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2023年12月 2日 (土)

政治と金

 政治資金のことが再び話題になっています。政治家というのは,いつもお金のことを気にしているような感じがして,ある意味で気の毒になってきました。政治家といえば,利権の匂いに敏感というイメージもあります。無意味な(?)パーティを開き,券のノルマを課され,ノルマを超えれば自分の懐に入れてよいという人参をぶらさげられて,必死に企業に「寄付」(パーティ代)をお願いをするというようなことで,きちんとした政治に取り組む時間や精神的な心構えができるのでしょうか。まともな政策論争ができる人など限られているでしょう。労働政策となると,なおさらです。
 税金の使い方という点では,国立大学にいると,研究費の使い方が窮屈で仕方がないのですが,そういうものだと諦めています。少なくとも私の場合は,研究費の使用は,すべて大学をとおしており,自分で契約をしたり,金銭の授受をしたりすることはありません。かつて出張をしていたころは,交通費や宿泊代は自分で立替えをして,大学から費用が振り込まれることはありました(認められていたやり方です)が,ここ5年ほどはまったく出張もしていないので,そういうこともなくなりました。いずれにせよ1円単位でガラス張りです。政治家は,かつての文書交通費,現在の調査研究広報滞在費が,年間1200万円,月100万円もあるのに,使途を公開しないことが許されています。大学教員からすると,ありえないことです。大学の研究者はあやしいことをするから,きちんと管理するけれど,政治家は立派な人がやるので,信頼してもらって結構ということなのかもしれませんが,誰もそんな信頼などしていないですよね。結局は,政治家は特権階級なのです。でも,パーティ券を買ってくれる人にへいこらし,選挙区の地元には献身的なサービスをしてまで,議員バッチを手にしたいと考えている人に,国家のために仕事をするという志を期待することなどできるでしょうか。ほんとうに特権を与えるのにふさわしいでしょうか。
 政治家が,そんなにお金が必要なら,月100万円くらい,給与以外に自由に使ってもよいですが,せめて使途は公開してね,と言いたいところです。維新は公開していますが,それがアピールポイントになるようでは困るのです。

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