かれてしまって往路で勢いが止まったので,今期は雪辱に燃えているでしょう。ただ,全日本のように1人でもブレーキが出てしまうと,國學院と青学が相手の箱根では挽回は難しいでしょうから,藤田監督が桑田を箱根で使うかが注目です(たぶん使うでしょうが)。青学は,出雲も全日本も逆転負けとなっており,これは珍しい感じもします。ただ箱根では抱負な選手層を活かせるので,優勝候補ナンバー1に変わりはないでしょう。國學院は,エースの平林がどの区間で走るのかが見ものですが,昨年力を出しきれなかった選手も,今年は2大駅伝で結果を出しているので,もちろん優勝候補の一つでしょう。
 もう一つ,高校駅伝の兵庫県の予選が行われました。2年ぶりに西脇工業が勝ちました。兵庫県は,須磨学園,報徳,西脇工業の3強が争ってきましたが,今年は西脇工業が勝つだろうということは,昨年から予想されていました。双子の新妻兄弟がずば抜けているからです。この大会も1区で新妻が独走で10キロを30分を切る快走で勝負が決まってしまいました。須磨学園は,昨年の優勝メンバーが残っていましたが,惜しくも2位に終わりました。昨年は須磨学園が全国大会で4位です。8回の全国優勝経験のある西脇工業には,ぜひ全国大学では昨年の須磨学園以上の順位を目指してもらいたいです。女子は須磨学園が予選を勝ちました。昨年は全国大会で6位でしたが,こちらもより上位を目指して頑張ってほしいです。
 
ところで須磨学園で,昨年の全国大会の花の1区で区間賞をとった折田壮太は,今年,青山学院に入り,いきなり全日本駅伝に出場していました。3区で区間5位で見事に1位のまま襷をつなぎました。箱根駅伝でも走るかもしれません。1年生であの青山学院で戦力になっているというのは素晴らしいです。順調に育って,将来的には,マラソンで日本代表になってもらいたいですね。

2024年11月 4日 (月)

台湾に行って感じたこと

 1031日,台湾行きの予定があったのです(年次有給休暇を取得して私費渡航)が,台風21号(KONG-REY)が台湾に直撃するという予報でしたので,飛行機が欠航となる可能性はかなり高く,予定変更の覚悟はしていました。ところが,ぎりぎりのタイミングでEVA航空が飛んでくれました。EVA航空はあまり欠航しない会社のようで,今回も助かりましたが,着陸時にはかなり揺れました。桃園国際空港から台北へ移動するタクシーの道中は暴風雨で,高速道路はほとんど車が走っていませんでした(政府から警報が出て,休業・休校が命じられていたそうです)。ただ,翌日,台北市内を歩いてみると,大木が倒れるなど,台風の凄まじい爪痕が残っていて,あの道中がかなり危険だったのだと実感しました。なお,この台風は日本にも上陸し,神戸にも警報が出ていたようですが,帰国したときには穏やかな天気に戻っていました。
 今回の台湾訪問は,5年ぶりの海外旅行で,元指導学生の結婚式に参加してきました(とても楽しい時間を過ごすことができました)。これを機に失効していたパスポートを再発行したので,今後は少しずつパスポートを使っていければと思います。航空券はオンラインで予約・購入し,事前チェックインもオンラインで済ませ,スマホにチケットを取り込んで完全にペーパーレス化。国内線ではもうかなり前から経験済みですが,国際線ではスマホとパスポートだけで乗れるというのは,たぶん初めてだったような気がします。入国審査もオンライン登録でスムーズに通過できました。いまはこれが普通なのかもしれませんね。
 台湾では移動にタクシーも利用しました。Uberも考えたのですが,台湾はタクシー代がかなり安いことがわかったので,タクシーの利用に切り替えました。クレジットカードでの支払いもでき(ただし,ドライバーはあまり慣れていないようで,操作に難儀していました),ここまでは快適でしたが,ただ現地の多くの店舗では日本のクレジットカードが使えず困りました。特に,セブン‐イレブンやファミリーマート(全家)で,うっかり日本と同じ感覚で買い物できると思っていると,そうではありません。
 結婚式のあった新竹までは,台北から台湾高速鉄道(THSR)で行きましたが,事前にオンラインでチケットを購入していたため,ここでもスマホをタッチするだけでスムーズに乗ることができました。当日は指定席(ビジネス)だったので,水,クッキー(甘系か塩辛系の選択),新聞(日本語のものはありませんが),飲み物(コーヒー,ジュース,水から選択)のサービスもあり,まるで欧州の1等車のようで,30分しか乗っていないのがもったいないくらいです。日本の新幹線のグリーン車にはしばらく乗っていませんが,今はどんな感じなのでしょうかね。
 台湾は8年ぶりの訪問でしたが,最も大きく変わっていたのは台湾ドルの為替レートでした。8年前は1台湾ドルが約3.5円でしたが,今回は4.8円ほどで,大幅に円安が進んでいます。自国の通貨が下がると,やはり国の地位の低下を感じます。台湾だけでなく他のアジア諸国の通貨もちょっと調べてみると,円は数年前と比べて23割安です。かつてアジアは物価が安く,旅行がしやすい場所だと思っていましたが,今では自分たちが「通貨の弱い国」にいることを実感しました(アジアの人たちが日本に来たがる気持ちもよくわかります)。免税店でも日本円換算の価格は期待ほど安くなく,必要のないものを買わずに済んでよかったと強がりを言うしかなさそうです。

2024年11月 3日 (日)

最高裁裁判官の国民審査

 1030日の日本経済新聞の朝刊で,「最高裁裁判官の国民審査,「不信任」10% 30年ぶり高水準,実効性に疑問の声も」という記事が出ていました。「不信任の割合が10%を超える裁判官は2000年の国民審査を最後に出ていなかった」そうで,今回はかなり驚きの結果といえます。その一方で,「ただ今回の審査対象の6人のうち就任から1年以上たっていたのは今崎氏と尾島氏の2人のみ。関与した裁判例などの判断材料が十分ではないなどの課題は長年指摘されてきた。審査の実効性を疑問視する声も上がっている。」と書かれていました。
 どのような事件でどのような立場で判決を書いたかわからない人の審査をするのは容易ではありません。かりにそれがわかったとしても,国民が判断するのは容易ではありません。もちろん,国民審査は,その人が最高裁の裁判官にふさわしいかを過去の経歴などからみて判断するということもできるでしょう。それでも,多数派である裁判官上がりの人は,彼ら・彼女らがそれまでに書いていた判決などを判断資料にすることになりますが,やはりそういうのを国民が判断するのは容易ではありません。
 おそらく最高裁の裁判官を選出する際には,なぜその人が推薦されるのかについての理由が公開されるべきではないかと思います。そうした理由が明らかにされれば,まだ少しは評価の材料が出てきます。そして,本人の抱負などを,直接,テレビやネットで語るという機会も設けてもらえればと思います(学生からの質問に答えるというような場もあったら面白いかもしれません)。アメリカの連邦最高裁判事のほうが,その思想傾向をはじめ,顔もよく知っているということでは困るのです。改革を望みたいところですね。

 

 

2024年11月 2日 (土)

ドラフトと移籍の自由

 昨日のドラフトの話の続きです。プロ野球球団は,ドラフトで指名した選手とは独占的な交渉権をもち,入団が決まれば,保留権をもちます。プロ野球選手会のHPをみると,次のように説明されています。「NPB[筆者注:日本野球機構]には保留制度という選手の移籍を禁止する制度があります。そのため球団が保留権を有する選手については国内国外を問わず選手が他球団に移籍するために契約交渉練習参加等を行うことはできません。ですのでNPBでは選手が自分の意思で他球団に移籍ができないのが大原則です。会社を自分で辞めて他の会社に転職するように球団を移籍することはできません」。
 この移籍禁止の唯一の例外がFA制度です。同じHPによると,FAには,国内FAと海外FAがあり,1度目の国内FA権を取得するためには145日以上の1軍登録が8シーズン(2007年以降のドラフトにおいて大学社会人出身者であった場合は7シーズン)に到達することが条件とされ,2度目以降の国内FA権を取得するためには前回の国内FA権行使後145日以上の1軍登録が4シーズンに到達することが条件とされています。阪神では,現在,大山,糸原,坂本,原口がFA権をもっています。全員いなくなると痛いですが,それはファンのわがままで,選手にとっては移籍は大事な権利です。
 ところで,ドラフト指名から,移籍の制限までの,こういう仕組みは,独占禁止法に違反しないのかということは,以前から議論があるようです。実は,公正取引委員会・競争政策研究センターが,2018年に,労働法研究者の間でも有名な「人材と競争政策に関する検討会」の報告書を出したとき,「複数の発注者(使用者)が共同して役務提供者の移籍・転職を制限する内容を取り決めること(それに類する行為も含む。)は,独占禁止法上問題となる場合がある」(17頁)としていました。その後,公正取引委員会は,20196月に,「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」を発表しています。そこでは,スポーツ事業分野において移籍制限ルールを設ける目的には,①選手の育成費用の回収可能性を確保することにより,選手育成インセンティブを向上させること,②チームの戦力を均衡させることにより,競技(スポーツリーグ,競技会等)としての魅力を維持・向上させること,というものが挙げられています。そして公正取引委員会は,移籍制限ルールによって達成しようとする①と②の目的が,「競争を促進する観点からみても合理的か,その目的を達成するための手段として相当かという観点から,様々な要素を総合的に考慮し,移籍制限ルールの合理性・必要性が個別に判断されることとなる」と述べています。
 プロ野球の場合,①や②は,選手の移籍制限として,どこまで合理的かについては,かなり疑問があるところだと思います。①は移籍金のようなものでも対応できますし,②は競技としての魅力は,もっと別の方法でも高めることができると思うからです(西武ライオンズは,今シーズンの成績はボロボロでしたが,収益はアップしたそうです。顧客サービスがしっかりしていたのでしょう)。それに戦力の均衡というのなら,JリーグのJ2などのように,球団数を増やして,入れ替え戦をして,強いチームだけ生き残るようにすればよいという考え方もあるでしょう。
 独占禁止法の競争政策という点からどうかということもありますが,労働法の観点からは,彼らが労働者かどうかはさておき,一人の就労者が移籍の自由を制限されていることの違和感は小さくありません。江川卓事件のようにドラフト回避的な行動を,当時は世間も私も冷ややかにみていましたが,今では彼は彼なりに,自分をルールで縛るのなら,そのルールの範囲内でやれるだけの抵抗をして,どうしても入団したい巨人に入るということを貫徹した点で,すごいことをやったなと評価したい気持ちもしています。阪神は,江川にかなりやられましたし,敵としてみると困った投手でした。でも江川は,ストレートとカーブだけで,真正面から向かってきた投手でした。いま振り返ると,その投球は江川の生き方が反映していたのかもしれません。 
 プロ野球ファンとしては,プロ野球選手の「働き方改革」というものも考えていってもらいたいです。フリーランス法が施行されたことで,個人の事業者の働き方に関心が高まってきていると思います。公正取引委員会は多忙だと思いますが,なんとなく年中行事となってしまっているドラフトについて,FA制度のあり方も含めて,もう一度検討の俎上に載せてもよいような気がします。そういえば,公正取引委員会は,9月に,「プロ野球組織は,構成員である球団に対し,選手契約交渉の選手代理人とする者について,弁護士法……の規定による弁護士とした上で,各球団に所属する選手が,既に他の選手の選手代理人となっている者を選任することを認めないようにさせていた」ことについて警告を発したということがHPで掲載されていました(「(令和6919)日本プロフェッショナル野球組織に対する警告について」)。

2024年11月 1日 (金)

ドラフト

 今年もプロ野球選手のドラフト(新人選手選択会議)がありました。指名された選手,指名漏れの選手などの悲喜こもごもの物語が今年もありました。今年は,あの清原和博の長男がドラフトで指名されるかが注目されていました。彼は,中学・高校の6年間野球をやっておらず,大学に入ってから野球を再開したようです(逮捕された父へのわだかまりもあったのでしょう)。ただ4年間の実績でプロになれるほど甘い世界ではないということで,結局,指名はありませんでした。1塁のポジションは,守備に不安があるがパワーがあってホームランを打てる外国人選手や日本人選手のポジションであり,どのチームも1塁を新人から補充しようとは考えていません(もちろん,清原ジュニアを他のポジションで鍛えるということもあるのですが)。
 阪神タイガースは,2位で報徳学園の今朝丸裕喜投手を指名しました。地元で応援している報徳学園の選手が阪神タイガースに入ってくれるのは嬉しいです。今朝丸投手は甲子園ではここ一番というところで必ずしも良い結果を出すことができなかったので,プロでは,そのもっている素材と精神面をしっかり磨いて活躍してほしいです。
 ところで,いまから40年以上前の話ですが,日田林工卒の源五郎丸投手が阪神にドラフト1位で指名されました。私はこの投手のことをよく覚えています。背番号は17で,きれいなフォームで投げる選手でした。専門家の評判も高く,将来豊かな選手でした。ところが,結局,彼は1軍の登板はありませんでした。キャンプでケガをしてしまい,それが治らなかったのです。Wikipedia情報ですが,阪神球団が無理に有料の紅白戦に登板させたことが原因と言われています。今朝丸投手は,変わった苗字で「丸」という字が入っているという点で共通性があるのですが,球団は源五郎丸のときのような失敗をしないよう,大切に育ててほしいものです。藤川監督だから大丈夫だとは思いますが……。

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