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2024年3月14日 (木)

賃上げと労働市場流動化

 物価上昇の影響をめぐる経済現象は複雑すぎて,なかなか素人の私にはわかりにくいところがあります。中学生レベルの知識で考えると,こうなるでしょう。インフレになると,貨幣の価値が下がり,同じ商品を買うのにたくさんの貨幣が必要となります。マクロ的には,インフレは,総需要が増える場合と総供給が減る場合に起こるとされます。前者の場合は物価も上がり,商品も売れるので,企業の収益が高まり,賃金も上昇するということが起こるでしょう(良いインフレ)。他方,後者の総供給が減る場合には,物価は上がるものの,商品は売れなくなるので,企業の収益は悪化し,賃金も上がらないということが起こるでしょう(悪いインフレ)。賃金は下方硬直性があるので,賃金が下がりきらなければ,リストラが起こることになります。
 昨日が集中回答日であった春闘における賃上げは,総需要の上昇にともなう企業業績の改善の成果という面もありそうです。今年に入ってからの日経平均の記録的な高まりは,外国の投資家を中心に多くの資金が日本企業に流入していることが原因とみることができ,その主たる理由の一つは日本企業の今後の業績向上が見込まれているからです。他方で,ウクライナ(Ukrine)情勢やパレスチナ(Palesitn)問題などもあり,原材料価格が高騰したことなどから来る企業活動の縮小は,これも需要が超過してインフレにつながりますが,この場合は賃上げ原資が十分に集まらないことになるでしょう(悪いインフレ)。ただ,少子高齢化が進行して人手不足が起きているなかでは,賃上げをしなければ人が集まらない状況にあるのであり,経営環境が悪化するなかでも,賃上げができる余力が残っている企業とそうでない企業との差がますますついてくることが予想されます。
 円安問題もインフレと関係するでしょう。日本の貨幣の価値が下がると,ドルやユーロと交換するとき,より多くの円を払う必要があります。これが円安です。そうなると,外国からの製品の輸入の際の支払額が大きくなり,これが原材料価格の上昇⇒物価の上昇につながるという悪循環が起こります。逆に,輸出産業においては,円安は商品が増えるので企業業績を引き上げます。為替リスクを避けるために,大企業では外国での現地生産を増やすなど円安・円高の影響を受けにくいようにしているところも多いと思われますが,日本の中小企業ではそういうことは簡単ではないでしょう。
 このように,円安は輸出産業の企業の株を上昇させます。日本全体でみると輸出中心の企業と輸入中心の企業のいずれもあるのですが,一般に円安になると,日経平均は上がると言われているので,それは日本の産業(上場企業)は輸出中心であるということを意味しているのでしょう。またインフレになると,貨幣の価値が下がる以上,銀行にお金を預けたままではいけません(タンス預金は論外)が,そのときに投資に向かう資金は輸出中心の企業となるという形で,その株の価格をいっそう押し上げることもあるでしょう。なお,輸入に頼っている企業でも,今後はサプライチェーンの見直しなどで,為替リスクや地政学リスクに影響されにくい安定的な原材料調達の態勢を整えていき,国内で完結できるようにしていくかもしれません(国内雇用の増加にもつながるでしょう)。いっときの苦境は,かえって企業を「筋肉質」にして強化し,将来の発展につながる可能性があります。目利きの投資家たちは,こうした長期展望で発展可能性のある企業を物色するのだと思います。
 さて賃上げに話を戻すと,少し気になる記事がありました。3月6日の日本経済新聞に,「24年の早期退職,既に23年超え 構造改革で雇用流動化」というタイトルで,「上場企業の早期退職の募集人数が2024年2月末時点で,23年通年を1割上回り3600人に達したことが分かった。インフレで持続的な賃上げが求められる中,企業は事業収益に合わせて雇用人員を適正化している。」ということが書かれていました。
 現在の賃上げは,企業の収益が十分に改善して,それを賃上げで従業員に還元していくという場合だけでなく,人材確保のためという人事戦略に基づき行われている面も大きいと思われます。当然,企業にとって欲しい人材は優秀な人材であり,それは今後の機械との競争のなかでは,広い意味でのデジタルスキルをもった人材となっていきます。賃上げを持続的に継続していくことを収益につなげるためには,その賃上げ分がきちんと企業の業績につながるデジタル人材らに配分されていくことが必要であり,現在の従業員すべてに賃上げの恩恵が満遍なく及ぶということにはならないはずです。春闘の成果というと,全労働者の底上げにつながるという話になりそうですが,決してそうではないということを示しているのが早期退職募集の動きです。おそらく今後は,引き上げられた賃金に見合う人材とそうでない人材との選別が始まるでしょう。
 デフレ時代は,沈滞した社会で,人々は価値が相対的に高い貨幣をためこみ,安い賃金,安い商品ということで満足していました(外国人からみると夢のような価格で商品が手に入る)が,インフレ時代に変わると,人々は貨幣(それ自体は本来何も価値がないもの)をもっと有効に使おうと考えるでしょうし,それが社会課題の解決といった方向でビジネスを展開できる企業や個人に向けられることになっていきます。デフレ時代の終焉がもたらす労働政策は,労働需要の質の根本的な変化のなかで,個人がいかにして働いていくかを考えたものでなければなりません。
 先日の経済教室も含め,私の近時の論稿は,デジタル化の影響による人と機械との協働の再編成ということを中心に書いていましたが,もう一つ日本特有の問題として挙げるべきなのは,このデフレ時代の終焉からくる企業の人材選別があります。そうなると,現政権が目指している労働市場の流動化は進みますが,それは非自発的なもの,すなわち解雇や希望退職が多数含まれるようになります。これは現政権にとっては想定されていないことでしょう。そのようななかでは,昨年の経済教室で執筆したような,解雇規制の見直し(金銭解決の導入など)を論じることが不可欠であるという私の主張の意義がいっそう鮮明になると思います。

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