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2024年5月21日 (火)

『講座・現代社会保障法学の論点[下巻]現代的論点』

 大阪大学の水島郁子さんから,『講座・現代社会保障法学の論点[下巻]現代的論点』(日本評論社)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。同書には,水島さんの「第5章 働き方の変化と社会保障」が掲載されており,労働法とまたがるもので,後述のように私の文献も引用してくださっていることから,お送りいただいたのだと思います。

 この論文では,働き方の変化からくる社会保障法上の論点について扱われていますが,非正社員の社会保障については,講座の別の論文で採り上げられていることから,本論文では兼業労働者とフリーランスの問題が扱われています。どれも興味深い論点です。

 兼業労働者については,まず労災保険法の2020年改正で,複数事業労働者と複数業務要因災害という2つの新たな概念が登場したことが説明されています。重要なのは,このことが,労災保険の法的性格に変化をもたらしたのかです。労災保険の独り歩き(労働基準法の災害補償責任の責任保険という原点からの乖離)という指摘はつとにされており,実際,通勤災害や障害や遺族補償における年金給付に典型的にみられるように,労働基準法の災害補償責任の枠を超えた補償がなされています。その意味で,労災保険制度が,すでに生活保障機能をもっていることは確かでしょう。ただこれは「おこなわれている法」であり,「あるべき法」としてみた場合,これを労災保険という枠組みのなかで行うことが妥当かが問題となります。労災保険については,使用者(事業主)の集団的責任論としてとらえる見解(ドイツ流のもので,西村健一郎先生らが主張)が有力ですが,こうした事業主全体で責任をシェアすることについては,現行法の説明としてはありえても,こうした責任論を是として,補償の範囲を拡大していくことが妥当かについては,なお検討の余地があると思われます。就労者の生活保障は重要であるとしても,その目的のために必要な制度としては,健康保険の枠内での所得保障もあるし,死亡事故については,厚生年金による遺族補償もあるわけで,そうした関連する制度のなかで労災保険のもつ役割は何かを問う視点が必要となるわけです。そうすると,事業主責任の個別性を重視せず,メリット制のところを配慮するだけで,どんどん責任範囲を拡大していくことについては,これでよいかという疑問も出てくるところでしょう。水島さんは,「本改正は,労働者の生活主体としての側面に着目したものであり,保障についての基本的な考え方を雇用関係ベースから労働者ベースに変更するものといえる」(103頁)と評価されており,法改正の内容を前提とするとそういうことになるでしょう。この改正は,労災保険を労働基準法から一層乖離させることになりそうですが,それは労災保険の発展とみるのか,それとも実は労災保険の独自性を弱め,総合的な事故補償制度の一つに位置づけやすくし,将来的な制度の抜本改革をしやすくする動きとみることもできそうです。これは実務レベルの問題ではなく,労災保険とは何かという本質論にかかわり,すぐれて理論的な問題です。

 雇用保険については,65歳以上の「マルチジョブホルダー制度」以外は,兼業労働者に対応したものは存在していません。水島さんは被保険者資格の拡大を支持されていますが,雇用保険の前提とする生計維持の家庭モデルの古さをふまえると,ここでも生活保障という目的のために最も適切な制度は何かという点から再考すべきでしょう。私たちが『解雇規制を問い直す』(有斐閣)で提案する「解雇の金銭解決」では,事業主に帰責性のある失業については,事業主に費用負担させる解雇保険で対応すべきとしています。一方,労働者からの自発的な失業については,モラルハザードの問題など,制度の根幹にかかわる論点が横たわっています。個人的には,雇用保険が扱っている問題は,事業主帰責の解雇保険と,その他の総合的な所得保障制度に分けて考えるという発想で臨む必要があるのではないかと思っています。また現行の雇用保険制度に付着している育児や介護のときの休業給付や教育訓練給付は,むしろフリーランスを含めて,普遍的に適用されるべき真の社会保障制度の枠内で対応すべきもので,雇用保険制度の枠内で行うことを見直す必要があると考えています。

 次に,フリーランスについては,皆保険・皆年金ということで最低限の保障はあることもあり,水島論文では,被用者保険(社会保険)との関係では詳しい分析は省略されていますが,「私見は,将来的に,社会保障制度を普遍主義的な制度に組み替える可能性まで,否定するものではない」(115頁)と書かれていて,普遍主義の主張として,私の文献を引用してくださっています。心強いです。

 いずれにせよ,労働法と社会保障法は,細かい制度論になると,違いが鮮明になりますが,原理レベルにたちかえり,働く人のセーフティネットをどうするかというところでは,共通性があり,その内容にも相互関連性があります。労働法の研究者であっても,社会保障の問題に関心をもっていかなければならないと考えています。

 

 

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