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2023年10月 2日 (月)

興津征雄『行政法Ⅰ 行政法総論』

 本日,大学に行くと,同僚の興津征雄さんからいただいた『行政法Ⅰ 行政法総論』(新世社)がメールボックスに入っていました。どうもありがとうございました。先日紹介した経済産業省(トランスジェンダー)事件の最高裁判決についての行政法上の問題を確認しようと思い,さっそく本書を参照することにしました。
 実は研究会では,あの最高裁判決は判断過程審査論をとっているが,考慮すべき事実の重み付けが明確ではないという意見がありました。この判決のような実体審査をしている場合には,判断過程審査というのはおかしいような気もしたのですが,それは私の勉強不足でした。ただ,興津さんの本で,「『過程』という言葉が手続を連想させることからこれを避けて『判断要素』の審査と呼ぶ者もいる」(433頁)と書かれているのをみて,少し安心しました。
 ところで,この判決は,最初に,「国家公務員法86条の規定による行政措置の要求に対する人事院の判定においては,広範にわたる職員の勤務条件について,一般国民及び関係者の公平並びに職員の能率の発揮及び増進という見地から,人事行政や職員の勤務等の実情に即した専門的な判断が求められるのであり(同法71条,87条),その判断は人事院の裁量に委ねられているものと解される。したがって,上記判定は,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に違法となると解するのが相当である」と述べています。人事院の裁量が認められる根拠に「専門的な判断が求められる」という点があるということでしょうが,これは興津さんが紹介している「専門技術的」な裁量と「非専門技術的」な裁量という区分でいえば,事案としては後者にあてはまるべきもののように思えますが,なぜ最高裁が「専門的」という言葉にあえて言及したのかは,わかりにくいところがありました。いずれにせよ,最高裁は,裁量があると述べてはいるものの,87条の条文が示す基準があるなかでは,その「専門的な」裁量にはおのずから限界があるのかもしれません。
 本件で,裁量権の逸脱ないし濫用があったとされたのは,興津さんの本における,「裁量審査の観点」というところで書かれている内容が,ぴったりしていると思いました。
 「ごく一般的にいえば,裁量判断において処分の相当性を根拠づける事情として考慮された要素のうち,その根幹にあたる中心的な要素に他事考慮や過大評価があれば,その判断に基づいて行われた処分は違法となりやすいだろう.また,処分の相当性を阻害する事情(処分によって失われる利益など)の中に重要な要素があるにもかかわらず,それについて考慮遺脱や過小評価がある場合も同様である」(440頁)。
 つまり,考慮要素の重み付けがポイントとなるのです。本判決は,トランスジェンダーの職員のもつ不利益をきわめて大きく考慮しています。それは,憲法的価値とまでは言わないまでも,それに近いものが制限を受けた事案であるとする理解が根底にあったと思われます。一方で,本判決は行政裁量に関する判決によく出てくる「社会通念」という言葉が出てきませんが,これはトランスジェンダーをめぐる社会通念が確立していないことも関係しているのでしょうね。
 最近,公務員の懲戒処分に関する判例が注目を集めているように思います。もともと懲戒事件については数多くの行政判例があるものの,労働法との接点は明確ではありませんでした。ただ裁量をめぐる議論が,私が昔教わった行政法とはちがって,かなり精密化していることがわかったので,もう少し興津さんに教わって,勉強したい気持ちになりました。労働法の議論にも参考にできるところがあるかもしれません。

 

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