選ばれる企業
昨日書いた「プロの力」というのは,最近,政府が力を入れている「人への投資」にもつながる話です。日本では企業の「人への投資」が遅れていると言われてきましたが,たとえば企業に入るまでの基礎能力の平均は,日本人の労働者は外国人より高いので,企業が基礎的な能力に投資する必要性は小さかったという理由は考えられないでしょうか。一方で,職業スキルについては,専門学校などを除くと,学校では教えていないので,OJTで鍛えるというのが日本的なやり方です。これも本来は「人への投資」にカウントできるとすると,おそらく日本企業の「人への投資」は過小評価されていた可能性もあるように思えます。日本では,こうした人的資本投資が,正社員と非正社員との間で格差があるから,法律は教育訓練の均等や均衡ということを求めてきたのです(現在の短時間有期雇用労働法11条。もっとも,同条でいう教育訓練にOJTまで含まれるのかは,よくわかりません)。
とはいえ,今日求められている教育訓練は,デジタル対応のためのリスキリングです。これは企業内のOJTでは難しいので,これからはOff-JTがいっそう重要となるでしょう。企業が社員のデジタル教育に投資するのは,事業のDXを進めるうえで不可欠のように思いますが,外部人材の活用とどちらが効率的かということの比較はされるでしょう。大企業では,転職可能性が低いと考えれば,思い切って教育費用を投入しても,回収できるという判断ができるかもしれません。長期雇用を保障する人材である以上,長期的な活用のためのメンテナンス費用という見方もできるかもしれません。しかし,労働者には退職の自由があり,今後転職を推進する政策が進められていくと(たとえば退職所得課税の変更),大企業の正社員の間でも転職が広がっていき,そうなると,どこまで企業がデジタル教育に費用を投入できるかは,はっきりしなくなります。とはいえ,働く側からすると,教育に力を入れてくれる企業は魅力的です。そうすると,企業は転職されることは覚悟のうえで,良い人材を集めるために教育に力を入れるかもしれません。教育をして,そこから次々と巣立っていく優秀な社員が多いという評判が立つこと自体が,優秀な人材を集めることにつながり,企業の成長を支えることになります。こういう形の流動化が,労働市場の理想的な状況だとも思えます。
状況は全然違うのですが,法学者の世界でも,すごろくの「あがり」のような大学があり,そこに行くまでのステップになる大学もあります。後者のタイプの大学は,「あがり」やそれに近い大学に移籍することを折り込みずみで,受け入れるのです。結果として,よい研究者を集めることができ,大学間での競争力を高めることができます。
一般の労働者にとっては,なにが「あがり」の職場かは個人の判断によりますが,自分のキャリア計画において,ステップアップしていくために,よい教育や経験をつませてくれる企業を選び,次につながるようにすることが大切です。そういう教育を施してくれて,自社に縛らないという意味の流動性とを兼ね備えている企業が,これから選択されることになると考えています。
« プロの力 | トップページ | 新語・流行語大賞は「アレ(A.R.E)」 »
「デジタルトランスフォーメーション」カテゴリの記事
- 低投票率を嘆く前にやるべきこと(2024.05.05)
- 事故回避のためにすべきこと(2024.01.06)
- 選ばれる企業(2023.12.05)
- クリニックの待ち時間(2023.09.22)
- リアル回帰に警戒を(2023.09.18)
「労働・雇用政策」カテゴリの記事
- 病気休暇(2024.08.25)
- もう一つの障害者雇用対策(2024.08.14)
- びっくり仰天の内閣府のアイデアコンテスト(2024.07.22)
- 年金改革にみる政治の貧困(2024.07.19)
- 制度・規制改革学会の雇用分科会シンポ(告知)(2024.07.16)