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2024年6月17日 (月)

AIと倫理

 6月12日の日本経済新聞で紹介されていたFTの翻訳記事「AI,脱炭素に祝福と呪い 電力を大量消費する利点は」は,AIと環境問題との関係を考えるうえでの重要な問題提起しています。「最新のAIモデル用のデータセンターは,途方もない量のエネルギーと冷却用の水を消費する。気候変動という喫緊の課題に関して言えば,AIは解決策というよりも,むしろ問題を引き起こしているのではないだろうか。」というのです。
 私の立場は,今後,AIの活用が進み,本格的なAI社会が到来することを前提に労働政策を考えるべきだというものです。しかし以前から指摘されている環境負荷の問題について,いまだに明確な解決策が示されていないということであれば,AI社会の到来という前提それ自体に疑問が出てくるかもしれません。
 EUのAI法をはじめ,日本政府も推奨しているAIの国際規制といった動きは,AIの軍事利用などの特定分野での利用の禁止や制限にはつながるものの,「適正な」利用ができれば,それまでを抑制しようとするものではありません。たとえば,EUのAI法も,最小リスクのAI利用のカテゴリーになると規制はありません。
 ところがいくら適正に利用しても,環境に大きな負荷を与えるならば,その利用を抑制せざるを得なくなります。人類の生存が最優先の課題であることは言うまでもありません。記事では,「AIが環境に与えるマイナス面があまりに明白であることを踏まえると,その良い面を把握することはなおさら重要だ」と書かれていました。AIを使って気候を制御することができても,それにより環境破壊が進むと意味がありません。巨大IT企業には,その社会的責任として,AIのもたらす地球環境へのプラスとマイナスに関する分析を含め,いかにして地球の持続可能性に配慮し,実際に取り組んでいるかということについて,情報発信をし続けてもらう必要があり,政府やマスメディアは,私たち国民にその情報をわかりやすく伝える必要があるでしょう。
 サミットのテーマが軍事や経済の話に偏りがちななか,ローマ教皇Francesco(イタリア語読み)が人類の最大の問題にAIがあるとして演説をしたのはさすがであると思います(イタリア語でなされたスピーチはYouTubeで全部観ました)。技術は決して中立的なものではないのであり,使い方次第では害悪をもたらす,AIは道具(strumento)なのであり,それを利用する場合の倫理(etica)が重要だ,と言っていました。教皇は,algoreticaという聞き慣れない言葉を使っていましたが,Vaticano(バチカン) のAI問題への取り組みに向けた本気度がうかがえます。最後には「sana politica」という言葉を繰り返していました。「健全な政治」という意味でしょう。G7という政治舞台にわざわざ登場したローマ教皇からの強いメッセージです。現在の世界のリーダーたちで大丈夫でしょうか。

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