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2023年11月27日 (月)

受忍義務説と労働法的パトス

 今日のLSの授業では,団体行動権を扱ったのですが,学説の対立がなぜ起こるのかということの説明に力を入れすぎてしまいました。プロレイバー(prolabor)とは,なにかということです。初期の文献を読むと,戦後,団結権が憲法で保障され,なんとか,この団結権を解釈にいかして,労働者や労働組合の権利を拡大していこうとした労働法学者の情熱がよく伝わってきます。そうした情熱は運動論と法解釈論との融合という形をとったのですが,徐々に日本社会も豊かになり,熱気は少しずつ冷め,最高裁の冷淡な態度もあり,労働法の主流が,法解釈論としてのブラッシュアップを重視する方法論をとるようになっていきます。たとえば,企業施設を利用した組合活動といっても,使用者の所有権や占有権を無視できるのであろうか,使用者の権限を制限する受忍義務説の根拠が憲法28条の団結権だけでは不十分ではないか,そもそも労働組合には団体交渉権があるのであり,そこでしっかり交渉して企業施設の利用についてのルール形成をすればよいではないか,こういう「冷静な」最高裁の判断が説得力をもつようになるのです(学説のなかでは,山口浩一郎先生や下井隆史先生らが,反プロレイバーの「再入門学派」として強烈な問題提起をしました。『労働法再入門』(1977年,有斐閣)を参照)。しかも,最高裁は,企業の所有権や占有権を絶対視するわけではなく,特段の事情があれば例外もありうるとするバランス感覚ももっていました。それ以上の組合活動の保障は,フランスやイタリアに例があるように,立法で解決すべきなのであり,解釈論として受忍義務を認めるのには限界があるということです。こういう整理は,文章にすると,とても説得力があり,LSの学生にとっても理解しやすいでしょう。でも,それではちょっとつまらないのであり,資本主義社会の限界なんてことが言われている現在ですから,資本主義社会のなかで,資本の論理に対抗する原理を憲法28条に見出して,運動論的と言われながらも,なんとか労働者の保護のために解釈を展開しようとしたプロレイバーの努力もみてほしいなと思い,少しそうしたことを授業では語りました。
 私も,いちおうは菅野シューレの末席を汚しており,研究者としては,法解釈と運動論は区別するのは当然と思っていますし,再入門学派の系譜にあると自分では思っています。しかし教育者としては,実務家候補生には,ロゴス(論理)だけの労働法を教えるのではいけないとも思っています。学生たちには,1979年の国鉄札幌運転区事件・最高裁判決は,それとして学習してもらう必要がありますが,判例が斬り捨てた受忍義務説に学説が込めていたパトス(情熱)も理解したうえで,ロゴスとのバランスのとれた良き法曹になってもらいたいと思っています。

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