パワハラ加害者への懲戒処分
今日の大学院の授業で扱った判例は,東京三協信用金庫事件・東京地判2022年4月28日でした。パワハラ発言を理由に,本部事務部長の地位から考査役職へと降職され,さらに職能資格も降格された懲戒処分の有効性が争われた事件です。パワハラ発言とされる言動をしたとされる労働者は,昭和40年生まれの男性で,発言を受けたのは,昭和50年生まれの総務部人事研修担当の係長の女性でした。結論は,懲戒処分有効というものでしたが,いろいろ考えさせられるところがありました。
懲戒処分は,懲戒解雇のような雇用終了型懲戒処分だけではなく,より軽い雇用維持型懲戒処分でも,労働者の利益を保護する必要があり,懲戒事由の該当性や懲戒処分の権利濫用性などについて厳格に判断する必要があります。もっとも,ハラスメント系の事件では,第一次的な被害者は別の労働者であり,その利益をまず保護する必要があり,パワハラについても,事業主には労働施策総合推進法30条の2において,雇用管理上必要な措置を講じる義務があると定められていて,さらにパワハラ指針によると「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるパワーハラスメントに関する規定等に基づき,行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること」もこうした措置に含まれています。つまり,パワハラという非違行為に対しては,懲戒処分という労働者にとって不利益性が大きい処分をあえて行うことが事業主に求められているのです。ただ,懲戒処分は,企業秩序の侵害に対する制裁であり,直接的にはパワハラの被害者の利益を守るためのものではありません。実際には,被害者は,パワハラの加害者に対して厳正な処分をするように企業に求めてくることはありますが,だからといって企業がその要請を受け入れなければならないわけではなく,企業のほうは,懲戒法理に基づき,加害者とされる労働者の利益にも配慮しながら,適正に処分をする必要があります。
もっとも,今日は,パワハラの被害者のためにも,加害者に懲戒処分をせよ,という声が強くなる傾向があるような気がします(実際にそうした処分に値するような非違行為をしていた場合もあるでしょう)。ただ,労働法的には,被害者である労働者の利益も重要ですが,加害者である労働者の利益も重要です。ここのバランスが適正にとられなければ,よい法的解決にはつながらないように思えます。とくにパワハラの場合には,何が違法なパワハラかの基準が不明確であり,さらに事実認定に争いが生じることが多いことも念頭に置く必要があります。
今回の事件で一つ気になったのは,パワハラ的言動について被害者は30分と言っているけれど,実際には5分であったと認定されているところです。この点について,裁判所は,「経験則上,パワーハラスメントに当たる発言を受けた被害者が,加害者から加害行為を受けた時間を主観的感覚に基づいて実際よりも過剰に申告するということはあり得る」とし,過剰申告があったからといって,供述部分の信用性が左右されるものではないとしています。ここだけとれば,そのとおりという気もしますが,判決全体をみると,加害者側の労働者に厳しい判断がされているという印象を受けないわけではありません。
パワハラは,加害者個人の行き過ぎた行為による場合もあるでしょうが,基本的にはそうした個人を管理職などに配置していた組織の問題といえます。懲戒処分は,上記のような法律に求められている企業の義務をはたすという意味があるとはいえ,本来的には企業がパワハラが起きないような組織管理をする責任があるのであり,加害従業員に懲戒処分を課すことが,企業の本来的な責任をあいまいにしてしまうことがないようにしなければなりません。企業の職場環境配慮義務には,従業員にパワハラをさせないような(また,それによりパワハラの被害者がうまれないような)人事管理をすることも含まれているのであり,懲戒処分を課さなければならないような事態が生じるのは,企業の人事管理の失敗だといえるのです。そうはいってもパワハラが起きてしまったらどうするかという問題は残ります。上記の事件では,加害者側は管理職として不適格であるという面がありそうなので,人事上の処分としての降格をするということでもよかったかもしれません。
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