鈴木焦点の焼き打ちと島耕作
この夏に起きた「米騒動」は,日本史で習う,1918年に魚津から広がった米騒動とは異なるものですが,神戸に住んでいる人にとって「米騒動」という言葉は,やはりドキッとする響きがあります。この米騒動は神戸にまで飛び火し,8月12日には,当時世界有数の企業になりつつあった鈴木商店が焼き打ちされる事件を引き起こしました(神戸新聞社も被害を受けています)。鈴木商店は神戸を拠点に,財閥系企業に伍して世界有数の企業へと成長しましたが,1927年の昭和金融恐慌で破綻してしまうという,劇的な運命を辿った会社です。鈴木商店が残したものは,その後の日本経済にも数多く引き継がれています。
鈴木商店が焼き討ちされた理由は,米騒動の中で「米を買い占めている」という噂が流れたからです(その直前に行われていた小麦の買い占めと混同された可能性もあります)。とくにその噂に基づいて鈴木商店を批判していたのは大阪朝日新聞でした。しかし,その根拠は非常に怪しく,証言者として名前が挙がっていた人も,実際には伝聞に基づいており,鈴木商店の社員が買い占めをしているところを直接見たわけではありませんでした。鈴木商店の経営は,大番頭の金子直吉が担っていましたが,金子はこの報道に対して一切言い訳をしませんでした。人々は「新聞が書いているから正しいだろう」と信じ,噂がどんどん広がっていくという悪循環をたどります。城山三郎『鼠―鈴木商店焼打ち事件―』(文春文庫)は,この偽情報がどのように広がっていったかについて丹念に取材し,鈴木商店の「冤罪」を晴らしています。このときの偽情報の形成過程は,SNS時代の今日においても,多くの教訓を与えてくれるものだと思います。
ちょうど先日,弘兼憲史の漫画『社外取締役 島耕作』で「沖縄辺野古の抗議活動にアルバイトが参加している」という伝聞情報を断定的に書いたことで批判され,出版社と弘兼氏が謝罪声明を出しました。私はこの漫画を読んだことがなく,今回も前後の文脈がわかっているわけではないので,この件での具体的なコメントはできませんが,一般論としては,フィクションであることが明らかな漫画の登場人物のセリフにおいて,厳密な裏取りまでは求められないと思います。ただ,この漫画は,そういう曖昧なことが許されないくらい,影響力のある作品だということなのでしょうかね。リアリティを追求しすぎると,読者が,何が現実で何がフィクションかがわからなくなることがあります。成功した作品こそ,フィクションであることを一々断っておかなければならないのかもしれません。
話を鈴木商店に戻すと,城山三郎の本の内容が正しければ,大阪朝日新聞の罪は重いと言えるでしょう。勝手な推論や思い込み,そして政治的な対立(私は新聞が政治的に中立であるべきだとは考えていませんが,事実が歪められてはいけないと思います)などが,真実を見る目を曇らせるのです。私たちは常にメディアに対して注意を払わなければならないということです。
フェイク情報に踊らされないためのリテラシーが,ますます重要になっています。情報を発信する側も,受け取る側も,常に気をつけていかなければならないことです。
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