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2024年6月14日 (金)

官僚に休息を

 先日,NHKのクローズアップ現代で,官僚の過労問題が採り上げられていました。まだこんなに働いているのかとわかり驚きました。議員レクの問題も改善されていないようです。目の前の仕事に追われてしまい,やりたい政策に取り組めないという不満をもらす若手官僚の声も紹介されていました。

 私は先般ジュリスト1595号に書いた「労働時間規制を超えて」という論文の最後に,官僚ら政策担当者が,長時間労働によって,独創的な政策立案のための時間もエネルギーも投入できないことこそ真の問題であるというメッセージを込めました。これは取り方によっては官僚を揶揄しているようにも思われるかもしれませんが,まったく逆で,とりわけ厚生労働省の官僚に時間を与えて,しっかり将来をみたバックキャストの発想で労働政策に取り組んでもらいたいという応援メッセージです。それと同時に,若手官僚にそういう機会を与えることができていないかもしれない上司世代に対する批判,そして,さらには官僚を部下のようにこきつかおうとする政治家への嫌悪感も根底にあります。

 あまりに現実をみすぎていると,抜本的な提言ができません。もし私が厚生労働大臣になれば(なりたいわけではありません),本気で働き方改革をします。仕事はテレワークが原則,出社した場合でも17時で仕事は終了,週休2日は絶対保障(休日出勤はなし)くらいのことを決めなければダメでしょう。緊急の場合の例外はもちろんありえますが,緊急の定義はきわめて厳格にすべきです(国民の生命や身体に重大な影響がある場合や国益を深刻に損なう危険がある場合など)。人手が足りなくなるかもしれませんが,これくらいの勤務条件を実現すると,官僚になろうという人はもっと増えてくるのではないでしょうか。国のために何かをしたいという若者は潜在的にはたくさんいるからです。

 国益というと,国会対応もしなくてよいでしょう。とくに大臣答弁の準備など,大臣が自分か政策秘書といっしょにやればよいのです。もちろん官僚の勤務時間内に終わるようなレクや多少のサポートは求めてよいでしょうが,残業をさせる「権利」はありません。野党からの質問なども,勤務時間内にできる範囲でやればよく,あとは断ってよいでしょう(「できませんでした」という勇気をもとうということです)。それでは充実した質疑ができないというならば,会議の日程の入れ方も含め,官僚がしっかり対応できるような時間的な余裕をもって質問書を送るべきなのです。

 これは国会を軽視することではありません。その逆です。裁判でも,双方の当事者に十分に主張してもらうためには時間をしっかりとって手続を進めます。国会のような重要な場であればこそ,質問への回答には(内容に応じた)適切な時間的余裕を与えて,きっちり答えられるようにすべきなのです。そんな悠長なことを言ってられないということかもしれませんが,そういうことを言っていれば,優秀な若者はほんとうに官僚にならなくなるという危機感をもつべきです。

 国会の答弁は,そもそも何でも大臣が答える必要はないでしょう。大きなことは大臣が,細かいことは官僚が答えればよいのです。それにより,いろいろレクをする時間や大臣答弁用の作文の時間も省略できるのです。首相は,きちんと自分で答弁ができるエキスパートを適材適所で大臣に据えるべきです。もし政治家に適当な人がいなければ,民間から登用することも考えるべきでしょう。デジタル大臣や少子化担当大臣などは,むしろ民間のほうに良い人材がいるのではないでしょうか。

 クローズアップ現代では,官僚の働き方を変えるためには,官僚と政治家は対等であること,そして,官僚の役割を社会で守るという意識を国民がもっともつことが大切だというような趣旨のことが言われていたと思いますが,そのとおりだと思います。政治家との対等性については,まずは役所の幹部が,政治家に対して,部下たちを守るために,どれだけの発言ができるかということとも関係します。

 私は,官僚に対してとくに親近感をもっているわけではなく,ことさら擁護するつもりはありませんし,また仕事の内容に疑問があれば,当然きびしく批判はしますが,同時に,官僚も公務員とはいえ労働者なのであり,その労働条件を改善し,ひいては国のために,意欲ある優秀な人材がしっかり活躍できるよう応援するための発言をするのもまた,労働法研究者としての私の仕事だと思っています。

 

 

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