再び公益通報者保護法について
27日の日本経済新聞の「大機小機」は,公益通報者保護法について批判的な記事が書かれていますが,「真実相当性」の意味を取り違えているようなので,説得力のない論考となりました。同法の「真実相当性」は,通報対象者において,「通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」がある場合であり,これは告発対象の「社長」が「真実相当性」がないと判断するかどうかは関係がありません。上記の論考では,社長からみて真実相当性がないことが明白であったという設例で論じられており,それがそもそもおかしいのです。公益通報者保護法は,社長や経営陣が独断で判断して揉みけすことがないようにするための法律であり,告発者の真実相当性の有無は,通常は,事後的な調査をしなければわからないはずです。
それでは悪意ある通報に対処できず,言われ放題で,株価はその間にどんどん下がったらどうするんだという疑問が,この論考の前提にあり,その問題意識自体はよくわかります。ただ,「故意に虚偽の通報をした際の罰則を設ける」といった対応は,この法律がなんのために制定されたかということを考えると,やはり適切ではないでしょう。それに,公益通報者保護法は,「不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的」がないことが保護要件であるので,図利加害目的の通報は,同法では保護されず,就業規則に基づき懲戒解雇とすることができます。刑事罰がなくても,これで一般社員には十分に抑止効果があるでしょう。懲戒解雇くらいどうでもよいと思って悪意をもった通報する人は,刑事罰があるかどうかに関係なくやるでしょう。それに,「故意に虚偽の通報をした」ことの立証のハードルはかなり高いものです。実際にそうかはともかく,人々がそう考えるならば,罰則を設けても,あまり効果はないと思われます。
では,どうすればよいか。従業員が会社の改善のために不祥事を外部に通報するという行為は,それだけで「社長」からすれば「悪意ある通報」に思えるものです。そうした「本能的」な反応をしてはならないというのが,公益通報者保護法の精神です(しかも同法は,不祥事のなかの犯罪行為に関係するものしか扱わないという意味で,最小限の対応しかしていません)。この法律は,企業がコンプライアンスを意識し,(理想を言えば,違法性の疑惑が生じることがないように透明性のある経営をめざして)何か問題があれば内部でうまく解決することを求める法律だということです。兵庫県知事の例を出して,「悪意ある通報」の犠牲者であるというような書きぶりは不適切であると思います。
多くの企業内の不正行為が,企業内の自浄作用が機能せず,従業員の外部への告発などから明らかになったという事実を忘れてはなりません。しかも,それは日本を代表するような大企業においても,よく起きているのです。公益通報者保護法について文句を言う前に,コンプライアンス経営を目指し,不祥事をたとえ根絶できないとしても,これはきわめてレアなケースにすぎないと堂々と言えるような状況が出てこないかぎり,公益通報の必要性は残り,公益通報者保護法の規制強化の動きは止まらないでしょう。
個人的には,従業員が簡単に外部に通報をすることがないよう,企業がしっかり内部通報システムを整え,そこに不祥事情報を集中させ,それへの対応を企業が自ら率先して行うという自浄作用を働かせることが大切で,公益通報者保護法は,そうした目的に合致したものだと考えています。公益通報者保護法の保護要件に照らすと,同法は内部通報前置主義を採用したといえるのです。内部通報前置主義は,企業にとって大きな意味があるのです。そして,その点からは,告発した従業員へのペナルティをまず考えるというようなことはあってはならないのです。
以上については,公益通報者保護法の制定の直前に刊行している『コンプライアンスと内部告発』(2004年,日本労務研究会)の第6章(大内執筆)も読んでもらえればと思います。