新経済連盟「労働基準法等の見直しに関する提言」
労働基準関係法制研究会の動きに対して,経済界もたいへん関心をもっているようです。新経済連盟は,先般,「労働基準法等の見直しに関する提言」を発表して,同連盟に加盟する企業の要望が示されています。私も構想段階で「意見交換」したいと言われたので,若干の意見というか,感想のようなものを述べました(こういうときは「意見交換」という言葉を使うのですかね)。提言内容の大きな問題意識は共有するものの,具体的な提案には疑問があるというのが,私の感想でした。
現在の法律を前提に,そのなかでの改善提案を求めるのか,より根本的な観点からの意見を出すのかによって,提言内容は異なります。今回は前者のほうであって,私のように後者のほうに関心がある者にとっては,やや物足りなさを感じます。
使用者の時間管理義務は残すとか,労働者性の判断基準について,予測可能性が低いというのは誰もが言っていることなので,せっかく提言をするのなら,具体的にどのような方法があるのかを提言しなければインパクトがないとか,労使コミュニケーションのあり方についても,個別同意のことにはふれていますが,これは原理的に,労働者性の問題(交渉力格差の多様性)と関わるものなので,そこと連関させて議論しなければ仕方がないとか,そういうことを言った記憶があります。
ところで,今回の提言のうち,年休の時間単位取得の上限撤廃については,かなり具体的なものでした。「会員企業からは,育児・介護や急に通院等をする場合における時間単位の休暇の必要性がアピールされた」ようで,それだったら企業が任意にこれを認めればよいのではないか,というコメントをした記憶があるのですが,企業側は法定年休のなかで上限なく取得できるようにしてほしいということだったのですね。時間取得の5日縛りは,年休は1日以上の取得が原則で,その例外だからということなのでしょうが,労働者側が取得したいといっていて,企業もそれでよいといっているのに,制限する必要はないように思います。半日年休を認めていることとの一貫性も気になります。ただ今回のように企業側から上限撤廃を求めるという提言がでてくると,もしかしたら労働者の育児・介護などの都合といいながら,企業が時間単位年休をおしつけるようなことが実際に起こらないかという懸念が生じそうです。そうなるとやはり労使協定と上限設定が必要ということになってしまいます。理論的には,これもデロゲーションの問題と位置づけ,企業が提案するかどうかに関係なく,個人の納得同意があれば,法定年休であっても,時間単位の付与を上限なく認めてよいという考え方もありうるように思います(なお,私は年休の消化について企業主導でよいという立場です。拙著『人事労働法―いかにして法の理念を企業に浸透させるか』(弘文堂)191頁の「思考1」を参照)。その一方で,私は,年休制度それ自体については,連続取得が原則であると考えており,デフォルトの設定を重視する『人事労働法』では,時間単位の年休取得はこれに逆行するものなので,これについての納得同意によるデロゲーションにはふれていません。もし時間単位の取得のニーズが,育児・介護や病気通院にあるとすれば,前者は現行法において子の看護休暇や介護休暇の時間取得がすでに認められている(育児介護休業法16条の2第2項,16条の5第2項)ので,企業が労働者のニーズに配慮するというのであれば,法定年休を使って有給とするのではなく,企業がこれらの休暇(法律上は無給)について賃金補填をするくらいの対応をしてもよいような気がします。病気通院についても,有給の病気休暇の創設で対応してもらえればと思います(上限があってもよいですが。そういえば,令和2年10月の最高裁5判決の一つである日本郵便〔東京〕事件(『最新重要判例200労働法(第8版)』(弘文堂)の第73事件)では病気休暇の正社員・非正社員格差が問題となっていましたね)。つまり時間単位年休のニーズが上記のようなものであれば,連続取得を重視する年休制度は維持して,特定のニーズに応じた有給休暇の増設で対応したほうが,経済団体としては社会的使命を果たしているとアピールができるのではないかと思います。