労働組合の存在意義
10月18日の日本経済新聞の朝刊で,「変わる労組(中) 交渉・要求力弱まる執行部 賃上げ,旗振り役は企業・政府に」という見出しの記事があり,そこで「ここ数年の賃上げは,政府が旗を振って会社側も呼応してきた。主役であるはずの労働組合は存在感を示せずにいる」と書かれていました。
春闘への政治の口先介入に加え,とくに与党が政策目標として最低賃金の引上げを掲げており,経済界でも経済同友会の代表幹事である新浪剛史氏がこれに沿った発言をするというような状況が起きています。その一方で,労働組合の役割が大きく低下しているのではないかと懸念されており,上記の記事も,そうした関心から書かれたものといえます。もちろん最低賃金でも,中央最低賃金審議会をはじめ都道府県レベルの審議会には労働者委員が参加しているのですが,労働組合の影響は間接的なものです。
従来,労働組合は賃金交渉の主要なプレイヤーとしての役割を担ってきました。労働者の集団的な力を背景に,企業との対等な交渉を通じて賃金の引上げを勝ち取るというのが,組合の存在意義を示す機会でした。労働法の授業では,歴史的には,こうした労働組合の活動は,市民法に違反し,また争議行為は社会の安寧秩序にも影響して弾圧の対象になってきたけれども,徐々に,労働組合の社会的意義が評価され,その活動が法認され,日本では憲法で保障されるまでになったというようなことを説明します。
賃金の決定という伝統的に労働組合の最も重要とされる交渉領域に,政府が関与してくることは歴史を考えると危険なことであり,労働者の賃金が上がれば,それでよいではないかという結果主義ではすまない問題があります。このblogでも,ときどき書いてきたように,本来,保守的な政権は,経営者側の意向をくんで,労働組合を敵視するものであるという観点からは,労働者(労働組合)側は決して油断をしてはなりません。経営側にとっても,長く続いたデフレによる経済の沈滞から脱却するため,消費の喚起のためにも賃上げを受け入れる余地がありますし,加えて,これを機会に政府と組んで労働組合を弱体化できれば,なおさらよいと考えているかもしれないのです。ただ,日本の協調的労使関係の文脈では,労働組合の弱体化は,経営側にとっても,かえって困るということもあるので,賃上げの手柄を政府に独り占めさせずに,ほんとうは,うまく労働組合に花をもたせるようなことを考えたほうがよいのかもしれません。
ところで上記の記事は,立教大学の首藤若菜さんの「労働組合の意義が薄れているとの指摘もあるが,企業ときちんと交渉して労働条件を守るにはこれからも組合が必要だ」という主張を紹介しながら,「組合が現場から集めた不安や課題など生の声を経営トップにぶつけて交渉する働き手の代表者としての存在意義までは失われていない」と書かれています。
ただ,労働組合というのは,戦い続けていなければ,ノウハウなどが継承されなくなり,戦わなければならないときに戦えなくなるというのは,よく聞く話です。デフレ時は,賃金の現状維持で購買力が維持されるので,とくに戦う必要はなかっただけです(経営者は,さすがに名目賃金の引下げを求めたりはしてきませんから,賃金面での争いは起きにくい状況がありました)。 記事のなかでは,組合向けにコンサルティングを行う会社のことが出てきますが,内部でノウハウが継承されなければ,こういう外部のビジネスに頼ることになるのかもしれません。
労働組合は,今後どうなるのでしょうか。労働組合の形態は,ギルド型のミドルスキル以上の労働者の団結もあれば,低スキルの単純労働者の団結というタイプもあれば,日本のような企業の従業員(基本的には正社員中心)を連帯の基礎とする団体もあります。私はいまから10年近く前に有斐閣の法学教室416号(2015年)の「戦後70年を考える」という特集において,憲法の観点から労働組合のことを扱った「憲法の沈黙と労働組合像」という論文を執筆したことがあります。ここでは私なりの労働組合像を憲法に照らして分析しています。ややペダンティック(pedantic)な印象を与える気負った論文でしょう(その意味で「法学教室」にふさわしいものではなかったかもしれません)が,法律家の目で労働組合を論じたらどうなるかということについて自分なりに考えた試論を提示しています。個人的には気に入っている論文であり,最後の部分では,現在の労働組合の危機を乗り切るための視点も提供しているのではないかと思っています。
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