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2023年10月16日 (月)

日本版(型)◯◯

 1012日の日本経済新聞のDeep Insightで,中村直文編集委員が,「日本版VSガラパゴスの行方」というタイトルの記事を書いていました。最近,日本版という言葉を聞く頻度が増えており,それは日本が,海外モデルにならおうとする姿を示しているものではあるが,「自立性が低下している日本の現実を象徴しているようだ」と述べています。実は日本には,独自の発想の良い文化がありながら,それが「国際競争の場で生かせていない」という問題も指摘されています。そして「日本版で満足せず,日本発のプレミアム・ガラパゴスを伸ばしていく時期だ」と提言しています。
 私が日本版ないし日本型という言葉を耳にしたときに,気にいらないのは,それが本質を隠蔽するごまかしの言葉になっていることがあるからです。代表例は,日本型同一労働同一賃金です。外国では同一労働同一賃金があり,日本も同様にすべきだということを言ってきた人は,でも日本ではそのままは導入できないので,日本型とつけてごまかしているのです。職務給ベースの海外での同一労働同一賃金を,そのまま職能給ベースの日本に導入できるわけがありません。結果,「日本型」同一労働同一賃金は,本家の同一労働同一賃金とはまったく異なるものとなっています。海外の先例を学ぶということでもありません。おそろしいことに,働き方改革で,日本も「同一労働同一賃金」を導入したと思っている人がいることです。いったいどこをとらえて「同一労働同一賃金」なのか。日本型とつけているので,本家の「同一労働同一賃金」と違うという説明はつくのでしょうが,説明がつくかどうかは官僚だけに関係する話で,説明がつこうがつくまいが,実態は異質のものです。日本型ジョブ型という言葉にも同様の問題があります。
 労働の分野では,海外でやっていることを取り入れるので新しい改革だというニュアンスを出しながら,同じことはできないから日本型とつけてごまかしているような気がします。ほんとうに改革をするなら,「日本型」という言葉を除かなければならないのです。「日本型」とつけているかぎり,改革は進まず,新しいことをやっている「雰囲気」だけでごまかされてしまいます。
 日本型雇用システム(この「日本型」は,ほんとうの意味の「日本型」です)は,独自の進化を遂げた「ガラパゴス(Galapagos)」です。かつては海外でも参考にされましたが,いまでは見向きもされません。それでも日本型で行くというなら,それはそれで一つの選択です。しかし,改革でもなんでもないものを,ただ海外にあるから日本向けに適当にアレンジして導入し,それを「日本型」と呼ぶのは,混乱をもたらすだけなので,やめてもらいたいですね。

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