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2024年4月 9日 (火)

裁判官の弾劾

 岡口基一裁判官に対する弾劾裁判には,いろいろ考えさせられました。裁判官の弾劾について,憲法は,「裁判官は,裁判により,心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては,公の弾劾によらなければ罷免されない」としており,逆にいうと,公の弾劾があれば,罷免できるということです(78条)。また,憲法は,「国会は,罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため,両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける」(64条1項)と定めているので,弾劾は,国会に設置された弾劾裁判所によることになります。「弾劾に関する事項は,法律で定める」とされており(642項),実際,裁判官弾劾法という法律で弾劾手続が定められています。同法によると,罷免事由は,①「職務上の義務に著しく違反し,又は職務を甚だしく怠つたとき」と,②「その他職務の内外を問わず,裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」です(2条)。本件では,②の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」の該当性が問題となったようです。
 裁判官の訴追は,国会議員で構成される訴追委員会が行いますが,訴追委員会への罷免の訴追の請求は,国民は誰でも行うことができます(裁判官弾劾法151項)。また最高裁判所も,「裁判官について,弾劾による罷免の事由があると思料するときは,訴追委員会に対し罷免の訴追をすべきことを求めなければならない」とされています(同条3項)が,本件では,最高裁判所は訴追の請求はしていないようです。もちろん裁判官が身内をかばうということもあるので,最高裁判所が訴追請求をしていないことは重視できないのかもしれませんが,岡口裁判官は裁判所からすでに懲戒処分を受けているようであり,それで十分だと判断されていた可能性もあります。ただ,懲戒処分といっても,裁判官への懲戒の種類は,戒告と1万円以下の過料(裁判官分限法2条)だけであり,それと罷免との差は極端です。もう少し中間的な処分はありえないのでしょうかね。
 憲法に根拠があるとはいえ,国会議員が裁判官を裁くことには違和感もあります。とくに今回のような表現行為について,裁判官を罷免できることに危うさも感じられます。裁判官のSNSでの発信行為をどうみるかは難しいですが,表現の自由ということの前に,そもそもSNSは通常の国民の日常の生活の一部です。裁判官といえども,そこは同じでしょうし,同じだと考えるべきでしょう。もちろんSNSを利用する際には,モラルは必要でしょうし,裁判官の場合は,いっそうそれが厳格に求められるとはいえそうですが,それをどうみてもモラル面で問題なしといえない人が混じっていそうな国会議員(今回の弾劾裁判所の裁判長と裁判員がそうだと言っているわけではありません)だけでモラル面の判断をさせることには違和感があるのです。
 罷免の法的性質は不勉強でよくわからないのですが,かりに懲戒と同種のものであるとすれば,労働法的な感覚でいえば,これは懲戒解雇(免職)であり,懲戒事由該当性は厳格に判断されますし,非違行為と処分との均衡も問題となります。岡口氏の投稿による被害者側の不快な感情はわからないではありませんが,裁判官の身分保障の重要性,表現行為だけで罷免されることによる,裁判官への萎縮効果の危険性など,多くの人がすでに指摘している論点が私も気になります。
 司法の独立性は重要である一方,裁判官の逸脱をチェックするシステムが必要であるのは当然です。三権分立は権力を分立させ,互いにチェックさせるシステムですので,行政による懲戒はできないとしても(憲法782文),国会議員による罷免は認めるということは理解できないわけではありません。しかし,憲法の解釈はともかく,現状をみた場合,裁判官の弾劾は,実体面では,明確で限定された基準によりなされるべきであるし,手続面では,国会議員に全面的にゆだねることにはおおいに疑問があります。実体面では,重大な犯罪行為がある場合に限定すること,手続面では,国会議員以外の外部の有識者の参画(弾劾裁判所や訴追委員会の構成員とするかはさておき)を認めることが望ましいでしょう(個人的には,いずれも憲法には反しないと思います)。裁判官のモラル違反を国会議員が裁くということには,国会議員自身がモラル違反について同僚議員への自浄作用を働かせることができていない現状をみても疑問があります。たしかに国会議員には選挙という形で政治責任を問われるのに対し,裁判官にはそういう場がないという違いはあるのです(最高裁判事だけは国民審査がありますが)が,いずれにせよ,犯罪行為でもないモラル違反についてまで,国会議員だけで裁判官を罷免できるということが,司法制度の独立性を危険にさらさないか(とくに国会議員に対する刑事裁判に影響しないか)という視点で,今回の弾劾裁判をみておく必要があると思います。

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