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2023年10月10日 (火)

埼玉県の児童虐待条例問題

 埼玉県の児童虐待条例の改正が問題となっていました。私も親戚で,この条例の影響を直接受ける者がいるので,他人事ではありません。今日,取り下げたそうですが,採決の可能性が高いと言われていたので,心配していました。とくに昨日,朝日新聞Digitalで,自民党埼玉県議団の田村琢実団長に,西村有里記者がインタビューした記事の内容を見て心配になっていたのです(10910時アップ「『留守番も虐待』条例改正案,提出は自民埼玉県議団 団長の発言詳報」)。「虐待」という言い方はともかく,子どもの安全を重視するという意図は理解できるものの,執行部分について,行政に投げてしまったり,あるいは場合によっては親の判断や通報を受けた人の判断に任せたりしていて,不十分であることは否めないと思いました。国の法律の場合は,政府が主導しているので,法律で抽象的な規定を設けても,それをどう具体化するかについては,ある程度の青写真があるのですが,今回はどうもそういうのがなさそうなので,混乱を招くことが予想できました。罰則がないから理念規定のように思いますが,やはり政策の順番が違っています。子どもが放置されるケースのなかには,どうしようもない親による場合もあって,それに対する教育は必要であるし,ときには罰則をつかった強力な規制は必要であるものの,大多数の親はそうではないのであって,子どもを放置する状況があるとすれば,そうしなければならない原因があるのです。このタイプの親に対しては,放置の原因を取り除くような政策をきちんととることこそが重要であり,それをしていないなかで,県の無策の責任を親に押し付けていることになるのです。議員たちは,問題提起をしたつもりだったのかもしれませんが,やり方が稚拙でした。
 ただ,たとえば小学生の登校を,子どもたちだけでやらせてよいのかということについては,私も問題意識はもっています。昔イタリアに住んでいたときには,小学生の子ども(低学年に限定されていたかどうかは忘れました)の送り迎えは親の責任であり,子どもだけで登下校することは禁じられていました(どのレベルの強い禁止規制であったかわかりませんが,少なくともMilano日本人学校は禁止していました)。日本はいくら治安がよいとはいえ,危険であるように思います。地域のボランティアなどで見守るという方法もあり,実際やっているところもあるので,私も時間に余裕ができれば,そういうことをしたいと思っています。
 問題は,仕事のためということであれば,子どもを放置してもやむを得ないという価値観が,日本社会にあることであり,そこを根本的に変えなければならないのです。子どもファーストとは,仕事よりも優先という意味です。それは綺麗事と言われるかもしれませんが,それができるように行政がサポートすることこそ大切です。たとえば,小学生の子どもの送り迎えをするための休暇を認めている企業への補助金を支給するというのはどうでしょうか。そういう補助金こそ,「こどもまんなか社会」にふさわしいです。子どもの数を増やすことばかりではなく,子どもが安心して暮らせる社会をつくることも,重要な政策でしょう。公園で小学校の低学年の子たちで遊んでいることも,たしかに気になります。子どもの遊具のある公園は,まさに「公」の場所であるので,監視カメラを設置するなどの安全対策をとったほうがよいと思います(親に責任を課すのではなく,子どもが安全に遊べるような状況をつくることが大切で,日本版DBSもそのための手段の一つとなるでしょう)。自宅内での子どもの放置は微妙な問題ですが,現在の仕組みをもっと活用できると思っています。私は,子どもは社会の「共有財産」という面もあると思っており,だから自分の子だけでなく,他人の子にも,もっと社会が関心を向けるべきだと思っています。そのかぎりでは,家庭のプライバシーがある程度犠牲になることは仕方がないと思っています。虐待についての合理的な疑いがある場合(健康診断で外傷がみつかったとか),近所の通報などもあることが多いので,その場合は児童相談所が本来もっている権限をもっと積極的に活用して踏み込んで調査をしてもよいと思っています。また,ここでもDXをつかい,虐待の可能性を,外部から収集可能なデータにより推知するようなこともやってよいと思います。プライバシーの侵害はできるだけ避けるべきですが,最終的には子どもの生命や安全を優先することは仕方がないと思います。
 ところで,田村氏の発言のなかで一番問題と思われるのは,実は,「今後議論の余地はない? 今後,議論する予定はもうない?」という質問に対して,「もうですから,議論は,条例案は今,いま委員会で通ったところで,本会議で通るまでは猶予があると思いますけれども,議会制民主主義のこの埼玉県議会のルールにのっとって言えば,もう今議論するところはないですよね。」というところです。これは多数派の横暴であり,非常に危険な発想です。とくにこうした意見が二分するような論点については,いったんは多数決で進めるが,議論は常にオープンであるということにしておかなければ民主主義は成り立たないのです。埼玉県の自民党だけは,違った民主主義をやるのでしょうかね。こういう方たちが議員をやっていてよいのか,おせっかいかもしれませんが,他県に波及するおそれもあるので,きちんと埼玉県民には判断していただきたいです。今回,おそらく自民党の国会議員からもクレームがあって,取り下げに応じたのでしょうが,この県会議員たちの本質は露呈してしまったと思えます。

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