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2023年10月22日 (日)

KLM事件

 大学院の授業(LSではなく,研究者向け)では,学生が関心ある判例をチョイスして候補をだしてもらい,それを適切と判断すれば,授業で採り上げるということにしています。今回は,KLM Royal Dutch Airlines事件(東京地判2023327日)を扱いました。いろいろ興味深い論点があり,結論の妥当性についても議論の余地がありそうです。
 まず事案として興味深いのが,日本人差別が問題となっている点です。KLMの客室乗務員のうち日本人だけが有期雇用であるのは,憲法14条,労基法3条,OECD多国籍企業行動指針に反するという労働側の主張は,裁判所には認められませんでした。労基法3条についていえば,そこで禁止される国籍差別として主として想定されてきたのは,日本企業が,アジア系の外国人を差別するようなケースだと思いますので,外国企業による日本人差別の場合に同条の適用が問題となるケースというのは珍しいのではないかと思います。
 ただ本件では,労基法3条の適用余地はあったのでしょうか。裁判所は,準拠法のところの判断で,KLMの日本支店は,ほとんど機能しておらず,オランダ本社の中央集権的な支配に服しているという趣旨の判断をしています。その結果,法律の適用に関する通則法(通則法と略)121項による強行規定の適用の判断基準となる最密接関係地法は,オランダ法であるとしているのです。通則法122項によると,最密接関係地法は,労務提供地法と推定され,それが特定できない場合には,雇入れ事業所所在地法と推定されることになります。KLMの日本人客室乗務員の場合,オランダと日本を往復して仕事をし,労務提供地は特定できないことになりそうなので,雇入れ事業所所在地法が最密接関係地法となりますが,本判決は,上記のような日本支店の位置づけを考慮して,オランダ法が雇入れ事業所所在地法であると判断したのです。こういう判断になってくると,労基法の適用を根拠づける「事業」についても,日本支店は,オランダにある本社の事業の一部となり,労基法が適用されないという解釈もありうるような気がします。また労基法の公法的側面と私法的側面を分け,後者は通則法によるとしても,そうすると本判決の立場からは,やはりオランダ法が適用されることになるので,日本法(労基法)は適用されないことになりそうです。授業中は気づかなかった論点ですし,私は何か誤解しているかもしれませんが,あとから気になってきました。
 授業では,KLMが主張し,裁判所も認めた日本人にだけ有期雇用にしている理由(要するに,日本人が乗務する日本線は採算が悪くなればリストラされる路線であること)は,ほんとうに合理的なものとなるのかということに疑問が出されました。とはいえ,そもそもKLMは,準拠法は契約書に明示されているように日本法であると考えていたのであり,オランダ人はオランダ法で,日本人は日本法で処遇しようとしていたのです。これは基本的には望ましいことのようにも思えます。そこで生じた処遇の違いを,差別禁止規制で扱うことについては違和感があるという問題提起もされました。
 問題は,通則法121項に関する結論です。こちらは国際私法の問題なので本来は専門外ですが,労働契約の特例規定(12条)があるので,労働法の立場からも軽視はできません。雇入れ事業所所在地法がオランダ法になるという結論は,通則法では想定されていなかったことではないでしょうか。通則法121項で,主として想定されているのは,外国企業に雇用されて,日本で就労している日本人が,当該企業の所在地の知らない法律を準拠法として選択されてしまうというようなケースであり,そうした準拠法選択は,労働契約に内在する非対等性から,労働者の意に反して事実上強制的になされるおそれがあるので,そんなときでも日本法の強行規定の適用の意思を表示すれば,日本法の保護は受けられるのです。日本人の最密接関係地法が日本法であるということも前提となっています。ところが,本件は日本人から,オランダ法の強行規定の適用を求めたのです。こうした意外なことが起こったのは,オランダ法の有期雇用の無期転換ルールが,日本よりも労働者に有利なものだったからです。
 オランダ民法典668a条では,無期転換の要件がトータル3年か更新3回というものでしたので(同条については,大内伸哉編『有期労働契約の法理と政策―法と経済・比較法の知見をいかして』(弘文堂)の173頁(本庄淳志執筆)も参照。同条はその後の改正があるようです),KLMは日本の無期転換を避けるために5年で打ち切ろうとしたのですが,オランダ法が適用されると,3年を超えているので無期転換が認められ,実際,そうした結論となったのです。
 オランダ民法典668a条が強行規定かというところは,少しツッコミどころがあります。同条については協約によるデロゲーションが認められているので,その点をどう考慮するかです(「集団的デロゲーション」)。個別的デロゲーションが認められているとなると(個別労働契約によるオプトアウトなど),強行規定性は希薄となります(任意規定に近くなる)が,集団的デロゲーションであれば,なお強行規定性は維持されていると解すべきなのでしょうかね。ただ,もし本判決のように,オランダ民法典668a条が日本人客室乗務員にも適用されるとわかっていれば,KLMはオランダの労働組合とデロゲーションの協約を締結していたかもしれないので,その点では,KLMにはやや気の毒な気もします。この点も授業では議論されました。
 もう一つ気になるのが,本件では,客室乗務員が加入する労働組合が,労働委員会のあっせんの場で,契約の更新期間の上限を,日本の無期転換ルールをふまえて,トータル5年とすることについて,KLMと合意していることです。こうした合意をした背景には,KLMが,オランダ側の労働許可の関係で,無期雇用とすることは不可能であるという誤った説明をしていたことなども関係しているのですが,本判決は,労働組合の同意は,動機の錯誤による無効とはならないとしています(錯誤がなくても,労働組合は同意をしていたとして因果関係を否定)。また,この同意は,労契法18条の趣旨を没却するようなものでも,同法19条の潜脱を図ったものでもないと判断されています(そもそも,この事件では,契約のトータルの期間が5年を超えるような期待には合理性がないと判断されています)。
 ただ,本判決は否定していますが,本件を無期転換権の事前放棄の問題とみることもできます。こうした放棄は行政解釈によると無効とされていますが,私が気になるのは,これが労働委員会の場でのあっせんでなされたということです。労働委員会が,合意書の内容形成にどの程度関与したかわかりませんが,私は昔書いた論文で,デロゲーションが認められる要件として,労働者が任意に加入した労働組合,または,労働行政機関において,企業からの情報提供と説明がなされて,当該個人が書面により同意を行うという手続がふまれた場合というのを挙げたことがあります(「従属労働者と自営業者の均衡を求めて-労働保護法の再構成のための一つの試み」『中嶋士元也先生還暦記念論集 労働関係法の現代的展開』47頁以下(2004年))。実務上も,労働委員会の和解やあっせんでは,強行規定に関係するような労働者の権利も譲歩の対象に含む内容の合意がされていることがあると思います。厳密にいうと,こうした合意の有効性には疑義が有りうるのですが,実務的にこれで紛争の解決がなされているのです。それに理論的な根拠を与えるとすれば,労働者の強行規定由来の権利であっても,一定の要件を充足すれば,放棄できるということであり,その一定の要件に,労働組合や労働行政機関の関与が入るのだと思います。本件では,個人ではなく,労働組合が主体となって,かつ労働委員会の関与のあるなかでの合意なので,上記の観点からは,いっそうのこと,無期転換権の放棄だって認められてよいといえそうです。ただし,企業からの情報提供と説明が具体的にどこまで不十分であったかということは気になるので,結論としては,やはり無期転換権の放棄は難しいということになるかもしれません。

 

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