保護からサポートへ
厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書では,労働者を「守る」と「支える」の2つの視点が重要とされています。「守る」視点とは,「全ての働く人が心身の健康を維持しながら幸せに働き続けることのできる社会を実現するためには,いかなる環境下においても全ての労働者に対して守るべきことがあるという」視点,「支える」視点とは,「全ての働く人が活躍し,やりがいを持って働ける社会を実現するために,働く人の多様な希望に応えることができるよう,働く人の多様な選択を支援する必要があるという」視点とされています。
報告書のなかの具体的な検討事項については,厚生労働省のやりたい政策がそれとなく埋め込まれて誘導されている可能性があるので,その適否についてしっかりみておく必要がありますが,それはさておき,これまで私がフリーランスの問題において「保護」という言葉を使わず,「サポート」という言葉を使うよう気をつけてきたのは,まさに「守る」と「支える」の違いに対応したものであったといえます。つまり「保護」は,従属労働者に対して与えるもので,「サポート」は,自営的就労者が,その自立を実現するために与えるものです。今回の報告書の「支える」は,労働者の多様な選択を支援するというものであり,私がいう「サポート」とはやや異なるのですが,「支える」政策を突き詰めると,本来は,従属労働者の議論から徐々に離れ,自営的就労者に関する議論に近づいていくことになると思います(なお,フリーランス新法は,「サポート」よりも,「保護」に近い立法になっています)。いずれにせよ,今後の政策では,伝統的な労働者として想定していた「労働者弱者論」,「企業強者論」とは距離をおくべきであり,もし今回の報告書を受けて,労働基準法制においても,労働者の多様化を軸に,そうした方向での検討がされたらいいですね。せっかく新たな時代の問題に取り組むなら,DXも視野にいれながら,大きな議論をすべきでしょう。なお,私がおよそ10年前に執筆した「労働法は,『成長戦略』にどのように向き合うべきか」季刊労働法247号28頁以下(2014年)では,従属性概念を中核とした規制の見直しを提案し,規制内容の決定レベルの分権化と規範内容の明確化を志向する議論をしていますが,この報告書には,これと通じる部分もあると(勝手に)思っています。
さらに想起されるべきなのは,私の前記の論文よりも,さらに20年前に出されている,菅野和夫・諏訪康雄の共著論文である「労働市場の変化と労働法の課題―新たなサポート・システムを求めて」(日本労働研究雑誌418号)でしょう。そこでは「サポート」という言葉が使われていて,労働者像の多様化や労働市場における必ずしも弱者ではない労働者の登場を前提にした政策提言がなされています。労働者に対しても「サポート」という言葉が使われていますが,意味するところは,私と同じような使い方です。というか,私の用語法も,この論文から学んだものなのです。
「保護」から「サポート」への移行は,労働法の理論体系を根本的に変えるものです。そして,それは私の頭では,従属性のグラデーション化を通して,従属性の薄い労働者を対象としたデロゲーションを認めることと,従属性はないけれど別の要保護性のある自営的就労者を対象としたサポート・システムを策定することという動きに結びついていくのです。こうした大きな絵を描きながら政策を再構築していくことが必要だと思っています。
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