使用者の義務
昨日は,久しぶりに隔月実施の例外で2カ月連続の神戸労働法研究会の開催となりました。報告内容は,季刊労働法で掲載されるので,ここでは紹介しませんが,2つの報告で関連する論点として出てきたのが,労働法上の義務の効力論です。
努力義務を例にあげると,教科書的な説明では,努力義務は私法上の効力がありません。もう少し言うと,法律上の義務ではあるが,義務内容を司法の場で実現することはできない(労働法でいえば,労働者に権利性は認められない)ものであり,行政指導などの行政的な手法による義務の履行が想定されているものです。ただ,努力義務という言葉は,義務の名宛人の任意の履行に期待するというニュアンスが強く,そうなると義務といっても,道義的な義務と同じようにも思えます。とはいえ,私法上の効力がないといっても,義務違反により損害が発生した場合に,損害賠償請求が認められることはあり(たとえば均等の配置・昇進に関する男女差別が努力義務規定であったときも,女性の昇格差別を不法行為とした裁判例は少なくなかった),その意味では損害賠償責任という制裁による履行強制効果はあるともいえます。逆に,短時間有期雇用法8条は,労働契約法旧20条のときからの解釈として,同条には私法上の効力があるとしながら,「不合理な待遇の禁止」に違反した場合の直律的効力は否定し,履行確保を実質的には損害賠償に全面的に頼っているのであり,これはいわば「不完全な」私法上の効力ということができるでしょう。
このほか,高年法の高年齢者雇用確保措置義務や労働者派遣法の2012年改正前の40条の4や40条の5における派遣先の直接雇用申込義務なども,学説上は異論があったものの,私法上の効力を否定する考え方がとられてきましたが,違反に対する損害賠償責任はあると解されてきました。
ただ行為規範としてみた場合,こうした義務の性質の違いにどこまでの意味を認めるべきでしょうか。一定の法の理念に基づき義務づけがなされているのであり,履行強制方法に違いがあるとはいえ,これらは等しく履行すべき義務なのです。どうもこの点が正しく理解されないこともあり,私法上の効力がないとすると,ただちに履行しなくてもよいという誤解があるように思います。もちろん,裁判所をとおした制裁がないとしても,実際には評判などを気にして事実上の履行強制があるということはあるでしょう。ただこれは恩恵的な履行ではなく,やはり義務の履行であるということを明らかにしておきたいです。私はこういう発想をもっているので,『人事労働法』(弘文堂)では,法律上の義務は,私法上の効力があるかどうかに関係なく,標準就業規則で定めるデフォルトとの関係では,原則として差をつけない解釈を展開したつもりです。
ところで,労働委員会の救済命令は,交付の日に効力が生じます(労組法27条の12第4項)。この意味は,救済命令が出た場合,使用者は,命令の交付日から命令を履行する公法上の義務があるとするのが一般的な解釈でしょう。ただし,この義務に違反しても,ただちに制裁があるわけではありません。命令の履行については,再審査をした場合,中央労働委員会から履行勧告があることがありますし(労働委員会規則51条の2),取消訴訟を提起した場合には,緊急命令が発せられることもあります(労組法27条の20)が,他方で,再審査や取消訴訟が認められているということは,初審命令の効力はあるとはいえ,公法上の義務は原則としてなく(あるいは抽象的なものにとどまり),中央労働委員会の履行勧告や裁判所の緊急命令が発せられた場合にのみ具体的な義務となるという解釈もありえないわけではなさそうです。とはいえ,不当労働行為の迅速な解決のために専門的な機関として労働委員会が設けられている以上,初審命令の交付日から効力があるという規定の意味は重いのであり,交付日の時点から具体的な履行義務があると解するのが妥当でしょう(命令が確定した後は,法文上も,義務が強化されているとみることができます[労組法27条の13第2項,28条,32条]が,それ以前の段階でも履行義務はあるということです)。そうなると,たとえ初審命令に不服があり,使用者が再審査申立てや取消訴訟提起をしていても,なお初審命令の履行義務はあると解すべきですし(おそらく通説),さらにこれが公法上の義務であるからといって,使用者の対労働組合・労働者との関係で,当然には私法上の履行義務がないとまではいえないと思います。労働委員会は,労働組合や労働者の(私法上の)権利を守るために,救済命令を発したといえるからです。もちろん私法上の履行義務があるといっても,その違反に対してどのような制裁があるかは上記の法律の規定どおりのものとなるのですが(この場合も,一般条項である不法行為として損害賠償責任が生じることはありえるでしょう),命令の履行は恩恵的な行為ではなく,法律上の義務の履行であり,義務違反はコンプライアンスの観点から厳しい社会的批判を受けるべきあるという点は再確認したいところです。
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