女性管理職の妊娠・出産とキャリア
アメックス事件の東京高裁判決(2023年4月27日)は,女性労働者の妊娠・出産によるキャリアの中断という問題について考えさせる事件です。チームリーダーとして活躍していた女性従業員が,妊娠による悪阻などによる傷病休暇,その後の産前産後休業,育児休業を経て復帰したときには,企業の組織再編で,女性のチームは消滅しており,復職後は,部下のいない部署での業務に配置換えとなりました。ただし賃金は下がりませんでした。チームリーダーとしてバリバリ働いていた女性が,復職すると,部下はなく,やりがいのない仕事に配属となったということです。第1審は,経済的不利益がないことを重視して,均等法9条3項や育児介護休業法10条で禁止されている不利益取扱いではないと判断しました。しかし,高裁は,この判断を覆しました。有名な広島中央保健生活共同組合事件の最高裁判決(拙著『最新重要判例200労働法(第8版)』(弘文堂)の136事件)を参照しながら,これらの条文で禁止されている不利益取扱いについて,「基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても,業務の内容面において質が著しく低下し,将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては,労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」とする一般論を述べ,当該事案では,禁止されている不利益取扱いに該当することを認めました(結論として,会社の損害賠償責任を肯定していますが,債務不履行としているところは,どのような債務であるかは明記されていません。職場環境配慮義務違反というのが労働者側の主張ですが)。
高裁判決も,女性をリーダーとしていた部署の廃止自体は不利益な取扱いではないとしていますが,その後の配置の仕方に問題があったということです。会社としては出産後の女性の負担を考えて,賃金を下げないまま,軽いポストにつけたということなのかもしれません(妊娠中の軽易業務への変更については,女性労働者が請求した場合における使用者の義務となっている[労働基準法65条3項])が,本判決は,上記のようにキャリアへの不利益も,法の禁止する「不利益取扱い」に該当するという解釈を示し,あとは判例が示していた不利益取扱いに該当しないと判断される2つの場合(自由な意思に基づいて当該措置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,業務上の必要性による場合で,法の趣旨・目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき)に該当するかをチェックするというものです(なお,不利益な取扱いが,休業取得などを理由としたものであるかも問題となります)。
会社としては困った判決といえそうですが,不利益取扱いにならないようにするためには,労働者の同意を得るという方法はあり,判例の言葉を使えば,「自由な意思に基づいて当該措置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」であれば,不利益取扱い性は消失するのです。本件では,不承不承の同意であったということですが,逆にいうと,しっかり説明して,本人の納得した同意を得ていれば結論は違っていたのです。私は,この問題については,判例よりは少し労働者に厳しく,当該人事措置が就業規則や労働契約によって根拠づけられている人事権の範囲での措置であれば,あとは納得同意を得るように誠実説明をしていれば(かりに同意がなくても)有効となるという解釈をとっています(拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)201頁。納得同意や誠実説明の概念については,18頁以下を参照)。ただこの解釈であっても,本件の認定事実からすると,誠実説明が不十分であるので,結論は判決と同じになっていたでしょう。
いずれにせよ,この判決は,キャリア権の労働契約論への影響についての一適用事例と位置づけることができるでしょう。これまでも,キャリア権の観点から,配置転換における労働者の不利益においてキャリア面での不利益が考慮されるべきという解釈や,就労請求権との関係で,たとえ賃金を支払っていても,キャリア面を考慮すると同請求権を肯定すべきという解釈がありましたが,今回の事件は,この両面にかかわるものとして,キャリア権論をさらに豊かにする意味があると思います。
なお,『労働法実務講義(第4版)』(日本法令)ではアメックス事件は地裁判決の紹介にとどまっているので(863頁),この判決は補遺に追加しておきます。また,上告審で取り消されなければ,「最新重要判例200労働法」の次版において,稲門会事件(137事件)との入れ替え候補になりそうです。