« 塾講師の性犯罪 | トップページ | 日本シリーズ »

2023年11月 2日 (木)

労災保険の特別加入の拡大

 今朝の日本経済新聞のトップニュースは,労災保険の特別加入を,原則として,フリーランスの全業種に拡大するという内容の記事でした。フリーランス新法の附帯決議を受けたものですが,これは労災保険制度の根幹に影響を及ぼす大きな政策変更といえます。今後,労働政策審議会の労働条件分科会(労災保険部会)で検討されるのでしょうが,そこですでに出されている資料では,論点を「1 加入対象業務と保険料率の設定」,「2 特別加入団体の在り方」,「3 災害防止措置の内容」としています。しかし,論点1のなかの「加入対象業務」と「保険料率の設定」という技術的な問題とは分けて議論してもらいたいです。
 厚生労働省の資料のなかにもありましたが,創設時の特別加入制度の趣旨は,次のように説明されています(労働者災害補償保険審議会 昭和401020日)。
 「特別加入については,業務の実態,災害の発生状況等から,労働基準法の適用労働者に準じて保護すべき者に対し,特例として労災保険の適用を及ぼすのが制度の趣旨であるので,その実施に当っては,いやしくも労災保険本来の建前を逸脱し,あるいは制度全体の運営に支障を生ずることのないよう,あくまで慎重を期する必要がある。 かかる見地から,特別加入者の範囲については,業務の危険度ないしその事業の災害率に照らし,特に保護の必要性の高いものについて考慮するとともに,特別加入者の従事する業務の範囲が明確性ないし特定性をもち保険業務の技術的な処理の適確を期しうるかどうかを十分に検討すべきであり,また将来全面適用となるべき労働者についての保険加入の促進にも資するよう配慮する必要がある。」
 ここには特別加入制度は,その対象をきわめて限定的なものとする趣旨が明瞭にあらわれています。社会保険(健康保険や国民健康保険)と違う労災保険制度の存在意義を明確にするという意味もあったと思われます。しかし,今回の改正が,希望するすべての特定受託事業者を特別加入制度の対象とするとなると,それはたんに,これまでやってきたような少しずつ特別加入の対象カテゴリーを広げていくということ(これは対象範囲の量的な問題です)とは違い,この制度の性質,ひいては労災保険制度それ自体も質的に変えてしまうおそれがあります。
  労災保険制度は,原理的には,職業上の危険というものがベースにあり,雇用労働者はその危険にさらされるから,危険が顕在化したときには使用者の無過失責任で補償されるというものです(労働基準法上の災害補償責任の責任保険)。特別加入制度は,使用者の責任というものは関係ありませんが,雇用労働者と同様の職業上の危険があるということで,任意で自分で保険料を負担するのであれば,例外的に労働者とみなして補償対象としていたのです。しかしフリーランスをみんな特別加入させるのであれば,職業上の危険は度外視されることになり,もはや労災保険制度の依って立つ原理は失われることになるでしょう。
 また,これは労働者性の問題とも密接に関係しています。特別加入の対象者は労働者でないことが前提ですが,労働者か労働者でないかをめぐる紛争は後を絶たないのであり,その点にメスをいれないまま,労働者でない人を前提とした制度を拡充していくことでよいのかも気になります。
 全フリーランスを特別加入せよという結論だけを与えられて,その解答をどううまく書くかを考えるだけの審議会では困ります。この問題については,ぜひ理論的体系性も軽視しないでもらえればと思います。もちろん,特別加入制度を設けても,自分で保険料を払ってまでして労災保険に加入したい人はそれほどいないだろうから,別にたいした影響はないというようなことで制度改正を安易に進められても困ります(そんなことはないと信じていますが)。問題はそういう実際上の話ではなく,理論的なところにあるからです。

« 塾講師の性犯罪 | トップページ | 日本シリーズ »

労働法」カテゴリの記事