リアル回帰に警戒を
9月15日の日本経済新聞の夕刊の「十字路」の欄で,東京都立大学大学院の松田千恵子教授が,「会計監査の現場離れ」というコラムを書かれていました。「リモートワークに異を唱えるつもりもない。むしろ,適宜活用して生産性を上げることは大事だ。会計など情報を扱う分野はリモートワークとの親和性も高い。ただ率直に言えば,実地棚卸しなどを含む会計監査については,当然ながら現場をしっかり見てほしいというのが本音だ。」というのは,よく理解できることではあります。ただ,そのあとに,ある監査法人の調査として,「今後は不正リスクが高まる」と感じている企業の割合が,2020年に59%だったものが,2022年には64%へと上昇したということが紹介されていて,これを現場主義の論拠とされているようですが,この5%の上昇は軽視できないものの,むしろこの程度であれば,違った方法で不正リスクに対処するという議論をすべきではないかというのが,DXとリモートの推進派の発想だと思います。
労働者の数は今後どんどん減っていくというのは,少し前までは数字上のことのようでしたが,いまは実感が高まってきています。今回の休暇先でも,ホテルの裏方はほとんどアジア系の若者でした。外国人の活用がなければ,観光業界などはもたないようになってきているのでしょう。飲食店も同様であり,人手不足は深刻なようです。こちらは,このままでは飲食店の倒産か,価格の引上げになっていくでしょう。おそらく,今後は,接客能力の高い人間を配置して高級店に転換していくか,ロボットを導入していくか,そういうことをしないかぎり,この業界の未来は暗いでしょう。タクシーについても,前に書いたとおり,人手不足が深刻で,ライドシェア(ride share)の導入は不可避となりつつあります。
リアルで人間の手を借りて仕事の水準を維持することは当面は必要でも,それに頼ってしまうと,人手不足に対応できません。これは観光業から会計監査の仕事まで,広くあてあまることではないでしょうか。そのためにも,コロナ禍でのリモート化は,緊急避難であったと位置づけるのではなく,来るべき社会の到来が早まったにすぎないという認識をもって,事態に臨まなければならないのです。
ホテルで働いてくれる外国人が,いつまで日本に来てもらえるかわかりません。政府の雇用政策といえば,人間を対象としたものでした。AI問題も,AI代替による(人間の)雇用喪失が懸念されています。しかし,より深刻な問題は,人間の不足により,社会が回らなくなることです。いくら賃金を引き上げても,人が集まらない社会というのは,おそろしいです。早く機械でできるものは機械で,という意味のデジタルファーストに取り組まなければなりません。
コロナ禍のころは,こういう議論をする機会がよくあったのですが,最近はあまりしなくなりました。デジアナバランス(digital-analog balance[造語])を追求するのではなく,アナログ時代のノスタルジー(nostalgia)から,うずうずしていた人の声が大きくなりつつあるような気もしています。ウィズ・コロナの定着により,人間のリアルでの仕事の再評価という誤った方向に動き出さないように注意が必要でしょう(なお,上記の松田氏の意見は,むしろリモートワークを評価したうえでの,デジアナバランスの追求をめざした意見とみるべきでしょう)。
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