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2024年7月の記事

2024年7月31日 (水)

教育機会の平等化

 昨日の日本経済新聞の経済教室で,神戸大学の佐野晋平さんの,「家計支援 どうあるべきか(下) 家庭の教育投資 格差是正を」という記事が出ていました。興味を引いたのは,コロナ禍で休校になったことの学力への影響についての研究をとおして,オンライン教育や学校以外での教育機会の差が重要とされ,「私立に通う子供や,親が高所得・高学歴の家計の子供はコロナ期間中のオンライン教育機会や経験に恵まれている」,「休校以前にオンライン環境が整備されていないと家庭のオンライン学習時間が短くなること」,「休校期間中にスクリーンタイム(画面を見ている時間)は増加したが,それは世帯構成により差がある」という他の研究者の発見を紹介しています。佐野さんは,家計への支援のあり方として,教育バウチャーの活用と公教育の質的な充実を挙げています。
 教育の重要性は労働政策においても注目すべきなのですが,とりわけ公教育が職業教育に果たすべき役割が重要です。「質的な充実」という場合,デジタル時代における教育カリキュラムをいかにして策定するか,そして,そこにおける公教育と自学との役割分担をどうするか(基本的には,自学を支えるための公教育という視点)が政策のポイントとなります。
 自学の中心は,オンラインでの学習であり,それは就学前の幼児から,リスキリングの世代,そして高齢者まで幅広い人たちに関係します。幼児をみても,外国語,ひらがな,カタカナ,算数というような読み書き算盤に始まり,いろんな学習がオンラインで可能であり,親が自分の子どもの能力や興味などに応じて,自由に選択できます。少なくとも教育に関心がある親が,インターネットに接続できる環境にあれば,子どもの学習機会を飛躍的に増やすことができると思います。もちろん,その内容は文科省のチェックを受けたようなものではなく質の保証はありません。親の判断にゆだねられて,それでは心もとないところがあるので,公教育の存在価値があるのです。つまり公教育で幹となる学習をし,プラスアルファの追加部分が任意でなされる自学なのです。かつては,これは学校+塾で,塾に行けない子どもは,その任意の教育機会が限定されていたのですが,いまは,インターネットの発達で,学校外での学習コストがぐんと下がっています。こうみると,大切なのは,だれもがインターネットやパソコンのようなデジタル技術の活用機会を低コストで得られるようにすることで,これはデジタル・デバイド(digital divide)の解消の一側面です。教育面では,教育機会の平等化ということになります。教育だけではありませんが,デジタル技術を安価で使える国民が増えるようにすることが,個人のさまざまな可能性を高めることにつながります。まずは国会議員がみなスマホやパソコンをつかって生活してもらいたいです。そうしなければ,ネットの便利さもリスクもわからないので,政策はいつまで経っても進まず,日本は後進国に沈んでしまいます。いつもの心配ごとの話になってしまいました。

2024年7月30日 (火)

中倉陸運事件

  先日の神戸労働法研究会では,中倉陸運事件・大阪高判2024119日(令和5年(ネ)860号,861号)を千野弁護士に報告してもらいました。今回も活発な議論ができたと思います。
 事案は,貨物自動車運送会社Yの現場の営業所長Aが,乗務員Xについて,うつ病であることがわかったうえで採用しておきながら,Xが精神障害3級の手帳があることがわかったところで,Y会社の指示により退職勧奨をしたというものです。就労したのが3日間であり,本人の雇用継続のための措置について検討していないことからすると,障害者雇用促進法の精神に反して許されない,というのが第1印象であり,実際,裁判所はY会社に慰謝料80万円の支払いを命じているのですが,判決を読んでいくと,どこか違和感が残る部分もありました。争点は,退職合意の有無とその有効性,および,退職勧奨行為の違法性(不法行為)です。
 退職合意については,X側は解雇されたと主張していますが,この主張は認められていません。第1審は,本件は解雇ではなく,退職合意があったとし,そのうえで,Xの錯誤や心裡留保を否定し,さらに,Y会社の退職勧奨行為自体は,Xに執拗に迫って退職の意思表示を余儀なくさせるような行為とはいえず,退職に関する自由な意思決定を阻害するものであったとは認め難いとして,公序良俗にも反しないとしました。本件の退職勧奨は,Xが提出した扶養控除等申告書中の「精神障害3級」との記載を目にしたY会社の取締役業務部長が,A所長に服薬等があるのであれば,本社として雇用を継続することは難しい旨の意向を示し,それがA所長をとおしてXに伝えられたというものでしたが,これだけをみると,この退職勧奨行為は,たしかにXの自由な意思決定を阻害するほどの執拗なものではなく,裁判所の判断は妥当といえそうです。ただ,そうだとすると,損害賠償も認められないことになりそうですが,裁判所は,不法行為には該当するとしたのです。契約の公序良俗違反かどうかの判断に,労働者が同意をした経緯などは考慮しないということであれば,こうした判断もあるのかもしれませんが,労働者が同意をした経緯なども合意の公序良俗違反性に影響するという解釈によれば,一貫しない判断となりそうです。それとは別に,労働法においては,山梨県民信用組合事件・最高裁判決以降の自由意思法理に照らして,労働者に不利益な同意の存否について判断するというアプローチもあり,その観点から,労働者の同意がなかったとする判断はありそうです。ただ,同法理は,退職の場合には適用されないとするのが裁判例の傾向であり(自由意思法理については,ビジネスガイドに連載中の「キーワードからみた労働法」の次のテーマで取り上げていますので参考にしてください),それによれば,やはりこのケースでは同意があるということになるのかもしれません。
 さらに,そもそも本件で,不当な退職勧奨行為があったかという点について,少なくとも,これまでの裁判例に照らすと,退職勧奨行為の態様だけをみると不当とは言いづらいところもあります。
 では,Y会社に何の問題もなかったのかというと,そうではありません。たとえ退職勧奨行為が執拗になされたものでなくても,退職勧奨をしたこと自体が,前述のように障害者雇用促進法の精神に照らして問題があるでしょう。実際,Y会社には,職安の所長から,不当な退職勧奨による心理的虐待があったとして,改善措置が求められています。この点をふまえると,本件の退職合意は,障害者雇用促進法35条による障害者差別があったとし,同条がかりに私法上の効力のない規定であったとしても,公序良俗に反するとして無効とすることは可能性であったように思います。退職を求める行為だけをとりあげると不当ではないし,Xは任意に退職に応じたとしても,Y会社のXに対する一連の対応を総合的に評価すると,Xを退職させる合意それ自体が障害者差別的な内容を含むものであり,公序良俗に反するといえるのではないかということです。
 では損害賠償責任のほうはどうでしょうか。Y会社が合理的配慮をまったく講じていないところは問題であり(障害者雇用促進法36条の336条の2も参照),上記の行政指導でも,是正が求められています。かりに,退職合意を無効とすることができないとしても,Xを,退職を余儀なくさせるような事態に追い込んだ点で職場環境配慮義務違反があるとして,損害賠償責任を認めることはありえるでしょう。(有効に)退職したかどうかということと,退職に至る過程でのY会社の行為とは切り離して評価できるはずです。この点は,セクシュアル・ハラスメントなどにより退職した労働者が,職場環境配慮義務違反で損害賠償請求をする場合などと似ています。
 実際,控訴審判決は,「Xを既に採用し,雇用主という立場にありながら,Xが服薬治療を受けているという抽象的な情報に接しただけで,病状の具体的内容,程度,業務遂行に与える影響といった諸点の検討を何もしないまま,即日,上司であるA所長をして退職勧奨をさせたというY会社の対応が社会通念上不適当であることは明らかであって,そのことは,結果的にXが退職勧奨に応じて任意に退職をしたことによって左右されるものではない」と判断しています。広い意味での合理的配慮義務違反の不法行為を認めたような印象を受けます。理論的には,もし退職合意が無効となった場合にも,退職過程での会社の行為の評価として,同じ程度の慰謝料が認められることになるか,それとも雇用が継続する場合には,精神的な苦痛は慰謝されたということになるかが,気になります。これは不法行為の問題ですので,専門家の千野弁護士にまた別の機会に教えていただければと思っています。

2024年7月29日 (月)

日曜スポーツ

 パリでのオリンピックとなると,時差があるから,朝起きたときに,いろいろな結果の情報をまとめて知ることになりますね。柔道の阿部一二三の2連覇はすごかったです。妹の詩が衝撃的な一本負けをしましたが,それに動じずに冷静に王者の柔道をしてくれました。男子サッカーは予選通過を決定させ,女子サッカーも,ブラジル戦で敗色濃厚のところから,逆転勝利です。谷川のミドルシュートはすごかったです。
 その他のスポーツでは,大相撲は,照ノ富士の優勝で終わりました。盛り上げるために,最後わざと2連敗したのかと思いたくなるような展開でしたが,さすがに隆の勝に2連敗はできません。今場所の照ノ富士は12勝とはいえ,強さが出ていました。大の里はまさかの9勝どまりです。もったいない場所になりましたが,あとから振り返って,飛躍のためのステップの場所となったといえればよいですね。久しぶりに若隆景の元気な姿をみることができて良かったです。これに対して,貴景勝は負け越しで大関陥落です。ずっと応援してきましたが,もう限界ではないでしょうか。首は相当悪いようなので,相撲内容をみていてつらいです。それでも懸命な土俵は好感がもてました。千秋楽も熱戦を期待しましたが,相手の湘南乃海の変化相撲はいけませんね。霧島も大関でまったく活躍できないまま陥落し,10勝すれば大関復帰できるところでしたが,届きませんでした。貴景勝も来場所10勝すれば大関復帰ですが,あまり期待できません。
 兵庫県の高校野球は,報徳学園が優勝して甲子園出場を決めました。春は2年連続の準優勝ですが,夏は久しぶりです。昨年も5回戦で神戸国際大附属に敗れていました。今期は社との準決勝は危ないところがありましたが,タイブレークで勝ち抜け,決勝は,明石商に快勝しました。報徳は,強かった時期と,初戦敗退が続いた時期がありますが,春の活躍からみて,今年は対戦相手次第でもありますが,上位進出できる可能性は十分にあると期待しています。知事のゴタゴタ(+貴景勝の大関陥落)で元気がなくなっている兵庫県(とくに神芦西宝地域)を,阿部一二三(神戸出身)に続いて,活気づけてほしいです。
 プロ野球のほうは,オールスター明けの中日戦は,3連勝で調子が出てきました。打線が活発になったので試合内容が面白くなっています。とはいえ巨人も3連勝で3.5ゲーム差があります。後半戦に入り,残り50試合です。これ以上の差をつけられるとまずいです。火曜からの甲子園3連戦は,才木・山﨑の対決で始まります。最低21敗で乗り切ってもらいたいです。

2024年7月28日 (日)

オリンピック始まる

 昨日は芦屋の花火カーニバルがありました。コロナの頃は,やっていませんでしたが,昨年から復活しました。やはり7月の終わりは,やはり芦屋の花火です。
 ところで,オリンピックが始まりました。柔道の軽量級の金メダルで勢いをつけるというのが,かつてはよくあったことですが,昨日は女子48キロ級で角田夏実選手が金メダルをとりましたね。角田は巴投げの名手です。必殺技がある選手の試合は面白いです。かつて古賀稔彦の一本背負いもスペシャルでした。内股は特に珍しい技ではないですが,井上康生の内股は美しかったです。いずれにせよ,角田選手の試合はもっと観てみたいと思わせるものですね。
 男子バスケットは,きびしいなと思いました。昨日のドイツ戦は完敗でした。八村選手が参加して,強化された感じもしますが,全体のバランスはどうなのでしょうかね。八村選手は第4クオーターでは,ばてていた感じで,フリースローの2投目を外したり,スリーポイントを外したりということで,ちょっと残念でした。相手が強かったのですが,日本の可能性を感じさせるようなものではなかったですね。
 個人的には,陸上が注目です。とくに兵庫県出身の田中希実選手が,5000メートル,1500メートルでどこまでやれるのか楽しみです。すでにオリンピックでも実績がありますが,パリでも輝けるでしょうか。少し前までは,日本人女性が活躍できる可能性はゼロに等しかった種目ですので,頑張ってほしいです。

2024年7月27日 (土)

二大政党制は限界あり?

 アメリカの民主党はリベラル(liberal)で労働者の味方であり,共和党は富裕層の味方であるというイメージがあります。実際,多くの労働組合は民主党を支持していますし,共和党の大統領候補Trumpは大富豪(のよう)です(ただ,Trumpを大統領候補に指名した先日の共和党大会では,運輸労組のTeamsters の会長が演説しています)。しかし現実には,Trumpを支持しているのは,rust belt の白人男性であり,多くは外国との競争に負けた産業などで働く生活が苦しい人たちです。Trumpの排外主義は,移民を追い出したり,外国製品の輸入を関税で制限したりして,アメリカ人の雇用を守るというものであり,それがかつてアメリカを支えてきたが外国人のために没落してしまったという気持ちのある白人アメリカ労働者の心に刺さっているのでしょう。MAGAの根底には,そういう考えがあるのだと思います。Trumpが副大統領候補に指名したVance氏は,rust belt 地帯のOhio州の労働者階級の出身で,共和党は,この地区の票を狙いに行っていることなのでしょう。Rust Beltには,Wisconsin,Michigan,そしてPennsylvaniaという激戦州(swing state:選挙のごとに結果が揺れ動くくらい民主党支持者と共和党支持者が拮抗している州)があり,とくに選挙人19Pennsylvaniaは,ぜひおさえたいところでしょう。Pennsylvaniaの州知事は民主党のJosh Shapiro氏であり(民主党の副大統領候補に名前があがっています),Trumpは,これに対抗するために,MAGAの強力な推進者のVanceを登用したのでしょう。
 ここにみられるのは,労働者の味方のようにみえるTrumpVanceは,排外主義・差別主義者であり,実は労働者のなかの白人・男性だけがターゲットで,女性差別や非白人差別は平気であるというバランスの悪さです。これでは労働者の味方といっても,リベラルな思想とはとても言えません。これは「働き方改革」をかかげて,労働者保護政策を進めている自民党が,保守的な政策をとっていることとのバランスの悪さと似たものがあります。
 ただ,このバランスの悪さは,私のもっている先入観からくるものかもしれず,実際過去の歴史をみても,排外主義にしろ,ファシズムにしろ,雇用を守るかぎりは労働者に支持されるという面があったのです。ただ,これも歴史の教訓ですが,労働者の支持は近視眼的なものであることがあり,長い目でみると,グローバルに開かれた国際協調主義や自由貿易,また差別を排する平等主義といったもののほうが,経済は持続的に成長し,労働者の雇用確保にもつながるのだと思います。
 ではアメリカの民主党は,こういう政策なのかというと,必ずしもそうではなく,移民政策では,Trump政権のときBiden・Harris政権はあまり差がないという評価もあるようです。また民主党は,たしかに人工妊娠中絶に対する立場では,女性票を集められるでしょうし,Harrisの出自から非白人層の支持も得られるでしょうが,逆に白人男性の票を集めることは難航するでしょうし,エリート検事・上院議員出身という経歴は,既得権層の仲間とみられて,2016年の大統領選挙のときにBernie Sandersを支持したような若者からの支持は難しいという面もありそうです(ただし,現在,Harrisのイメージ戦略が成功しつつあり,若者の支持も増えているということが,今朝の日本経済新聞でも書かれていました)。
 こうみると,日本人からいえば,民主党と共和党という選択肢しかないアメリカは窮屈に思えますね。第3の立場として,Kennedy大統領の甥であるRobert Kennedy Jr.が無所属で立候補しそうですが,大統領になることは無理としても,やはりこういう動きが出てくるのだなと思います。日本の国政選挙では多くの政党があり,いろんな人が立候補します(しすぎます)が,民主主義という点では,こっちのほうが健全なのかもしれませんね。

2024年7月26日 (金)

久しぶりの高校生向けの授業

 今日は,LSの授業の最終回でした。来週には期末試験があります。賃金請求権についての残りと,人事異動について駆け足でやりました。東亜ペイント事件・最高裁判決も扱いましたが,転勤の話は,なんとなく時代遅れだなという気がしています。

 午後には,高大連携公開授業というものを割り当てられて,高校生向けに1時間だけ授業をしました。高校生向けの授業といえば,数年前に,神戸大学の附属高校でやって以来です。今日のテーマは,拙著の書名からとった「デジタル変革後の労働と法」ということにして,技術革新が労働法に及ぼす影響というようなことを話しましたが,なかでも,キャリアの自己開発の重要性ということを力説することになりました。労働法の役割の変化ということをとおして,法学のダイナミズムを説明して,興味をもってもらおうと考えたのですが,うまくいったかは自信がありません。1時間のなかに情報を盛り込みすぎたのではないかという反省がありますし,時事ネタなどを盛り込みましたが,そもそも高校生との間で前提知識の共有ができているかも不安が残りました。

 それはさておき,今日は,酷暑のなか,この授業のある教室への移動で疲弊してしまい(20分程度の歩行にすぎなかったのですが,クラっとするような暑さはこたえました),ちょっと体調に自信をもてないなかでのスタートとなりました。またプロジェクターをつかった授業は,手元が暗くなり,老眼にはきついといったように,日頃やっていない単発の授業には難しさがありました。もう今後担当することはないでしょうが,できればこういう授業こそ,高校生を集めてやるのではなく,リモートでやってよいのではないかと思います。キャンパスをみてもらうという意味はあるのでしょうが,それはオープン・キャンパスでやればよいのではないしょうかね。

 いずれにせよ,高校生の皆さんは熱心に聞いてくださり,感謝です。授業の最初に,こちらの「こんにちは」に対する返事があり,授業の最後に拍手があるようなことは,大学の授業ではないので,新鮮でした。

 

 

2024年7月25日 (木)

Harrisでいくのか

 民主党の候補者はKamala Harris副大統領となりそうです。私はほぼ5年前にBiden大統領のことを書いたことがありました(「Bidenは大統領になれるか」)が,結局,彼は1期で辞めることになり,Harrisに禅譲(?)ということになりそうです。もしかしたら,任期途中での禅譲もありえます。もしBidenに,ほんとうに認知機能の問題があるなら(ありそうですが),核ボタンを押せる立場からは退いてもらったほうが世界は安心します。問題となったTrumpとの討論会は,当然,彼はきちんとできると思って登壇したのでしょうが,自己認識と客観的な能力との乖離は大きかったのでしょう。こういうことは,たとえば高齢者の運転事故の原因にもなっているのであり,これがアメリカ大統領となると,運転事故とは比べ物にならないくらい大きな危険をともなっています。認知機能に心配がある大統領の去就は家族で決めるような私的なことではありません。Bidenは大統領も辞任してこそ,責任をはたしたことになるでしょう。
 Harrisは,Trump から「sleepy Joe」と言われていた Bidenと比べると,エネルギッシュで,演説にもパワーがあり,現時点では良い評価を得ているようです。元検察官という立場から,犯罪の嫌疑がかけられているTrumpへの攻撃は勢いがありますし,人口妊娠中絶や銃規制などについての立場も明快で,移民問題を除くと,民主党をしっかりまとめることはできるでしょう(というか民主党執行部は必死になって彼女を担ぐでしょう)。もちろん女性票や非白人票も大いに期待できます。ただ若者票は微妙で,HarrisはTrumpよりは若いといっても59歳で,若者世代からすると,どっちもどっちという感じかもしれません(エリート臭が強いところも気になります)。それに,彼女の外交政策や経済政策などについては,私が不勉強なせいかもしれませんが,よくわかりません。Biden政権の政策を継承するということでしょうが,やはり本人の口からしっかり語ってもらいたいです。
 世論調査ではTrumpと良い勝負ができそうな数字が出ていますが,アメリカの大統領選挙は,各州の選挙人を選ぶ選挙であり,州によって選挙人が違います。そのため,とくに選挙人の多い激戦州(swing state)で勝てるかどうかがポイントで,それらの州での世論調査こそ重要です。Swing state とされているのは, Wisconsin(10), Nevada(6),  Arizona(11), Georgia(16), Michigan(15), North Carolina(16), Pennsylvania(19)です(カッコ内は,2024年選挙で割り当てられた選挙人の数)。538人のうち270人を取ったら勝ちとなりますが,激戦州以外では,民主党と共和党は,ほぼ互角なので,激戦州の結果に大きく左右されます。「確トラ」は揺らいできましたが,「もしトラ」は依然としてあります。11月までに,まだまだ多くの波乱がありそうです。オリンピックが終わると,世界中の視線は集中することになるでしょう。

2024年7月24日 (水)

王位戦第2局

 先日の王位戦第2局は,渡辺明九段が,藤井聡太王位(七冠)に完勝しました。渡辺九段の強さが出た将棋でした。初戦もほぼ勝っていたところを大逆転で負けたということで,将棋内容では渡辺九段は負けていませんでした。20歳近く下の世代と戦う40歳の渡辺九段の頑張りは,中年世代に希望を与えるでしょう。 

 王座戦は,挑戦者決定戦が,羽生善治九段と永瀬拓矢九段との間で行われました。羽生九段には通算タイトル100期という偉大な記録がかかっていましたが,永瀬九段の勝利となりました。永瀬九段は,これまで4期獲得している王座への返り咲きを目指して,藤井王座(七冠)に挑戦することになりました。

 竜王戦については,ベスト4が決まりました。山崎隆之八段,広瀬章人九段,佐々木勇気八段,佐藤康光九段です。佐藤九段が残っているのが目を引きます。王座戦の羽生九段と並び,挑戦権争いに絡んきているのは見事です。ただこの4人だと,佐々木勇気八段に,ぜひ藤井竜王(七冠)に挑戦してもらいたいですね。

 でも私にとっての将棋界の最大の関心事は,西山朋佳女流三冠が,プロ編入試験に合格するかです。まさに実力で男性独占の世界に切り込んでいけるかということであり,日本の女性史のなかでも重要な意味をもつといっても,大げさではないと思います。
 女性どうしの戦いだけで,タイトルをいくつもっていても,意味がないのです。男女統一の棋戦で勝ってこそ意味があるのです。もちろん,プロ棋士になって,彼女がどれくらい活躍できるかはなんとも言えません。これまでは女性だから,男性棋士によく勝つねと言われていましたが,男性棋士のなかに入ると,年間6割くらい勝たなければ並の棋士として埋もれてしまいます。ただ,そうであっても,いまはプロ棋士になるということに意味があるのです。その後,何十年かかるかわかりませんが,いつかは,女性の棋士が,タイトルをとる時代がくるでしょう。その道を開くための第一歩となるかもしれないのです。現在の彼女の調子をみると,里見(現在,福間)香奈さんが挑戦したときよりも,期待が高まっている感じです。対戦相手も決まりました。29歳という年齢的にも,今後,それほど多くのチャンスがあるとは思えません。編入試験が始まるまで,まだ少し時間があるので,よい準備をしてほしいですね。

 

 

2024年7月23日 (火)

JR東海の社会的使命とその果たし方

 昨日,愛知県で起きた事故により,大混乱が生じました。日本の大動脈といえる東海道新幹線のど真ん中で事故が起きると,たった1日だけでも大きな影響が生じます。新幹線の重要性を改めて知ることになりました。

 ちょうど昨日は,大学院で,JR東海事件の年休に関する東京高等裁判所の判決(2024228日)を扱ったところでした。私も連載中の「キーワードからみた労働法」の「第201回 年次有給休暇における企業の配慮義務」のなかで,この事件の第1審判決を扱っていましたので,控訴審には関心をもっていました。控訴審判決は,会社側の逆転勝訴となっています。年次有給休暇の取得において,時季変更権の行使時期が遅すぎて,年休が取得できるかどうかが直前までわからないことへの不満があり,また恒常的な要員不足がある状況で,はたして会社は時季変更権を適法に行使できるのか,といった点が問題となったのですが,裁判所は,前者との関係では,「使用者が、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えて,不当に遅延して行った時季変更権の行使については,労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして信義則違反又は権利濫用により無効になる余地があるものと解される」とし,「使用者の無効な時季変更権の行使によって労働者が年休を取得できなかった場合,使用者は労働者に対し,労働契約上の債務不履行責任を負うことになる」という一般論を述べたうえで,このケースでは,東海道新幹線の運行という事業の性格やその内容,東海道新幹線の乗務員としての業務の性質、時季変更権行使の必要性、労働者側の不利益等を考慮すると,「勤務日の5日前に時季変更権を行使したことについては,事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えてされたものということはできない」としました。また,後者については,「使用者による時季変更権の行使は,他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることを踏まえると,使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており,常時,代替要員の確保が困難な状況にある場合には,たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても,それは労基法395項ただし書にいう『事業の正常な運営を妨げる場合』に当たらず,そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である」という重要な一般論を述べたうえで,本件では,配置人数が十分であったし,それだけでなく,代替要員確保の努力までも考慮して,恒常的な要員不足状況であったことを否定しています。

 この判決において,とくに前者の論点との関係で,「鉄道事業法が,鉄道等の利用者の利益を保護することを目的の一つに掲げ(1条),国土交通大臣に,鉄道事業者の事業について輸送の安全,利用者の利便その他公共の利益を阻害している事実があると認めるときには,鉄道事業者に対して列車の運行計画の変更等を命じる権限を付与していること(23条),とりわけ,東海道新幹線は,東京,名古屋,大阪を結ぶ大規模高速輸送手段として日本の社会・経済の維持,発展に必要不可欠な産業基盤の一つと位置付けられていることも考慮すると,JR東海には,需要に応じた東海道新幹線の列車の運行を確保することが,JR東海の社会的使命として強く期待されていたことが明らかである」と述べており,こうした判断が判決の結論にも影響しているように思えます。

 労働供給の確保の重要性を強調すると,労働者の希望に沿った年休取得への配慮には限界があるという議論になりやすいですし,その一方で,労働供給の確保といっても,それは事業者側の都合であり,労働者の年休権に優越するものではないという考え方もあります。控訴審は,労働供給の確保は,社会的使命であるというように,ワンランクその重要性を引き上げて,「事業の正常な運営を妨げる場合」の該当性を広げたという見方もできるでしょう。

 授業のなかでは,社会的使命は労働者の権利を制限するのに十分であるのか,他方,権利を制限するとしても,年休の取得時期の変更だけであり,権利制限の程度は大きくないのではないか,その一方で,日本の休暇文化の遅れなどを考えると,解釈としても使用者の「通常の配慮」はもう少し使用者に厳しいものであってよいのではないか,他方で,JR東海での年休取得の仕組みは,新幹線運行の重要性に鑑みると,合理性がないものとはいえないのではないか,などいろいろな観点からの議論がなされました。

 労働供給の確保という点では,労働関係調整法の公益事業において,争議行為の際の通知義務というような手続的規制があり(37条,8条),憲法上の団体行動権への一定の制限が認められていることもふまえると,労働基準法395項ただし書でいう「事業の正常な運営を妨げる場合」該当性を解釈するときにも,その事業の性質を考慮するということは,それほど突飛なことではないといえないか,というような問題提起もしてみました。ただ,これは社会的使命論に,法的な根拠付けを与えるとすればどのような可能性があるかということからの,やや無理なこじづけかもしれません。むしろ個人的には,事業に関する社会的使命をふりかざす議論は,労働者の保護をめざす労働法ではかなり危険であると思っています。ということで,この事件の判断は難しいのですが,JR東海における年休の取得システムには,制度としては,乗務員の意向を事前に把握する形になっていたり,競合した場合の優先順位をきちんと決めたりするなど,合理性がないわけではないように思える一方,個々の乗務員レベルとの関係では,もう少し早めに時季変更権の行使をする余地がなかったのかは気になるところです。

 さらにデジタル時代の議論としてこの事件を論じると,他の労働供給制約問題と同様のアプローチが必要ではないかと思います。すなわち,新幹線などの列車運行の自動化を進めて人手に頼らないようにすること(これは乗務員側には有り難くない話かもしれません),そしてAIを活用した精度の高い需要予測ができるようにして,もっと早期に余裕をもって人員配置を行い,時季変更権を可能なかぎりしなくてすむ態勢をつくることです。今後の「通常の配慮」には,こういう判断要素を組み入れるのが,デジタル時代の労働法の解釈論といえるでしょう。

 

 

2024年7月22日 (月)

びっくり仰天の内閣府のアイデアコンテスト

 いささか旧聞に属しますが,内閣府の「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」で,とんでもないものが優勝したということを,先日,NHKの収録に行った時に,旧知の外部ディレクターの方から聞きました。教えてもらったサイトをみると,「残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする。」というものが優勝していました。これは,「名ばかり個人事業主」を推奨するもので,ありえない政策です。いまは削除されていてみることができなくなっているのですが,朝日新聞の711日の沢路毅彦さんの「脱法行為?賃上げアイデア「残業時間は個人事業主に」 内閣府が表彰」という見出しの記事から引用すると,「ホームページに掲載された資料によると,まず定時以降の残業を禁止。以前は残業でこなしていた業務を委託契約に切り替え,社員は残業していた時間は個人事業主として働くという。」というものであり,記事では,「このスキームは『脱法行為』とされるリスクがある。個人事業主かどうかは実際の働き方によって判断されるため,残業の時と同じように企業が指揮監督,拘束していれば,労働関連法の規制が及び,残業代や社会保険料の支払い義務が発生するからだ。また,本来なら通算するはずの労働時間がきちんと管理されなければ,過重労働に陥るリスクもある。」と,きちんとコメントされています。労働法を少しでも勉強したことがある人にとっては,まともにコメントすることもバカバカしいくらい,今回の受賞は悪い冗談としか思えません。こんなことができれば,企業はやっているのであり,いまごろになって新しい政策アイデアとして提示するほうも提示するほうだし,それを優勝させてしまう審査側のレベルの低さにも呆れます。

 こうした政策が許されるとすれば,これまで残業としてさせていた業務について,仕事のさせ方などを根本的に改め,違法とならないような業務委託形態とする必要がありますが,かりにそういう業務委託形態ができるとしても,残業の部分だけそのようにするなどというのは無理があることであり現実的ではありません。

 役人がこういう発想になったのは,自分たちはサービス残業をやっているから,それをせめて業務委託の形でやらせてもらえないか,ということかもしれませんが。いずれにせよ,こういう政策は論外であり,内閣府は,当分は,労働政策に対していっさい口を出すことを控えるべきでしょう。厚生労働省が弱体化しているせいかもしれませんが,労働政策に他省庁が介入してくることが増えているような気がします。ただ,内閣府のレベルがこの程度であれば,やはり(私からすれば頼りない)厚生労働省に頑張ってもらうしかないですね。

 

 

2024年7月21日 (日)

政治家の信念

 政治家の信念などは,あまり当てになりません。実際,特定の思想や価値観に凝り固まっている人は選挙には通りにくいかもしれません。ではTrumpはどうでしょうか。日本経済新聞7月20日(電子版)の西村博之氏の「流転のトランプ党どこへ」とう記事のなかにあった,Trump現象について,「信号がある周波数にダイヤルを合わせるように,党員や社会の不満を探り当て,増幅して声にした。これに多くの人々が共感し支持が広がった。」と書かれていて,なるほどと思いました。日本の政治家も,社会の不満の声を探り,それを増幅して政策に反映させるということを,大なり小なりやってきたのでしょう。そこでの不満の取り上げ方に,本人や所属政党の価値観や思想が影響することはあるのでしょうが,基本的にはそういうことに関係なく,いま目の前に社会の不満があり,それを増幅して票がとれそうなら,政治家はとびつくのでしょう。
 この記事では,アメリカの共和党と民主党の政策がいかに変遷してきたかを説明しています。党是など,あってないようなものです。西村氏は,「政党に揺るぎない価値観の軸があるとの幻想は捨てるべきだろう。」と述べています。
 では,党がそうであったとして,国民はどうでしょうか。記事では,Trump支持層の根っこにある価値観として,「セキュリタリアン」というものがあるということが,アメリカの政治学者の言葉として紹介されています。「Security」をその他の価値よりも優先するという意味であり,記事のなかでも,「『安全を最優先する』との意味で,自らの家族や文化集団を,移民や外国人,異教徒,非白人,性的少数者ら『よそ者』から守るとの使命感を指す」と定義されています。MAGAの根底にあるのは,「よそ者」への恐怖なのでしょう。安全には,物理的安全だけでなく,経済的安全,文化的安全なども含まれているはずです。誰でも安全は大切です。政府の使命は,国民の安全を守ることです。とはいえ,安全を守るための戦略は,排外主義ではないというのが,歴史の教訓です。そうした教訓にどれだけ学ぶかにより,民主党支持かTrump支持かに分かれるのかもしれません。
 Trump支持者がsecuritarian であっても,Trumpがそうであるかはわかりません。彼は大統領になるために,「周波数」を探していたのであり,どんなものでも,増幅可能であれば採り入れるのです。そして,いまMAGAがこれだけの勢力になると,今度は支持者層が減らないようにするために必要なのは,彼ら,彼女らが,過去の教訓などを冷静に考えて,排外主義的なsecuritarian に疑問をもつことにならないよう,徹底した洗脳を繰り返すことなのでしょう。熱狂的な集会(参加者の異常な高揚感),絶え間ないSNSでの発信,そして対立候補の悪魔化(demonization)など理性を鈍麻させる攻撃がそれです。
 これは民主主義の怖さです。日本でも,同じようなことが起こらないとは限りません。Trumpが,ロックではなく,クラシック音楽がBGMとして流れる小さな部屋で,少人数の支持者に対して,民主党の政策の批判ではなく,自身の政策の利点を語るというようなことをすれば,どれだけの人が支持するでしょうか。
  そう考えると,投票はオンラインでやるべきだと思っていますが,本人の政治的心情は,むしろ対面型の少人数集会でやってくれたほうがよく理解できるかもしれません。私は日本の政治家が地元の支持者周りをすることを否定的にみていましたが,少し考え直す必要があるのかも,という気持ちになってきました(もちろん冠婚葬祭に顔を出すだけの地元周りなどに意義を認めることはまったくできませんが)。

2024年7月20日 (土)

せめてワーケーションで

 大学の教室でエアコンが故障しました。私の授業ではありませんが,教室は変更となりました(ただ,大人数の授業であれば,教室変更は難しかったでしょう)。いまの時代,エアコンのない教室で授業をすることはできません。昔は,夏は汗だくで授業をしていた記憶がありますが,そんな時代ではありません。エアコンなしでは教師も学生も頭が働きません。

 わが家では10日程前にリビングのエアコンが故障しました。待ちに待ったエアコン清掃をしてもらったときに,故障してしまったのです。ショックは大きかったのですが,幸い,翌日復旧しました。それは修理してもらったのではなく,実は故障はしておらず,清掃したばかりなので,水分が多くてうまく作動しないというだけでした。業者が早とちりして,故障だと判断したのですが,たいへん迷惑な話です。まあ一日だけの辛抱ですんだのでよかったです。それでもエアコンのない生活はきつかったです。これから何日こういう生活が続くのかなと暗澹とした気持ちになっていましたが,とにかくすぐ解決してよかったです。

 前に停電が怖いという話をしましたが,エアコンの故障も怖いです。そもそもエアコンの清掃は,ほんとうは夏のシーズンに入る前に頼みたかったのですが,ここでも人手不足なのでしょうか,なかなか予約が入りませんでした。

 ところで,大学は8月に入ってもまだ仕事がありますが,7月以降は休みにしたほうがよいのではないでしょうかね。エアコンは機械ですので,必ず故障というのは起こります。エアコンがなければ授業ができないようなシーズには授業はしないほうがよいです。秋入学は,酷暑対策でもあるのです。まずは大学から,10月入学に変え,前期は10月から1月,春休みは不要なので,後期は2月から5月にし,入試関係のことは6月に実施し,7月から9月は休みにして,サマースクールのような臨時のものだけにすればよいのです。
 亜熱帯化する日本では,健康を守るために,夏の活動を控えるということに,みんなで取り組んでいく必要があるでしょう。誰かが活動すれば,別の誰かもまた活動しなければならないという連鎖が生じます。「空っぽ」という意味のヴァカンス(Vacance)が夏のホリデーを意味するのは,みんないっせいに休んでどこかに行って活動しなくなるからです。どうしても仕事をする必要があるなら,せめて「ワーケーション」型のテレワークにして,涼しいところで仕事をする文化が定着すればよいのですが。

 

 

2024年7月19日 (金)

年金改革にみる政治の貧困

 昨日夜のBS-TBSの「報道1930」に八代尚宏先生が登場していました。立憲民主党の山井和則議員と経済評論家の加谷珪一氏と並んでいました。年金制度改革の問題点をあぶりだす良い番組だったと思います。おそらく八代先生と山井議員は,労働者派遣に関してはまったく折り合わない立場ですが,年金制度改革について,八代先生は理論派で山井議員は現実主義的という違いはあるものの,大きなところでの問題意識は共有しているような気がしました。今回の改革でとくに問題であるのは,やはり国民年金の保険料納付期間を60歳から65歳に5年間延長することの是非であり,負担も増えて,給付も増え,それだけ年金財政を安定させるというものであったのに,立憲民主党の大西議員が負担増だけ取り上げて追求し,自民党も土壇場で世論を気にして改革を見送りました。日本経済新聞の7月14日の電子版の中川竹美さんの「年金納付5年延長 増税恐れ「異例の早さ」で封印」という見出しの記事のなかに,7月3日に開かれた厚生労働省の審議会で,当時の橋本泰宏年金局長(5日に内閣官房内閣審議官に就任)が,「負担と給付はセットだが,保険料負担の増加だけを切り取った批判を一掃できていない。力不足をおわびしたい」として,納付期間5年延長論の議論先送りを宣言したということが出ていました。
 「力不足」とは,政治家を説得できなかった力不足ということでしょうか。それなら最初から力関係は決まっています。八代先生は,年金改革のようなものは,与野党関係なく,一体で改革を推進していくべきものであるということを主張されています。重要な指摘であり,国民の将来にとってきわめて大きな問題について,現在の政治家の近視眼的な議論に翻弄されるというのは,絶対に避けなければならないことです。八代先生は政治の貧困を嘆いておられました。これは私が労働政策との関係でもいつも言っていることです。たとえば安倍政権時代,解散さえしなければ,選挙が何年もないという時期がありました。そこで多少,国民には不人気でも,将来のために必要な政策を打ち出すチャンスがあると思っていました。労働時間制度改革,解雇改革,非正社員改革など,私が中央経済社から出した政策提言の本の内容などは,未来の労働社会のための提言であり,それを実現するチャンスでもあったのです。しかし安倍元首相は,大義なき解散を行い,選挙に勝ち続けて,その政治力を著しく高めましたが,国民にとって不人気だが,やるべき政策というのには,ほとんど着手されなかったと思います。「働き方改革」のような世論迎合的な政策は,まったく意味がなかったとは言いませんが,こんな政策は,どの政権でもできそうなことなのです。
 未来をふまえた社会保障や労働政策は,選挙を気にせずに与野党が大きなビジョンをもって一致して取り組まなければなりません。今回の納付期間5年延長論の先送りは,立憲民主党と自民党の合作で,国民に大きなツケを残したものです。
 番組でも指摘されていましたが,そもそも厚生年金加入者(第2号被保険者)の多くは,65歳まで厚生年金の保険料(国民年金の保険料も込み)を払い続けているのであり,実際の負担増は第1号被保険者だけです。その人数がどれだけかわかりませんが,この層の目先の負担増(しかし,給付も増加)のために政策をゆがめてしまったということになります。ほんとうに生活が苦しい人には,保険料の減免制度もあります。安心・安定が大切というのであれば,5年の辛抱さえすれば安心・安定が増すということを説得し,保険料増加の負担は,他の経済政策で家計負担をできるだけ抑えるようにするといって説得することこそ,政治家の仕事でしょう。
 納付期間5年延長は政治の勝利かもしれませんが,政治家が目先の一票を得るために,私たちの子孫のために残すべき資産を食い潰したという点で国民の敗北であるということを,よく理解しておく必要があるでしょう。

2024年7月18日 (木)

 兵庫県民として辛い

 連日,ここまで知事のことが大きく採り上げられると,兵庫県民としても辛いです。個人的には,知事の「おねだり」体質というようなマスコミが喜びそうな言い方には悪意があって良い感じはしません。ただ,知事および側近の者が何をしたのか,ということは徹底的に明らかにしてもらいたいですし,この点では,現時点での知事の説明はきわめて不十分です。
 公益通報のことも言われています。今回の告発が,公益通報者保護法が適用される事実についての通報であったのかどうかは,その内容(①五百旗頭先生ご逝去の経緯,②知事選挙に際しての違法行為,③選挙投票依頼行脚,④贈答品の山,⑤政治資金パーティ関係,⑥優勝パレートの陰で,⑦パワーハラスメント)を精査しなければ,なんともいえません。ただ,少なくとも②については,通報対象事実にあたるでしょうし,もしそれが虚偽であっても,真実相当性(真実と信じるに足りる相当の理由があること)がありさえすれば,その他の要件が充足されれば保護されます。知事は県の通報窓口に通報していないから公益通報ではないという頓珍漢な答えをしているので,そもそも本人も側近も,公益通報者保護法についてよく知らなかった可能性があります。もし,知らないままに暴走して,懲戒処分にまで至ったとすると,たいへんなことです(顧問弁護士に相談しなかったことも重大な過失となるでしょう)。このあたりも,百条委員会で真実が明らかになっていくと期待しています。職員が一人(二人?)亡くなっている以上,半端なことでは終わらせてはなりません(個人的には①についても衝撃的な内容で,事実なら許しがたいことです)。
 公益通報者保護法は,まずは内部告発者を保護する法律であり,組織にとっては嫌な法律なのです。ほんとうに良い組織は,内部告発をきっかけに自浄作用を働かせていくのですが,悪い組織は,内部告発者をつぶそうとします。そういう組織を許さないための法律なのです。この法律がなぜ消費者庁所管の法律かというと,組織の内部でしかわからない不正を告発してくれることは,消費者のために重要な意味をもつからです。つまり,公益通報者保護法は,内部告発者の保護をとおして,消費者の利益を擁護する法律なのです。消費者は一般市民と考えてよいのであり,県でいうと,県民です。県内部の不正を告発してくれる人の背中を押すことが,県民にとって大切なことなのであり,その過程での県の幹部たちの妨害はあってはならないというのが,この法律の精神です。普通は,組織の不正を外部に密告することは,その後の報復などを恐れてなかなかできません。懲戒処分などは論外なのですが,現実には服務規律違反や守秘義務違反という理由で処分をしてくることがありますし,フォーマルな処分でなくても,村八分などのインフォーマルな嫌がらせがされる危険もあります。退職しなければなかなかできないことです。でも現役にも告発してもらいたいということで,この法律があるのです。
 もし仮に今回の告発者への懲戒処分やその後の種々の嫌がらせが,公益通報に対する報復であるということになれば,公益通報者保護法の精神を踏みにじる最もやってはならないことをしたことになります。そうでないと信じたいですが,もしそうなら,公益に反する行為を堂々とやったことになり,そういう人たちに県政を任せることはできません。
 はやく兵庫県政が普通の状況に戻ってもらいたいです。

(参考)公益通報者保護法 第9条
 「第3条各号に定める公益通報をしたことを理由とする……一般職の地方公務員に対する免職その他不利益な取扱いの禁止については,第3条から 第5条までの規定にかかわらず,……地方公務員法……の定めるところによる。この場合において,第2条第1項第1号に定める事業者は,第3条各号に定める公益通報をしたことを理由として一般職の国家公務員等[注:地方公務員を含む]に対して免職その他不利益な取扱いがされることのないよう,これらの法律の規定を適用しなければならない。」

2024年7月17日 (水)

岡田監督のパワハラ?

 阪神タイガースは,オールスター前の折り返し時点で,貯金2で,首位の巨人と2.5ゲーム差です[まだ広島戦が3試合残っていました]。これだけ打てなくて,よくこの成績にとどまっているなというのが,今期ずっと繰り返してきた感想です。いつも負けているように思うのですが,なんとか勝ち超せているのは,やはり岡田監督の技量でしょうか。
 その岡田監督が,コーチを直接叱責しないで,マスコミに向けて非難するのはパワハラではないか,という意見もあるようです。プロの世界における話で,また監督とコーチの人間関係がどのようなものかにもよるので,他人がとやかく言うべきことではないようにも思います。

 ただ最近の風潮は,自分がそういうことをされたらどうかということで考えてしまい,自分だったら上司がそういう態度をとっていればイヤだなと思うと,ついついパワハラだと非難したくなるのでしょう。だから,テレビに出るような有名人は言動に気をつけなければならない,というような話になりそうですが,ちょっと待てという気もします。

 たとえば,岡田監督が,藤本3塁コーチを「罵倒」したのは,状況に応じた適切な指示をできなかったことに対する批判です。3塁コーチは得点に直結する重要な役割があり,そこを任されているとなると,結果責任を問われるのは仕方がありません。一方で,本人に直接言うべきであるという批判は,考え方によるのであり,直接言うと,相手に萎縮されてしまい,うまくいかないことが,第三者経由で話が入ってくると,多少は冷静に聞くことができ,そして自分のどこが悪かったのかの反省がしやすいということもあるかもしれません。それが良いかどうかはともかく,そういう指導法もあってよいような気がします。いずれにせよ誉めるときも,第三者経由なのであり,その点では岡田監督の姿勢は一貫しています。むしろ直接叱責しないのは,愛があるような気がします。

 選手もコーチもプロであり,自分でスキルを磨くしかない世界です。監督のメガネにかなわなければ,左遷されてもおかしくないわけで,そうでなくアドバイスを間接的であれしてくれることは,むしろありがたいともいえるのです。

 そういえば,岡田監督がリリーフ投手を告げようとしたときに,まだその投手の準備ができていないということで,その投手を登板させることができずに,結局,試合にも負けたことがありました。監督は,投手コーチを報道陣の前で批判しました。そんなことを言うなら,監督が自ら,登板させようと考えている投手の準備をするよう告げてくれればよいのではないか,という不満も出てきそうです。しかし,監督は,信頼している投手コーチは,言わなくてもわかっているだろうと思っているのです。それに,もし監督が自らやってしまえば,コーチの仕事は不要となります。これこそがコーチが最も恐れることでしょう(失業につながりますから)。
 叱られたほうが,成長機会が増えるだろうというのは,昭和の発想なのでしょうかね。もちろん優しく,恥をかかせられない程度に叱ってという希望をする人が世間では増えているのかもしれません。この点の世代間ギャップは深刻なので,昭和世代の上司は若者に対してそういう配慮をしなければいけないのかもしれませんが,少なくともプロのコーチや選手を扱っている監督は,違うでしょう。もちろん阪神のコーチたちも優しく叱ってほしいとは思っていないはずです。岡田監督が誰よりも阪神ファンであり,阪神が勝つために叱っているということは,みんな知っています。むしろ私は,監督があまり叱らない今岡打撃コーチのほうが心配です。今期の打撃陣の成績をみると叱られて当然だからです。叱らないということは,期待されていないことかもしれないのです。

 

 

2024年7月16日 (火)

制度・規制改革学会の雇用分科会シンポ(告知)

  明日(17日),制度・規制改革学会の雇用分科会において,オンラインでミニシンポジウムが開催されます。「労働市場改革の論点―法学者の視点」というタイトルで,専修大学の石田信平教授と神戸大学の劉子安助教に,ご自身の関心をもっている改革論についてお話をしてもらい,その後,討論をする予定です(私は最初に趣旨説明と簡単な問題提起のプレゼンをします)。学会員の方で関心のあるかたは,ぜひのぞいてみてください(学会のFBZoomミーティングのURLの案内がされていると思います)。また学会員でない方は,この機会に学会への加入を検討してみてください。
 本日は,リクルートワークス研究所の研究員の方々からインタビューを受けました。これからの労働政策のあり方について,大きなことから,小さなことまで,いろいろお話しをしました。本日の内容は,その後に,ライターの方が文章に起こしてくださるそうです。
 働き方改革から5年以上が経過して,労働基準関係法制研究会も進行中というなかで,労働政策のあり方への関心が高まっていることが感じられます。労働法研究者も,労働法解釈の狭い領域から飛び出て,より自由に独創的な議論をすべき時代に来ていると思います。

2024年7月15日 (月)

視点・論点に登場します

 明日(16日),NHKEテレの「視点・論点」に登場します。202212月以来2回目です。また出演依頼が来るとは思っていませんでした。前回はSkypeを使ったものでしたが,今回はスタジオ収録です。もうこういう機会はないだろうと思い,スタジオ収録のものも残しておきたいと思ったからです。

 今回のテーマは,「“ジョブ型雇用”と最高裁判決」です。4月に出た滋賀県社会福祉協議会事件の最高裁判決を素材にしていますが,メインは,日本型雇用システムからジョブ型雇用に変容していくという流れのなかで,雇用保障という点でどういう違いが生じるのかの解説です。最高裁判決は,あくまで素材にすぎず,判決の解説というより,判決の理論的含意を「深読み」して日本型雇用の変容を私の視点で論じるというものです。

 9分少しで,できるだけ平易に伝えるという難しいミッションですが,2回目ということもあり準備はスムーズに行きました。前回は短いリハーサルのあと,1回でOKでしたが,今回は,リハーサルなしで1回でOKでした(フルのリハーサルでやり,うまくいけば本番にしようということでやったところ,そのままOKとなりました)。内容については,いろいろ意見もあるでしょう(変更解約告知という言葉を使わずに伝えようとした苦労をプロの方はわかってもらえるかもしれません。また2審判決の評価はちょっと単純すぎるという人もいるでしょう)が,いずれにせよ私の視点を,公共の電波を使って伝えさせてもらえたのは,たいへんありがたいことです。

 なお,この最高裁判決のもう少し詳しい実務的観点からの分析は,東京都社会保険労務士会会報に寄稿します。さらに機会があれば,ビジネスガイドで連載中の「キーワードからみた労働法」でも,どこかのタイミングでとりあげたいと思っています。

 

 

2024年7月14日 (日)

王がいない国で王になる?

 アメリカの連邦最高裁判所は,アメリカの大統領の職務上の公的行為について免責されるとする判例に基づき,Trump氏に対して起訴された犯罪について,免責特権が適用されないとした控訴審判決を,6対3で覆して,Trump氏の行為が公的行為であったかどうかを審査するよう差し戻したそうです。連邦最高裁は,Trumpが大統領時代に保守系の裁判官を3名任命したこともあり9人中6人が保守系となっています。リベラル派の支柱であったGinsburg判事の死去により,リベラル派の判事が保守派の判事に入れ替わった影響は大きいでしょう。
 Trumpの訴追可能性については,アメリカ法に詳しい人に教えてもらいたいのですが,それはともかく,大統領が免責特権をもつことは,大統領を司法よりも,民主主義の統制に服せしめることを重視するという観点からは理解できないことではありません。しかし,Bidenが言ったとされるように,今回の判決が,大統領が国王のような権力をもつことになりかねないとする指摘は気になるところです。今回の銃撃事件の背景的事情と言えるかもしれません。
  民主的な選挙で選ばれたとしても,暴走の危険があります。かつての王政は,その暴走があったことから革命が起きて,共和政に移行した経緯があります。共和政では,民主的なプロセスで選ばれた大統領や首相が執行権を握りますが,王政の反省から,三権分立が導入されます。司法や立法により,どの程度,大統領の権限を抑制するかは,歴史的な経緯もあって国それぞれの特徴がありますが,核保有国の大統領が,敗北を受け入れず,選挙結果を覆そうとしたという嫌疑についても免責特権が適用されるというのは,権力分立のバランスが危なくなっていないでしょうか。 
 イギリスのように国王がいる国では,国王に政治的な権力がなかったとしても,首相がどんなに力を得ても,暴走する権力者となるおそれは小さいでしょう。日本は,天皇がいますが,安倍政権時代は,その権力志向からか天皇を比較的軽く扱っているように思えたこともありました。日本の権力者にとっては,天皇の政治利用は禁じられていても,やりたい誘惑にかられるところでしょうし,同時に,天皇や皇族がスキャンダルで弱体化することは,政治家にとって悪いことではないかもしれません。ただ政治家がいくら頑張っても,王や天皇がいる国では,最高権力者になることは難しいでしょう。ところが,アメリカやフランスなどの国では,民主的なプロセスだけで最高権力者になれるのです。ここが恐ろしいところです。王や天皇のような非民主的な存在は,民主主義の観点からは,たとえ彼ら・彼女らが政治的権力がなくても,原理的におさまりが悪いものとなるのですが,アメリカにみられるような民主主義の実質が大きく揺らぎつつあるところでは,かえって王がいる国のほうが歯止めになってよいような気がします。民主的なプロセスで王の権力を得るということがないようにすることが,重要です。だからと言って暴力でそれを阻止してはいけないのですが。

2024年7月13日 (土)

引っ越しができなくなる?

 711日の日本経済新聞で,引っ越し会社に若者が集まらないということが書かれていました(「迫真 人手不足,緊張の夏3 引っ越し業界はお断り」)。人手不足のことは,このBlogでもときどき書いていますが,引っ越し業界の人手不足問題は深刻です。引っ越しをしたくても,そう簡単にはできない時代が来ようとしているのかもしれません。引っ越しができても料金は高騰していくでしょうし,運搬作業のクオリティが下がるかもしれません。跳ね上げ式の収納ベッドなどは,解体が難しいので,運搬してもらえないのでは,と不安になってしまいます。

 日本では,家財をすべて運ぶという引っ越しをしますが,外国では必ずしもそうではありません。日本では,家財は自前で,引っ越しのときにすべてをもっていって部屋を空にするのですが,そのようなスタイルは,ひょっとしたら変わっていくかもしれません。もちろんこだわりの家財は持ち運ぶのでしょうが,そういう家財をもつのは大邸宅に住む富裕層に限られるようになるかもです。

 お金を出せば,何でもやってもらえるという時代が来なくなるのは,便利な社会に慣れてしまった者にとっては恐怖です。ゴミを回収してくれる人,介護をしてくれる人などがいなくなるかもしれないのです。少子高齢化もまた避けられません。移民国家に大転換しても,外国人に日本に来てもらえる保証はありません。ロボットの活用への期待が高まりますが,それと同時に,労働力があふれていた時代の感覚を早く捨て去り,大きな変化に対応する準備をいまからしておく必要があると思います。

 

 

2024年7月12日 (金)

現金支払いがデフォルトでよいか?

 11月に施行されるフリーランス法の「解釈ガイドライン」である「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」によると,「報酬の支払いは,できる限り現金(金融機関口座へ振り込む方法を含む。)によるものとする。報酬を現金以外の方法で支払う場合には,当該支払方法が,特定受託事業者が容易に現金化することが可能である等特定受託事業者の利益が害されない方法でなければならない。」とされています。 

 もちろん,現金以外の報酬支払いができないわけではなく,その場合の明示事項が,公正取引委員会規則118号以下において定められているのですが,まずは現金ということにこだわる姿勢が,時代遅れに思えます。フリーランス法を新たな労働社会の働き方に向けた一歩とみたい私にとっては,なお古い労働法制をひきずり,その延長で対応しようとしている部分がみえてしまうと,がっかりします。もう少し新たな発想の人たちに,これからの法律を任せたいなと思います。

 いまでは税金も◯◯ペイで払うことができる時代であり,報酬についても現金でもらうほうが例外でしょう。労働者の賃金も◯◯ペイでの支払いが可能となりました。これまでは,口座に振込まれたお金を◯◯ペイに移動させることが面倒でした。

 ということですので,フリーランス法における現金支払いをデフォルトとする「思考」は見直してほしいです。実際のフリーランスには,デジタルポイントなどで報酬が支払われている人もいるでしょうし,いろんな報酬形態があってよいはずです。法は現物給付を想定していないようにも思えますが,雇用労働者であっても,通貨払いの例外が認められているのです(労基法241項)。

 これからの法律には,原則を堅持して例外としてデジタルに道を開くという半端なことではなく,デジタルを中心にする発想(「デジタル・ファースト」)を出発点とすることが必要だと思います。

 

 

2024年7月11日 (木)

「透き通り,曇りのない」県政を

 今朝の日本経済新聞の春秋で,兵庫県の斎藤知事が使ったとされる「嘘八百」という言葉が採り上げられていました。「兵庫県の元幹部職員が,知事のパワハラなどを告発する文書を配布した。が,知事は内容が虚偽のてんこ盛りであるという趣旨で,この言葉を用いたようだ。元幹部は停職の懲戒処分を受けた。こうしたやり方は妥当なのか。」という問題提起をしています。同じような問題意識をもつ人は多いでしょう。内部告発に対する報復と疑われてもしかたがないような反応であり,副知事が職をかけて百条委員会の開催を阻止しようとしたという報道もあります。何を守ろうとしているのでしょうか。

 記事では,羽生善治九段が好むとされる「八面玲瓏」という言葉を援用して,これは「あらゆる角度から見ても透き通り,曇りのないさまを意味する。知事も座右としたらどうか。多くの人々がその振る舞いを注視している。」という文章で締めています。

 一人の職員が命を失った事実は,とてつもなく大きいです。前に財務省の森友学園文書の改ざん問題で,赤木さんが自殺したときにも感じたことですが,どうしてまじめに働いていた公務員が命を落とさなければならないのでしょうか。ほんとうに「嘘八百」という言葉を使ったのなら,これ以上ない屈辱であり,憤死してもおかしくないほどのことです。

 事の重大さを知事やその側近たちはしっかり認識し,まずは今回の告発問題についての「透き通り,曇りのない」説明をしてもらいたいですし,また県職員労働組合からの辞任要求をはねつけるならば,ぜひ「透き通り,曇りのない」県政を実現してもらいたいというのが,県民の心からの願いです。それが一人の職員の貴重な命を無駄にしないためにも大切なことです。

 

 

2024年7月10日 (水)

女性棋士誕生に向けて

 西山朋佳女流三冠(白玲,女王,女流王将)が,朝日杯将棋オープン戦で阿部光瑠七段に勝って,「現在のプロ公式戦において,最も良いところから見て10勝以上,なおかつ6割5分以上の成績を収めたアマチュア・女流棋士の希望者」というプロ編入試験の要件を満たしました。彼女は試験を受けるとの意思を表明しました。福間(旧姓は里見)香奈女流五冠に次ぐ2人目です。福間さんは,編入試験は3連敗で合格できませんでした。試験官は,棋士番号の若い順に新45名が選出され,3勝すれば合格です。西山さんはどうでしょうか。女流棋界は,福間・西山の二強でほとんどのタイトル戦がなされてきており,その他の人がときどき出てきても,二人には勝てません。二人は,プロの若手棋士にはなかなか勝てないとしても,棋士全体の平均くらいの力はすでにあると思います。いまやトップ棋士に勝ってもおかしくありません。先日のNHK杯でも,西山さんは,木村一基九段に堂々たる勝利をあげました。快挙という声はもうありません。福間さんも,先日の朝日杯オープン戦で,安用寺孝功七段相手に,早指し戦とはいえ,持ち時間40分のうち10分しか使わず,65手で破りました。こういう勝ち方は,格が違うという感じであり,福間さんもまた,プロ棋士の平均に近いレベルには達しているように思います。おそらくまた,編入試験のチャンスはめぐってくると思います。西山さんも福間さんも男性陣に混じってプロ棋士として戦っている姿をイメージしても,まったく違和感がないと思います。
 福間さんは,前回は調子が少し落ちたところで編入試験となりました。将棋はトッププロでも調子の波があるので,西山さんには,ぜひ良い調子を維持して,編入試験に臨んでもらいたいです。ところで,西山さんは,NHK杯での次の対戦相手は,藤井聡太竜王・名人(七冠)です。西山さんに勝ち目はなさそうですが,早指し戦ですから何があってもおかしくありません。王位戦の記念対局(王位と女流王位の対局)で,持ち時間にハンデ(handicap)がありましたが,平手で福間さんが藤井竜王・名人に勝ったこともあります。
 西山さんも福間さんも振り飛車一本です。男性棋士では,指す人が激減している戦法です。編入試験の相手のプロ騎士は,当然,十分に対策を練ってきます。大変な勝負になるでしょうが,そこを乗り越えて,女性のプロ棋士を観てみたい気もします。女流棋士から女性棋士へ,です(棋士と女流棋士は違います。女性棋士は,棋士のなかの女性という意味ですが,まだ存在しません)。女性は棋士に向かないという,男女の能力差論を否定する第一歩になってもらえればと思います。一人出てくれば,次々に出てくるかもしれません。

2024年7月 9日 (火)

司法試験のデジタル化

 今週は司法試験期間なので,LSの授業はありません。試験日程は,10日から14日(12日は休み)の長丁場です。会場は,札幌市,仙台市,東京都,名古屋市,大阪市,広島市,福岡市,那覇市(又はその他周辺)ということですが,受験生はこれらの都市に住んでいるとは限らず,猛暑のなかで移動しなければならない受験生は大変でしょうね。2026年度からは,CBT(Computer Based Testing)方式になり,パソコンの利用となりますが,試験会場への移動は必要となります。ゆくゆくは,IBT(Internet Based Testing)方式で,リモートで受験できるようになればいいですね。司法試験に知的体力以外の要素をできるだけ取り除いてあげたほうがよいでしょう。法曹の仕事もデジタル化していくのであり,それに合致したような試験方式も必要です。もちろん不正対策は決定的に重要なことですが,それをデジタル技術により克服できれば,いろんなところに応用が聞きます。いちばん遅れていそうだった司法の世界において,司法試験をとおして,そうしたデジタル技術の活用の最先端を走ることになれば,イメージも変わってよいと思います。ぜひ法務省関係者には頑張ってもらいたいです。
 各法科大学院でも,本番の司法試験に先行して,期末試験でCBT方式を導入することが検討されています。学生に慣れさせるためには,望ましいことですが,ここでも不正対策などの観点から現時点ではいろいろと問題がありそうです。不正を避けるために,パソコンを貸与するとなると,保管場所の確保など,お金のない国立大学では難しいです。指定業者などを作って,不正ができないような設定(通信機能の停止など)にして,期末試験時にのみ学生に貸与するというjust in timeのレンタル方式などは無理でしょうかね。いずれにせよ,大学関係者の知恵だけでは限界がありますから,技術者の方にゼロベースで考えてもらって,費用と効率の折り合いをつけながら試験方式を開拓してもらいたいです。その際に重要なのは,不正が1件でも起きれば失敗というゼロリスクを目指さないことです。リスク低減は必要ですが,ゼロをめざすと時間がかかるので,ある程度のリスク低減を見込むことができれば,あとは不正行為者には,司法試験受験資格の永久剥奪のような強い制裁による抑止で対応すべきでしょう。そして,さらにIBTについても,遅くとも2030年くらいには司法試験への導入ができればよいですね。

2024年7月 8日 (月)

都知事選終わる

 都知事戦は小池百合子知事の3選となりました。現職は強しです。蓮舫氏は惨敗し,泡沫に近いかと思っていた石丸伸二氏の得票は,2007年の浅野史郎,2011年の東国原英夫とほぼ同じ約170万票でした。過去の二人は有名人で,それぞれ宮城県知事3期,宮崎県知事1期という知事経験者でした。石丸氏は広島の小都市の市長を途中で辞職したという経歴しかなく,知名度や実績という点では劣るものでした。ただ私も名前を知っていたようにYouTubeでは議会でのやりとりなどがよくアップされていて,一定の知名度はありましたし,都知事選に立候補を表明してからは,SNS上で急速に知名度が広がったようです。それで短期間に,浅野氏や東国原氏並の票を集めてしまいました。
 立憲民主党は,共産党と組んだのが失敗とかそういうことよりも,最近の好調さは,反自民党の人が消去法で支持していただけで,立民を積極的に支持していたわけではなく,より好ましい人が出てくれば,簡単に乗り換えられてしまうくらいの実力しかないことを示したような気がします。これまでは維新が,そうした人の受け皿だったのでしょうが,維新が失速気味で,都知事選も独自候補が出せないなか,石丸氏に票が集まったのでしょう。若い人の支持もありますが,反自民票をどう集めるかという観点から,石丸氏のように保守の改革派は,幅広い支持を得られる可能性があります。保守の改革というのはどこか矛盾を感じますが,何か変えてくれそうだが,それほどラディカルなこともしないという安心感が,ちょうどよい感じなのでしょう。まさに維新と同じようなスタンスです。
 こういう人は最終的には,自分のやりたい政策をやるには自民党に入るしかないとか言って自民党に入る可能性もありそうですが,どうなるでしょうか。あるいは,国政にいったん出たあとで,もう一回都知事に挑戦するかもしれません。さすがに小池氏の4期目はないでしょうから。
 それにしても,こういう大きな選挙に候補者を出せなかった維新は苦しいですね。自民党との「おおげんか」も見苦しいです。政党間の約束を守る,守らないという話は,もしほんとうに守ってもらえなかったとすれば,それだけ維新の存在が自民に軽くみられたということでしょう。だから維新は怒っているのでしょうが,大阪ではさておき,国政ではその程度の政党であったという印象が植え付けられてしまった気がします。兵庫県でも,維新系の知事に対する,職員(亡くなったそうですが)からの告発文書をめぐりガタガタしています。万博問題も抱えるなか,維新は正念場に来ています。維新がもう少し輝いていたら,ひょっとしたら石丸氏は維新と組んでいたかもしれません。維新の音喜多駿政調会長のブログでは,「「第三極」的な新しい政治に期待する人々がこれほど東京に大勢いて,投票行動を起こすことが可視化されたのは,決して悪いことではありません」とし,「そして,維新こそがその支持を獲得するポテンシャルがもっとも高い既存政党であると,私はなお確信しています」と述べたうえで,「結党から12年が経ち,ベンチャー政党としては老舗の存在となった維新の会が,鮮度の低下も含め極めて難しい状況に直面していることは事実です」と書かれています。
 率直で正確な自党分析をされているのだと思います。政治資金問題での対応は,はっきり言って失態だと思いますが,どう挽回するか。万博についても,うまい出口戦略をみつけなければ,次の選挙では大敗をするおそれもあります。政策的には,まだ期待できるところもあるので,今後の同党の動きにも注目です。


2024年7月 7日 (日)

王位戦第1局

 八冠から七冠になりましたが,その後の棋聖戦では防衛を果たした藤井聡太竜王・名人は,続いて王位戦の防衛戦となりました。渡辺明九段の挑戦を受けました。藤井竜王・名人が最初に超えなければならなかったタイトル保持者が渡辺九段であり,結果,渡辺九段がもっていたタイトルをすべて奪ってしまいました。2020716日に最初のタイトルである棋聖を奪取したことに始まり,2022212日に王将を,2023319日に棋王を,202361日に名人を奪取して,渡辺九段を無冠に追い込みました。渡辺九段は,挑戦者としては,棋聖を奪取された翌年に挑戦をしていましたが3連敗でした。今回が挑戦者としては2度目の藤井竜王・名人との対戦です。しかも王位戦は渡辺九段自身初挑戦で,ぜひ取りたいタイトルでしょう。

 ということでしたが,初戦は藤井王位が勝ちました。2日制の王位戦ですが,千日手となり,先後が入れ替わっての指し直しになりましたが,残り時間では後手番になった藤井王位が厳しい状況にありました。しかし,徐々に残り時間が並び,1分将棋になった最後の最後にドラマがありました。途中で藤井王位がやや無理気味に龍を切って,角を飛び出して,渡辺玉を追い込みましたが,1手足りませんでした。一応,駒が入れば詰みにできるところまで追い込んだうえで,受けに回りました。しかし,渡辺九段には,最後に23手詰めがありました。Abemaの番組でもAIが渡辺勝ちとしていましたが,渡辺明九段は詰みを発見できていませんでした。AI評価値でみると,大逆転でした。23手詰めとなると,時間が十分にあれば別ですが,時間がない状況ではトッププロでも難しいのでしょう。ただ,藤井王位は,自玉の詰みがわかっていたようであり,勝ってもあまり嬉しそうではありませんでした。勝負には勝ったとはいえ,内容に満足できていなかったのでしょう。渡辺王位は悔しそうでした。最後は詰みがないのをわかっていても,なかなか投了しなかったところに,それが現れていました。投げるに投げれなかったのです。王位戦は7番勝負です。これからも熱戦が続くでしょう。

 

 

2024年7月 6日 (土)

猛暑

 猛暑です。エアコンはどうしても必要なのですが,私はエアコンにあたっていると体調が崩れるので困ったものです。父の部屋は,生前,いつも暑くて,熱中症防止のためにエアコンをつけるように言っていたのですが,くしゃみがでるとか言って,エアコン嫌いでした。私も遺伝しているのでしょうね。とはいえ,エアコンなしの生活は無理であり,もし停電になるとどうなるだろうと心配になります。エアコンが止まっただけであれば,どこかに「疎開」すればよいかもしれませんが,冷蔵庫が止まると,冷凍食品や貴重なワインがあるので,かなり影響を受けます。電力は,関西では関東より余力があると言われていますが,油断できません。節電だけでなく,電力の備蓄というものを個人レベルでも考えていかなければならないでしょう(携帯のソーラー充電器をもってはいるのですが,あまり貯まってくれません)。

 一方,店舗で,客がいようがいまいが,エアコンを使わなければならないようなところでは,客が少ない時間帯は,熱さを逃れるクーリングシェルター(cooling shelter)として使えるようにしてほしいですね。先日外出しているとき,あまりにも暑かったので,涼しそうな大きな薬局を勝手にクーリングシェルターにして,涼んでしまいました。こういうとき,昭和のおじさんは,何か商品を買わなければ悪いという気持ちになってしまいますが,よく考えると,私がいても電力使用料が増えるわけではないのです。むしろ貴重な電力をつかって営業をしているところでは,その冷気は近隣住民が共有してもよいと勝手に思っています。いずれにせよ冷気のシェアをもっと進めていくための知恵が必要ですね。一方,(前にも書いたことがありますが)始発停留所の時間待ちのバスが,出発前はエンジンが切られていて,車内が異常な暑さになっているのは困ったものです。アイドリングストップ(idling stop)を馬鹿正直に守っているのは,早急に改めてほしいです。節電が行き過ぎて健康を害するようなことになってはいけません。

 

 

2024年7月 5日 (金)

あんしん財団事件・最高裁判決

 昨日の7月4日,最高裁の第1小法廷で,あんしん財団事件の判決が出ました。労災保険の不支給決定の取消訴訟について,原告適格を認めた控訴審判決を破棄する判決です。第1審の請求却下判決が結論として正当とされました。「違法性の承継」という行政法上の論点も関係する判決です。判決の分析は,今後しますが,ざっとみておくと,要するに,労災保険の支給決定がなされるとメリット制の適用により保険料が増額する可能性のある特定事業主は,保険料の決定の基礎となる労災保険の支給決定についての取消訴訟の原告適格があるかという問題で,最高裁はこれを否定したのです。
 条文上は,行政事件訴訟法9条1項の「法律上の利益を有する者」の解釈問題となり,その定義については,最高裁は「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者」として従来の判例を踏襲しています。そのうえで,本件では,「特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定に影響を及ぼすこととなるか否かが問題となる」とし,結論としては,労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に労働保険料の決定に影響を及ぼすものではないから、「特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない」として,原告適格を否定しました。
 なぜ労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に労働保険料の決定に影響を及ぼすものではないかというと,「特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は,当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならない」からだとします。
 最高裁は,労災支給処分によって労働保険料まで確定されるとすれば,事業主にこれを争う機会が与えられるべきであるが,それでは,労災保険給付にかかる法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれるとします。たしかに労災保険法は,被災労働者等の「迅速かつ公正な保護」を目的に掲げているのです(1条)が,それは「特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない」と述べています。
 また,「労災保険率は,労災保険法の規定による保険給付及び社会復帰促進等事業に要する費用の予想額に照らし,将来にわたつて,労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならない」とする労働保険料徴収法の規定(12条2項)との関係でも,「客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額を特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とすることは,上記趣旨に反するし,客観的に支給要件を満たすものの額のみを基礎としたからといって,上記財政の均衡を欠く事態に至るとは考えられない」ので,「労働保険料の額は,申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り,労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い」とします。
 ということで,労災保険の支給決定の手続は,労働保険料に影響をしないのであるから,事業主は,支給決定処分についての原告適格が認められる「法律上の利益を有する者」ではないとしたのです。そして,最高裁は,念のために,「事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において,当該保険料認定処分自体の違法事由として,客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから,上記事業主の手続保障に欠けるところはない」と述べています。これは現在の国の運用を認めたものです(以前は事業主には争う方法がありませんでした)。
 労働者の救済は迅速に行ったほうがよいが,事業主の保険料の確定は急いで決めなくてもよいので,そこはあとでじっくり(?)争えばよいということでしょう。ただ,事後の保険料の決定手続で,客観的に支給要件を満たさないことが確定すると,労働者側は根拠のない労災保険給付をもらっていたことになります。それは手続が別であるから構わないということでしょうが,常識的には違和感があるものではないでしょうか。また,労災保険の支給決定は,安全配慮義務違反による損害賠償請求の民事事件に実際上は影響するので,労働保険料だけの問題ではないという面もあります。事業主に取消訴訟の原告適格を認めるかどうかはさておき,労災保険の支給決定手続に,事業主にも何らかの形で手続的関与を認めるとしたうえで,被災労働者等の「迅速な」救済を図る工夫をすることこそ,「公正な」保護につながると思いますが,いかがでしょうか。手続の迅速化では,ここでもデジタル技術の活用をはじめ,いろんなアイデアがありそうです。以上が,まずは判決をみたときの雑駁な感想であり,このあと大学院の授業でみっちり検討したいと思います。

2024年7月 4日 (木)

カスハラの原因?

 日本経済新聞の630日朝刊の「春秋」で,エアコンが不調になったときに利用した「お客様相談センター」の対応への不満が書かれていました。何度電話してもつながらないとか,つながったあとも待たされるとか,そういうことはよくあり,そうなってくると,こちらも苛立ってくるので,相手のマニュアルどおりの心のこもっていない対応にイラッとすることがあり,そういうのがカスハラの原因になるのかなと思わないわけでもありません。とくに相談の原因となっているトラブルなどについて,消費者側に非があるのでは,というような感じの対応がなされると,ついついこちらの口調も厳しくなりがちです。最終的にセンターの人と話せるまでに時間がかかるのは,ほんとうに困っているかどうかを選別しているのではないかと疑っていますが,そうであるとしても,そこまで我慢して待っている消費者には,ほんとうに困っていると判断して丁寧な対応をしてもらいたいです。もちろん,非常に電話対応がよいところもあり,そういうところは,やはり会社としての評価も高くなります。

 ところで相談はチャットボットを使ってもできるところが増えています。ただ,これがあまりうまくいったことがありません。定型的な質問でなければ,うまくいかないです。おそらく聞き方が重要なのでしょうが,こちらは客の立場で使っているので,客目線で質問をしやすいようもっと誘導してくれなければ困ると思うことがあります。ChatGPTのように,自分のために利用する場合には,質問の仕方をどう工夫したらよいかを自分で必死に考えますが,お客様相談というのは,客目線での対応のはずですから,質問をするときの負担を軽減してもらえればと思います。それにChatGPTなら,対話しながら,徐々に望むところに到達するという感覚があるのですが,これまでのチャットボットの経験からは,そういうのもありません。今後,徐々に改善していくのでしょうが,うまくいけば,少しはカスハラの原因の除去につながるのではないかと思います。

 

 

2024年7月 3日 (水)

供給制約をどう克服するか

 7月1日の日本経済新聞の「核心」の,論説フェローの原田亮介「高圧経済阻む人手不足」という見出しの記事を読みました。人手不足の深刻さは,そこでも書かれているように,各所にあらわれています。労働力人口の減少は,前に経済教室でも書いたように,今後,ますます深刻化する話であり,政策的対応は喫緊の課題です。一方で,労働法の立場からは,労働市場における供給過剰からくる要保護性に着目した規制的介入の正当化が難しくなるでしょう。自発的改善のメカニズムが機能しやすい状況が生じるからです。むしろ供給制約をどう解消するかが重要で,これを労働法の課題としてみた場合,どういうアプローチが可能なのかは難問です。普通に考えると規制の緩和ということになりそうです。たとえば,小嶌典明先生が言われていたと思いますが,日本で必要なのは,もっと労働時間を長くすることであるという意見は,供給制約問題を考える時には傾聴すべきものかもしれません。
 原田論説フェローは,東京財団の早川英男主席研究員の「非正規雇用の短時間労働が多い女性について『扶養控除や国民年金の3号被保険者の仕組みを見直して,労働時間の制約を取り除く必要がある』」という言葉を紹介しています。これは従来から言われている話ですが,働き方に中立的な税制や社会保障法制という観点からも,早急に手をつけるべきことでしょう。もう一つ,外国人労働者の雇用の拡大に言及されていました。人手不足対策としての外国人の活用は,最近の「技能実習」あらため「育成就労」という制度にもみられるように,もはや高度人材ではなくても,外国人に来てほしいという態度が露骨にみられるようになっています。綺麗事を言っていられない段階に来ているということでしょう。しかし,その先にあるのは何か。移民政策を正面から論じなければならないときなのかもしれません。ちょうど欧州でも,移民排斥を掲げる極右勢力が躍進し,アメリカでもTrumpに返り咲きそうな勢いになっています。外国人との共生を前提に,それにどのように対応するかはいまから考えておく必要があるのでしょうね。

 一方,この記事のなかで,供給制約を乗り越えための議論で欠けていたのが,徹底的な自動化の推進でしょう。供給制約が私たちの生活に深刻な影響を及ぼすのは,建設,接客,医療・介護などでしょうが,これはなんとかテクノロジーで乗りきってほしいです。人間にしかできないような仕事でも,知恵と工夫で乗り越えてもらいたいです。運送にしても,人手不足で荷物が来なくなるのは恐ろしいですが,これも自動運転やドローンの活用が必須の検討課題です。ライドシェアの解禁も急いでもらう必要があります。
 もう一つ大切なのは,スキマ的に労働力を提供している人が働きやすい環境をもっとつくることでしょう。自分の空いている時間を誰かのために使いたいという人とサービスを求めている人をマッチングするというシェアリング・エコノミー的な発想で働きやすい環境をつくることが,とくに供給制約が深刻な影響を及ぼす分野の労働力不足の解決に効果的ではないかと思います。そこにはあまり労働法が出てこないほうがよいように思います。自分がスポット的にやっている仕事が,雇用か請負のどちらだろうかということを気にしていては働きづらいのではないでしょうか。

2024年7月 2日 (火)

藤井永世棋聖誕生

 山崎隆之八段が,藤井聡太棋聖(七冠)に挑戦した棋聖戦5番勝負は,結局,藤井棋聖の3連勝で終わりました。山崎八段は頑張りましたが,1勝もできませんでした。棋聖戦が始まる前は絶好調でしたが,最近は負けがこんでいて,先日のNHK杯でも,新鋭の藤本渚五段に敗れるなど,調子を落としていました。これでは藤井棋聖には勝てません。

 藤井棋聖は,最初に獲得したタイトルが棋聖で,そのときの相手は渡辺明九段でした。防衛戦で渡辺九段を返り討ちにし,そのあとは永瀬拓矢九段,佐々木大地七段を破り,そして今回,山崎八段を破りました。これで棋聖位が5期となり,永世棋聖となりました。2111カ月での永世資格は史上最年少であり,これは今後破られることがないだろうと言われています。永世資格は,タイトルによって条件が少し違っていますが,基本的には5期保有となっており,この記録を破るためには,16歳までに少なくともタイトル挑戦をし,獲得し,その後4回防衛を連続でしなければならないということで,これまでの中学生棋士が,加藤一二三九段,谷川浩司17世名人,羽生善治九段,渡辺明九段,藤井竜王・名人(七冠)だけということを考えても,不可能に近いといえるでしょう。なお王将は通算10期が永世資格で,最もハードルが高いです(過去は大山康晴15世名人と羽生九段だけです)。

 藤井竜王・名人(七冠)は,永世棋聖は出発点のひとつで,今後複数の永世位をもち,夢の永世八冠をめざすでしょう。もし永世位が棋聖しかなければ,引退後,故米長邦雄のように米長永世棋聖と呼ばれます(現時点では佐藤康光九段がこのパターンになりそうです。米長永世棋聖は現役時から永世棋聖を名乗っていたので,佐藤九段も引退前に認められる可能性はあります。谷川17世名人は現役ですが60歳で永世称号が認められました)が,そういうことにはならないでしょう。現時点では,叡王を失っているので,永世叡王が一番遠いかもしれませんが,ただすでに3期もっており,永世叡王の条件は通算5期なので,あと2期でよいと考えると,達成は時間の問題でしょう。次はもうすぐ始まる王位戦です。ここで防衛すれば,2つの永世資格である永世王位を獲得します。

 

2024年7月 1日 (月)

労働政策シンクタンク

 昨日の新経済連盟の提言の話の続きですが,労働政策問題について,経済団体に専門的なシンクタンクが存在していないことがどうも気になります。労働政策についての政府系のシンクタンクとしては,労働政策研究・研修機構(JILPT)があります。労働側も連合総研があります。経済団体は,経団連にしろ,経済同友会にしろ,いろいろ提言は出していますが,やはり感じるのは,よく勉強はしているのだけれど,何か足りない部分があるということです。残念ながら,労働法を一からきちんと勉強していない素人さがどうしても感じられるのです。あえて言うならば,たとえば知的財産法となると敷居は高いけれど,労働法は,素人でも十分に議論できるという感覚なのでしょう。労働法にそういう面があることは否定しません。また,素人的な意見が悪いとは言い切れません。素人の発想は軽視できませんし,専門家にとって刺激になることもあります。しかし,素人が政策提言というようなことまでやろうとすると,表面的なものにとどまります。おそらく,どこに議論のポイントがあるかわからないことが多いのでしょう。Aという論点を主張する場合に,実はBCという論点と関わっていて,その部分についても目配りしておかなければ,Aという論点についての主張も説得力がなくなるということがあるのです。これが体系的一貫性の重要性ということにつながります。
 政府から距離を置き,労使の対立ということからも距離を置いた個人中心の労働政策シンクタンクのようなものがあって,法学の博士号をもっている若手研究員が集まって政策研究や政策提言をするといったことができればいいのですが。日経新聞での本庶佑氏の「私の履歴書」を読み,若手育成のためにいろんなことをされていることにも刺激を受けました。私にも何かできることがないかと思いますが,いつものようにアイデアと口だけで,なかなか実行が伴いません。

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