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2024年1月 8日 (月)

適正な報酬とは何か

 適正な報酬とは何か。これはとてもむずかしい問題です。報酬は契約で決めるものですから,客観的な適正さとは無関係というのは,労働法の議論をするときには,そう言うのですが,ただ高すぎる報酬というのには,どことなく違和感を覚えることは確かです。大谷翔平選手の71000億円というのは桁違いなのでコメントしようがないですが,ちょっと異常な額であり,後払いとか,税引き後の手取りがいくらかということはさておき,こうした値付けがされる背景にあるビジネスの構造に,なんとなく不審感をもってしまいます(大谷選手が高額年俸をもらうのに適した選手であることには,まったく異論はありませんが)。 
 昨年の終わり頃に観たテレ東の「ガイヤの夜明け」で,ビッグモーターのことを特集していましたが,そこで店長クラスの社員の年収が約3000万円という話が出ていました。3000万円というのは,普通の労働者からすると破格であり,どういう仕事をしたら,それだけの報酬額となるのか疑問も出てきます。他人の報酬について,とやかく言うつもりはありませんが,結局,そうした報酬を支払う会社のビジネスにはどこか歪みがあり,やがて立ち行かなくなるのではないかという気がしました。
  フリーランス新法では,「特定受託事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を不当に定めること」が禁止されています(514号)。これは,「買いたたきの禁止」と呼ばれるものであり,下請法にも同様の規定があります(415号)。ただ,「通常支払われる対価」は明確でないように思えます。たとえば,グローバルに展開しているサービスに関するもので,グローバルな相場があり,為替の影響を受けるようなとき,「通常支払われる対価」の判断は難しくならないでしょうか。だからといって,フリーランスに,家内労働法の最低工賃のような規制をすることも難しいでしょう。
 適正な報酬とは何かについて,かつて考えたことがあり,有斐閣の「書斎の窓」で連載していた「アモーレと労働―イタリア的発想のすすめ」の「第9回 対価について考える」(20104月号)でも書いたことがあります。この回は盛りだくさんの内容でしたが,ここで再掲したいのはイアリア憲法36条です。
[原文]Il lavoratore ha diritto ad una retribuzione proporzionata alla quantità e qualità del suo lavoro e in ogni caso sufficiente ad assicurare a sé e alla famiglia un'esistenza libera e dignitosa.
[拙訳]労働者は,その労働の量と質に比例し,かつ,いかなる場合でも自らおよびその家族に対して自由でかつ尊厳ある生存を確保することができるだけの報酬を請求する権利を有する。

 この条文に,適正な報酬を考えるうえでのヒントが隠されているように思います(同条の「労働者」には,概念としては,従属労働者だけでなく,独立労働者すなわち自営業者も入ると思いますが,その点はイタリアの学説上も争いがあります)。具体的な報酬水準額はさておき,労働の量と質との比例性という観点と,自身や家族の自由かつ尊厳ある生存の確保という視点が大切なのです。後者はよくわかるのですが,前者の比例性というのは,原理的には,おそらく過小な報酬だけでなく,過大な報酬にも否定的となるでしょう(あえて「原理的」と言うのは,過大な報酬は,通常は,紛争が生じないからです)。
 あの当時の「書斎の窓」での連載は,いろいろ物議を醸したのですが,結構面白いことを書いていたと思いますので,第9回だけでなく,その他の回も(全部で12回),手に入る方はご覧いただければと思います。

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