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2023年12月13日 (水)

見習い労働

 近所のスーパーのレジでは,客が少ない時間帯(夕方など),若い店員が「研修中」というプレートを胸につけて働いています。こういう風景は昔からよく見かけます。あえて「研修中」ということを示しているのは,サービスが不十分でもご容赦くださいという意味でしょうかね。スーパーのレジくらいなら,それでよいでしょうが,職種によっては研修中の人のサービスを受けたくない,研修中の人にサービスをさせるならば料金を値引きしてほしい,と言うような人もいるかもしれません。研修医の治療を受けたくないという人もいるかもしれません。私も若いころなら,そんなことを口に出さないまでも,心のなかでつぶやくことがあったかもしれませんが,いまは日本の未来を支える若い人が経験を積むことが大切だと思うので,少なくともベテランがサポートしているなら問題なしという前向きな気持ちになっています(レジくらいなら当然そうですが,医療の外科手術となるとちょっと心配ですが)。
 労働法の世界では,試用期間中であっても「労働者」として扱われることは当然ですし,通常は,特別な解約権が留保されていると解されるものの,労働契約それ自体は普通に成立していると判断されます。試用期間中の賃金については,特別の規定はありませんが,最低賃金の減額特例が認められる可能性はあります。
 ところで日本では試用期間が,実質的には研修期間としての意味をもっていることが多いと言われています。留保解約権の行使は実際には容易ではない(あるいは有効性の判断についての予測可能性が低い)こともあり,試用期間は,実際には,雇用継続を前提としたうえでの見習い的な期間という位置づけになっていると思われます。そうした見習い期間の賃金を多少なりとも低くすることは,期間はそれほど長くないはずなので,企業の教育コストを考慮し,かつ,本人のスキルアップの利益も考慮すると,通常はとくに問題がないと思われます。
 一方,イタリアでは,見習い労働者(apprendistato)は,労働協約上の賃金等級が引き下げられています(イタリアの労働者は職務給ですが,同じ職務に従事していても,見習い労働者であれば,賃金が低くてもよいのです)。情報が古くなっていますが,拙著『イタリアの労働と法―伝統と改革のハーモニー』(2003年,日本労働研究機構)で,2003年当時の見習い労働の規制内容を比較的詳しく紹介していますので,関心がある人は読んでみてください(44頁以下。現在では,見習い労働は,2015615日委任立法8141条以下で規制されており,時間ができればしっかり勉強したいと思っています)。
 日本において,見習い労働をめぐる明確な法制度はありませんが,研修や見習いの期間は,労働契約の期間であるとはいえ,通常の労働契約とは違う面があると考えて,これを解釈論に反映させることはできるでしょうか。そんな問題意識は前から持っていたのですが,改めてKLM国際航空の東京地裁判決(2022117日)をみて,気になってきました。いまこの会社は,日本人客室乗務員との間でいくつかの訴訟が起きていますが,この事件は,無期転換ルールの5年要件において,当初の訓練のための契約2カ月分が算入されるかが問題となっています(算入されるかどうかで無期転換が生じるかどうかが決まります)。裁判所は,訓練契約が労働契約であるかどうかは,労働者性の問題であるとし,結論として,これを肯定しました。現在この会社では,訓練は訓練契約ではなく,通常の労働契約の期間内で行われているようなので,今後こういう紛争が起こらないのかもしれませんが,この事件では,過去の訓練契約の期間の法的な性質が問題となっています。東京地裁のように労働者性の問題としてみれば,それを肯定する結論になるのは自然なように思えます。この事件を,学生のリクエストで大学院でとりあげたときに,私が論点として指摘したのは,労働者性の問題よりも,無期転換ルール(労働契約法18条)の問題ではないか,ということです。たとえば,大学教員任期法では,TATeaching Assistant)らは,学生として在籍している期間は,年数要件に算入されないと明記されています(72項)。このほか,年数要件には10年の特例があるなど,そもそも形式的な年数で無期転換申込権を付与することに無理があることがわかるのですが,試用期間についても,本来はTAなどと同様に,通算契約期間から除外することがあってよさそうです。今後,技能育成について企業に一定の負担をしてもらうという政策をとるならば,研修や見習い段階の労働の法整備をきちんとして,企業への訓練の義務づけと合わせて,その期間内は労働法や社会・労働保険の特例を定めるというような見習い労働法の制定を考えてみたらどうでしょうか(トライアル雇用など,散在する既存の仕組みを整理することも含みます)。そのなかには,無期転換の特例を組み入れることも当然含まれてくるでしょう。

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