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2024年10月23日 (水)

格差是正の方法

 昨日の日本経済新聞において,「正社員,待遇下げ「平等」の衝撃  非正規との格差是正 最高裁が手当減額容認」という記事が出ていました。「衝撃」というのは,おどろおどろしい見出しですね。
 済生会山口総合病院事件は,山口地裁判決(2023524日)までは確認できていましたが,その控訴審が出ていたことは知らず,またその上告が不受理になったことも知りませんでした。ということで,この日経新聞の記事でやっとわかったわけです。高裁判決は未確認ですが,地裁判決が維持されていたようです。地裁判決では,ある病院において,これまで正社員にのみ支払っていた扶養手当と住宅手当を廃止し,非正社員も含めた全従業員に新たな手当を創設して払うことにしたわけですが,これが正社員から見ると就業規則の不利益変更になって,その合理性が争われたという事件でした。裁判所は変更の合理性を認めて労働者側の敗訴としています。この判断が最終的に最高裁で維持されたということなのでしょうね(維持されたということと,記事が書くように,(積極的に)容認したというのは別のことです。上告不受理は,上告受理事由に該当しなかったということであって,高裁判決を正当と是認したのではありません)。短時間有期雇用法8条の不合理な待遇の禁止規定は,たしかにその前身である労働契約法旧20条の時から非正社員の処遇の改善が立法趣旨にあったことは明らかでしょう。しかし,条文の文言上は,単に「不合理と認められる相違を設けてはならない」というだ
けであって,格差をどのように是正するかということについては何も定めていません。立法趣旨からすると常に非正社員の処遇を引き上げる方向でのみ考えるべきだという解釈もありえないわけではありません。しかし,それは現実的ではないこともあります。経営状況が良い場合であればともかく,不合理な格差の禁止はそういう事情に関係なく適用されるのです。正社員の労働条件の引下げという方法の格差是正も,就業規則の不利益変更の合理性審査などをパスすれば可能なのだと思います。その合理性審査のなかで,非正社員の処遇改善を法律により求められているという事情がどう考慮されるのかは,新たな論点だといえます。定年延長の社会的要請を受け入れたことによる人件費の増大が,就業規則の不利益変更の必要性を根拠づけるという判例(第四銀行事件)もあったので,それとのアナロジーで,短時間有期雇用法の影響は変更の(高度の)必要性を根拠付けるという解釈もありえるでしょう。逆に,短時間有期雇用法8条の趣旨からすると,短時間有期雇用法の影響は,変更の必要性の要素として考慮してはならないという逆の解釈もありえるかもしれません(私は支持しませんが)。
 しかし問題は,こういう細かい解釈論よりも,端的にどうすれば,より公正な労働条件が実現するかです。短時間有期雇用法8条の理想的な使われ方は,企業に,個々の労働条件について,正社員と非正社員との間に不合理な格差がないかを精査するためのきっかけを与えるというものであり,その結果によっては,正社員にこれまで認めてきた労働条件を改めるということはありえるわけです。あるいは同法142項に基づく説明義務において,格差を非正社員にきちんと説明できないようなものについては見直しをすることとし,その結果として,正社員にだけ認めていた特定の手当を撤廃したり,正社員の手当の額を削減したうえで,非正社員もその額で支払ったりすることなども格差改善の形としてありえるわけです。
 そもそも私は非正社員の処遇の改善に,このような法律の強行規定を用いることには反対であり,しかもそれを非正社員の引上げだけを求めるという形で行うのには無理があると思っています。非正社員の処遇は改善したが,それにより,企業の経営状況が悪化し,結果として,全体の労働条件の引下げが必要となるということでは,元も子もありません。つまり,非正社員の労働条件は,正社員の労働条件と関係しているという視点が必要なのです。全体的にみてバランスの良い労働条件の再構築をすることが目指すべき目標で
あり,その結果,労働条件が引き下げられる正社員には,短時間有期雇用法8条の趣旨を丁寧に説明して納得をしてもらうよう努めることが必要であり,そして同条は,本来は,そのような労使交渉を促進するための道しるべとして用いられるべきものといえるのです。山口地裁の判決は,このような視点でみると,問題とする面はあまりなかったという判断を,不利益変更の合理性判断のなかで行ったとみることができるのではないでしょうか。
 労働契約法の旧20条や短時間有期雇用法8条のほんとうの立法趣旨は,正社員と非正社員との間の格差ある労働条件を,いかにして格差のない公正な労働条件に移行するかという点にあると再構成し,それが正社員の労働条件の不利益変更につながるのなら,その点について,きちんと合理性審査をしていくのですが,この合理性審査もまた,さらなる公正な労働条件(正社員の労働条件の引下げが行き過ぎないようにする)の移行への道しるべとなるという方向で考えていくべきです。
 いまのところは,そう考えていますが,この判決についても,いつか神戸労働法研究会できちんと議論して考察を深めていきたいです。

 

 

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