自民党の次期総裁に期待すること
自民党の総裁選の候補者のうち,河野太郎氏が解雇の金銭解決に言及し,さらに小泉進次郎氏が,解雇規制と労働時間規制の改革に言及したことには驚きました。労働市場改革は解雇改革をしなければいけないという点については,昨年4月に日本経済新聞の「経済教室」の「失業給付見直しと雇用流動化(下) 政府、人材育成に積極関与を」で,「政府が現在検討している金銭解決制度は労働者からの申し出によるものしか認めていないため、根本的な改革からは程遠い。企業の申し出によるものを認めないのは解雇誘発への懸念からだが,デジタル化に起因する雇用調整が不可避なことを無視したものだ。流動化を想定した労働市場改革論で、解雇規制改革に言及しないのは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くと言わざるを得ない」と書いていた私としては,論点になることは望ましいことです(さらに経済セミナー738号での太田聰一さんとの対談のなかでの私の発言も参照)。
さらに振り返ると,いまから10年前の2014年6月5日にやはり「経済教室」の「(雇用制度改革の視点(上))経済変化踏まえ見直しを」で,解雇改革と労働時間制度改革についての提言をしています。小泉氏が,解雇と労働時間に言及したのは,10年遅れとはいえ,その間に十分に政策が進んでいなかったことからすると,むしろ必要かつ当然のことを言ってくれたという気がしています(だからといって小泉氏が総理になることを応援できるかというと,それは別の問題です)。なお,この10年間で,私の改革論はさらに「進化(?)」しており,解雇については,金銭解決について以下にみるように「完全補償ルール」を提唱し,労働時間については,労働時間規制からデジタルによる自己健康管理へという政策提言に移行しています(労働時間についての近時の私見については,さしあたり,ジュリスト1595号の拙稿「労働時間規制を超えて―働き方改革関連法の評価と今後の展望 」を参照してください)。
それはさておき,解雇の金銭解決については,せっかく議論をしてくれるとしても,十分にその内容がわかったうえでやってもらわなければ困ります。この議論は法的にも複雑なところがあり,政府が意図的に議論を操作誘導している面があるので,よく理解し整理したうえで議論をする必要があるのです。若干説明をしておきます。
まず解雇の金銭解決の議論には,次の2つ(ないし3つ)のものがあることをふまえておく必要があります。
第1は,現在の労働契約法16条について,解雇が権利濫用となった場合(正当でない場合)の効果を無効とするという部分を,使用者の一定の金銭補償を条件として,労働契約の終了を認めるというものです(事後型の金銭解決)。事後型には,労働者申立てしか認めないパターンと,使用者の申立ても認めるパターンがあり,厚生労働省は,労働者申立てしか認めないパターンについて検討しています。一方,ドイツは,労働者からだけでなく,使用者からの申立ても認められています。もちろん,申立てだけで金銭解決がなされるわけではなく,いろいろな要件が追加されます(とくにドイツでは裁判所による解消判決がなされる必要があります)。
もう一つは,使用者が一定の金銭補償をすれば,解雇の他の要件(正当理由)を問わずに解雇ができるというものです(事前型の金銭解決)。これは言葉を換えれば,一定の金銭補償があれば解雇は正当だとするものです。たとえば,借地借家法において建物の契約更新の拒絶には正当事由が必要とされていますが,判例上,相当な「立ち退き料」が支払われることを正当事由の有力な事情としていることと似ています。
解雇法制については,その予測可能性の低さが問題点と指摘されます。その意味は,まず労働契約法16条の解雇要件の不明確性(客観的合理性,社会的相当性)について言われるのですが,事後型はその点については直接には問題としません。ただし,金銭補償基準を明確化すれば,少なくとも雇用終了のコストの予測可能性の低さのほうは改善されます。
一方,事前型は,解雇要件の不明確性と雇用終了コストの予測可能性の双方を解決すべく,解雇要件を金銭の支払いに置き換えようとするものです。私は2013年に発表した『解雇改革―日本型雇用の未来を考える』(中央経済社)では,要件論における明確化(事前に解雇事由を開示させ,それに則した解雇であれば基本的には有効とすることなど)と効果面における金銭解決の導入とその基準の法定を提唱していましたが,2018年の川口大司さんとの共編著『解雇規制を問い直す―金銭解決の制度設計』(有斐閣)では,事前型の金銭解決を提唱しています。そこでは,金銭補償額を,本人の将来の逸失利益(賃金センサスから推計されるもの)の全額とする(その意味で完全補償)という形で明確にするもので,さらに中小企業の負担を考えて労災保険と類似の解雇保険の創設を提唱しています。解雇規制の不明確性を取り除く一方で,労働者の生活保障のために,企業に重い補償責任を負担させ,その負担は集団保険によってカバーするという構想です。
なお,6月21日に閣議決定された規制改革実施計画では,政府の事後型でかつ労働者申立てのみ認めるタイプの金銭解決について,反対論をふまえた調査の開始とその後の検討が書かれています。このタイプの金銭解決が認められても,実際には解決金の相場が明らかになる程度の効果しかないでしょう(その効果を過小評価はできませんが)。ただ,これは事前型の完全補償ルールとはまったく異なるもので,こちらのほうの金銭解決については,議論されそうな感じはありません。これは厚生労働省が,金銭解決の議論を勝手に(あるいは労働組合側を忖度しすぎて)矮小化し,誘導しているからです。自民党の次期総裁が,政治のリーダーシップで正面からこの問題に取り組んでもらえればと思います。生成AI後の大きな雇用改革が予想されるなか,望ましい解雇法制を用意するためには,あまり時間は残されていません。いますぐに導入できなくても,何が問題であり,どのような政策的チョイスがあるかを明らかにするだけでも,政策論義としては意味があると思います。
なお,解雇の金銭解決について,ドイツ法の内容や日本法における客観的な議論状況について詳しく知りたい方は,山本陽大『解雇の金銭解決制度に関する研究─その基礎と構造をめぐる日・独比較法的考察』(2021年,労働政策研究・研修機構)が大変参考になります。
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