消防におけるパワハラ事件
先日,大学院の授業で扱った糸島市消防本部長事件の福岡高裁判決(2023年6月8日)は,暴言,暴力などのパワハラを理由に消防指令という地位にあった消防職員A(40歳代後半)が分限免職処分になった事件でした。1審は取消されていましたが,控訴審はこれを有効としました。
この職員のために退職した人もいるなど,問題はあったのでしょうが,授業のなかで,判決のなかで気になる箇所が議論となりました。控訴審判決は,Aの非違行為を列挙したうえで,「公務員である消防職員として必要とされる一般的な適格性を欠くと見ることが不合理であるとはいえないし,前記のAの行為,態度は,Aの素質,性格等によるものであり,注意又は指導を行ったとしても,容易に矯正することができないと見ることが不合理であるともいえない」というのですが,この組織では,Aはそれなりに評価されていたから昇進してきたわけです。組織内でもパワハラ対策の方針について明確なものはなかったという事情もありました。Aには,大きな問題のある言動があったことは確かですが,注意や指導をしても無理なほど本人の性質や性格に難があると決めつけることができるのだろうかという疑問が提起されました。本件は公務員の事案ですが,民間部門でいうと,解雇は性急すぎるので濫用という判断もありえたかもしれません。
パワハラによる処分は,昭和生まれ世代の40代以上の人にとっては,自分が育成されたときとはまったく異なるルールが適用されたという不意打ち感がありえます。もちろん,それに適応していかなければならないのですが,その適応のための第一次的な責任を負うべきなのは組織であり,組織の責任を個人に全面的に転嫁してはいけません。
とはいえ,嘆願書なども出てきているので,Aをいまのポストに残すのが難しいということも理解できます。授業では,違うポストに降格させる可能性はなかったのか,という意見もありました。また,もしこういう事件が民間部門であった場合には,まさに解雇の金銭解決がぴったりなのではないかということについても議論しました。懲戒解雇ではなく普通解雇なので退職金が支払われるから実質的に金銭解決になるという話ではなく,私たちが唱えている完全補償ルール(大内伸哉・川口大司編『解雇規制を問い直す』(有斐閣)を参照)による金銭解決を適用できれば,妥当な解決となるという話です(組織のために切らなければならないが,しっかり補償はするということです)。同書では,懲戒解雇の場合は補償をゼロとすることがありえるとしています(296頁にいう「C型」)が,裁判官が一部補償という選択ができることも想定しています。