大局観
NHKのEテレの「0655」か「2355」か,どちらの番組か忘れましたが,羽生善治『大局観―自分と闘って負けない心』(KADOKAWA)のなかの「反省はするが,後悔はしない」という言葉が紹介されていました。ちょっと気になったので,2011年刊行の本でしたが買ってみました(以前に読んだことがあるような気もするのですが,忘れているので)。私は勝負の世界に生きているわけではありませんが,役立つ話がたくさん出てきました。この「反省はするが,後悔はしない」も,実践はなかなか難しいのですが,前向きに生きていくためには必要なことです。
本のタイトルにある「大局観」も,将棋界の用語ではありますが,いろいろ実生活にも応用が可能です。勝負の世界では,年齢を重ねると,若いときのような瞬発力はなくなっていくとはいえ,大局観を蓄積していればそこそこ勝負ができるのです。とはいえ,AI全盛の今日,大局観でどこまで勝負できるのかということにはやや疑問がありますが,ベテランが若手に勝つとすれば,それしかないというところもあるでしょう(今日のNHK杯でも,ベテランの郷田真隆九段が,昨年,藤井八冠に連続でタイトル挑戦した若手強豪の佐々木大地七段に勝って驚きましたが,これは大局観だけでないかもしれません)。
将棋以外のことでいうと,法学の議論でも,細かい解釈論の議論となると,若手でも十分にできるのですが,説得力のある議論を展開するとなると,大局観というか,視野の広い議論が必要となるでしょう。とくに政策論の世界になると,細かい解釈論に秀でていても,そうした若者では通用しないことがよくあります。むしろ若手でも,解釈論はあまりぱっとせず凡庸な感じでも,実は広い視野をもっているような人のほうが,政策論の場では通用しそうな気がします。
ところで「後悔しない」というのは「忘れること」が重要だということでもあります。「忘れること」は簡単ではないのですが,羽生さんはこれを努力してできるようになったと書いています。人の生来の性分かと思っていましたが,努力によってできることなのかもしれません。「忘れること」によって,雑念を払って集中できるようになり,そのメリットは大きいです。これはなかなかできないことですが,訓練でできるのであれば,やろうと頑張ってみる価値はありそうです。
「後悔はしない」は,自分はもっとこんなことができたはずなのに,というような余計なことを考えるなという意味もあります。これは今日のように選択が過剰にある時代にはなおさらです。いろんなことが選択できすぎて情報に踊らされているだけのことがあるかもしれません。羽生さんも,棋士以外にいろんな可能性があったでしょうが,そういうことを考えても仕方がないと言っています。それは羽生さんが大棋士になったからということではなく,後戻りできないことをくよくよ考えても仕方がないということでしょう。
そもそも無限にありそうな選択肢も,現実的には初めから多くの選択肢はないに等しいかもしれないのです。過剰な情報をつきつけられて選択するほうがよほど疲れます。疲れた末の選択は誤る可能性が高まります。
羽生さんはミスが起こるのは,状況認識を誤っているときと,感情などに左右されているときであると言います。常に冷静に状況を把握して行動することが重要です。これをもっと広くみると,自分というものを冷静に客観的に把握して行動選択し,そこでミスがあっても,反省はして同じミスを繰り返さないようには努めるが,後悔のような後ろ向きの行動はしないということでしょう。難しいことですが……。
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