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2024年4月12日 (金)

川勝発言に思う

 職業差別として批判されて,川勝平太静岡県知事が辞職しました。県の新入職員への訓示として,彼ら・彼女らを鼓舞するためにした発言が批判されました。これが職業差別かと言われると,やや疑問もあります。今回の発言は,NHKニュース「静岡川勝知事 発言撤回“職業差別と捉えられるの本意でない”」によると,「県庁というのは別の言葉で言うとシンクタンクです。毎日野菜を売ったり,牛の世話をしたり物を作ったりとかと違って,基本的に皆さんは頭脳・知性の高い方たちです」というもので,「毎日野菜を売ったり,牛の世話をしたり物を作ったり」している人を差別するというより,県庁職員を鼓舞するような話なので,差別があるというのは,「反射的効果」にすぎません。ただ結論としては,知事発言は不用意であったことは否めないわけで,結局,撤回と謝罪に追い込まれたのはやむを得ないのかもしれません。
 労働には,知的なものと肉体的なものとがあるという区別は,アカデミックな場では普通にやります。ホワイトカラーとブルーカラーの区別もあります。こうした区別をせずに労働を一般的に論じても,適切な議論ができません。上記のような区別があることは,常識として誰もが知っていて,また感じていることでしょう。これは,労働者概念が,法律の世界では,職業に関係なく統一的かつ包括的であるということとは別の話です。
 川勝発言の失敗は,「頭脳・知性の高い方」という表現にあったともいえます。「高い」という表現が,職員を鼓舞するには適切なのでしょうが,その場にいない人たちを「低い」と呼んだと誤解され,差別的な印象を与えてしまったのです。高低ではなく,「頭脳・知性を使う人」という表現であれば,ここまで問題とならなかったと思います。
 ただ実は,ほんとうの問題は,県庁の職員の仕事が,「頭脳・知性」を使うものばかりではないということにあるようにも思います。実際には,議員や県民にどなられたり,デジタル化の遅れからくる非効率な仕事をさせられたりすることが少なくないのではないでしょうか(静岡県がどうかはよく知りませんが)。ほんとうに職員が「頭脳・知性の高い方」というプライドをもって働けるような環境があるのかが真の問題なのです。
 もう一つは,農業は決して知的な仕事でないことはないということです。アグリテックという言葉もあるように,既存の産業とAIとの融合は,全産業的に起こっており,農業も例外ではありません。元知事のもっているイメージは,一時代前のものかもしれません。他方で,デジタル化が遅れているホワイトカラーの仕事こそ,非効率であり,むしろ肉体労働に近いものとなっている面があります。
 さらに視点を変えると,これからの社会において,「毎日野菜を売ったり,牛の世話をしたり物を作ったり」する肉体を使った仕事こそ,人間のやるべき仕事として評価が復活してきているともいえます。知的労働はAIで代替されていくからです。
 県民,国民としては,県庁職員や霞が関の役人たちに,しっかり仕事をしてもらいたいです。こういう人たちに,「あなたたちは頭脳・知性の高い方」ですと,モチベーションを高めるような訓示をすることは,ほんとうはやってもよいように思えます。でも,そのためには,そうしたプライドをもって働ける環境が用意されていなければなりません。これこそ問題の本質です。これを知事の職業差別問題といったものに矮小化して論じるべきではないように思えます。

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